虹色の閃光が走った。
 そしてその光は何もかもを飲み込んでいく。
 ルリもまた例外なくその光に飲み込まれそして意識を失った。

 

 光に埋め尽くされた世界の中で何故か聴覚だけは生きていた。

「ルリちゃんは何処へ行きたいの?」

 義姉の声が聞こえる。地球の病院で療養生活を送っているはずのユリカの声が。

「何でこんな所に……」

 此処は辺境宙域だ。地球は遥か彼方である。こんな所にユリカがいる筈が無い。

「ルリちゃんは何を願うの?」

 ルリの問いには一向にかまわずユリカの声は続く。

「ルリちゃんは何時に帰りたいの?」

 そこまで聞いて気が付いた。これはユリカでは無い。問いかけを繰り返すだけのAIだ。おそらくは何らかの役割を持った。このAIは命令を待っている。
 だが、皮肉にもその声は嘗てのユリカの声そのままだった。まだ光の世界しか知らなかった頃の太陽のように明るい声だった。今現在漂わせている儚さなどその声にはまったく感じられなかった。
 だから、ルリは思わず答えてしまった。

「幸せだったあの頃へ。皆で笑っていられたあの時を取り戻す。それが、それだけが私の望み」

「なら、3年前でいいのかな」

 声はあくまでユリカの声で問い掛ける。

「いいえ、もし戻れるのなら私が望むのは三年前ではありません。何故ならその時では間に合わないから。また、奪われる気はありません。だから戻れるのなら五年前へ、ナデシコにはじめて乗った時に、私達の始まりの時へ。あの時なら間に合います。私達家族から全てを奪ったあの人達を存在することさえ禁じる。それが……私の望み。それを聞いて貴女はどうしてくれますか?」

「連れて行ってあげるよ。ルリちゃんが望むその時に。それをルリちゃんが望むなら」

 その声が聞こえた瞬間に意識までもが光に埋め尽くされていくのが解った。
 
 ―コマンド受諾。時空間座標設定。シークエンス開始。精神跳躍……実行―

 最後にそんな機械的な声が聞こえたかのような気がしたが、その直後にルリの意識は完全に光に飲み込まれた。




遡行





「貴女は何処へ行きたいの?」

 誰かの声が聞こえる。ラピスには聞き覚えの無い声だ。だからこそ、すぐに解った。これは人工知能の声だと。命令の入力の要請だ。

「貴女は何を願うの?」

 その問いに答えは一つしか無かった。

「アキトと共に在ること」

 それがラピスの唯一にして最大の願い。

「それは何処?其れは何時?」

「何処でも、何時でも、私に名をくれ、全てをくれたアキトと共に在る。それだけ」

 ラピスの答えは変わらない。

「……解ったよ。連れて行ってあげる。アキトが望むその場所へ、その時へ……貴女も」

 其の声と共にラピスの意識もまた光に埋め尽くされた。



「アキトは何処へ行きたいの?」

 懐かしい声が聞こえる。此処にいるはずの無いユリカの声が。

「何故お前が此処に……」

 アキトの問いに答えず、声は問いかけを繰り返す。

「アキトは何を願うの?」

 あの頃のままの無邪気な声で。

「アキトは何時に帰りたいの?」

 その言葉に一瞬だけ思った。帰れるものなら帰りたいと。全てをやり直せるあの時へと。
 思っただけだ。だがそれを読み取り声は答えを返す。

「それがアキトの望みなら、連れて行ってあげるよ。全ての始まりのあの時へ」

 その声と共に意識が光に埋め尽くされていく。
 だが、完全に光に飲み込まれ意識を失う寸前にアキトは叫んだ。

「よせ!!」

「何故?其れがアキトの望みなんでしょう?」

 声は不思議そうに問い返す。

「ああ。だがそれは俺が自分の意思で持って封じた望み。だからその願いが叶う事を俺は望まない」

 ‘闇’の存在は‘光’と共には在れない。
 それをアキトは知っている。
 故に、いかなる形であれユリカやルリの所には、光射す世界には帰れない。

「あの時へ帰れば、全てが許されるとしても?」

 時間遡行は全てを無に返す。アキトの罪も。

「許されないさ。俺自身が俺を許さない。何があろうとも決して」

 地獄の業火で鍛えられた鋼の意思で沸きあがってくる願望を封じ込め、告げる。

「俺は俺で在り続ける。‘闇の皇子’のままで。嘗ての俺にただの‘皇子様’に戻る事は、望まない。それが、俺の贖罪にして意思。だから、何処にも連れて行くな。俺は此処に、この時にいる」

「そう……」

 寂しげに声は答えた。

 ―コマンド受諾。内容……跳躍拒否。シークエンス停止。実空間へ回帰―

 機械的な声が告げた。其の声と共に光は一瞬強まりアキトの意識を飲み込んだ後、消え去った。



 二隻の戦艦を飲み込んだ虹色の光は一瞬だけ閃いて消えた。
 後に残されたのは変わりなく存在する二隻の艦影。
 ただ一つ変化があった。
 ユーチャリスの艦橋にはアキトとラピスが意識を失って倒れていたが、ナデシコCは完全に無人だった。
 ルリやハーリー、サブロウタといったブリッジ要員だけでなく整備員に至るまで、ボソンの光が閃く前には確かに存在していた人々が消えていた。
 何の痕跡も無く。まるで最初から存在しなかったかのように。



 一週間後、ネルガル月支部会議室
 そこに集った人影は5つ。
 アキトとラピスの二人とネルガル会長アカツキ・ナガレ、月支部長エリナ・キンジョウ・ウォン、そして研究部門主任イネス・フレサンジュの5人だ。
 
「それで、いったい何がどうなったんだい?」

 アカツキが口火を切った。
 ‘電子の妖精’ホシノ・ルリ率いるナデシコCの行方不明から一週間。
 世論はいまだ興奮さめやら無い。なにしろルリは連合軍の表の顔とも言えるほどの有名人だ。その容姿と史上最年少艦長という肩書きで一般に広く知られている。下手をすると影の薄い連合首相よりも知名度は高いかもしれない。そのうえ、火星の後継者の乱の活躍で知名度はさらに高くなった。そのルリの突然の行方不明だ。ほっておかれるわけも無い。ナデシコCの行方を求めて世論は混乱の只中にある。
 
「俺に聞くな。何がおきたのかは俺にも解らん」

 アキトが答える。とりあえず無人のナデシコCは回収してきたが、ルリ達乗員の行方は全く解らなかった。一応付近も捜索してみたが、何の痕跡も無かった。何が起きたのか聞きたいのは彼の方である。義妹の命が、かかっているのだ。自分が闇に落ちても、光に下で穏やかに生きていくことを願った存在が。

「NSSを総動員して太陽系圏全域を捜索させてるけど全く手がかりなしよ。木星圏まで手を伸ばしてるんだけどね」

 エリナが現状を報告する。太陽系圏有数の能力を誇るNSSですら得られた情報は世間に流れているものと大差なかった。即ち、全くの手がかり無し、である。

「ナデシコCのオモイカネのログを調べたけどおそらくランダムジャンプが起こったとしか解らないわ。少なくともシステム上では、ジャンプアウト座標のイメージングが全く行われていない。だから、オモイカネからは、これ以上の情報は得られないでしょうね」

イネスが続ける。

「ランダムジャンプか……」

 いまだ解明されていない現象。出現座標は時間軸すら異なる事がある。つまり、帰還は絶望的。そう言う事になる。

「一応ナデシコCの乗員は少なくともC級のジャンパー処置は受けているから、ジャンプその物での死者はいないはずよ。過去の事例からも明らかに生存が不可能なところにはジャンプアウトしないようだしね」

 アキトとイネスがその実例だ。何度かランダムジャンプを行ったが、少なくとも生きてはいる。真空の宇宙空間に放り出されたりはしていない。もっとも二人ともA級ジャンパーなので今回の事例にも当てはまるかは解らないが……。

「ただ、アキト君とラピスの話を聞く限り、通常のランダムジャンプとは思えない。少なくとも過去私が経験した時には‘接触’は無かった。貴方もそうでしょう?」

 イネスがアキトに問い掛ける。

「ああ。今回のようなことは俺も初めてだ」

 アキトが答える。ユリカの声をした意識の接触。こんな事は今まで無かった。一方的に潜在意識下のイメージを読み取りそこへ跳躍させる。それが今までのランダムジャンプへの認識だ。それが今回は違った。どうもこちらの意思を尊重して跳躍先を選択させてくれたようにも思える。事実、アキトとラピスは願いどおりに現時空間へ帰ってこれた。

「あれは何だったんだ?ユリカの声をしていたが……」

「AIだよあれは。間違いないと思う」

 アキトの声をラピスが遮る。

「ラピスが言うのなら間違いは無いでしょうね」

 エリナがラピスを支持した。ラピス・ラズリが‘闇の電子の妖精’がAIと断言したのなら疑う余地は無い。電子戦において彼女に匹敵するのは現在行方不明のホシノ・ルリしかいないのだ。

「ええ。間違いないでしょうね。おそらくは中央演算装置つまり‘遺跡’の構築した人工知能だと思うわ。他に時空間を制御できるような存在は無いからね。艦長の声をしていたのは融合時に取り込んだ彼女の情報を元にして組上げられたからかしら」

 イネスが補足する。慌ててアカツキが問いただした。

「じゃあ、‘遺跡’からの‘接触’があったという事かい?」

「端的にいえば、そういう事ね」

 イネスはあっさりと肯定したが、そんな簡単な事ではない。

「何故今回に限って?‘遺跡’の研究は続いているにもかかわらず一切の反応が無いというのに」

 エリナの言うとおりだ。火星の後継者の乱以降、翻訳者たるミスマル・ユリカを分離した後‘遺跡’は完全に沈黙を守っているのだ。ただ時空間の計算を続けるだけで一切の反応を返さない。

「それが解れば苦労は無いわよ。原因は不明。ジャンプフィールド制御装置へのアンカーの直撃によるフィールドの暴走。A級ジャンパーたるアキト君の存在。それらが引き起こした事故みたいなものじゃないかしらね、推測に過ぎないけど」

 ‘遺跡’の研究にあたってきたイネスの言葉である。実感がこもっていた。
 
「もう一つ考えられるとしたら。アキト君とルリちゃんの存在かしらね」

「どういうことだ?」

 いきなり名指しされたアキトが尋ねる。

「言ったでしょう、今回の‘接触’から、翻訳者の分離後‘遺跡’は自らの制御AIを取り込んだ艦長の情報を元に組み上げたと考えられる。よって彼女の家族たる貴方達は‘遺跡’にとっても特別な存在に為ったのかもしれない。まあ、これも推測に過ぎないけどね」

 推測ばかりね、とイネスは苦笑しながら言った。

「確認する術は無い。そういう事か」

「そういう事。私達が観測できない不確定要素が絡んだ可能性も大いにあるわ。だから、これは単なる推測。もっとも、翻訳者の分離後初の‘遺跡’との‘接触’のデータは貴重だけどね」

 アカツキの言葉にそう言って返した後、イネスは笑いを収めて真剣な顔で続けた。

「ただ‘接触’の内容を考慮に入れれば、一つの推論が立てられるわ」

「つまり?」

 エリナが尋ねる。

「‘接触’により、今回のジャンプでは跳躍先の選択を意思によって選択できた。A級ジャンパーのアキト君だけではなく、B級ジャンパーのラピスでもね。よって、最低でも今回のジャンプに巻き込まれたB級ジャンパー全員に‘接触’がありそれぞれが望んだ時空間に跳躍した。そう、考えられる」

「ナデシコCに乗っていたB級ジャンパーはどれだけいたかな?」

 アカツキがエリナに尋ねる。

「艦長のホシノ・ルリ、副長のタカスギ・サブロウタ、そして、サブオペレーターのマキビ・ハリ。この3人です。後の乗員はC級ジャンパーです」

 エリナが答える。

「C級ジャンパーの乗員達は推測する事もできないわね。帰還例が無いから。彼らにも‘接触’があって彼らが望んだ時空間に跳んだのか、通常のランダムジャンプで潜在意識下のイメージング先に跳んだのか、判断する材料が無い。でも、B級ジャンパーのその3人はおそらくその意識に‘接触’し彼等がそれぞれ望んだ先に跳んだと思われる」

 イネスが推論を述べた。

「それは何処?」

「現時空間にはジャンプアウトしていないというのなら、考えられる事はただ一つ。時間跳躍。彼等が望んだ時へ、彼等は飛んだ筈よ。過去、あるいは未来へとね」

「どちらの可能性が高いのかな?」

「おそらくは過去でしょうね。どんな人間でも悔恨の一つや二つは抱えているわ。できることなら過去に戻ってやり直したい。そう思ってしまうのは、ある意味当然よ。その思いに比べたら未来への思いは弱すぎる。まだ至らぬ未来への思いは好奇心や期待だけでなく不安や恐怖をも内包しているのだから……。それに打ち勝っても未来へ赴くことを選択できる人間はそうはいない」

 未知への恐怖をたやすく克服できるほど強くは無いのだ人間は。

「しかし、彼等が過去に飛んだというのなら。過去にジャンプアウトした彼等を発見できるはずじゃない?」

 エリナが指摘する。過去の例から言ってもそうだ。過去の火星に飛んだイネス、過去の月に跳んだアキト、いずれも発見に成功している。今回も過去に跳んだ彼らを発見出来る筈ではないか。

「そこからはややこしい話になるわよ」

 イネスが、それでも聞くか?と全員を見回す。
 答えは沈黙。否定の声が無い、つまりは肯定だ。

「使い古された説明になるけどね時間跳躍はタイムパラドックスをもたらしてしまう。Aが過去に飛んで改変した未来を、Bが不服として過去に跳んで再改変を行う。すると今度はCがその未来を不服として過去に跳ぶ。こんな事が続いたら世界は一定しない。時間跳躍の可能性が論じられてから延々繰り返されてきた議論だけどね。このパラドックスの解決法として最も可能性が高いと考えられてきたのが平行世界論。つまりは、未来からの逆行者が世界に現れた時点で世界は枝分かれし、逆行者が来た世界と来なかった世界ができる。二つの世界は独立して異なる未来を紡ぐ。そういう事よ」

「今、私達が存在する世界は彼らが過去に現れなかった世界という事?」

「そう。全てが仮定の上に成り立つ推測に過ぎないけどね。否定する論拠も無いわ。私が過去の火星に現れなかった世界やアキト君が月に現れなかった世界もまた異なる次元に存在しているのかもしれない。その世界がどんな歴史を紡いでいるのかは私達には知る方法は無い。一度分かたれた平行世界は交わらない物だから。故に、過去に彼らが現れていない世界に属する私達には、過去に彼らが現れた世界を知る事はできない」

「つまりは、彼等がこの世界に帰還してくる可能性は無い。そういう事だね」

 アカツキが要点だけをまとめて告げる。

「この推論が正しいならね。さっきも言ったけど一度分かたれた世界は交わらない。世界樹は枝分かれすることはあっても合流することは決してない物だから」

「そうか……」

 アカツキがため息をつきつつ続けた。

「つまり時間跳躍を行うことは元の世界においては完全な消滅、即ち死と同義。そういう事か」

 その言葉に場が沈黙する。
 確かに彼等はナデシコCに追われる者達ではあった。だが、決して敵対していた訳ではない。むしろ自分達の闇に彼らを巻き込まないためにこそ行動していたのだ。そうしてまで守ろうとした存在が消滅してしまったのだ。言葉を失うのも当然だろう。
 しかし、その沈黙を破ったのはその感情を最も感じていたであろうアキトだった。

「悲観することではないかもしれないな……」

「どういう事」

 あまりにも意外なその言葉にエリナが問い返す。

「ルリちゃん達は死んだ訳ではないさ。新たな世界で光の下、自分達が求める未来を求めて行動するだろう。俺たちが今存在する世界よりもより光あふれる世界を求めて。この世界で俺を、‘闇’を求め続けるより、その方がよほど救いがあるとは思わないか?」

 ルリなら、彼女ならきっとより良い未来をもたらしてくれるだろう。‘闇’など存在する必要の無い‘光’あふれる未来を。

「……そうね。貴方達が救われる。そんな世界が存在してもいいわよね」

「確かに」

 エリナとイネスもそれに同意する。

「それじゃあ。この推論が正しいことを願おう。‘闇’に存在する僕等にも‘光’あふれる世界を願うことぐらいは許されるだろうから」

 それはささやかにして真摯なる願い。‘闇’が抱いた希望の一欠け。その‘光’は小さいが彼等にとっては十分な‘癒し’となる。

「ま、もう少しの間は彼等の捜索は続けよう。あくまで推論だしね。異存は無いかな」

 アカツキが問い掛ける。
 その返答は無言の肯定。

「それじゃエリナ君。もう少し頼むよ。何かあったら報告を上げてくれ。今日は此処まで。それでいいよね」

 そして各々が席を立つ。それぞれに成すべき事を抱えている身だ。意思決定がなされたなら、速やかに行動に移らねばならない。
 だが、アキトがラピスを従えて会議室を出ようとした時、その背中にイネスが問いかけを発した。

「……アキト君。一つ聞いていいかしら?」

「なんだ?」

「私はさっきの自分の推論は正しいと思ってる。でも、だからこそ解らないことが一つあるのよ」

「だからなんだ?」

「言ったでしょう?過去に戻りやり直したいと思うのはどんな人間でも当然のことだと。でも、貴方は此処にいる。それがどうしても解らない。ラピスは解るわ。ただ貴方の傍らにある。それがラピスの願いだろうから。でも貴方は違うはず。あの事故に巻き込まれた者で最大の悔恨を抱いていたのは間違いなく貴方の筈なのに……。貴方こそが過去への回帰を最も望んだ筈なのに……。何故此処へ残ることを選択したの?」

 自らの無力故に妻を奪われ、人として生きることすら奪われた。それを悔いて自ら‘闇’に身を落とし戦うための力を、牙を得た。今の力をもってするなら悲劇は防げた。あの時に今の力があればと誰よりも思ったのはアキトの筈だ。だが、機会が与えられたにも関わらずアキトは此処にいる。それが何故か、確かめたかった。
 
 少しの沈黙の後アキトは答えた。

「俺は俺でありたかった。それだけだ」

 さらに続ける。

「確かに、少しもそれを望まなかったと言えば嘘になる。だが、それ以上にそれが許せなかっただけだ」

「何故?」

 イネスが尋ねる。

「俺は自分の意思で‘闇’に身を沈めた。自分の意思で牙を砥ぎ、力を得た。そして、目的を果たせた。この結果に俺は俺なりに満足しているのさ。たとえ二度と光の下に帰れぬとしてもな。‘闇’の中より見守り、今度は守ることができる今の自分に。だから、それを無にするような時間遡行は望まなかった、許せなかった。それだけさ」

「戻ったなら‘光’の下で守り通せたかもしれなかったというのに?」

「それは望めないさ。力には代償が付きまとう。‘闇’に落ちる代償として得た力だ。‘光’の下行使できる物じゃない。俺の意思と人の命で砥ぎあげた牙だ。その代償を踏み倒すわけにはいかない。‘闇’の中で戦いを続けるさ、これからも、俺自身の意思で」

「それでいいの?貴方は」

「ああ。今も俺は一人ではない。それだけで十分だ」

 そう言ってアキトは部屋に残った3人に順に目をやった後、自分の傍らに立つラピスの頭を撫で微かに微笑んだ。
 それ以上は何も語らずアキトは会議室を出て行った。
 それにラピスが付き従う。無言のまま、己が行動で己が意思を表すかのように。



「……強くなり過ぎたのかな?彼は」

 沈黙の後アカツキが呟くように言った。

「そうね。少しでも心が揺らいでいたなら、彼は自分で自分が‘闇’に落ちるのを防げた筈。それだけの力が、今の彼にはある。でも、その強さゆえそれを許せない。皮肉ね」

 イネスもまた力なく言った。

「そういう人だからね、彼は。ある意味変わってないのよ昔から」

 エリナの言葉もまた真実だ。普段は優柔不断なくせに一度決めたら周りが何を言っても改めようとはしなかった。それを貫く強さを今回の乱で証明して見せただけだ。人の執念を見せ付けられるだけの強さを。

「まあ。こうしていても仕方ないか。彼は残った。それだけが僕等にとっての事実だ。たとえ他の世界では異なろうとね。まだ戦いは続く。火星の後継者の乱はひとまず終結した。しかし、むしろこれからが本番だ。奴等の陰に隠れていたクリムゾンとの戦いはまだこれからだからね」

 それは厳然たる事実。戦争は戦後こそが最大の問題を孕む物だ。ここからが彼等の、‘闇’の領域での戦争の始まりである。

「実戦力たる彼等が残ってくれたのはありがたい。願いはボソンの光と共に新たな世界へ赴いたルリ君達に託して僕等は僕等の戦いを続けよう。この世界に生きる者として。少しでも‘闇’に射す‘光’が多くなるように」

 アカツキのその言葉にエリナとイネスは無言で頷くと行動を開始するべく会議室を後にした。

 一人残ったアカツキが誰もいない空間へ声をかけた。届くはずのない声を。彼等‘闇’に住まう者の願いを込めて。

「今頃君は他の世界でどんな未来を紡いでいるんだい?ルリ君。それが僕等の世界よりも多くの光をもつ未来ならいいのだどね」

 無論その声に返事は返らなかった。



 それ以後の彼等の戦いは歴史には残っていない。
 火星の後継者の残党は二度と再起することかなわず歴史に埋もれた。
 クリムゾンも衰退の一途をたどった
 ネルガルとの暗闘に敗れたと言われるが‘闇’の領域の事ゆえ記録には残っていない。
 ホシノ・ルリを始めとしたナデシコCの乗員は遂に帰らなかった。
 彼等が何処へ消えたのか様々な噂が立っては消え‘電子の妖精’の二つ名は伝説として残っている。
 異なる世界の異なる時間にどんな歴史が紡がれたのかこの世界に知る者はいない。
 ただ、光あれと掛けられた願いは界の狭間すら越えて届くと伝説は語る。



後書き

 どうも、第7作です。
 どうも自分でもよく解らない出来です。
 まあ、せっかく書いたんだし発表してみます。
 今回はテーマが初めに在ったんです。
 「逆行時に選択が与えられたなら?」
 そう思って書いてみました。
 逆行前の状況は時ナデに準ずる物と思ってください。数えられないほど書かれてるので、いちいち書くまでもないと思ったので……もっとも、ちょっとアキトの心情が異なりますが……
 書きたかったシーンを始めにもってきてしまったので後半苦労しました。
 無理やり終わらせたようにも思います。
 今回も評価が恐いですねえ
 代理人様どうかおてやわらかに(爆)

 それではまたありましたら次回作で
 乱文失礼いたしました。


 

 

代理人の感想

冒頭の「ルリちゃんはどこに行きたい?」で一瞬サイボーグ009ヨミ編のラストを想起してしまいました。

「ジョー、君はどこに落ちたい?」というアレです。

案外、正確な直感だったのかもしれません。

 

そのままである事、現実の自分、今までの積み重ねを無にすることを望まなかったアキトに対し、

ルリたちはどうしても逃避・・・もっと言えば自殺を選択したように見えてしまいます。

不条理なようですが、自殺というのはやっぱり逃避の究極たるものだと思うんですよ。

 

だから、冒頭の呼びかける声は希望を告げる天使の声ではなく、

甘い死を誘う優しい死神の声だったのかもな、と思うのです。

 

ちなみに後半はただの付け足しでしかないのは事実ですが、

あのシーンだけで終わっては何が何やらですので必要な付けたしではあったと思います。

尤も、そーするとやっぱ構成の問題かってことになるんですが(爆)。