機動戦士ガンダムSEED AnotherEdition
第2話 『再会』
その瞬間、ヘリオポリスは自らの巨体を苦悶に震わせた。
「隕石か!?」
強烈な振動に揺さぶられ、キラ達は互いに目を交わしあった。
不安とともに、非常用階段の扉を開く。モルゲンレーテの社員達が、戸惑いを見せながらも整然と地下――正確にはコロニーの外壁内だが――のシェルターに避難していた。
「何かあったんですか?」
「ザフトの攻撃だよ」
サイの問いかけに、社員の1人が答えた。
「!!」
教授の客だという少年が、その言葉に弾かれたように走り出す。
「あ、君!」
キラは、反射的に少年の後を追って駆け出した。
何故そのような行動を自分がとったのか、キラ自身にも分からなかった。
宇宙港付近の宙域は、戦場と化していた。ハイ・プレイスから発進した3機のメビウスとクルーゼ隊の5機のジンが、死闘を繰り広げる。
「クソッ!」
専用機メビウス・ゼロのコクピットで、フラガは舌打ちした。正面のモニターでは、ジンが単眼を不気味に光らせている。
ゼロ本体に接続されていた4個の有線移動砲台が展開し、正面のジンを狙う。四方八方から降り注ぐ弾丸の雨を捌き切れず、そのジンは被弾、爆発する。
撃墜スコアを更新しつつも、フラガにはそれを歓ぶだけの余裕は無い。彼1人が善戦しているものの、戦闘はザフトの圧倒的な有利のままに進んでいる。
メビウスに代表されるMAは、要するに旧来の戦闘機の延長線上の存在だ。ジンとの損失比率は実に1:5。おまけに現状では数でも負けている。
と、通信スクリーンにゴールドマン艦長が映る。
『大尉、悪い報せだ。鉱山区の秘密ドックで爆発があり、アークエンジェルとの連絡が途絶えた。何らかの破壊工作を受けたものと推察される』
破壊工作?別働隊が侵入していたという事か。という事は、敵艦とMSの目的はおそらくその支援と陽動。つまり――
「奴らの狙いは<G>か!!」
フラガ機以外のメビウスも、善戦していた。1機のメビウスが、巧みな機動でジンの後方に回りこむ。
「粘るね、連合サンも」
アラートが鳴り響くジンのコクピットで、だがパイロットのミゲル=アイマンの口元には不敵な笑みが浮かんでいた。小刻みな機動で機銃掃射をかわしつつ、タイミングを見計らって大きく腕と脚を振る。重心が大きく移動し、機体の移動ベクトルが大きく捻じ曲げられる。一瞬で、ミゲル機は180度のターンを決めていた。
能動的自動姿勢制御。空間戦闘におけるMS機動の基本だが、ここまで使いこなせるパイロットはそういない。赤服こそ着ていないものの、ミゲルは開戦時から戦い続けて来たベテランなのだ。
全速突撃。すれ違いざま、ジンは手にしたサーベルを振り下ろす。強烈な斬撃は、メビウスを真っ二つに切り裂いた。
これが、MSだった。戦闘機の機動性、戦艦の火力、戦車の装甲を併せ持ち、加えて歩兵の柔軟さすら有するザフトの切り札。ザフトが地球圏全域にバラ撒いたニュートロン・ジャマー――周囲の核分裂反応を無差別に妨害する特殊兵器――によって核兵器が封印された戦場において、MSは絶対の支配者として君臨していた。
ミゲルのジンは、一路ヘリオポリスを目指す。港湾の入り口で、豆鉄砲のような対空砲火で果敢な抵抗を続ける敵特務艦を確認。右手のマシンガンが唸りを上げ、76ミリ弾が次々と船体へと吸い込まれる。爆発。おそらく、生存者は皆無だろう。
港湾部へ侵入。構造物や艦船の間を、全く速度を落とさぬまますり抜ける。そのまま、宇宙港とコロニー内部を結ぶゲートをくぐった。
眼下には、ヘリオポリスの街が広がっていた。真っ直ぐに伸びた街路と整然と区切られた街角。人の姿も多い。
遊べば楽しく過ごせる場所なのだろうな、ミゲルはふとそんな空想をした。美しい女達も数多く住んでいるのだろう……
叱りつける様にセンサー音がなり、レーダーに光点が灯る。先行したアスラン達だ。
ミゲルは空想を押しやり、果たすべき任務に意識を集中した。機体を振り、レーダーの示す方向に向かう。僚機もそれに続く。その先には、モルゲンレーテの工場があった。
非常灯に照らされた薄暗い廊下で、キラはようやく少年に追いついた。
「何してんだよ!?そっち行ったって!」
少年の腕を掴み、その柔らかい感触に驚きながらキラは叫んだ。
「何でついて来る!?お前こそ早く逃げろ!」
少年が言い返した丁度その時、激しい爆風が通路を吹き抜けた。爆風に煽られ吹き飛ばされた帽子から、少年の金色の髪がこぼれる。それを見たキラは、知らずの内に呟いた。
「おん……な……の子?」
「なんだと思っていたんだ、今まで!」
少年――いや、少女の声が高らかに響いた。
「いや、だって……」
さすがに「男だと思ってました」とは言えず、しどろもどろに弁明するキラ。一瞬、気まずい空気が流れたが、続けざまに起こった爆音がそれを吹き飛ばす。
「いいから行け!私には確かめねばならぬ事がある!」
少女は、鋭い表情で通路の奥を振り返り、そう言った。
「行けったってどこへ!?もう戻れないよ!!」
キラは少女に後ろを示した。先ほどの爆発はコンクリートを穿ち、廊下は大きく崩れている。
「くっ」
小さく呻くと、そのまま押し黙る少女。キラは必死に、モルゲンレーテ社屋の構造を思い出す。現在位置がおそらくここだから、次の角を右に曲がれば、おそらくは……
「ええと、ほらこっち」
再び少女の手を掴み、走り出すキラ。驚いた少女が叫ぶ。
「なっ――離せ、この馬鹿!」
「バ――」
さすがにカチンときたキラは振り返り、そして気付いた。少女が、琥珀色の目にうっすらと涙をためている事に。
「こんな事になってはと……私は……」
切れ切れに呟かれる少女の言葉。動揺を隠すように、キラは大声で言った。
「だ、大丈夫だって、助かるから!工場区に行けばまだ避難シェルターが――」
発信機によって目標の位置を知らされたジンは港の防衛線を突破すると、一気に工場区画まで入り込んだ。
ヘリオポリス守備隊の装輪式戦闘車両が反撃するものの、主力戦車すら軽く凌駕するMSの戦闘力の前では、時間稼ぎにもならない。激しいが無意味な戦闘の後、あっさりと全滅する。
「行くぞ!」
その間隙をついて、アスラン達も行動を開始する。銃身と銃床を切り詰めた騎銃型のアサルトライフルを手に、潜んでいた森林地区から飛び出す。背負ったラウンドムーバーを巧みに操作し、上空からトレーラーへと襲い掛かる。
「運べない部品と工場施設は全て破壊だ!」
空中からイザークが叫ぶ。地上に降り立ったザフト兵は、そのまま銃撃戦に突入する。
元々の身体能力が違うコーディネーターとナチュラルでは、端から勝負にならない。その上にジンの支援まで受けているのだ。連合兵は成す術も無く、次々に倒れていく。
「報告では5機あるはずだが、後の2機はまだ中か?」
立ち往生したトレーラーを見上るイザーク。
「俺とラスティの班で行く。イザーク達はそっちの3機を!」
「OK、任せよう」
アスランの言葉に頷いたイザークは、トレーラーに取り付く。ディアッカとニコルもそれに続いた。
「俺達も行くぞ、ラスティ!」
「ん、了解」
アスランとラスティの指揮下の兵たちは、工場内への突入を開始した。
「完全にしてやられたわね」
武器庫から引っ張り出してきたサブマシンガンを点検しながら、マリューは呻いた。
「と言うか、現在進行形でしてやられつつありますね。早いとこ過去完了形にしたいもんです」
その隣では、マードックがやけに手馴れた手つきで弾倉を確かめていた。
「軍曹、実戦の経験は?」
「アフリカ戦線で何度か。配属されてた戦車隊が壊滅しちまいましてね。何とか脱出できましたが、あの時は死にそうになりましたよ」
「そう、私は初めてよ」
「なぁに、誰にでも<初めて>はあるモンです」
ニヤリと男臭い笑みを浮かべたマードックは、部下達の方に向き直ると、極道が震え上がるほどドスの利いた声でがなり立てる。
「何をトロトロしてやがる!死にたいのか、貴様等!!」
そのまま次々と指示を出す。お前はそこ。ああ、貴様はそこから赤着たボンボンを狙撃しろ。馬鹿野郎、そんなに密集する奴があるか。散開しろ散開。最後にマリューを振り向くと、ピシリと敬礼する。
「以上でどうでありましょうか、大尉殿」
真面目くさったその表情に、思わず噴出しそうになるマリュー。絶望的な状況にも関わらず、少し気が軽くなった。
その時だった。爆音と銃声が響いたのは。
「来ましたね」
「ええ」
薄暗い通路をどれぐらい走っただろうか。キラと少女は、ようやく大きく開けた場所に出た。照明が煌々と照らされ、闇に慣れたキラ達は思わず目をつぶった。
そこでようやく気付く。耳をつんざくこの音は――銃声!慌てて目を開き、周囲を確認する。
今キラ達がいるのは、格納庫らしい広大な空間、その上部を巡る回廊状の足場だった。階下では、ノーマルスーツのザフト兵とツナギを着た作業員が、銃撃戦の真っ最中だった。
「こ、これって?」
「やっぱり、連合の機動兵器……」
銃声や爆発音が鳴り響く格納庫には、2体の灰色の巨人が横たわっていた。MS、それもザフトのものとは明らかに違う、鋭角的な機体だった。頭部のデュアルセンサーが、まるで人間の双眸のように見える。
手すりに乗り出していた少女の身体が力無く崩れる。キラは慌てて少女を抱きとめた。その耳元で、少女が叫ぶ。
「お父様の裏切り者ぉ!!」
駆動音を響かせ、灰色のMSが立ち上がる。手を伸ばし、ライフルとシールドを装備する。
「ほう、すごいもんじゃないか」
奪取した<G>のコクピットで、イザークは感嘆の声を上げた。今まで乗って来たジンとは、全く異なる感触。出来れば今直にでも、機体性能のテストを始めたいところだ。
その背後で、ディアッカ機も立ち上がる。ニコル機は少しもたついているようだ。
『アスランとラスティは?遅いな』
「フン、奴なら大丈夫さ」
通信機越しのディアッカの声に答えるイザーク。丁度その時、ニコル機がようやく立ち上がる。
「ともかくこの3機、先に持ち帰る。クルーゼ隊長にお渡しするまで壊すなよ」
3機の<G>は飛び立った。
「泣いてちゃ駄目だよ!ほら、走って!」
崩れ落ちた少女の手を握って強引に立たせ、キラは再び走り出した。銃声と爆音の中を無我夢中で走り続け、ようやくシェルターの入り口へとたどり着いた。
「ほら、ここに避難している人がいる」
息を弾ませ、備え付けのインターフォンを鳴らす。
『まだ誰かいるのか!?』
スピーカーから大分焦っている男の声が聞こえた。
「はい、僕と友達もお願いします。開けて下さい」
『2人!?もうここは一杯なんだ!左区画に37シェルターがあるが、そこまで行けんか!』
後ろを振り返るキラ。左区画に行くためにはもう一度、戦場となった格納庫を横断する必要がある。
「なら1人だけでもお願いします!女の子なんです!」
一瞬の間があり、スピーカーから返答があった。
『分かった、すまん!』
ロックが解除され、扉が開く。
「入って!」
キラは昇って来たエレベータに、何の躊躇いも無く少女の体を押し込んだ。
「何を――私は!」
それまで虚脱していた少女が、ようやく事態に気付いた。
「いいから入れ!僕は向こうへ行く、大丈夫だから!早く!」
そういってカガリの体を思いっきり突き飛ばしてエレベータに押し込む。
「待て!お前――」
少女が外に出ようとする前に扉が閉り、その声を遮って地下に降りていく。
それを確認して、キラは男が言ったように左区画に向かう。
格納庫は、まだ戦闘が続いていた。戦闘には素人の整備兵のはずなのに、実に粘り強くザフト兵を迎え撃っている。今にも崩れそうな足場を走り抜けていたキラは、1人の整備員の背後を狙っているザフト兵を見つけ、思わず叫び声を上げる。
「危ない、後ろ!」
その整備員はキラの声に振り向き、手にしていたマシンガンを撃ち放つ。正確な射撃だった。ザフト兵は、血飛沫を上げながら倒れ伏す。整備員はキラを向いて叫ぶ。二十半ばの綺麗な女性だった。
「来い!」
銃声に負けじと、キラも怒鳴り返した。
「左ブロックのシェルターに行きます!お構いなく」
「あそこにはもう、扉しか残ってねえよ!」
女性とは別の、無精ひげを生やした男性だった。
一瞬躊躇い、だがキラは決断した。5、6メートルほど下に飛び降りる。普通なら大怪我、下手すれば死ぬ高さだが、コーディネイターの肉体がキラを救った。
驚きに目を見張る女性整備士。その背後で、赤いノーマルスーツを着たザフト兵が1人、撃ち倒された。
「ラスティ!!」
ゆっくりと倒れる戦友を見、アスランは叫んだ。
狡猾に配置された狙撃兵の銃弾を受け、ヘルメットのバイザーが割れている。即死だ。
振り払うようにアスランは頭を振る。友人を失った悲しみよりも、灼熱した怒気が全身を動かす。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
咆哮を上げながら遮蔽から飛び出し、引き金を絞る。アサルトカービンが唸りを上げ、フルオートで弾丸を吐き出す。強烈な反動を柔軟かつ強靭な筋肉で受け止め、突撃。
鉛の大蛇に舐められ、ラスティを殺した狙撃手が吹き飛ぶ。
「ハマナ!」
指揮官らしい女性兵士が叫ぶ。そちらに銃口を向ける。肩を撃ち抜かれ、倒れる女性兵。そこで、ライフルが弾切れになる。ナイフを抜き、跳躍。そこに、民間人らしい少年が駆け寄ってくる。
(何故、こんな所に民間人が?)
一瞬そちらに意識を向け、紫がかかった灰色の目と視線が合い――そしてアスランは硬直した。
キラもまた、呆然と目の前に立つザフト兵、その緑色の瞳を見つめていた。
2人の唇が期せずして同時に、震えながら開く
「……キ……ラ?」
「アスラン――?」
炎と硝煙が渦巻く戦場で、2人は再会した。
それが永い戦いの始まりであり、これからの2人の間には、いくつもの叫びと血が交わされるという事を、少年達は知る由も無かった。
後書き
俺は、第一クールのキラが、結構好きだったりします。どうしようもない状況の中であがいてるところとか。
どこから変になったんでしょうねえ、彼。やっぱD−17として覚醒した辺りからでしょうか(爆)。
おかげでフレイも耐え切れずに壊れちゃったし。きっと運命でラクスの胸がデカくなったのも、アイツのリキッドで改造されたからに違いありません(違)。
代理人の感想
うーん、上手いなぁ。
ちゃんと補完してやれば、種も面白くなるんだなぁ(爆)。