『お姉ちゃん……』
炎は全てを呑み込んでいく。

生まれ育った家も、想い出や家族すらも      





機動戦艦ナデシコ
blank of 2weeks

あの日、火星で。





「どうだった?」
彼の表情でわかるのだが、何となく毎日の習慣だから。
わかっていながら私は声をかけた。

案の定、
「駄目でした。何でも太陽風がひどいらしくって、火星とも通信できないって話でしたけど」
「そうなの?太陽風は確かに今年大きいのがあるって聞いてたけど、通信できないほどだとは思わなかったわ」
「う〜ん……その辺はよくわかんないっす」
苦笑しながら頭を掻く仕草が、年に似合わず可愛らしく感じる。
明るく笑ってはいるが、彼の苦悩は深い。

ネルガル社員でも中枢にしか明かされていなかったボソンジャンプ。
その人体での唯一の成功例。
しかも彼は、敵・木星蜥蜴の巨大な人型兵器を伴ってジャンプしてきた。
ネルガル月面工廠渉外課のいち社員、つまり端的に言えば受付嬢でしかない私には、本来そこまでも知らされていない立場だけれど、彼自身はそれを秘密にする必要性を感じていないのかそれとも何も考えていないのか。
ジャンプしてきた後、一週間の間この工廠にある一室で調査を受けていた彼と仲良くなったおかげで、公表されたこと以外も知るようになった。

10日前、いえ、正確に言うと3日後になる。
地球に人型兵器が侵攻し、彼はその兵器を跳ばすため一緒にボソンジャンプした。
運良く(彼の表現を借りれば、「よくわからないけど」)人型兵器だけがオロンティウス・シティ上空へジャンプ、爆破。
彼自身はオロンティウスにほど近い、このティコ工廠敷地内で倒れていたのだ。

爆発は当然のことながら連合軍にキャッチされ、上層部では隠蔽しようという動きがあったらしいけれど、それ自体は隠せなかった。
彼の存在だけは何とか軍から隠し、ティコ工廠内部で調査を行ってきたのだ。
それで何がわかったのか、私に知る方法はないし、彼もまたわからないということだったが、実際のところそれはどうでもよかった。
私は彼に親近感を持っていたし、彼はこのネルガル月面ティコ工廠で知り合いがいなかった。
だから何となく話すようになって、お互い楽しい時間を過ごせた。
それだけでいい。

「それで、どう?食堂は楽しい?」
彼はネルガルから解放され、昨日からティコクレーターの居住区域で定食屋をやっている知り合いの家に厄介になっている。
「楽しいっすよ、やっぱり。料理できるわけじゃないけど、ああいう雰囲気自体が好きだから」
昨日までは絶対に見せなかった表情。
ああ、ほんとに料理が好きなんだな、そう思える。
「良かったね。後はナデシコと連絡が取れれば最高かあ」
途端に沈んだ表情になる。

『じゃあ、俺がこの時間に戻った意味って何すか!』
怒り、焦燥。
どうしようもないそれらを、彼はぶつける術を持たなかったのだろう。
『繋がらない事実に怒っても仕方ないでしょう。それに』
『それに、なんすか』
『私に当たって、それで事態が好転するわけ?』
苦虫を噛み潰したような表情で黙る。
ちょっときつく言い過ぎたか、そう反省したが、彼にはこのくらいの方がいいのかも知れない。
感情をストレートに出すタイプみたいだから、こちらは徹底的に静かに現実を突きつけるだけでいい。
『・・・・・・そう、ですね。すいません、ユカリさんに当たってもしょうがないのに』
『いいわよ、それは。でもここで興奮するのは勘弁ね』
苦笑して言うと、彼もはっとなって辺りを見渡す。
ネルガルは福利厚生に力を入れている。
それは当然社員が最も長い時間を過ごす社内施設にも反映されるわけで。

明るく清潔なカフェテラスは、静かに流れる音楽と人工だけれど風光、そして珈琲の薫を落ち着いた空間で楽しめるようになっている。
今日はタイスの瞑想曲。
昼間っから聞くと眠くなるわね。
その分、彼の大声は空間を破壊するのに充分だった。

『あ、え〜と・・・・・・すいません』
こちらを注目している他の社員に、ばつ悪そうに頭を下げる。
『まあ、仕方ないよ。一日中検査やら何やらで、外にも出られないしね。その上これからナデシコがどんなことに出会うのか、それがわかっていながら教える術はないっていうんじゃ、苛々もするわよ』
『はあ、まあ・・・・・・』
曖昧な返事で頭を掻く。
どうやら癖らしい。

「俺、考えたんですよ、この2週間を与えられた意味」
3日前のカフェを思い出していた私の耳に、彼の真剣な声音が届く。
「え?ああ、君が時間を繰り返す意味ね」
黙って首を縦に振る。
口を開けて話し始めようとするのを、さすがに私は遮った。
「ごめん、もうじき上がれるから、それからでもいい?」
そりゃ、来客なんて殆どないけど、まだ勤務時間だったからね。










瓦礫。
死体。
血と煙の匂い。

私の夢は、それらで彩られている。
いつまでも消えない傷。
心の?それとも体の・・・・・・










照明は夜用に切り替わっていた。
「あら?今日は早いわね」
「冬至が近いからじゃないですか?」
空席を見つけながら、アキト君が事も無げに言う。
「あら、よく知ってるのね、そんなこと。そっか、冬至かあ。それにしてもネルガルって随分日本的な企業よね、カフェの照明まで冬至にあわせるなんて」
「日本的かどうかは・・・・・・一年で最も日が短いのは単なる事実じゃないですか。それだけかも知れませんよ?」
窓側      と言っても、スクリーン投影された月面が映っているだけだが      に席を確保した私たちは、まずは軽い話題から始めた。

「そう言えば今日はいいの?食堂は」
「ええ、今日は最後の掃除だけでいいって。早めのクリスマスを一緒に祝いたい人くらいいるだろうって言われちゃいました」
「月面に知り合いなんているの?」
「え〜と、ユカリさんのことだと思いますよ」
ちょっと言い辛そうに。
私は思わず笑ってしまった。
「あははは、私とアキト君が?クリスマスを一緒に?そりゃ傑作ね」
弟みたいなもの、それでしかない。
ちょっとした親近感を感じたのは、やはり弟に眼差しが似ていたからだ。
まあ、家族でクリスマスを祝うと言えばそんな気分ではあるけれど。

「アキト君じゃ役不足ね〜お相手としては」
「そんな笑わなくたっていいじゃないすか・・・・・・」
「あら、すねちゃった?ごめんね〜」
あくまで明るく笑い飛ばす私。
それは、胸の奥にちょっとした痛みを感じていたからかも知れない。

彼と会って話をするのは楽しい。
だが、同時に鈍い痛みを感じるのも事実。
彼の目が、あまりにも弟に似ているから。

「で、何だっけ。意味がわかったんだっけ?」
カシスに口をつけながら、アキト君を伺う。
「意味がわかったって言うか、どうして俺がこの2週間を繰り返さなきゃならないのか、よく考えたんっすよ」
彼もグラスを運ぶが、中はジンジャーエール。
お酒には強くないし、こういう雰囲気も苦手だって言ってたから。
ちょっと悪かったかな。
「ふ〜ん、で?」
アンティパストのマリネをつつきながら促す。
「あの後ナデシコがどうなったのか、みんなが無事だったのか、それは全くわからないっす。わかってるのは木星蜥蜴が襲ってきて、街がめちゃくちゃになったことだけで」
彼はグラスを手にしたまま、思い出すように話し始めた。

「パイロットのみんなは無事なのか、ユリカやルリちゃんたちは。とにかく戻るのが精一杯で戦闘やナデシコの様子を見るなんてできなかったから。
だから、ナデシコに通信できたとしても俺が伝えられることって、カワサキで木星蜥蜴に襲われるってことと、ネルガルがボソンジャンプの実験をやっているってことくらいしかないんす。
で、そんなことを伝えるためだけに、時間を戻ったんだろうか、て」

一息ついて、
「だったらどうして2週間なんだろう、どうして月面なんだろう。これから起こることをただ伝えるためだったら、それで蜥蜴への対策を立てるとしたって2週間じゃなくもいいし、そもそも月面じゃなくてナデシコの中でいいじゃないすか」
「そうね、もし、『ただ伝えるためだけ』ならね」
私の相槌に大きく頷くと、残ったジンジャーエールを飲み干す。
「喉、痛くないの?」
「へ?あ、いえ別に大丈夫っす」
素頓狂な声を挙げたのも無理はない。
あまりにも場違いな質問をしてしまったから。
けれど、どうしても彼が深刻になり過ぎている気がして心配だったのだ。

「ねえ、アキト君。あまり深刻に考えない方がいいよ。この世の出来事にいちいち意味を作ってたら生きていけないよ」
「それはわかってるっす。だから俺、これまではいい加減に生きてきました。でも、こんな時間を逆行するなんて経験しちゃったら、そうも行かないじゃないすか」
返す言葉がなかった。
いや、本当は言ってあげればよかったんだろうけど、私自身、その意味を追求することから逃げていたから。

「お待たせしました。プリモピアットはたらば蟹のクリームソースパスタ、4種のチーズかけでございます」
黙ってしまった私たちの間に、料理が運ばれてくる。
彼のインサラタにはまだ手がつけられていない。
そのことを見咎めた私がウェイターに文句を言おうとすると、
「おお〜〜、旨そうっすね」
アキト君の、さっきとはうって変わった表情に、
(まあ、フランス料理じゃないしね)
「話は後にしましょうよ、ユカリさん。折角の料理だし、旨いうちに喰っちゃわないと」
雰囲気にそぐわない言い方だし、そもそも話題を振ってきたのは君なんだけど。
心中で突っ込みを入れたくなったけれど、
「ま、アキト君らしいわ」
「え、何か言いました?」
「何でもない。さ、頂きましょ」
舌なめずりでもしそうな彼を見ながら、私はまた場違いなことを考えていた。
(この話題と気分の転換って・・・・・・ナデシコの空気なのかしら?)










「助けてくれー!」
「お願い、誰か、誰かうちの子を!」
泣き叫ぶ声、怒声、地を這って伝わる音。
燃え盛る炎、立ち上る煙、衝撃。

「どうして・・・・・・どうしてまたっ!」
私は思わず叫んでしまう。
もう嫌だ。
泣きたくても、涙すら枯れ果ててしまいそうだ。

何度も・・・・・・何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!

どうしてこんな悲劇ばかりを繰り返さなくてはならないのか。

私の精神は、もう限界だった。
幾度この光景を見ただろう。
幾度死の恐怖を味わったろう。
そしてあの声を、何度聞かなくてはならないのだろう!

もう嫌だ・・・・・・
何もかもが。
こんな悲劇を繰り返すくらいなら、いっそ殺して欲しい。
そうすれば、何度も弟の死に直面することもない。
こうして恐ろしい想いをすることもない。

「お願い・・・・・・もう許して・・・私を殺してよ・・・・・・」
呟いた私の耳に、何度目かのあの叫び声が飛び込む。
「お姉ちゃん!」
私は思わず耳を塞いだ。
そこにしゃがみこんで、瓦礫が振ってくるのも構わず。
制服のスカートについた小さな炎。
それはすぐに消えてしまう。
もっと。
もっと大きな炎で、私を燃やしてしまえばいい。
このまま炎に呑み込まれて死んでしまいたい、そう願いながら。

その時の私にあったものは。
何度も死を味わわなければならない弟の悲惨な姿でも、崩壊しそうな自分の心でもなく。

何も、何もなかった・・・・・・










「はい」
「ありがとう、お兄ちゃん。デートしよ!」
「い?!」

不意に聞こえた声に、うずくまって頭を抱えていた私は顔を上げた。

「え?ここは?」
慌てて自分の姿を見回す。
「死んでない・・・・・・」
死んでいない。
その事実は、またしても私の願いが聞き届けられなかったことを意味している。
ならば、また繰り返すのか、同じ悲劇を。

「私ね、アイって言うの」

けれど、ここは違う。
弟の悲鳴の後、辺りが真っ白になり、そして気がついたら再び同じ場所で悲劇を味わう。
そんなことをもう何度も繰り返していた私は、思わず自分の目を疑った。

炎も死体もない。
大勢の人がぎゅうぎゅうに詰め込まれた、ここは・・・・・・シェルター?
軍人が何かを叫んでいたり、喧騒はあるけれど。
手近な人に状況を聞こうと立ち上がった私は、次の瞬間、衝撃によろめいた。

「俺が時間を稼ぎます!その間に!」
黒髪の青年が建機を動かし、背後の壁から表れた機械たちに突進していく。
(時間は、同じなの?)
あの機械には見覚えがある。
というよりも、何度も奴に弟は殺されている。
憎んでも憎み足りない仇。

「お兄ちゃん、凄い、凄い!」
「よお〜し!開くぞ!」

彼が抑えている今なら。
また同じ時を繰り返さなければならないのなら。
願っても死ぬことすらできないのならば。

せめて仇に一矢報いる時があってもいい。

私は足元に転がっていた鉄パイプを手に、機械とそれを抑えている青年に近づいていった。

「?!」
爆風に体を押され、一気に青年の近くまで転がされる。
驚いて振り返った私の目に、悪夢のような光景が映った。

「う・・・・・・」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんお兄ちゃん!」

「うわああああああああっ!」
どちらの叫びだったろう。
青年か私なのか。

その声を最後に、私の意識は途絶えた。










「ユカリさん?」
ぼうっとしていた私を、アキト君が不思議そうに見つめている。
「あ、ごめん、なに?」
「いえ、特には。何か今日のユカリさん、変ですよ?」
「何ですって?!むぅ、余計なこと言うのはこの口ね!」
むぎゅぅとひっぱると、
「ひて、ひてててて!」
情けない声を挙げるアキト君に、何だかとても。
とても懐かしい想いがして・・・・・・

「え、ゆ、ユカリさん、どど、どうしちゃったんすか?!」
あ・・・・・・
私、泣いて、る?

「え〜と、そのう・・・・・・元気出してくださいっていうか、あの・・・・・・」
ふふ、困ってるわね。
そりゃそうか、いきなり泣き出しちゃったんだから。

私は一人で生きてきた。
この6年間。
そう、私は気がついたら2191年のテオフィルスにいた。
そこから再び、あの時に戻ることはなく。
時々魘される悪夢に悩み、またあの時に戻ってしまうのではないかと怯え。
誰にも信じてもらえないであろう真実を隠して。
ほぼ音信不通状態だった親戚がカタリナにいたのを思い出し、高校の制服に入っていた僅かなお金でリニアを乗り継いだ。
どうせ一度は死んだ身、このまま身寄りもなく、戸籍もないままで死んでいくのも仕方ないと思いながら。
幸いなことにそこで引き取ってくれた。
火星・ユートピアコロニーの私の家族は、なぜか事故で死んだことになっていたから。
親戚とは言え、殆ど他人同然。
肩身も狭く、かと言って当時高校生だった私が一人で見知らぬ世界で生きて行ける訳もなく。
歯を食いしばって、何とか高校だけは卒業しようと頑張った。
カタリナとテオフィルスの間、キリルスの高校に編入し、翌年卒業と同時にネルガルへ就職したのだ。

最初の3年は怯え、悩み、今の彼と同じように意味を見出そうとした。
私が月へ跳んだ意味、6年もの時間をさかのぼった意味、そして私の家族が消えていた意味。
けれど、その何れにも答えは出せず、私は大人になっていった。
そして、あの無限地獄にいるような悪夢のループから抜け出した私が、地位も友人も、家族すらも持たない私が、たったひとつ握り締めることのできる、『意味』。

生きること。
生きる理由が大切なのではない。
今ここで私がこうして生き延びている理由や原因でもない。

ただ、生きること。
それだけで私には意味があるのだと。

そう思えるようにもなって。
黒髪の青年と傍にいた少女のことも忘れられるようになった頃。

「君が来たのよ、アキト君」
「はい?」
今日は聞き返されることが多い。
それだけ、私の話も脈絡がなくなっているのかも知れない。

あれからの6年間、どれだけ私が苦労してきたか、それを語る必要はない。
アキト君なら信じるだろう、私が時を逆行したことを。
けれども、同病相哀れむのはごめんだ。
苦労話をしようと真実を明かそうと、それが一体何になるのか。
あの、無限とも思われた悲劇のループも、今それを語ったところで何にもなりはしない。
たとえ私が、そのトラウマを克服するのにどれだけの時間と精神力を費やしたかを話しても、彼の苦悩を解き放つことはできない。

いいのだ。
あの時一瞬、ユートピア・コロニーのシェルターで出会い、そして別々の時間・場所に跳ばされ。
一瞬の出会いと別れ。
そして再びここで出会った。

そのことに意味はないのだから。
あるとすればたった一つ。

私と彼が生きていたことに意味があった、それだけなのだから。

「ね、アキト君」
「何です?」
駄目だわ。
酔ってるのかな、私。
最初に彼を見たときは、一瞬の空白。
それから驚愕でまじまじと顔を見つめちゃったりして。
シェルターにいた青年だったのか、明確に覚えていた訳じゃなかったから。
でも、次第に、「ああ、やっぱり彼だったんだなあ」って思ったけれど。

「ねぇ、私酔ってるのかな?」
「そうは見えませんけど・・・・・・ほんとに大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
ねぇ、アキト君。
私、思うよ。
この世に意味なんてないって。

ただ生きていることに意味があるんだって。
私、色々辛いことや死にたくなることもあったけど、やっぱり生きていてよかった。
君に会えたしね。

生きていることに意味があって、そして、自分や周りに起こる出来事の意味なんて、生きていく中で作られていくものなんだよ。
自分の足で歩いた道が、そのまま意味になるのだから。

だから、さ。

「頑張って、生きていこうね」

相変わらずわからない、と言う顔つきをしているけれど。
きっとね、そのうちわかると思うんだ。
君が生きているということの意味が。
それ以外のこの世の出来事は無意味だってことも。





けれど、私とあの日話したことは、少しは彼の役に立ったらしい。
翌日、翌々日とアキト君の目は段々と明るくなっていった気がするから。

「ユカリさん、今までありがとうございました」
そう言って最後の挨拶にわざわざ受け付けに来てくれたわね。

あの笑顔は、ナデシコと連絡が取れたから?
ちょっと悔しかった、かな。
でもまあ、あの笑顔が取り戻せたのはやっぱり私のおかげよね、アキト君。
そう言ったら、真剣に、
「そうですね、俺、絶対ユカリさんのこと忘れません」
なんて言ってくれちゃって。

楽しかったよ、私。
生きてて幸せだった、そう言えるよ。
最期の最後に、こんなんじゃ、ちょっと嘘っぽいけどさ。
でも、これも私の足跡。
辛いこと、嫌なことも全部、含んで人生だって考えなきゃね。





足音が近づいてきて。
今度は私なのかな、そんな思いに皆囚われているのだろう。
清潔に保たれた広い部屋。
調度類もちゃんと揃えられているし、どれをとっても安物なんてない。
けれど、そこの住人・・・・・・とは呼べないけれど、私たちは週に一人ずつ、減っていった。

『火星の後継者』
彼らは自らをそう呼んでいた。
ここで身の上を話し合って、彼らが火星出身者を集めていることだけはわかった。
わからないのは、私。
月面に住んでいたのに、どうして。
どうして私が元は火星出身であることがわかったのだろうか。
ボソンジャンプで火星から月へ跳んだことは誰も知らないはずなのに・・・・・・。

ああ、そうか・・・・・・
ボソンジャンプしたのが17歳。
記録では私の一家は11歳の時に事故にあって私以外、皆死んだことになっていた。
少なくとも11歳までは火星にいた記録が残っていたのよね。

あはは、馬鹿だな、私。
こんな簡単なことに気がつかないなんて、やっぱり普通じゃないみたいね。

足音はやはり、この部屋の前で止まった。
みんな蒼白な顔でじっとドアを見つめている。
ドアが開く瞬間、目を逸らすのだ。
自分が犠牲者にならないように。

と。

「早く来い。助けに来た」
「ええっ?!」
全員の視線がドアに注がれ、視線を浴びて立っていたのは。
「アキト、くん・・・・・・?」
黒尽くめの衣装、マント。
けれど、紛れもなくあの目は、彼は、テンカワ・アキトだ。
よろよろと近づく私に、
「ユカリさん、時間がない。早くみんなも外へ」
落ち着いた声で言うと、へなへなと座り込んでしまった私を抱きかかえて走り出した。





遺跡、ボソンジャンプ、停戦と和平協定、そして新木連の発足。
抑留生活、屋台、婚約、そしてシャトル事故。

戦艦に乗せられた私は、アキト君の部屋で彼に起こった出来事を聞いていた。
私たちが拉致された1ヵ月後、彼らはアキト君と連合宇宙軍によって壊滅させられたらしい。
その後、アキト君は『火星の後継者』に関係する場所を虱潰しに回った。
自分と同じく、拉致された火星出身者を助けるために。

「ユカリさんがボソンジャンプしていたことは、月面観測所の粒子観測記録に残っていたんですよ」
「そう、そうなんだ・・・・・・」
「当時は訳のわからない粒子の乱れとして気に留められなかったらしいですけど、ヒサゴプランなど、ボソンジャンプの研究成果が上がりましたからね。あなたの例の記録もボソンジャンプであることがばれた」
「だから誘拐されたのね、私」
「ええ。すいませんでした、助けにくるのが遅くなって」
口調は落ち着いて、顔つきも大人になったみたいだけど、やっぱりアキト君ね。

「俺、ユカリさんにもう一度会って、お礼を言いたかったんです」
「お礼?」
私の目には、あの時のアキト君がだぶって見えた。
けれど、
「ユカリさんが言っていた『頑張って、生きていこうね』。俺はあの言葉にしがみついて生きてきました。
何があっても、生きていれば、生きることに意味があるんだと。そう考えて生きてきました。ユカリさんのおかげです」
そう言った彼は、あの時より確実に成長したアキト君だった。

「ありがとう、ユカリさん」



ほら、ね。
生きていれば、それだけで意味があるんだよ、アキト君。
だって、生きてさえいれば、



「こうして大事な人に、何度でも巡り会えるのだから」














Martian Successors
NADESICO
blank of 2weeks
"Wir dieses mal angetroffen mit Mars."

Fin.






≪あとがきというか何と言うか≫
皆様、はじめまして。みかんと申します。
まずは、管理人様、代理人様、1000万ヒットおめでとうございます。
プロットから制作まで、2〜3時間しかかかっていないものなので至らない点は多々あるかと思いますが、徒然の慰みになれば幸いです。

今後の貴サイトのご発展をお祈り申し上げます。

 


管理人の感想

みかんさんからの投稿です。

意外なオリキャラの登場ですね。

久美ちゃんとその家族をまるっきり出さない事で、逆にうまく話を纏めてられます。

アキトがユカリさんの言葉を胸に、火星の後継者との戦いを切り開いたという話も良いですね。

 


代理人の感想

いいですねー。
ユカリさんの真っ直ぐさとその意外な背景、
時を経てちょっと頼もしく成長しているアキト、
そして何よりささやかながらもハッピーエンド。

思わず微笑が浮かぶような、そんな話でした。

 


別人28号さんの感想

ユカリさんですか・・・ちょっと盲点を突かれた感じ
確かにあの場所にいたジャンパーがアキトとイネスだけとは限りませんものね
こういうSSは読んでて楽しいです

アキトの人生に深く関わらないようで大きな影響を与えている
素敵な姐さんです



最後の展開も意表を突かれました
いや、お見事です

 


ゴールドアームさんの感想

なかなか。もう1人の逆行者……十分あり得る話ですよね、時ナデみたいじゃなくたって。
時の流れにとらわれた人が、救い、救われていく。
ラストでうまくまとめてくれました。
これからも頑張ってください。

 


龍志さんの感想

えっと…文章そのものは読みやすいですし、ユカリさんにも好感は持てます。が、この企画のテーマからするとどうかなというのが正直な感想です。
この企画はあくまで失われた2周間の補完であったはずです。
少なくとも俺はそう理解して、この企画を凄いなぁと思っていました。
で、この話は2週間の間に何があったのかというのも殆ど書かれていません。
更に言うなら、アキトが何故月臣戦で熱血してたのかも書かれてません。
ユカリさんの一言は確かにいい台詞ですが…あのアキトが一言聞いた程度で2週間以上熱血してるとも考えられませんし(苦笑)

そこらへんをもう少し考えて書いて欲しかったなぁと思いました。

繰り返しますが文章そのものは問題無いと思いますし、ユカリさんも中々だと思います。

これから先に期待しています。お疲れ様でした。

 


プロフェッサー圧縮inカーネギー・ホール(嘘)の日曜SS解説・特別版

はいどーも、プロフェッサー圧縮でございます(・・)
今回はAction1000万ヒット記念企画と言うことで、解説役にゲストをお招きしておりマス。
圧縮教授「うむ」
ハイ、では作品の方を見てみましょう( ・・)/

「縁は奇なり、と言ったところかの?」
そうですね、火星の生き残りでしかも未だネルガルと関係している、と言う時点でかなり限定されますね。
「比喩的な意味での繰り返しと、本当に時間を繰り返すこととの対比も着眼点が良いぞ」
そうですねー、確かに余り多くないかも知れません。
「もう一歩、踏み込んで欲しい気もしたが・・・まあ、雰囲気重視なら寸止めもありかも知れぬ」
ええ、その辺は好みあると思うんですよ。
「ただ、一晩寝かせて熟成してみたらどうなったか、ちと興味があるの」
ワインなんかと一緒ですね。
「うむ。〆切があると中々そうしてられないがの」
そうですねー、今実感してますよ(謎)

はい、では次の方どうぞー( ・・)/

 


日和見さんの感想

 ピピーッ! 劇ナデ時間軸のシーンはレギュレーション違反です!
 まぁ、本SSには都合上このシーンが必要だったというのは理解できますが(苦笑)

 全体としては比較的読みやすい文章でした。ただ、これは「アキトの」「空白の二週間で出会った物語」が主題ではなく「ユカリの」「子供の頃のトラウマとその解消」が主題となっており、果たしてこれがBlank of 2weeksを舞台として描かれる必然性があったのかどうか、少々疑問に感じます。どういうことかと言うと、別の時期でも似たような物語は書けちゃうと思うんです。
 折角特殊な条件を組んだ企画SSなので、単に条件を満たしただけで満足せずに、更にその上で何らかのひねりを持ったストーリーを見せて頂きたかったです。

 


皐月さんの感想

微妙に反則っぽい気がしますが、面白いから良いです。
と上で言いつつも、やはり枠があって、その枠(制限)内で話を書いてもらうというのがB2Wの目的です。
なので、最後に劇ナデを持ってくるのではなく、15話に続く形で終わらせて欲しかったかな? と思います。