第九話

【ブリッジ:テンカワ・ラズリ】

ナデシコは軍に協力する事になり、今、ムネタケ提督が皆を集めて依頼された仕事の解説をしている。
皆っていうのはブリッジ要員とパイロット。
正面の大型モニターの横で提督が解説していて、皆は所定の場所に座って聞いているって状況。

「……と、まぁ、北極に取り残された親善大使を救出して来るって事なのよ」
提督はそこまで言って皆を見て笑った。
「純粋に任務としては、このナデシコなら難易度の低い物でしょう?
 だから、このまま何も聞かずに受けてくれるとアタシとしては嬉しいんだけど。
 軍の印象も良くなるし」
でも、この仕事、「記憶」によると実験動物の回収なんだよね。
あまり印象に無かったのか、詳しく思い出せないけど、それだけわかってれば。

「提督、何か隠してません?」
聞いてみる。
「な、何の事かしら?」
慌てる提督をジト目で見つめてみる。
「ううっ、本当は実験動物の回収なのよ」
やっぱり。

「なんですか、それ! それって嫌がらせですか!」
さすがにムッとした顔で聞くユリカ艦長。
周囲の提督への視線も氷点下だ。
うーん、ちょっと悪い事したかな。
仕事そのものは提督のせいじゃないんだろうし。

ユリカ艦長の言葉に、提督はばつの悪い表情で答える。
「だって、本当の事言ったらアンタ達そういう反応すると思ったから。
 そのまま、行かないなんて事になったら困るのよ。
 そしたらアタシの立場も悪くなって、下手したらこの艦から降りて釈明しに行かないといけないでしょ。
 アタシ、そんな事したくないのよね」
そう言いながらこっちを熱っぽい目で見るのは止めて欲しいなぁ……。

でも、提督はすぐに表情を戻し、思い出したような感じでこんな事を言った。
「あ、でもこの仕事、嫌がらせ以外の意味もあると思うから、受けた方が良いわよ」
え? どういう事ですか?

【同:ホシノ・ルリ】

提督の発言に周囲の彼への視線は氷点下となり、仕事を拒否したいという雰囲気となりました。
ですが提督は、この仕事が只の嫌がらせじゃないと言います。
どういう事なんでしょう?

皆が考え込んだ時、ラズリさんが口を開きました。
「あの、断ったら、提督の立場だけじゃなくて、ナデシコの立場も悪くなったりしませんか?」
「まぁ、ラズリちゃん、アタシの心配もしてくれるのね?」
「そんな細かい事は横に置いときます」
ラズリさんのその言葉にいじけだす提督。
隅でそうやってると、本物のキノコのようです。
でも、そのまま提督を無視して言葉を続けるラズリさん。
「嫌がらせだけで、最初からわざわざこんな仕事持ってくるでしょうか? 露骨すぎません?」
言われてみればそうですね。
色々因縁のあるこのナデシコに、こんな子供の嫌がらせのような事をするというのは。
そこまで軍の程度が低いとも思えませんし。

と、その時、声がしました。
「こっちを試してるんだろう。こっちはむこうに敵対したり、被害を与えたりしたからな。
 だからって、少しはこっちを信用しろってんだ」
……なるほど。それはきっと当たりです。
ですけど。

発言者を驚きの表情で見る私達。
「や、ヤマダ……? 何か悪い物でも食べたのか?」
ゴートさんでさえ、驚きの表情で聞き返しました。
この答を言ったのがヤマダさんでなかったら、皆納得したんですけど。
「ガイだってぇの!! 俺の名前はダイゴウジ・ガイ!! いい加減覚えてくれ!!」
「でもさ、お前がそんな真面目な事言うなんて……」
リョーコさんが皆の意見を代弁した様な質問をしました。
「当たり前の事だろう? 例えばゲキガンガーでは、その仲間を信用してるから、正義のために戦えるんだ。
 しかも、失敗をした仲間を、いや状況によっては敵でさえも、許し、認めあって、より強くなる。
 対して、キョアック星人は、首領や幹部がお互いを信用しないから、部下達は保身や仲間割れに走ってゲキガンガーに負けるんだ。
 そういう事だな」
まぁ、そういう理由は納得できなくもないですが。
でも、理由はともかく、軍の目的に気づく判断力自体も、驚きの対象なんですが。
何のかんの言ってもヤマダさん、『能力は一流』のナデシコのクルーだという事でしょうか?

「え、えっと、そうかもしれませんね。……わかりました。提督、この仕事、引き受けます」
「わかったわ」
そんな驚きの中、話を戻した艦長の了承に、安堵した表情で返事をする提督。
でも、そういう裏があるとはいえ、この人を喜ばせるのはちょっと複雑な気分ですね。

続けて仕事の計画に入ろうとした時、またラズリさんが口を開きました。
「……ところで、実験動物って何なんですか?」
「白クマの子供よ」
先ほどの事もあるせいか、真面目な表情で答える提督。
皆もラズリさんに注目しました。
ですが、彼女の反応はある意味本当に予想外でした。

「えぇ? 白クマさん!? 抱いてみたいです!!」
「「「「「「「「はぁ?」」」」」」」」
呆れる私達。
「白クマの子供か〜。可愛いんだろうな〜」
それにかまわずとろけそうな笑顔を浮かべるラズリさん。
さっきまでのシリアスが嘘のようです。
「ちょっとラズリちゃんいきなり何を」
慌てて彼女に聞き返す提督。でも彼女は答えません。
「真っ白でふかふか……掌ふにふに……」
……別の世界に行ってますね。
彼女がそういうのが好きだなんて知りませんでした。
ちょっと驚きです。

【エリナ自室:アカツキ・ナガレ】

「やあ、しがないエステパイロットの僕に、何の用かな?」
作戦会議が終わって周りに人が居なくなった時彼女に呼ばれたんだが、何の用だろうね。
「馬鹿な事言ってないで、これを見てちょうだい」
僕の軽口をあっさり流して本題に入る彼女。
ネルガル会長へのお話って事ね。
さてさて、何の映像かな?

映し出されたのは、ナデシコがチューリップでボソンジャンプした時の艦内映像。
そこには、テンカワ君達がボソンジャンプで展望台に移動してきた所が、はっきりと映っていた。
「ほほう、確かに興味深いがね。エリナ君はどうするつもりだい?」
「まずは、テンカワ・アキト君にターゲットを定めようと思うの」
「おやおや、お堅い会長秘書は、ああいうのが好みかい」
「ば、馬鹿、違うわよ」
僕の言葉に慌てる彼女。一々そういう反応をするのが面白くて、ついついからかっちゃうんだけどね。
エリナ君も、そのお堅い所を何とかしたら、一皮むけると思うんだけどなぁ。
僕がこんな事を思っているのに気づかず、彼女は理由を言う。

「この四人の中で、彼を押さえれば他の二人の牽制になると思ったからよ」
……それは確かにそうみたいだね。
艦長はテンカワ君の自称恋人だし、ラズリ君は記憶喪失なのにわざわざ彼の名字を名乗っているし。
イネス君はボソンジャンプの研究に必要な人材だから、とりあえず置いておこう。
「そうか、ならまずは僕が彼に接触してみよう。君はそれから、という事で」

でも、彼に接触する理由はもう一つあるんだな。僕だって大関スケコマシの名は伊達じゃない。
何で彼がもてるのか、気になるんだよ。

【食堂:ウリバタケ・セイヤ】

作戦のため待機している筈のパイロット達なんだが、此処にいるのは俺の前に座っているラズリちゃんだけ。
俺が彼女と居るのは、彼女が「ダンシングバニー」の改良について話をしたかったからだ。
今回の任務、ブリザードで通信障害が起きるから、対策したいんだと。
他にも、幾つか新しい武器の相談もしているんだが。

それで、他のパイロットが居ないのは、ブリッジから此処にくる途中でヤマダの奴がこんな事を言ったんだ。
「今回みたいな、通信が出来ない状況に対する訓練が必要じゃないのか」
結局、シミュレーションでチェックしてみる事になったんだ。
しかしあいつ、結構戦術とか気がつく癖に、なんでエステが絡むと熱血馬鹿になるのかねぇ?

「……ですから、この武器は、チームを組む事で使用時の危険を減らしてから、フィールドランサーの替わりに使うと良いと思うんです。
 収束させたフィールドは大抵の物は貫けますから。
 後、このフィールド発生装置、バニーの羽根に付けたら防御と攻撃両方に使える……って、聞いてますか、ウリバタケさん?」
不審そうに聞いてくる彼女に、慌てて答える俺。
「ああ、すまねぇ。ちょっと別の事考えてた。
 だけど、その武器、剣の方もそうだが羽根の方は、今んとこお前さんにしか使えないんじゃないか?
 それに、あの機体で直接戦闘やるのは無茶だろ」
俺の質問に、彼女は暫く考え込んだ。

「剣の方は、リョーコさんやガイさん、後アキトも、制御プログラムで何とか使えると思います。
 羽根の方はまぁ、備えあれば憂い無し、です。と言うより……」
ラズリちゃんはそこでくすりと笑った。
「何かあったら、あの台詞が言えるじゃないですか」
おお、あの台詞だな! 技術屋として、一度は言ってみたい台詞の一つだよな、あれは!
「なるほど、そういう理由なら仕方ねぇ。任せろ、しっかり作ってやる!」
「あはは、よかったです」
俺が納得したのを見て、彼女は嬉しそうに微笑む。
だが、直ぐに表情を戻し、こんな事を聞いてきた。

「……ウリバタケさん、ボクが前に見せた図面の機体、どんな感じですか?」
「ああ、あの機体か、図面があるとはいえ、まだまだ時間掛かるぜ」
俺の返答に彼女は悲しげな表情になり、何か図面をしまい込もうとした。
「そうですか……。じゃあ、こっちも作ってもらう訳にはいきませんね……」
「あん? ちょっと見せて貰って良いか?」

その図面を見て、俺はやはり驚いた。これも前の機体と同様、数年進んだ技術による代物だったからだ。
だが、同時に一つの疑問が浮かんだ。
「ちょっと待て。これとあれ、二つも作ってどうするんだ?
 しかも出来上がるのは強襲型と接近戦型、役割が被るだろう?」
「ええ、わかってます。……でも、この二つの機体、両方乗ってみたら、ボクが何者かがわかるような気がするんです」
答えた彼女は、悲しげで、しかも心細そうに見えた。
ここ最近の、ふんわりのほほんとした優しげな雰囲気は、無理でもしていたんじゃないかと思うぐらいだった。
……彼女、記憶喪失、なんだよな。
最近は落ち着いてきて、俺達は忘れてしまいそうな事だけど、やはり彼女にとっては自分が何者かという事は大切なんだろうな。

だからといって、この謎の図面の説明にはなっていない。
「だけどな、強襲型の方はともかく、接近戦型の方は、本気で時間掛かるぞ。
 なんて言うかこいつ、構造に妙な癖が有るんだ。何なんだこれ?」
俺の質問に、彼女は目を伏せ、暫く悩んでいたが、結局こんな言葉が返ってきた。
「やっぱりそれは、未来からの贈り物だから、としか言えません」
……だからよ、そんな言葉じゃ幾ら何でもよ。

疑念の目で彼女を見つめる俺。
悲しそうだが、それでも譲る事は出来ないという、強い意志の篭もった目で俺を見つめ返す彼女。

数瞬、いや、結構長かったのかも知れない時間が過ぎ、俺は溜息をつきつつ答えた。
「わかったよ。作ってやるよ。そんな顔されちゃ断れねぇじゃねぇか」
「あ、ありがとうございます!!」
本当に嬉しそうな表情と共に、彼女はいつもの雰囲気に戻った。

やれやれ、俺も人が良いよな。
こんな面倒な仕事、受けてやるなんて。
だが、面白いってのも確かなんだよな。凄え技術だし。

【同:テンカワ・ラズリ】

良かった……。ウリバタケさん、了承してくれた。
ウリバタケさん一人じゃ予算とか大変だろうし、出来るだけ協力しなくちゃ。
……記録の改竄とかで。
アカツキさんに協力させる事が出来たら、楽なんだよね。今度接触してみようかな?
でも、あんまり未来の技術、教えずに済めばいいんだけど。教える事で未来にずれがでたら嫌だから。
ウリバタケさんに頼むのは、それならナデシコの中での話になるから、外に影響少なそうだからなんだ。
「記憶」じゃウリバタケさん、勝手に色々な物作ってたし、新型の一機や二機、ウリバタケさんだから、で済みそうだもの。
グラビティ・ブラストの付いた「エクスバリス」とか作ってたものね。

……ここまでしてボクが頼んだのは、あの男の機体。
何故そんな物を頼んだのかは、蘇った「記憶」のせいだ。
蘇った「記憶」に混じる違和感。
それは機動兵器戦より、肉体を使った格闘戦の時に顕著になる。

人を殺そうとする時のあのやり口。
それは「アキト」とはやはり異なる。

可能性があるのはあの男。
だからボクはあの男の機体に乗ってみようと思う。その事で何かがはっきりするはずだから。

……でも、やっぱり乗れるのは暫く後になるのか。
シミュレーションじゃ感覚違ったから、実際に乗らないとこういう事はわからないと考えたけど、仕方ないか。

実は、ほっとしていたりもする。
思い出す事に対する恐怖があるから。
ボクが何者なのか思い出す事で、ボクがそれに納得できるのか、皆が受け入れてくれるのか、わからないから。
問題を先送りにしているだけなのはわかってるけど。
今はまだ、ボクはナデシコの皆と一緒に居たい。
少なくとも、アキトやユリカ艦長をあんな目に遭わせない様にするまでは。

【食堂:ウリバタケ・セイヤ】

俺が了承した事により話は一段落して、俺とラズリちゃんはちょっとした雑談に興じていた。
そんな時、パイロット達が戻ってきた。
「だからヤマダ、お前の行動はわかり易すぎるんだって。なんで攻撃する前に動きが止まるんだよ」
「ガイだっての! それに技の名前叫ばなきゃゲキガンガーじゃないだろ!」
「今回みたいな聞こえない状況でも、やっぱり叫んでんのか、お前」
「ガイらしいって言えばらしいけどね」
リョーコちゃんの言葉に叫ぶヤマダ、フォローを入れるアキト。
皆はそんな事を言い合いながら、俺達の周りの空いている椅子に、思い思いに腰掛けた。
「ちょっと頑張りすぎたよー。作戦のために英気を養わなきゃ」
「英気を養って、えーきぶん……くくく」
作戦のため英気を養う……要するにだらーっとするパイロット達。
ヤマダの奴なんか寝始めた。
ま、何だかあいつ、今回だけじゃなく、最近妙に訓練しているみたいだし、疲れてるのかもな。

「なんだいみんな、居ないと思ったら訓練してたのかい? それなら僕も呼んでくれたらよかったのに」
その時、一人だけ別のテーブルに座っていたアカツキが、声を上げた。
「あー、そっか、誰か居ないと思ったら、ロンゲ、お前が居なかったんだな」
「くっ、僕の存在感、そんなに無いかい?」
リョーコちゃんの言葉に肩を落とすアカツキ。
いや、お前が皆と居なかったとしたら、俺も今までそこにいた事気づかなかった事になるし、かなり無いんじゃないか?

「……まあいい。テンカワ君、つきあってくれよ」
立ち直ったアカツキがアキトの奴にそんな言葉を掛けた。
その深読みの出来る言葉に、ヒカルちゃんにイズミちゃんに俺はからかいのニヤケ視線を送ってやる。
リョーコちゃんも深読みしたのか、赤い顔でアカツキの奴を見ている。
で、ラズリちゃんは……? おわ?!
彼女は怒りとも悲しみともとれるようなオーラを発生させながらアカツキとアキトを睨み付けていた。
ラズリちゃん……怖いぞ……。
流石に俺達の表情に気づいたアカツキは、呆れた様に訂正する。
「と言ったってそういう意味じゃないからね」
わかってるよ。誤解を招くような言い方すんなよ。

そのままアカツキ達二人は出ていった。
で、俺は雑談に戻ろうとしたんだが。
ラズリちゃん、まだそのままだよ。
どうすりゃ良いんだ、こりゃ?
俺が声を掛けあぐねていると、彼女はいきなり立ち上がった。
「ちょっと馬になってきます」
「は?」
行っちまったよ。

「なぁ、ヒカルちゃん。ラズリちゃんテンカワの事どう思ってんのかな?」
俺の言葉に、ヒカルちゃんは考え込む。
「こないだは艦長を応援してたそうだし、あたし達とリョーコをからかったりもしてたし、恋愛感情までは無いと思うんだけど……」
「けど?」
「最近、よく食堂でアキト君の事を不思議な表情で見てるんだよね」
不思議な表情ねぇ?
「見とれてるとかそういうんじゃないんだな」
「そういう明らかにラブーって感じじゃないんだよねー、何て言ったらいいのかな……」

「あの基本は無償の愛……。近づくと相手を不幸にする。相手が幸せならそれで良い」
いきなりイズミちゃんが話に入ってきた。
「イズミちゃんって昔なんかあったの?(ひそひそ)」
「良く知らない。シリアスイズミのネタかも……(ひそひそ)」
珍しく真面目なイズミちゃんの台詞に思わず内緒話をしてしまう。
それに気づかず話し続ける彼女。
「だから彼をこのまま放っておけない。何とかしてあげたい! ……という感じね」
「つまりなんだ、あいつもテンカワの奴を好きって事なのか?」
リョーコちゃんも俺達の話が気になったのか、話に混じってきた。
俺としては、あいつも、って部分に突っ込みを入れたい所だが、今はラズリちゃんの話だ。
「いいえ、彼女の瞳は、恋愛と言うよりもっと別の物を見ているようね」
「じゃあそれって何なんだよ」
「それは……」
「「「それは……?」」」

「蓋を開けたら空っぽで驚いた」
「「「は?」」」
「わ、空、無いー。……わからない」
「「「……………………」」」
そこでギャグで落とすか。おい。
だが、何か別の物か……。

俺はラズリちゃんが「ダンシングバニー」を作って欲しいと言った時の事を思い出した。
「ダンシングバニー」に乗る理由を語る彼女の表情。
そしてあの、もの凄い図面。
彼女はただの記憶喪失じゃなくて、何かあるんだろうな。
だけど、彼女は俺達の事を考えて行動しているっていうのも確かだ。
これでも整備主任として部下を持ち、それなりに年を食っているから、相手が何をしたいかぐらいは見えてくる。
だから、今はまだ彼女のしたいようにさせておくのが良いだろう。

【シミュレーションルーム:テンカワ・アキト】

アカツキの用は俺と模擬戦をしたいって事だった。
間合いを取っていると、アカツキから通信が入る。
「テンカワ君、聞きたい事がある」
「何だよ」
「君は彼女、ミスマル・ユリカ君の事をどう思っているんだ」
そう聞かれたとたん、頭の中を様々なユリカの映像が駆けめぐった。

……艦長服……普段着……エプロン姿……ウエディングドレス……。

どのユリカも、あの天真爛漫な笑顔を見せている。
だが最後の映像だけは違った。
何か金属の花みたいな機械に彫像のように固められ、無表情のユリカ。
な、何だ、これは……。

「どうなんだテンカワ君?」
アカツキの声に我に返り、俺は慌てて答える。
「ユ、ユリカと俺とは関係ない!!」
でも、本当にそうなのか……?
「ならちょうど良い、ミスマル・ユリカは僕が頂く」
何だと!!
衝撃の発言に動揺した俺に、アカツキはライフルで殴りかかってきた。
これは食らう!!

逆光の中、振り上げられたライフルが、何故か錫杖の様に見えた。
その瞬間、頭の中にまたも映像がよぎる。

……女の前で死ぬか?……たとえ鎧を纏おうと、心の弱さは守れないのだ!……。

映像と共に沸き上がる、憎悪と狂気の感情。
その感情に突き動かされる様に、俺のエステは右腕が潰れるのも構わず攻撃を受け止め、逸らす。
バランスを崩した相手のアサルトピットに向けて、打ち込まれようとする左手の一撃。

バチィィッ!!

だが、俺が必殺の一撃を入れようとした瞬間、俺達の機体が静止した。
機体が動かなくなった事により、我に返る俺。
今のは一体?! 今の感情と、体が覚えていた様な戦闘技術は?

「そういう事するのは、嫌です」
機体が動かなくなり慌てる俺達に通信が入る。
「どうして男の人って戦いながらそういう事言い出すんですか」
「「ラズリちゃん(君)!!」」
ええっと、俺達の機体が止まったのは彼女がハッキングで止めたと。
で、そういう事って言うのは、アカツキがユリカを賭けて勝負、って言った事か?

驚く俺達に、ラズリちゃんはいつものふわりとした表情じゃなく、悲しそうな表情を向けてこう言った。
「戦って勝負をつけるのって嫌です、って言いませんでしたか?」
確かに俺はそんな事聞いた覚えがあるな。
ジュンとの決闘の時だったかな。
彼女、決闘を横で見ている事しかできないって思ったら、苦しくなってきて、何か嫌な事を思い出しそうになったって。
だけど、アカツキは初耳だと思うぞ。
俺がそう言おうと思った時、彼女はふと横を見てから柔らかな笑みを浮かべ、今までの表情が嘘の様にニヤリと猫の様な表情になる。

「それにアカツキさん、二人は相思相愛なんですから、邪魔する人は馬に蹴られちゃいますよ」
なにー! いきなり何て事言うんだこの娘は。
「な、何言ってるんだよ!」
「そうだよラズリ君、テンカワ君はきっぱり否定したんだからね」
「アキトって素直じゃないですから(はぁと)」
「ユリカみたいな事言うなー!!」
「むう、こないだの遭難事件の時、ボク確信したもの」
慌てて言い返す俺。微妙に膨れた顔で答える彼女。
「だからあの程度の事で勝手に決めるな!」
「素直にならなきゃ駄目だよー」
「違うって言ってるだろ!」
叫ぶ俺を見て、彼女の顔が再びニヤリと猫の様な表情になった。
「でも、ユリカ艦長に好かれてちょっとは嬉しいんでしょ?」
「そ、それは……」
思わず言葉に詰まる俺。確かに何故かそれはある。

「しょうがないなぁ、もう……」
俺の考えを読んだかの様に軽い溜息をついてから、彼女は話を変えた。
「それはそれとして、せっかくシミュレーションしてるんだから、対戦しましょう!
 別に、二対一でも良いですよー」
え、また訓練する気か。
「そうだな、男同士の話に割り込んできたんだ、そのくらいはいいだろう」
アカツキ、お前も腕に自信があるみたいだけど、彼女に勝てるのか?

で、十分後。

二人ともやられてしまいましたとさ。
思わず昔話口調になるくらい完璧に。
「ラ、ラズリ君……完敗だ……」
「……ほんと、ラズリちゃん強いや」
俺達は降参の台詞を言ったが、彼女はそれには答えず、俺の方を不思議そうな表情で見てからこんな事を聞いてきた。
「ねぇアキト。何か少しだけ、ボクの動きが読まれてるみたいだったんだけど」
確かに俺は今回の模擬戦で彼女の行動の予測をしてみた。
でも、彼女との技量の差は大きかったんだが。
「何だかそんな気がしたんだよ。俺だったらこう動くかなって感じで」
「……そう」
俺のその答に、ラズリちゃんの表情が曇る。
え? 俺なんかまずい事言ったかな?
それもつかの間、彼女は嬉しそうな表情でこんな事を言ってきた。
「そっかー、じゃあもっと訓練しないとね!!」
「「えー!」」
今はもう勘弁してくれよ。戦闘前だぞ。

【シミュレーションルーム:アカツキ・ナガレ】

いやはや……。ラズリ君、強すぎだねぇ。
これ程に力があって、何故戦う事、特に一騎打ち、いや、決闘か……を嫌うのか。
やるどころか、横で見ているだけでも嫌な事を思い出しそうだから、って話だが、どういう事なんだろうね。
嘘は言ってない様だが、何か彼女、僕達を鍛えようとしているふしも有るんだな。
彼女の性格なら、幾ら嫌いでも、前衛に立って皆を護ろうとするはずだと思うんだが。

うーん、エリナ君はテンカワ君から攻めると言っていたが、もしかすると、彼女の方から攻める方が良いかもしれないねぇ。
純粋に利益面から考えても、彼女、超強力なマシンチャイルドだし、彼女を調べるだけでも結構な物になりそうだからね。

【ブリッジ:ミスマル・ユリカ】

みんな食事に行っちゃったな。
どうせならアキトが仕事してる時に食べたいから後にしたんだけど、何か退屈ー。
アキト今何してるのかな。
えーっと、アキトは何処かな〜〜?

シミュレーションルームだ。
じゃあ、訓練してるんだ。
アキト、私のために頑張ってるのね。
ここは影から見守るのが妻としての役割よね。
じゃあコミュニケを受信のみのモードにして繋ぐ……と。これで見えるかな?

『それにアカツキさん、二人は相思相愛なんですから、邪魔する人は馬に蹴られちゃいますよ』
『な、何言ってるんだよ!』
え? アキト、ラズリちゃん達と対戦してたんだ。
でも、相思相愛だなんて、事実だけどそんなはっきり言ったら照れちゃうじゃない。
アキトも照れなくたっていいんだからぁ。

『アキトって素直じゃないですから(はぁと)』
そうよねー。アキトって照れ屋さんだから。

『でもユリカ艦長に好かれてちょっとは嬉しいんでしょ?』
『そ、それは……』
もう、真っ赤になっちゃって。本当、照れ屋さんなんだからぁ。

やっぱりアキトと私は相性ばっちりよね。
ああ、アキトと結ばれるのは何時の日か。
アキト、私はアキトが求めてきたら何時だってOKの三連呼なんだからね。
やだ私、こんな事言っちゃって恥ずかしい。やんやんやん。
でもでも、やっぱり場所は大事よね。え〜っとぉ〜……。

    ・
    ・
    ・

ピピッ。
あら、何か今触ったような?
手の感触と電子音で、私は我に返った。
目の前に広がる画面。
『グラビティ・ブラスト安全装置解除』
「え?」
『発射準備完了』
「ええ?」
『発射します』
「えええええええっっっーーーーー!!!」

【ブリッジ:ホシノ・ルリ】

私達が食事で席を外している間にいかなる思考の展開があったのでしょうか。
何故か艦長がいきなりグラビティ・ブラストを撃っちゃった訳で。
私が出かける前にはアキトさんの居場所を調べていましたけど、そのせいでしょうか?

「どういうつもりなの、わざわざ敵を引きつけるなんて」
エリナさんが艦長に注意をしているんですが、言ってる事は正論なんですけど、何か個人的感情が入っている様で何だか嫌です。
それと、横で見ているラズリさんの雰囲気が剣呑な物になっていくのも。
やっぱりここは私が止めに入りましょう。
「私の責任です。ごめんなさい」
子供に真っ正面から謝られて、嫌味を続けられる人はそう居ないと思います。
自分が少女なのを利用するみたいですけど。
私がそう言って頭を下げると、エリナさんはばつの悪い表情で言葉を止めました。
作戦成功です。

「ルリルリが艦長かばってるー」
「馬鹿ばっかも卒業かー?」
「……馬鹿」
ヒカルさんにウリバタケさん、外野は一々茶化さないで下さい。
私の行動を見たラズリさんは、ちょっと困った顔をした後、小声で私にこう言ってくれました。
「ごめんねルリちゃん。ありがとう」
そう言われると、少し照れくさいです。

彼女はそのままいつもの表情に戻り、こんな事を言い出しました。
「それに、悪い事ばかりじゃないですよ。ナデシコに敵が引きつけられている間にボクが大使を救出してきます」
なるほど、このブリザードとラズリさんの機体なら、敵に見つからずに行けそうですね。
艦長もそう思ったのか、頷いて彼女に頼みました。
「確かに現在の状況ならそれが良さそうね。ではラズリちゃん、救出任務、御願いね」
「了解!」

そこで終わればシリアスだったんですが。
「もこもこクマさん、待っててね〜」
そのまま妄想状態に突入するラズリさん。
……はぁ。相変わらず謎な人です。

で、ラズリさんの機体が発進したわけですが、彼女の機体の状態が何時もと違います。
いつもの羽根付きバニーガールではなく、すでに踊り子状態です。

疑問に思った時、タイミング良くウリバタケさんとラズリさんのコミュニケが入りました。
「こいつは単体でも「アマノウズメ」になれるようになったんだ」
「あ、「アマノウズメ」って変身した状態の事ね」
この紗を纏った踊り子の状態ですか。
「このスタイルになると、防御力は格段に下がる」
「機動力もちょっと下がるんだけどね」
そのひらひらが付いただけの細い体なら、そうなるのも当然です。
「が、隠密、探査通信性能はそれを補って余りあるって訳だ。この天気なら、敵さんは彼女が目の前にいてもわからないと思うね」
「問題はバッテリーの残時間だけ。だからさっさと行って来まーす」

出発するアマノウズメ。
でも、今回の機動は浮かれて踊っている様にしか見えません。
あれで本当に大丈夫なんでしょうか……。
いえ、オモイカネからのデータは見事に性能を発揮しているんですけどね。
「白クマさ〜ん。今行くからね〜」
ちょっと心配。

で、アマノウズメのバッテリー残時間が過ぎて。
「アマノウズメ、応答ありません」
「そ、そんな、まさかラズリちゃんやられたの!」
メグミさんの言葉に慌ててこんな事を言い出す提督。
縁起でもない事言わないで下さい。
「反応ありました」
「何処?!」
「下です」

ナデシコの下、流氷の上にぺたんと座り込んでいるアマノウズメ。
「通信、つなげます」
「ふわふわ〜、もこもこ〜、可愛いよ〜」
映ったのは白クマに抱きついて頬をすり寄せ至福の表情のラズリさん。
全く、何してるんだか。
思いっきりメロメロです。
「白クマさん、蜂蜜食べる?」
わざわざそんなのまで用意して。もう、好きにしてください。

でも、ラズリさん、ふわりとしている様でどこか壁がある人だから、こうやって無防備な姿でいるのは珍しいです。
彼女の心の壁の向こうには、何か重く、苦しい物が秘められているように思います。
それは、過去を失っているからと言うのではなく、何か別の理由がある様に感じられます。
一人でそれに耐えている彼女に、何か手助けをしてあげたい、そう思います。

「あはは、蜂蜜美味しい? 白クマさん」
……こっちの気の回しすぎかもしれませんが。







【後書き・筆者】

第九話です。

アキトに焦点を当てて行くはずだったんですけど、目立っているのはラズリですね。
彼女前回シリアスに決意したし、今回もそういう所あるのに最後は何でこうなったんでしょう?
やっぱり天然入ってます、彼女。しかも妄想する所まで入っていたとは。でも対象がお子様っぽいなのは彼女らしい……のか?

まぁ、それなりにアキトも記憶が混乱しているようですが。
彼も「予知」状態になるかも……。
そうなってもラズリが動いているのでずれまくる訳で。
かなり描くのきつそうなんですが。

でも、今回きつかったのはユリカ視点でした。
私、一人称で文を書く時は、出来るだけその人の思考をトレースする(なりきるとも言う)んです。
が、この時は十分ほど続くユリカの桃色妄想に当てられてしまったので。
ユリカ視点は、もう書きたくないですね。
いや本当、天然の上に天才な彼女の思考はわかんないですよ……。
そう言っても、ラストシーン辺りで、一回書かないといけなくなる筈なんです。困ってます。
まあ、何時になるかわからない物を今から考えても仕方ないですね。

次に、ラズリとウリバタケが相談している武器は、バレバレだと思いますが時ナデのDFSです。
この話はテレビルート予定なのでそうそう使う場面が出るとは思わないんですが、やっぱり伏線は張って置くに越した事はないですし。


最後に、前回の代理人様の感想へ返事です。

>・・・・ひょっとしてTV二十一話の様に「混線」してますか?

「混線」と言うより、無意識のリンクみたいな物だと思います。五感の方はゴーストペインで良いと思いますが。
TV二十一話の「混線」は、その間は裏の人格が出ていましたから、この話で二十一話の状態は結構大変な事になると思います。
……うう、混線する話、またも描くのきつそうです。


それでは、また次回に。

 

 

代理人の個人的感想

いじけるムネタケって何か新鮮(笑)。

TV版のヤツは人前でそんなことはしませんからね。

 

 

・・・・・その内、アカツキとムネタケの恋の鞘当が見れたりするのかなぁ(爆笑)。