機動戦士ガンダム0153 〜翡翠の翼〜


第二章   邂逅  


  UC 153 2月 23日  サイド2と衛星軌道上を結ぶ航路上

 ザンスカール帝国軍第3艦隊。通称タシロ艦隊に所属する哨戒艇シノーペ703のキャプテンを務めるローグ・
ジャイロ少尉は今、不機嫌だった。と、いうのも、今現在彼が行っている任務は彼が属する建造中の宇宙要塞、
カイラスギリーの周辺の哨戒を行っているわけだが、その任務が気に食わないのである。

 いや、任務そのものは気に入っている。哨戒は大切な任務だ。これをきちんと行わないと、相手の奇襲を受
け建造中のカイラスギリーが破壊されてしまう。カイラスギリーは、正確に言えばそのビッグガンは衛星軌道
上から地球上を狙い打つことの出来る超巨大なメガ粒子砲である。これが完成さえすれば、現在地上に降りて
活動中のイエロージャケットの部隊に余計な消耗をさせずして全面的に地球上の勢力すべてに圧力をかけ、無
血で降伏させることが出来る。タシロ・ヴァゴ大佐が梃入れして進めているこの計画。実現すればそれだけで
ザンスカール帝国の全面勝利を約束することになるだろう。そのためにも、今現在多くの太陽電池衛星や通信
衛星を支配下に置き、それらを哨戒して回る部隊が多く存在しているのだ。

 このシノーペ703も、そんな哨戒部隊のひとつである。任務そのものは、とても誇らしい。それは、ローグ
にとっても間違いのない事実だ。憂うことがあるとすれば、最近。多くの哨戒機がゲリラどものハンターに襲
われ、消息を絶っているということくらいだろう。

 それを考えて、ローグは胃がきりきりと痛む気がしてきた。顔を思わずしかめる。そこに、

「あれ? ジャイロ少尉。顔色、悪いですよ?」

 と、そう声をかけるものがいる。この船のクルーにして、今。シノーペの上下に係留されている二機のゾロ
アットのパイロットの一人の、フィーナ・ガーネット。それが、今ローグに声をかけた人物だ。そして、それ
こそがローグの不機嫌の理由でもある。

「何かね? ガーネット曹長」

 振り向いて言うローグ。その視線の先に、黄色いパイロットスーツ姿の少女たちの姿が映る。

 そう、少女たち、だ。ローグの視線の先に写るのは、三人のパイロットスーツ姿の少女たち。いいずれも年
のころ十五ほどの幼くさえ見えるほどの少女たちである。この三人とも、モビルスーツのパイロットなので
ある。この三人を連れて行け、と命令されたとき。正直冗談だと思った。当然だ。モビルスーツはおもちゃで
はない。複雑な構造をし、念入りに組まれたプログラムで駆動する現代最強の機動兵器。それを扱うパイロッ
トたちは軍の花形であり、ベスパのみならず、連邦軍や各コロニー自治軍でも志願者が一番多い部署である。
結果として、一番競争率が高く、高いハードルの、いわばエリートである。

 にもかかわらず、今ここにいるのは年端も行かない少女たちだ。もう一度ローグは彼女たちに目を向ける。
何度見ても、ここにいるのは少女だ。栗色の長い髪をまとめてアップにしている、黄色人種の少女がフィーナ。
この三人娘のリーダーのような役割を勤める。

 そして、白い肌に黒い長い髪をした少女が、サフィー・クルツ。おとなしめの容貌をしており、物腰も落ち
着いた清楚な印象の少女である。

 最後の一人が、二人と同い年でありながら一回り小さい体躯をした褐色の肌にツーテールの金髪をしている
少女、ミューレ・エメラルダ。くりくりとよく動く大きな目をした、かわいらしい少女だ。

 いずれにしても、人目を引くような、美少女と呼んでも過言ではない彼女たちだが、どう考えてもパイロッ
トには見えない。上官の説明によると、すでにサイド2領海でのコロニー自治軍との小競り合いで出撃し、全
員撃墜数5機を超えている、とのことだが。

(何がニュータイプだ。そんなもの、ただの迷信だろうに)

 後ろでこちらを見てくる三人の少女の顔を見返しながらそんなことを思うローグ。そう、彼女たちのことを
パイロットとして、この船のクルーとして紹介した上官は、彼女たちがザンスカール本国で見出された「ニュ
ータイプ」パイロットだという。

 ニュータイプ。かつてジオン・ダイクンが提唱した、宇宙という新しい世界に適応した新人類。なのだが、
実際のニュータイプへの認識はというと、かつての一年戦争において、RX-78-2 ガンダムを駆り、地球連邦軍
の逆転勝利に貢献したという伝説のパイロット、アムロ・レイのように、規格外の怪物パイロット、という風
な認識がメインである。
 
 ただし、そのこともいまや過ぎ去った時間が長すぎたために、戦場という異常世界が生み出した伝説。一人
歩きした荒唐無稽な作り話、というのが通説となっている。まあ、訓練を受けたこともない民間人の少年が最
新兵器を駆り、百機以上の敵機を撃墜したなど、信じられるものではないし、アムロ・レイに関しては第二次
ネオジオン抗争。通称シャアの反乱時に地球に落下しかけたアクシズの半分をモビルスーツ一機で押し返した、
などというでたらめな逸話さえ残っている人物である。

 そんなことをまともに信じるものなどいるはずもないし、大真面目に語ったところでトンデモ説扱いを受け
るか、あるいは本気で精神病院への入院を勧められるのがオチである。なので、いまどき。「ニュータイプ」
の存在をまともに信じているものなどいやしないのだ。

 にもかかわらず、彼の上官はまじめな顔をしていった。ザンスカール本国では、ニュータイプを訓練したエ
リート部隊を編成しており、この三人の少女はその一部である、と。彼は上官に言いたかった「あんた、正気
か?」と。だが、悲しいかな。彼はあくまでも軍人だった。上官の意見には従わざるを得ないのである。たと
え、頭の螺子がいかれてしまっているどうしようもない上官にも。

 はあ、とため息をつくローグ。こんなことならさっさと除隊して、家族の元に帰るべきだった。彼には妻も、
今年で8つになる息子もいるのである。ザンスカールを守るために軍に入り、こんな目にあう羽目になるとは
夢にも思わなかった。

 仕方がないので、後ろの三人を無視して自分の仕事に専念することにした。目の前のパネルを操作し、船体
についているセンサーを調節。それで、敵影を探しつつ、航路の確認。後半日の辛抱だ。それさえすめばカイ
ラスギリーに帰ることが出来るし、今度はまともなクルーがあてがわれるだろう。

「それでさ。カイラスギリーで見たあれ。どう思う?」

「あれ? クロノクル少尉のこと。正直、私はあまり趣味じゃないわ。なんか、女王陛下の弟の割りに品がな
さそうなんですもの」

 後ろから話し声が聞こえる。フィーネの言葉に、サフィーが答える。その内容に、思わずお前らはハイスク
ールの学生か、と怒鳴りたくなるローグ。

「違う違う。あんなのどうでもいいの。あたしが聞きたいのは、テスト中のモビルスーツ。確か、シャッコー
って言ったっけ? ほら、オレンジ色の機体」

「あ、よかったよねー、あれ。見た目もすっきりしててかっこいいし。運動性も、機動力も問題ないみたいだ
しさ」

 フィーナの言葉にミューレがそう答える。どうやらこの三人。二週間ほど前にカイラスギリーに運び込まれ
たトライアル用の試作型モビルスーツ、ZMT-S12Gシャッコーの話をしているらしい。現在宇宙空間での機動テ
ストを行い、それが終われば次に地球に下ろして重力下テストを行う予定の、最新型モビルスーツだ。現在、
リガ・ミリティアとか言うゲリラが運用している二つ目のモビルスーツの性能が思いのほかいいため、それが
もし、地球連邦軍やコロニー自治軍が採用し、主力モビルスーツとなったときのことを考慮して積極的に新型
モビルスーツを開発している中で、次期主力モビルスーツの最有力候補とされているのが今話題に乗っている
シャッコーらしい。

 そのモビルスーツの話題をするなんて、まあ一応パイロットの端くれなのだな、とローグは少しだけ見直す。
とはいえ、本当に少しだけなのだが。……年頃の娘のする話ではないが。

「ゾロアットも悪い機体じゃないんだけどね。さすがに訓練も含めて三年乗ってると飽きるよ、ホント」

「えー、そうかな。ボクは好きだよ? 丸っこくてかわいいじゃない。赤と黄色でおしゃれだし」

「うーん。確かに、カラーリングはいいね。なんかこう、危ない機体だぜ! って主張してるみたいで」

「たしかにそうですね。信号機で言えば、赤と黄色だもの。警戒色としては一番メジャーだし」

「そうでしょ? それに、赤って言うとエースカラーでしょ? ほら、大昔のパイロットでいたじゃない。え
ーと、赤い巨星、だっけ?」

「それを言うなら赤い流星じゃないの?」

「二人とも違います。真紅の稲妻よ。ほら、真紅の稲妻の、えーと、シャア・アズナブル、だったっけ?」

 ミューレとフィーナの言葉を訂正するサフィー。だが、彼女の言うことも間違っている。いや、ある意味正
解なのだが、やはり間違っているのである。話を聞いていてローグは頭が痛くなってきた。それを言うなら赤
い彗星だろう、と突っ込みたかったが、空しいのでやめた。

 と、ふと船内が静かになった。雑談に興じていた三人娘が、押し黙ったのだ。その様子にローグは不思議に
思い、振り向く。と、三人娘は皆そろって脱いでいたヘルメットを身に着け始める。そして、

「じゃんけん、ポン。あいこで、しょ。しょ、よし! あたしの勝ち!」

「あら。私の勝ちみたい」

「えー、じゃ、ボクが留守番なわけ? あーあ、つまんないなあ。これだから三機積んで欲しかったんだよね」

 その光景に唖然とするローグ。何でこいつらはこんなことをしているんだ? いや、これから何をするつも
りなんだ? そんな風に自問自答していると、三人娘がこちらを向いて、

「ではキャプテン。これよりフィーナ・ガーネット。出撃いたします」

「同じく、サフィー・クルツ。出撃します」

「で、ボクは留守番。ってことでココでガンナーやってまーす」

 口々にそういいながら敬礼をする三人娘。それに呆然としたローグだったが、

「ま、待て! 勝手なことをするな! 出撃だと? ふざけるな! モビルスーツはおもちゃじゃない! 何
もないのに動かすことの許可など出すわけにはいかん!」

「敵襲ですよ。南天方向の二時の方角辺りに、潜んでるやつがいます。数は、たぶん三機から五機の間、かな?
うわさのゲリラだったら面白いんだけどね」

 ふふん、と猫のような口をして言うフィーナ。それは別にローグのことを馬鹿にしているわけではなく、彼
女の言う「敵」に対する不敵さであろう。が、彼女のいうことが信じられないローグはなおも食い下がろうと
したが、

「では、いってきます」

 そういうと二人そろってシートを蹴って後ろのほうに流れていく。そして、上下に分かれてエアロックに進
入するとそれそれ係留されているゾロアットに乗り込んだ。それを見てローグは歯を食いしばり、一人残った
ミューレをにらみつけ、

「貴様ら、何を勝手なことを! ココは子供の遊び場じゃないんだぞ! ふざけていると軍法会議にかけるぞ
!」

「大丈夫ですって。ま、見ててくださいよ。あの二人の腕は確かですし、ボクたちが感知したんです。間違い
なく敵はいますから、ね?」

 ウインクをして、自身ありげに言うミューレ。その様子に思わず言葉を失うローグ。そこに、

『じゃあいってきまーす。きちんと下がっててね、この船がやられるとこっちがまずいんだから』

『では、いってきます。戦果を期待してください、キャプテン』

 二人の少女はそう接触回線で報告すると、一気に機体を加速させ敵機がいる、という空域に向けて飛び出し
ていった。それをミューレは手を振って見送る。しばし唖然としていたローグだったが、小さくなっていくゾ
ロアットが見えなくなったあたりでビームライフルを撃つと、その先で散開するテールノズルの輝きが見えた。

「敵だと!?」

「うーん。やっぱ四機か。二対四。数の上なら不利だね。相手が連邦の機体なら問題ないだろうけど……」

「な、なんだと? 何でだ、何でわかった!? センサーにはまったく反応がなかったぞ? ミノフスキー干
渉波も反応していない! センサー範囲外の相手を、どうやって補足した!」

「勘、かな? 悪いですけど、それくらいしか言いようがないんですよ」

「馬鹿な……勘、だと?」

 ミューレの言葉に愕然とするローグ。このシノーペに乗せられているセンサーは、決して悪い性能のもので
はない。確かに、巡洋艦、戦艦に載せられているようなものよりは範囲も精度も劣るだろうが、それでも哨戒
艇としてはおそらく、最高の性能を持っているだろう。

 そのシノーペのセンサーで感知できない距離の敵を、この少女たちはただの勘で見つけた、といったのだ。
そして、ふと思い出す。かつて語られたニュータイプは超能力じみた勘の鋭さを持ち、人の心を読むことすら
出来た、という。うそだと思っていたそれが、真実じみてきた。

背筋が冷たくなる。目の前で不敵な笑みを見せる少女が、にわかに怪物のように思えてきた。ニュータイプ
部隊。ただの与太話や、でたらめではない、というのだろうか。



 シノーペ703を飛び出した二機のゾロアットはそのまま敵機がいる空間を目指し、射程に入ると同時に二
機同時に背部ビームキャノンを連射する。それは暗闇を貫き、そして。その先にいた敵機が散開した。その数
は、4。それを見て、フィーナは目を細めた。

「二対四なわけ? ふふん。いいハンディキャップよ。……いい? サフィー。気合入れていくわよ!」

『そうね。でも、気をつけて。見たことのないタイプよ。たぶん、うわさのゲリラの機体。無線を封鎖するけ
ど、大丈夫?』

「ノー・プロブレム! そんなのなくても、あたしたちには絆があるから大丈夫よ!」

 言って、フィーナは無線をきった。これでサフィーの機体とも、シノーペとも連絡が取れなくなる。だが、
問題はない。どの道ミノフスキー粒子を散布すれば無線はろくに使えなくなるのだから。それに、そんなもの
がなくとも彼女たちにはお互いの意思の疎通が可能なのだから。

 フィーネはまるで鷹のような目つきでモニター上の敵機を見やると、両手に持つコントロールシリンダーを
押し込んだ。それに反応してフィーナの乗るゾロアットはセンサーアイのカバーを押し開き、ギン、と縦長の
虹彩を輝かせる。その悪魔的な姿は、敵を威圧するのに十分なインパクトだ。

「さあって、うわさのゲリラがどれほどのものか……見せてもらうわよ!」

 そう叫ぶとフィーナは高速で機体を動かした。強烈なGが彼女の体を襲うが、訓練でいやというほどGには慣
れているのでどうということはない。彼女の目ははっきりと、モニター上のスレンダーな肢体をした濃紺のモ
ビルスーツを捉えていた。
 
 その機体に、ビームライフルを撃ちながら弧を描く機動で接近する。敵機はそれをうまく回避しながら撃ち
返して来る。その動きは、鋭い。少なくとも、連邦のジャベリンなどとは比較にならない動きだ。

「いい機体だ」

 呟きながら、なおも接近。と、同時に一機に機体を加速させ、ビームストリングスを射出し、一機に機体を
反転させた。それによって、ビームストリングスでなぎ払うような形になる。敵機はその動きに虚をつかれた
ようにあわてて回避するが、そこにビームキャノンで追撃する。然し、それはビームシールドで防がれ、さら
に別の敵機が上のほうからビームライフルを撃ってくるのでそれをかわさなければならなかった。

「思ったより、やる。こいつら。……一対二じゃ、不利か」

 相手の機体の性能が思っていたよりもいい上に、腕もいい。見たところ、ベスパでもエース級の腕前ではれ
るパイロットではないだろうか。

 少なくとも、一対二では勝つのは難しい、と思った。だが、二対四ならどうか? フィーナはほくそえみ、
少し離れたところで二機の敵機とやり合っているサフィーに意識を飛ばした。

(サフィー。やるよ)

(そうね。思ったよりも手ごわいし……)

 フィーナが意識を飛ばすと、そう反応が返ってくる。精神感応。理屈はよくわからないが、ニュータイプと
呼ばれるものたちは、互いに意識同士を感応させることが出来る。はじめは偶発的に互いの意識同士が触れ合
うだけだったが、フィーナたちは訓練期間の最中、共同生活をしてその上で精神感応を使いこなすための特別
カリキュラムをこなすことである程度、恣意的に互いの意識を触れ合うことが出来るようになった。その際に
やり取りされるのは、ただの言語イメージのみならず、視覚的なイメージや、幻視した光景なども含まれる。
それを戦闘中に応用することによって彼女たちはミノフスキー粒子下において、あたかも高密度のデータのや
り取りを行い、システム化しているかのような連携をやってのけて見せるのだ。

 今、彼女たちはそれを行った。離れた位置にある二機の機体がそれぞれが認識する敵機のポジション。自機
のポジションを認知し、戦場全体の動きを把握する。そして、それぞれが敵機に追撃されていること。そこを
認識し、二人は互いを追う敵機に向けてビームライフルやビームキャノンを撃って牽制する。

 その射撃に、濃紺の機体、ガンイージは一瞬足並みを乱す。ばらばらに動いて逃げ回っていたはずの敵機が、
ミノフスキー粒子下の無線の通じない状況でまるで申し合わせたかのようなタイミングで同時に機体を旋回さ
せ、互いを追跡する敵に向けて同時射撃を行ったことにガンイージのパイロットたちは驚愕したのだ。それが、
ガンイージたちの統制の取れた動きを乱す。わずかにばらけたその瞬間を見逃さず、二機は同時に反転。少し
離れたポジションについてしまったガンイージに狙いをつけまるで狼のように、一気に攻める。フィーナのゾ
ロアットが加速しながらビームを撃ち、相手の足を止める。そして、その隙にサフィーの機体が側面からビー
ムシールドを薄く延ばし、あたかもサーベルのように展開して切りかかる。

 その一撃はガンイージが抜いたサーベルで防がれたが、サフィーはそのまま機体を小刻みに制御し、敵機の
足元に迫るとサーベルを抜いてそれを突き上げた。それをガンイージは回避できず、コックピットにサーベル
が直撃。ガンイージはその一撃で沈黙した。

 そのガンイージの機体を、サフィーはゾロアットに蹴らせた。かなりの勢いで流されていくガンイージの機
体は遼機を撃破され、やや戸惑い気味に集結した三機のガンイージのほうに流される。それを、フィーナのビ
ームが貫き、核融合エンジンを爆発させた。煌々と輝く火球。それを目くらましに、二機のゾロアットは上下
から襲い掛かる。

 さすがに目くらましだと理解していたガンイージは一気に散ると、襲撃を警戒する。が、それはまさに二人
の思惑通りだった。相手の動きを読んでいた二人は、散った機体の内、右の方角に飛んだ機体に狙いを定める。
複雑な軌道を描きながらビームを撃つゾロアットの射撃を、ガンイージはシールドを展開しながらアポジモー
ターを吹かせて回避軌道を取るが、二人の巧妙な連携から来る連射を防ぎきることが出来ず、左腕を根元から
持っていかれ、次に胴体に直撃。宇宙に二つ目の爆華を咲かせた。
 
 それを確認するなり、二人は機体を残った敵機に向けて反転させる。

 然し、敵もさるもの。二機相手にあっという間に友軍機が二機撃破されたことで不利を悟って機体を反転さ
せて逃走にうつっていた。それを見た二人は何も言わずに追撃。スラスターを吹かせ、とりあえずビームをば
ら撒いた。それを敵機は回避しながら全速で逃げていく。と、一瞬爆発光がきらめいた。撃墜か? と思うが、
それにしては光が小さい。何だろう、と思った次の瞬間、いくつもの爆発が前方で連続して起こる。

 それを目撃した瞬間、二人はゾロアットの足を止めていた。

「あちゃあ、機雷かぁ……さすがはゲリラ。逃げるのがうまいや」

 逃走ついでに機雷をばら撒いていった敵機の影はもう見えない。どこかに船でもあるかもしれないが、いま
さら追撃を続行する気にはなれなかった。機雷原に突っ込んで痛い目にあいたくはないからだ。

『二機撃破。こっちは損害なし。十分な戦果でしょう』

 近づいてきて方に手をかけ、お肌のふれあい回線で話しかけてきたサフィーがそういった。それを聞き、顔
をほころばせてフィーナは言う。

「とりあえずさ、二人とも一機づつ撃墜レコード更新。これであたしが通算8機だよね」

『そうね。で、私が7機?』

 と、そんなことを言い合う。二人はそれから小さく笑うと、敵機が逃げていった空域に目を向けて伏兵もな
ければ逆襲に来る気配もないことを確認すると、機体を反転させ、離れた空域で待機しているシノーペ703
に向けて帰還していった。


 そのシノーペ703のブリッジではローグが唖然としていた。この距離では詳しい戦闘風景が拝めるわけで
はないが、それでも離れた空域で爆発の光が瞬き、モビルスーツが爆発したことはわかる。それを見て一瞬体
をこわばらせたものの、ミューレが

「ああ、もう。これでサフィーが7機目じゃない」

 と、一つ目の爆発光を見て呟き、続いて瞬いた光に

「うぅ〜、フィーナが8機目。これでボクが一番ドンケツじゃないか」

 そう不服そうに呟くのを聞き耳を疑った。この少女はこの距離で戦闘の詳細が理解できるのか? と。そのことを尋ねると、

「なんとなくだけど、ね」

 という返事が返ってきた。そしてしばらくすると、テールノズルの輝きがこちらに迫ってくる。それを見て
緊張したローグではあったが、コンソールパネルに表示される敵味方識別信号が友軍機の反応になっているの
を確認し、安堵する。そして、二機のゾロアットは相対速度をシノーペに合わせると、そのまま接弦。蛇腹の
ようなエアロックがシノーペから伸び、それを伝ってゾロアットのコックピットからシノーペの船内に戻って
きた。

「あはー、たっだいまー! っと、しっつれいしましたぁ! フィーナ・ガーネット曹長。ただいま帰還しました!」

「同じくサフィー・クルツ曹長、帰還いたしました」

 船内に戻ってきた二人は敬礼してそうローグに声をかけた。それを見て、ローグは一瞬ほうけるものの、す
ぐに我に返って

「あ、ああ。ご苦労だった。それで、敵機は? 確か、四機だったはずだが」

「すみません。もう二機は取り逃がしました。推進剤とかのこともありまして、これ以上は、と判断しまして」

「そうだな。引き際はわきまえたほうがいい。……失礼だが、私は諸君らのことを見くびっていたようだ。い
や、たいしたものだ」

「ありがとうございます。でも、惜しかったなぁ。あの機体。鹵獲してたら手柄だったかもよ?」

 戦闘中、サフィー機が撃墜したガンイージ。コックピットだけを貫いたあの一撃で残った機体は持ち帰れば
未確認の敵機のサンプルとして重宝されたであろう。正直、連邦軍が使用する機体はおろか、このゾロアット
よりも基本性能は優れていたかもしれないこともあって、もったいないかな、と思う。

「爆発させたのはあなたでしょうに」

「うう、それをいわれるとつらい」

 サフィーの突っ込みにたじろぐフィーナ。とはいえ、あの時ガンイージの機体を撃つ事を指示したのはサフィーだったわけで。

「敵機はジャベリンではなかったのか?」

「ジャベリンなら逃がしてません。四機程度、あっという間に全滅させますよ」

 自信満々に言うフィーナ。その言葉にサフィーもミューレもうなずいた。その言葉にローグはわずかに目を
見開く。ベスパのパイロットでも、エース級。たとえば「人食い虎」ゴッドワルド大尉なら同じことを言って
も誰もが納得するだろう。が、こんな少女までもが同じようなことを言う。もし、ローグが先ほどまでなら、
何を馬鹿なことを、と一蹴しただろうが、今なら違う。この二人の、いや。三人の少女がただならぬパイロッ
トであることはすでに理解しているのだ。だから、素直にフィーナの言葉に納得する。

「そうか……ならば、うわさのゲリラのモビルスーツの可能性が高いわけだな」

「はい。後ほどゾロアットのログを提出いたしますので、戦術評価のほど、お願いします」

「ああ。頼まれるよ、曹長」

 そういって苦笑すると、ローグは前を向いてシノーペの航路を確認。とりあえずカイラスギリーへの帰途に
つくことにした。その後ろで、三人娘は互いにサムズアップサインを繰り出して、自分たちの勝利を祝ってい
た。まるでどこぞのハイスクールの教室のように騒がしくなる船内だが、もうローグはそのことを気にならな
くなっていた。この若さで超の字がつくほどの一流パイロットになりつつある少女たち。その存在に底知れぬ
不気味さを感じながらも、少女らしいこの騒がしさに安堵を覚えながら。


 UC153 2月 24日  静止衛星軌道上 戦略衛星カイラスギリー周辺宙域

 およそ二日の日程を経て、哨戒任務を終えたシノーペ703は、ようやく戦略衛星カイラスギリーが目視で
きる距離まで帰ってくることが出来た。いまだ完成せず、あちこちにモビルスーツが取り付き作業をしている。
モビルスーツの大きさと比較して分かるその巨大な威容を目の当たりにして、ローグはようやく帰ってきたの
だな、と胸をなでおろした。だというのに、

「おお、ようやく帰って来ました、我らがカイラスギリー! ……でも、いつ見てもアレだね、この形は」

「……根元にある建造中の巨大な二つの球形の粒子加速器。その間にあってまっすぐに伸びる砲身」

「まるで……」

 そこまで言った所で、思いっきりわざとらしく、大きな咳払いをするローグ。言うな。それ以上は言うな。
頼むから。今の咳払いには、その思いが強くこもっている。それを感じ取ったのか、三人娘は言葉を言葉を
つぐみ、ローグに目を向ける。ローグは振り向いて、三人娘をにらみつける。

「いいか。それ以上は言うな。頼むから」

 ほとんど泣きそうな声で言われ、反論できなくなる三人娘。互いに顔を見合わせて、それから深く納得した
ようにうなずいて、ローグの元に近づき、その肩をポン、とたたく。

「やっぱり、みんなおんなじことを思ってたんですね。まあ、見たまんまアレっぽい形、してますもんね。あ
たし、実物見たことないですけど」

「私も。……医学書くらいでしか」

「あ、ボク写真集で見たよ。でも、実物は、アレだね。亀の頭みたいで。あんなにとんがってないんだよ?」

「亀の……」

「どんな形なのかしら……」

 と、三人の少女たちは下ネタで盛り上がる。正直、いい大人のローグとしては、女性に妙な幻想などを抱く
ほど清純ではないが(それでもマリア女王が下ネタで盛り上がったりしたら卒倒くらいはすするだろうが)、
正直。カイラスギリーのビッグガンのことでこういう風に盛り上がるのだけは勘弁して欲しいのである。

 カイラスギリーのビッグキャノン。静止衛星軌道から地球を狙い打つ超巨大メガ粒子砲。タシロ大佐が考案、
実行に移している地球攻略の作戦なわけだが、そのスケールのすさまじさ。とんでもない威力の割には、その
実物を見たものや、カイラスギリーに勤めるものたちからは今ひとつ、芳しい評価が得られない。

 その理由は、今。三人娘がしゃべっていた内容のとおりである。根元に二つの、押しつぶしたような球形の
太目の円盤の粒子加速器を備え、そこからエネルギーチェンバーでつながれた巨大な砲身を備えるのが、完成
したビッグガンの形状である。そして、その形状があるものを容易に想像させる。まあ、あえて言うまでもな
く理解できるだろうが、その形状は、そう。男性器に似ているのである。建造途中の今は、砲身も短く、まだ
三つのパーツが連結されていなくてもすでに配置にはついているので容易に想像させてしまう。

 ローグ自身。ここに配備され、建造中のカイラスギリーのビッグキャノンを見た瞬間、そういいかけた。そ
して、一緒に配属されてきた同僚の顔をのぞき見て、その唖然とした表情を見て、同僚もまた同じ想像をした
ことを悟った。そりゃあそうだ。どう見ても、口元を微妙に引きつらせ、コメントに困る顔をしていれば誰だ
って何を言いたいのかくらいは理解できようものだ。

 然し、だ。誰もいえない。いえるはずがない。このビッグキャノンを前にして誇らしげにしている、カイラ
スギリーの司令官にして艦隊指令たるタシロ・ヴァゴ大佐の姿を見て、そんなことをなぜいえようか。単純に
機嫌を損ねるのが怖い、ということもあるが、同時に。タシロ指令は野心家であり、冷酷な人物であるが、ま
た有能で部下を大切にする上官でもあり、何よりも愛国心の強い人物でもある。外から来たフォンセ・カガチ
やムッターマ・ズガンと違い、タシロ・ヴァゴは生粋のアメリア生まれだ。なので、ザンスカールの兵たちは
タシロに親近感を覚えている。やはり、同郷意識というものはいつだって強いものなのである。

 そんな司令が誇るこの要塞を、卑猥な言葉でなじることなど、誰だって出来やしないのである。誰もが、言
いたいけどいえない。そんなジレンマを抱える毎日。まるで「王様の耳はロバの耳」みたいだ、とこぼす士官
がいるのも当然といえば当然だろう。

 とはいえ、このカイラスギリーが非常に重要な戦略拠点であることは間違いないだろう。たとえ、いまだビ
ッグキャノンが未完成であっても、ザンスカール本国から地球へ侵略する際の橋頭堡としての役割を果たして
いるし、月面や、他のサイドへの牽制にもなる。ゆえにタシロはこの場所を拠点として選び、維持し続けてい
るのである。

 そして、それを危険視して地球連邦軍はこのあたりで偵察行動を何度も行い、ゲリラ組織、リガ・ミリティ
アもまた、積極的に小部隊を展開し、哨戒艇を沈めてわずかであってもこちらの戦力をそぐためのハンター行
為に勤しんでいるわけである。一度で受ける損害は、シノーペ一隻に二機のモビルスーツ。こう聞けばたいし
たことがない様に思われるかもしれないが、もともとコロニーひとつの国家に過ぎないザンスカール帝国にと
ってはモビルスーツ、シノーペの損害よりもむしろ、パイロットや船を動かすクルーたちの消耗のほうがはる
かに痛い。だが、だからといって哨戒をやめるわけにもいかないし、人手の問題もあって一度の哨戒に出せる
戦力は限られてくるのである。司令たるタシロ大佐はさぞや頭の痛いことだろう。

 そうしたことを考えれば、今回。そのゲリラどもの奇襲を返り討ちにしたのは大きな戦果であるといえる。
たとえ損害が二機であっても、ゲリラが保有するモビルスーツ、パイロットの量はこちらの比ではない。一機
あたりの損失は向こうのほうが圧倒的に上となるのである。それを考えれば、今回のようにうまく撃退できる
ことが続けばゲリラどものハンター行為も鳴りを潜める可能性も十分に考えうることが出来るだろう。

 ならば、今回。精鋭パイロットを哨戒艇に同行させたのはその作戦のテストケースだったのではないだろうか。

 ローグは正面に近づいてくる巨大なカイラスギリーと、それに尻から接弦している巨大戦艦、スクイードや
その周囲に展開している上下対象の独特のフォルムをする、木星の衛星の名を冠するベスパの戦艦、アマルテ
ア級や巡洋艦カリスト級の姿を見ながらそんなことを思った。

 もっとも、後ろでひそひそと下ネタで盛り上がっているこの三人の少女たちがゲリラに対する死神だとは思
えないし、思いたくもないのが現実であるが。

 シノーペ703はカリスト級巡洋艦やアマルテア級戦艦が展開している中、その合間を縫う形で進んでいっ
てカイラスギリーに近づいていく。そして、カイラスギリーの根元に接続されているスクイードの四本のカタ
パルト・デッキのひとつに近づき、そのままその奥の格納庫に向かい、そこで着艦した。

 そこでクルーたちは荷物をまとめ、シノーペから降りる。その際、フィーナとサフィーは再度ゾロアットに
乗り、シノーペから離脱してスクイードのモビルスーツデッキのハンガーにゾロアットを固定させる。その後、
ゾロアットは奥に運ばれ、整備されることになるだろう。

 二人はゾロアットのコックピットから出ると、シノーペから出たローグとミューレと合流。それからガンル
ームに行って引継ぎを終え、ひとまず休息をとることになるだろう。とはいえ、このカイラスギリーで休息を
取る場所といえば各艦しかないのだが。あいにく、カイラスギリー本体はビッグキャノンそのものといっても
過言ではないため、人が住む居住スペースはかけらほどもない。その代わりを、スクイード1,2が肩代わり
しているのである。

「あー疲れた疲れた」
 
 哨戒任務から開放されたフィーナはそういって大きく伸びをする。作戦行動中もリラックスしていたように
見えたが、どうにもアレでストレスを感じていたらしい。そして彼女はガンルーム内の窓際まで漂っていくと、
そこから眼下の光景に目をはせる。そこではモビルスーツ、シノーペなどといった小型の機体が立ち並び、補
給、整備を行っていた。それは戦艦内の光景とは思えないほどに大規模なものである。それもそのはず。この
スクイードは戦艦とは名ばかりで、実際には要塞の一部としての機能を持つ施設なのだから。

居住施設のみならず、対空防御。モビルスーツなどの整備、展開するための基地としての役割。そして、艦
隊を指揮するための移動司令塔。つまり、はじめからこの艦はカイラスギリーを建造するためだけに作られた
といってもいいだろう。もっとも、戦艦としての性能も現代最強の機能を誇っているが。

 この間、そしてカイラスギリーを見ただけでも、タシロ・ヴァゴが大佐という役職にありながら、その権力
がそれを逸脱した巨大なものであることが理解できる。

 ちょこまかと動き回り、無重量空間であることを利用し、あちこちに浮かびながらワイヤーガンを使って移
動して整備にいそしむ整備員の姿を見ながら、フィーナは改めてザンスカール帝国という国家の力を認識させ
られた。

「すごいね」

 人知れず呟く。その声に反応したみたいに、他の二人の少女も近づいてきて、同じ光景を見る。

「この人たち、みんなマリア女王のために戦うんだよ? すごいよね、みんな」

「マリア主義を全世界に広め、平和な世界を作る。そのための戦争だ」

 フィーナの言葉に、ローグが言う。その声に振り向く三人。

「それはわかってます。マリア様は優しい方だから。平和を願っておられます。でも……」

「戦争が続いて、女王陛下は悲しまれているんだろうね……」

 と、サフィーとミューレが悲しそうな顔をした。彼女たち三人は、一度だけだが女王と会ったことがある。
といっても、話をしたり声をかけられたわけではないが。彼女たち三人がいた施設に、女王が非公式で訪れた
ことがあるのである。その際に、遠めに女王を目にした。それだけが、彼女たちの女王との接点だ。

 しかし、彼女たちにとっては、その一度の邂逅の印象が強く、そのときに感じた女王の持つある種のカリス
マ。否。母性、というべきか。それを強く感じ、彼女らは惹きつけられたのである。

 それは、ある種の刷り込みに近い。自分たちにはあまり縁のない、包容力。母性、暖かさ。そうしたものを
女王に感じ、結果として彼女らは女王のために戦う、と言う強い目的意識を備えた。彼女たちがモビルスーツ
のパイロットとして秀でた実力を持つのは、彼女らが持つ人並みはずれて高い勘、適性のみならず、強い目的
意識にあるといってもいいだろう。

 たとえ、省みられなくても。それでも、あのときに感じた温もりが彼女たちをそうさせるのだ。それは、そ
れだけこれまで彼女たちが歩んできた反省が、幸福とは縁がなかったといえるだろう。

 そんな時、ガンルームのドアが開く音が聞こえた。それに三人娘は反応し、振り返って同時に敬礼をする。
その視線の先にいたのは彼女たちの上司、モビルスーツ連隊長のコザック・レヴァ大尉である。

 そのことに三人は驚いた。まさか、この艦隊のモビルスーツ隊の総隊長に当たるコザックがわざわざ哨戒を
終えただけのパイロットに会いにくるとは思わなかったのである。

「任務ご苦労だった、諸君」

 コザックがそういって四人に向けて敬礼をする。それに四人は応えるが、そろって全員困惑顔のままだ。

「はっ! し、しかし大尉殿。いったいこれはどういう……」

「ふむ。ジャイロ少尉。事前に君に説明したと思うが、この三人は本国から肝いりで送られてきた「ニュータ
イプ」部隊の一員だ」

「は、その件に関しては報告を受けております」

「うむ。まあそういうことでな。本国からも、多くのデータを収集せよという命令を受けているし、先ほどゾ
ロアットのログを確認したところ、敵の新型らしい機影を確認した。……今回交戦したのはガーネット曹長と
クルツ曹長だったな?」

「はい」

 コザックの鋭い視線を受け、フィーナとサフィーは少し身を硬くする。それにコザックはかまわずに、

「感想を聞かせてくれないか? あいにく、あの機体。おそらくはゲリラが運用しているであろう紺色のモビ
ルスーツはあまり記録には残ってはいないんでな。実際戦い、撃墜している者の生の感想を聞かせて欲しい」

 と、コザックは二人にそうたずねた。その言葉に二人は意外そうな顔をする。これからゾロアットの戦闘デ
ータを元に敵機のデータを収集するだろうに、わざわざパイロットの話を聞く必要があるとは思えなかったか
らだ。互いに顔を見合わせるが、上司の言葉だ。無視するわけにはいかない。だから、サフィーがまず口を開
いた。

「あの紺色のモビルスーツ。性能はかなりいいと思います。ゾロアットと互角か、それ以上かもしれません。
えと、後。敵のパイロットも、かなりの腕でした。宇宙戦に慣れきっている感じで、連携もうまく取れてます。
うわさどおりの強敵。そういう印象を受けました」

「あ、はい。あたしもサフィーと同じ意見です。ジャベリンよりもパワーがある感じがしましたし、機動力も
運動性も高いですね。いい機体だと思います。あれがゲリラが開発したとはとても思えなかったんですけど」

 サフィーに続いてフィーナがそう続ける。自分で言って、改めて驚いた。あの紺色のモビルスーツが本当に
ゲリラ組織であるリガ・ミリティアが開発した物だとしたら、たかがゲリラといえども侮れない存在、という
ことになる。今はいい。少数しか運用されていないのならば、それほど恐ろしい存在でもないだろう。

 だが、あの機体が。あるいは、あの機体をベースにした新型が開発され、それが連邦軍などに供給されれば。

 今は、ザンスカールが高性能の艦艇やモビルスーツを効果的に運用することでアドバンテージをもっている
が、それが崩れるとザンスカールは窮地に陥ることになる。自分たちの上司が必死になるのも当然だな、とフ
ィーナはそう思った。

「ふむ。そうか……ところで、これが君たちがここに来ての初めての戦いだったわけだが、体調のほうに何か
不備はないか?」

「いえ。たいしたことはありませんが」

「ええ。無重力でずっといたから、ちょっとだるい程度ですけど……」

 
「まあ、なれない哨戒任務を務めたわけだから疲れはたまっているだろう。だが、申し訳ないが諸君らはこの
あとメディカルチェックを受けてもらうことになるが、いいかね?」

「は」

「了解しました」

「それでは失礼します」

 三人はそう答えると、ひとまず退場していいと判断し、ガンルームを後にする。それをローグらは見送り、

「今のはどういう……」

「言っただろう? 彼女らは本国からテストケースで送られてきたニュータイプ部隊だ。さまざまなデータを
必要とするのだよ、今後のわが国のためにね」

「データ、ですか」

「そういうことだよ」

 言って、コザックはいやそうな顔をした。彼としても、年端の行かない少女を戦場に送り出すのを好んでい
るわけではない。ザンスカール本国の上層部が「ニュータイプ」という概念を重視していることは知っている
し、事前にあの三人の模擬戦闘のデータや実戦のデータを閲覧し、その能力が本物であることも熟知していて
も、それでもやはり、大人の軍人として自分たちのアイデンティティを否定されてるようで愉快な気分ではな
かった。

 無論、彼女たちに対して含むものはなく、戦死して欲しくない、とは思うのだが。ただ、あんな少女を戦場
に送り出すような現実が気に食わないだけだ。

 そしてもう一つ。先ほど会った、医者のことでも気に食わなかった、ということもある。本国から送られて
きたその医者は、あの三人の検査を専門的に行うために来たのだという。その医者の目が気にいらなかった。
まるで、三人をもののように思っている、あの目が。

 そんなことを思っているうちに、コザックの目が若干険のあるものになる。が、こんなところで腐っていて
も無意味だ、と思い、他にも仕事は多くあるのでとりあえずこの場は去ることにした。

「ご苦労だったな、ジャイロ少尉。しばらく休息をとった後、次の任務に備えてくれ」

「あ、はい」

「あのような少女の相手。疲れただろうが、今後も頼むぞ?」

「は?」

 コザックの言葉に思わずそう答えるローグ。今の物言いでは、今後も自分はあの少女たちをシノーペに乗せ
て哨戒任務につくことになるのではないだろうか。

「今後は三機のゾロアットを係留することになるだろう。そのための改装を進めているが、すぐに済む。そう
なればまたあの娘たちの相手をすることになるはずだ。……職業軍人としては気にいらんかも知れんが、あの
子達を無駄死にさせんようにフォローしてやってくれ」

「はあ、それはそうですが」

「ではな」

 言って、コザックはガンルームを後にした。それを見送って、結局。自分があの三人娘の相手をし続けるこ
とになるのは決定事項なのだ、と悟り、頭を抱えることになる。



 スクイード級の医務室は艦体後方の重力ブロック内に存在している。二日ぶりの重力の感覚は体にどっしり
とのしかかってくるような感じがするが、それでも地に足が着く感じがして気持ちがいいのも事実である。

「やっぱ重力はいいね」

「薬で体の劣化は防げるけれど、やっぱり地に足が着く感覚は自然でいいわ」

「そう? ふわふわしてて無重力は気持ちいいけど」

 フィーナとサフィーの感想に、ミューレだけが異を唱える。それを聞いて苦笑いする二人。

 ちなみに、この時代。無重力空間に長くいることで起こる体の弱体化を防ぐために、無重力空間で働く者た
ちには体が弱らないようにする薬を服用することになっている。ずいぶん昔に実用化された薬ではあるが、や
はり薬物を常時服用する、ということに抵抗を感じるものも多く、重力ブロックを備えた船のクルーの中には
こうした薬物の摂取を控え、重力ブロック内で運動を行って体を鍛えるものも珍しくはない。

 さっきスクイード内のスポーツジムをちらりとのぞいたところ、そういった士官たちが空いた時間を利用し
て汗を流してる光景を目の当たりにした。その中にこの艦隊の司令。タシロ大佐がいたことに少し驚いたもの
の、司令だからといってプライベートな時間を持たないわけではない、ということだろう。

正直運動などどうでもよかったので三人はそのまま医務室に向かう。そして、そのドアの前で立ち止まり、そ
ろって不機嫌な顔になった。三人とも、医務室が好きではないのだ。というか、好きなものは少ないだろう。
だが、いかないわけにもいかないので医務室のドアをくぐり、中に入る。

 スクイードの医務室はコンパクトながらいろいろと機材がそろっているし、手術室も備え付けられている。
まあ、重力ブロックの備え付けられている艦船が他の艦よりも医務室が充実するのは当然のことで(重力がな
いと手術などは出来ないのである)特にスクイードはこのカイラスギリーの中枢を担っているので医務室が他
の艦よりも立派なのはいわば当然のことなのである。

「ガーネット曹長以下三名。出頭しました」

「よく来たわね、ま、ゆっくりとしていって頂戴」

 医務室に入り声をかけると、そこにいた女医がそういって笑顔を見せた。が、フィーナのみならず、三人と
もその笑顔を見てもあまりいい気持ちはしなかった。相手が浮かべている笑みがただの愛想笑いだということ
もわかるし、その裏側にあるのが冷たい研究者としての顔だということもわかっているからだ。

(ニタ研の医者だね、この女)

 自分たちが本国にいたころ接していたニュータイプ研究所のスタッフ。この女医からは、その連中と同じに
おいがする。横目でサフィーとミューレの反応をうかがうと、ぱっと見ただけではわかりにくいが、微妙に不
機嫌なのがわかる。

 ニュータイプ研究所で彼女たちは虐待されていたり、妙な投薬処置や手術を受けたわけではない。が、特殊
な機材で自分たちの「適性」を見出した後、連れて行かれた施設で待っていた日々は、まるで監獄のようであ
まり気分のいいものではない。それに比べてみれば、モビルスーツのパイロットとしての訓練を施された毎日
やパイロットとして配属され、死地に赴くほうがいいかもしれない。

 そして今、この女医を前にすることで自分たちの立場を思い知らされたような気がする。自分たちはただの
パイロットではなく、「ニュータイプ部隊」というモルモット的な立場にあるのだ、と。

「とりあえず、あなたたちの採血を行うわ。それから脳波測定を。モビルスーツからとったデータはすでに手
元にあるから、それと比較検証を行います」

「はい」

 答えて、わずかに眉をひそめる。どういうことだろうか?

 彼女たちは知らないことだが、彼女たちが使ったゾロアット。その機体のコックピットには通常の機体と同
じバイオ・コンピューターと並行して簡易型のサイコミュが備わっている。

 サイコ・コミュニケーター。かつてジオンが開発し、機動兵器に搭載された、ニュータイプが持つ独自の精
神波。ミノフスキー粒子への干渉波を元に、それをコンピューター言語に翻訳するシステムである。その機能
を利用して、マン・マシンインターフェースデバイスとしてモビルスーツの制御に利用するのだ。機能的には
バイオ・コンピューターと似ている。というか、バイオ・コンピーターの母体となったのが、このサイコミュ
なのである。結果的に、発達、普及したバイオ・コンピューターに推される形で廃れていった技術であるのだ
が。

 彼女たちのゾロアットに備わっているのは、ただ単に彼女たちの精神活動をモニターするためのシステムで
あり、かつてのサイコミュ兵器のように機体制御にダイレクトにサイコミュを取り入れているわけでもなけれ
ばニュータイプの認識力を拡大させ、パイロット本人に莫大な情報を認識させるセンサーとしての機能がある
わけでもなく、ニュータイプの精神波がもたらすミノフスキー粒子の不規則挙動を利用した通信機能を用いる
わけでもない。

 釈然としない思いを抱えながら、三人は採血された後、MRIに似た機材で全身の検査と脳波検診を受けさせら
れた。ニュータイプ研究所にいたころから受けなれている検査とはいえ、やはり気持ちのいいものではない。
そして彼女たちは約一時間に渡る検査を受けると、ようやく開放された。

 三人はそろって疲れ果てた顔になり、医務室を後にする。そして、これからどうしようか、と言い合い、す
ぐにとりあえず三人にあてがわれてる部屋に帰って寝心地がいいとはいえないベッドで眠ろう、ということで
落ち着いた。

 そうと決まれば話は早く、この胸糞悪い医務室から一刻も早く離れるべく早足で歩き出す。いろいろと雑談
しながら廊下を歩く三人は、角のところで思わず人にぶつかりかけ、あわてて飛びのいて相手を見、それが士
官であることに気づいて大慌てで敬礼をし、

「申し訳ありませんでした!」

「あ、ああ。今後は気をつけるように」

 その赤毛の士官は自分にぶつかりかけた相手がまだ年端も行かない少女であることに、しかも身に着けてい
る軍服の部隊章がモビルスーツ隊のパイロットのものであることに気づいて驚いていたようだった。その視線
に三人娘は多少居心地の悪いものを感じ、適当に謝罪の言葉を述べた後、そそくさとその場を後にした。

 赤毛の青年士官は唖然と少女たちを見送った後、

「あんな子供がパイロットをしているのか……」

 そう呟くと、軽く頭を振って三人娘とは逆方向に去っていった。

 一方、三人娘のほうは先ほどの士官のことで盛り上がっていた。

「見た? アレが例のクロノクル中尉だって。女王の弟の」

「なんかちょっとねー。もっとしっかりしてくれれば、王子さまー! って感じもするんだけど」

「大変なんじゃないの? 女王陛下の弟として見られるわけだし、まだ若いし」

 先ほどの士官。女王マリアの弟のクロノクル・アシャー中尉の感想を述べる三人娘。どうも、三人そろって
あまり芳しくない評価のようである。まあ、偶像として見られる女王マリアの生身の弟として目の前にいれば、
女王と比較してしまい、つい辛口になってしまうのも無理からぬことだろう。それが、彼。クロノクルにとっ
ては大きな負担になるのであろうが、彼女たちのような無関係な外野にはそんなクロノクルの事情など知った
ことではなかったのである。


 

 MSデータ

 ZMT-S12G  シャッコー

 頭頂高 14.7m  本体重量 7.9t  全備重量 19.2t

 ジェネレーター出力 5190kw 

 武装 ビームサーベル×2・ビームローター(地上仕様)・ビームシールド(宇宙仕様)
    二連ショルダービームガン

 ベスパが次期主力モビルスーツの選定のためのトライアルに出していた試作型モビルスーツ。テストパイ
ロットは女王マリアの弟、クロノクル・アシャー少尉(当時)。
 新規に設計したフレームを用い、ゾロアットタイプとはまた違ったアプローチで作られた汎用型モビルス
ーツの試作機。シンプルな設計であるがゆえに非常にバランスの優れた機体で、高性能である。皮肉なこと
に、その性能はゲリラに奪われ、その手によって運用されることで証明されることになる。
 なお、2月現在。この機は宇宙でのテストを実行中であり、それがすめば地上に下ろされることになる。
そして、飛行テスト中に不審な飛行機を目撃し……