機動戦士ガンダム0153 〜翡翠の翼〜


  第3章  戦場


 UC153 4月 14日  静止衛星軌道上 戦略衛星カイラスギリー近郊宙域

 近郊宙域に着々と完成に近づいていく戦略衛星、カイラスギリーを望む宙域。そこに、セッターに乗る四機
のモビルスーツが存在していた。

 いずれも暗色系の塗装が施されたモビルスーツである。これは、リガ・ミリティア所属のハルシオン隊の機
体だ。が、少し前とはモビルスーツの編成が変わっている。

 まず、隊長機と思しきモビルスーツだが、機体の色こそ変わらぬ濃紺だが、ガンイージとは明らかに違う機
体に変更されている。今現在、ハルシオン隊のチームリーダーを務めるのはガンイージ・タイプではなく、リ
ガ・ミリティアが総力を上げ行ったビクトリー計画の申し子。LM312V06 ビクトリーガンダムヘキサである。元
となった機体、LM312V04は頭部のアンテナが、金色のV の字をかたどったタイプであるのに対し、このヘキサ
タイプは指揮官用に頭部パーツを交換し、頭部の両脇にまるで耳のような大型のセンサーを搭載したモビルス
ーツである。

 そして、残りの三機もまた、ガンイージ・タイプとは違った機体であった。いや、正確には基本的には変わ
ってはいない、というべきか。その機体そのものはガンイージそのものではあるが、ガンイージの背中の部位
に、大型のバックパックを装備しているのである。両脇にボールジョイントで繋がれたスラスターバインダー、
通称ツインテールを装備したこの機体はLM111E03ガンブラスターと呼ばれる機体だ。ガンイージのデータを元
に、空間戦闘における更なる性能向上を目指して開発され、現在試験的にハルシオン隊が運用しているモビル
スーツである。

 そのヘキサとガンブラスターの合計四機。セッターに乗ったまま微動だにしない。今、ハルシオン隊の四機
のモビルスーツはいつものようにカイラスギリーを発した哨戒部隊に狙いを定め、カワセミの名前のごとく今
にも襲いかかろうとしていたはずだった。が、それを隊長機である濃紺のヘキサがおしとどめ、様子を見てい
る最中なのだ。

「隊長?」

 と、濃紺のガンブラスターのパイロット、ジェスタが隣のヘキサのライアンに尋ねる。すると、ライアンの
重苦しい声が返ってきた。

『いかんな』

「なにがです?」

『手が出せん』

 押し殺すような声がヘキサから聞こえてくる。それに答えたのは、ジェスタではなかった。訝しげな様子の
声が、隣のセッターに乗るガンブラスターのキリだった。

『どういうことです、隊長。手が出せないってのは』

『民間人がいる。どうも人質にとられているようだな』

「民間人? 人質?」

『ああ。通信を傍受した。中立地帯のハイランド。そこの住人を人質に取ったようだな。ベスパめ。子供を人
質に使うとは、恥を知らぬ輩だ』

 えらく憤慨しているのか、声を荒らげるライアン。その気持ちは痛いほどわかる。ライアンは家庭を持つ身
だ。今も、月にはニケとレナが帰りを待っていることだろう。その家族が人質にとられたら、と思うと身を切
る思いのはずだ。

『人質? 俺たちに手を出させないために、ですか?』

『馬鹿。違うに決まってるでしょ。中立地帯のハイランド。その太陽発電電池を使ってカイラスギリーの電源
に使うつもりよ』

 キリの言葉にリュカがそう答える。それを聞き、なるほど、と思うジェスタ。

 中立地帯のハイランド。静止衛星軌道上に浮かぶこの太陽発電衛星は宇宙開発公団の所属であり、どこの勢
力にも属さない中立地帯である。かつて地球上はヨーロッパ地区にマイクロウェーブの形で送電していたこの
衛星は莫大な電力を生み出すことが出来るのだが、現在。ヨーロッパ地区が戦争状態であり、そこを占領して
いるベスパに軍事利用されないために地上への送電を中止している。現在休止中のこの衛星を手中に収めれば、
確かにカイラスギリーのビッグキャノンを運営するために役立つはずだ。

「だとすれば、是が否にでもとめないといけないんじゃないですか? カイラスギリーが完成して、ハイラン
ドもベスパの手に落ちたら、下手をすればビッグキャノンの連射で地球が焦土になりますよ」

 考えうる限りでも最悪の可能性を挙げるジェスタ。じっさいには被害はこれではすまないだろう。カイラス
ギリーはそのユニットの一部として作られている大型戦艦、スクイードを持って牽引可能なのだ。それによっ
て地球のみならず、月や他のサイドに対してもその砲口は向けられることになるだろう。その脅威はまさに、
かつてティターンズが用いたコロニーレーザーの再来といっても過言ではない。

『むう、だが、だからといって人質ごと撃つわけにもいかんだろう。それに近づけば間違いなく楯にされる。
……いかんな。手の出しようがない』

『なら、ハイランドで待ち伏せればどうでしょう? そうすれば……』

『相手がそれを警戒していないはずがなかろう。間違いなく、そちらのほうにも兵を回している。そうなれば、
どの道人質を使われる』

 ライアンは冷静にそう言った。それを聞いて全員押し黙る。さすがに中立地帯を危機に陥れればリガ・ミリ
ティアは組織として致命的なダメージを受けることになる。それを考えれば、強攻策などもってのほかだ。

「生身の兵で挑む、くらいしか考え付きませんね……」

 自分でもどれくらい馬鹿げたことを言っているのか理解していたが、ついそういってしまう。それを聞き、
失笑を禁じえないライアン。

『民間人を巻き込む可能性を考えれば、やはり手は出せん。いいアイデアではあるがな』

 ライアンの言葉に落胆するジェスタ。

『しかし、だとすれば厄介なことになったな。バグレ隊が攻撃を仕掛けるらしいのに、そちらにも手は貸せん
し』

 苛立たしげに言うきり。バグレ隊。連邦軍の一艦隊であるバグレ隊がリガ・ミリティアに賛同し、カイラス
ギリーに攻撃を仕掛ける算段がついているのである。

 それが、後数日中には行われる、ということなのだが、それに対し、リガ・ミリティアは支援の予定はない。
ジン・ジャハナムを含む何人ものリガ・ミリティアスタッフがバグレ隊に待ったをかけ、地上から上がってく
る予定のリガ・ミリティアのスタッフとハルシオン隊。そして、現在協力を持ちかけている他の連邦軍の部隊
と共同でカイラスギリー攻略を申し出たのだが、バグレ隊はそれらを一切拒否。自分たちだけでカイラスギリ
ーを落として見せる、と憤慨していた。

 しかし、大方の予想ではバグレ隊は敗退するだろう、とのことである。数でこそ勝っているものの、兵の練
度。モビルスーツ、艦の性能から考えて勝ち目は薄い。それをわかっていないのはただ、バグレ隊のみであっ
た。

『仕方がない。今回は一度引くぞ。だが、偵察だけは欠かさんほうがいい』

 無念そうにそういうと、ライアンは機体に撤退のジェスチャーをさせる。すると、二機のセッターはその場
で回頭し、帰還していく。なんとなく、その姿はやるせない雰囲気をまとっていた。


 UC153 4月 17日 静止衛星軌道上 戦略衛星カイラスギリー近郊宙域

 現在、カイラスギリーに駐屯する艦隊は慌しく動きを見せていた。というのも、地球連邦軍所属バグレ隊が
地球を背にしてカイラスギリーの宙域に進行してきたからだ。その動き自体はそれなりに早くから察知してい
たため、カイラスギリーの艦隊はすでに陣形を整えており、むしろ建造中のビッグキャノンに被害を及ぼさな
いために自ら打って出るほどの余裕を持っていた。

 旗艦であるスクイード1が建造中のカイラスギリーから離脱し、その脇にアマルテア級戦艦を一隻従え、周
囲にカリスト級巡洋艦を三隻展開し、モビルスーツを搭載したシノーペが控える、という陣形だ。なお、これ
はカイラスギリー艦隊の総力ではなく、艦隊のおよそ四割の艦艇をビッグキャノンの防衛に残している。

 対するバグレ隊は、クラップ級巡洋艦を旗艦とし、同級の巡洋艦を二隻。そして、その周囲に旧式艦である
サラミス改級巡洋艦を五隻、という布陣だ。

 数で言うならばカイラスギリー艦隊は五隻。対してバグレ隊は八隻。バグレ隊のほうが有利であるように思
えるだろう。が、実際にはカイラスギリー艦隊はベスパが誇るアマルテア級戦艦と、その全貌も明らかになっ
ていない、歴史上最大級の戦艦、スクイードが存在している。質において言えば、単艦の性能は圧倒的にカイ
ラスギリー艦隊のほうが上だった。

 スクイード1のメインブリッジ。CICをかねるそこの司令席に着いたタシロ・ヴァゴは自軍の艦隊の布陣を確
かめ、その上ではるか遠方に展開されるバグレ隊の艦隊の布陣を見て、失笑を禁じえなかった。

 なぜなら、バグレ隊は数に勝ることを過信してか。艦隊を無造作に展開しているだけなのだ。

 馬鹿が。タシロは敵の布陣を見て、そう口に出しかけた。無論、そんな真似はしないが。数には勝っていて
も、圧倒的に出力も高く、モビルスーツの搭載量も上のベスパの艦相手に、真っ向から決戦を挑むというのだ。
戦術も糞もない。力押しだけでも蹂躙できる。その程度の相手。タシロが失笑してしまうのも無理はないだろ
う。

「さて、どうしたものかな」

 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、そう呟くしかなかった。とはいえ、ここでのんびりとして、相手に先手を打
たせるわけにも行かないだろう。本番の地球掃討作戦を始める前に戦力を消耗するのは避けたい。なので、先
手を打つことにした。バグレ隊はエンジンをふかしてこちらに向けて前進している。おそらく、主砲のレンジ
に入るなりフルパワーで一斉射撃をするつもりなのだろう。

 だが、そんなものを待ってやる道理はない。こちらの艦のほうが出力は高く、主砲のメガ粒子砲の射程は圧
倒的に長いのだから。

「よし、わざわざ敵を待ってやる必要などない。我が艦はすでに敵艦隊を射程に収めた。砲手、照準はいいな?
主砲の準備が整い次第、敵艦隊の中央に向けて全力で撃ってやれ。やつらに自分たちの愚かさを知らしめるの
だ」

 タシロはそういい、大仰に腕を振った。それにブリッジ内のクルー全員が唱和する。士気は高い。訓練が
行き届いており、自軍の兵器に対する信頼が高い証拠だ。それを見て、タシロは口元に笑みを浮かべる。

 万に一つの敗北もない。後は、モビルスーツを展開し、しらみつぶしにして敵を殲滅して、それで終わりだ。

 タシロの読みどおり、わずかに前進したアマルテア級戦艦と、その場を動かなかったスクイード1が同時に
砲撃を行うと、その大出力、長射程のメガ粒子砲は艦隊中央に居座っていた三隻のクラップ級に直撃し、その
うち二隻を一瞬にして大破、轟沈せしめた。その内に残した二百人前後のクルーと、出撃を待ち望んでいたモ
ビルスーツとともに。

 そして、その撃沈された艦に、旗艦も含まれていた。もはや、初撃でこの艦隊戦は決したといってもいいだ
ろう。バグレ隊は、射程外からの砲撃の威力に恐れを抱き、士気は一瞬にして低下。残された艦はめいめいに
艦首ビームシールドを展開し、守りに入った。

 これにより、艦隊は少なくとも敵艦の遠距離からのメガ粒子砲の餌食になることは避けられた。しかし、こ
れは同時に致命的なミスを犯したことでもある。なぜなら、ビームシールドを展開すると、各艦のカタパルト
・デッキを使用できずにモビルスーツ隊の迅速な展開を出来なくなってしまうからである。

 それに対して、カイラスギリー艦隊ははじめのうちから周囲に展開しておいたシノーペがバグレ隊を包囲す
る形で移動し、そこでゾロアットを放出。それと同時にスクイード1とアマルテア、カリストもまた、カタパ
ルト・デッキから順次モビルスーツを射出していた。特にスクイード1は圧巻で、展開した四基のカタパルト
から次々とモビルスーツが射出される姿はもはや戦艦とは思えず、移動要塞の赴きさえ漂わせる。

 そして、戦場に放たれたモビルスーツたちは、次々と自らの獲物に食いついていった。

 それに対し、バグレ隊は艦上から直接モビルスーツが自身のスラスターを用いて飛び出さなければならず、
元々非力なジャベリンはその展開速度も遅く、まるで抵抗できずに次々と餌食になっていく。

 それは、戦闘というよりは一方的な虐殺にも近い光景だった。


                     *****


 戦火の交わる空域を、三機のゾロアットが悠々と飛行していた。その眼前にあわてて飛び出してきたジャベ
リンがビームライフルを向けるが、その照準がゾロアットを捉えるより先に、すでにゾロアットはジャベリン
の側面につき、ビームサーベルを突き刺して一撃で相手をしとめていた。

「これで四機目。……なに、これ。ちょっと話にならないじゃないの」

 コックピットに直撃を受けて動かなくなったジャベリンを一瞥して、フィーナはそう言葉を漏らした。

 ゾロアットをシノーペに乗せ、先陣をきったはいいが、あまりにももろすぎる敵に彼女は物足りなさすら感
じていた。そして、それは同様に先陣を切ったサフィーやミューレに関してもいえることだった。三人とも、
敵艦隊に突入し、もたもたと迎撃に出てきたジャベリンを片っ端から叩き落していたわけだが、その反応の遅
さ。技量のなさに、これまで戦ってきたリガ・ミリティアの機体とつい比較してしまい、物足りなく思ってし
まったのである。

 こういうときに、流れ弾などで不覚を取ってしまいかねないのだが、彼女たちはそんなへまはしない。一人
一人ならばその危険性もあるが、三人でチームを組んでいるのは伊達ではないのだ。

『ねえ、フィーナ。そろそろ艦を沈めない? なんかどさくさにまぎれて逃げようとしてるのもいるし』

 無線でそう、ミューレが語り掛けてきた。なるほど。彼女の言うとおり、一番はずれのサラミス改が後退し
ている。完全な負け戦だ。逃げたくなる気持ちはわかる。が、

「がんばってるモビルスーツ隊を見捨てるってのは気に入らないね。よし、一丁やりますか」

 言って。フィーナはゾロアットに親指を立てさせ、続いて指でその艦を指差す。それで意味は通じる。訓練
中に三人で編み出したモビルスーツによるボディランゲージ。その内のひとつだ。

 そして、三機のゾロアットははじかれるように加速。残骸と両軍のモビルスーツ、流れ弾の行きかう戦場を、
まるでそんなものなどないかのようにするりするりと抜けていき、たまに行きがけの駄賃とばかりに行く手に
存在するジャベリンをビームライフルなどを撃ち込んで撃墜しつつあっという間に、その逃げ出そうという艦
に追いついた。

 その艦は、すでに戦闘空域から離脱しつつあったが、その直後、三機のゾロアットに追いつかれたことに気
づき、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。それを、艦長が一喝し、対空砲火を指示した。直後、艦のあ
ちこちに備え付けられた対モビルスーツ用の小型のミサイルや、機関砲が火を噴き、ダミーバルーンを放出し
た。

 しかし、三人はそんなものを意とも介さない。濃密な対空砲火を縫ってミューレが一瞬にして五発のビーム
を同時に放つと、それがミサイルポッドやモビルスーツデッキなどを撃ち抜き、対空砲火が一瞬弱まる。

 その隙を突いてサフィーが敵艦の懐に飛び込むと、ビームサーベルを引き抜き、ブリッジを切り裂き、さら
に対空機銃の密集しているところにビームキャノンを撃ち、それを沈黙。そして、すぐに離脱した。

 引き続いてフィーナが艦の後方に回り込み、ビームを撃ち込む。それによってエンジンが火を噴き、艦は爆
発を起こしながらその爆発で加速していった。そのまま、地球の重力につかまる。あちこちを誘爆させながら、
あの艦は大気圏に突入し、燃え尽きるのだろう。
 
 それを確認し、三人は詰まらなさそうに鼻を鳴らした。そして戦場を見回す。

「もう、けりはついたかな」

『そうみたいね。あら?』

 サフィーがフィーナの言葉に答え、同時にそう声を上げる。それが気になったフィーナとミューレは二人と
もサフィー機が向いている方角に目を向けた。そこには、数機のジャベリンがメインスラスターを全力で吹か
して撤退していく姿があった。すでにほぼすべての艦が残骸と化し、彼らの逃げ込む先はない。いや、ひとつ
だけあった。

『ねえ、ひょっとしてあの人たち。地球に行くつもりなのかな』

 その光景を見て、ミューレが呟く。それは、フィーナも同感だった。

 モビルスーツの単独による大気圏突入。はるか昔には、一部の可変型モビルスーツ以外には不可能だったそ
れは、いまやビームシールドの普及で比較的簡単になった。とはいえ、

「ジャベリンの出力じゃ難しいと思うけどね」

 そう呟くフィーナ。そこにサフィーが語りかける。

『で、どうするの?』

「やめた、めんどくさい。わざわざ自滅するために大気圏突入するやつ追っかけて危険な目にあうことないで
しょ。あたしたちはこのまま帰ろーよ」

『だね、なんか後味悪そうだし』
 
 そんなことを言い合っているうちに、どんどんとバグレ隊の戦力は喪失。いまや、クラップ級一隻がかろう
じて生き残って応戦しているだけとなっている。その光景を三人は見ながら、機体を流していた。

『あれ? 変な機体が来たよ』

 そう、戦場を眺めていたミューレが呟いた。その声に、二人も戦場から離れた地点に目を向ける。すると、
ゾロアットに似たフォルムの紫色のモビルスーツが姿を現し、発光弾を放った。降伏勧告の信号弾だ。

『変な? って、あ。知ってるわ、あの機体。確か、地上のイエロージャケットが使っているトムリアットと
かいう機体ね』

 そういったのはサフィー。彼女がそのことを知っているのは、元々地上のトムリアットは宇宙で作られ、そ
の後、地球に降り立った機体だからだ。その際、わずかにカイラスギリーに立ち寄り、それをサフィーは目撃
する機会に恵まれた。

「何で地上の……あら? あらら」

 そんなことを話しているうちに、そのトムリアットは降伏勧告に従う気配のないクラップ級に近づくと、ブ
リッジにライフルを叩き込み、ついでにそこに張り付くと降伏の信号弾を撃った。それは戦場中に光を届かせ、
それを目撃した生き残りのジャベリンたちは思い思いに手に持ったビームライフルを放り出し、投降していっ
た。その光景の一部始終を見ていた三人は実に気まずい沈黙に襲われる。そして、一番初めにミューレが口を
開いた。

『……あのさ、ボク。思うんだけど』

「あれってほとんど詐欺だよね……」

 投降信号は、国際規格に沿った形で運用される。なので、指揮能力を失ったクラップのブリッジ上でトムリ
アットが放った投降信号がバグレ隊のものと誤認されたわけだが。明らかにこれは詐欺であろう。まあ、幸い
バグレ隊のパイロットたちは気づいていないので別にかまわないのだが。

『まあ、いいわ。とりあえず戻りましょう。……あら。戦闘空域に入ってくるシャトルがあるわね』

 頭を振っていったサフィーが、さらにトムリアットが来た方角から一機のシャトルが来るのを発見した。上
部ハッチが損傷しているが、そこにはしっかりとPCSDという文字がペイントされている。

「うん。宇宙引越し公団のものだね。どういうことだろ。地上のモビルスーツと、公社のシャトル」

 首を傾げて言うフィーナ。宇宙引越し公団といえば、地球上の文化遺産を宇宙に運び込む中立組織である。
そして、その施設にはかつて、かのジオン軍でさえ手を出さなかったといわれる。その中立組織のシャトルが、
ザンスカールのモビルスーツとともに戦場に、そして、ザンスカールの艦隊に向けて進路をとっている。

 実に珍妙な事実ではあるが、正直。フィーナにはどうでもいいことだった。彼女はただのパイロット。政治
やらなにやらは上が勝手に決めればいい。そう思い、彼女は

「ま、いいや。とりあえずスクイードに戻ろう。それなりに疲れたしね」

 コックピットの中で大きく伸びをしてから、フィーナはそう言った。それに二人は同意して、周囲のほかの
機体がそうしているように、母艦に帰還することにした。とはいえ、放出された機体が戻っていくその光景は、
まるで渋滞中の道路のような有様だった。いつの時代も、艦載機は放出よりも帰還のほうに手間がかかるのだ
った。


                     *****


 ゾロアットをハンガーに固定し、ハッチをあけてコックピットから出る。まだモビルスーツの着艦作業が終
了していないため、モビルスーツデッキは空気が注入されていないが、それでも閉鎖されたコックピットでは
ない、広い空間に出るとほっとする。

 そんなふうに安堵の息を吐いているフィーナはワイヤーガンを使ってモビルスーツデッキの壁に向けて移動
した。それに、サフィーとミューレも近寄ってくる。

「すごいね、この雰囲気」

 ミューレが壁際で振り返り、モビルスーツデッキの様子を見てそう声を漏らした。フィーナも同じ光景を見
て、同じ感想を持つ。損傷した機体、無傷な機体。そういったモビルスーツがたくさん収納されている。その
周囲に、整備員や戦闘を終えたパイロットたちがワイヤーガンなどを使って慌しく動き回っているのだが、真
空で空気がないにもかかわらず、その様子は喧騒が聞こえそうな勢いである。

 ほとんどの者が圧倒的とも言うべき結果を前に、ハイになっている。無理もないだろう。数では勝っていた
相手に、ワンサイドゲームに近い結果を出したのだから。これで、浮かないわけがない。無論、損傷した機体
がすぐそこにあるように、負傷兵もいるだろうし戦死したパイロットもいるだろう。シノーペも数隻、撃沈さ
れる光景をフィーナらも見た。が、それを補って余りある戦果を挙げたのだ。悲壮感が漂う余地がないのは当
然のことであった。

「あ。公社のシャトルがあるわよ。着艦していたのね」

 目ざとくそういうサフィー。彼女の言うとおり、格納庫の片隅に件の公社のシャトルが存在していた。その
隣にはトムリアットもある。

「地球から上がってきたんだよね? たしか。……地球はどうなってたんだっけ?」

「さあ、ラゲーンのファラ司令がリガ・ミリティアに煮え湯を飲まされていた、って言うのは聞いたけれどね。
何でも、リガ・ミリティアがガンダムタイプのモビルスーツを実用化したそうだけど」

「ガンダム? ああ、一年戦争の連邦軍のモビルスーツね。確か、ニュータイプのパイロットが使っていたっ
て言う」

「……その伝説にあやかるつもりなんだ、リガ・ミリティアは。せこい真似するよねぇ」

 呆れたように呟くフィーナ。しかし、彼女は知らない。実のところ、ベスパがモビルスーツを開発する際、
自分たちは地球連邦という体制に反抗し、新しい平和な世界を作るのだから、その象徴としてガンダムタイプ
のモビルスーツを開発しよう、という意見が出たことを。もっとも、それはカガチが嫌い、実現しなかったの
だが。それを知ってかしらずか、リガ・ミリティアがガンダムを反抗のシンボルとしているのはある種の皮肉
のように思える。

「けど、リガ・ミリティアが侮れないのは事実でしょう? 私たちが何度か相手をしてきたハンター部隊。確
かに退けたり落とすことは出来ても機体性能はよかったし、腕のほうもかなりのものだったじゃない」

「それはいえてるかもね。でも、数は少ないみたいだから。そのあたりが救いかな」

「だよねー。けど、あいつらのモビルスーツ、見た目がかっこいいのがうらやましいよ」

 そんなふうに話していた彼女たちだったが、いい加減ここで時間をつぶしていても意味がないのでモビルス
ーツデッキを後にし、休むことにした。再びワイヤーガンを使ってモビルスーツデッキから居住区へと続くエ
アロックに向けて移動する。他にもエアロックを利用するノーマルスーツ姿の兵が何人もいる中、三人はエア
ロックに入る。ドアが閉じられ、空気が注入された。室内のランプがレッドからグリーンになる。

 それを確認し、エアロック内のノーマルスーツ姿の兵たちが皆思い思いにヘルメットをはずした。当然、三
人もヘルメットをはずす。

「あー、空気がおいしいねっ!」

 満面の笑みを浮かべてそういうミューレ。その言葉は、この場の皆の心中を代弁していた。だから、彼女の
声を聞き、兵たちのほとんどは好意的な笑みを浮かべる。が、中には浮かない顔をしているものもいた。

 おや、と思い、そちらに目を向けるフィーナ。パイロットスーツではない、普通のノーマルスーツ。その顔
には見覚えがある。

「ファラ中佐……」

「あ、本当」

 フィーナの呟きに同意するサフィー。ちなみに、ミューレは周りの兵に声をかけられ、にこやかに応答して
いる。見た目が子供っぽい彼女は、変な意味ではなく、男女問わず周囲の兵たちにかわいがられるのである。

 そして、エアロックの扉が開き、閉じ込められていた兵たちがどんどんと外に出て行く。浮かない顔をした
ファラ・グリフォンもまた、それに混じって出て行く。自身もエアロックから出ながらその姿を見て、管理職
も大変だ、と思う。

「ゆっくり休めよ」

「うん。じゃあね」

 と、談笑していたミューレが、兵士にそう答えて二人のほうに顔を向け、

「じゃ、報告して休もうよ」

 と、そんなことを言っていると、その脇をなんだか宇宙に不慣れそうにしているノーマルスーツを見た。そ
れはザンスカール帝国が使用している赤いカラーリングではない、一般で使用されている白い色のノーマルス
ーツだった。そして、それをエスコートしている様子の同じ色のノーマルスーツがいたが、その顔には見覚え
があった。

「あれ? 何で地球にいるはずのクロノクル少尉がいるの?」

「ミューレ。今は中尉になっているはずよ」

 ヘルメットをはずしているその赤毛の青年を見て素っ頓狂な声を上げる。その甲高い声が響き、かの人物た
ちに聞こえたのか、二人そろってこちらに目を向け、二人とも軽く驚いた。おそらくは、三人の若さ、という
か幼さに、であろう。パイロットスーツ姿の少女が今ここにいる、ということは、先ほどの乱戦に出撃してい
た、ということだ。

 しかし、同時に驚いたのは三人娘も同じである。クロノクル中尉が今宇宙にいることもそうだが、一緒にい
るのはどう見ても民間人の少女。それも、自分たちとそう年の変わらない少女だった。

「ザンスカールにも若いパイロットがいらっしゃるのですね、中尉」

「あ、ああ。だが、彼女たちは特別なケースだ。……我が軍があの年頃のパイロットを主力にしているわけで
はない」

 少女の言葉に、クロノクルは若干の嫌悪を交えていった。が、それはフィーナらに対する嫌悪ではなく、年
若いパイロットを戦場に送り出す、ということに対してのようだった。が、一方で少女のほうは、三人娘のほ
うを興味深げに見つめている。そして、彼女は意を決して三人に近づき、語りかけてきた。

「失礼ですけれど、あなたたちはどうしてパイロットに?」

「あたしたちですか? まあ、成り行きみたいなものですけど。ニュータイプとか、そういうふうに言われて
るけど、そんなのよくわからないし、ねえ?」

「そうね」

 いきなり話しかけられて驚くフィーナだったが、こうした問答はけっこうしているので、受け答えに関して
は手馴れたものだ。

「ニュータイプ……」

「カテジナ。あまりそういうことは気にしないほうがいい。彼女たちは英才教育を受けたパイロットだ。だか
ら、こうしてパイロットをしている。そうだな?」

 一瞬考え込むような仕草をした少女、カテジナにクロノクルはそう声をかけ、最後に三人に向けてそう言っ
た。なにやら毛色が悪くなったな、と判断した三人は、その言葉に素直にうなずく。カテジナはクロノクルが
機嫌が悪くなったことには気づいていたが、それでも申し訳なさそうに三人に対し、質問を続けた。

「……モビルスーツの操縦というのは、難しいのですか?」

「え? えーと、どうだろ。慣れたらそれほど難しくもないよ」

 少し考えてからそう答えるフィーナ。正直な話、現在ザンスカール帝国が運用しているゾロアットをはじめ
とするモビルスーツに関して言えば、その操縦はきわめて簡易である。パイロットの思考を読み取るバイオ・
センサーやサイコ・フレーム。そして思考を同期させ、補佐する機能を持つバイオ・コンピューターが標準装
備されており、その上で優秀な機動プログラムが組まれているためだ。そのため、ど素人でも動かすことは十
分に可能だし、少ない訓練時間でとりあえず戦えるパイロットを育成することは出来る。人的資源の少ないザ
ンスカール帝国が圧倒的な武力を誇るのも、全てはこのシステムのおかげなのだから。

 そんな詳しいことは説明しなかったが、とりあえず思うところを二三、言ってみるフィーナ。それを聞き。
カテジナはまじめな顔をして頷いていた。

「そうなのですか。ああ、お疲れのところ、時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 最後にそういうと、カテジナは頭を下げ、少し浮かない顔をしているクロノクルにエスコートされて去って
いった。それを見送り、三人は顔を見合わせて肩をすくめた。わけがわからない。そう顔に書いてあった。

「きれいな子だったね。なんか、どこかのお嬢様、って感じ」

「クロノクル中尉の恋人かな?」

「そういう感じに見えたわ。……やるわね、中尉」

 と、三人は口々に遠ざかっていく二人の姿を見て言い合い、それから二人とは別方向に向けて移動を開始。
戦勝ムードでえらくにぎやかな艦内を移動していった。その際、何度も声をかけられる。一番若いパイロット
として彼女たちは艦内でも有名であり、それなりに人気もあるのだ。

 そうした兵士たちに愛想を振りまきながら三人は艦内を移動して、あまりにも戦勝ムードで浮かれている状
態を、少し危険なのではないだろうか、と心配もしていた。今日戦ったバグレ隊のモビルスーツの性能は低く、
パイロットたちも技量はたいしたことはなかった。それは、彼女たちが何度も戦ったリガ・ミリティアのハン
ター部隊とは比較にならないほどに。そうした敵の存在を肌で知っているため、今後そういった連中が結託し
てきたら、と思うとそれほど楽観視は出来ないのだった。


  UC153 4月 18日 月面フォン・ブラウン近郊 リガ・ミリティア秘匿ドック

 望遠カメラが捕らえたはるかかなたの戦闘の光が、モニターに映し出される。それは、17日から18日にかけ
て行われた、バグレ隊とカイラスギリー艦隊の艦隊戦を映し出したものだった。それを見るリガ・ミリティア
のスタッフたちは、皆言葉もなく沈黙を守っていた。

「……予想はしていたが、こうまで見事にワンサイドになるとはな」

 苦々しくそういったのはライアンだった。元々勝ち目は薄い、というか、ほぼゼロであることは熟知してい
た。が、こうしてその現実をはっきりと目の当たりにされると、自分たちが戦っている相手がいかに強大であ
ることを突きつけられた気がしていい気分になるはずがない。

「これでせっかく引き込んだ連邦艦隊もおじゃん、か。この分では今後どうなることか」

「地球ではロンドンデリーの部隊を引き込んだそうだがな。だが、連邦の主力艦隊を引っ張り出さん限りは……」

 パイロットの一人が言った呟きに答えるライアン。それを聞いてジェスタは考える。地球連邦軍の主力艦隊。
かつてのそれに比べ、圧倒的に規模を縮小したとはいえ、それでも地球連邦軍は地球圏で最大の軍事組織だ。
ただし、もはや形骸化した地球連邦政府は連邦軍を動かすことはないだろう。かつてのフロンティアサイドの
コスモ・バビロニア戦争といい、その後の木星帝国の地球圏侵攻の際も、地球連邦政府は何も出来なかった。
その時も軍は動いたものの、それはあくまでも現場の判断に近い。なので、現状においては主力艦隊を対ザン
スカール戦争に引っ張り出すのはきわめて困難であるといえるだろう。

「そういえば隊長。地球でのリガ・ミリティアの活動はどれくらいうまくいったんです?」

「うむ。悲しいことだが、オイ・ニュング伯爵がラゲーンでギロチンにかけられたが、そのせいで地球のリガ・
ミリティアは結束を強めた。それに、彼らが行ってくれた情報戦。ラゲーンやウーイッグでのイエロージャケ
ットの虐殺をうまく報道してくれたおかげで、ずいぶんとこちらの風当たりもよくなってはいるようだが」

 そのライアンの言葉に顔をゆがめるジェスタ。そう、ベスパのイエロージャケット。そのラゲーンの司令、
ファラ・グリフォン中佐は地球のヨーロッパで活動していたリガ・ミリティアの指導者の一人、オイ・ニュン
グ伯爵を捕らえ、ギロチンにかけた。その様子は大々的に報道された。ジェスタ自身は、そのとき出撃してい
たのでライブでその放送を目にすることは出来なかったが、ついに地球でもギロチンを振るわれた、というこ
とはある意味リガ・ミリティアの敗北といっても言い。まあ、それを逆に利用し、反ザンスカールのキャンペ
ーンを行い、各方面からのリガ・ミリティアへの協力をこぎつけたのだが。

 それと同じくして、リガ・ミリティアが行ったのは、イエロージャケットが特別居住区に対して行った無差
別爆撃を弾劾する、ということだった。ライブでの映像も中には存在しており、ヘリコプター形態のゾロが都
市に対し、無差別に爆撃し、機銃掃射で市民を虐殺する映像はさまざまなルートを持って地球圏中に発信され、
徐々にリガ・ミリティアは支持を集めてきている。

 無論、それに対しザンスカール側も反リガ・ミリティアのキャンペーンを実行しているのだが。それによる
と、都市への攻撃はあくまでも都市に立てこもった反乱分子を掃討するためであり、都市の荒廃はむしろゲリ
ラが自ら仕掛けた大規模なテロ行為の結果である、というものである。

 その際、ザンスカールのモビルスーツに対し必死に抵抗するゲリラの姿を強調しているのだが、それはむし
ろ逆効果になっているといってもいいだろう。どう考えても、固定目標の対地攻撃に特化したゾロ・ヘリコを
持ち出し、それに対抗しているゲリラがあくまでも手持ち火器で対抗している姿は、ザンスカール側の主張に
説得力を持たせない。

 結果でいうなれば、情報戦においてはリガ・ミリティアの勝利といっても過言ではないだろう。とはいえ、
地球での惨事を目の当たりにした各コロニー政庁が対ザンスカールに動き出すとも思えないし、もはや地球を
切り捨てたといってもいい連邦政府が軍を動かす可能性も低いので、最終的にはザンスカールのほうに天秤が
傾いた、という見方も出来るのだが。

「結果に結びつかなければ意味はない、か。……ラゲーンやウーイッグで殺された人たちも浮かばれないな」

 ポツリと呟くジェスタ。その言葉を聞き、皆神妙な顔をする。全員同じ思いなのだろう。その顔がそれを物
語っていた。確かに、地球の戦力は動くだろうが、あくまでもザンスカールはコロニーの一国家。それを打倒
しなければ意味はない。そのためにも、やはり宇宙こそが一番重要な舞台なのだ。が、

「……われわれとしても大規模に動きたいのは山々なのだがな」

 渋い顔で言うライアン。が、ようやくリガ・ミリティアの象徴とも言えるビクトリータイプが月でも生産さ
れ始め、それがハルシオン隊でも運用されだしてきているとはいえ、問題は数である。機体の生産量も、それ
を使うパイロットも不足気味なのだ。特に、最近。カイラスギリー周辺海域に出張った部隊の損耗は馬鹿にな
らない。例の三機編成のゾロアット。すでに十機近くがやられた。中には、彼らによってワンチームが丸まる
全滅したこともある。補充のパイロット、モビルスーツがあって数こそ未だに十機以上を保っているが、若干
戦意が落ちかけているのも無理はないだろう。

「これを見る限りではね……」

 そう苦々しく言ったのは、アンだ。彼女が見るモニターにはバグレ隊が降伏した後、武装解除されている姿
が映し出されている。おそらく、カイラスギリーの。ひいてはベスパ全体の指揮は今、最高潮に達しているは
ずだ。

「それに、ズガン艦隊が動き出す、という話も入っている」

「そういや聞いたことがあるわね。サイド2が連合艦隊を編成して対ザンスカールの動きを見せ始めているって」

 ライアンの言葉に、この場にいたニケがそう答えた。その言葉にライアンがうなずく。リガ・ミリティアの
反ザンスカールのキャンペーンの成果ではあるが、これはむしろサイド2が独自にザンスカールを危険視した、
と見たほうが自然だろう。何より、木星開発公社と繋がり、莫大な利益を上げているザンスカールのルール違
反を叩きたい、というほうが大きいかもしれないが。

「勝てますかね、サイド2連合艦隊」

「さてな。予言者でもなければ戦略の専門家でもない俺にはわからん。ただ、サイド2連合艦隊が勝てば大きく
状況は動くだろう」

 そのライアンの言葉には、たぶんに希望的観測が含まれていた。彼の出身はサイド2のコロニー、マケドニア。
現在、ザンスカール帝国に恭順しているコロニーである。彼は戦うことなくザンスカールに下った祖国に異を
唱え、その結果軍から追い出された過去を持つ。その後リガ・ミリティアのスタッフと接触し、妻子とともに
月に来たのである。その際、ニケには月でレナとともに平穏に暮らすように言ったのだが、元々軍のメカニッ
クをしていた彼女は(懐妊とともに除隊したが)昔取った杵柄だ、といってリガ・ミリティアのスタッフにな
ったのである。余談ではあったが、そうした過去を持つ彼にとって、サイド2が自力でザンスカールを打倒し、
この戦争が終わる、というのは複雑ではあるが同時にひどくうれしく思えるのだった。

「とりあえずは、しばらくは様子見ということになるだろうな。一応、地球から同志が上がってくるそうだが
ジン・ジャハナムからは今は特に何も指示は来てはいない。とりあえず、独自に彼らと協力できるように態勢
をとるために、しばらくはハンティングも控えておくほうがいいだろう」

「地球から上がってくるのか。カイラスギリーに手を出す気かね」

 ライアンが全員の顔を見て言ったその言葉に、キリがぼやいた。それを聞き、皆苦笑した。先ほど見せ付け
られたバグレ隊の一方的にやられる姿。それを目の当たりにして、寡兵でカイラスギリーに挑むというのは、
もはや勇敢も無謀も通り越して喜劇の領域に達している。たとえ全滅したとしても、これでは誰も続きはすまい。

「もしその気ならば、次はわれわれも手を貸さねばな。でなくば、この翡翠の翼が泣くことになる」

 ライアンもまた、苦笑しながら自分が身に着けているつなぎの肩についている、薄緑色の翼を象った部隊章
を指し示した。ハルシオン隊の名の由来となっているカワセミ。日本語では翡翠と書くその字を当てて、宝石
の翡翠と同じ色の翼を部隊章にしたのである。とはいえ、濃紺の機体とこの色では目立つのでモビルスーツに
はペイントしていないのだが。

 ライアンがそうしたように、ハルシオン隊の皆は自分の着るつなぎに縫い付けられた部隊章に目を向ける。
英雄、アムロ・レイのユニコーンを象った部隊章を持つ地球のリガ・ミリティアと、宇宙に羽ばたき、勝利を
目指す翡翠の翼。

 この二つと、リガ・ミリティアそのものをさす、勝利を掴み取るVの字をつかむ腕のエンブレムはリガ・ミ
リティアの精神そのものといっても過言ではない。全員、自らの象徴となる部隊章を前に、それぞれ。強い光
を目に宿していた。


 UC153 4月 20日 各所

 この日、ザンスカール帝国はその主力艦隊である第一艦隊、ムッターマ・ズガン艦隊を、連合を組み、対ザ
ンスカールのために戦列をそろえたサイド2連合艦隊に対抗するため、出陣させた。

 その際、ズガン艦隊の司令官であるムッターマ・ズガンは自らの艦隊を出陣させる際に、大々的に演説を行
い、さらにその出陣の光景を地球圏全土に大々的に報道した。

 整然と並び、隊列を組むザンスカール最大の主力艦隊。その規模は、ザンスカール帝国の規模からは考えら
れないほどの大艦隊だ。これは、ザンスカール独自の技術を持って、できうる限りの自動化を行い、少数の人
数で運用できるように開発した成果である。もっとも、モビルスーツの整備、運用のため整備員などは多く必
要としているのだが、それでも旧来の艦船を運用している他の軍よりは、単艦あたりのクルーの数は少ない。

 赤い色でそろえられたザンスカールの艦。それは見るものに強いプレッシャーを与える。無論、それを狙っ
ての報道であろうが、それは敵に威圧を。そして、友軍には自分たちが自国の国民に、地球圏全体に注目され
ている、ということから戦意を向上させる効果があった。

 そして、その放送は最後に女王マリアの登場で締めくくられることになる。それは、より強くザンスカール
帝国の団結を見せ付け、同時にマリア主義の正義を強調することになる。


                     *****


 スクイード1の食堂にて、時間になったので三人で連れ立って食事を取りに来たフィーナたちは、ちょうど
そこでその放送を目にした。ランチパックを受け取り、席に着こうとしたときに、唐突に食堂に取り付けられ
たモニターが作動し、映像を流し始めたのである。

 何だろう、と思いそちらに目を向けたフィーナらははじめにムッターマ・ズガンのモノクルをつけた顔を目
撃し、一瞬ひるんだ。

「い、いきなりはきついよね、あれは」

 同じことを思ったのか、どアップになったズガンの顔を見て口元を引きつらせたミューレがそうこぼした。
サフィーも多少は驚いているようだが、二人ほどではない。

 引き続いて、画面が切り替わり、コロニーから出陣するために隊列を組むズガン艦隊の映像が映し出される。

「ついに出るのね、ズガン艦隊が」

「そうみたいだね……」

 そう語る中、ズガンの勇壮な演説が繰り広げられる。艦隊をバックに行われる演説はきわめて効果的であっ
た。それは、ここでも確認できる。スクイードの食堂は、響き渡る演説を聞き、徐々に熱を帯びてくる。先の
快勝のこともあり、そのムードが盛り上がるのも仕方がないことであろう。

 そして、それは三人娘にしても同じことであった。つい、握ったこぶしが力を持ち、心がざわめく。気分的
に言えば、祭りの最中にいるような、そんな感じか。そして、そうやって盛り上がった後に、

「あ……」

「マリア女王だ……」

 独得の青いマント状の衣装をまとった女王マリアが姿を現した。つい漏れる感嘆の声。そして、それは三人
のみならず、すべてのザンスカールの兵士に及んだ。この食堂だけではなく、あらゆる艦の艦橋にて。モビル
スーツデッキにて。映し出されたマリアの姿と、その口から紡がれる女王の言葉。それは、一瞬にしてすべて
の兵の心をつかむ。

 マリアから語られる、兵をねぎらう言葉。そして、激励の言葉。それは、末端の兵にも及び、心に染み渡っ
ていく。それを、静かに聴く兵たち。すべての場所で、ただマリアの声だけが響いていく。

 そして、それが終わり、マリアが言葉を締めくくった。と、同時に。すべての場所でいっせいに声を上げる
兵士たち。三人娘は、声こそ上げなかったが、マリアが映し出されていたモニターに目を釘付けにして、今見
たマリアの姿。そして耳にした声を反芻した。

 自分たちが命をかける、その存在。それを今目の当たりにし、彼女たちは今一度その心に強く戦意を宿らせ
る。大いに盛り上がる艦内で。自分たちの勝利を疑うものは、ただの一人もいなかった。


                     *****


 同じく、その放送を月で見るリガ・ミリティアはハルシオン隊のスタッフたち。ズガン艦隊の出陣は予想し
ていても、まさかそれを放送するとは夢にも思わなかったので、それを知ったスタッフたちはあわてて手近に
あるモニターにかじりつき、その放送を目にした。

 ジェスタは、たまたま立ち寄った休憩所でその放送をみた演説するムッターマ・ズガン。寒気がするほどの
量の艦が立ち並ぶ光景。それは、自分たちが相手をする敵がいかに強大であるかを知らしめるに十分な効果を持つ。

「すごいな……」

「まったく、気にいらねえ」

 呟いたジェスタの言葉に反応したわけではないだろうが、近くにいたキリがそう溢す。そちらに目を向ける
と、キリは悔しげにモニターをにらみながら、

「余裕を見せやがって。絶対に負けない、とでも言うつもりかよ、糞」

 それを聞き、なるほど、と思うジェスタ。確かに自信がなければ地球圏全土に、こんな観艦式めいた放送な
どは行うまい。かつて地球連邦軍が行った観艦式はジオン残党の攻撃で壊滅するという無様な姿を見せ付け、
それ以後あらゆる勢力が自らの威容をみせつける目的では行われたことのない、こうした放送。
それを行うからにはまさに必勝を義務付けられたに等しい。

 それを考えた瞬間、ジェスタは寒気すら感じた。敵は、怪物だ、と。兵力だけではない。その自らの力に対
する絶対の自信。それをもって行動に移る強大な意志。ザンスカールが強いのは、武力だけではなく、人であ
るのだ、とそれは認識させられた。

「これが……俺たちの、敵」

 そう呟いたとたん、次に出てきたのは女王マリア。目の醒めるような美しい容姿をした女性。その姿は、敵
だとわかっていてもつい魅入られてしまう、不思議な包容力を感じさせられた。

「は。何が女王だ。カガチの操り人形ごときが」

 忌々しげにはき捨てるキリ。その言葉に納得しながらも、モニター越しに見る女王の持つ魅力は決して偽者
ではない、と確信する自分もいる。

「これが、敵なんだ」

 改めて呟くジェスタ。ギロチンという狂気と、マリアという存在。この二つを持ってザンスカールは人心を
掌握した。それを思い、唇をかみ締めるジェスタ。この優しそうな、温もりを感じさせる女性を利用し、自分
の父を惨殺し、それをも利用したフォンセ・カガチ。彼に対し、ジェスタは畏怖と同時にどうしようもないほ
ど大きな憤りを感じたのだった。



   モビルスーツデータ


 LM312V06  ビクトリーガンダムヘキサ

 頭頂高 15.2m  本体重量 7.6トン  全備重量 17.7t ジェネレーター出力 4780kw
 武装 頭部バルカン砲・ビームサーベル×2(2)・ビームシールド×2・ハードポイント×8

 リガ・ミリティアがビクトリー計画を持って、自らの象徴として開発したモビルスーツ、LM312V04ビクトリ
ーガンダムのマイナーアップデータバージョン。
 頭部のセンサーをV字アンテナから頭部の両脇に備え付けられる大型センサーに換装することで指揮官機と
して十分な能力を備えることになった。このタイプから通常のビクトリーへの換装も可能であるらしく、原作
ではヘルメットを換装し、電装系をいじることで簡単に換装されていた。
 なお、このタイプが後に主流になったようで、シュラク隊の多くのパイロットがヘキサを駆り、戦場を駆け
ぬき、そして散っていった。生産台数も少なく、戦場でほとんどが失われていったが、白く塗装されたその姿
はまさに往年の名機、RX-78-2ガンダムを髣髴とさせたのは言うまでもない。
 ちなみに、現時点においてハルシオン隊で運用されるヘキサは三機で、いずれも濃紺に塗装されなおしてい
る。その色はまるでかつてのティターンズカラーのようで、あまりゲンがよくない、と整備員からは突っ込ま
れているという。


 LM111E03  ガンブラスター

 頭頂高 14.9m  本体重量 10.3t  全備重量 21.3t  ジェネレーター出力 4820kw
 武装 頭部バルカン砲・2連マルチランチャー・ビームシールド・ビームサーベル・ハードポイント×7

 リガ・ミリティアが初めて実用化、実戦投入したLM111E02ガンイージの強化バージョン。
 ツインテール、と呼ばれる追加バックパックを装備することで出来上がる機体である。元々リガ・ミリテ
ィアのモビルスーツはハードポイントを装備しており、それに対応するためのOSを搭載している。つまり装
備される兵装のほうに、それを扱うためのプログラムをインストールしておき、装備するだけで本体はその
兵装に対応するプログラムを入手することが出来るわけである
 それを利用して、追加オプションに容易に対応することが出来るため、比較的たやすく換装できた。その
ため、この追加バックパックが実用化されてからはこちらを装備する機体が一般化することになる。
 このツインテール・ユニットは機体とのクリアランスをあまり取れなかったため、案外可動範囲は狭いの
だが、それでもAMBACユニットとしての機能も持ち、その推力の強さもあいまって宇宙空間でのガンブラス
ターの機能向上に貢献した。
 なお、リガ・ミリティアの主力となったこの機体は、余剰に生産された機体を連邦軍に貸与されたことも
あったようである。


 RGM-122   ジャベリン

 頭頂高 14.5m  本体重量 8.1t  全備重量 16.5t  ジェネレーター出力 3980kw
 武装 頭部バルカン砲・ビームサーベル×2・ビームシールド・ショットランサー×2

 現在地球連邦宇宙軍が制式採用しているモビルスーツで、形式から見てRGM-79ジムの系列の機体である。
 とはいえ、現在の、ベスパのモビルスーツに比べると時代遅れで性能も低い。まあ、これは元々ベスパが
現在使用されているモビルスーツを凌駕するためにモビルスーツを開発した、という事情があるためある意
味必然であって連邦軍や、この機体を運用する各コロニー政庁の責任というわけではないのだが。
 この機体を開発したのは、若干サナリィの技術や、かつてのクロスボーン・バンガードの技術を取り入れ
ているとはいえ、メインはアナハイム・エレクトロニクスである。コストとの割合も考え、出力があまり高
くないジェネレーターを使用しているため、火力不足を補うためにバックパックにジャベリン・ユニット(
ショットランサー)を装備するも、実際には使い勝手も悪く、重量が増すだけであったようである。なんと
なくやっつけ仕事で作られた機体、という感じもし、少々哀れな機体でもある。
 なお、この機体の最大の欠点。というか、この時代において完全に時代遅れとなってしまった最大のポイ
ントはアビオニクスにある。形式番号が示すとおり、この機体の試作機がロールアウトしたのはUC122年。こ
のとき、F-91に搭載されたバイオ・コンピューターはまだ完成すらしていなかった。そのせいで、この機体に
はUC150年代のモビルスーツの標準装備とも言うべきバイオ・コンピューターが搭載されていないのである。
ゆえに、操作性においても同デバイスを装備した機体に比べて柔軟性が劣り、追従性。反応速度も劣る結果と
なる。それがもろに戦闘の結果に現れ、ベスパのゾロアット部隊と交戦してもまるで歯が立たなくなってしま
ったのである。それでもこの機体はザンスカール戦争を通じて連邦軍によって運用され続け、多くの機体が戦
場で散ったのであった。


 ZM-S09G   トムリアット

 頭頂高 15.0m  本体重量 8.6t  全備重量 20.7t  ジェネレーター出力 5440kw
 武装 ビームトマホーク×2・ビームローター・四連マルチポッド×2・2連マルチポッド×2
    その他、用途によってさまざまな手持ち火器を運用

 ベスパのイエロージャケットが地上侵攻のために用いた制式採用のモビルスーツの第二段。ゾロで不評だ
った分離合体方式を見直し、単機でヘリコプター形態になることが可能となった。
 なお、この機体は開発に当たってゾロと共通するパーツを多く使用したため、短期間で開発に成功した上、
整備の仕方にも、パーツを流用できるし、構造も似通っていたため現地では喜ばれたようである。
 宇宙で開発されたこの機体は、単機での大気圏突入も可能であったようで、原作では直接宇宙から降りて
きた直後、戦闘も行っていた。

 
 ZM-S08G   ゾロ

 頭頂高 14.8m  本体重量 8.9t  全備重量 21.2t  ジェネレーター出力 5120kw
 武装 ビームサーベル×2・ビームローター・ガトリング砲(分離時のみ)・対地爆雷コンテナ
    その他、用途によってさまざまな手持ち火器を運用

 ベスパのイエロージャケットが地上制圧のために投入した地上用モビルスーツ。この機体の、正確に言えば
ビームローターの開発こそが、ベスパの地上侵攻を決意させた鍵となる。
 ビームシールド発生器を回転させることでビームの周囲に斥力性の強い立方格子体の力場がが発生させする
ことを発見したベスパの技術陣は、その特性を調べ、その発生方向を偏向させる事で生じるビーム表面の立方
格子上の力場を調整することで、重力下で鉛直方向にそれを展開することで自重を相殺、浮遊することが判明。
さらにそれを傾けることでプロペラントを消費することなく飛行することが出来る技術が、ビームローターで
ある。
 この技術は、高度をとることは不向きであるとはいえ、モビルスーツの重力下における活動範囲、および稼
働時間を大幅に引き上げることに成功した。かつての飛行型モビルスーツはいずれも莫大な量の推進剤を消
費し、行動範囲は広くなっても逆に稼働時間はごく短いという致命的な弱点を持っていた。それを解決した
ビームローターは、ベスパに絶対的な優位をもたらしたのである。
 そして、ゾロは合体分離、変形機能を持っている。それによって、上半身がゾロ・ヘリコと呼ばれるヘリコ
プター形態になり、下半身はブーツと呼ばれる無人機になって上半身に随行する仕様になっていた。これは、
リモコンされるかオートで運用されていたようで、そのせいで分離中にしょっちゅう叩き落され、後に出てく
るモビルスーツにこのシステムが使用されることはなかった。
 なお、この変形機能は主に都市などといった固定目標を相手にすることを考慮していたようである。そのた
め、変形後のゾロは機首にガトリング砲を備え、ブーツのほうは対地爆撃のための爆雷を装備していた。その
上で、モビルスーツの迎撃のために合体、変形してもビルスーツ形態をとる、という戦術が一般であり、ゾロ
・ヘリコの姿。およびビームローターの音はヨーロッパ中に恐怖を撒き散らし、多くの命を奪ったせいで原作
中でもトラウマを生み出すほどであった。