第二十話  Cパート

【木連・白鳥家道場:白鳥九十九】

轟音。

「な、何事ですか?!」
私はいきなり響いた轟音に驚きつつ、音の発生元の道場に向かった。
そこでは、ラズリ殿と北斗殿が立会いの最中だった。

「北斗殿?! ラズリ殿?! これは一体どういう事ですか?!」
驚きつつも私は声を掛ける。
北斗殿は私を無視してしまったが、ラズリ殿は私の方に僅かに視線を向けた後、北斗殿への構えを解いてくれた。

「ふむ、ここで決着付けるのはつまらんな」
「何のつもりだ」
不服そうな北斗殿の言葉に、ラズリ殿は口元のみ上げ僅かに楽しそうな口調で答える。

「地球のIFSによる機動兵器は良い。頭で考えると同時に機体が動く、まるで自分の体の様にな。
 貴様も付けておるのだろう? それ」
言いながら彼女は北斗殿の右手を指差す。
「なれば、我等の勝負はそれで着ける方が楽しいという物だ。
 あれがあれば、手足が潰れようが、腹に穴が開こうが、生きてさえ居ればまた戦える」

ラズリ殿は片目を細め、にいっとあの蜥蜴の様な寒気のする笑みを浮かべる。

「ついでに貴様に少々機動兵器での戦い方等を教えてやろう。
 世界は広いぞ、世界に兵は星の数ほど居る。
 それを知らずそのような態度をとっているのが噴飯ものなのでな。
 貴様はもっと世間を知るべきだ。
 どうせ、箱入り娘として育てられたのであろう?」

北斗殿は幽閉されていたのだが、それは文字通り箱入りだったという訳で、ある意味ラズリ殿の言う通りだ。
しかし北斗殿にとっては望んだ事でなかったのだから、そう言われるのは屈辱だろう。
だから私は慌てて彼女の様子を伺う。
彼女が暴れだしたりしたら私ごときでは止められない。

が、北斗殿は不機嫌そうな表情だが、ラズリ殿の言葉を受け入れている様だった。
そんな彼女の様子を受け、ラズリ殿の笑みがより深くなった。
「聞き分けが良いな。嬉しいぞ」
「な?! 子供扱いするな?! 大体貴様のほうが年下だろうが?!」
流石に顔を赤くして怒る北斗殿に、ラズリ殿は楽しげにこんな言葉を返す。
「さて。何しろこちらは記憶喪失という奴だからな、もしかするとお主より年上かも知れぬぞ」
「おのれ、適当な事を!」
此処までくると、ただ、からかっているだけであろうから、私はあわてて止めに入る。
それを機にラズリ殿は話を止め、出かけようとした。

「ラズリ殿、どちらへ?」
「奴の所だ。用が済んだら帰る」
一息で言い放ち、歩き出す彼女。と、道場の出口、そこで足を止めた。

「そうだ、食材が切れておったな。自分ら、何か食べたいものはあるか?」

……やはり、この人の思考は読めない。


【木連市街地:紫苑零夜】

私、どうしたらいいんだろう……。

考えが纏まらないまま、ふらふらと市街を歩く。
名目上は北ちゃんを探しているのだけど、もし見つけたとして、私は彼女になんと言えば良いのか。
私、わからない……わからないよ、北ちゃん。

「むっ……」
「あ、す、すみません」
周囲に気を配るほどの余裕も持てずに歩いていたため、人にぶつかりそうになってしまう。
相手がよけて、しかも支えてくれなかったら転倒していただろう。

「……紫苑零夜、か」
相手に寄りかかるような状態になってしまったため、慌てて姿勢を正そうとした時、その人は私の名を呟いた。
驚きつつ相手の顔を見る。金色の瞳と目が合った。
さらにその姿は、流れる様な黒髪と抜ける様に白い肌。何か現実味に欠ける雰囲気を持つ人。
誰だろう、この人? どうして私の名前を?

「あの、あなたは?」
支えられたまま、私の口から思わず問い掛けが零れる。
だが、彼女は私の言葉に構わず、奇妙な、でも何か力を感じる視線で私を見詰めたままだった。
「……主は今まで何をしていた?」
「えっ?」
いきなり吐き捨てる様な言葉をぶつけられた。
私の驚きに構わず、彼女は続けて言葉を放つ。
その言葉は、私をより驚かせる物だった。

「北斗、このままだと、壊れるであろうな」

この人、北ちゃんの事を知っているの?!  いいえ、それよりも、北ちゃんに会ったの?

「自分、北斗の事を良く知っているのであろうが?
 ぽっと出の相手にこんな発言をされて、心をざわめかせる程度には」
「そんな程度な訳無い。私は彼女をずっと見てきたんです。だから!」
やっとの事の私の発言だったけど、彼女の表情はさらに不快さを増した。

「自分、いつもそうだな。
 「前」も後ろで見ているだけだった。そして「今」もその様だな。
 ああ、主には失望した」

最後の言葉と同時に、彼女の手が私を突き放す。
私は数歩たたらを踏んだが、バランスを取り戻すと同時に彼女を睨み返した。

なによ、なによなによっ!
いきなりなんでそんな事言うのよ。
あなたに北ちゃんの何がわかるっていうのよ!

「だが、今の主では、あやつに届かなかったであろう!」

でも、私が言い返そうとした矢先に放たれた、こちらを両断するような彼女の発言に、さっ、と頭に上った血が下がる。

「ここに何があるのか、少し考えてみるがいい」

彼女はすっと指を立て、私の胸の真ん中を突く。
一瞬、指ではなく何か別の物で射抜かれた様に感じられた。
その感覚に、私はぺたりと座り込んでしまう。
彼女は私を助けようともせず、蔑む様な目で見下ろした後、くるりと踵を返して歩き去って行く。
やはり、私は呆然と後ろ姿を見送る事しかできなかった。

ここにあるもの……、わからないよ。
北ちゃん、私、どうしたらいいのかな……。


【ゆめみづき内格納庫:ヤマサキ・ヨシオ】

「うーん、何でしょ、この機体?」
僕は踊り子さんの乗ってきた機体の調査報告を見て内心で呟いてしまう。
なんと言うか、物凄く特徴のある機体だね。……あ。

「しかし、良かったんですか。あの娘を三羽烏さん達のほうに預けちゃって」
僕が振り向かないまま背後に声を掛けると、微妙な間の後に答が返ってきた。

「替えが居らぬからな。お前に預けると何をしでかすか分からん」
「そりゃあんまりでしょう。僕だって使い捨ての物と貴重品の区別ぐらいつきますよ」
北辰さんの言い草に、僕は流石に振り向いて文句を言うが、彼は気にした様子もない。
「それにだ。
 あやつを泳がせておけば、あの地球の小僧はもっと強くなるはず」
北辰さんはそこでにやりと楽しげに笑う。

「仇敵が二人も出来つつあるのだ。楽しみでたまらぬよ」
ヤバげな笑いを見せつつ語る北辰さん。
まあ、そっちの方は、僕にはどうでも良いと言えば良い事だけどね。

「それより、この機体について、何か分かったのか?」
僕がそう考えたのに気付いた訳ではないだろうけど、北辰さんは話を変えてきた。
「いやもう凄い機体ですね、これ」
彼の言葉を受け、僕は北辰さんが背後に来るまで考えていた事を語りだす。

「これに乗った人間は、まさに人機一体、この機体が自分の体である様に感じるでしょうね」
微小機械を接続装置として、機体の感覚を自分の体の感覚と同様に変換してしまう。
この機体の操縦方法はそういった物で、その昔理論だけは聞いた事がある電子接続(リアクト)という奴だ。

「しかし、これって言って見れば、生身で宇宙空間に出るようなもんなんですよね。
 常人なら慣れるまで大変ですよ。
 しかも機体が壊された時の反動とか、色々問題あるそうですし」

そこまで言って、僕は軽く咳払いをし、調査をして感じた興味深い点を述べる事にした。

「で、これは僕の専門外ですけど、この機体、方針は北辰さんの機体、夜天光でしたっけ、あれとそっくりですね」
「……なんだと?」
お、流石に驚いた様ですねぇ。
「そりゃぁ外見は今までの踊り子さんの機体と似ていて、こんな女の子っぽいですけど。
 高機動で接近戦主体で、武器は杖とか、そこら辺そっくりですよ」

さらに言えば、この機体は木連と地球両方の技術を使う事でより完成度が上がる様に作られていますね。
ですから、今回の彼女の行動は、この件も含めての事なのでしょう。

「で、どうします、この機体?」
僕の質問に、北辰さんは軽く顔を伏せ考え込む。
「使えるというのなら使ってみるか。
 無論、十分に調査をしてからだがな」
「木連は、小型有人機体の技術は地球より遅れてますからね」
激我魂のせいで、パワー優先、一撃必殺な物ばかり優遇される傾向があるし、しかもなまじ相転位炉があってエネルギー効率とかそれ程気にしなくて良いから、中途半端に実現出来ちゃったりするから困るんだ。
例えばナナフシとか巨大バッタとか。

ま、僕は研究ができれば、どうでも良いんだけど。
そう、僕の目的はあの踊り子さん自身。
こっちはさっさと終わらせて、彼女の方を調べたいねぇ。


「その件に対しての協力は惜しまないが、ちと用ができた。機体を使わせてもらうぞ」


突然、予想外の方向から言葉がかけられた。
声の方を見ると、そこに居たのはなんと、踊り子さん。

「何をする気だ」
踊り子さんと北辰さんの視線が絡み合う。
だがなんと先に視線を外したのは北辰殿で、さらには相手の要求を認める発言までしてしまう。

「よかろう」
「良いんですか北辰さん?」
僕が理由を問い質すと、彼は鷹揚に頷き、語りだす。

「地球が大規模な反抗作戦を予定しているという情報があってな。
 そこへこの娘が敵として現れたとしたら影響はあるはず」
「つまりは、その程度の事は代償としてやってくるべし、という訳だな」
「欲を言えば、地球人は悪だといった演説でもしてくれると助かる」
彼の言葉を受け、彼女の瞳が楽しげに煌き、笑みと共にこんな台詞を吐いた。
「「地球人の皆さん、お願いがあります。死んでくださいませんか?」とでも言えば良いか?」
「やる気もないくせに、抜かしよるわ」

なんだか物騒な事を楽しげに語りあう二人。
こんなに仲が良くなっていたなんて驚きだね。

「ところで、この機体の名前は?」
僕がそう聞くと、踊り子さんは予想外の事をを聞かれた様に足を止め、機体を見上げた。

「機体形式番号では不足か?」
「やはり名称が無ければ何かと不便ですよ」

「……名前、か。そうだな、紅天にょ……、いや、紅夜天で良い」

へぇ。その名前、やっぱり夜天光に関係あるのかねぇ?
だがそれを聞いても、踊り子さんは意味有りげに笑うだけだった。


【ナデシコブリッジ:マキビ・ハリ】

ラズリさんが木連に連れて行かれてから数週間。
ルリさんは気落ちしているのかシミュレーションルームにこもってばかりだ。
僕は何かしてあげたいんだけど、どうしたら良いのか、さっぱりわからない。

「ハーリーくんっ」
困っていた僕に、ミスマル艦長が声を掛けてきた。
「ミスマル艦長、どうしたんですか?」
僕が返事をすると、ミスマル艦長はいつもの笑顔のまま、凄い事を言ってきたんだ。

「ルリちゃんたちが何してるか、知りたくない?」

「え、ええっ、でも、そんな?!」
あわてる僕を見て、ミスマル艦長は自慢げに人差し指を立て、教え諭すような雰囲気で喋り出す。
「だめだなぁハーリー君。
 女の子はね、自分が大変な時に颯爽と現れて助けてくれる王子様に弱いんだからね。
 好きな子の事ぐらい、気にしなくちゃ」
そりゃ、気にしてないわけじゃないけど、でもそんなストーカーみたいな真似できる訳無いじゃないですか。
だけどこんな事口に出す訳には行かないから僕が内心困惑しているのに、ミスマル艦長は何でもない事の様に言葉を続ける。
「だいじょぶだいじょぶ、ちょっと覗くだけだし、ばれなきゃ良いんだよぉ。
 ハーリー君の技に期待しちゃう訳、お姉さんとしては」
……誰がお姉さんですか。
ミスマル艦長の言い様に、僕は益々困惑してしまう。
と、彼女は僕の内心に気づいた訳でもないみたいだけど、少々表情を真面目な物に変えた。

「別に、真正面から、僕にも手伝わせてください!って言ってきてくれても良いんだけどぉ。
 ルリちゃんは、あれで結構頑固だから三顧の礼とかやっても動かないだろうし、そんな手間掛けてる余裕も無いし」
僕の言葉じゃルリさんを動かせないって思ってますね。……その通りかも知れませんけど。

で、結局、ルリさんが何をしているのか、ハッキングを仕掛ける事になってしまった。

「これは……?! 流石ルリさん、凄いや」
僕はルリさんが何をしようとしているのに気がついた。
と、同時に、このプログラムの問題点にも気付いてしまった。
いつも周りの人にいじられて必死に逃げ道を探してばっかりだったのが、こんな所で役に立つなんて思わなかった。
「よし、ここを何とかして見せればルリさんも僕の事を!」

でも、これがあんな風に役に立つなんて……。


【シュミレーションルーム:ホシノ・ルリ】

「やった、出来た。これなら十分次の段階にいけます」

相手の艦隊をすべて掌握し、ラズリさんの居場所を確認する。
それを誰にも気付かれずに行い、さらに、ラズリさんの心に進入し、精神の何処かに封じ込められているはずの彼女を解放する。

これが今回の特訓の目的。

「ありがとうラピス。あなたが居たからこんなに早く物にする事が出来たわ」
私が声を掛けると彼女も僅かに頬を緩めたが、すぐにいつもの顔に戻り、こう答えてきた。
「これからの方が大変。あの怖い人の相手をしないといけないはずだから」
「そうね。ラピス、頑張りましょう」
頷き合い、再び特訓に戻る私達。
ですが、このプログラムがまさかあんな事を引き起こすなんて、この時はまったく思っていませんでした。


【ナデシコブリッジ:ムネタケ・サダアキ】

「今回の作戦、がんばって頂戴!」
作戦開始と同時に、私は思わず檄を飛ばしていた。

ラズリちゃんが居なくなってからというもの、軍のナデシコに対する風向きが変わってきているの。
広告塔な分はともかくとして、今までやっていた電子戦艦としての能力が下がっている今、その代わりの役割が要求されてきているって訳ね。
で、ナデシコの能力として思いつくのが、グラビティブラストを使った射撃、つまり砲撃艦としての役割。
んで、アタシには技術的な所はよく解んないんだけど、Yユニットがくっついたおかげでナデシコの動力源である相転移空間、そいつを直接目標にぶつける相転移砲なんてのが使えるようになったって言うじゃない?
この能力がどこから漏れたのか解んないんだけど、ある物は使えって事な訳。

そんな訳で今回の作戦、月軌道奪回作戦なのよ。

ま、和平を行うにせよ、ナデシコの軍内部での発言力を上げる必要もあるし、それに木連の方も、こっちが一撃かましてやらなきゃ、話し合いしようって気にならないだろうしね。

本当にねぇ、アタシは和平のためにいろいろ根回しとかしないといけないのに、大変よ。


【ナデシコブリッジ:ハルカ・ミナト】

今回の作戦が始まった訳なんだけど、何か雰囲気がおかしい。
まずYユニットの挙動がおかしいのを手始めとして、ハンガーの方では幽霊に遭ったとか言ってるし、ブリッジの方だって様子が変。
例えば、ラピラピ。妙に黙り込んじゃって変なのよ。
ルリルリも……いつも通りな気もするけど、何か違う気もする。
なんなの、この違和感?

「何か皆、性格変わってない?」
「そうですか? ルリちゃん達はこんな感じでしょう?」
思わず私が呟いちゃったら、背後の艦長から返事がきた。
「何言ってるのよぅ、ルリルリもラピラピも、こんな無愛想じゃないわよ。
 ねぇルリルリ、私達なんか怒らせるような事、した?」
「……気にしないでください。私、少女ですから」
そこでいつもの口癖言われてもねぇ。余計他人行儀に感じるわよ。

「でも、確かにパイロットさん達は、性格変わってる気がしますね」
横から割り込んで来たメグミちゃんの言葉に、私はパイロット達が映し出されている画面を見た。
そこに映し出されている彼らの行動は、確かにいつもと違っていた。

「はーっはっはぁ! 行くぞぉみんなぁ!」
「……フッ」
「えぇー、怖いよう、やめようよぅ」
「んーと、うーんと、どうしよっかなぁ……?」
「あらあら、くふふっ」

イズミがお嬢さまぽくなってるのは見た事あるけど、熱血なジュン君とか、乙女チックなリョーコとか、おっとり優柔不断なヒカルとか、ニヒルでクールなヤマダ君とか、何かありえない状態になってるんだけど。

……あれ、アキト君が居ないわね? どうしたのかしら?


【電脳世界:ホシノ・ルリ】

気がついたら、こんな状態でした。

こんなって言うのは、この、どこともわからない世界で皆で麻雀打ってるって状態です。
いいえ、これは正確ではないですね。イメージ的にそうであるというだけで、実際の状態は……。

「へぇ、艦長、あなたって10才の時までおねしょしてたの」
山から取ってきた牌を見るなり、興味深そうに声を上げるイネスさん。

「や、やだ、はずかしいじゃないですか。今はもう、してませんからぁ」
「だってしょうがないじゃない。ここはそういう場所みたいなんだから」
そう、今ここに居る私達の「記憶」が共有されている状態なんです。
麻雀牌が、皆の「記憶」の欠片であり、牌をツモったり捨てたりする事で、情報を受け取ったり共有したり出来る様になっているのです。
いわゆる電脳空間の一種だと思われます。
なぜこんな状態になったのを調べるのも重要そうですが、私やラピスはともかく、ここに居る人達は電脳空間にやって来た事はあまりないでしょうから、現実世界での状態が大丈夫かどうかも気になりますね。

「だけど、今私たちがここに居るって事は、元の世界はどういう風になっているの?」
と、私が考えた事に対する疑問を、口に出した人がいました。
「現実世界では抑圧されていた人格が出てきているでしょうね」

……抑圧されていた人格?

イネスさんの言葉に、私はアキトさんと艦長の方を見ました。
「未来」の「アキト」さんと「ユリカ」さんがそれぞれ二人の中に居たとするなら、「今」の二人がここに居るという事は、現実では「未来」の二人が出てきている可能性があるという事。

そうであったとしたら、現実ではどういう状況なのか確認しなければ。
うまくいけば、艦長が「未来」の影響を受けているのかどうかわかるはずです。
いいえ、理由はそれだけではないですね。
「未来」の「アキト」さん達が、現実でどのような行動をとるかわかりませんし、あの「北辰」の様に状況を理解しているならまだ良いのですが、もしわかってないとしたら、知っている「過去」との違いに困惑し、騒動を引きおこす可能性があります。
現在の状況では、それは避けたいですから。
私はそう考え、何とかできないかと作業を始めたのです。


【ナデシコ通路:「テンカワ・アキト」】

気がついたら、ナデシコの通路に居た。
今までずっと何か奇妙な夢を見ていた気がする。
少々困惑した頭で自分の状態を確認しようとし、まず服装を見て俺は驚愕した。

この服は、ナデシコAの物? それに、通路の雰囲気もあのナデシコAにそっくりだ。
さらに、情報端末に映る日付を確認し、驚く。
この日付は? まさか、俺は過去に跳んだのか?

動揺したせいか、首筋に脂汗が流れるのを感じた。

……触感がある!

流れた汗を指で掬い、恐る恐る舌の上に乗せてみる。

……塩辛い?! 味覚が戻っている!

驚きと喜びの入り混じる感情の中、俺はさらに状況を確認しようとする。
だがしかし、それをさせまいとするかの様にブリッジからの通信が入った。

「テンカワ、なぜYユニットの調査に向かっていない?」
通信の主は、ゴートさんだった。
彼の姿は昔からずっと変わっていないため、俺は少々反応に困り、そのまま沈黙を保つ。
その沈黙をどう受け取ったのだろうか、彼はわずかに身動ぎした後に、言葉を続けた。
「まあ不幸中の幸いと言って良いかわからんが、テンカワ、出撃だ。
 所属不明機が一機こちらに向かってきている。
 他のパイロットはYユニットの調査に向かっている事もあり、呼び戻すのには時間がかかる。
 お前は先に出撃し、時間を稼いでくれ」
……状況はまだ不透明だが、ここは従うしかないか。
そう考え、俺は頷いて通信を切ろうとする。
だがその時、割り込んできた人物が居た。
俺はその人物を見て、さらに彼の発言によって驚かされる事となる。

「ちょっと、テンカワ! もし有人機だったら殺しちゃだめよ!
 そんな事したら和平への道が遠ざかっちゃうんだからね!
 ラズリちゃんの立場だって悪くなっちゃうかもだし! わかったわね!」
ムネタケ提督?!
なぜこの人が生きている?! しかも和平に前向きなその発言は?
それに、ラズリってのは何者だ?


【電脳世界:ホシノ・ルリ】

「ルリ姉、「未来」の事が流れてるんだけど、どうしよう」
私が作業を続ける中、突然、ラピスがこっそりと話しかけてきました。
ラピスが言うには、自分は「アキト」なんかとこういう状態になった事はあるから、ここで流れるデータをある程度確認出来て、私との内緒話も出来るそうです。
麻雀で言うと、積み込みとか通しとかいう奴でしょうか。

それはともかくとして、こちらの電脳世界でも面倒は起きているようですね。

「まずは出来るだけ他の人物に「未来」の事が伝わらないようにしましょう。
 さらに、情報の出所の人物と、情報の性質をチェックですね」

私はラピスにそう答え、情報の整理を始めました。
伊達に私もマシンチャイルドじゃないですから、ラピスに出来るのなら私にだって出来ます。
この状態になったせいで「未来」の事が皆さんにばれてしまうとしても、出来るだけ誤解のない状態でわかってもらいたいからです。

ですが、私の努力はあまり成功しませんでした。
その理由は、問題はこの電脳世界だけでなく、現実世界でも起きていたからなのです。


【ハンガー:「テンカワ・アキト」】

ブリッジからの連絡を受け、俺は出撃するためハンガーに向かった。
状況はいまだ不透明だが、出撃拒否などして事態を悪化させる訳には行かないからだ。
だが俺はここで更に驚かされる事となる。

「アキト! ブラックサレナの準備できてるぜ!」
「ブラックサレナ、だと?!」
ウリバタケさんは俺の内心に気づかなかったようで、機嫌良さげに言葉を続ける。
「おう! ラズリちゃんがわざわざお前に残していった奴だ、壊してくんなよ?!」

……また、ラズリ、か。
いったい何者なんだ。
俺の知っている「過去」との違いはそのラズリって奴が引き起こしている様だ。
そいつはこんなにも皆に受け入れられるくらいナデシコに馴染んでいて、さらに今はこの船に居ない人物らしい。
彼女の行動は、このサレナの様に、未来を知っているから出来る物だろう。
だが、それはいったい何故だ? 


【ブラックサレナ:「テンカワ・アキト」】

疑問を抱えつつも俺は出撃し、敵機を待ち受ける。

現れた機体は新型機の様で、俺は見た事が無い物だった。
いや、見た事がないと言うより、外套のような物を被っていて、全体のシルエットが判りにくくなっているのが問題だ。
ぱっと見判断できるのは、手持ち武器が長物、杖のような物だという事ぐらいだろうか。

「ありゃあ、俺が試作してたステルスマントじゃねぇか?」
と、ウリバタケさんから通信が届いた。
ああ、アマテラスでリョーコちゃんが使ってたあれか。

「じゃあ、あれはラズリちゃんの関係者である可能性が高いわね!」
く、この違和感っ……!
提督がここまで信用している、ラズリって奴は何なんだ?

俺が困惑する中、この機体から通信が入る。
機体のパイロットは若い女だった。
女は俺をしばらくじっと見つめた後、嬉しげな、だが、何か見るものをぞっと不安にさせる様な笑みを見せる。

「ほう、良い時に来た。復讐人、お前が居るとはな」
俺に対するこの呼び名。俺が奴に未来で呼ばれていたものと同じ。こいつ、それを知っているという事は?

「お前、何者だ? 貴様が、ラズリか?」
俺の言葉に相手の女はあきれた様に目を細めた。

「また「今」の状況を理解出来ていない様だな」
言い放ち、軽くため息をつく女。だが思い直すように首を振り、言葉を続ける。
「まあ、無意識とは言っても流石は踊り子の封印。……いや、無意識だからこその、その状態か」
と、ぎらり、と視線がこちらに向いた。

「出来るかどうか判らぬが、鑿を穿させてもらおうか」

言葉と同時に、女の乗る機体が持つ杖が、光を発した。


【電脳世界:ホシノ・ルリ】

「あれ、誰だこの金髪ロンゲ?」
突然、リョーコさんが牌を見て不思議そうに首を傾げました。
「な、何で俺が死んでいる!!」
次はいきなりガイさんが叫び。
「うわー、あたしとアキトの結婚式だー」
今度は艦長。
「私、どうして助けてもらってないんですか!!」
イツキさんも。
「一体誰の記憶なのかしらね」
そう言いながらイネスさんが私とラピスの方を見る。

……どうしてですか?! 何でいきなり皆に「未来」の事が?

「これは、未来の出来事なの」
動揺する私の横で、ラピスが口を開いた。
「ラピス?!」
慌てる私に対し彼女は驚くほど確固とした視線でこちらを見る。
「知っちゃったなら、しっかり知る方が良い。その方が、ちゃんと分かるから」

「どういう事? ラピスちゃんって、実は未来人?!」
驚く艦長たちに対し、ラピスは淡々と語り始める。

「今から三年後、私は「アキト」に出会うの。そして……」


ラピスがとつとつと話し終わった時も、皆は黙り込んだままでした。
否定したくても、それを裏付けるような「記憶」を見せられては納得するしかないのでしょう。

「ラピス君の話はわかった。でも、一つ問題がある。
 この「未来」にラズリ君はどう関わってくるんだい?」
沈黙を破り、アカツキさんが疑問の声を上げました。

「え? どうしてここでラズリさんが出てくるんですか?」
イツキさんの言葉に、あの格好つけて髪を掻き上げるポーズで答えるアカツキさん。
「僕はこれでも彼女と結構親しくてね。彼女の行動には時々驚かされて居たんだよ。
 何でこんな事を知っているのか? なぜこんな事をしたがるのか? ってね。
 だがそれも、彼女がこの「未来」を知っていたと考えると理解できるんだ。
 ……だけどね」
アカツキさんはそこでいったん言葉を止め、ラピスの方、いえ、私達の方をじっと見つめてから再び口を開きました。

「ここで見える「未来」の「記憶」には、彼女の存在が全く無い。
 これはいったいどういう事なのか?」
「それは、ラズリさんも、いいえ、私達も知りたい事なのです」
私の言葉に対する返事は、予想外の相手からでした。

「俺、思ったんだよ」
その時、「未来」の話が出てからずっと黙っていたアキトさんが、口を開いたのです。
「前に一度、ラズリちゃんが別人みたいになった時あっただろ」
アキトさんはそう言いながら、自分の牌を一部倒し、皆にわかる様にしました。

「あれって、「未来」の「北辰」だったんじゃないのか」
「え、北辰ってこの人の事? この人が彼女と似てるって言うの?」
「確かに単品で見せられるとわかり辛いかも知れない。でも」
納得行かないといった雰囲気で捨てられた牌を、アキトさんは取り、倒していた自分の持ち牌と組み合わせ、皆に見せました。
麻雀で言うと、鳴きという奴でしょうか。

……ざわ。

その瞬間、確かに皆の雰囲気が変わりました。
「確かに雰囲気、似ているな」
ガイさんが驚き顔で広げられた牌を確認します。

「でもなんでそんな事になっちゃう訳ぇ?」
「そうですよ、こんな蜥蜴顔の嫌らしい男と、何時ものラズリさんとでは天と地と、いえそれ以上の開きがありますよ」
ですが、ヒカルさんとイツキさんが納得行かないといった顔で口を尖らせました。

「その、ラピス君がが跳んできたランダムジャンプの状態がはっきりしないのが痛いね」
彼女らの言葉を受け、アカツキさんが困り顔で呟きます。

「じゃあ少し、整理してみましょうか」
と、イネスさんが興味深そうな顔で、手持ちの牌を玩びつつ口を開きました。

「まず前提条件として、「未来」のアキト君はラピスちゃんを連れて、火星の後継者の残党狩りをしていた。
 で、ある時、何か事件が起きて危機に陥った。
 ここまではいいわね?」
私たちを見回すイネスさん。

「さて、その事件とは?」
「「北辰」が何か仕掛けたんだろうな」

イネスさんの言葉に、アキトさんは頷きました。
アキトさんの頷きを受け、イネスさんは勿体をつけるように私たちを見回した後、こんな発言をしたのです。

「さらに、危機というのがランダムボソンジャンプの発動だとしたら?」

……ざわ。
 ……ざわ。

彼女の発言により、私たち皆にさざ波の様に衝撃が走ります。

「それが、ラズリさんが跳んできた原因のジャンプだと言うんですか?」
私の驚きの声にイネスさんは頷き、説明を始めました。

「命の危機に陥ったとき、人間は誰でも逃げたいと思う。
 だけど北辰はアキト君がジャンプできる事を知っていた。
 なら普通対抗策をとるわよね。
 物事ってのは、成功させるのは難しくても、失敗させるのは簡単よ。
 最悪、相打ち狙いならジャンプフィールドに無茶なイメージを送るだけで良いんだから。
 そんな罠がある中でジャンプしたら、ジャンプ先どころか、肉体や精神にだってどんな影響があるかわからないわね」
「つまりあれか、悪役のお約束で、最後に全てを巻き込む罠を仕掛けて置いた、共に滅べ、って奴か」
イネスさんの説明に、納得したように頷くガイさん。

「そしてランダムジャンプが起きた時、関わっていたであろう人間は、「俺」、「ラピス」、そして……」
言いながら牌を鳴いて行くアキトさん。その姿を見ていて私は気づきました。
彼の雰囲気が変わってゆきます。
まるで、鳴いた牌に映る「未来」の姿にアキトさんが染められて行く様です。

「……「北辰」、だ」
最後にアキトさんは、先ほどの、最初に皆に見せた牌を指差しました。
そう、それは「北辰」とラズリさんの連なりの牌。

沈黙。

「だから、ラズリちゃんは「未来」の「北辰」かもしれないって言いたいのね」
「いや、それだけじゃない」
アキトさんは硬い表情のまま、言葉を続けます。

「彼女はなぜか知らないが、俺を鍛えようとしていた。俺はコックだと言っているのに。
 その上、いつのまにかあのブラックサレナまで用意して。
 もしその理由が、今俺の考えている通りなら……」
言いながら山牌に手を伸ばすアキトさん。
何故かわかりませんが、私は彼にその最後の牌を引かせてはいけないと感じました。
だから、私は。

「違います! それだけは絶対に違います! ラズリさんはそんなつもりでしたんじゃないです!」

瞬間、私は声を上げていました。
その拍子に手持ちの牌を倒してしまいましたが、そんな事はどうでも良いです。
私が大声を上げるなんて事は今までほとんどなかったせいでしょうか、驚きで動きが止まる皆さん。
アキトさんも、牌に伸ばしていた手を止めていました。

「……わ、アキトの染め手を、ルリちゃん渾身の親っぱねって感じ」

沈黙を破る、この場にそぐわないのほほんとした声。
その声の主は。

「艦長……」
私が困惑した目で彼女を見ると、艦長はいつもの表情でアキトさんに向き、声を掛けました。

「アキト、アキトの負けだよ。これは」
「どういう事だ、ユリカ」
「私が言いたいのは、アキトの考えには穴があった、って事。ほら」

そう言って彼女が指差したのは私の手牌。
この手牌は、あの夜ラズリさんから聞いた事、私の知る「未来」の事全ての「記憶」。
いざという時これを見せてわかって貰うため、さらに不用意に皆さんの目に触れない様に囲っていたのです。

「アキトの考えも、大筋では間違ってないと思うの。でも、ラズリちゃん=北辰って言うのは間違いみたいだよ」
「じゃあなに、そのランダムジャンプの時に居たのはこの三人だけじゃなかったかもしれないってなるのかしら?」
艦長の言葉に、イネスさんが疑問を問い掛けます。

「だって、「ラピス」ちゃんは「アキト」を助けようとするに決まってるもの。
 横で見ているだけ、なんて事は無かった筈。
 どうにかしようと手を尽くしたに違いないです。
 その手段の中に誰かに助けを求めるという方法があってもおかしくない」
「なら、誰が居たんだ?」
艦長の答に困惑した雰囲気で声を上げるアキトさん。
私たちも、艦長の答に注目します。……ですが、彼女の答は。

「さぁ?」
右頬に人差し指をつけ小首を傾ける艦長。

「「「「「「はぁ??!!」」」」」」
私たちの呆れた叫びに、艦長は不満そうに唇を尖らせます。

「だってラピスちゃんがアキトを助けようとした手段とか、アキトと北辰がどんな所に居たのかとか、わかんないもん。
 確かに彼女に助けを求められて、即座に対応できた人間はそう多くは無いとは思うけど」
瞬間、彼女の目が、何故かこちらを見ました。
「その人の対応策なんて、ちょっと考えるだけで何通りも思い付くけど、どれを使ったかはっきりしないから余計に混乱するだけだもん。
 そうなるとまだ言わない方が良いと思うの。
 だから、わかりません」
あまりにもぬけぬけとそんな事を言うので、毒気を抜かれて言葉に詰まる私達。
でも良かったですね、艦長。もしここにエリナさんが居たら、その発言に切れる所でしたよ。

「……まあ、ここ隠し事できない世界だから、時間の問題だと思うけど?」
そんな中、雰囲気を変える様にアカツキさんが呆れた調子で言葉を掛けました。
「あ、あははっ、そうかもしれませんねぇ」
のほほんとした笑顔を見せる艦長。
「でも、そろそろ現実世界でなんとかしてくれそうな時間じゃないかしら?
 艦長もそこら辺を狙ってるみたいだし、ね」
イネスさんが口元に苦笑じみた雰囲気を纏いつつ、言葉を掛けます。

「ええ、だって今はラズリちゃん達の秘密がわかっただけで大収穫ですもん。
 それ以上は彼女も交えて話をするべきですから。
 皆さんも、今回の事で彼女にどんな態度をとるのか、考えておいてください」
表情はいつものままですけど、言っている事はかなり大事な事だと感じました。
ここに居るほかの人たちもそう思ったのでしょう。真面目な顔で頷いてくれたのです。

と、アカツキさんが肩を竦めて山牌に手を伸ばしました。
「やれやれ、そういう事なら、時間潰しも兼ねてタイムアウトの前に手牌を進める事にしようかな。
 乙女の秘密に文字通り手を伸ばせるこんな機会、そうあるもんじゃないしね」
「やだもー、そんな事させません。その牌鳴かせて貰いますよっ」

二人がそんな風に空気を変えてしまったので、皆もいつもの雰囲気に戻りました。
いつものと言うのは、お気楽というか、それぞれ自分のペースを崩さないというか、そんなナデシコの雰囲気の事な訳です。
ま、こんな状況でも、記憶を見せ合ってボケたり突っ込みを入れたり、ラブラブやっちゃうのはなんと言うか。

ですが、私がいつもの台詞を呟こうとした時、艦長は妙に興味深そうな顔になり、こんな事を言ってきたのです。

「私が気になるのはぁ。
 あの時ラズリちゃんとルリちゃんが、なにしてたかって事よねっ!」
……はぃ?!

「私覚えているんだからぁ。あの時二人がどんな状態で居たかって事」
確かに艦長は、あの時コミュニケで割り込んできましたけど。
「ええっ、艦長それってどんな?!」
イツキさん、何であなたこんな時だけそんな勢いよく食いつくんですかっ。

「うーんと、私が見た時はこんな感じー」
艦長が捨てた牌を食い入るように見るイツキさん達。
「わ、ハグしてるっ!」
「続きはないの続きは?!」
ち、ちょっと皆さん、その牌のツモりまくりっぷりは何なんです?!
艦長も都合良くそんな牌捨てないでください!

私の表情を見た艦長が、嬉しそうに言葉を掛けてきます。
「あはっ、ルリちゃん頬が赤くなってるよぉ。可愛いなぁ」
もう、こんな状況を作ったのは誰だと思ってるんですかっ。からかわないでください!


【ブラックサレナ:「テンカワ・アキト」】

杖に生えていた翼の羽ばたきと珠の輝きにより、一瞬くらりと眩暈がしたが、それだけだった。

「……何をした」
俺の表情を見て、落胆を隠さない女。
「駄目だったか。やはり半可通な技では上手く行かぬか」
が、その落胆も数瞬の間だけだった。
「だが、このまま帰ったのでは、何を言われるかわかった物ではないのでな。
 相手をしてもらおうか!」
斬り付ける様な言葉と同時に、奴の機体が消えた。
瞬間、俺は勘だけで機体を動かす。俺の居た場所を奴の杖が通り過ぎていた。
くうっ、なんて加速?! だが、この技の筋は?!

「……貴様、まさか」
俺の視線を受け、女の顔が愉悦に歪む。
「気付いたか。ならこの闘い、逃げはしないであろうなぁ」
この技、さらにその愉悦の表情。そんな物を見せられて正体が判らないほど俺は愚かじゃない。

ああ、闘ってやるよ、北辰!!


【ナデシコブリッジ:ハルカ・ミナト】

「ちょっと、早くしないと作戦時間に間に合わないわよ!」
焦った声で提督が叫んだ。

なんか知らないけど、パイロットさん達はみんな行動が変だし、ルリルリ達もいまいち行動がピリッとしてないのよ。
そのせいで動作がおかしくなったYユニットの調査は遅々として進まず、さらに敵機を迎撃に出たアキト君の戦いも膠着状態。
アキト君の戦いぶりはいつもより頑張ってて、判る人が見たら凄い状態みたいなんだそうだけど、決着が着かなければ作戦を実行できないの。
いったい皆どうしちゃったのかしらねぇ。

「ああっ?! やっぱりだっ!!」
突然、ハーリー君が声を上げた。

「どうしたの? ハーリー君?」
「ハッキングです! パイロットさん達、IFSを通じてハッキングを受けています!」
「なに?! 一体どういうことなんだマキビ」
「考えれば、幾つか思い当たる節はありました。
 そう……。
 複数の人間の行動の変化。
 サルタヒコの不調。
 Yユニット周辺通路の異変。
 パイロットさん達が見たという幽霊。
 これらはすべて、この重大な事実を示していたんですよ!」
「な、なんですってー!!」
ハーリー君が何か濃い目の顔で語りだしちゃって、何かこのままじゃこれで世界は滅亡するとか言い出しそうだったので、私はとりあえず声を掛ける。
「で、どうするのよぉ。皆を元に戻す方法はあるの?」
私の台詞に、ハーリー君はくっと顔を引き締め言葉を返してきた。
「はい、僕が皆さんを開放して見せます!
 これは今、僕にしかできない事ですから!」
へぇ、いい顔してるじゃない。がんばれ、男の子っ。


【同:マキビ・ハリ】

今回の相手は、IFSを介したコミニュケをネットワークと見なして皆さんの意識をハッキングしている。
故に、通常の意識はネットワークつまり外面世界にアクセス出来ない様封じ込められてしまい、普段現れない内面の意識が出てきてしまったのだろう。
更にルリさん達が作成していたプログラムはIFSから相手の深層心理に進入する物であった事が、今回の影響をより大きな物にしていた。
そりゃあこんな危険なプログラムだ。そう簡単に使えないようプロテクトが掛けられている。
でも、僕が見つけていた抜け道(バックドア)を使えば何とかなる。
ルリさんの作ったプログラムには、実行速度を優先したせいか、外部からの影響を受けやすい脆弱性があったんだ。
きっとルリさんは他人に見つかる前に目的を達すれば良いって考えていたんだろう。
いいや、これはルリさんのと言うより、ラピスの手によるものだろうな。
ラピスは外見に見合わず結構防御より攻撃を優先させる性格だ。
そう言う観点からするとルリさんはバランス型で、僕は防御優先だろうか。
このハッキングだって、僕の使うアクセス機器には通常よりも強力な防壁を用意してあったから気付けたんだ。
まあ、いつも周りの人に弄られたり、ラピスに面白半分でちょっかい出されたりしてたから止むを得ずだったんだけど、こんな事で役に立つとは思わなかった。


【ブラックサレナ:「テンカワ・アキト」】

突然の困惑する状況の中、俺の前に現れた北辰。
当然勝負を仕掛けたが、俺はまたも違和感を覚えていた。
その違和感の理由は、俺の一撃で奴の外套が剥がされた事で明らかになる。

現れたのは赤い機体。
確かに奴の夜天光も赤く塗られた機体だったが、その姿は全く違う物だった。

まず目立つのがバックパックの形状。
エックスの文字の様に四つのユニットが装備されていて、あれ一つ一つが独自稼動する事で高い機動力を得るのだろう。
だが、形状から受けるイメージはエックスというより、大きなリボン、だ。
さらに股関節を守る装甲は、少女のスカートのようであり、裾にはずらりと羽飾りの様な物が、あれは姿勢制御用のスラスターだろうが、付いている。
羽根は衣装の袖飾りの様に肩部装甲にもあり、機体姿勢の高速制御を強化しているのだろう。
全体的な形状は、地球系の直線を主体とした構造をベースに、胸部など要所要所に木連系の丸みを帯びた部分が存在している。

武器は杖……と言えば聞こえは良い。
杖の先は二股に分かれ、さすまた的な用法をするのだろうか。
だがその形状は鳥の翼を思わせ、翼の根元には鈍く光る宝石の様な丸い球が付けられている。
球は石突にも少々小さいが埋め込まれている。
色が赤と黒のみでなかったら、まるで魔法のステッキのようだ。

つまり、なんというか、悪の魔法少女のような機体だった。

「やるな。流石だ」
感心した調子で「北辰」が言葉を掛けてきたが、俺は余りの違和感に思わず問いかけてしまう。
「……何だその機体は」
「こちらにも都合という物がある」
だが、その物言いにはわずかに動揺が見え、表情さえも僅かに口を尖らすなどという、外見相応の物になっていた。
何かこいつ、そんな小娘の姿になってしまった事で、心境に変化でもあったのか?

くそっ、何なんだこの「過去」は。俺の知る「過去」と違いすぎる。

俺の困惑と同調するかの様に、周囲の状況が歪みだす。
いや違う、感覚が薄れてきているんだ。

……それがどうした。
俺は貴様に復讐する。それが俺の望み。

だが、決意に反して俺の意識は闇へと堕ちて行く……。


【電脳世界:ホシノ・ルリ】

「……あ」
突然ラピスが明後日の方を見て呟き声を発しました。

「ラピス、どうしたの?」
「何か、きた」
私も彼女の視線の先を確認すると、なにやら光る赤い球がこちらにやって来るのが見えました。
その球は私たちの近くまで寄って来ると言葉を発します。

「皆さん、大丈夫ですか?」
「ハーリー君?」
なぜか光る赤い球状態のハーリー君。
そういえば彼はこの卓に着いていませんでしたね。

「いやー、皆さんの様子がおかしかったので、調査してみたらビンゴでしたよ」
彼の言葉にラピスがぼそりと問いかけました。
「またハーリー私達の事覗いてた?」
「また、なんですか」
つまり私達がハッキング相手に犯されるのを見ながら、一人ちゃっかり防護壁を立てていたから居なかったと。

「ちょ、ちょっと何を仰るウサギさんっ。僕の普段からの苦労の賜物です! そう、努力と根性ですよっ!」
「そうなんだ」
「そうですか」
「うわーん、まるっきり信用されてないみたいな口調ー!」
……そんなつもりは無かったのですが。めんどくさい子です。
まあこの場で逃げ出されても困るので、私は何事も無かったかの様に声を掛けます。

「ハーリー君、現実世界の方はどんな感じですか?」
私の問い掛けに彼も真面目な雰囲気に戻り答を返してくれました。
「は、はい。ハッキング相手はサルタヒコに取り付いた木連の虫型兵器でした。
 現実世界で物理的排除も始まってますし、後は、皆さんを解放するだけです」
「そうですか。じゃあ、やっちゃってください」



【アキト自室:テンカワ・アキト】

俺は自室で床に横になったまま、今回の件について考えていた。

まずは、俺達が元に戻った事で、作戦は一気に進行し、月軌道奪還作戦は成功に終わったんだ。
聞いた話によると、俺達が電脳世界に閉じ込められている間に、あの「北辰」が現れ、あの「俺」と息詰まる戦闘を繰り広げていたそうだ。
が、「北辰」は、「俺」が意識を失った事で興味を無くしたらしく去って行ってしまう。

やはり「北辰」と「俺」は、あの電脳世界で知らされた「未来」の人物で、興味があるのはお互いだけなのだろう。

……そう、やはりそれが問題だ。

さらに「未来」の「俺」の事だけでなく、ラズリちゃんの事。
決めなくてはいけない事は沢山ある。

突然、部屋への来客を告げるノックの音がした。
気分的に誰かの相手をする気分じゃなかったので俺は無視していたが、その相手は数回のノックの後、扉を開け入ってきてしまう。

「アキト、あのね、話があるの」

やってきたのは、ユリカだった。
まあ、ユリカの奴はこの艦の艦長だから、やろうと思えばこういう事は出来る。
でもこの艦に乗ってすぐの頃、俺が勝手に入るなと怒ったせいで、大事な時じゃなきゃこんな事はしないと約束したから、今回の話は重要な事なんだろうと想像がつく。
仕方が無いので俺は体を起こす。
ユリカはそんな俺の前に座り込み、じっとこちらを見つめる。

「アキト、ラピスちゃんの話を聞いて、どう思ったの」

やはり、今回の事だったか。
ユリカにとっても他人事じゃない話だったもんな。
俺に聞きたくなる気持ちは理解できる。
だが俺もまだどうすれば良いのか自分の中で纏まっていない状態だから、考え込みつつ言葉を返す。

「……「未来」の「自分」の事は理解できる。
 やってた事も、間違いなく俺ならそうするだろうって、納得できる」
ユリカは俺の言葉を受け、僅かに考え込んだ後、質問を重ねた。

「ルリちゃんは、ラズリちゃんの中に「北辰」が跳んできただけだって言ってたよね。
 アキトはその事についてどう思ってるの?」

「その通りかもしれない。違うのかもしれない。俺にはわからないよ」
自身はそうだと思ってしまっているが、つい俺は言葉を濁す。
「ふうん、それだけ?」
ユリカは一言そう呟いただけで、じっとこちらを見つめている。
もしかするとユリカは、あの「俺」の事を気付いているのかもしれない。
だからこうやって、あの「俺」の事をどうするのかを聞こうとしているのかも。

でも、どうすればいいんだってんだ。
あの「俺」が俺の中に居て、俺は「俺」の事に共感できる。
だからおとなしくこの体を譲り渡せとでも?

だからこそ駄目なんだ。
あいつは俺じゃない。この世界の俺は、今ここに居る俺だ。
格好付けてる言い回しかもしれないけど、いつか俺はラピスちゃんにこう言わなければいけない。

「君の知っている「テンカワ・アキト」は死んだ」

と。

「じゃあ、「未来」の「私」の事はどう思うの?」
俺が答えを濁していると、ユリカは質問を変えてきた。

「どう思う、って? 「未来」の「お前」は、「未来」の「俺」の問題だろ。
 俺はこの世界の、今のお前だけで手一杯だよ。
 他の世界のお前までかまってられない」
ユリカの表情が、俺の言葉を聞いたとたんに曇った。

「「未来」の「私」も、きっと「アキト」の事が大好きなんだよ。
 「アキト」は絶対「私」の所に戻ってきてくれるって信じてる」
ユリカは確信しているといった雰囲気で頷いた後、次の言葉と共に僅かに俯く。

「でも、あんまり遅くて待ちきれなくなったら、追いかけちゃうんじゃないかな」
数瞬の間があり、上げたユリカの顔が真剣な物になっていた。
「そう、どんな事をしてでも」

アキトはそんな「私」に出会ったとしても、……それでもアキトはそう言うの?

なぜか、ユリカの唇がそう動いた気がした。実際には動いてなかったのに。
と、驚く俺の前で、突然ユリカは慌てた様に手を振りだした。

「ああっ、アキトごめんね。私、また訳のわかんない事言ってるね。
 未来の「私」の事考えてたら妙に感情移入しちゃったのよ」

そのままユリカは立ち上がり、何時もの笑顔を見せる。
「「未来」の「アキト」とか「私」とかラズリちゃんの事とか、みんなひっくるめてうまく行く方法が、きっとあると思うの。だから、何とかしてそれを探そうよ。ね、アキト」
「……そんな事言われても」
煮え切らない俺の言葉に、ユリカの表情にわずかに曇りが差した。

「じゃあ、私はそう考えているって事、忘れないでね、アキト」
ユリカはそんな台詞を残し、部屋の扉を開け出て行く。
扉が閉まる寸前、彼女がこちらを見た様な気がした。
何故かその悲しみとも心配ともつかない視線が、妙に心に刺さっていた。







【後書き:筆者】


第二十話Cパートです。

お久しぶりでございます。
またこんなに間を空けてしまって申し訳ないと思ってます。
待って頂けた読者の皆様、本当に有難う御座います。
でもまあ、書ける範囲で書いていくしかありません。頑張りますね。


さて、今回の話です。

いまさら、黒アキト逆行後シーンのテンプレを書くのはどうなんだ、とか思いつつ。
逆行物なら一回は書いておくべきかとも考えまして。
まぁ、リハビリ代わりになったかも知れないですね。(笑)

で、記憶麻雀です。

本人の居ない間に色々評価されるのは良くある事というか当たり前の事ですが、今回皆思考がラズリに優しい気がします。
彼女の今までの健闘の賜物で良いのかも知れませんが、「全力で見逃せ」みたいなアレなもんを食らってる人もいるんじゃないかなぁ……(謎 

それはさておき、原作シーンでもルリは電脳世界から現実世界の事がわかっていた様な描写がありましたから、ある程度電脳世界をいじるのはアリじゃないかな、と。
ですのでそこら辺は舞姫世界オリジナルです。それに筆者IT系は素人ですので。(苦笑
木連の機体関連も同様にオリジナルです。

最後に新機体、クロスボーンがモデルだったはずなのですが、女体化しただけでなんでこうなるかなぁ……。(w
で、元がそれなのでその内脱ぎ着する予定です。(w


では、また次回に。







感想代理人プロフィール

戻る





代理人の感想
いやぁ、普通に「リボンが大きくなったノーベルガンダム?」とか考えてましたよ。w

にしても久しぶりの投稿でいきなりこれまでのネタばらし編。読者付いてきてるかなぁ。(ぉ
やっぱりこう言うときは今までのあらすじとか、冗長に思えても付け足した方がいいと思いますね。



※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)
コメント
URL