第七話

【会議室:ホシノ・ルリ】

前回ナデシコに攻撃してきた敵集団は、ラズリさんのハイ・ジャミングモードで切り抜ける事が出来ました。
ですが、敵が強力になっている事に変わりはありません。
火星から脱出するには、その強力になった敵を出し抜く方法を考えないといけないんです。
大気圏脱出中には、加速度の関係で羽根が操りきれず、ハイ・ジャミングモードは出来ないそうですから。
ですが……。

「「「なぜなにナデシコ〜」」」

どうして私達はこんな事しているんでしょう。
艦長とラズリさんと私がイネスさんに呼ばれたので、ナデシコかオモイカネについての相談かと思ったら。
何でこんな教育番組みたいな事してるんですか?
しかも私が解説のお姉さんで、残りの二人が相方のお馬鹿な動物達なんて。私が一番年下なんですが。
そう思いつつ艦長達を見て、私は思わず溜息をつきました。
ウサギの着ぐるみを着た艦長とラズリさん。
ちなみに、白ウサギが艦長で、黒ウサギがラズリさんです。
何だか似合いすぎです、二人とも。

私がそう思っている間にも、「なぜなにナデシコ」は進行していきます。
「ねぇウサりん、今日は何のお話?」
「今日はナデシコの相転移エンジンのお話なんだって。ウサぴょん、わかる?」
「えへへ、わかんないや。ボク何しろウサギだし。ウサりんはどう?」
「あはは、わかんないや。ボクもやっぱりウサギだし」
「な〜んだ、そうなんだぁ」
「うん、そうなんだよぉ」
「「あははははははははは」」
……息が合いすぎです、二人とも。

艦長はともかく、ラズリさんにも艦長みたいな所が有ったなんて、驚きというか呆れるというか。
「ちょっとホシノ・ルリ。ナデシコの良い子達が見てるのよ。台本通りおやりなさい。
 はい、にっこりこっち向いて。おねぇさん」
「……馬鹿」
イネスさん、どうしてこんな事やらすんですか?
「ルリちゃん、頑張って〜。終わったらまたご飯作ってあげるね〜」
ラズリさん、楽しそうですね。
電子戦フレームといい、そういうの、好きなんですか?

【アキトとガイの部屋:テンカワ・アキト】

ユートピアコロニーに生き残っていた人達が居た。
それはとても嬉しい事だった。

だが、ナデシコの戦力不足のため、半数しか乗り込んではくれなかった。
しかも、ラズリちゃんの能力が無かったら、その半数も乗り込んでくれなかっただろう。
なんだか俺には、記憶喪失という大変な問題を抱えている彼女ばかりに、苦労させている様に思えた。

「なあガイ、この間のラズリちゃんのジャミング能力、どう思った?」
つい俺は、横でゲキガンガーを見ていたガイに聞いていた。
いつもの熱血馬鹿な台詞が帰ってくるかと思っていたが、ガイは真剣な表情で答え始めた。

「……勇者があんなのに頼る訳にはいかねぇな。
 あの能力は、敵から逃げ隠れする事は出来ても、勝つ事は出来ない。
 通信出来なきゃ周りと連携取れないうえ、出撃した俺達にもナデシコが見えなくなる。
 だから、あの能力が発動した時動けるのは、今の所彼女とナデシコのみだ。
 こちらを見失った木星蜥蜴も、攻撃されたら気づいて反撃してくるはずだ。
 だから、ナデシコも下手な攻撃は出来ない。
 彼女は能力発動中にはどう見ても戦力外だ。
 つまり、あの能力が発動すると、一見有利に見えても、結果は、勝てなくなるんだよ。
 勇者は、道を切り開き、勝たなきゃいけないものだ」

意外にも、言っている事はまともだ。
理由はちょっとアレだが。
俺がこんな事を思っている横で、ガイは答え続ける。
「彼女のジャミングを役立たせるには、俺達一人一人がもっと強くないといけない。
 連携無しでも敵を倒せる腕前が必要なんだ。
 だから、俺は今度、何か特訓しようと思ってる」
あくまで前向きなその思考、見習わなければいけないのかもな。
そうやって少しずつでも出来る事を増やしていけば、彼女に苦労させなくて済む様になる。

考えに糸口が見えて気が楽になってきた俺は、ついガイに突っ込みを入れる。
「ガイ、お前がそんなに物を考えてるなんて知らなかったよ」
「なにぃ? これでも俺は、パイロット養成学校で戦術は一位だったんだぞ」
ええっ!! 嘘だろ?!
「おいおい、俺だって戦闘機やデルフィニウムとかなら普通の戦い方出来るんだぜ」
驚いた俺に、自慢げにガイはこんな事を言う。
うーん、プロスさんがナデシコのクルーは皆、能力は一流だって言ってたけど、ガイもそうだったんだ……。
でも、そうだとすると、ナデシコに乗ってからの戦い方に疑問が生じるので、聞いてみる。
「じゃあ、何でエステの戦闘中にはゲキガンガーの真似するんだ?」
「俺はエステでゲキガンガーをするのだけは譲れないんだ!!
 念願叶って、手があって足がある、正義の味方が乗る様なロボットに乗れたんだからな!!」
今度はいつも通りのガイの答に苦笑しつつ、俺はコックの仕事に行こうとしたが。

「あああーーーっ!! 俺のゲキガンガー!!!」
いきなりガイが叫んだので、仕方なく俺はそちらを見る。
そこに映っていた画面では教育番組の様な事をしていて、ガイのゲキガンガーを使って説明している。
しかも画面に登場しているのはイネスさんにルリちゃんにユリカにラズリちゃん。

「……とまあ、相転移現象とは、こう言う事なのよ」
「この説明で、ウサギさん達わかったかな?」
「ふぇぇ、相転移って、凄いんだねぇ」
「本当だねぇ。凄いね、びっくりだね」
「でも、ウサギのボク達によくわからないねぇ」
「本当だねぇ。よくわからないねぇ」
「「あははははははははは」」
白ウサギのユリカと黒ウサギのラズリちゃんが、お馬鹿で脱力しそうな会話を繰り広げている。

ラズリちゃん、何やってるんだよ……。
こっちは君の事心配してるのに。
まぁ……、悩んでるよりは良いか。

【会議室:イネス・フレサンジュ】

「相転移エンジンなんて、こんな物誰が作ったの? あなた?」
「いいえ、私じゃないわ。それどころか、誰が作ったのでも……」
「はいはい、お疲れ。この辺で終わりにしておきましょうか。電気代も馬鹿になりませんから」
私も説明お姉さん(おばさんじゃないわよ!)として「なぜなにナデシコ」に登場して、思う存分説明していた時、横槍が入った。
誰よ? 今いい所だったのに。
わざわざこんな事までして説明しようとした私を止める、その罪は重いわよ。
だけど、私の説明を中断させた相手はプロスさんだった。
……なら、仕方ないわね。
ネルガルとしては、まだ乗組員には知らせたくない事なんでしょうから。

「止めた理由は、ほんとに電気代だけですか?」
あら、そこでプロスさんにそういう質問をする? 鋭いけどちょっと単純ね、あの子。
えっと、あの子はこのあいだの戦闘で凄い事をやってのけた子よね。
名前は、テンカワ・ラズリだっけ。
ん? テンカワ?
「ねぇ、あなた、テンカワって名前、テンカワ博士の関係者?」
私の質問に、彼女は表情を曇らせた。
「……わかりません。ボク、記憶喪失なんです」
へぇ、私とちょっと似てるかな。
私も、八歳以前の記憶が無いのよね。
「その名前、何か訳が有ってつけてるの?」
「なんだか、こうした方が良いと思ったからです」
と、それまで真面目だった表情がいきなりくにゃりと崩れる。
「それに、アキトの名字だし
「ええ?」
ハートマーク付きのテンカワ・ラズリの発言に、私達の横で着ぐるみを脱いでいた艦長が、ぎくりとした調子でこっちを見る。
「あはは、冗談ですよ。艦長の物、盗ったりしませんって」
慌てている艦長に、楽しそうな表情でぱたぱたと片手を振ってみせる彼女。
「え、や、やだな、それにアキトが私の物じゃなくて、やっぱり私がアキトの物なのって、何言わすのよ〜」
そう言うなり何やら顔を赤くして悶え始める艦長。
なるほど、艦長とそのアキトって子の関係、想像ついたわ。
「じゃあ、そのアキト君はどういう子なの?」
「どうって言われても……。あ、テンカワ博士はアキトの親御さんだと思います」
あらあら、アキト君とやら、それでよくこのナデシコに乗っているわね。
それとも、まだ知らないのか……。
「ふうん、私もそのアキト君に会ってみたくなっちゃったな」
「じゃあ、一緒に食堂行きましょうか」
「食堂?」
「アキトは普段コックですから」

【食堂:テンカワ・アキト】

「ルリちゃん、おいしい?」
「おいしいです」
「よかった。おいしいって言ってもらえるのが一番嬉しい」
俺が出前から戻ってくると、食堂のテーブルで、ラズリちゃんとルリちゃんが向かい合って座っていた。
ラズリちゃんの手料理をルリちゃんが食べているんだ。
でも、あの二人、こうやって見ていると姉妹みたいだな。
瞳の色といい、肌の白さといい、似ているよな。

「テンカワ・アキトってあなたの事だったのね」
そんな事を考えつつ厨房に入ると、横から声を掛けられた。
声を掛けてきたのは、イネスさんだった。
正直、まだこの人は苦手だ。
何故か、彼女に何か悪い事をした事があるような気がするし。
それはともかく、厨房のカウンター越しに聞き返す俺。
「一体何の用すか」
「テンカワ博士の息子がこの艦に乗ってて平気なのかなって思ったから、聞きに来たのよ」
どういう事だ? 俺の両親の事で何か知っているのか?
「俺がこの艦に乗って何か悪い事有るんすか」
聞き返しても彼女は答えず、顔を俺の目の前にまで近づけてきた。
「なんか不思議……。何だかあんたの顔見てると、凄く懐かしい気がする……」
何だか妙に瞳が潤んでいる。
美人が目の前でそんな表情をしている訳で、俺はどうしたらいいかわからなくなっていた。
そこに割り込んできたユリカのコミュニケ。
「何か二人近づきすぎ! プンプ〜ン!」
ユリカ〜。今だけはお前に感謝するよ。

「ユリカ、いきなり何だ? 何か用があるのか?」
天の助けとばかりに俺はユリカに声を掛ける。
「ああ、そうそう。あのね、これから今後の予定について会議するから、イネスさんとアキトにもブリッジに来て欲しいの」
「イネスさんはわかるけど、俺もか?」
「アキトはパイロットだもの、自陣の戦力も検討するんだから、当然だよ。
 他のパイロットさん達や、ルリちゃん達、フクベ提督とかも出席するからね」
「そうか、わかった」
俺はパイロットでも有るんだものな。コックであるって事は譲れないけど。

通信が終わって、俺はルリちゃん達に声を掛けようとした。
だが、すでに居なかったため、俺はイネスさんに声を掛けた。
「じゃあ、行きましょうか」
ユリカと俺の通信を聞いて、何故か眉を顰めていたイネスさんが、興味深そうな顔でこちらを向く。
「ふふ、その前に、あなたがこの艦に乗ってるのが意外だと思う理由、一つ教えてあげるわね」

そして俺は、驚くべき事を聞かされた。

【ブリッジ:ホシノ・ルリ】

先ほどまで私達、これからの予定を皆で検討していました。
結局、ネルガルの研究所に研究用の相転移エンジンがあるので、それを回収しに行く事になりました。
上手くいけばナデシコをパワーアップできるかもしれないんだそうです。
そう上手くいくとは思えないんですけど……。
要するにネルガルは、研究所の資料を回収したいんでしょうね。
それならそうと言えばいいのに。

「提督、あんたに聞きたい事がある」
その時、何だか怖い顔をしたアキトさんが入ってきました。
「アキト、遅かったね、何かあったの?」
「テンカワ、遅れてきて、いきなり何だ」
心配する艦長や注意するゴートさんを無視して、アキトさんはフクベ提督に詰め寄ります。
「あんたが戦艦でチューリップに体当たりしたせいでコロニーにチューリップが墜ちたんだな」
提督が頷いた瞬間、アキトさんは提督に掴みかかりました。
「あんたが! あんたのせいでー!!」

「アキト、だめ!!」
提督を殴ろうとしたアキトさんの腕に、いきなりラズリさんがしがみつきました。
「はなせ、ラズリちゃん!! こいつのせいでコロニーは!!」
「嫌だよ! そんなアキトは、復讐とか言ってるアキトは嫌だよ!!」
怖い顔で叫ぶアキトさんに、泣きそうな顔で叫び返すラズリさん。

ラズリさんは提督の方を見てから言葉を続けます。
「それに、提督だって苦しんでる筈なんだよ。軍に英雄に祭り上げられちゃって……」
アキトさんの行動を抵抗せず受けていた提督も、ラズリさんの言葉には目を見開きました。

「ラズリちゃん……」
「アキト、お願いだから……」
見つめ合う二人。
「わかった……。でも、俺はまだ許した訳じゃない!」
アキトさんはそう言いながら、提督からは手を離しました。
と、そのとたんゴートさんとアオイさんが飛びかかり、アキトさんは縛り付けられた上に猿轡。
ちょっとやり過ぎじゃないですか?

「へぇ、やるじゃねぇか」
「なかなかおいしいシチュエーションだったなアキト!」
何やら感心しているリョーコさんに囃したてるヤマダさん。
「先走り過ぎよ。早死にするわよ。ヤマダ、貴方もそうね」
「ダイゴウジだってぇの!」
「何か漫画のネタになりそうだったよ〜。怒れる兄を必死で止める記憶を無くした妹、良いねぇ〜」
突っ込みを入れるイズミさんに漫画のネタが出来たと喜ぶヒカルさん。
パイロットさん達は皆好き勝手言ってるし、全くこの艦の人達は……。

と、その時、少し離れた場所でこの騒動を見ていたイネスさんが、何やら呟いたのが耳に入りました。
「なるほど、こういう展開か……。テンカワ・ラズリ、面白い娘ね」
イネスさん? どういう事です、その言葉?
私はイネスさんの横に歩み寄り、周りに気づかれない様に聞いてみました。
「イネスさん、あなた、アキトさんに何かしたんですか?」
「住んでいた所にチューリップを落とされたんですもの。これくらいの意趣返しは良いでしょう」
私の言葉に、何か楽しんでいる様な表情で答えるイネスさん。
「だからって、アキトさんを」
「あら、私は提督の事を教えただけ。彼も知っておくべき事だと思ったし。だからあれは彼の意志よ」
そのまま彼女は提督を見つめて眉を顰め、何かを堪える様にこんな事を言いました。
「つまり、提督の行動は、コロニーに住んでいた人にはあの様に感じられるって事」
驚く私に、彼女はさらりとこんな言葉を付け加えました。
「私はもう割り切ってるけどね。アキト君も割り切れると良いんだけど」
アキトさんの方を向いているイネスさんの目は優しげで、彼女の意外な一面を見た気がします。

ですが、いきなりイネスさんの表情が変わりました。
「でもね、テンカワ・ラズリ。あの娘は興味深いわ。
 皆がアキト君の行動に驚き動けなかった時、彼女一人だけ動いた。
 あれはマシンチャイルドの動きじゃなかったわ。
 そう、それにそのマシンチャイルドとしての能力も普通じゃない。
 私、説明できない様な相手は、説明できるまで調べたくなるのよね。ふふふ……」
……何だか怖いです、イネスさん。
マッドサイエンティストって言うのはこういうのなんでしょうか。

【リョーコ機:スバル・リョーコ】

エステで先行偵察って事になったのはともかく、この砲戦フレームってのは何とかなんねぇのかな。
偵察メンバーは、偵察とくればラズリがいるのは当然で、あとはオレ達三人。
ヤマダは何かあった時の守り(というかアイツに隠密行動は無理だ)、テンカワは提督に殴りかかったせいで拘束中。
戦力が下がった分は砲戦フレームでカバーって訳だが、オレ、砲戦フレームって重いから嫌いなんだよな。
「で、研究所ってのはどこにあんだよ」
「地図には何でか載ってないの。まだレーダーには引っかかってない」
オレの疑問に、ラズリが淡々と答える。
さっきの事で落ち込んでる様に見えて、何だか、気になる。

「はっ、静かに! 何かいる!」
「また〜いきなりシリアスイズミに「センサーに反応、氷の下、敵!」」
イズミの敵発見の声。
それに突っ込みを入れるヒカルの声をうち消すようにラズリの警告が入る。
警戒態勢をとるオレ達。
しかし、ラズリより早くわかったイズミ、お前って一体……?
「どこだ、ラズリ!」
「データ転送中。素早いから一撃で決めて」
モニターに敵の位置が映る。確かに速い、いけるか?!

ガウン!!

「しまった! 外した!!」

ガガガッッ!! ガコン!!

足下から現れた木星蜥蜴にバランスを崩され、上に乗られてしまう。
木星蜥蜴のドリルがモニターいっぱいに迫り来る。
「お、おい待て、やだよ、イズミ、ヒカル、ラズリ」
ドリルがモニターに接触してヒビが入った瞬間、思わず叫んでしまう。
「テンカワー!!」

ガイン!

その瞬間、イズミ機に蹴り飛ばされる木星蜥蜴。
「リョーコさん撃って!!」
ラズリのその声と共に引き金を引く。
破壊される木星蜥蜴。

安堵の溜め息をつくオレの前に、ニヤケ顔のヒカルとイズミのコミュニケが開かれた。
「「へへ〜聞こえちゃった〜」」
しまったー! 思わず口に出ちまったよ。
「オ、オレはただ、もう一人いたらフォーメーションが……」
「「「テンカワー!」」」
くー!! ヒカルやイズミはともかく、ラズリまでハモりやがって、オレの味方は居ねーのか!
……居ねぇや。
オレはがっくりと肩を落として降参した。
「わかった、おごる、おごるよ」
「私、プリンアラモード」
「玄米茶セットよろしく」
「杏仁豆腐がいいかな」
あーあ、偵察とはいえ、せっかくの出撃手当が……。

【ハンガー:テンカワ・ラズリ】

ボク達の偵察で研究所は見つかった。
でも見つかったのはそれだけじゃない。
研究所の周りにチューリップが五つ。
後、何でか地球の戦艦クロッカス。
これについてはイネスさんがチューリップの能力とかボソンジャンプがどうしたとか色々説明してた。
よくわかんなかったけど。
わかったのはチューリップが別のチューリップと繋がる通路らしいって事。
火星のチューリップが地球のとも繋がってるかも知れないって事ぐらい。

でも何となく聞き覚えのある話なんだ。ボソンジャンプって。
どうしてなんだろう。

「どうして俺まで連れてかれるんすか」
「私に殴りかかった罰だと思ってくれたまえ」
で、結局フクベ提督がアキトとイネスさんを連れてクロッカスの調査に行く事になった。
だけど何でアキトを連れて行くんだろう?
罰だって言っているけど、何だかそれは口実みたいに見える。
「調査ならボクも行きます」
「予知」が最近起こらないから何とも言えないんだけど、提督の行動は、気になるから。
「そうか。わかった」
ボクがそう言っても提督は驚いた様子はない。
何だか最初っからボクも連れて行くつもりだったみたい……。
提督は一体何を考えているの?
何だか、嫌な予感がする。
くっ、どうしてこんな時に、「予知」が起きないんだろう。

【クロッカス通路:テンカワ・アキト】

提督達の警護のため、銃を構えつつ通路を歩きながら、俺は自分の感情を持て余していた。
フクベ提督の行動のためにチューリップがユートピアコロニーに墜ちる事になったと聞いた時、俺は提督が許せなかった。
でも、ラズリちゃんに止められてから、それが少しずつ崩れていくのが感じられた。
何か俺の心の奥底で、提督に共感する物が現れ始めているような気がするんだ。
これは一体どういう事なんだ?
そんな思いに捕らわれつつ提督の方を見た時、木星蜥蜴が彼を狙っているのに気づいた。

ザッ、ガウンッ!!

俺は自分でも驚くような動作で、提督を引きずり倒し、バッタを手に持った銃で撃ち抜いていた。
「うわ、アキト、凄い……」
驚いた表情でラズリちゃんとイネスさんがこちらを見ている。
どうしてこんな事が? 偶然か?
「何故私を助けた? 君は、私が許せないのじゃなかったか?」
だがその戸惑いは、提督のこの言葉でどこかへ追いやられた。
「ああ、そうだよ! でも目の前で人が死ぬなんてご免だからな!」
そう答えた俺を、提督は何か考えているような表情で見ていたが、俺は何も言わず足を進めた。

【クロッカスブリッジ:フクベ・ジン】

今、このブリッジにいるのは私とテンカワ・ラズリ君の二人だけだ。
テンカワ・アキト君とイネス・フレサンジュ君には艦外作業に向かわせた。
「システムの復旧はほとんど終わりました。外の作業が終わったら動かせると思います」
ラズリ君の報告を聞きつつ、私はこれからの事について考え始めた。

私は死に場所を探して火星まで来たつもりだった。
第一次火星大戦で多くの人を死なせ、その上大戦の英雄として祭り上げられた私には似合いの死に場所だと思ったからだ。
だがその前に聞いておきたい事が出来た。

私に対するテンカワ・アキト君の怒りは当然の物だろう。
だから彼が殴りかかってきた時、私は抵抗せずただそれを受けていた。
しかし、そこに割り込んできた彼女、テンカワ・ラズリ。
彼女の言葉には驚かされた。

私は彼女に声を掛けた。
「君は、何故私が苦しんでいると思ったのかね」
私の質問に彼女は表情を曇らせ、暫く考えていた。
「ボクの無くした記憶が言うんです。お前は何百人もの人を殺しているって」
苦しげな表情で語りだす彼女。
「そんな事無いって思おうとしても、どうしてもその気持ちは消せなくて。
 もし本当にそうだったらって思ったら、凄く苦しくて」 
彼女はそこで一旦言葉を切り、私の方を見つめてから口を開いた。
「だから、提督も苦しんでいるって思ったんです」
彼女は嘘を言ってはいない。
これだけ生きていれば相手が嘘を言っているかどうかぐらい見抜く事は出来る様になる。
私が何も答えないので、彼女は困った表情になり、頭を下げた。
「全部ボクの思いこみから来てるんです。気にさわったのなら謝ります」
「いや、その必要はない」
彼女の言葉に答えつつ、私は心を決めた。

やはり、やるべきだろうな。
私を許せないと言いつつ、命を助けたテンカワ・アキト君。
自分の無くした過去に怯えつつも、私を気遣ったテンカワ・ラズリ君。
他にも、あの艦には未来を掴むべき、良い若者が乗っている。
ならば、この老体の命など、惜しくはない。

私はもう一度彼女に声を掛けた。
「ラズリ君、テンカワ君が作業に苦労しているようだ、ここはいいから手伝いに行ってくれないか」
「……は、はい」

【ナデシコブリッジ:ホシノ・ルリ】

クロッカスが、起動し始めました。
「ほほう、流石ですな提督」
「使えそうだな」
プロスさんやゴートさんが、感心しています。
とりあえず、戦力アップですね。

おや? アキトさん達の機体が、こっちへ戻ってきますね。
どうしたんでしょう?

そう思った時、鳴り出す警報。
「チューリップ、活動を始めました。敵集団、内部から次々と現れます」
今の私達では勝てなそうな数です。

その時、クロッカスから通信が届きました。
「ナデシコ! チューリップ内部に突入しろ!」
いきなりのフクベ提督の言葉。
「止めろ、ユリカ! クロッカスの乗組員はみんな死んでた! お前、乗組員の皆を殺す気か!」
ブリッジの扉を開き、飛び込んできたアキトさんとイネスさん。
そして放たれるアキトさんの言葉。
「ナデシコにはクロッカスと違い、ディストーションフィールドがあるわ。
 だから、チューリップを通れる可能性は高い」
賛成するイネスさんの言葉。
「もし駄目だったらどうするんです! 私は経済的な面からも反対しますよ!」
反対するプロスさんの言葉。
相反する言葉が飛び交う中、ブリッジの皆の視線が艦長に向きます。
つまり今の状況は、フクベ提督を囮にして、残りの全員が助かるか全滅かになるチューリップに入るか。
入らずに、確実に何人かの犠牲は出ても、戦って脱出する方法を選ぶか。
そういう事ですよね。
どうするんです、艦長?

「ナデシコ、チューリップに向けて、前進」
いつもの艦長からは想像できない、真剣で毅然とした姿で命令を発しようとする艦長。
「提督を囮にするんですか!!」
ですが、艦長が命令を発しかけたその時、ラズリさんが血相を変えてブリッジに飛び込んできました。
「敵なら、ハイ・ジャミングモードでごまかせます! だから!」
「駄目よ、ハイ・ジャミングモードはナデシコのみにしか使えないでしょう。
 それに、この距離と敵の数では、脱出するまであなたの体力が持たないわね。
 今の状況では出来ないわ」
ラズリさんの言葉を、イネスさんは説明と共に否定しました。
「でも、でも、何とか出来ないんですか?! あのままじゃ提督が!」
必死に食い下がるラズリさん。
「人が死のうとしているのを、横で見ているだけなんて、嫌です!!」
彼女のいつものふわりとした雰囲気は影を潜めていて、何かに怯えているような雰囲気です。

「私は艦長として、出来るだけ多く乗組員の皆が助かる行動をしないといけないの。
 それに、あの提督の行動は、提督が考え抜いた末に決めた事でしょうから、私には止められない」
艦長は、そんなラズリさんに、毅然とした表情のまま、語りかけます。
そう言われても、ラズリさんにはまだ納得できていないようです。
動揺した表情のまま、周りの私達を見る彼女。
ですが、私達も、艦長以上の策は見いだせず、何も答える事は出来ません。

状況を変えられそうにないと気づいたのか、彼女の顔が見る見る青ざめていきます。
「どうして……何でボクこんな事を……」
そのままラズリさんの瞳が焦点を失い、真っ青な顔で何か呟きながら、がくがくと震えだしました。
「でも、ボク、助けないと……。
 だって……を助けられなくて……。……が居なくなっちゃう。
 私、そんなの嫌……だって私、私はア……」

「いけない! 彼女を押さえて!」
それを見たイネスさんが、大声で叫びました。
「一体何が?!」
「フラッシュバックよ。失っていた記憶が、ショックにより目覚めて混乱しているの。
 今彼女は記憶と現実の区別がつかなくなってるわ。
 しかも、彼女は何か恐ろしい目にあって記憶を失ったようだから、下手すると気が狂ってしまうかもね」
そんな! 大変じゃないですか!

「ラズリちゃん、しっかりしろ! 俺がわかるか! 答えてくれ!」
瞳の焦点も合ってなく、まるで人形の様になって行くラズリさん。
そんな彼女を、ちょうど一番側にいたアキトさんが抱きしめ、叫びました。
「あ、アキト……アキトが居る……生きてる……」
アキトさんの必死の叫びが届いたのか、ラズリさんの口から、そんな言葉が漏れました。
真っ青な顔にも血の気が戻り始め、焦点も合っていなく何も映して居なかった瞳にも、意志の光が現れ始めました。
ラズリさん……。よかった……!!

爆発、衝撃。

そうでした、木星蜥蜴はまだまだ出現しています。
私達ではまず勝てません。これからどうなるんでしょうか。
と、今の爆音で、ラズリさんは辺りを見回しました。
彼女、クロッカスが映ったモニターを見た時、何か衝撃を受けた表情をすると、笑い出したのです。
「そうか、そうなんだ。よかった……。はははは……」
どうしたんですか?! まさか……?!
「「ラ、ラズリちゃん?!」」
「別におかしくなったわけじゃないです。安心して下さい」
思わず呼びかけたアキトさん達に、彼女はいつもの柔らかな笑みと共に答えました。
とりあえず、彼女大丈夫のようですが……?
「提督はきっと大丈夫です。だから、チューリップに進みましょう」
何やら吹っ切れたようです。
でも、どうしてなんでしょうか。

【同:テンカワ・ラズリ】

死のうとしている提督に、ボクは動揺してパニックを起こしていた様だった。
パニックを起こしていた時の事は、よく覚えていないけど。
でも、今いきなり現れた「予知」の映像。

……提督、生きてらっしゃったんですか!……。

それがいつの事かはわからないけれども、提督が生きていた事に皆が驚いていた。
だから、提督とまた会えるはずだ。
そして、「予知」できた以上、ボク達も大丈夫なはずだ。
「提督はきっと大丈夫です。だから、チューリップに進みましょう」
ボクはそれを信じて、こう言った。

「ナデシコ、このままチューリップ内部へ進んで下さい」
ユリカ艦長はクロッカスとボク、それからブリッジの皆を見た後、そう言ってくれた。
「そんな、いいんですか艦長?」
「ご自分の選んだ提督達が、信じられないんですか!」
異論を唱えるプロスさんを、毅然とした態度で封じるユリカ艦長。
でも、提督達って事は、ボクの事も入っているのかな。
そうなら、嬉しい。

「……そうか、ありがとう」
ナデシコがチューリップに進路を向けた時、フクベ提督からこんな言葉が届いた。
ボクは思わず声を掛けていた。
「提督、さよならは言いません。きっと、また会えるはずだから」
「ははは、そうなったら面白いかもしれないな」
提督はまた会えるって事を信じていないようだけど、ボクはまた会えるって思ってる。
「予知」したんだもの。だから、さよならは言わないんだ。

だんだんとチューリップ内部に進入するナデシコ。
クロッカスとの通信も切れかかった。
と、最後にフクベ提督からボクへの言葉が届いた。
「……ラズリ君、最後に君に言っておこう。もし君が私と同じだとしても、私と同じ事をする必要はない。
 君には未来があるのだから」
未来……。過去のない今のボクにどんな未来があるのだろうか。
ボクの「予知」はそこまで見通してはくれない。
でも、もしボクに未来があるなら、アキトやルリちゃん、ユリカ艦長達と笑っていられる、未来がいい。
そう思いながら、チューリップの影響か、ボクの意識は闇に沈んだ。







【後書き:筆者】

第七話です。

前半はともかく、後半は結構シリアスな話。
前回の反動でしょうか。
でも、話の展開自体はTV本編とあまり変わってないんですよね。
ユリカがしっかりしている様な気もしますけど。
きっと、何とか火星の生き残りも助けられて、それなりにやる気や自信も出てきているのではないかと。
軍人としての教育も、ユリカは受けているはずですし,提督の行動も、彼女理解できると思います。

次に、ラズリですが、彼女少し「予知」に頼りすぎな気がします。
「予知」が出来なかった事であんなに動揺する上に、「予知」できたからって安心しきってしまうんですから。
まあ、動揺したのは、人の死に直面したせいも有るんでしょうが。
最初のプロットでは最後に「予知」が入る予定は無かったんですが、書いていたらいつのまにか。
今回は、「予知」できなかった時、彼女どうなるかって話だったんですよね。
精神を護るための無意識の行動なのかも知れませんが、こういう反応されるとちょっと問題です、これ。

それで、「予知」に頼らないようにするため、そろそろ少し「記憶」を覚醒してもらっちゃおうかと思ってます。
ですが、普通に覚醒したら、この物語ただの逆行物に成り下がるので、少し捻りますけども。
展開としては逃げかも知れませんが、いつかは覚醒させないといけないので。

 

 

代理人の感想

・・・・・言いたい事が後書きで粗方書かれてしまってるので感想で書く事がない。

強いて言えばちょっとだけマトモな面を披露したガイくんかな〜(笑)。

彼も一応「腕は一流」の筈だし、多くのSSで描かれている程に無能とは思えないんですよね。

贔屓目ですが(爆)。