機動戦士ガンダムSEED AnotherEdition

第9話 『墓標』



 漆黒の宇宙に浮かぶ白銀の砂時計。天秤棒(ヨーク)型宇宙コロニーの外見を、一言で表現するとそうなる。
 個々のコロニーは対になった円錐型の構造物と、採光用の巨大な3枚のミラーから構成されている。最も細まった中央部を支点としてコロニーはゆっくりと回転しており、円錐底部の居住区に人工重力をもたらしていた。
 本体である円錐部は底部の直径が10キロメートル、高さは30キロメートルに及ぶ。有機素材を主体としたその巨体は、外部を覆う高緊張ストリングスと内部を貫くメインシャフトによって、二重に支えられていた。1基あたりの居住人口は数10万、それが100基近く並んだ様は、壮観としか言いようが無い。
 これが<プラント>――コーディネイター達の本国である。
 ヘリオポリスと周辺宙域での戦闘から1週間余り、ヴェサリウスはプラント本国へと帰還していた。
「ただいま、というべきなのかな」
 自室で身支度を整えながら、アスランは呟いた。本来2人部屋なのだが、同室だったラスティが戦死して以来、アスランが1人で使っている。空虚さを感じさせる広さにも、ようやく慣れたところだ。
 プラント最高評議会で行われるクルーゼへの査問、それへの同行をアスランは命じられていた。時間を確認し、部屋を出ようとしたアスランの目が、船外の光景を映し出していたモニターに止まる。
 整然と並ぶプラントの手前に、歪なY字型をした巨大な小惑星があった。ゴツゴツした岩肌のそこかしこに、明らかに人工物と分かるゲートや砲台が存在している。ヤキン・ドゥーエ、ザフトの本国防衛軍が駐留する宇宙要塞だ。やや月よりの軌道に存在するボアズ要塞と並ぶ、プラント守護の要である。
 ヤキン・ドゥーエからの艦識別確認を受け、ヴェサリウスはプラント近海へと進んだ。そのまま静かにコロニーの列の外れにある軍事ステーションに入港する。
「では、お気をつけて」
「ああ、後は任せる」
 艦に残るアデスの見送りを受け、クルーゼとアスランはヴェサリウスから下りた。この後、プラント領宙内での移動には小型コロニーが使用される。
 用意されていたシャトルには、先客が1人いた。その顔を見て、アスランは驚いた。酷薄さを感じさせるほど整った、それでいて精力的な顔立ちの壮年の男性。コートの襟元から、高級士官用の紫色をした軍服が覗いている。アスランの良く知る人物だった。
 プラント国防委員長パトリック=ザラ。ザフトの実質的な最高指揮官であり、同時に最高評議会の一員として軍部を代表する身だ。そして、アスランの実の父親である。
「御同行させて頂きます、ザラ国防委員長閣下」
 驚きもせずに敬礼するクルーゼ。アスランもそれに倣う。最高指導者と一介のパイロット。たとえ親子であっても、いやだからこそけじめをつける必要がある。何よりも公的な場での馴れ合いじみたやり取りを、この親子は2人とも嫌っていた。
 だがパトリックは答礼せず、片手を上げて答えるのに留まった。
「礼は不要。私はこのシャトルに乗っていない。いいかね、アスラン」
 念を押すようにゆっくりと言うパトリックに、アスランはぎこちなく頭を下げた。
「分かりました。父上、お久しぶりです」
 それでいい、と言わんばかりに頷くパトリック。アスランとクルーゼもそれぞれ適当な席に腰を下ろす。
 程無くして、シャトルは軍事ステーションから出港した。それを確認すると、パトリックは傍らのアタッシュケースから厚い紙束を取り出した。
「君から送られたこのレポートには、私も目を通した。ジンはおろかシグーでも相手にならんか。恐るべき性能だな」
「ありがとうございます。閣下ならご理解頂けると信じておりました」
「せめてもの救いは、OSが未完成でナチュラルでは操縦出来んという点だが、決定的ではないな。問題は、地球軍がそれ程に高性能なMSを開発した、という事実だ。機体のパイロットがナチュラルかコーディネイターかは、この際さして重要ではない」
 パトリックの言葉に、アスランは顔を上げる。その彼に父は視線を向けた。
「向こうに残した機体のパイロットは、キラ=ヤマトだったそうだな」
「……はい」
 ただその一言で答えるアスラン。
 今から6年前のC.E.65年、パトリックはプラントの全権大使として月のプトレマイオス市に赴き、地球側との交渉に当たっていた。10歳だったアスランも両親に連れられて月に移り住み、そしてそこでキラと出会ったのだ。
 きっかけは、良く覚えている。転校して来た外国の要人の息子と言うことで孤立しがちだったアスランに、キラがあの人懐っこい笑顔で話しかけてきたのだ。
 どちらかと言えば内向的で、友人をつくるのが苦手なアスランだったが、不思議とキラとはウマが合った。出会ってから半年もしないうちに、2人は無二の親友になる。
 3年後、プラントと地球の関係悪化を受け、パトリックは本国に帰還。国防委員長として軍備増強にその手腕を振るう事になる。それに伴い、アスランとキラも別れを迎えた。だが10代前半の多感な時期を共有した思い出は、今でもアスランにとっては宝石よりも貴重な記憶として残っている。それが――
「彼の名前は、私の方で削除しておいた。この大事な時期に痛くも無い腹を探られるわけにはいかん。ストライクのパイロットは、連合に所属していたコーディネイター、という事だ。分かるな、アスラン」
「君も自分の友人を、地球軍に寝返った者として報告するのは辛かろう?」
 パトリックとクルーゼの言葉に、アスランは頷いた。
「はい」
 父の立場は分かる。軍部を中心に強い勢力を持つ対地球強硬派の領袖であるパトリックにとって、息子の友人が連合のパイロットであるという事実は、スキャンダルになりかねない。
 だが、納得は出来ない。特にキラをまるで犯罪者であるのように語る2人には、強い反発を感じた。
「まったく、こうしている間にも地球軍は、着々と反撃の準備を進めている。だからこそ、優位に立っている今の内に、叩けるだけ叩いておかねばならんというのに、穏健派の連中は」
 アスランの心中を知ってか知らずか、パトリックは苛立たしげに続けた。
「我等とて、余裕があるわけでは無いのだぞ」


 一方、アークエンジェルは月への航路をとっていた。
 アルテミスでの戦闘以来、ザフトとの接触は無い。艦内の配置も通常シフトに戻され、クルー達も3交代で休息を取っている。マリュー達、士官はその限りではないが。
「マードック軍曹、こちらは終わりました!」
 格納庫に、キラの声が響く。パイロットなら自分の機体を他人任せにするな、とフラガに言われ、ストライクの整備を手伝っていたのだ。
 どうも自分をこき使うための口実だったのではないか、と思わないではないが、キラは素直に従っていた。元々、機械いじりは嫌いじゃないし、何よりぼんやりとしていらぬ考えをしてしまうよりも、体を使って働いている方が楽だった。
「おう、ご苦労! お前さんはこれで上がりだ! 飯でも食ってゆっくり休め!」
「はい!」
 勢い良く返事をし、キラは格納庫の喧騒を後にする。
 隣の更衣室で借りていた作業服から制服に着替えた。出来ればシャワーを浴びたいところだが、水の使用制限が出ていた。仕方ないので、濡らしたタオルで体を拭って我慢する。
(少し臭うかな?)
 汗の臭いを気にしながら食堂へ向かう。扉を開くと、学生組は全員そろっていた。
「おつかれ」
「遅いぞ、キラ」
 先に食事をしていたミリアリアとトールが笑いかけ、カズイが無言で隣の席を示す。テーブルには、すでにキラの分の食事が用意されていた。
 キラが席に着いた途端、フレイが意を決した表情で立ち上がった。
「あの、キラ、この間はご免なさい!」
「え?」
 突然フレイに頭を下げられ、困惑するキラ。そこにトールが横から口ぞえをする。
「ほら、アルテミスでの事だよ」
 『裏切り者のコーディネイター』。ガルシアの言葉が脳裏に甦り、キラは顔を強張らせる。だが無理に笑顔を作って、フレイに答えた。
「謝られる様な事じゃないよ。僕が勝手にやったことだし」
「でも、あんなにひどい事されて」
「良いって。フレイが悪いわけじゃないんだしさ」
 そこで、ようやくフレイが顔を上げた。
「良かった。キラ、ありがとう。貴方に助けてもらったのは3回目ね」
 大輪の花のような笑顔を向けられ、キラの胸は大きく高鳴った。やましい事など何一つ無いはずなのに、サイがいるせいか妙に気が咎める。
「どうしたの、キラ?」
「べ、別に何でもないよ。さて、今日のメニューは何かな?」
 不思議そうなフレイにしどろもどろの返事をし、キラは話を誤魔化そうとテーブルに向き直る。トレーの上に載せられていた食事は、艦の厳しい状態を反映して質・量ともに乏しかった。
「な、1日働いてこれっぽっちだぜ。やってらんねーよ」
 ぼやくトールに、カズイが頷く。
「結局、アルテミスでも補給は受けられなかったわけだしね。でも、確かに厳しいよな」
「この前、物資のチェックを手伝ったんだけど、食料はまだ何とかなるわ。最悪、レーションだってあるし。問題は水よね」
 目の前の半分しか水が入ってないコップを手にし、フレイが珍しく深刻そうな声を出す。
「でも、使った水ってちゃんと再利用しているんでしょ? 何で足りなくなるの?」
 不思議そうに首を傾げて質問するミリアリア。と、サイが眼鏡の位置を直しながら口を開く。
「絶対量が足りないんだ。艦載の浄化装置じゃ、どうしても汚水の処理に時間がかかる。おかげで、循環がうまくいってないんだな」
「ストライクの整備でも、パーツ洗浄器があまり使えないから参っちゃうよ。手間ばかりかかって」
 相槌を打つキラ。さすがに全員が考え込む中、ポツリとカズイが口を開いた。
「でも、水を循環させてるって事は、このコップの中の水だって、昨日の誰のおしっこかもしれないんだよな」
 その呟きを耳にして、フレイとミリアリアが目を剥いた。
「ちょ、ちょっと! 何てこと言ってんのよ、カズイ!!」
「うわ、最低……信じらんない!」
 ものすごい形相の2人に詰め寄られ、しどろもどろに弁明するカズイ。
「い、いや……あの、その……俺は本当のことを言っただけで……」
「「だからって言って良い事と悪い事があるでしょう!!」」
 少女達の激烈な()撃を受けて目を白黒させるカズイを、キラ達は生暖かい視線で見守った。


 アスランたちの乗ったシャトルは、程無くプラントの1つ、アプリリウス(ワン)に到着した。個々のプラントは、それぞれの職能ごとに市名と番号が冠されている。アプリリウス1は、最高評議会を始めとする行政機構が集中した、事実上のプラントの首都だった。
 シャトルはアプリリウス1の支点に設けられた宇宙港に入港した。
「では閣下、後ほど」
「うむ」
 宇宙港でパトリックと別れたアスランとクルーゼは、居住区へと通じる大型エレベーターに向かった。
 プラントの中央を支えるメインシャフトに付随した大型エレベーターは、いつも通り人ごみで賑わっている。用意されたエレベーターに乗り込むと、ゆっくりと底部への降下を始めた。
 エレベーターは強化ガラス製で、外の景色を観賞する事が出来る。とは言っても宇宙港を出た段階では、3万メートル下方にある居住区はほとんど見えない。それでも降下していくに従って、徐々に雲の切れ間からアプリリウス1の全景が見えて来た。
 プラントは広い。人々が暮らす底部は直径10キロメートルに及び、人工のものとはいえ河川や海洋まであるのだ。気候は地球の亜熱帯地方が再現され、常に緑が保たれている。
 外壁1枚を隔てた外側が冷たい死の世界とは思えない、美しい光景だった。
『――では次に、ユニウス(セブン)追悼1年式典を控え、クライン最高評議会議長が声明を発表しました』
 立ったままの姿勢で下界を見下ろしていたアスランの目が、ふと壁面のモニターに流されていたニュース映像に止まる。
『あの不幸な出来事は、我々にとって決して忘れる事の出来ない深い悲しみです……』
 画面には40代後半の男性の姿があった。いかにも父性を感じさせる品の良い面長な顔立ちに、深みのある声。全プラントを代表する国家元首、シーゲル=クライン最高評議会議長だった。
 そしてその隣には、薄紅色の髪を長く伸ばした1人の美しい少女が控えている。
「そういえば彼女が君の婚約者だったな」
 シートに座ってコンピューター上の資料を読んでいたクルーゼの言葉に、アスランは頷く。
 少女の名はラクス=クライン。クライン議長の愛娘であり、プラント1の歌姫。そしてクルーゼの言った通り、アスランの婚約者だった。
「彼女は今回の追悼慰霊団の代表も務めるそうじゃないか。素晴らしい。ザラ委員長とクライン議長の血を継ぐ君達の結びつき、次の世代にはまたとない光となるだろう。期待しているよ」
 クルーゼの賛辞は、どこか空々しく響いた。


「再度確認しました。半径5000に敵艦の反応は捕らえられません。完全にこちらをロストした模様」
 トノムラの報告に、アークエンジェルの艦橋に詰めていたクルー達は、ほっと息をついた。
「アルテミスの崩壊が、いい目眩ましになってくれたって事かな」
 フラガの言葉に、マリューは頷いた。
「ええ、ガルシア司令官には感謝しないと」
「確かにローレシア級が本艦をロストしてくれたのは幸いです。しかし、こちらの問題も何1つとして解決しておりません」
 ナタルの意見に、マリューは表情を曇らせる。結局アルテミスで補給は受けられなかった。月までの道はまだ遠い。ヘリオポリスで慌てて積み込んだ物資では、まずもたないだろう。
 負の方向に落ちていく考えを、だがマリューは振り払う。艦長である自分の不安は、たやすく下に伝染する。短い指揮官経験から学んだ教訓だった。
「とにかく、少しでも早く月へ急ぎましょう。水は出来る限り節約して。本隊の方でもこちらの捜索はしているはずだし、うまく接触出来れば万事解決よ」
 マリューの言葉に、ブリッジの全員が頷いた。航行予定路のシミュレーションが、モニターの上に呼び出される。
「これで精一杯か。もっとましな航路は取れないのか?」
「無理です。確かに地球よりの進路を取れば月軌道へ上がるのも早いですが、それではデブリ帯に入ってしまいます」
 苛立たしげなナタルの声に、ノイマンが航路図を操作しながら答えた。
 人類が宇宙に進出して以来、大量の廃棄物が宇宙空間に捨てられてきた。それらの宇宙塵(スペースデブリ)が地球の引力に引かれ、漂っている宙域がデブリ帯。宇宙のサルガッソーとも呼ばれる難所である。
「突破は、無理よね」
 マリューの苦笑に、ノイマンは大真面目な表情で頷いた。
「デブリ帯を抜けるには、よほど船の速度を落とす必要があります。さもなければこちらがデブリの仲間入りですから。ザフトの追跡から隠れるためならともかく、距離と時間の節約が目的ならば、それこそ本末転倒です」
 その時、モニターを見ていたフラガが呟いた。
「まてよ、デブリか」
「何か思いつかれたのですか?」
 マリューの言葉に頷くフラガ。
「不可能を可能にする男だからな、俺は」
 言葉とは裏腹に、その表情は冴えなかった。


 プラント最高評議会は、12人の評議員によって構成されている。評議員はプラントの12の市からそれぞれ選出されており、彼らの協議によってプラントの意思が決定される。
 評議会議場は十分な広がりと高さを持った空間だ。その中央には円状に湾曲したテーブルがあり、12人の議員がついていた。彼らと向き合う形で、アスランとクルーゼは席につかされている。
 評議員の中にはクライン議長と、当然ながら父であるパトリックの姿がある。また、評議員にはクルーゼ隊に所属する残り3人の赤服――イザーク、ディアッカ、ニコルの父母も含まれていた。
 パトリックの腹心であるクルーゼの部下として自分の息子を預ける、ある種の政治的な意思表明である。アスランとラクスの婚約に見られるように、プラントの政界にはこのような、復古的な一面があった。
 評議員の前ではクルーゼが、経過を報告している。査問を受ける身にもかかわらずその態度は堂々としており、弁舌は冴え渡っていた。
「以上の経過からご理解頂けると思いますが、我々の行動は決してヘリオポリス自体を攻撃したものではありません。あの崩壊の最大原因はむしろ、地球軍にあるものとご報告いたします――」
「議長、発言の許可を」
 と、評議員の1人が挙手をして発言を求める。栗色の髪を長く伸ばした若い女性の議員だった。
「カナーバ評議員」
 クライン議長の許可を受け、アイリーン=カナーバ評議員は立ち上がる。20台の若さでセプテンベル市の代表として選出された新進気鋭の政治家だ。クライン議長率いる穏健派の一員であり、外務委員を務めている。
「クルーゼ隊長の主張は理解致しました。ですが、外務委員会としましては、同隊の行動の妥当性について、疑問を持たざるを得ません」
「議長」
 そこで、別の評議員が挙手をする。銀色の髪を短く切りそろえた、これまた女性の評議員だった。国防委員エザリア=ジュール。強硬派の評議員であり、姓から分かるようにイザークの実の母親だ。
「ジュール評議員」
 議長の了承を受けるなり、エザリアは口を開いた。イザークと良く似た怜悧な美貌には、同じく息子に良く似た鋭気があった(順序としてはイザークが母親似なのだが)。
「失礼だが、カナーバ評議員はクルーゼ隊長の報告を理解されたのですか? 非がまずもって中立条約を破った地球軍とオーブにある事は明らかです。クルーゼ隊長はまずヘリオポリスに警告を発しているし、先に戦闘行動を取ったのも地球軍です」
「ですが、あの攻撃は明らかに過剰なものです! 要塞攻撃用装備のジンを出すなんて――コロニーに与える被害は予想出来たはずです!」
「では、みすみす敵の新型MSを見逃せば良かったと!?」
 鋭く舌鋒を交わす2人の議員。査問会が紛糾しかけた中、1人の評議員が無言で手を上げる。髪を伸ばした長身の中年男性だった。
「エルスマン評議員」
 中立派に属するタッド=エルスマン行政委員(ディアッカの父親)は、芝居が掛かった仕草で両手を広げた。
「まことに魅力的な女性評議員同士の応酬は、小生並びに他の評議員諸君を魅了するものであります。しかしながらその内容は、いささか感情的になりすぎているように思われるのですが。ここは一旦、議論の矛を収め、クルーゼ隊長の報告の続きを拝聴する事を小生は提案いたします」
 評議員の間から苦笑がおこった。カナーバもエザリアも、不承不承といった様子でだが席に着く。その中をクルーゼは、再び1歩前に出た。
 その時、アスランはクルーゼとパトリックが密かに目配せしたのに気がついた。
 「では続きまして、地球軍MSについての報告に移ります。これにつきましては実際にその1機に乗り、また取り逃がした最後の機体と交戦経験のある、アスラン=ザラより報告させて頂きます」
 まるで芝居の舞台のようだ、そう思いつつアスランは立ち上がった。背後にあるスクリーンにイージスの姿が映ったのを確認して口を開く。『台本』は、頭に入っている。
「まず<イージス>という名称のついたこの機体ですが、大きな特徴は――」


「補給を受けられるんですか? どこで?」
 アークエンジェルのブリッジに、キラの声が響く。その隣には、学生組の姿もあった。全員、顔には喜びと驚きの混じった表情が浮かんでいる。
 艦内放送で呼び出されたキラ達を待っていたのは、「これより補給作業に移る」というマリューの言葉だった。
「受けられるというか、まあ勝手に補給するというか……」
 珍しく歯切れの悪い口調で言葉を濁すフラガ。そこで、マリューが意を決したように口を開いた。
「私達は今、デブリ帯に向かっています」
「デブリ帯……?」
 少年達は顔を見合わせた。サイがはっとする。
「ちょっと待って下さい! まさか!?」
「君は勘がいいねえ」
 自嘲の笑みを浮かべながら、フラガがサイの肩を叩く。マリューの口調は、相変わらず重いままだ。
「デブリ帯には、宇宙空間を漂う様々な物が集まっています。その中には無論、戦闘で破壊された戦艦等も存在しています」
 その言葉で、ようやくキラ達も『補給』の意味を悟った。その顔が、当惑と嫌悪に引き攣る。
「まさか、そこから補給しようっていうんですか?」
「仕方ないだろ、そうでもしなきゃこっちがもたないんだから」
 開き直ったように言うフラガ。彼を初めとする正規乗員の殆ども、酢を飲んだ様な表情をしていた。
 沈んだ宇宙船は、一般に乗員や乗客の墓地として扱われる。そこに手を触れるのは、墓荒らしに等しい行為なのだ。宇宙の軍人である彼等は、そのことを良く理解していた。
「あまり嬉しくないのは我々も同じだ。だが他に方法は無いのだ。我々が生き延びるためにはな」
 重い沈黙の中、自分自身に言い聞かせるようにナタルが言う。
「あなた達には作業の際、ポッドでの船外活動を手伝ってもらいます」
 断固とした口調で、マリューは言った。
「失われたもの達を漁り回ろうというんじゃないわ。ただほんの少し、今の私達に必要な物を分けてもらおうというだけ。生きるために」
 自分の言葉が詭弁だという事は分かっている。だがその詭弁を、マリューは心から信じなければならなかった。


「――以上です」
 報告を終え、アスランは引き下がった。彼の報告を聞いた評議員の顔に驚きの表情が浮かび上がる。
「1つ、確認したいのだが」
 タッドが発言する。抑えた口調とは裏腹に、その右手は神経質そうにペンを弄んでいた。
「確かに驚異的な性能のMSではあるが、正直ナチュラルには宝の持ち腐れではないのかね? 地球軍に残った機体も、パイロットはコーディネイターなのだろう」
 そこで、1人の評議員が挙手をする。どこか草食動物を思わせる男性だった。パトリックと同じく、軍服を着用している。
「それに関しては私の方から申し上げたいことがありますが、よろしいでしょうか議長」
「アマルフィ評議員」
 ユーリ=アマルフィ国防委員が立ち上がる。ニコルの父親であり、アスランとも面識があった。ザフト技術本部長として、MS開発の指揮を取る人物である。
「結論から述べさせて頂きますが、ナチュラルであってもMSの操縦は可能です」
 ユーリは、いきなりそう切り出した。
「我々ザフト技術本部はこの1週間あまり、ヴェサリウスから送られてきた連合製MSのデータ解析に取り組んでおりました。特にOS周りに重点を置いて。ご存知の通りMSの操縦とは非常に複雑な操作であり、コーディネイターで無ければ不可能だと今までは考えられておりました」
 ゆっくりと、ユーリは続ける。
「OSを解析して判明しましたが、地球軍の発想は私達と全く異なっていました。地球軍のMSにおいて、実際の操作は大半がコンピューターによる制御に任されていたのです。これならばパイロットの役目は判断と大まかな指示――例えば前進や後退、射撃等――に留まり、負担は激減します」
「自動車のマニュアルとATのようなものか」
 タッドの呟きに、ユーリは苦笑しつつも頷く。
「確かにその通りです。現在はデータの不足から使い物にならない状態ですが、完成すればナチュラルであっても、訓練しだいでは操縦が可能でしょう」
 大きなざわめきが評議員の中から起きる。その中で、カナーバが再び発言を求めた。議長はそれを許可する。
「ですが、それではナチュラルの乗ったMSは、我々の物に比べてずいぶんと能力が落ちるのでは?」
「だが、地球には我々を凌駕するだけの物量があります。現時点における我々の優勢は、MSとMAの性能差によって成り立っています。仮に、性能が落ちていても、現在のMAと同数のMSを連合が戦線に投入してきたらどうするのです?」
 エザリアの反論を聞いたユーリが大きく頷いた。
「まさにジュール評議員の懸念通りです。加えて小型ビーム兵器やPS装甲といった装備。正直、今回は地球の底力を見せ付けられた思いです。よって、本職としてはこう言わざるを得ません。これは、明らかな脅威です」
 穏健派に属するユーリの意見なだけに、その言葉は重かった。議場に、一瞬の静寂が戻る。と、その機を見計らったかのように、深みのある声が響いた。
「戦いたがる者などおらぬ」
 声の主は開会以来、沈黙を守っていたパトリックだった。
「我らの誰が好んで戦場へ出たがる?」
 皆、静かに頷く。そこで突然、パトリックの声が激した。
「だが、その願いを無残にも打ち砕いたのは誰です!? 自分達の都合と欲望のためだけに我等を縛り、利用し続けてきたのは!?」
 拳を握り、力強く獅子哮するパトリック。
「我等は忘れない!! あの<血のバレンタイン>、ユニウス7の悲劇を!!」


 デブリ帯に停泊したアークエンジェルから、4機の作業ポットが発進する。キラはストライクで、周辺の警戒と万一の際の護衛。作業の指揮は、自らポッドに乗り込んだナタルが執っている。
 全員、殆ど無言。嫌な事はさっさと片付けたいという気分が見え見えだった。その甲斐があってか、作業は嫌になる程、順調に進んだ。
「まだ、物資は足りませんか」
 ストライクのコクピットで、キラは通信スクリーン越しにナタルに尋ねる。ナタルは、真面目な顔で首を横に振る。
『弾薬は何とか確保したのだが、水がまだ見つかっていない。すまないが、もうしばらく頼む』
「分かりました」
 その時、ストライクのコクピットに警戒音が鳴り響いた。
『敵かっ!?』
 鋭く叫ぶナタル。キラも慌ててモニターを確認する。
「いえ、違います。デブリのようですが――何だ、この質量は!?」
 驚くキラの前に、突如としてそれは現れた。
『これって!』
『ああ……』
『な、何だよ一体……?』
 無線機から聞こえる友人達の声の中、キラは言葉すら出せずに眼前の光景を見つめる。
 それは、凍りついた大地の残骸だった。
 良く見ると、表面には明らかに家屋らしい残骸が貼り付いている。農園風の廃屋の周りには、無残に変わり果てた麦畑の残骸。その周囲に真空中で沸騰しながら凍結した氷の海が広がり、さらにその外側には砕け散った構造物がへばり付いていた。
 かつてこの大地では、大勢の人間が存在し、生きていたのだ。
「ユニウス……7……」
 震えるキラの唇が、ようやく言葉を絞り出した。


 今から約1年前のC.E.70年2月、悪化の一途を辿る地球・プラント間で、最後の交渉がもたれる事となった。地球側の代表は国際連合のジョセフ=ハリス事務総長、プラントからはクライン議長自らが赴くことを決める。会談の場は、月のプトレマイオス市が選ばれた。
 だが、この交渉は誰もが予期せぬ最悪の結果を迎える。プトレマイオス市で爆弾テロが起こり、ハリス事務総長以下の地球側代表団が全員、死亡したのだ。なお、クライン議長はシャトルの故障により遅刻し、難を逃れている。
 大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア協和国といったプラント理事国は、この月面会議へのテロ行為がプラント側によるものであると断定。崩壊した国連に代わる国際組織として、『地球連合』の設立を宣言する。
 2月11日、地球連合はプラントに宣戦布告。大西洋連邦宇宙軍第1艦隊を基幹とする連合宇宙艦隊が、月のプトレマイオス基地から出撃した。これに対し兵力において圧倒的に不利なザフトは、可能な限り地球軍を引き付け、迎え撃つと言う邀撃作戦を取る。
 戦いの火蓋は2月14日、プラント近海で切って落とされる。この宇宙初の艦隊決戦は、5倍以上の兵力差を覆してザフトの勝利に終わった。
 ナチュラルとコーディネイターの差、長い遠征で地球軍将兵に疲労が溜まっていた事、背水の陣で本土決戦に臨んだザフト兵の奮戦と様々な要因があるが、最大の勝因がMSにある事は明白だった。
 だが、プラントの被害も甚大だった。地球軍の一部士官が独断で持ちこんでいた1発の核ミサイルが、プラントに向けて放たれたのだ。核ミサイルを装備したメビウスは混乱した戦線をすり抜け、プラントの1つであるユニウス7への奇襲に成功する。
 全長60キロのプラントも、核の前には無力だった。ユニウス7は、その住民ごと一瞬で崩壊する。
「24万3721名、それだけの同胞を失ったあの忌まわしい戦いから1年」
 パトリックの言葉に、思わずアスランは目を閉じる。その死者の中にはパトリックの妻、すなわちアスランの母レノア=ザラも含まれていた。
「それでも我々は最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです!」
 パトリックの熱弁に、評議員達は黙然と聞き入る。
 <ユニウス7>そして<血のバレンタイン>、この2つの言葉はコーディネイター達の心に深く刻み込まれていた。あたかも烙印の様に。
「我々は我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです」
 静かに、だが力強く宣言するパトリック。それが、決定打となった。


「あそこの水を!? 本気なんですか!?」
 報告と急速のために一旦、アークエンジェルに戻ったキラ達を待っていたのは、ユニウス7の残骸から水を運ぶと言うマリューの決定だった。
「あそこには1億トン近い水が凍り付いているんだ」
「でも、ナタルさんだって見たでしょう!? あのプラントは何十万もの人が亡くなった場所なんです!それを――」
 懸命に訴えるキラ。トール達もその言葉に頷く。彼等は調査のため訪れたユニウス7で、いくつもの亡骸をその目にしたのだ。
 マリューが、ポツリと口を開いた。
「水は、あれしか見つかっていないの」
「――――!?」
 キラは、思わず言葉に詰まった。
「誰も大喜びしているわけじゃない。出来ればあそこに踏み込みたくはないさ」
 たたみかけるように、フラガが続ける。
「けどしょうがねえだろ、俺達は生きているんだ! って事は、生きなきゃなんねえって事なんだよ!!」
 その時、ブリッジのドアが開く。姿を現したのは、自室で待機していたはずのフレイだった。両腕に、大きな箱を抱えていた。
「あの、これを」
 箱を差し出すフレイ。中には、折り紙で作られた色とりどりの花があった。
「これは?」
「避難民の人達に手伝ってもらって作ったの。気休めにしかならないかもしれないけど、せめてこれぐらいは、と思って」
「フレイ、君が……」
 キラは花をいつ取り出すと、じっと見詰めた。その肩にサイが手を置く。
「お前の気持ちも分かるけど、ここは艦長達が正しいと思う」
 しばらくの迷いの後、キラは口を開いた。
「わかりました。もう一度、ストライクで出ます」


 議場から出ると、アスランは大きく息を吐いた。
「結局、父上の思惑通りということか」
 評議会の結論は、クルーゼ隊の行動を不問に附すというものだった。評議会はその後、戦争の早期終結に向けて一層の努力を払うという宣言を採択し、閉幕する。
「アスラン」
 深みのある声をかけられ、アスランは振りかえる。シーゲル=クライン議長その人の姿があった。
「クライン議長閣下!」
「そう他人行儀な礼をしてくれるな」
 緊張した表情で敬礼するアスランに、親しみのある笑顔を見せながらシーゲルが言った。
 この人は変わらないな――どこかほっとした気持ちで、アスランは思った。クライン家とザラ家は、アスランやラクスが生まれる以前から家族ぐるみの付き合いをしている。若い頃から第一世代コーディネーターのリーダー格だったシーゲルとパトリックは、共にプラントを造り上げてきた同志であり親友だった。
「ようやくお前が戻ったと思えば、今度はラクスが仕事でおらん。全く、お前達はいつ会う時間が取れるのかな」
「は、申し訳ありません」
「私に謝られても、な」
 あくまで生真面目な態度を崩そうとしないアスランに、シーゲルは思わず苦笑した。その後、やや表情を引き締める。
「オペレーション・ウロボロスも大詰めだ。これからも大変な事が続きそうだな」
「はっ」
 頷くアスラン。
 オペレーション・ウロボロスとは、ザフトが遂行中の地球侵攻作戦だ。主要標的は低緯度地域に存在する大規模宇宙港、最終目標は全宇宙港の占領による地球の孤立化である。
 完遂のあかつきには赤道一帯にザフト軍の勢力範囲の環が出来るであろう事から、北欧神話に出てくる自分の尾を咥えた蛇になぞらえて、無限蛇(ウロボロス)の名が冠されていた。
「パトリックの言う事も分かるのだがな」
 きれいに整えられた口髭を捻りながら呟くシーゲル。その顔にどこか疲れたような表情が浮かんでいるのに、アスランは気付いた。
 穏健派を束ねる身としては、今の立場は気苦労が多いのだろう。
「アスラン=ザラ!」
 そこにクルーゼの声が割って入った。2人が振り返ると、クルーゼとパトリックが連れ立って議場から出て来たところだった。
「我々はあの新造艦とMSを追う。ラコーニとポルトの隊が私の指揮下に入る。出港は72時間後だ」
「はっ、失礼します」
 シーゲルに一礼して、アスランはクルーゼと共に議場を去る。残されたシーゲルとパトリックは、しばし無言で佇んだ。
 2人の視線が、自然と壁面を飾る巨大なモニュメントに向けられる。それは、奇怪な化石だった。鯨のような水棲哺乳類に酷似した骨格ながらも、鯨には決して備わらないはずの器官――翼を有していた。
 <エヴィデンス01>、通称くじら石。ファーストコーディネーターのジョージ=グレンが木星圏から持ち帰った、地球外生命体の存在証明(エヴィデンス)
「我々にはそう時間は無いのだ。悪戯に戦火を広げてどうする?」
 シーゲルは低い声で問いかける。2人だけだからか、言葉遣いは自然と昔の俺お前に戻った。それに答え、パトリックも口を開く。
「だからこそ許せんのだ。我々の邪魔をする者がな」


 ユニウス7の凍てついた大地に、フレイとミリアリアは降り立った。宇宙服の両腕には、たくさんの造花が抱えられている。
「でも、意外だった。フレイってちょっとブルーコスモスが入ってると思ってたから」
 ミリアリアが口にしたブルーコスモスとは、コーディネイター排斥を主張する政治団体だ。大西洋連邦を中心に根強い勢力を持ち、中にはテロや海賊まがいの行動を取る危険な分派も存在した。
 <血のバレンタイン>における核攻撃の背後にも、その影があると囁かれている。
「それは、病気でもないのに遺伝子をいじくってすごい力を手に入れるなんて、不自然な事だと思ってるわ。でも、死んだ人にはもうナチュラルとかコーディネイターとか関係ないでしょう?」
 ゆっくりと言葉を選ぶフレイ。
「それに、コーディネイターにだって良い人はいるし」
「キラの事?」
「……うん」
 ミリアリアの言葉に、フレイは小さく頷いた。
「ミリアリア、もうこんな話はやめにしない? 私達、お墓の前にいるんだし」
「そうね」
 2人の少女は、抱えた花を宙に投げた。色とりどりの小さな花々が、死せる大地の上に音も無く舞う。凍り付いた大地の上で、ストライクや作業ポッドの操縦席で、アークエンジェルの艦内で、全員が無言で黙祷を捧げた。
 それだけが、彼等の出来るせめてもの手向けだった。 


 一陣の風がアスランの髪をなぶる。右手で髪の毛を押さえ、アスランは周囲を見渡した。
 緑豊かでなだらかな丘に、何列もの白石が並んでいる。アスランの足が、その内の1つの前で止まった。自然と、目が刻まれた文字を追う。『レノア=ザラ C.E.33−70』――それは、アスランの母の墓標だった。
 母の墓前に無言で花束を捧げる。だがその下に遺体は無い。<血のバレンタイン>の他の犠牲者と同じように。
 あの日の事は、今でも覚えている。映像で目にした、核の業火に焼き尽くされていくプラント。それが農業研究者である母の居たユニウス7である事を知った時の、言葉ではとても表せない思い。
 先程の父の言葉が耳に甦る。『戦わねば守れないならば、戦うしかない』、アスランは、右手を強く握り締めた。
 きびすを返し、歩み去る。アスランは、最後まで母の墓前で一言も発しなかった。


 周囲を警戒するストライクのメインカメラが、奇妙な物体を捕らえた。白い、優美なラインを描く宇宙船。明らかに非武装の民間船であるにも関わらず、その船体には戦闘で追ったとおぼしき傷跡が、生々しく残っていた。
「宇宙海賊にでも襲われたのかな?」
 興味を引かれ、キラはストライクをその宇宙船に接近させる。その時、コクピットに電子音が鳴り響いた。
 慌てて、キラのストライクはデブリの影に身を隠す。間一髪、1体のMSが姿を現す。ジン、それも強行偵察用の複座機だった。
「何でこんな所に!?」
 キラは歯を食いしばると、狙撃用のスコープを引き出す。それに同調し、ストライクが右手のビームライフルをジンに向けた。ロックオン。
 スコープ越しにジンを睨みつける。どうやら、ジンは何かを探しているようだった。
(行け……行ってくれ……)
 このまま、アークエンジェルに気付かずに立ち去って欲しい。キラのその祈りが天に通じたのか、ジンはバーニアを噴かすとこの宙域から離脱しようとする。
 ほっと胸を撫で下ろすキラ。だがその瞬間、ジンが反転した。作業ポッドの1機が、ジンに発見されたのだ。
「馬鹿野郎! 何で気付くんだよ!?」
 ジンが、銃口を作業ポッドに向けた。もはや一刻の猶予も無い。キラはライフルのトリガーを引いた。放たれたビームが、ジンの機体を貫く。爆発。ジンは、一瞬で最も新しいデブリと化した。
『あ、ありがとう、キラ!』
『本気で危なかった。助かったよ』
 作業ポッドを操縦していたカズイとチャンドラの声が通信機から聞こえる。しかしキラは、返事もせずに呆然と自分の両手を見詰める。戦いというものにどんどん慣れていく自分が、ひどく空恐ろしかった。
 その時、またあの電子音が鳴り響いた。キラはハッと顔を上げる。まだ敵がいたのか!?
 だが今度モニターに映ったのは、MSでは無かった。
「あれは?」


「つくづく君は、落し物を拾うのが好きなようだな」
 苦々しい、というよりもむしろ憮然とした声で、ナタルが言った。謝るのも何となく間が抜けてると思ったキラは、無言で頭を掻く。
 アークエンジェルの格納庫の床には、ストライクが曳航して来た救命艇が固定されていた。その傍らで、マリューとフラガが溜め息をつく。2人の顔には微苦笑が浮かんでいた。
「開けますぜ」
 救命艇に取り付いていたマードックの言葉に、マリューは頷いた。待機していた兵士達が銃を構える。かすかな音を立てて救命艇のハッチが開き、そして――
『ハロハロ』
 間抜けな合成音声と共に飛び出してきたのは、ピンク色をした小さなボール型のペットロボットだった。球の中央にはつぶらな両目があり、耳(?)を羽ばたかせて飛び跳ねていた。
「およしなさい、ハロ」
 と、救命艇のハッチの奥から、澄んだソプラノが響く。ハロと呼ばれたペットロボットは、ハッチの中に戻った。それと入れ違いに、声の主が姿を現す。
 救命艇から出てきたのは、キラ達と同年代の美しい少女だった。腰まで伸ばされた薄桃色の髪と長いスカートの裾が、低重力下でふわりと揺れる。
 マリュー達の姿に気付いた少女がはっと驚き、身を硬くする。
「漂流中だったのを助けて頂き、感謝いたします。ここは、地球軍の船なのでしょうか?」
「その前に、貴女のお名前をお聞かせ願いたいのですが」
 マリューの言葉に、少女は無言で俯く。ややあって、諦めたかのように深々と溜め息をついた。
(わたくし)の名はラクス=クライン、プラント最高評議会議長シーゲル=クラインの娘です」





















 後書き

 アスランの過去は、かなり適当にいじっています。公式設定だと、6歳から親元を離れて月で暮らしてるんですよね。ラクスと初めて会ったのもプラントに帰ってからだし。
 変更の理由はただ1つ、俺が幼馴染萌えな人間だからです。

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

ナイスだ、カズイ(爆笑)。

右も左も重い展開の中で、彼こそは一服の清涼剤。

がんばれがんばれカズイ。w