喪心の舞姫
 第四話

【???:テンカワ・ラズリ】

ボクは、夢を見ていた。

夢の中で、ボクは漆黒の復讐者となり、破壊を続けていた。
憎悪と狂気の中、その身は修羅へと堕ちていく。

いつのまにか、ボクはそれを横で見ていた。
彼が復讐の炎に身を焼き、堕ちてゆくのを横で見ている事しかできなかった。

耐えきれなくなって手を伸ばそうとしてもその手は届かない。
燃え尽きようとするその人へ向けて、精一杯声にならない声を上げる。
「………!!!!」

【ラズリの部屋:テンカワ・ラズリ】

目が覚めた。
何か叫んでいたような気がする。
大切な夢を見たような気がするけど、思い出せない。

思い出そうとした時、オモイカネから通信が入る。
『ラズリ、オペレーター交代の時間』
夢の事についてもっと考えたかったので頼んでみる。
「……オモイカネ、目的地までは君に任せておけば大丈夫でしょ。だから任せた」
『規則だから駄目』
もう、融通利かないなぁ。今度再教育しちゃおうか。
まぁいいや、目も覚めきっちゃって夢の事思い出せそうにないし。
「仕方ないなぁ。……そう言えば目的地って何処だっけ?」
『コロニー名・サツキミドリ二号』
目的地の名前を聞いた時、全く別の記憶が思い浮かぶ。

……木星蜥蜴のサツキミドリ襲撃……。

「予知」だよね、これ。
……どうしよう。これを何とかする方法は?

【ルリの部屋:ホシノ・ルリ】

朝早く、いきなりラズリさんがやってきました。
彼女は私の顔を見るなりこんな事を聞いてきたのです。
「ルリちゃん、この艦からサツキミドリのシステムに介入する事って出来るかな」
「出来ない事はありませんが、何故ですか」
私の質問に、ラズリさんは暫く考えた後、こう答えました。
「そうする事が、ボクに何か関わる事なんじゃないかって思えるんだ」
ラズリさんは、過去の記憶がないのでしたね。
自分の過去の事を知るために何かやろうとする気持ちは、少しわかります。
私の過去も、欠けている部分がありますから。
「わかりました」
「それに、もしかしたらコロニーの人達のためになるかもしれない事だから」
「え?」
「あ、何でもない。ブリッジの端末の方が良いかな、ルリちゃん」
「え、ええ、そうですね」

【ブリッジ:ホシノ・ルリ】

私とラズリさんは、サツキミドリのシステムのハッキングを始めました。
せっかくですから、ラズリさんの腕前も見せてもらいましょうか。

私はラズリさんが何をしたいのか見ていました。
すると、彼女は警備システムの辺りを色々見ていた後、故意か偶然か判りませんでしたが、総員退去命令を出してしまいました。
その後、サツキミドリに木星蜥蜴の襲撃があり、もし命令が出ていなかったらサツキミドリの人は全滅していたでしょう。
まさかラズリさんはその事がわかっていたのでしょうか?
しかも、このハッキングが自分の過去に関わる?
…………。
ラズリさんの過去ってどんな物なのでしょうか。
一緒にハッキングをしてわかったのですが、ラズリさんの持つナノマシンの能力は私の物とは桁違いです。
はっきり言って私の物とはTVゲーム機とオモイカネぐらいの差があるかもしれません。
それに、IFS強化体質レベルもかなりの差です。
まぁ、そうでなければオペレータとパイロットのIFSを操るなんて事は出来ないでしょうが。
ですが、それ程までに強化されていたら、普通肉体が持たない筈なんですが、何故彼女は大丈夫なんでしょう。
彼女は幾つもの謎を秘めている様で、気になります。

【通路:テンカワ・ラズリ】

サツキミドリの人達、ほとんど助かったみたい。良かった。
「予知」できたんだから、助けられるなら助けないと。
でも、全員無事とは行かなかった。
脱出した人達を護るために出撃した守備隊の人に何人か犠牲者が出てしまった。
……もっといい方法があったのかもしれない。
だけど、仕方ないよ、いきなり「予知」なんて言って信じてくれるわけ無いもの。
それに……。

何百人もの人間を殺している自分が、今さら数人見捨てた事を悔やんでどうする。

えっ?!!
いつのまにか頭の中に忍び込んできた恐ろしい考えに、ボクは呆然とした。
どうしてこんな事を思うの?!
そんな、ボクは何百人も殺してなんて……。
ボクはそんな事信じたくなくて、否定しようとした。

でも、始めて戦った時に現れた憎悪と狂気に囚われた戦闘の記憶。
体に染みついた戦闘技術。

完全に否定する事は出来なかった。
もし、本当にそうだったら、アキトやルリちゃん、このナデシコの皆はどう思うんだろう。
驚かれるだけならまだしも、怖れられたり、拒絶されたりしたら……?!!
そんなの、そんなの耐えられない!!

「新しいパイロット達、到着したってさ。可愛い子達だってよ。早く行こうぜ」
「そうか、じゃあ、あのコックの兄ちゃんはここでパイロットは止めるのかな?」
整備員の人達がそんな事を言いながら通り過ぎて、ボクは我に返った。
コックの兄ちゃん……アキト。
アキトがこれでパイロットを止める……?
そう思った時、頭の中に沢山の映像が駆けめぐった。

……アキトは、戦っていた。悩んだり、苦しんだりしながら、懸命に戦っていた……。

その姿を「予知」した時、ボクは、アキトを助けてあげたいと思った。
自分の事よりも、アキトを助ける方が大事だって思えた。
そうさ、まだ本当かどうかわからない自分の事より、「予知」してしまったアキトの方が大事だ。
だから、今はアキトの事の方を考えよう。

そう頭を切り換えて、ボクは到着したパイロットさん達に会いに行くために歩き出した。

【ハンガー:テンカワ・ラズリ】

ボクがハンガーに着いたら、中では皆が真っ白に固まっていた。

皆の真ん中で、長い髪をした女性パイロットが笑いながらウクレレを弾いている。
その横では呆れた顔をした女性パイロットが二人。
一体何が起こったの?

「あ、あの、一体何が?」
「ん? いやこいつが馬鹿な駄洒落をぶちかましてな……って、お前は誰だ?」
呆れた顔をしていた二人の内、ショートカットで緑色の髪をした女性が聞いてきた。
「テンカワ・ラズリっていいます。えっと、エステバリス隊付きオペレーターです」
「そうか、俺はスバル・リョーコ、よろしくな」
「私はアマノ・ヒカル、よろしくね」
その横にいた眼鏡を掛けた栗色の髪をした女性も自己紹介してきた。
「ねぇねぇ、貴方、漫画とか同人誌とか興味有る? 私、漫画家志望なの」
え? えっと……?
「あの……? 同人誌って、何ですか?」
ボクがそう答えるとヒカルさんはリョーコさんに泣きつく。
「ふえーん、私達の世界って、こんなに世間に認知されて無いのねー」
「一緒にすんな! オレは関係ない!」
泣きつくヒカルさんを引き剥がすリョーコさん。
「い、いえ、ボク、記憶喪失だから知識が偏ってますから」
慌ててボクがそう言うと二人は驚いた顔でこっちを見る。
微妙に気まずい雰囲気になった。

「は、気にすんな! 忘れた事なんてそのうち思い出す!」
「そうそう、リョーコなんて忘れてばっかりだもんねー」
「なんだと!」
雰囲気を吹き飛ばし、ボクの肩を叩きながら励ましてくれるリョーコさん。
それを混ぜっ返しつつ笑い掛けてくれるヒカルさん。
二人とも、いい人だな。
「で、あれはマキ・イズミ。変だけど悪い奴じゃないから」
リョーコさんがウクレレを弾きながら笑っている女性を指さす。
「堅物が一杯……真面目増して……はじめまして……くくく……」
あう。
皆が凍っていたのはこういう事か……。
まあ、悪い人じゃ無さそうだよね。人を笑わせようとする人に悪人は居ないよ。きっと。
ちょっと変わってるけど、みんないい人みたい。良かった。

「さて、自己紹介が終わった所で、お仕事を頼みたいのですが」
うわ、プロスさん。一体今まで何処にいたんですか?

【ハンガー:スバル・リョーコ】

オレ達の居たサツキミドリが木星蜥蜴に襲われた。
脱出してきたオレ達は、パイロットとして乗艦予定だったナデシコに救助された。
だが補給物資を全て運んでくる事は出来なかったので、残りを回収しに行く事になった。
まったく、人使いが荒い艦だぜ。

でもその前にナデシコに乗っているパイロットと顔合わせがしたかった。
というより、サセボで戦ったパイロットに会いたかったんだ。
オレ、パイロットを二名追加で採用したって聞いて、そのパイロットの腕前が知りたくなって戦闘記録を見せてもらって、驚いたんだ。
戦いぶりがただ者じゃなかったから。

「なあ、サセボで戦った凄腕のパイロットって誰だ? 会ってみたいんだけど」
仕事を説明しに来たプロスペクターに聞いてみる。
「それはラズリさんの事です」
彼は何でもないかのようにそいつを指さした。
「なんだって!」
そのパイロットは俺より幾つか年下の少女だった。
驚きつつも、声を掛けてみる。
「サセボで戦ったのって、お前だったんだ。お前、オペレーターじゃなかったのか?」
黒髪金眼の少女が答える。
「あの時は、偶然乗る事になっちゃって……」
へぇ、本当にそうなのか。
「でも、実戦で乗るのは少し嫌ですね」
「なんでだよ」
「実戦に出ると、思い出さない方が良い事まで思い出しそうですから」
まぁ、今のパイロットなんて奴は多かれ少なかれ、思い出したくない事を抱えてるもんだが。
そう言ったこいつは妙に悲しげで、迷子の子供みたいに見えて、あの凄い戦闘をやった奴にはとうてい見えなかった。

「あ、そうだ、アキトも連れていってあげなくちゃ」
と、いきなりこいつは声を上げた。
さっきまでの表情が嘘だったかの様だ。
「誰だ、そいつは?」
「ナデシコにいるパイロット能力持ちの一人。無重力での操作は初めてのはずだから覚えてもらわないと」
何だよ、そんな奴まで乗ってんのかよ。変わった艦だな、ここは。

【アキト機:テンカワ・アキト】

「どうして俺まで……。俺はコックだって言ってるだろ」
コック兼パイロットになってるけどさ。
俺の言葉にラズリちゃんが答える。
「アキトがコックで居たいってのはわかるけど、素質があるんだから、訓練しておくに越した事はないと思う。
 能力があるって言うのは、無いよりずっと良いんだから」
「戦争の能力なんて欲しくないよ」
「この能力は戦争の為じゃなくて、大事な人を護るための能力だと思う。それはアキト次第だけど」
そう言ったラズリちゃんの表情は、いつになく真剣だった。
ふと、俺がIFSを付けた理由を思い出した。
まだ火星にいた頃、ユリカが工作機械を暴走させて、俺はユリカが泣いてるのに、機械を止めて助けてやる事が出来なくて。
それが悔しくて付けたんだっけ。
あの時、俺に機械を動かせる能力があったら、ユリカを泣かせずにすんだって。
……ラズリちゃんが言っている事は、そういう事か。

【ラズリ機:テンカワ・ラズリ】

「……そうだね。出来ないよりは出来た方が良いか」
アキトから了承の返事が来た。
表情も、まじめにやる気になったみたいだ。
よかった。
まだ断片的な「予知」だったけど、アキトにはこれから沢山の戦いが待っているはずだから、ボクはその手助けをしてあげたい。
何でかわからないけど、そうしてあげなきゃって思うんだ。
そんな事を考えていた時、アキトが何か思いだしたように口を開く。
「ところで、ガイはどうしたんだよ」
「えへ、医務室送り」
こないだの罰としてガイさんと模擬戦したんだ。
なのに戦闘中に決めポーズするなって言ってるのに聞かなくて。
だから、ついシミュレーションの衝撃システムを本物以上になる様に弄った状態でボコっちゃった。
今は全身打撲だらけで、しばらく動けないと思うな。

「おら、お前らそろそろ到着だぞ」
リョーコさんから通信が入った。
モニターを見るとサツキミドリが大きく映っていた。
それを見た時、頭の中をふっと映像がよぎった。「予知」だ。
……なるほど、こんな事が起こるなら、ちょっと試してみようかな。

【リョーコ機:スバル・リョーコ】

現在、オレ達四機は破壊されたサツキミドリの内部に進入し、回収予定の0G戦フレームの場所へと向かっている。
残り一機、テンカワ・アキトとか言う奴は、素人だから外で待機。
全く、何であんなのが乗ってるかな。

「そろそろ到着じゃないかなー?」
「あの扉の向こうだと思います」
ヒカルとラズリの会話を受け、オレはその格納庫の扉を開く。
確かにその扉の向こうに目的の0G戦フレームは転がっていた。
少々瓦礫に埋まっていたが、使えそうな状態の様だ。
「よーし、さっさと拾って帰るか」
だが、近づいた瞬間、そのフレームが動き出す。
「な、何ぃ?!」
エステが立ち上がった事により、バッタが何体も取り付いていたのが見えた。
こいつ、バッタに操られているのか。
「デビルエステバリスだー!」
ヒカルの命名と同時にデビルエステバリスが襲いかかってきた。
「なんて速さだ!」
デビルエステはバッタのワイヤーを利用して高速移動しやがる。
「攻撃が当たらないよー」
「こんな場所じゃ向こうの方が有利ね」
オレ達三人の攻撃はろくに当りゃしねぇ。
ん? 三人?
オレはラズリが攻撃に参加してないのに気づき、後ろで攻撃もせずに立っているだけのあいつに叫んだ。
「ラズリ、ボーっとしてないで、腕前見せてみろって!」
「腕前って言われても、参考にはならないと思いますけど。……では、行きます」
ラズリがそう言うと同時に、通信にノイズが入る。

「なんだ、いきなり?」
「リョーコ、見て!」
見ると、デビルエステバリスの動きが変わっていた。
動きがちぐはぐで、何かに操られかけて(元からバッタに操られているが)いる様にもみえる。
「……ザザ……駆動システム介入……ザ……」
雑音の向こうからあいつの声が聞こえた。
まさか、あいつがやっているのか?
「……システム、強制終了……」
その声と共にデビルエステバリスは動きを止めた。
「動けなくなってるうちに、くっついてるバッタ壊しちゃって下さい」
ラズリの声に慌てて攻撃するオレ達。
さっきまでの高速移動中ならともかく、止まっているなら、くっついたバッタだけ壊すなどオレ達には問題ない。
で、残ったのは頭部が少々損傷しただけの0G戦フレーム。
オレ達だけじゃ、何とか破壊は出来たとしても、こんな事は絶対出来なかったわけで。
「や、やるじゃねぇか」
「ラズリちゃん、すっごいねー」
「なかなか出来る事ではないわね」
「相手がエステバリスだったからできたんですよ」
そう言って照れるラズリ。
こいつの強さはオレ達とは別種の物のようだ。
味方なら心強いが、敵なら苦労するだろうな……。

オレの思考は、いきなり飛び込んできた機体によって中断された。
「おーい! 俺にも何か手伝わさせてくれー!」
ああ、コックの奴か。
「アキト、ここは内部バッテリーでしか動けないんだから、そんな派手な機動はしないの」
コックの奴に注意しながらも優しい笑顔を向けるラズリ。
その笑顔を見ながら何となくオレは思った。
こんな笑顔が出来る奴なら、敵になったりしない。
きっと、こいつは味方はどんな事しても護ろうとする奴じゃないかなって。
なら、こいつの指示で一緒に戦うのも悪くないな。

【ラズリ機:テンカワ・ラズリ】

通信回線から他の機体への介入。
最近自分のIFS強化体質を理解し始めたから、出来るんじゃないかなって思ってやってみたら、やっぱり出来た。
……でも、やってみたら、何でか自分が敵機体のシステムも理解しているのに気づいた。
まるで、こいつらを道具として使っていた事があるみたいだ。
何故なんだろう。

「おーい! 俺にも何か手伝わさせてくれー!」
その思考は、いきなり飛び込んできたアキトの機体によって中断された。
「アキト、ここは内部バッテリーでしか動けないんだから、そんな派手な機動はしないの」
アキトに注意しつつも、ボクは彼がやる気になっているのを感じて嬉しかった。
何でだろう、自分の事よりも、アキトが幸せになって欲しいなんて思っちゃうんだ。
ボクは、アキトを助けてあげたい。
そう思うんだ。どうしてだろう。






【後書き:筆者】

第四話です。

さて、今回の話ですが。
ラズリ、マシンチャイルドとして目覚め始めました。
彼女、こっち方面を伸ばしていくと思います。
他の人(アキト?)を手助けするにはちょうどいい能力ですからね。

それはそれとして、軽く本編の補足を。
彼女のナノマシンは大量の遺跡オリジナルが完全駆動してますから性能差はあんなもんでしょう。
通常のパイロット用、オペレータ用IFSナノマシンは地球人の粗悪なコピーで、しかもインターフェイス程度しか機能してないはずですから。
下手すると彼女IFSがボトルネックで性能出し切れてないかも知れません。

だから、ラズリ、能力全開できればかなり強力になる筈なんですが。
記憶喪失だし、性格甘甘のお子様だし、困ったもんです。
ま、「彼女らしく」ですよね。頑張ります。

では。

 

 

代理人の感想

遺跡オリジナル?

と言うことはそもそも人類が使う事を考慮されていない異文明の代物な訳で。

(ネルガルだって使えるなら使ってたはずです)

よくもまぁ、そんなものを体に入れて生きていられるものですねー。

余程適性があったのか、あるいは・・・・・・。

 

 

追伸

「シュミレーション」じゃなくて「シミュレーション」ですね。