死は、ずっと俺を見つめていたのかもしれない。
落ち窪んだ、何もかもを見通す双眸で、ただただジィ・・・っと、静かに、静かに。
物陰から・・・ずっと。
俺は、そう思った。
俺は、そう望んだ。
復讐を望み、多くの人々を殺め、そして、何人もの人々を巻き込んだ時から。
死は、俺を狙っていたのかもしれない。
そうであって欲しいと、望んでいた。
死にたくないという、人として当たり前の感情。
それが浮かばない俺は・・・もう、壊れているのだろうか。
◆
深いところで目を瞑っていた俺の瞼に、一条の光が差し込んで、俺は目が覚めた。
まるで長時間息でも止めていた様に頭痛がして気分も悪いし、何か記憶は途切れ途切れだしで、少なくとも清々しい目覚めとは言えない。
自分の背中に床の感覚がある事で、今俺は寝転んでいるのだと分かった。
(ここは・・・)
ぼやける頭で必死に「何処だ」と繋げて考えようとしたが、胸にちくりと痛みが走り、思考を中断せざるを得なくなってしまった。
剣で刺されたような鋭い痛み。叫びはしなかったものの、俺は胸を押さえて、ぜいぜいと荒い息を吐いた。
何か酷い夢、真っ赤な、血の夢を見た気もするが、定かではなく、ただただ、痛みに耐えるだけだった。
そうして、痛みは過ぎ去った。
押さえていた胸を開放しつつ、今の痛みは何だったのか、と、ふと、思う。
北斗に腹の半分ほどを持っていかれた時の様に、ナノマシン・スタンピードが起こった時の様に、体が不調を訴えている。
俺は何故、体を酷使した?問いかけても記憶は応えてくれず、沈黙を守り続けている。
しかし俺は、不調の原因を思い出さねばならない。
その為に・・・ゆっくりと、ゆっくりと記憶を探る。
頭の靄が晴れてゆき、次第に何があったのかを思い出してゆく。
そして、思い出した事実に愕然とする・・・
笑う赤コートの男。
墓標の代わりと突き立った剣。
吹き出す血。
赤い血は白い床を染める。赤く赤く赤く。
そうだ、これは夢ではない。
この胸の痛みが、未だに俺の中に漂う無力感が、それを物語っている。
希望的観測一切抜きで。
俺は、死んだはず。
「―――!」
声にならない叫び声を上げる。
ガバッ――――!
―――と、悪夢から目覚める様に、かけられていた布団を跳ね飛ばし、起き上が―――
――――ゴン。
―――る前に、何かに頭をぶつけた。
脳蓋をダイレクトに揺らされ、目の前で星々がダンスを披露、俺の意識は地獄へ行って天国へ行きそして現世に復活。
そして俺は物凄い衝撃と共に後ろ・・・つまり、まだ俺の体温を残している布団へ、弾かれた様に―――いや実際に弾かれて、逆戻りした。
数瞬、感覚が痛みによって支配され、景色が白く染まって見えなくなる。
程なくして、白に霞んだ世界が、画家が絵に彩色する様に、その鮮やかな色を取り戻し、最初に視界に飛び込んできた物は――
人間離れした容姿、と言うのはこの事だろう。
そこには一人の少女が、余程痛かったのだろう、頭を押さえて立っていた。
青いレオタード、そして青いレースのついた手袋と、太ももまで伸びた、これまた青いソックスを履いた、浮世離れした・・・
雰囲気的には、ルリちゃんやラピスの様な、その少女。
今は痛みに歪んでいるが、それすらも美しく見える程の端正な顔つき。
驚いた事に、背に蝶の羽の様な翼が生えている。しかし、それは彼女をバケモノと定義するには役者不足。
むしろ、その羽はこの妖精のような少女の美しさを、美の女神アフロディテもかくやとばかりに際立たせている。
この世の何処にも居ない、しかし此処に確かに存在するその少女が、俺が頭をぶつけた相手らしかった。
少女は呆然と少女を見ている俺を見て、痛みに歪んだ顔を安心した様な笑顔に変え―――
糸の切れた人形の如く、全身から力を抜いてふぅ・・・っと倒れこんだ。
Hell and Heaven 〜天国と地獄の狭間〜 第四話
作者 ベルゼブブ
『・・・自分が信じていたもの、信じていた理論、信じていた人。
それらが必ず正しいって、誰が決めたんだ、えぇ?』
――――著者不明『悪魔は哂う』より、抜粋
「御免ね、いきなり倒れたりなんかしちゃって・・・」
6畳程の部屋のベットの上に、上体を起こした状態で寝転がっている一人の少女がいた。
その少女を先程まで心配そうな顔で介抱していた、ちょっと前まで逆に彼女に介抱されていた、と言う、立場のおかしな、奇妙な刺青が彫られた彼女の話し相手の男性は、今は安心した顔をしている。
少女は謝罪の言葉を彼に述べると、ぴょいっと跳ね起きてベットから飛び降りた。
「ここ最近、色々あってさ・・・」
沈痛な面持ちで続ける。
「いや・・・」
と男。
「こちらこそ、起き抜けに頭突きをかましたりして、済まない・・・」
体をくの字に折り曲げて「すいませんでした」のポーズ。
「あは、だいじょぶだいじょぶ。悪魔は頑丈なのが取り柄だからさ」
笑ってそう言う少女。
「・・・」
少女が言った『悪魔』のフレーズに小さく目を見開いて驚いたそぶりを見せる男。
しかし少女の羽を一瞥して、納得したように頷いてから少女に視線を戻す。
男の一連の動作に少女は気付いていた様だったが、彼女にはそれほど珍しくも無い事なのか、気に留めた様子を見せずに話を続ける。
「・・・そだ、今まで何があったか覚えてる?アンタあの病院・・・あ、「シンジュク衛生病院」って呼ばれてたらしいんだけど」
小さく息を呑み、また驚く男。しかし今度は少女も気付いたそぶりを見せない。
「そこの廊下でさ、倒れてたんだ・・・と言ってもあたしも色々有って倒れてたんだけど」
言葉と共に、男の近くに寄る少女。
「・・・それでさ」
イタズラをしようとしている様にちょっと微笑む。
少女の仕草は、恋人に甘えるティーン・エイジャーのそれに酷似しているが、目の前の男にそれをする理由は無い。
「何があったか、知っているんなら・・・聞かせて?」
上目遣いで見つめながら、少女が告げる。少女のその容姿もあいまって、どんな男でも落とせそうな、それはとても色気の篭った仕草となる。
この状態で告白などされた日には二つ返事でオーケーしてしまいそうな仕草だが、しかし男は筋金入りの鈍感らしく、篭められた色気には気付かずに応答した。
ちなみに、男は「シンジュク衛生病院」のショックからはもう抜け出したらしい。
「・・・君は何処まで覚えている?」
「ん〜・・・と、悪趣味コートに追っかけられて、銃を突きつけられて撃たれて、それから目を覚ました辺りかな・・・」
ちょっとしたイタズラ―――でも本気―――の効果が無い事を知り、軽く残念に思うも、それをおくびにも出さずにしっかりと応答する少女。
慣れたものである・・・らしい。
少女の応答を聞くと、男は―――かつて、漆黒の戦神と呼ばれたこの男、テンカワアキトは、先程起こった事を話しだした。
◆
「―――で、俺はそこから覚えてない」
俺は悪魔の少女に、少女曰く『悪趣味コート』・・・つまり赤コートの男に自分が刺された事までを告げると、そこで口を閉じ、彼女の言葉を待った。
ちなみに、俺がこの世界の住人ではない事は、まだ言っていない。
少女は、おとがいに手を当て、クエスチョン・マークでも浮かんでそうな顔で、聞いてくる。
「でもあんた、死んでなかったわよ?」
「・・・え?」
俺が聞き返す。
馬鹿な。確実に俺は死んだはずなのだが・・・。
俺はこの少女に蘇生を施されたと思っていたのだが、どうも違うらしかった。
そして、俺はこの少女から、俺が気絶した後・・・いや、死んだ後か?辺りの話を聞いた。
彼女が言うには、彼女が目を覚ました時に、ちょうど俺が倒れたらしい。
そこから早速矛盾が発生しているのだが、如何せん矛盾を発生させた張本人の俺が覚えていないので、そこはまぁ、さらっと流してもらった。
突然物凄い爆発音がして、それが気付け代わりになり、彼女は目を覚ましたのだそうだ。
彼女は生きている事に感銘を受けつつ、身を起こすと、丁度ズタボロになった悪趣味変態外国人(多分、赤コートの事)が、変な筒状の物・・・
特徴を聞くに、携帯可能なグレネードランチャー辺りだろう。それを持った赤コートが外に出て行くところだったそうだ。
赤コートの目の前には、白いコウモリの羽を生やした、死んだはずの俺が立ってそこに居たらしい・・・。
まともな目をしていなかったそうだ。
そして、赤コートが遠ざかると、俺はばたんと倒れて、今に至る、と言う訳だ。
ちなみに、羽は川に溶かしたインクの様に大気に掻き消えたらしい。
「・・・俺はそこまで人外になったつもりは毛頭無いんだが」
話を終え、頭をかきながら俺。
「・・・とりあえず、助けられたのね、有難う」
じろじろとこちらを眺めつつ、困惑気味に少女が言う。
それもそうか。
話が複雑になってきてるしなぁ・・・イネスさんでも呼んで来たい。あの人なら「分かりやすく」『説明』してくれるだろう・・・いや、余計ややこしくなるか。
しかし、そこは彼女も悪魔。「まぁ、よくある事よね」と言いつつ一人頷いて納得したらしかった。
「アンタ、見かけによらず、強いのね?」
そう言葉を続けて、更にこちらに近づいてきて、少女が言う。
「・・・そう言われると、照れるな」
少し顔が暑い。多少、顔が赤くなっているのではないだろうか。
とりあえず照れ隠しに笑みを浮かべる。
と、その瞬間少女はトマトのように顔を赤くした。
風邪でも引いたのだろうか?お大事に。
反応無し。
何か変な事を言ったのだろうか、俺は。
筋金入りどころかシルシウス鋼で固めた後にオーラバリアでも張っているのではないか、と言うくらい、鈍感である。今更だが。
この鈍感さがアキトの美点であり、汚点であり、『同盟』の頭を悩ませる所であり、『組織』の人外的な嫉妬を更に増大させる所なのだが・・・
アキトの鈍感さは、自分にも働くのか、それが全くもって分かっていない。
戦闘時の勘は何処へ行ったのだろうか。
「・・・可愛いわね、アンタ」
異様なまでの空白が空いたのは、俺が少女の言葉を待っていたからである。
「そうか?」
「そうよ」
「そうなのか・・・」
可愛いって言われてもな。
会話に一区切りが付き、そして沈黙が降ってくる。
・・・何だか気まずい。そわそわと、意味も無く天井を見上げる。
初対面の人と話が続かなくなると、此処まで気まずいものなのかと、今更ながら確認する。
そして、話を続ける意味合いも込め、俺は気になっていた事を彼女に切り出した。
・・・そう、気になっていた事を。
「・・・済まない、聞きたい事があるんだけど」
「え、あ、うん。あたしが知ってる事なら答えるよ」
彼女も気まずく思っていたのだろう。すぐに話題に飛びついてくる。
俺は何処まで話せばいいのか、少し考えて、そして口を開いて聞いた。
「実は、此処に来た時、仲間とはぐれてしまったんだ・・・」
仲間と言うのはもちろん、ディアとブロス、ひいてはブローディアの事である。
「どんな人?」
・・・人、と言われてもな。人同然だが。
「あ、あー・・・長い黒髪に黒目で、ちょっと紫っぽい黒いドレスを着てる。
それで、赤い靴を履いてるんだ」
ありのままを言うわけにもいかない。悩んだ末、とりあえずディアの容姿を彼女に告げる。
「・・・えっと、もしかして女の子?」
おとがいに手を当て、いかにも「考えてます」といったポーズで少女。
「男がドレスを着るのは中々気持ちが悪いと思うぞ」
いい例が俺だよな・・・。
パーティの悲劇が脳裏をよぎる。
「・・・その子だったら、多分シブヤにい「何!?」きゃ!?」
少女が抗議の悲鳴を上げ、少し潤んだ瞳でこちらを見やってくる。
はっ、イカンイカン、ショックで思わず肩を引っ張ってしまった。
俺は慌てて手を離す。
「あ、済まない、つい・・・」
「ううん、いいわよ・・・一瞬・・・ドキドキしたじゃないの・・・ばか」
・・・ゴメンナサイ。
「ちゅ、中断しといてなんだけど、続けてもらっても良い?」
乙女の柔肌の感触が旅行先から今更掌に舞い戻ってきて、多少慌てつつ続きを促す。
「う、うん。
・・・あのね、ちょっと前の話なんだけど。
あたしがね、傷薬とか、魔石とかを調達しに、シブヤに行った時なんだ」
・・・シブヤ・・・ね。確か、俺の世界では旧世代の呼び名だったはず。
俺の世界ではもう「シブヤ・シティー」だとか改名されていた筈だから、この世界はそれより以前の時代なのか?
「それで、買い物も終わって、ここに・・・ヨヨギ公園に帰ってくる途中で、女の子が泣いてたんだ。
その子、中々泣き止まなかったし、あのまんまだと過激な方の悪魔・・・あ」
そこで一旦、少女が話を止め「LIGHTとDARKって知ってる?」と聞いてきた。
「人間のなら知ってるけど、悪魔のは知らないんだ・・・悪魔の事は何一つ知らない」
「あら、アンタ・・・元は悪魔じゃなかったのね。見かけは悪魔なのに」
失礼な、只の気の小さい一般小市民さ。
別に人外じゃないぞ、俺は。
「じゃあ説明するね。
あのね、あたし達悪魔にはLIGHTとDARKと、その中間のNEUTRALの悪魔が居て・・・これ以外にも属性があるんだけど、
話が長くなるからそれは置いとく。それでLIGHTとNEUTRALは話も通じるし、大体のLIGHT悪魔達は他の悪魔は襲わない。
けど、DARKの悪魔はその逆。大概の奴は理性が殆ど無くて、本能のままに他の悪魔を襲う」
正に悪魔だな。
「そうよね・・・あたしもそう思う。あ、ちなみにあたしはNEUTRALよ。話も通じるでしょ?
・・・って、それよりも。探し人の話だったわね。
その子、見かけは人間だったし、たいして強くも見えなかったから、シブヤのディスコ・・・あ、シブヤの地下街にはディスコがあるんだけど、
そこに連れて行ったんだ。そこ、さっき話したLIGHT悪魔とNEUTRAL悪魔が多いから、滅多にDARK悪魔が来ないから安全なの。
で、話を聞いたらさ、その子も二人の人とはぐれたんだって。特徴を聞いたらさ」
「その特徴がまたアンタみたいな人なのよねぇ」と、彼女は言い、そこで話が終わった。
話に出てきた彼女は、ディアなのだろうか?
しかし、ディアだとすると、矛盾が幾つも発生する。
幾ら彼女が人間と同じく感情を持っていても、彼女の体はホログラムである。
ナデシコの中の様な場所か、ブローディアごと移動するか、それか『例の移動デバイス』を使うかしない限り、彼女は一定距離以上は動けないはず。
「渋谷の位置は?」
「ん、此処からみな・・・あ、左」
何故方角で引っかかるんだ・・・?
まぁ、いいか。
「有難う」
「・・・で、アンタは如何するの?」
「俺は、とりあえずその子が誰なのか、確認しようと思う・・・助けてもらって有難う。それじゃ」
入り口のドアに体を向けて、ドアノブに右手をかけ、出て行こうと一歩進むと、左手に抵抗を感じた。
振り向くと、少女が左手を握って、引っ張っている。
少女は俺が疑問の声を上げるよりも先に口を開いた。
「待ってよ、一人で行く気?」
「俺の都合だし・・・はぐれちゃったのは、俺の責任だしね。
それに、俺ってまぁまぁ、強いんだよ?大丈夫だって」
安心させるように、微笑む。
・・・彼女、また赤くなったな。重度の風邪か?
「・・・あんたね、このあたしが助けてもらった恩を返さないと思ってるの?
守られたままってのも、癪だし。あんた何も知らないみたいだし。
あんた一人じゃ不安だから、ついてくわ」
「い、いや、しかし・・・」
そんな強引な―――
と、続けたかったが、「何か、文句有る?」と彼女が言い、つい、「い、いえ・・・何も」と言ってしまう俺であった。
何故だろう、ユリカやルリ達『同盟』の面々の顔が重なった。
「じゃ、ついて行くからね」
そして彼女は、おもむろに呆然としている俺の正面に立つと、腕を後ろで組んで、口を開いた。
「・・・あたしは『妖精』ピクシーよ。 今後とも ヨ・ロ・シ・ク・・・ね♪」
彼女の顔が俺に近づいていき、その自然すぎる動作に俺は為すがまま・・・。
ちゅッ♪
よくこんな文字で感触を表してるもんだと思う。
俺は一瞬、頬に感じたその柔らかな感触によって感覚器官思考器官一切合財オーバーヒートし、それがキスだと気付くのに1分ほど掛かり、
先に出て行った彼女・・・ピクシーが「ほら、早く早くー!」と遠くでぴょんぴょん跳ねている事も気付かないで、呆、と立ち尽くしていた。
◆
ヴェールを被った、上から下まで喪服の老婆が、金髪の、やはり喪服の子供の手を引き、こちらを見据えながら、口を開く。
「こんにちは・・・人の世に生きていた荒ぶる神よ。
すぐに死んでしまうような恥ずかしい真似はしなかったようですねぇ・・・一安心で御座います」
ピクシーが不安そうな目で俺に縋りつき、俺とあの老婆と子供を順に見て、そして目を伏せる。
その手は震えていた。
まるで、自分より格上の相手に会った動物の如く。
少しだけ、時間を戻そう。
あの後、俺は直ぐにピクシーに追いついた。
ピクシーは追いついた俺を見て「じゃぁ行こうか」と言うと、直ぐに歩き出した。
そして俺は、釈然としない何かを感じながら、その後を付いていく。
砂漠化した外を眺めながら、俺たちはヨヨギ公園を出た。
それまでは良かった。それまでは。
それは、遠くにシブヤが見えてきたという時だ。
突然、辺りが眩く光った。
いや、光った、と形容していいのだろうか?
むしろそこら中の光が目の前のブラックホールに飲み込まれてしまって、それでブラックホールがあたかも光っている様に見えただけ・・・
かも知れない。
俺とピクシーは咄嗟に目を覆い、身を硬くした。
光った以外には、何も起こらないので、俺達は目をそろそろと開けた。
そこには。
俺をこんな状態にしてくれたあの老婆と子供が居たのだった。
喪服の老婆と子供は、相変わらずそこに、まるで絵の如く佇んでいる。
「そりゃね。これでもしぶとさには定評有るからな」
と、俺は軽口を叩いた。
そうでなければ、何も過去に戻ったり、世界を越えたりしないさと、心の中で付け加える。
「それはそれは、心強い・・・」
嬉しそうに破顔して老婆は言うが、ヴェール越しに見えるその目は笑っていない。
「仮にも坊ちゃまの情けを受けた者。この様な所で野垂れ死なれては困りますからねぇ・・・ホッホッホ」
口に手を当てて、嘲る様に一笑い。
・・・ああ、腹の底からムカつく笑い方だ。
「人をあれだけ痛い目に遭わせて、ついでに体を弄くって角をくっ付けるのが貴様等悪魔流の『情け』か?」
俺は、人をいたぶる奴は好きじゃない。
殺気が零れてしまっているのか、ピクシーがより怯えた目で俺に縋り付いて来るが、生憎今の俺では気遣ってやれそうに無い。
「違いますとも」
そこで、老婆は少し言葉を切る。
「本当の『情け』とは、苦しまずに死なせてあげる事。違いますか?」
慈母の笑みを浮かべ、そうのたまう老婆。
・・・いや、慈母ではなく、悪魔の笑みか。
「・・・・・・」
俺は何も言えない。
確かに、死んだ方がマシだって事もこの世にはあるし、な。
事実、俺もそう思っていた時期があった。
・・・あの頃。復讐を終えて、宇宙を彷徨っていた、あの頃・・・
俺は、死のうとさえ、思っていたのだから。
「・・・・・・そういえば」
老婆が気付いた様に、やはりこちらを見据え、だらんと右手を垂らしながら言う。
左手は、子供と手をつながれていた。
「貴方、『この』トウキョウは初めてでしたね」
まぁね、と俺は応える。
俺のその言葉に老婆は頷くと、こう言った。
「それじゃ、婆のお節介ですが、一つだけ・・・・・・」
そう言いながら、老婆は子供と手を繋いでいない方の手を真上に掲げ、人差し指で天を指した。
「上を、御覧なさい」
言葉の通りに上を見る。
そして、目に映った物に、俺は驚くしかなかった。
そこには、形容し難いもの・・・何と表現したら良いか、分からない物・・・が有ったからだ。
常識を全て無視した、受け入れがたいモノがあったからだ。
それは、俺の持つ常識で推し量るには、あまりに非常識すぎた。
それは、世界に存在してはイケナイものだった。
そこには・・・光の球が、そして、その向こうに、足元の地面と向かい合わせになった、朽ちたトウキョウの町並みが・・・浮いていたのだ・・・。
何一つ、砂の一粒すら下へ・・・地面へ落ちることなく。
それは、そこに在った。
唖然とする俺。さっきまではこれからの事を考えるのに夢中になって、気付かなかった。何て無様な。
「ご覧の通り」
老婆が、唖然と『向こう』を見ている俺など気にかけずに言う。
「東京は姿を変え・・・丸い世界となりました」
老婆は続ける。
「その世界の真ん中で、あの通り輝いているものが見えましょう?」
老婆の指が、光の球を指す。
光の球は先程見た時と変わらず、俺は此処に居ると自己主張していた。
「あれは、『カグツチ』というモノで御座います。
・・・あれは、このボルテクス界を作り出した存在。この世界での、万物の源。
そして、この世界に住まう物達・・・『悪魔』達に力を与えているモノ・・・」
――――言うなれば、『神』なのです
そう締めくくって、老婆は口を閉じた。
ピクシーは、震え続けている。
「・・・・・・ここは・・・・・・何なんだよ・・・・・・」
呟く。
「何とかなるさ」と考えていた俺の胸中を、今は完全に絶望感が支配していた。
だって、そうだろう?
もう此処は、『俺』が通用する領域じゃない。
俺の居た場所でもない。そもそも、『人間』の世界ではない。
此処では、俺は無知な赤子。
―――俺はまた・・・無力になってしまう。
「決まっておりましょう」
俺の疑問に答えるために、老婆が、ニィッと嘲いながら、言葉を紡ぐ。
「ここは―――」
掲げ続けていた指をそっと垂らしながら、続ける。
「―――地獄」
老婆が、また哂った。
◆
「・・・おや、坊ちゃま。もう行かれますか。」
老婆は喪服の袖を引っ張る金髪の子供に対して、敬意を込めた言葉でそう言った。
「それでは、これで・・・」
老婆が、目の前に居る、黒いズボンを履いた、全身刺青だらけの男に対して会釈する。
だが、絶望に打ちのめされた様な顔をしたその男は、縋る妖精が腕を引っ張っている事にすら気付かず、俯いたまま何の反応も示さない。
しかし、老婆は機嫌を害した様子は無かった。
むしろ、その結果を望んでいたようだった。
老婆はまた、哂っていた。
子供は静かに、見つめていた。
「今後ともしっかり、頼みますよ・・・」
その言葉を最期に、喪服の老婆達が、水に溶けるインクの様に消えていく・・・
そして、完全に消えると、後は男と妖精のみがそこに居た。
―――世界を作るも良し、壊すも良し―――
囁く様な金髪の子供の声が、砂漠とも町ともつかないその場所に、虚しく響く。
砂漠に一陣、風が吹いた。
あとがき
恋愛描写なんて大嫌いだ。
と言う訳で、ピクシー登場、ディア?発見、契約、カグツチ出現の回でした。
いかがでしたでしょうか、楽しんでいただけましたか?
いやぁ、恋愛した事無いので、描写がうまく出来ません。むぅ・・・。こればっかりはどうにもならないなぁ。
しかし、話が全然進みません。ヒジ○さんくらいには会わせておきたかったけど、衛生病院からもう出てますね・・・。
何だか今回、視点がころころ変わります。
その辺り、読みづらかったでしょうか・・・。
そうだったとしたら、まだまだ修行が足りないですね、私。
・・・修行が足りないといえば・・・起承転結・・・ハァ。
ところで、今回、属性・・・ニュートラルやライトやダークについて、ピクシーが説明しておりましたが、
これは幾分か私の私見が入っており、間違いがあると思います。
「魔王はDARKだったよね?」とか「凶鳥あたりは如何するの」とか「LIGHTでも襲ってくるじゃん」など・・・そこは・・・どうか見逃していただきたい(汗
それから、「シブヤのディスコって、悪魔出たよね?」ってのも・・・見逃していただきたいです(へタレ
それでは、最後に。
下手な文章を書き続ける私ですが、どうか次回作も読んであげてください。
そして、掲示板にて助言を下さった皆様、本当に有難う御座います。
ご意見、ご感想お待ちしております。
おかしいなと思ったところ、こうしてくれああしてくれ、出して欲しい悪魔など、そういったところもお待ちしております。
では、また次回に。
代理人の感想
・・・・いや、一歩表に出た時点で気づかないかなぁ?>世界の異様さ
それともまだキスのショックから立ち直ってなかったのかな(笑)。