喪心の舞姫 外伝

 コックとお姫様の物語





「アキト、フランベのやり方が甘い!」
「は、はい!」

ここはナデシコの厨房。
アキトが、ホウメイに料理の教えを受けているところだ。

「アキト、あんたって中華鍋とかの扱い方は上手いのに、火の使い方は下手だねぇ。
 何か、訳でもあるのかい?」
「火星って、水があまり自由に使えないから危ないって、火をあまり使えなかったんです。
 中華鍋の方は、俺、ガキの頃から玩具代わりでしたから自信あるんですけど」
「へえ、中華鍋が玩具代わりねぇ。
 聞いても良いかい。お前さんの火星の頃の事や、なんでコックになろうとしたのか」
「ええ、良いですよ……」



十数年ほど前の火星、ユートピアコロニー。
そこで、ある男の子と女の子が出会った。


「どうしてユリカのおうちだけ、離れたところにあるのかなぁ……」
そう呟く子供の頃のミスマル・ユリカ。

ユリカは軍人の子供達が行く幼稚園に通っていた。
軍のエリートであるミスマル家だけは一戸建てに住んでいた。
だが、火星に駐在しているような軍人で子供を持つような者達は、軍の集合住宅に住むのが精一杯だった。
それ故、幼稚園のある平日はともかく、休日には家の回りに遊び相手がいないという状態だったのである。

「あれ、ここどこだろ……?」
物思いに耽りながら歩いていたせいか、ユリカは迷子になってしまったようである。
目の前には鳥居が一つ。
「あ、じんじゃだ。ここって神さまがいるところなんだよね。そうだ、神さまにお願いしてみよう」
ユリカは石段を登り、境内へ足を進めた。

「ユリカにお友達が……いいえ、ユリカを変えてくれる王子様があらわれますように」

ユリカはミスマル家の一人娘である事もあり、幼稚園では浮いた存在であった。
子供にはそんなの関係ないと思われるかもしれないが、親が敬遠していれば子供にもその影響はある物だ。
しかもユリカ自身、普段、近所に友達がいない事で人付き合いというものに慣れていなかった。
それゆえ、幼稚園でも自然と、遊ぶ友達は限られてしまっている。
さらに引っ込み思案な性格だったせいか、よくいたずらされたりしていた。
ユリカはそんな自分を変えてくれる存在を求めていたのである。

と、ユリカは境内に何やら箱がおいてあるのに気づいた。
「これって?」
その中にあったのは、鍋、お玉、まな板、お皿などの料理道具だった。
このぐらいの年齢の女の子の例に漏れず、ユリカもおままごとは好きだった。
引っ込み思案なのが災いして、余り友達と遊ぶ事は出来なかった。
が、ユリカは一番のお気に入りの縫いぐるみ、白兎のカイトと何時もそうやって遊んでいた。
今もカイトはユリカの小脇に抱えられている。
ついその料理道具で遊びたくなっても、仕方のない事だろう。

ユリカがおままごとに夢中になり始めた時、声がした。
「お、俺の料理道具……」
其処には、黒髪が所々跳ねている、やんちゃそうな、でも何かかわいらしい感じのする男の子が立っていた。
子供の頃のアキトである。
アキトはコックになりたいという願いを叶えるため、隠れて練習していたのである。
隠れていたのは家で火を使うと怒られるからである。

「どうして男の子がお料理するの?」
驚いた顔でこっちに来るアキトに、ユリカはきょとんとした表情で問いかける。
「え?」
「お料理をするのはお嫁さんなんだよ。うちもお母様がお料理してるもん」
そう言ったユリカに、アキトはムッとした表情で答える。
「違うよ、料理をするのはコックさんだ」
「コックさん?」
ユリカの実家は純和風、コックという言葉は知らなかった様である。
不思議そうな顔をするユリカに、アキトは自慢げな表情で語り出す。
「コックってのは本当、魔法使いみたいなんだ。
 美味しくない材料も、コックの手に掛かればあっという間に美味しくなる。
 それを食べた人は、みんな明るく元気に、笑顔になるんだ。
 俺は、そんなコックになりたいんだ」

今までユリカの回りには、こんな風な事を言う子は居なかった。
男の子なのに料理をして、こんなきらきらした目で夢を語る子は。
ユリカは、この人は自分を変えてくれる魔法を持った王子様だと思った。

「じゃあ、ユリカも君の料理を食べたら、元気に、明るくなれる?」
「えっ?」
「ユリカ、君の料理の味見をしてあげる!」
「本当?!」

そのままアキトはユリカの手を掴む。
「ありがとう! じゃあ、いいところおしえてあげるよ!」

アキトはユリカを境内の裏手に連れて行く。
其処は小川の流れる草原になっていた。
「うっわー!! すてきーーー!!」
「ここ、俺だけのひみつの場所なんだ。何か嫌な事あったりするとここにきてるんだ。
 ここにいるといつのまにか嫌な事もわすれちゃうんだ」
「でも、いいの? あなただけのひみつの場所だったんでしょ?
 どうしてユリカにこの場所おしえてくれたの?」
ユリカの言葉に、アキトは言葉を詰まらせた。
がしがしと頭を掻き、なんて答えようか迷っている様である。
「君が、可愛かったから……」
「え?!」
「君の事、お姫様みたいに見えたんだ。
 おままごとしている君が、まるでお姫様みたいに可愛らしくて、しばらく声をかけられなかったんだよ」
赤い顔をしながら、アキトが答える。

そう言われてユリカは思った。
やっぱりこの人私の王子様だ、と。

ユリカとアキトはそれから何時も一緒に居た。
アキトが料理を作って、それを二人で食べ、そのままおままごとに突入するのが常であった。
ユリカがアキトの妻であるというのは、ここで刷り込まれたと思われる。
おままごとをしながら、旅行だと言って二人で出かけ、工作機械を暴走させたりもしていたようであったが。

ちなみに、アキトはコック志望であると言ってもまだまだ子供。上手に料理を作れるわけではない。
子供の時にそんな料理ばかり食べていたから、ユリカの味覚はかなり影響を受けてしまった。
それ故、現在の味音痴の感覚が身に付いてしまったというのは余談である。


だが、出会いがあれば別れがあるのも世の常。

ユリカの家族が地球に戻る事になったのである。

「これ、俺の作ったクッキー。飛行機の中ででも食べて!」
こんな別れの時まで、アキトは料理を作ってきていた。
自分に出来る事は、このぐらいしかないとわかっていたから。
「アキト……」
「泣くなよ、ユリカ……」

ユリカはその大きな目にいっぱいの涙を溜めていた。
だが、何を思ったのかアキトのクッキーにかじりつき、強引に袖でその涙を拭い、精一杯の笑顔を浮かべた。

「ユリカ、アキトの料理を食べたんだもん。明るく元気に、笑顔にならないとだめだよね」
「えっ……」
「ユリカ、これからずっと、明るく元気で、笑顔でいる。だから、アキトも元気でいて。
 みんなを元気にする料理を作るコックさんが、元気じゃなくちゃだめだもん。
 そして、アキト、コックさんになって。みんなを明るく元気に、笑顔にする料理を作るコックさんになって」
驚いていたアキトであったが、ユリカの精一杯の笑顔を見つめた後、力強く頷いた。
「ああ、そうだね。……なるよ、俺、コックに」
頷くアキトに、ユリカは小指だけ伸ばした手を近づける。


「約束、だよ」
「うん、約束だ」


二人は小指を合わせた。
それは子供同士の、たわいないとも言える約束。
だが、女の子はその約束を守り続け、男の子は日々の生活に追われつつも、コックになると言う事だけは忘れなかった。


そして……。



再びここはナデシコの厨房。

「ふうん、それがアキトと艦長の出会いと別れかい」
「ええ、なんか恥ずかしいですよね。俺、子供の時からあんまり変わってないような気がして」
「いいや、子供の時からずっと、なりたい物のために頑張るってのは大したもんだよ」
「そうですか?」
「あんたなら、食べた人みんなが明るく元気に、笑顔になる料理、作れるようになるかもね」
「えっ?!」

思わずホウメイに振り向いたアキトに白い影が覆い被さる。
「アキトアキトアキトーー!」
「うわ、ユリカ!」
そのままじゃれ合っている二人。
二人を見ながらホウメイは思った。

アキト、少なくとも、お前はもうすでに一人は、食べた人を明るく元気に、笑顔にしてるんだからね。







後書き。

喪心の舞姫、外伝です。

何故ユリカはあんな性格なのかなって思っていたのと、三人称の話が書きたいってのはあったんです。
ユリカの性格について、三百万ヒット座談会の中にあった、インプリンティングネタを読みまして。
そしたら電波が届いて。
上手い短編を読んだ事で、自分も短編書きたいと思い始めていて。
ならば書くしかないと。
で、できあがったのが今回の話です。

火星に神社はあったのかとかは気にしないで下さい。
神社の裏手はTV本編八話でアキトの夢に出てきた場所のつもりです。

ベタな話ですが、上手く書けていれば良いんですが。


ユリカの味覚に関してはゴールドアーム様が説明されています。
ですから、今回の話は喪心の舞姫世界での設定と言う事で大丈夫でしょうか。









 ゴールドアームの感想

 もちろんOKです。決定的な公式の設定がない以上、どう解釈しようとそれは作者の勝手なのですから。作品内部及び確定している公式設定に矛盾しなければ何でもありというのが原則です。
 もっともこの設定の場合、アキトがユリカの毒料理で苦しむのは自業自得と言うことに……アキト君、君にはもはや拒否権はないのだよ(笑)。

 それはさておき。
 ハートフルなお話ですね〜。らぶらぶで。
 こういうお話には、よけいな解説を付けるのは野暮と言うものです。
 仲のいい子供達を、黙って見守るのが通と言うものでしょう。
 みなさんも子供達のハートフルなじゃれ合いを見て、しみじみと癒されるのがいいと思います。

 ……もっとも大の大人が同じ事をやると、らぶらぶじゃなくって『ラブラブ』になってしまい、みている方がこっ恥ずかしくなってしまいますが。



 まあ、あえて苦言を一言だけ言うならば、今のままでは、とってもいい話ではあっても『喪心の舞姫』の外伝になっていない、その一点でしょうか。
 本編との間にエピソード的・キャラクター的なつながりがあまり感じられないので、独立した短編に見えてしまうのです。
 なまじ話が傑作だとよけいに陥りやすい罠です。
 外伝はあくまでも本編あってのものだということを忘れないでおきましょう。
 但し、この話が逆に本編で大きな意味を持つならばそれはもちろん『あり』です。
 一見無関係に見える先行・回想のエピソードを使うのはむずかしいんですけどね。
 話の流れがどうしても一旦あさっての方向を向いてしまうため、読者の気を引きつけるのが大変ですから。

 では、次のお話を楽しみにお待ちしています。
 ゴールドアームでした。