話は、しばし遡る。
「地球軍の艦隊を発見しただと?」
ヴェサリウスの艦橋に入るなり、クルーゼはそう言った。仮眠を中断させられたにもかかわらず、表情にも物腰にも疲労の影は無い。
「は。熱紋その他と照合いたしましたが、どうやら旧式戦艦1隻、護衛艦2隻という編成のようです」
色々と難しい上官ではあるが、少なくともこういうところは敬意に値するよな――艦長席のアデスは、そんな内心をおくびにも出さず続ける。
「連中、まだこちらには気づいとらんようです。今ならば何事も無く離脱できますが?」
現在、ヴェサリウスはラクス=クライン捜索のため、ラコーニ隊およびポルト隊との会合点へ向かっている途中だ。戦闘を避けられるならばそれに越したことは無い。
だが、隊長であるクルーゼはそうは考えなかった。
「アデス、<足つき>がアルテミスから月へ向かうとすれば、どうするかな?」
「それは、おそらく月から補給、もしくは出迎えのための部隊が――」
そこで、ハッとしたように顔を上げるアデス。
「隊長は、あの艦隊がそれだとお考えですか?」
アデスの意見に、クルーゼは頷いた。
「先程、本国のザラ長官から私宛てに直接、通信があった。月の第8艦隊が動いたらしい」
クルーゼから手渡された紙片に、アデスは素早く目を通す。ほう、と歓声とも唸りとも知れぬ声がその口から漏れた。
「では、あの艦隊を見逃す訳にはいきませんな」
そう進言するアデスの顔に、羊の群れを見つけた餓狼のような表情が浮かんだ。
「追跡を開始しろ。無論、見つからぬよう慎重にな」
クルーゼの命令に、アデスは頷く。
「イージスを出しましょう」
アデスの進言に、クルーゼは無言で先を促す。仮面に隠された表情に動きは無いが、どうやら興味を持ったらしい。
「あれのセンサーはジンの強行偵察型以上です。密かに接触させ、本艦はイージスから指向性通信で送られたデータに基づいて敵艦隊を追跡。これならば、連中に気取られる可能性を抑えられます」
ブリッツがあれば最上なのですが、アデスはそう締め括った。
「確かに面白い。が、<足つき>と戦闘になる可能性を考えると、イージスの戦闘力は欠かせんぞ」
「ですが、PS装甲をカットし、情報収集に専念させればバッテリーや推進剤の消耗は最低限に抑えられます。問題はパイロットの疲労ですが、アスランとて赤服です」
ふむ、としばし考え込んでいたクルーゼが、やがて満面の笑みでアデスの肩を叩く。
「いいぞ、アデス。戦争を始めようじゃないか」
「あれか」
イージスの狭いコクピットの中で、アスランは小さく呟いた。
モニターに映し出された連邦軍艦隊。だがその姿は最大望遠にもかかわらず、かろうじてメインエンジンの噴射炎が確認できる程度だ。
艦艇サイズでこれなのだから、向こうではイージスの存在には気付いてもいないだろう。Nジャマーの副次的作用である、強力なECM効果の恩恵だった。
スラスターの使用は最小限に、UMBACを駆使した慣性航法で追いすがる。接敵を続けながら収集した敵艦の情報を、ヴェサリウスへと送信。こちらからでは確認できないが、恐らくヴェサリウスも行動を開始した頃合だろう。
的確に任務を遂行しながら、だがアスランの心中は冷静とは遠かった。
(ラクス……)
クルーゼとアデスの判断は正しい。アルテミスの戦闘以降、足跡の途絶えた<足つき>へと繋がる糸を、ようやく発見したのだ。たった1人の少女のために、見逃す事は出来ない。
だが、そう理解してもなお、このデブリ帯のどこかで救助を待っているであろラクスを思うと、心がざわめく。
なんて女々しい。自嘲の笑みを浮かべたアスランの目が、鋭く細められる。連邦軍艦隊の前方に、新たな反応が現れたのだ。
サイズは戦艦クラス。データ照合開始……間違い無い、<足つき>だ。
「こちらアスラン=ザラ、<足つき>を発見! 方位3−4−1、距離およそ350!」
報告しながら、アスランも腹を括った。もはや戦闘は避けられない。ならば1分1秒でも早く敵を撃滅し、速やかにラクスの捜索に戻るしかない。
「待っていてくれ、ラクス」
小さく呟くアスラン。その顔に浮かべた表情は戦いに赴く兵士のものでは無く、姫君への誓約に従う騎士のそれだった。
「レーダーに艦影3を捕捉。戦艦モントゴメリイ、および護衛艦バーナード、ローです」
アークエンジェルの艦橋に、歓声が上がる。ヘリオポリス崩壊から続いた過酷な航海も、ようやくこれで一段落だ。いつも生真面目なナタルでさえ、安堵の思いを隠せなかった。
しかし、レーダーパネルを見詰めていたパルが、急に怪訝そうな表情になる。ノイズが入ったのか、画面が乱れたのだ。いくら計器を調整しても、画面の乱れはひどくなるばかりだ。
「これは……」
「どうしたの?」
マリューがそちらに目を向け、徐々に青ざめるパルの顔を見て、さっと表情を変えた。
「ジャマーです! エリア一帯、干渉を受けています!」
その声に、沸きあがっていた艦橋は冷水を浴びせられたかのように静まりかえった。その言葉が意味するものを、誰もが理解していた。
先遣隊は、ザフトに捕捉されていたのだ。
遅まきながら敵艦に気付いたモントゴメリイの艦橋に、オペレーターの声が流れる。
「敵艦発見、ナスカ級1。熱源4接近、MSと確認。ジンが3機と、これは――い、イージス!? X303イージスです!!」
一瞬で絶叫へと跳ね上がったその声に、コープマン司令は息を止める。一瞬の沈黙の後、彼は続けざまに命じた。
「アークエンジェルへ反転離脱を打電! MAの発進を急がせろ! ミサイルおよびアンチビーム爆雷全門装填、対空戦闘用意! バーナード、ローとの通信を密に!」
それだけ言うと、傍らで泰然としていたアルスターを振り返る。
「外務次官、どうやら尾けられていたようです。この不手際、申し訳ありません」
「しかし、アークエンジェルと合流できねば、ここまで来た意味が無いではないか!?」
「ここであの艦が落とされるような事になれば、もっと意味が無いではないでしょう!」
コープマンの声に、アルスターは押し黙った。艦の数こそ3対1だが、MSの前ではこの程度の差は気休めにもならない。
おそらく、生還は望めないだろう。
「次官は急ぎ本艦から脱出を。誰か、次官を救命艇までお連れしろ!」
だがその言葉に、アルスターは首を横に振った。
「いや、私は逃げない」
「次官!?」
脂汗を流しながら、引き攣った表情でアルスターは続けた。
「私は、君達のような軍人ではない。正直な話、たまらなく怖い。本音としては一目散に逃げ出したい。だが――」
震える指先で、スクリーンのアークエンジェルを指し示す。
「あの艦にはフレイが、私の娘が乗っている。それを見捨てて逃げ出す事は出来ない。私は、あの子にとって恥ずべき父親である訳にはいかんのだ」
一方、アークエンジェルでも、その事実を確認していた。
「イージス? ではあのナスカ級だというの?」
思わず呻き声を上げるマリュー。握り締めた手は小刻みに震えていた。
「モントゴメリイより入電! 『らんでぶーハ中止、あーくえんじぇるハ直チニ反転離脱セヨ』との事です!」
パルの報告に、俯いて考えていたマリューが頭を起こした。
「全艦第1戦闘配備!! アークエンジェルは、最大戦速で先遣隊援護に向かいます!!」
即座に命じるマリュー。それを聞いたナタルが叫ぶ。
「艦長!」
ナタルの言いたい事はマリューにも分かる。モントゴメリイ以下の先遣隊は、アークエンジェルを逃がすための盾になろうとしている。
もしここでアークエンジェルが戦闘に参加し、万が一にでも撃沈されたならば、彼等の行動そのものが無意味になってしまう。
「相手はあのクルーゼ隊です。今から反転しても、逃げ切れると言う保障も無いわ。ならば、戦って血路を開きます!」
「見敵必戦か。ま、嫌いじゃないがね、そういうの」
シートから跳ね起きるフラガ。その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。パイロットである彼にとって、何であれ積極的な行動は望む所なのだろう。
「ゼロでスタンバっとく。キラの奴も急いで呼んでくれ」
「分かりました。大尉、お願いします」
ヒラヒラと手を振って答えると、フラガは足早に艦橋を後にした。
『敵戦艦の接近を確認!! 総員、第1種戦闘配置につけ!! 繰り返す!! 総員、第1種戦闘配置につけ!!』
警報が鳴り響く中、自室を飛び出したキラは格納庫へと急いでいた。途中、ラクスに与えられた部屋の前で、立ち尽くす2人の少女の姿に気付く。
「フレイ、ラクス!?」
その声にはっと顔を上げ、ぎこちない動作で分かれる少女達。キラは、急ぎ足で2人に近づいた。
「キラ様、戦闘になるのでしょうか?」
落ち着いた声で問うラクスに、キラは頷いた。
「正確には、もうなっているみたいです」
周囲を見回す。警報の下から感じ取れる微かな振動や作動音。これが艦が戦闘行動を取っている証だと、今のキラは理解する事が出来た。
「とにかく、部屋から出ないで下さい。良いですね」
可能な限り優しい、だが強い声で伝える。無言で頷いたラクスは部屋の奥に引っ込んだ。外から扉を閉め、施錠するキラ。
「さあフレイ、君も――」
振り返ったキラは、潤んだ瞳で自分を見上げているフレイに気付き、思わず言葉を失った。
「父がいるの」
「え?」
白い繊手が、意外なほどの力でキラの両手を握り締める。どきりとしたキラは、間の抜けた声で聞き返した。
「先遣隊に、私の父が乗っているの」
そういう事か。事情を理解したキラは、大きく頷いた。
「大丈夫だよ、フレイ。僕達も行くんだから」
はっとしたような表情になるフレイ。その顔にとても綺麗な、だが見るだけで切なくなるような笑みが浮かぶ。
「そうよね。キラはいつだって私達を守ってくれたものね」
そう言うとフレイは、キラから手を離した。
「うん、後は僕に任せて、フレイも部屋でじっとしていて」
力強く言うと、キラは再び駆け出した。
「まさか、<足つき>がこちらに突撃してくるとは」
戦術モニターを見ながら、アデスは呆れた様な感心したような声を上げた。
本来ならば、取り逃がさずに済んだ事を喜ぶべきなのだろうが、不安が残る。
「転進するものだと思ったのだがな」
ぽつりとクルーゼが言った。
「逃げる敵を後背から撃つのは容易い。だが、窮鼠と化して向かってくるのならば、こちらも余程の覚悟をせんとな」
それだけ言うと、クルーゼは立ち上がる。
「私も出るぞ。シグーの準備を」
「隊長!?」
驚くアデスに、クルーゼは続ける。
「ストライクと<鷹>のメビウス、私とアスランでなくては止められまい。後の指揮は任せたぞ、アデス」
「分かりました。御武運を」
アデスの敬礼に無言で答礼すると、クルーゼは格納庫へと急いだ。
キラがパイロットスーツに着替えて格納庫に飛び込んだ時、すでにストライクとゼロの発進準備は完了していた。
「遅いぞ、坊主!!」
「すいません!!」
マードックの怒鳴り声に怒鳴り返し、キラはストライクのコクピットに飛び込む。シートに着き、システムを立ち上げている間に、ミリアリアが戦況を伝えてくれた。
『敵はナスカ級が1隻にジンが3機、それとイージスがいるわ! 気をつけて!』
イージス、の言葉にごく僅かな時間、キラの手が止まる。割り込むようにサイから通信が入った。
『キラ、先遣隊にはフレイのお父さんがいるんだ』
「知っている。さっきフレイから聞いたよ」
『そうか。頼む』
サイに頷くと、キラはエールパックを装備したストライクをカタパルトへ進ませた。そこに、今度はフラガのゼロから通信が入る。
『キラ、この状況じゃあ作戦もクソも無い! とにかく、俺とお前でアークエンジェルの進路を切り開く。いいな!!』
「分かりました!」
肩にかかるプレッシャーに負けじと、大声で答えるキラ。モニターの向こうでフラガは器用にウインクすると、ピッと親指を立てた。
「キラ=ヤマト、ストライク出ます!!」
『ムウ=ラ=フラガ、メビウス・ゼロ行くぜっ!!』
立ち塞がる敵艦に向け、アスランの駆るイージスは最大加速で突入する。
『お手柄だったな、アスラン! そいつの性能、見せてもらうぜ!』
「ああ」
後続の僚機からの通信に短く答え、アスランは前方を見据えた。
敵艦から発進したメビウスが、3機編隊で向かってくる。発射されたミサイルを、だがアスランはかわそうともせずにそのまま突っ込んだ。
命中、そして爆発。だがPS装甲に阻まれ、イージスの機体には傷1つつけられない。そのままイージスはビームライフルを腰にマウントすると、両手のビームサーベルを展開する。
MAへの変形を考慮したためか、イージスのサーベルはストライクやデュエルのような手持ち武器ではなく、左右の手首への内蔵式となっている。そのため取り回しはいささか悪いものの、武装の切り替えがスムーズという副次的な利点があった。
「どけ」
アスランの押し殺した声と共に、双剣が閃めく。その一瞬で、3機のメビウスは尽く両断されていた。
力尽くで防空網を突破したイージスは、そのままMA形態へと変形。狂ったように対空砲火を浴びせる護衛艦――バーナードへと突撃する。
見る見るモニター一杯に広がっていくバーナードの船体。外し様の無い至近距離で、アスランは右のトリガーを引いた。
手足が変じた4本のクローが展開。機体の奥に隠されていた、580ミリという怪物じみたサイズの砲門が露になる。放たれたビームは、バーナードを易々と貫いた。
断末魔の炎にのたうつ護衛艦を尻目に再びMS形態へと戻ったイージスは、ビームライフルで残されたメビウスを掃討。そうしながらアスランの目は、残る2隻の艦影を追う。
『猛っているな、アスラン』
クルーゼからのの通信。そちらに目線を向けると、シグーの姿があった。
「隊長、どうして?」
そこでアスランは気付いた。逃走に移ると思われていた<足つき>がこちらへと向かっている。右舷のカタパルトが展開し、ストライクとメビウス・ゼロが発進した。
『見ての通りだ。私と君で<足つき>に当たる。ついてきたまえ』
言うなり変進したクルーゼ機に従い、アスランのイージスも<足つき>に向かう。
『アスラン、ストライクに乗っているという君の友人の事だがな』
クルーゼからの通信。キラのことを指摘され、アスランの体が微かに強張る。
『前回の戦闘で結論は出た筈だ。違うかな』
一瞬の躊躇いの後、アスランは頷いた。
「はい、隊長のおっしゃるとおりです」
ラクスの安否が定かでない今、迷うという贅沢など自分には許されない。目の前の敵は全て粉砕するのみ。例えそれが、親友であったとしても。
「邪魔をするな、キラ!!」
メビウス・ゼロと共に、全速力で先遣隊の援護に向かうストライク。と、コクピットのキラは、こちらに接近する2機のMSに気付いた。
「来た」
緊張で少し上ずった声。敵機のデータがモニター上に表示される。イージスと、シグー。
『クルーゼの野郎、直々にお出ましかよ。丁度良い、返り討ちにすりゃ俺達の逆転勝利だ』
通信スクリーンの向こうで、不敵に笑うフラガ。だがその目は、真剣そのものだった。
『キラ、クルーゼは俺に任せろ! お前はイージスを抑えてくれ!』
「分かりました!」
散開するゼロとストライク。それぞれがそれぞれの敵に向かう。
大写しになったイージスの姿に重なって、アスランの姿が浮かぶ。いや――キラは頭を振って親友の影を振り払う。替わりに浮かんだのは、フレイの笑顔。
ここを突破し、フレイの父親が乗った戦艦を助ける。今、考えるのはそれだけでいい。あの笑顔を、涙で曇らせてたまるものか!
「そこを退け、アスラン!!」
急速に接近するストライクとイージスが、ほぼ同時にビームライフルのトリガーを引く。交差した光の矢をイージスは最低限の機動で鮮やかにかわし、ストライクは掲げたシールドで辛うじて受け止める。
「くっ」
命中の衝撃に虚空で踏鞴を踏むストライク。そこに、左のサーベルを構えたイージスが斬りつける。咄嗟にレバーを操作するキラ。辛うじて抜き放ったストライクのサーベルが、イージスの斬撃を受ける。剣状に固着された荷電粒子が互いに干渉し合い、プラズマの火花が周囲を照らす。
『もう一度だけ言うぞ。投降しろ、キラ』
短距離回線が開き、スピーカーからアスランの声が流れてた。だが、キラはレバーを握る手に力を込め、押し返す。
「それは、出来ない!」
『何故だ!? 何故、地球軍のために戦う!? お前も知っているだろう、奴等が俺達に何をしたのか!!』
脳裏を過ぎるユニウス7の姿。しかしキラは迷わず答える。
「言った筈だぞ、アスラン! あの艦には友達が、守りたい人達がいるんだいるんだ!!」
「――そうか」
アスランのその声は、今まで聞いた事も無いような冷厳とした響きだった。背筋を走る不吉な予感。
次の瞬間、鍔迫り合いをする腕を残したまま、イージスの上体が後方に倒れる。同時に、足以外の下半身が跳ね上がった。変形。剥き出しになったフレームと、その中央の砲門。
殆ど脊椎反射だけで、キラはストライクを仰け反らせた。ほぼ同時に、イージスの内蔵エネルギー砲が咆哮する。直径にしてビームライフルの約10倍という非常識なエネルギーの奔流が、一瞬前までストライクが存在していた空間を薙ぎ払う。
いや、完全にはかわし切れていなかった。翳したシールドは限界異常の負荷を受けて融解し、蒸散する。
仕切り直そうと後退するストライクに、MSに再変形したイージスがビームライフルの3点射で追い討ちをかける。シールドを失ったストライクでは捌き切れない。2発までは辛うじて回避したものの、最後の3射目が左肩に命中。
「うわぁっ!」
思わず悲鳴を上げるキラ。装甲が砕け散り、左腕の反応と出力はダメージで3割程度まで低下してしまう。
強い――キラは慄然とした。
足元から、震えと共に恐怖がせり上がって来る。今のアスランは、アルテミス近海での戦いとは違う。先程の攻撃には明らかに殺意が有った。
萎えそうになる心を、だがキラは懸命に繋ぎ止める。アスランが死んだレノア小母さんやヘリオポリスの人達を背負っているのなら、僕にだって退けない理由がある。サイ、トール、ミリアリア、カズイ、そしてフレイ――
(ナチュラルとかコーディネイターとか、そんな事は関係無い)
胸の奥で、そっと呟く。
再びサーベルを構えて襲い掛かるイージスを、キラはしっかりと見据える。
『ならば、もう言葉は不要という事だな、キラ=ヤマト!!』
「そういう事だ、アスラン=ザラ」
繰り出された雷光の刺突を、ストライクは辛うじて回避した。
「キラ!」
視界の隅でストライクとイージスの戦闘を捉え、フラガは舌打ちした。
イージスの猛攻の前に、ストライクは防戦一方に回っている。かろうじて致命傷だけは避けているが、深刻な損傷を既に複数受けているのがこちらからでも見て取れた。
イージスの複雑な変形機構は高い戦闘能力を機体に与える反面、MS形態のみで見た場合はデッドウエイトでもあり、またフレームの剛性を低下させている。エールパックを装備したストライクならば、性能は互角以上。だが機体を操るパイロットの間には、些細な性能など問題にならない歴然とした力量の差が広がっていた。
『私を相手に余所見かね? 随分と余裕があるものだな』
スピーカーから流れる冷笑。どういうつもりなのか、こちらとの通信回線を開きっぱなしにしたまま襲い掛かってくる宿敵の機体に、フラガは意識を集中する。
懐まで入り込んでくるクルーゼのシグー。フラガは素早くゼロのガンバレルを展開し、迎え撃つ。
交差する2機。フラガの一撃はシグーの盾に弾かれ、逆に擦れ違いざまに振るわれたサーベルがゼロの機体を掠めた。
「ちっ!」
コントロールを失った愛機を瞬時に立て直し、フラガは歯噛みした。
「これじゃ立つ瀬が無いでしょ! 俺はぁっ!!」
ほぼ同時刻、フレイはアークエンジェル艦内の自室にいた。
同室のミリアリアは管制官として艦橋に詰めている。残されたフレイは1人、壁に設置されたモニターに見入っていた。そこには、今も艦外で繰り広げられている戦闘の様子が映し出されている。
まるで釘付けにされたかのように微動だにせず、喰い入る様な視線でモニターを見続けるフレイ。血の気の失せた顔は青ざめ、まるで紙の様だ。
素人であるフレイの目から見ても、地球軍の劣勢は明らかだった。
「パパ……パパの船は?」
忙しなく動く両目がようやくモントゴメリイの姿を発見する。まだ無事なその姿を確認し、ようやくフレイは胸を撫で下ろした。
だが次の瞬間、モントゴメリイの右舷でパッと閃光が走った。ジンが至近距離から放ったバズーカの砲弾が命中したのだ。
「ああっ!?」
悲鳴を上げる口元を押さえ、立ち上がるフレイ。そのまま室外へと走り出す。
廊下には人気が無く、ガランとしていた。兵員は各々の配置に着き、避難民は部屋で息を潜めているのだ。被弾でもすれば応急処置やら何やらで忙しくなるのだろうが、幸か不幸かアークエンジェルはまだ敵と直接には砲火を交えていない。そのため、フレイを見咎める者は誰もいなかった。
当て所も無く駆け回るフレイ。その耳に通路の向こうから、細い歌声が届く。美しく澄んだ、だが哀切な響き――それは、鎮魂歌だった。
フレイの体が落雷を受けたかのように硬直した。その瞳に、みるみる狂おしいまでの希望の光が灯る。
「そうよ――あの子がいたじゃない……」
それだけ呟くと、フレイは再び走り出した。目指す部屋の前で立ち止まり、番号を打ち込んで開錠する。
「フレイさん?」
前触れも無く開かれたドア。ラクスは歌を止め、驚いた表情で振り向く。その腕を、フレイはつかんだ。
「一緒に来てもらうわよ、ラクス」
満身創痍のバーナードがついに爆散した。その情景が、艦橋のメインスクリーンに映し出される。艦長席のマリューの顔から、残り少ない血の気がさらに引いた。
状況は、最悪だった。
ストライクとゼロはそれぞれ敵機に押さえ込まれ、進路を塞がれたアークエンジェルは立ち往生。残るジン3機は思うが侭、先遣隊を蹂躙している。
既にローもバーナードと運命を同じくし、直援のメビウスも大半が撃墜されていた。残されたモントゴメリイに、ジンとナスカ級の攻撃が集中する。
甘かった――自分の誤断に、マリューは歯噛みする。ザフトを、クルーゼ隊を甘く見ていた。やはりコープマンの命令通り、尻に帆かけて逃げ出すべきだったのだ。
「艦首砲発射準備! ジンが来るぞ! ストライクは何をしている!?」
CICで叫ぶナタル。駄目だ、離脱しなければアークエンジェルまでやられる。だが、この状況で背後を見せれば――
その時、艦橋の扉が開いた。そちらを見やったカズイは、目にした光景が理解出来ずに唖然とする。その反応に気付いたクルーが振り返り、そして同じ光景を目にした。
フレイが、ラクスを引き摺るようにして艦橋に入って来たのだ。
「今は戦闘中です! 一体、何をしているの!?」
マリューが叫び、サイが席から立ち上がる。だがフレイはその全てを無視すると、スクリーンに映ったモントゴメリイを指差した。
「あの船に、パパが乗ってるの……!」
割れた声で、フレイはラクスに言った。
「ラクス、あなたプラントのお姫様なんでしょう!? パパの船を撃たないでって――戦闘を止めてって、あいつらに言って!!」
フレイは絶叫した。艦橋の全ての者が、その言葉に凍りつく。
「お願いラクス、パパを助けて」
誰もが言葉を失った中、涙ながらに深々とラクスへ頭を下げるフレイ。
「…………」
無言で硬直するラクス。確かに自分の身柄がここにある事をザフトの部隊長に告げれば、戦闘を停止させる事は出来るだろう。アルスター外務次官の命も救われる。
だが、この艦もあの艦もプラントの敵であり、戦っているのはザフトなのだ。にも関わらずザフトが有利に展開している作戦行動を妨害する――それは、祖国に対する裏切りではないのか?
ほんの一瞬の逡巡、ほんの一瞬の躊躇。だがその一瞬の間に、事態は激変していた。
「主砲塔被弾!」
「機関区損傷、隔壁閉鎖!」
怒号の様な、あるいは悲鳴の様な報告が、モントゴメリイの艦橋に木霊していた。
「アークエンジェル、これは命令だ! 直ちにこの宙域から離脱しろ!!」
通信機に向かって叫ぶコープマン。だが度重なる損傷でついに故障したのか、返事すらない。
そんな喧騒の中、酸欠の金魚の様に口をパクパクさせていたアルスターの目が、スクリーンの片隅で戦うストライクとイージスの姿の上に止まった。
「奪われた味方機に落とされる!? そんなふざけた話があるか!!」
悲鳴そのものの叫びを聞きとがめたコープマンが顔を上げ、口を開きかけたその時だった。ヴェサリウスの主砲が火を噴いたのは。
モントゴメリイに吸い込まれた2本の光条が、容赦無く船体を貫通する――致命傷だった。
主動力炉、および推進剤に引火。誘爆を起こしたモンゴメリイは、無慈悲な閃光に包まれる。
(こんな所で――すまん、フレイ――)
無限に引き伸ばされた一瞬の間、アルスターは愛娘に詫びた。
その光景は当然、アークエンジェルからも確認された。
スクリーンが白い闇に塗りつぶされ、直ぐに明度が調節され、そしてかつては一瞬前までは戦艦だった物の残骸が残酷なまでにくっきりと映し出された。
「あ……い……いやあぁぁぁぁぁ!」
少女の慟哭が、ブリッジに響く。力を失った体を、サイが抱き止めた。そんなフレイの姿を、ラクスは目を見開いて見つめた。
「わ……私は……」
その時、ナタルが動いた。シートを蹴って上階へ行き、ひったくる様にカズイの手から通信機を奪い取った。
「ザフト軍に告ぐ!」
そのまま、全周波放送で叫ぶ。
「バジルール中尉!?」
マリューが咎めるような声を出すが、構わず続ける。
「こちらは地球連合所属艦アークエンジェル! 当艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル=クラインの令嬢、ラクス=クラインを保護している!!」
『偶発的に救命艇を発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス=クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方の自由意志でこの件を処理するつもりである事をお伝えする!!』
つまるところ、それはラクスの命を盾にした脅迫だった。
アークエンジェルもザフトも、その場にいた誰もが死の様に沈黙する中、クルーゼだけがシグーのコクピットで嘲笑のトランペットを吹き鳴らしていた。
「格好の悪い事だな、ムウ=ラ=フラガ。わざわざ援護に来て、不利になったらこれか。<エンデュミオンの鷹>も地に堕ちたと見える」
回線の向こうのフラガは沈黙を保っている。だが彼が浮かべているだろう表情は、易々と想像する事が出来た。
『隊長、映像を確認しました。確かにラクス様は<足つきに>おられます』
「ああ、分かっている。全機帰投、攻撃中止だ」
ヴェサリウスからのアデスの報告に、クルーゼは手を振って答えた。
ナタルの放送は、当然キラとアスランにも届いていた。動かぬ左腕を中心に鱠のごとく切り刻まれたストライクと全く無傷のイージス――2機の<G>もまた、その動きを止めていた。
「そん……な……」
あまりの事に呆然とするキラ。その耳に、スピーカーからアスランの声が届く。
『卑怯な!!』
煮えたぎるマグマのような叫び。
『救助した民間人を人質に取る――そんな卑怯者のために、お前は戦っているというのか!? 見損なったぞ、キラ!!』
キラは何も言い返せなかった。全身が、石の様に硬直している。
『あいつは――ラクスは必ず俺のこの手で助けだす。それを邪魔するのならば、誰だろうと容赦しない』
その言葉を最後に、アスランとイージスは去った。1人、残されたキラの両肩が震え出す。
「くそっ!!」
コクピットの壁に、拳を叩きつける。何度も何度も。パイロットスーツのグローブの下で手の甲が擦り剥け、血が滲む。
約束を、守れなかった――
戦いに、巻き込んでしまった――
「畜生、畜生!!」
2人の少女を思い、少年は自分自身の無力さに涙した。
後書き
えー、うちのキラもアスランも女がらみでヒートアップ、友情なんぞ銀河の彼方まで放り投げて殺り合ってます。
ただ、あの年代の、下半身で思考する健全な性少年の場合、価値観として男と女の間に越えられない壁があって当然だと思うのですが。少なくとも俺はそうだった。
代理人の感想
まぁ、そう言うもんですよねぇ(苦笑)。
ところで今回アナザーストーリーという割に本編との差が頭を下げるフレイだけというのがなんとも(爆)
・・・細かいかな?