機動戦士ガンダムSEED AnotherEdition
第1話 『開幕』
それは少年にとって、親友とのとても大切な思い出だった。
「父は多分、深刻に考え過ぎなんだと思う」
散りゆく桜が春の終わりを静かに告げる中、親友が実際の年齢よりも大人びた表情で静かに微笑んだ。
「地球とプラントが戦争になるはずなんてないさ」
自分を力づけようとする親友の声にも、少年は黙ったまま俯いていた。
「そんな顔、するなよ」
不意に強い力で肩を叩かれ、少年はびっくりした表情で顔を上げた。真っ直ぐにこちらを見つめていた親友と目が合う。紫がかかった灰色と鮮やかな緑――それぞれの瞳が、万感の思いを込めて交わされた。
「こういう時は、笑うものだろう。笑って俺を見送ってくれ」
「あ……ご、ごめん」
慌てて少し潤んだ目元を拭い、少年は懸命に笑顔をつくった。右手を差し出す。その手を、親友は握り返した。
「さようならは言わないからな」
「そうだね。じゃあ、また会う日まで」
桜の花びらが風に舞う空の下で、2人は別れた。
それが幼き良き日の終わりであり、2人がまた再びこうやって出会うまでには、いくつもの涙と悲しみが待っているという事を、少年達は知る由も無かった。
『――では次に、激戦の伝えられる華南戦線、その後の模様です』
アナウンサーの緊迫した声に、キラ=ヤマトは意識を現実へと引き戻された。キーボードを叩いていた手を休め、コンピューターのモニター、その上方に開かれたニュース番組のウインドウに視線を向ける。
『新たに届きました情報によりますと、ザフト軍は先週末、華南宇宙港の手前6キロの地点にまで迫り――』
「戦争、か……」
キラは周囲をゆっくり見回した。優しく陽光が降り注ぐ下、緑のキャンパスが広がっている。幾組もの友人同士や恋人達が散策し、あるいはスポーツ等に興じている。穏やかな昼下がり。平和そのものの光景だった。モニターの向こうの戦争が、まるで別世界の出来事のように思われる。
ここはオーブ連合首長国が所有するスペースコロニー<ヘリオポリス>。南太平洋上に存在する島與国家であるオーブは、海路および航宙路の要所であるという地理的条件(ほぼ赤道直下に存在するオーブは、宇宙港として最適だった)と高い技術力を背景に、この戦争に対して中立の立場をとっている。
キラは、このヘリオポリスの工業カレッジに通うコーディネイターの少年だ。年齢は16歳。名前から分かるとおり日系だが、幼さの残る繊細な顔立ちには東洋人の特徴はあまり現れていない。尤もキラのようなコーディネイターは、容姿から人種や民族を推測しようとしても、無意味な場合が少なくないが。
「キラ!」
聞き慣れた声が自分の名前を呼んだ。顔を上げて声の方を見ると、カレッジで同じゼミの友人であるトール=ケーニヒとミリアリア=ハウが、こちらに歩いて来るところだった。
「こんなところにいたのかよ。カトウ教授がお前を呼んでいたぜ。見かけたら直ぐ、引っ張って来いって」
「またぁ?」
思わずげんなりした声を上げるキラ。彼等の指導教官であるカトウ教授はキラの高い能力に目をつけていて、しばしば自分の研究を手伝わせていた。キラにとっても割の良いバイトではあるのだが、こう連日だとさすがに身がもたない。
「まったく、昨日渡されたのだってまだ終ってないのに」
ぶつぶつ言いながら大きく伸びをし、ベンチの背もたれにもたれかかる。トールが隣に来てパソコンを覗き込んだ。
「お、何か新しいニュースか?」
「ああ、華南だって」
ニュースの映像は、いつの間にか前線のものに変わっていた。破壊されたビルや実況するレポーターの背後で鉄の巨人が2機、我が物顔で闊歩していた。大きい。周囲のビルと比較して、おそらく20メートルを越えているだろう。
ザフトの象徴である人型機動兵器、MS<ジン>だ。
『こちら華南から7キロの地点では、依然として激しい戦闘の音が続いています』
「ひぇぇ、先週でこれじゃあ、今頃はもう落ちてるんじゃねえの?華南」
レポーターの声を聞いたトールが、緊張感の無い悲鳴を上げる。
「華南なんて近いじゃない。本土、大丈夫かなあ」
「それは心配無いでしょ。近いったってうちは中立だぜ。 オーブが戦場になるなんて事はまず無いって」
心配そうな顔で俯くミリアリアに、トールは陽気に言った。その言葉がキラに、あの別れの日の情景を思い出させる。
『地球とプラントが戦争になるはずなんてないさ』
そう言って別れてからもう3年にもなる。それから一度も、親友とは会っていない。昨年の開戦以来は連絡さえ途絶えてしまった。
「トリィ」
そんな彼を心配するかのように、肩に止まった小鳥型のロボットが鳴いた。緑色の翼を持つそれは、別れの日に親友が贈ってくれたものだ。その鳴き声から、トリィと名付けられている
「何してんだよ、早く行こうぜ。サイやカズイが待ってるだろうし」
「そうだね」
荷物をまとめながら、キラは内心で呟いた。
(アスラン――君は今、どこで何をしてるんだい?)
ヘリオポリスは、現在では旧式となりつつあるオニール型の円筒状コロニーだ。直径3キロ、全長は32キロにも及ぶ。集光用のミラーを大きく広げ、ゆっくりと回転している。付随している資源採掘用の小惑星のため、外から見ると、岩塊からコロニーが生えているかのようにも見える。
「あれが、ヘリオポリスか」
船窓越しにその特徴的な姿を確認し、アスラン=ザラは誰にとも無く呟いた。もっとも、船窓といっても本物の窓ではない。船外の情景を映し出すモニターだ。
現在、アスランが乗っているヴェサリウスはナスカ級高速戦艦の1隻――ザフトの軍籍に名を連ねる正規の軍艦だ。窓のように強度的に問題のある構造物は備えられていない。
アスランは今年で16歳、このヴェサリウスを旗艦とするクルーゼ隊に所属するMSパイロットである。秀麗な顔立ちの中、高く秀でた額が特徴的な少年だった。
その身を包む軍服は通常の緑とは異なり、赤く染められている。エリートの証である<赤服>だ。
「こんな所にいたんですか、アスラン」
「ん、そろそろ時間だぞ」
不意に展望室のドアが開き、アスランと同年代の少年兵が2人、入って来た。柔らかそうな緑色の髪をした優しげな面差しの少年と、オレンジの頭髪をした陽気な少年。2人とも赤服を着ている。
ニコル=アマルフィとラスティ=マッケンジー。彼らもアスランと同じくクルーゼ隊のパイロットだ。
「確かに。もうそんな時間か」
ちらりと時計を確認し、頷くアスラン。
「ん、遅れて隊長の嫌味を聞かされるのはご免だ」
ラスティが、右手のサンドイッチを口に放り込みながら言った。
「ラスティ、胸にパン屑がついていますよ」
「ん、そうか」
ニコルに指摘されたラスティが、ぞんざいな手つきで胸元をはたく。だが指にサンドイッチのバターか何かが付着していたらしく、かえって汚れが広がってしまった。
溜息をついたニコルがハンカチを取り出すと、ラスティの胸元を丁寧に拭う。
「ん、いい嫁さんになれるな、お前」
「何度も言いますが、僕は男です」
少女めいた顔を不快そうにしかめながらも、ニコルは手を休めない。
「はい、綺麗になりましたよ」
「ん、すまんな」
満足そうに頷くニコルに、ラスティは礼を言った。
「行こうか」
小さく笑ったアスランはそう短く言うと、床を蹴った。無重力下、ふわりと浮き上がる体を巧みにコントロールし、廊下へと出る。ニコルとラスティもそれに続いた。
まだ人類が森を追われた変種のサルに過ぎなかった頃、そのうちの誰かが石を投げる事を覚えた。棒を振り回せば、爪や牙の代わりになる事を知った。文明の進歩はここから始まった。火を灯して闇を追い払い、農地を拓いて食料を得、ついには物質を構成する最小の粒子から莫大な力を引き出す方法すら手中にした。
C.E.15年にもたらされたのは、そういった進歩の究極の姿だった。
『僕は、僕の秘密を明かそう』
ジョージ=グレン――17歳でMITの博士課程を修了、オリンピック銀メダリストにしてアメリカンフットボールのスタープレイヤー、空軍のエースパイロットでもあり、宇宙工学を中心に数多の素晴らしい実績を持つ万能の天才。
『僕は自然そのままに、この世界に生まれた者ではない』
世界中の人々から惜しみの無い賞賛を贈られた彼が、自ら設計した宇宙船で木星探査の旅へと飛び立とうとしたまさにその時、軌道上からそのメッセージは送られてきた。
『僕は受精卵の段階で人為的な遺伝子調整を受けて生まれた者。その詳細な技術のマニュアルを、世界中のネットワークに贈る』
ジョージ=グレンは語った。自分は自然に生まれた者達より、多くの力を持てる肉体と多くの知識を得られる頭脳を持っている。我々ヒトの持つ可能性、それを最大限に引き出す事が出来れば、人類の道は果てしなく広がるだろう――と。
『僕に続いてくれる者がいる事を切に願う』
その言葉は、確かに純粋な善意と人間への希望から発されたものだったのかもしれない。だがもたらされたのは福音などではなく、混沌だった。
C.E.30年代にピークを迎えたものの、遺伝子改変を受けた人間の数は、全体から見れば少数に留まった。
経済的な制約、宗教上の禁忌、生命に対する畏敬の念、単純な嫌悪感――理由は様々だが、人類の大半は自分の子孫がそのままである事を選んだ。
人類は少数のコーディネイターと多数のナチュラルという、新たな対立の図式を造り出す事となった。自分がナチュラルである事に絶望した少年の銃弾に斃れた時、ジョージ=グレンの脳裏をよぎったのは、一体どのような思いだったのだろうか。
コーディネイターの多くは宇宙へと上がった。地上において異端者であった彼らにとって、そこだけが安住の場所だと思われたのだ。だがC.E.50年代に、L5宙域でコーディネイターの新たなる大地として建築された新世代の天秤型コロニー群<プラント>も、決して楽園ではなかった。
プラントの建造には当然ながら莫大な資金と資源が必要とされ、それを負担した大国――大西洋連合やユーラシア連邦は、理事国としてプラントの運営に大きな発言力を保有した。理事国はプラントを、エネルギーや工業製品を供給する植民地として扱った。そしてそれは、コーディネイター達の目には我慢ならない横暴と映った。
C.E.60年代、両者の対立は加速度的に先鋭化していく。地球の理事国は主張した。自分達がプラントに保有している利権は正当な物であり、侵すことは許さない。プラントは叫んだ。我等に自由を与えよ、さもなくば死を与えよ。
C.E.70年、<血のバレンタイン>の悲劇によって、地球、プラント間の緊張は、一気に本格的武力衝突へと発展した。
誰もが疑わなかった、数で勝る地球軍の勝利。が、当初の予測は大きく裏切られ、戦局は疲弊したまま、既に11ヶ月という時間が過ぎようとしていた。
そして現在――C.E.71年1月、地球圏は未曾有の戦乱の中にあった。
ヴェサリウス、および僚艦のローラシア級戦艦ガモフから、2隻のランチが発進した。ステルス性を重視して暗い濃緑に塗られたランチは、ヘリオポリス鉱山部へとゆっくりと進む。
制動のための逆噴射すらかけず、クッションを展開して接舷する。無事に小惑星部分へと到着したランチから、ノーマルスーツを着たザフト兵が降り立った。人数はアスランを含めた赤服が5人、緑の一般兵はその倍ほどだろうか。
赤と緑の一団は、コロニー内部へと続く排気口へと取り付く。排気口内部には、赤外線を使用した警報装置が無数に仕掛けられていた。
アスランは、左手の軍用時計を確認。表示が0:59から1:00に切り替わると同時に、全ての監視装置が停止した。予定通りだ。以前から潜入していた工作員は、どうやら無事に仕事を果たしたらしい。
ザフトの兵士達は、無駄の無い動きでコロニー内部への侵入を開始した。
ヘリオポリスを支える中央シャフト。鉱山部から見て反対側の端には、港湾ブロックが存在している。ブロックはコロニー本体と逆方向に回転しており、相対的に見て静止状態を保っている。
コロニーと外部空間とをつなぐ宇宙港は、活気という物が常に満ちている場所だ。コロニー内で必要とされる物資、その全てが外部世界から供給されている為だ。その中に、1隻の古ぼけた貨物船があった。船名はハイ・プレイス。大西洋連合籍の商船である――表向きは。
「これでこの船の最後の任務も無事終了だ。貴様も護衛の任、ご苦労だったな、大尉」
ハイ・プレイスの船橋で、『艦長』のロバート=ゴールドマンは愉快そうに笑った。
「いえ、航路何も無く、幸いでありました」
大尉と呼ばれた長身のハンサムな青年が不敵な、だがどこか子供っぽい笑みを浮かべる。
青年の名はムウ=ラ=フラガ。地球連合軍――正確にはその一翼を担う大西洋連合軍のエースパイロットだ。月のグリマルディ戦線では愛機メビウスゼロを駆って5機のジンを撃墜し、それ以来<エンデュミオンの鷹>の異名で呼ばれている
そう、このハイ・プレイスは民間船ではない。太平洋連合軍の特務艦であり、クルーもゴールドマン以下、その全員が軍人だ。
「周辺にザフト艦の動きは?」
「2隻トレースしておるが、なに港に入ってしまえばザフトも手が出せんよ」
「フ、中立国でありますか?聞いて呆れますな」
ゴールドマンの言葉に、思わず苦笑するフラガ。
「ハハハ、だがそのおかげで計画もここまでこれたのだ。オーブとて地球の1国という事さ」
愉快そうに笑うゴールドマン。その彼に、ブリッジにいた5人の青年が敬礼する。
「では、艦長」
「うむ」
答礼を受けると、5人はきびきびした様子で船橋を出た。この5人をヘリオポリスまで運ぶのがハイ・プレイスの任務であり、フラガが本来の所属である第7機動艦隊を離れてこの艦の護衛に加わったのも、それが原因だった。
「上陸は本当に、彼らだけでもよろしいので?」
念を押すようなフラガの言葉に、ゴールドマンは答える。
「ヒヨッコでも<G>のパイロットに選ばれたトップガン達だ、問題ない。第一、貴様などがチョロチョロしとる方が、かえって目立つぞ」
「確かに……」
ゴールドマンの言葉は正しい。フラガにもそれは分かる。だがそれでも、奇妙な胸騒ぎは消えなかった。
「そう難しい顔をするな、アデス」
「は、しかし」
ヴェサリウスの艦橋、艦長のアデスは傍らに立つ仮面の美丈夫の苦笑に顔をしかめた。
男の名はラウ=ル=クルーゼ。クルーゼ隊の隊長だ。プラントの保有する軍事組織ザフト――自由条約軌道同盟(ZodiacAllianceofFreedomTreaty)は市民軍の色合いが強く、階級というものを持たない。各級部隊は指揮官の名前で呼ばれ、各々が直接、評議会の直接指揮下にある。
「評議会からの返答を待ってからでも遅くは無いので――」
「遅いな。私の勘がそう告げている」
アデスの提案を、クルーゼは一言で斬って捨てた。
「ここで見過ごさば、その代価はいずれ、我らの命で支払わなければならなくなるぞ」
クルーゼの指に弾かれた偵察写真が無重力空間を漂った。その写真には、不鮮明な画像ながらも数機のMSが映されていた。
「地球軍の新型兵器、あそこから運び出される前に、奪取する」
「だから、そういうんじゃないんだってばーっ」
レンタルエレカの乗り場に着いたキラ達を待っていたのは、華やいだ嬌声だった。少女達の中に赤毛の美少女の姿を見つけ、キラの胸が大きく高鳴った。フレイ=アルスター。大西洋連邦政府高官の令嬢である。故人である母親がオーブ出身のため、彼女自身もオーブ市民権を有しており、その縁で戦火を避けてこのヘリオポリスに疎開していた。
「あれ?ミリアリア」
「はぁい、フレイ」
ミリアリアとフレイは同じサークルの友人であり、今のように「たまたま」一緒だったキラがフレイと顔を合わせる事も珍しくない。最も、フレイにとって見れば友人の友人であり、キラの顔や名前を覚えているかどうかさえ怪しいのだが(一応、初対面の時に紹介はされている)。
「ねえっ、あんたなら知ってるんじゃない!?」
フレイと一緒にいた2人の少女がミリアリアに駆けより、笑いながらわざと皆に聞こえるように耳打ちする。その間、キラの目はフレイに釘付けになっていた。
「フレイね、あのサイ=アーガイルから手紙もらったんだって!」
キラの口から小さな呻きが漏れた。サイはトール達と同じ、カトウゼミに所属するの友人だ。そのサイがフレイに手紙を送った。そしてフレイの反応を見る限り、どうやら彼女の方も憎からず思っているようだ。
「もう、やめてってばぁ」
手紙の話で盛り上がる少女達。と咳払いが一つ、話のなかに割り込んできた。
「乗らないのなら、先によろしい?」
声をかけてきたのは、黒髪を短く整えた長身の女性だった。サングラスに半ば隠れているが、かなりの美人だった。その後ろに2人、妙に堅くスーツを着こなした男性が続いている。
「あ、すいません」
後ろで少女達の会話に耳を傾けていたトールが、頭を下げて道を譲る。3人はきびきびした動作でエレカに乗り込み、走り去る。何とはなしに気まずい雰囲気が残された。
「もう、知らない!早く行くわよ!」
珍しく大声を上げたフレイが、そそくさとエレカに乗り込む。こういった仕草であっても、フレイという少女には何とも言えない華があった。計算されたものではない。おそらくは天性だろう。
友人2人もそれに続き、あっと言う間にタクシーは姿を消す。
「何か意外だよなあ、あのサイが手紙だって。けど強敵だよ、これは。キラ=ヤマト君」
フレイ達のエレカが見えなくなると、トールは早速キラをからかう。ミリアリアもその尻馬に乗り、笑いながらトールと先にエレカに乗った。
「僕は別に……」
しどろもどろに弁明するキラ。だがその声には、一片の説得力も無かった。
「何とも平和な事だ。全く」
自動操縦で走るエレカの後部座席で、サングラスの女は呟いた。その声には微かな苛立ちの響きがある。
彼女の名はナタル=バジルール。大西洋連邦宇宙軍中尉だ。2人の男性はアーノルド=ノイマン曹長とジャッキー=トノムラ伍長。彼女達もまた、極秘の任務でこのコロニーを訪れていた。
周囲を見渡す。道路沿いを流れていく風景は、平和そのものだ。立ち並ぶ商店には色とりどりの商品があふれ、買い物客がのどかに行きかう。戦火の中で窮乏する地球を見てきたナタルは、理不尽な想いを禁じえなかった。
「あのぐらいの年でもう前線に出る者もいるというのに」
思い出すのは、先程のカレッジで見た少年達。
八つ当たりであることは分かっている。この戦争を始めたのは自分達の祖国であり、オーブには何の責任も無い。
しかしながら、彼女の中にあるのは道理ではなく感情であり、湧き上がる反感を押し殺す事は出来そうにも無かった。
アスラン達は、排気口からコロニー内部へと潜入した。
しばらく進むと、ダクトが見えた。換気口から覗き込むと、広大な空間が広がっているのが見える。戦艦クラスの大型艦用ドックだ。それも非公開の。そしてドックの奥に、それはあった。
傷1つ無い純白の戦艦。全長は350メートル程だろうか。やや小ぶりな中央船体から前方と後方に2つずつ、獣の四肢を思わせる構造物が伸びている。
左右に広げられた両翼と相まって、まるでギリシア神話に登場する天馬のようにも見える。間違い無い。連邦の新造戦艦だ。
赤と緑の1団は、素早くかつ整然と散開した。言葉や通信は全く発されなかった。
そのまま彼等はドックの主要な場所を選ぶと、黒い小さな箱を設置する。
「大尉」
太い嗄れ声で呼びかけられ、マリュー=ラミアスは振り返る。整備兵のチーフであるコジロー=マードック軍曹の姿があった。
「何かしら、軍曹」
「そろそろ小休止の頃合じゃないかと思いましてね」
マードックからそう提案され、ようやくマリューは自分が疲労しているのに気づいた。見渡すと、部下達も似たような様子だった。確かに、このまま作業を続けても、返って能率が低下するだろう。
「そうね、30分の小休止」
頷いたマードックが整備員たちに向き直った。小休止と怒鳴る。兵たちは、口々に感謝の言葉を漏らすと、そこかしこに座り込んだ。
マリューも、壁にもたれかかる。と、マードックがこちらに歩いて来た。手にしたトレイをこちらに差し出す。上には、湯気を立てるコーヒーと、クッキーの皿が載せられていた。
「これは?」
「ハマナの奴が手配してましてね。勿論、人数分ありますよ」
見ると、ハマナ伍長がこちらを見て手を上げていた。マリューもコーヒーカップを掲げ、にこりと笑うと。口をつける。安物のインスタントだったが、ひどく旨かった。
一息ついたマリューに、マードックが話しかける。
「やっと、ここまで来れましたね」
「ええ」
2人の視線は自然と上を向く。そう、<G>の威容へと。
「MS、ですか。これこそが兵器ってモンですよ。戦闘機や戦車なんぞ、こいつに比べたら玩具同然です」
マードックの無精髭だらけの顔には、女学校の生徒が男女関係について語っている時のそれに似た表情が浮かんでいた。
小さく苦笑しながら、しかしマリューの思いも同じだった。ザフトの目を逸らす為、ここヘリオポリスで極秘裏に<G>の製造が始まって半年、ようやく完成までこぎつけたのだ。
これから<G>は微調整の後、鉱山内の秘密ドックの新造艦<アークエンジェル>に移送され、密かにヘリオポリスを出港する事となっている。
「少し外の空気を吸ってくるわ。後の事はお願い」
そう言うと、マリューは歩き出した。ここはモルゲンレーテの工場区内に設けられた秘匿ブロック。何人もの警備員――に扮した兵士の誰何を受け、屋外に出る。
こうして陽光に照らされると、マリューも相当の美人である事が分かる。大きく伸びをすると、重力を無視した形状を保つ堂々とした胸が、さらに強調された。
「あら?」
丁度その時、駐車場に1台のエレカが停まった。降りて来た三人の少年少女を見て、マリューは首を傾げた。
エレカから降りたキラ達3人は、モルゲンレーテの社屋に入って行った。
顔見知りの社員達と挨拶しながら、カトウ教授の研究室を目指す。
「お、やっと来たか、キラ」
研究室の自動ドアを開くと、ゼミの仲間であるサイ=アーガイルが声をかけて来た。薄い色のついた眼鏡をかけた、理知的な少年だ。ゼミの学生では最年長で、自然とまとめ役になることが多い。
部屋にはサイと、やはり同じゼミのカズイ=バスカーク、そして見知らぬ少年が1人いた。目深にかぶった帽子の下から、ややくすんだ色彩の金髪が覗いている。
「誰?」
「ああ、教授のお客さん。ここで待っていろと言われたんだと」
トールが知らない少年に目をやりながらカズイに聞く。カズイは興味なさそうに答えた。少年の琥珀色の目がちらりとこちらに向けられたが、すぐに伏せられる。
「本国から来たそうだが、言葉の訛りからして俺達みたいな移民の子孫じゃないな。生粋のオーブ人だろう」
サイが、小さな声で言う。
「え、じゃあ<氏族>の人?」
驚いた声を上げるミリアリア。オーブは、現在では珍しい世襲制の国家だ。元首である首長は、アスハ家、サハク家といった5大氏族の族長の中から選ばれる。
「可能性はあるな」
サイの言葉に、キラは思わず少年を見た。少女を思わせる繊細な顔立ちの中、それだけが強い意思を込めた瞳。その瞳に、キラは不思議な既視感を覚えた。
「時間だな」
クルーゼの声に、アデスは頷いた。
「ヴェサリウス抜錨、発進する!」
命令一下、ヴェサリウスの翼を広げた猛禽を思わせる姿が動き出した。ガモフもそれに続く。
『接近中のザフト艦に通告する!貴艦の行動は我が国との条約に大きく違反するものである!ただちに停船されたし!ザフト艦、ただちに停船されたし!』
通信機から聞こえる、悲鳴のような管制官の声。冷笑を浮かべたクルーゼは、自身もマイクを握る。
「ヘリオポリスの諸君、私はザフトのラウ=ル=クルーゼだ」
自分の名がもたらすであろう衝撃が浸透するまで、1呼吸おく。
「当方の調査により、貴コロニーが中立条約を破って地球連合に加担した事は、すでに明白である。即刻、連合軍将兵を武装解除の上、引き渡せ。さもなくば貴コロニーはプラントに敵対するものと見なし、極めて遺憾ながら実力を行使する」
一方的にそう告げると、クルーゼはシートに座りなおした。その顔に、痙攣のような笑みが浮かんだのに、アデスは気づく。
「どうかなさいましたか?」
「なぁに、形式とは必要かもしれんが、馬鹿馬鹿しいものだと思ってな」
「法規に則った正しい戦争、ですか?そういった事を気になさるとは思いませんでした」
「口実として使えるかどうかだ。正しいかどうかなど、犬にでも喰わせればいいさ」
沈黙するアデス。あまりにも露骨なクルーゼの物言いに、さすがに鼻白んだのだ。
「ヘリオポリスからMA発進!これは――メビウス!地球軍の機体です」
オペレーターの報告に、クルーゼは頷く。
「ジンを発進させろ!一気に港を制圧する!それとアスラン達に伝えてやれ、状況開始とな!」
「クルーゼ隊長の言った通りだな」
赤服の1人、イザーク=ジュールが言った。怜悧な顔には、冷笑が浮かんでいる。
「突けば巣穴から出てくるって?」
同じく赤服のディアッカ=エルスマンが笑いながら相槌を打つ。浅黒い肌に金髪の陽気な少年だが、かなりの毒舌家でもある。
アスランもスコープを覗く。
ザフト接近の報が届いたのか、モルゲンレーテ社の工場区画の一つが俄かに慌しくなっている。さらに拡大するとカーキー色の作業服を着た女性が中心になって指示を出しているのまで分かった。
工場のシャッターが開き、中からコンテナを積んだトレーラーが数台、出て来る。まるで小山のような大きさ。間違い無い。MS移送用のものだ。
「あれだな」
「やっぱり間抜けなもんだ。ナチュラルなんて」
イザークはスコープから目を離すと立ち上がると、腕の部分に仕込んであった発信機を作動させた。
「ん、落ち着けニコル」
硬くなっているニコルに気づいたラスティが、その背を叩く。ニコルはぎこちないながらもこわばった笑みを返した。
「隊長からだ。状況を開始する」
ヴェサリウスの通信を受けたアスランが、無造作に爆薬のスイッチを押した。
この時、ごく一部では混乱が始まっていたものの、ヘリオポリスはおおむね平和だった。誰が思っただろうか。今日、このコロニーが消滅するなどと。
鉱山区で起こった爆発は、ヘリオポリス全体を大きく揺るがした。
後書き
見ての通り、種のSSです。以上!
代理人の感想
む、面白いじゃないか。
本編ではおざなりにされていた内面描写(ナタルの内面の葛藤、マリューとマードックのやり取りなど)等を
ちゃんとやってくれるだけでまともに読める作品になるのは不思議というかなんというか。w
センスなのかな。