機動戦士ガンダム 0153 〜翡翠の翼〜
第四章 転機
UC153 4月 28日 静止衛星軌道上 戦略衛星カイラスギリー
カイラスギリー空域での大規模な戦闘は結局リガ・ミリティアの勝利に終わった。
リガ・ミリティアがしかけた戦術が見事に成功したのである。そして、その結果。思いもよらぬ戦果をも手
中に収めた。それは、敵が残していったスクイード1である。リーンホースが接舷し、白兵戦をしかけた結果
スクイード1は放棄せざるを得なかったのである。
ザンスカールの生き残りは残存艦とともにスクイード2をもって本国に撤収するしかなく、結果的にリガ・
ミリティアはガウンランドを失い、リーンホースも著しい損傷をうけるもひとまずの勝利を得た。そのために
受けた損害もかなりのものに及んだが。
「結局、協力してくれた連邦のモビルスーツはほぼ全滅ですか」
あの後すぐに駆けつけた友軍機に救出されたジェスタが、スクイード1の艦内に足を踏み入れながらそう呟
く。それを聞いているライアンは、ああ、と呟いた。
「うちの隊も、二人がやられた。……しかしお前は悪運が強いな。モビルスーツを二機失っても生き延びる。
そういう運の強さは見習いたいものだ」
「ええ。自分でも悪運が強いと思います。……でも、キリさんは」
そういってジェスタは顔を伏せた。目の前で撃墜され、命を落としたキリ。そして、それをなしたパイロッ
トを前にしながら、殺すことは愚か、憎むことも。怒りを持続させることも出来なかった。
「戦場だ。人が死ぬのは当然のことだ。キリが死んだのは、あいつに生き延びる強さが足りなかっただけだ。
別にお前のせいじゃない。うぬぼれるなよ、ジェスタ」
「はい。ですが、敵は取れなかったんで。……それが」
「ふむ。敵は次の機会に討てばいい。生きている限り、いくらでも機会は得られるんだからな」
「はい……」
ライアンの言葉に頷きはしたが、次に彼女と。フィーナと向き合ったとき。引き金を引けるかどうかはわか
らなかった。勝手な事だな、と自嘲する。顔も知らなかったころは平然と殺しあったのに。顔の知らないパイ
ロットなら、今でも撃てるだろうに。
そんなことを考えながら、それでも今後のことに思いをはせる。カイラスギリーの攻防は、こちらに天秤が
傾いた。しかし、だからといってこれで戦争が終わったわけではない。むしろ、これでザンスカールはリガ・
ミリティアをより強く敵として認識したし、この成果をもとに連邦軍を引き込むことも出来るだろう。
つまり、むしろこれからが対ザンスカール戦の本番といってもいいほどなのだ。
「隊長。これからどうするんですか?」
「ん。リーンホース隊はこのスクイードとリーンホースを合体させるといっているがな」
「は? 拿捕されていたクラップを修理して使うんじゃないんですか?」
意外そうな顔をして言うジェスタ。カイラスギリーには、バグレ隊が使っていたクラップ級巡洋艦が拿捕さ
れていた。それは損傷こそしていたものの、解体もされずに残っていたため、カイラスギリーが放棄された後、
リガ・ミリティアが接収することが出来たのである。
ジェスタはそれを大破したリーンホースの代わりにするとばかり思っていたので、ライアンの言葉は意外だ
ったのである。ライアンもまた、意外そうであったが、
「クラップは別の使い道があるそうだ。……案外、俺たちが使うかも知れんな」
そういって笑みを見せるライアン。そこに、リガ・ミリティアのスタッフの一人がやってきて、ライアンに
声をかける。ライアンはそちらに方に目を向け、何か一枚の紙を手渡された。
それに目を通して、ライアンはほう、と息を漏らして
「ジン・ジャハナムは俺たちを休ませる気はないらしいな」
「なんなんです?」
「大型の輸送艦と補給物資を手配したそうだ。それを持って、サイド2の連合艦隊の支援に迎えとのことだ」
「いまさらですか?」
ライアンの言葉にジェスタは呆れたような声を出す。正直、今すぐにでも戦火を交えようとするサイド2の
連合艦隊と、ズガン艦隊の会戦に、ここから急行したとしても間に合うかどうかはかなり微妙だ。
「何。要するに売込みだろう。われわれの存在をアピールして、より多くのスポンサーを。支援を得るための
な。勝ち戦ならばかなり微妙かも知れんが、負け戦なら」
「しんがりを務めに行くわけですか。……厳しくなりそうですね」
「そうも言ってはいられんさ。命令は命令だ。……行くぞ」
「了解」
そういってジェスタは敬礼をして、ライアンに続いた。次の戦場はサイド2か、と心の中で呟く。おそらく、
そこにはフィーナたちはいないだろうな、と一瞬考え、何を馬鹿な、とはき捨てる。今、自分は戦争をしてい
るのだから。余計なことを考えている暇はない。
UC153 4月 29日 静止衛星軌道〜サイド2間航路上
リガ・ミリティアとの決戦に敗北したタシロ艦隊の残存戦力は今、スクイード2とそれに随行する損傷艦二隻を
持って現在本国であるザンスカール帝国に帰還中だった。多くの船が沈んだこともあり、生き残った軍人の
ほとんどはスクイード2に乗り込むことになったので現在スクイード2は定員の二倍以上の人員を詰め込むこ
ととなり、かなり手狭になっていた。
そんなごった返すスクイード2の艦内は、敗戦の中なので非常に空気が重い。特に、負傷者が多く出たこと
もあり、深刻な物資不足に陥っていた。そのせいで、治療が間に合わず命を落とす兵も多く、戦場という地獄
をより強く感じさせられた。
そんな中、部屋も確保できず自分のモビルスーツのコックピットをねぐらにするしかない三人娘たちもまた、
空いた手を無駄にするなとばかりに、戦傷兵の治療などに借り出され、心身ともに疲れ果てていた。
とりあえずモビルスーツデッキに引き上げてきた三人は、互いの顔を見合わせて同時にため息をついた。
「疲れたね」
「ホント。みんないらだってるし。一杯怒鳴られちゃった」
とほほ、と肩を落とすミューレ。別に彼女は手先が不器用というわけではないのだが、敗戦後の重苦しい空
気に、あちこちでうめき声を上げている戦傷兵たちに精神的にショックを受けていろいろとミスを重ねてしま
ったのである。その結果として、敗戦で気が立っている兵たちに怒鳴られてしまう、という結果を招いたのだ。
しかし、それはミューレだけではなく、フィーナもサフィーも同じだった。これまで勝利ばかりを重ねてきたため、
こういう空気にはなれていないのだ。地上の戦地に比べればはるかにましとはいえ、戦場というのは
こうした、血と泥にまみれた場所なのだ、と痛感させられた。
それは、このモビルスーツデッキにも言えることだ。多くのパイロットが、機体と運命をともにして命を落
としたが、中には帰還できたものも多い。が、その中にはひどい損傷機も多くある。多くはその場で破棄され
たが、このモビルスーツデッキにも損傷し、修理を待つ機体と言うものも多い。
サフィーとミューレのモビルスーツはほぼ損傷もなく、おそらくここの機体で一番状態のいいものに分類さ
れるだろう。ゆえに、彼女たちにはあまり暇も与えられない。現在帰還中とはいえ、他のリガ・ミリティアの
部隊の襲撃や、勝ち馬の尻に乗った連邦艦隊の奇襲、ということも考えられるので、一応彼女たちはスクラン
ブル要員としての任務も請け負っている。まあ、それ以上に雑用に借り出されるのは下士官の定めか。
「これが、戦場なんだね」
損傷したモビルスーツ。傷ついた兵。それらを目の当たりにして、ついそうこぼすフィーナ。その言葉に二
人も同意。これまで、自分たちに負けてきた連邦軍は、いつもこういう状況だったんだな、とそう思う。
「ええ。特に薬と輸血用の培養血液の不足は深刻よ。手当ての甲斐なく死んでしまった人もかなりいたもの」
多くの艦艇が沈んだこともあり、沈んだ艦艇からうまく逃げ延びたものの中には破損した艦の破片などを食
らって傷ついた人も多い。それ以外にも、スクイード1で白兵戦になったため、銃創を受けた兵の数も多く、当
然。ここに何とかたどり着いてもそこで多くの死者がでた。その死者の一人一人に、それぞれの事情があり。
待つ人もいただろう。
「うん。ボクもさっき、一人看取っちゃった。その人ね。娘さんがいたみたいで。ボクのほうを見て、うわご
とで「アリス」って言ってた。その人の娘さん。お父さんが死んじゃったんだね」
言って、泣きそうになるミューレ。それを聞いてフィーナもサフィーも顔を曇らせる。元々孤児の三人だが、
それゆえに、「親」の死というものに強い関心を示すのだ。なので、三人はそれを聞いてしばらくしんみりと
していたが、その空気に耐え切れなくなったのか、ミューレは大きくかぶりを振ってため息をつく。
その様子を横目にしたフィーナが遠くを見る目をしながら格納庫全般を見回した。四肢が千切れたゾロアッ
トや、焼け焦げた装甲の機体などが無造作に転がる。なまじ人型をしているが故に、その姿は凄惨に写る。
「ひどいもんだね、ホント」
そうこぼすフィーナ。今いるここは機械油や溶接などの際に発生する金属の匂いが充満しているが、それ以
外の場所は消毒液と血の匂いでむせるような状態だ。宇宙船、ということもあり、空気がこもりがちになるが、
そのあたりに関しては艦の内装に使う素材にいわゆるバイオ・マテリアルや光触媒などを用いて匂いの原因と
なる化学物質を分解させたり、空気の循環に伴って幾重ものフィルター。空気清浄機を用いることで悪臭がこ
もらないように気を配っているのだが、(空気がよどんで悪臭が常駐すると士気が低下するし、神経障害を発
生させるため、初期の軍艦はともかく現代の軍艦はほぼ確実に悪臭対策は完備している)それでも艦一杯に人
が集まり、その上で怪我人が大量にいるのだ。自然と、艦が持つ脱臭機構を上回るだけのにおいがこもっても
おかしくはない。
その、不慣れな血の匂いなどと、あちこちにいる怪我人の無残な姿を思い出してフィーナは沈鬱な顔をする。
初めて、戦争が「殺し合い」なのだ、と認識したのだ。そして、それをしたのが自分たちと同じように、笑い、
悲しみ、怒り、憎む生身の人間であるということも。ジェスタという生身の人間。敵と接してフィーナはそれ
を知ってしまった。だから、余計に辛い。
そのことを考えて押し黙っているフィーナの様子を、サフィーとミューレはそれぞれに表情を曇らせながら
見ていたが、サフィーが話題を切り替えようと少しわざとらしく、
「そういえばフィーナ。あなた、データはどうしたの? 機体は失ったんでしょ?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。ちゃんとゾロアットからは回収したし、それはもうあのニタ研の女に渡したしね」
サフィーの疑問にそう答えるフィーナ。ちなみに、あのデータはパイロットスーツのベルトのパックに入れ
ていたから持ち帰ることが出来たのである。他の荷物はあの鞄ごとあの暗礁地帯でなくしてしまった。まあ、
ほとんど官給品ばかりなので別に惜しくはないのだが。なお、今彼女が着ている服は、サフィーから借りた予
備の制服である。少しサフィーのほうが大きいため(特に胸)少しみっともないが、体が一回りほど小さいミ
ューレのものは問題外なので仕方がない。
「そう。……でも、本国に帰ったらニタ研直行なのよね。ちょっと気が重いわ」
「そうだねえ。……そういやさ。ズガン艦隊はどうなってんだろ。勝ったのかな?」
「さあ、どうだろ」
ミューレの言葉にフィーナは首をひねる。圧倒的に戦力面で上回っていたカイラスギリー艦隊が、寡兵のリ
ガ・ミリティアに敗北したのだ。ズガン艦隊が相手をしたサイド2連合艦隊は、数だけで言えばズガン艦隊より
もはるかに多い。
「どうでしょうね。この結果を見る限りだと難しいかもしれない。けど、連合って言ったって、きちんとまと
まっているとは思えないんだけどね」
サフィーは少し考えて、そう答えた。その言葉に二人はしばし考えてから、よくわからない、と首を振る。
「まあ、どの道私たちにはあんまり関係ないしね。とりあえず、お仕事がんばらないとね……」
フィーナは疲れた顔をしてそう言った。それに二人は同意し、ひとまずその場を離れた。油の匂いと血の匂い。
消毒液のにおいが充満する艦内。病院船よりもひどい有様となっているここでは、気が休まる暇などまったくないのだ。
どことなく元気のない様子のフィーナ。それを見てミューレとサフィーは互いに顔を見合わせて、
「フィーナ。少し休んだらどう? あなたは漂流だってしたんだし、私たちより疲れてるでしょう? 私のゾ
ロアットのコックピットでしばらく寝たほうがいいわよ」
「そうも行かないでしょうが。みんな忙しそうなのに」
「何言ってんの、フィーナ。疲れたまま無理してミスされたほうが迷惑だよ?」
「それは……そうだけど」
「じゃ、決定だね。ささ、早く休みなよ。ね?」
ミューレはそういいきるとフィーナのほうに流れていき、その肩をつかむ。そして、半ば強引にサフィーの
ゾロアットのほうにその体を放り投げた。フィーナは「きゃあああ」と悲鳴を上げながらくるくると回転しつ
つ流されていく。そんな彼女にサフィーとミューレはにこやかに笑みを浮かべながら手を振り、
「もう! 後で覚えてなさいよ!」
うまく体勢を立て直してゾロアットの装甲板にうまく着地したフィーナが眦を吊り上げてそう文句を言って
きたので、サフィーはにこやかな笑顔を。ミューレはあかんベーを返した。それにフィーナは口元を引きつら
せてから、「後で死なす」とジェスチャーを残して、コックピットに引っ込んだ。
「なんかさ。フィーナ、元気ないね」
フィーナの姿が見えなくなってから、そう呟いたミューレ。その言葉に、サフィーはちらりと横目にミュー
レを見た。ミューレは普段あまり見せない、真剣な様子になっていた。それを見てサフィーは「そうね」と同
意する。
「撃墜されたから、ってわけじゃないよね? 何か、悩んでるようにも見えるし」
心配そうに言うミューレ。その姿は、普段の彼女の姿しか知らないものからすれば意外そうに写るだろう。
しかし、フィーナやサフィーは違う。彼女たちは、このミューレと言う少女のことをよく知っている。
「……恋の悩み、ってことはないかしらね?」
「自分で言って信じてないでしょ? サフィー」
じとっと睨んで言うミューレ。その視線と言葉に、降参、というふうに軽く手を上げるサフィー。確かに、
自分で言って信じていない言葉だ。
「そうね。フィーナなら、恋なんてしたらもっとポジティブに悩むでしょうし。まあ、初恋も済ませてない私
には分からないけど」
「……けど、例のゲリラのパイロットのせい、ってのはあるよね?」
そう言ったミューレの目つきは鋭い。かなり頭にきているようだ。それが、サフィーには分かった。このミ
ューレという少女。三人娘の中で、一番三人の「絆」を大切にしている少女だ。なので、それを脅かす存在を
彼女は許さない。現に、あの時。フィーナの機体の反応が途切れたとき、すごく取り乱したし、「敵を皆殺し
にしてやる!」とすごい剣幕でいきまいていた。
「何か話をしていたみたいだからね。それで変な影響を受けたのかもしれないわね」
「変な影響ね。やっぱあの時。殺しておけばよかったかもね」
「そんなことしたら、きっとフィーナはあなたを許さなかったわよ? ううん。許しはするけど、きっとその
方がつらかったはず」
そういって、サフィーはミューレのほうを見る。すると、ミューレは何か半泣きになっていた。正直、あ
の時。現にジェスタのことをミューレは殺そうとしていた。その瞬間に、フィーナが強くそれをいさめたのだ。
ミューレの心に直接感応して。それで、そのときすでにフィーナがジェスタにある程度心惹かれていることは
理解していた。だからこそ思いとどまったのだ。そして、その衝動は正しかったはず。しかし、
「…………」
三人の、今の関係が崩れて欲しくない、と強く思うミューレにとっては、やはり素直に許容できる問題では
なかった。しかし、だからといってどうすればいいのか。いい考えが思い浮かばなかったので、ミューレもま
た胸の奥にわだかまりを残し、どうにも気が晴れないのだった。
そんな、それぞれに思い悩む材料を構えた二人の友人を前にして、サフィーは一人、静かに考え込む。彼女
自身は、出会ったころの自分たちと、今の自分たちの違いを冷静に見比べることが出来ているため、今も、今
後もそれぞれが変わっていくことも、三人の関係も変化していくことを認めている。だが、その中で見失って
はいけないものを大切にしたい、と思っているため、今はとりあえず静観するしかないかな、と考えていた。
UC153 4月 29日 静止衛星軌道〜サイド2を結ぶ航路
カイラスギリーの戦場に到着した大型の輸送艦に、ハルシオン隊のパイロットたちはそれぞれの機体に乗っ
て乗り移ると、リーンホース隊との別れの挨拶もそこそこにすぐさま次の戦場に旅立っていった。かなりの強
行軍となるが、慢性的に数の少ないゲリラ組織に自らの意思で身を置く彼らの口からは文句などでようもない。
その輸送艦のコンテナの中で、機体を失ったジェスタはこの間の整備員とライアンから、次に乗るモビルス
ーツの説明を受けていた。
ジェスタはそのモビルスーツを前にして、目を丸くしていた。というのも、ジェスタが次に乗るように言わ
れたモビルスーツは、予備のためにここに回されてきたガンブラスターではなく、純白の装甲を持つモビルス
ーツLM312V04ビクトリーガンダムだったのである。おまけに、SD-VB03A、ダッシュパックとも呼ばれる追加武
装。オーバーハングキャノンも装備している機体だ。
「あの、隊長。どうしてこれを俺が?」
と、傍らのライアンに聞くジェスタ。今回、この大型の輸送艦が持ってきたモビルスーツの中には、何機か
のガンブラスターもある。損傷したハルシオン隊のモビルスーツの代替機とするために持ってきたそれらのう
ちの一つを自分が使うことになると思っていたのに、リガ・ミリティアの象徴としても扱われるビクトリータ
イプを自分が扱うことになるとは思っても見なかったのである。
「ヘキサタイプならともかく、この角つきビクトリーは指揮官向きじゃない。だからお前に使わせる気になっ
たんだが?」
「ええと、そうじゃなくて、俺みたいな未熟者がどうして、って思ったんですが」
「古参の兵にはビクトリーはあまり喜ばれんのだ。機構が複雑だし、何より目立つ。……塗り替えは間に合わ
なかったのか、この機体は」
そういって、ライアンはじろりと整備員をにらんだ。若い整備員は苦笑しつつ肩をすくめる。
「勘弁してくださいよ、ライアン隊長。予備のハンガーとブーツも持ってきたんですよ? それらすべてを
塗り替える余裕なんてないですよ。それに、上の意向ではガンブラスターならともかく、ビクトリーは塗り
替えて欲しくないようなことを言ってますしね」
その言葉にライアンは難しい顔をした。ガンイージやガンブラスターは、単純に戦力として作られている機
体だが、ビクトリータイプは違う。ビクトリーはあくまでもリガ・ミリティアの反抗の象徴で、かの有名なRX
-78-2ガンダムを模倣した機体だ。当然、それには有名なトリコロールカラーも含まれる。なので、ライアン
のように実用性を追求し、宇宙用の迷彩をするのはリガ・ミリティアとしては喜ばれないのである。
「とはいえな。この目立つ色はどうも好きになれん」
「ライアン隊長の機体も、白くするようなこといってますけどねえ」
「本当なのか、それは」
「ええ。ハンガーとブーツ。換装したら変な色になりますし。……今回は損傷を受けてないですけど、今後も
そうとは行かないでしょう?」
「む」
整備員の言葉にうなるライアン。ビクトリータイプは三つのパーツに分かれている。コックピットが含まれ
る、コアファイターと呼ばれるBパーツと、腕辺りのAパーツと足回りのCパーツ。それぞれを塗装しなおして
いたら、確かに手間がかかりすぎる。ライアンとしては不満だが、そのあたりはわがままをいえないのだった。
そんなライアンらを横目に、ジェスタは自分に与えられたビクトリーに目を向ける。白い手足を持つ、伝説
のモビルスーツ、ガンダムに似た機体。さすがにこれは荷が重過ぎるような、そんな気がするのだ。
「あの、隊長。やっぱり」
「ジェスタ。俺が決めたことだ。隊員も納得している。……いずれ、ビクトリーがもっと増産されれば他のや
つにもいきわたる。お前に少し早く回ってきた。それだけのことだ。納得が行かんのなら、もっと腕を上げろ。
この機体に恥ずかしくないように、な」
そういってライアンは肩を叩く。その感触に、ジェスタは微妙に顔をゆがめた。その顔を見て、破願するラ
イアン。その顔を見て、ジェスタはため息とともに覚悟を決めた。
「わかりました。……よろしくな、ビクトリー。俺、がんばるから」
そういって、ジェスタはビクトリーを見上げ、それから地面を蹴って流れていった。とりあえずサイド2連
合艦隊とズガン艦隊がやり合っている宙域まで、まだしばらくかかるのだ。それまでの間に、コックピットの
形式の違うビクトリーになれる必要もある。しかし、それと同様に休息もしっかりととらなければまともに動
くことも出来なくなりそうだ。
なので、とりあえずジェスタは仮眠室に向かう。この艦は、所詮輸送艦なので、ペイロードの割には居住区
画は狭い。仮眠室も、どことなく寿司詰め、という感じが強い。その仮眠室を訪れて、ついため息をつくジェ
スタ。
「何、そのため息。景気が悪いわね」
「リュカさん。起きてたんですか?」
「寝入りばなに不景気なため息聞かされたからね……目が覚めたの」
そういって身を起こしたのは、リュカだった。そちらに目を向けるジェスタ。と、どこと泣く彼女自身、浮
かない表情をしているのがわかった。
「リュカさん、なんか機嫌が悪そうですね」
「そりゃね。仲間が死んだばかりで機嫌がよくなりやしないさ、ね、マジク」
「糞。何だよ、寝た振りしてたのに話を振りやがって」
声をかけられ、同じように仮眠室でシュラフに包まっていたマジクも身を起こした。その発言内容に、リュカが笑う。
「ごめんごめん。……でもね、坊や。あまり気にしないほうがいいよ。別にキリが死んだのはあんたのせいじゃない。敵を取れなかったのもね」
「それは、わかってます」
「そうかねえ。お前さん、なんか変に悩んでそうだし。そうだ。今度月に帰ったらいい店に連れて行ってや
ろうか? ぱあって飲んで、いい女はべらせてリフレッシュしたら、きっといい気分になるぜ?」
「あんたと一緒にするなっての。……いいかい、坊や。変に悩むのはよしな。今は、生き延びることだけ考
えるんだ。家族のところに帰りたいんだろ?」
「そりゃあそうですけど」
ジェスタの返事にリュカは笑顔を返す。
「いい返事だ。なら、がんばることさ。あんたなら、きっといい男になれる。そこのダメ男みたいにならな
いように、気をつけな」
「おい。俺のどこがダメ男なんだよ」
不機嫌そうに文句を言うマジクの言葉に、しかしリュカは特に返事をせずに適当に手を振ってあしらうと
そのままシュラフに包まった。それを見たマジクが不機嫌そうな顔をする。文句を言いたげな様子だったが、
肝心のリュカはもうマジクの相手をする気がない、という態度だし、いまさら起こしたところで大人気ない、
と思ったのか、ぶちぶち文句を言いながらとりあえずぎろり、とジェスタに目を向けた。
「な、なんです?」
「お前、ビクトリーに乗るんだってな?」
「え、ええ。そうですけど」
何か文句を言われるのか、と身構えるジェスタだったが、マジクは笑みを浮かべると
「ま、がんばれよ。リーンホースのあの坊やと同じに、期待されてるってことだろ? 若いやつががんばって
ると、みんないい気分になるからな」
「マジクさんたちも若いでしょうに」
「二十歳前の坊やにゃ負けるさ。……ビクトリーはダメージに強い機体だ。死んで欲しくないんだよ、お前み
たいなガキにはな。だから、隊長たちの意見はそのまま飲んどけ。いいな?」
「はあ……」
「それと、だ。月に帰ったら俺がいいところに連れて行ってやる。うまくすれば、童貞卒業できるぞ?」
「あのー」
「いい加減にしろ、このセクハラ男が!」
なにやらにやけて言ったマジクの台詞に少々困っていたら、一度話を打ち切り、眠りについていたリュカが
身を起こしてそこらに漂っていた浮遊物をつかみ、それをマジクの顔面に直撃させた。「ぬぐお!?」と呻き
声を上げたマジクは、しばらく顔を抑えていたが、
「いいだろう、このあばずれ。表出やがれ。決着つけてやらあ」
「は。上等だよ。あたしが誰なのか、思い知らせてやるよ」
二人はそう、にらみ合って目と目の間に火花を散らせると、そろって不敵な笑顔を浮かべるとどちらともな
く仮眠室を後にしていった。その後、何があったのかジェスタとしては知りたくもなかったので、とりあえず
逃げるようにシュラフに向かった。
「ふざけんな、コラ!」
「なめんじゃないよ、この早漏!」
「んな!? だ、誰が早漏だ、この」
「は、ついでに短小なの!? うわ、かっこわる!」
「て、てんめえええ!」
という、耳をふさぎたくなる程度の低い口げんかなど、聞かなかったことにした。
UC153 5月 1日 サイド2 スペースコロニーアメリア ザンスカール帝国本国
満身創痍の状態に近い、カリスト級巡洋艦一隻とアマルテア級戦艦一隻。そして、比較的ダメージのひくい
スクイード2がザンスカール本国の空域に侵入したとき、その知らせを事前に受けていたにもかかわらず、本土
の防衛部隊は出航したときはあれほどの数と威容を誇っていたザンスカール帝国第三艦隊、タシロ艦隊の変わ
り果てた姿に愕然としていた。
そして、それは本国の民衆にも伝染し、ザンスカール本国はにわかに暗雲に包まれ始めていた。そんな中、
タシロ艦隊の生き残りはそれぞれコロニーの港に入港した。その際、第一艦隊であるズガン艦隊が留守中なの
で本土の防衛力が手薄になっていることを懸念したタシロはカガチに打診し、比較的ダメージの低いスクイー
ドに若干の修理を受けながらもその搭載能力とモビルスーツの展開能力を利用し、本土防衛のプラットフォー
ムとして利用することを進言。それは受け入れられた。
残りの二隻の艦は、自航能力こそあれどそのダメージは深刻だったので、スクイードに乗っていた損傷した
モビルスーツらとともにドックに回され、修復が行われることになった。
それらの作業が行われつつ、引継ぎなどを終えてようやくクルーたちは艦を降り、本国に足を踏み入れるこ
とが出来た。まあ、戦傷兵たちは真っ先に艦を下ろされ、そのまま入院する羽目になっていたが。
フィーナら三人は、比較的簡単な手続きを経て艦を降りることが出来た。とはいえ、他の兵のように休暇を
もらったり自宅に、家族の元に帰る、ということは許されずにそのままとある場所に直行することになっていたが。
「はぁ〜。ようやく我らが故郷、ザンスカールに戻ってきた! のはいいんだけどさ」
そう言って大きく伸びをするミューレ。だが、それを聞いてフィーナとサフィーは苦笑するも、特に何も言
うではない。と、そんな三人娘に、どことなく冷たいまなざしが向けられる。それを若干いやそうな顔をしな
がら、三人は無視した。
今三人がいるのは港ブロックから直接降りてきた、兵員輸送車である。その後ろには、二台のトレーラーが
ある。あのトレーラーには、サフィーとミューレのゾロアットが積まれているのだ。その後ろの光景を気にし
ながらも、フィーナはちらり、と目を同乗者に向ける。
その同乗者はその視線に気づいたのか、一度フィーナに目を向けるも、そこには温かみなどかけらもない。
せめて労ってくれてもいいのにね、と思うフィーナ。まあ、ニタ研の研究者にそんなのを求めるのは雄鶏に卵
を産めというのと同じくらいだから仕方がないか、と諦め顔になる。
そう、今フィーナらがいる兵員輸送車に同乗しているのは、スクイードに乗っていたニュータイプ研究所の
女医。というか、女性研究員だった。手続きを終え、艦を降りた直後にこの車に乗ることを彼女に指示され、
今こうしているわけである。
いやな空気だなあ、と心中でため息をつく。それは、フィーナのみならず残りの二人も同じである。たった
一人、異物がいるだけでこうも空気をよどませるとは。ある意味才能であろうか。
いやだいやだ、と思いながらフィーナは外に目を向ける。ザンスカール帝国のスペースコロニー、アメリア
の光景が車の窓の外に広がる。
レンガ造りのノスタルジックな家々が整然と並ぶ、よく整備されたコロニーらしい町の光景だ。そのあちこ
ちに、ザンスカール帝国のイニシャル、Zの文字が描かれた垂れ幕がかかっている。それが若干浮いて見える
も、町の光景そのものはきれいといえるものだった。
しかし、あちこちで軍服姿の若者が、それこそ少年少女までもが銃を持ち、行進している姿が見られるなど、
この平和そうなコロニーが、やはり戦争状態にあることがよくわかる光景だった。この若者の一部が、訓練を
経て自分たちがいたような戦場に赴くのだろうか、とフィーナはちらりと考えて、少し憂鬱な気分になった。
敗北し、引き上げる最中の艦の光景。あの一部に、彼らもなるのかもしれない。
そんなことを考えて、気分がだんだんと重くなっているのに気づいたフィーナは首を軽く振った。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
サフィーがかけた声に、笑みとともにこたえるフィーナ。それから少し明るめの表情になって、
「あのさ。しばらくは無理っぽいけど、暇になったら一緒に町に出ようね。ちょっとは遊んだりしないと気が滅入るしさ」
ちらり、と目を女医のほうに向けて言うフィーナ。彼女はフィーナを横目にしたが、何も言わなかった。ま
あいいか、と思いながら、その目を二人に向ける。二人は同じように女医のほうを一瞬うかがってから、
「そうだね、軍でお勤めしたから少しは給料も入ってるし、何か買い物もしたいもん」
「私は何かおいしいものが食べたいわね。……軍艦の食べ物って、保存食メインだから。それなりにおいしく
てもやっぱりね」
と、それぞれに口に出した。うんうん、とフィーナも頷いて、いろいろと話のネタを振る。一度口火を切る
と、さすがに若い少女たちだ。重い空気を振り払っておしゃべりに花を咲かせるというものである。とはいえ、
それも長くは続かなかった。車が、目的地に着いたからだ。
戦場から引き上げてきた三人の少女たちを迎え入れたのは、軍の施設の一角にある、広い敷地に白い建物と監
獄、病院を思わせる無機質な冷たさを併せ持つ、そんな建物だった。
軍直轄の特殊機関、心理学研究施設。表向きは、戦争関連の心理状況を研究し、士気の向上や心に傷を負っ
た傷病兵たちのケアをつかさどる治療施設であり、研究施設である、とされる。だが、その内情を知る軍関係
者はみなこの施設をこう呼ぶ。「ニュータイプ研究所」と。
*****
ニュータイプ研究所に帰ってきた三人娘に対してはじめに実行させられたのは、神経質なまでの身体検査だ
った。いろいろな計器にかけられ、裸にされてからだの隅々までを計測。それだけでもうんざりさせられるの
に、引き続いてさせられたのは脳関連の計測である。
ここにしかないような、巨大な機械に三人はかけられ、何時間もの間狭っ苦しいカプセルのようなものに閉
じ込められて頭の中身を見られるのだ。これが、愉快なわけがない。おまけにわけのわからない薬は打たれる
し。四年ほど前にここに連れてこられて以降、何度もしていることなので慣れているとはいえ、不愉快さが消
えるわけではないのだ。
「データはどうかね?」
三人の少女たちが入っているカプセル状の測定器。サイコミュが内蔵された、脳波、精神波の観測装置だ。
それを前にした男性の研究員が、女性研究員に尋ねた。
「いい結果がでています。フィーナのゾロアットの実機が損なわれたのは残念でしたが、データそのものは
回収できましたし。今の三人の脳波、精神波は安定しています。戦闘中のそれと比較するデータとしては申
し分ないものでしょう」
「そのようだな」
言って、手元の端末に目を落とす。そこには、三人分のさまざまな曲線を描くグラフが踊っていた。それ
らに目を向けて、
「ところで移植用のバイオ・チップの開発はどうなっていますか?」
「順調だよ。この分だとそうだな。長距離キャノン用のオペレーションチップは、専用サイコミュと連動して
開発が終了するのに、一月も必要ないだろう。ナンバー3のセンスは非常に役に立ってくれた。特に、ゾロアッ
トでの狙撃データはな」
「あの計画、進んでいたのですか。カイラスギリーの放棄とともに破棄されたと思っていたのですが」
「カガチ閣下はサイコミュに御執心だよ。リング・サイコミュを内蔵したモビルスーツの開発もせかされているのだがね」
「リング・サイコミュはそれを扱えるオペレーターがいないのが難点ですね。女王の協力を得られれば話は違
ってくるのでしょうが」
「まさか、女王にモルモットになってくれ、とはいえまい。……この三人も、ニュータイプ能力は比較的高か
ったが、試作型リング・サイコミュはまったく起動しなかったからな」
ため息とともに呟いた研究員はその目をカプセルに入った少女たちに向ける。ガラス張りのカプセルは、そ
の中身がここからも見ることが出来る。一糸まとわぬ三人の少女を見るその目は、しかし。実験動物を見るも
のでしかなかった。
「これでは結局、エンジェル・ハイロゥは」
「地表に降下させるしかないだろう。他のサンプルも、役には立たなかった。リング・サイコミュを装備した
モビルスーツが完成さえすれば、そのオペレーターになることは出来る連中ではあるが、開発の役に立たんの
ではな……」
「サイコミュ搭載型の、攻撃型モビルスーツの開発には役に立つのですがね」
「カガチ閣下はあくまでもそれは副次的なものとしてしか見てはおられん。バイオ・チップに関しても、そうだ」
男性研究員は、女性研究員の言葉にうんざりしたような顔をする。それを見て女性研究員は少し考え込むよ
うな仕草をして、
「ですがバイオ・チップは我々としても研究しがいのあるテーマでしょう? 手軽にニュータイプ能力を移植
することが出来るわけですから。軌道に乗れば、最強の兵士を量産だって出来ますし」
「そうもいかんだろう。それに耐えられるものでなければうまくいかんし、何よりも被験者がいない。……ど
こかにいい被験者がいないものか」
「いますよ」
男性研究員の言葉に、まるで彼女はそれを待っていました、とばかりに笑みを浮かべてそう答えた。その笑
顔は、見ようによっては悪魔の微笑にも見えたことだろう。しかし、男性研究員にとってはそれは福音の笑顔
に見えた。
「ほう?」
「タシロ・ヴァゴ大佐からの推薦です。少々精神的ストレスを感じすぎたせいでパニック症状を起こしかけて
いますが、かえってそのほうがうまくいくかもしれません。これを」
言って、手元の端末にデータを呼び出すそれを見て男性研究員は驚いた。
「高級士官じゃないか。本当に彼女を?」
「ええ。宇宙漂流から帰還した、とのことですし。それで使えないか、とスクイードで打診されました」
「ふむ……これは面白そうだな」
そう言って、彼らは手元のデータに注目していた。三人の目の前で。三人のあずかり知らない事態が、静か
に。しかし、確実に進行していた。
UC153 5月 1日 サイド2領域 ズガン艦隊とサイド2連合艦隊の会戦場付近
カイラスギリーを出発したリガ・ミリティアが所有する大型輸送艦が、サイド2領域に最大加速で接近し、は
るかかなたに二つの艦隊が砲火を交える光景が小さく見えるようになったあたりで、その両脇に備える大型コ
ンテナの前部ハッチを開放した。そこに、サブ・フライトシステムに搭載された各モビルスーツが姿を現す。
ここからもビルスーツは戦場まで単独で赴くのである。あいにく、この輸送艦はビームシールドこそ装備し
ているものの、火力は持ってはいない上、長距離航行の速度は稼げる加速性能こそあれ、戦場で動けるほどの
運動性能は持っていない。なので、この艦はここでモビルスーツを放出すると、この空域を離脱する手はずに
なっているのである。
『それで隊長。状況はどうなってるんです?』
出撃の直前。全モビルスーツがスタンバイを完了したところで、どことなく惰性的な物言いでアンがライア
ンにそう尋ねた。それは、はっきり言えば聞くまでもない、と言いたげな口調であったが、それでも一応確認
する必要があったのであろう。
『状況は最悪らしいな。ものの見事にサイド2連合艦隊はやられまくっているらしい。今は、撤退戦の最中。
つまり俺たちは、生き残りの艦隊を逃がすための尻拭いをやるはめになるようだ』
そのライアンの言葉を聞き、全員が言葉を失う。数ではるかに勝るサイド2連合艦隊。それが、一方的にやら
れたという。先の、カイラスギリーの快勝と比べるとあまりの結果に愕然とさえする。
『殿を務めるってことっすか? 隊長。この程度の数で?』
半ば呆れたような声で言うのはマジク。その言葉に、全員が心の中で同意した。殿を務めるには、相手の鼻
先に強烈な一撃をくわえ、その足を止めなければならないのだ。それにはやはり、まとまった数もいるだろう。
『そうだ。我々が、殿を務める。……だが、決してこれは無謀ではない。おそらく、ここにはいない俺たちの同胞。
リーンホースの同志たちが何らかの方法で支援をしてくれるはずだ。だから、我々は自分の仕事に専念すればいい』
きっぱりというライアンの声には、怖れは一切含まれていない。それだけ自信があるのか、それとも信頼か。
あるいは、自身がこの隊の隊長である、という自覚がそうさせているのだろう。そして、少なくとも。ライア
ンのこの自信に満ちた声は、プラスに働いた。
『そう願いたいもんだね』
そう言った、隊員の言葉はわずかな笑みを含んでいた。決して、それは逃げているようには思えない。それ
を聞いたライアンは、続けてこういった。
『よし、では恩の押し売りに行くぞ。幸い、前には敵だらけだ。入れ食いだぞ? 煮ても焼いても食えそうに
ないベスパの連中だが、今なら食い放題だ。腹を壊さんように気をつけて、各自。バイキングパーティーに出撃だ』
わずかに声を弾ませ言ったその言葉に、隊員たちは全員笑みで答えた。そして、それぞれのコックピット内
で口笛を吹いたり、手を打ち鳴らしたり。それぞれに気合を入れると、全機。セッターに乗ったまま、輸送艦
を出撃して行った。
輸送艦を後にしたモビルスーツたちは、最大戦速でまっすぐに、命と機械を飲み込み、すりつぶす地獄の溶
鉱炉のような戦場に、まったく迷うことなく戦意を充填させて突き進んでいった。
*****
ズガン艦隊とサイド2連合艦隊。この二つの大艦隊がにらみ合いを始めて、しばしの時間を置いて。一大艦
隊戦は、幕を広げた。
数で言えば、ズガン艦隊よりもはるかに多かったサイド2連合艦隊。故にであろうか。サイド2連合艦隊の士
気は高く、若干、この戦いに対し侮る意思があったことも否めないだろう。
それに対するズガン艦隊は、出向直前の放送のことも、演説。特に女王自ら送ったエールの甲斐あってその
士気はサイド2連合艦隊を前にしても、それに勝るとも劣らないほどに高まっていた。
そんな二つの艦隊が、激突する際。はじめに両艦隊が使用したのは、ミサイルだった。宇宙空間においては、
初期の加速さえ与えられれば基本的に減速の手間をかけない限り物体は直進し続ける。ゆえに、ミサイルはメ
ガ粒子砲さえも届かない間合いにおいても一応有効な兵器でもある。ただし、ミノフスキー粒子の影響下。ま
ともに誘導がきかないので、撃ちっぱなしで直進しかしないのだが。
両艦隊が撃ちはなったミサイル。これは、痛みわけにもならない、とサイド2連合艦隊の首脳は判断していた。
と、言うのも。昔ならいざ知らず、現代の艦船には基本的に大出力のビームシールドが搭載されている。
それにより、ミサイルは愚か、昔はただ逃げるしかなかったメガ粒子砲でさえ、真正面からのものであれば
受け止めることが出来る。ゆえに、両艦隊はミサイルを放射すると同時に、相手のミサイルをシールドで防御
すべく身構えていた。
そして、両艦隊のミサイルが、それぞれの陣営にたどり着いた。ザンスカール側は、シールドを開きつつ、
展開したモビルスーツが撃ち落したり、艦が装備している対空砲火も利用して順次ミサイルを撃墜していった
おかげで、初撃のダメージはほぼゼロであった。
それに対するサイド2連合艦隊は、ズガン艦隊の撃った大型ミサイルが、自陣に到着したタイミングにあわ
せてシールドを展開。さらに、ズガン艦隊と同じくそれを撃墜するべく対空防御を展開しようとした、その瞬間。
大型ミサイルがはじけた。そして、その中に収められていた子弾が、撒き散らされたのだ。弧を描くように
して展開される小型ミサイルは、艦隊を内側から針で刺すように襲い掛かった。一発一発の威力はさほどでは
ないし、精密誘導されているわけでもない。が、その数はすさまじかった。無数の小型ミサイルが撒き散らさ
れて、艦に、モビルスーツに直撃して爆発の花を咲かせる。それで、サイド2連合艦隊はパニックに陥った。
このとき、すぐに態勢を立て直すことが出来たらこの後の展開はまた違ったものになっていただろう。しか
し、結果は一つだった。致命的な問題が、サイド2連合艦隊にははじめから存在していたのである。そして、
ズガン艦隊の初手は見事にそれを浮き彫りにしたのである。
攻撃を受け、混乱したサイド2連合艦隊はそれぞれが勝手に動き出したのである。ある艦はおびえ、後退を
始める。そして逆にある艦は前に出つつ、フルパワーでメガ粒子砲を撃ち始める。または、全領域に通信で呼
びかけ、僚艦の行動をいさめようとする艦もある。
しかし、だ。そのすべてがまとまることがなく、艦隊の意思は散り散りに乱れてしまったのである。連合艦
隊とは名ばかりの、寄せ集めの烏合の衆であることが、この瞬間。露呈してしまったのである。無論、会戦以
前に各コロニーの成長の代表者。および、軍の首脳部が集まって指揮系統を定め、一つの艦隊として機能する
ために話し合いはしたのである。
だが、今回対ザンスカールのために集まったサイド2連合艦隊は所詮、ザンスカールが目障りである、程度
の意思で統一された程度の存在でしかなく、おまけに各コロニー政庁の利益を第一に考えている連中ばかりで
あった。たとえば、ザンスカールを蹴散らした後。その本国に攻め入って、艦艇、モビルスーツの技術、生産
ラインを確保し、木星船団との間に確保されている交易ルートを手中に収めよう、という思惑をその内に隠し
持つつもりのやからばかりが集まっているのである。つまり、表向きは味方でも、結局のところザンスカール
の残した甘い蜜を狙うライバルに過ぎないのである。
なので、一度でも崩れてしまうともう、立て直すことなどできようがなかった。
結局、士気は即座に地に落ち。逆に、ズガンの元、完璧なまでに統制されたズガン艦隊の巧みな攻撃にさら
されて、ワンサイドゲームになってしまったのである。
そして、今。総崩れになったサイド2連合艦隊は、我先にと逃げようとして、ズガン艦隊の追撃にあい、なお
も被害を拡大している最中であった。
*****
ハルシオン対のモビルスーツが戦場に到着したとき、総崩れになってばらばらに撤退を始めた艦隊に、勢い
に乗ったズガン艦隊の先鋒の艦船、およびモビルスーツが好きなようにサイド2連合艦隊の艦船や、ジャベリン
などのモビルスーツを撃墜していた。それはまさに、七面鳥撃ち、と称しても違和感がないほどの有様であった。
ハルシオン隊の側面からの強襲はその横っ面を叩く形になった。それぞれがセッターを放棄し、離脱と同時
にゾロアットに襲い掛かったのである。
ジャベリンを撃墜しようとロックオンした瞬間、側面からのビームを受けて四散するゾロアット。あるいは
次の獲物を捜し求めている瞬間、すれ違いざまにサーベルの一撃を受けて真っ二つになるゾロアットなど。弱
気になる敵ばかりを相手にしていて浮かれていたズガン艦隊の先鋒のモビルスーツ隊は、戦場に突入したばか
りのハルシオン隊の隊員たちにとってはカモでしかなかった。
そんな中、ジェスタは一人。セッターから離脱することもなく、ビクトリーをセッターにしがみつかせたま
ま戦場を駆けた。そして、目に付いた敵機にライフルを撃ったり、オーバーハングキャノンの大火力で撃ちぬ
いて何機も撃墜し、そして。目指す標的に近づいていった。
ジェスタが目指したのは、逃げる艦隊を追うべく突出したズガン艦隊の先鋒のアマルテア級戦艦だった。メ
ガ粒子砲を撃ちつつ、モビルスーツを放出するその戦艦。ジェスタはその間を目指してセッターを駆る。
と、ジェスタのビクトリーが発見され、対空砲火が向けられた。それを、シールドをはって受けながらなお
も接近。ジェスタはコックピット内でコンソールパネルのキーを叩き、セッターのコントロールにあるプログ
ラムを入力する。
そして、迎撃のゾロアットがビクトリーを取り囲んできた時点で、セッターから離脱。と同時に、オーバー
ハングキャノンを一斉射してアマルテアに一撃を加えた。それは艦の装甲を掠め、軽い爆発を引き起こす。
それからジェスタはビクトリーを駆り、近づいてきたゾロアットに白兵戦を挑む。
ビームストリングスを放ったゾロアットに加速して接近して、一瞬アポジモーターをふかして減速。と、同
時に腕からサーベルを取り出して瞬時にゾロアットを串刺しにすると、その背後に回りこんでゾロアットの機
体を楯にしながらライフルを構え、もう一機のゾロアットを狙撃した。それをゾロアットはかわせず、直撃を
受けて四散。
さらにジェスタはその場を離脱しつつ、アマルテアを。そして、セッターを見る。セッターは旋回しながら
いい具合にアマルテアの背後に回りこんでいる。それを見てジェスタはビームライフルを撃つ。セッターの機
首にライフルが着弾し、セッターは炎に包まれた。そして、そのままアマルテアに直進。
あわや激突か、というところでセッターは対空砲火に阻まれ、爆砕した。が、その隙にジェスタはビクトリ
ーを対空砲火の穴にもぐりこませ、オーバーハングキャノンとビームライフルの洗礼を浴びせた。
雨のように降り注ぐビームは、いずれもアマルテアの装甲を貫通し、その内部を焼いた。そしてそれは反応
炉にも直撃したようで、すぐにアマルテアは内部から膨張し、爆発、四散した。
「すごいな、ビクトリーの運動性は。これほどとは思わなかった」
その戦果を確認しながら、ジェスタはそう感嘆の息を漏らす。思っていた以上に、白いモビルスーツ。ビク
トリーは高性能だった。純粋にパワーで言えばガンイージともほとんど変わらない筈なのだが。
しかし、ビクトリーの性能に感動している暇などジェスタにあろうはずがない。目立つ白いモビルスーツを
めがけて、ベスパの部隊が次々に押し寄せてくる。それを見たジェスタは唇を一度なめて、
「なるほど、こりゃ確かに入れ食いだ」
と、若干余裕さえのぞかせて呟いた。まだまだ戦いは始まったばかり。長い一日になりそうだ、とジェスタ
はコントロールシリンダーを握り締め、フットペダルを踏み込んでビクトリーを加速させた。
MSデータ
LM312V04+SD-VB03A ビクトリーダッシュガンダム
頭頂高 15.2m 本体重量 9.2t 全備重量 20.8t ジェネレーター出力 4970kw
武装 頭部バルカン・ビームシールド×2・ビームサーベル×2(2)・オーバーハングキャノン×2
ビームガン(コアブースター時のみ)×2・ガトリングガン(コアブースター時のみ)×2
ハードポイント×12
ビクトリーダッシュガンダムとは、リガ・ミリティアが象徴として作り出したLM312V04ビクトリーガンダ
ムに、SD-VB03Aと呼ばれる追加バックパックを装備したモビルスーツである。これは通称ダッシュパックと
呼ばれ、二門の大型ビームキャノン、オーバーハングキャノンを装備し、武装、推力が強化される。
そして、ダッシュパックはまた、コアファイター時における推力、火力の増強にも役立つ。変形時の形態
はコアブースターと呼ばれ、ダッシュパックのオーバーハングキャノンはその砲口がスラスターとなり、そ
してオーバーハングキャノンの尻の部分にガトリング砲が。中ほどのパーツがせりあがってビームガンになる。
このパーツはヘキサにも流用可能なようで、後ほどにはほとんどのヘキサがダッシュパックを標準装備していた。
LM312V04 ビクトリーガンダム
頭頂高 15.2m 本体重量 7.6t 全備重量 17.7t ジェネレーター出力 4780kw
武装 頭部バルカン・ビームシールド×2・ビームサーベル×2(2)・ハードポイント×10
LM312V04ビクトリーガンダムはリガ・ミリティアが反抗の象徴として、勝利の鍵として生み出したモビルスー
ツである。その姿はかつての一年戦争において反抗の兆しとして語られるRX-78-2ガンダムを模した形状となっ
ている。そして、その機能もまたガンダムに似通ったものとなっており、コア・ブロックシステムを復活させ
た機体となっている。
この機能は、Bパーツと呼ばれるコックピットを内包した中心パーツであるコアファイターに、上半身を含む
ハンガーとも呼ばれるAパーツ(正式名称はトップリム)。そして脚部を含むブーツと呼ばれるCパーツ(正式
名称はボトムリム)の三つを変形、合体することでモビルスーツ、ビクトリーを運用する、という機能である。
モビルスーツが小型化されたUC120年代以降、平均して15メートル台になったモビルスーツは基本的にデッド
スペースはない。ゆえに、変形・合体機構をそのサイズで実現化したビクトリーはまさにこの時代においても
きわめて高機能性のモビルスーツであるといえる。
この機能は、伝説のモビルスーツ、ガンダムを模したから、という意図もあるが、それ以上にパイロットの
保護。そして整備性のよさを確立するためであった。事実、被弾しても即座にパーツを切り離すことで生存性
は飛躍的に跳ね上がり、即座に新しいブーツ、ハンガーを装備することで戦線に復帰する、ということが可能
となっている。また、原作ではパーツそのものを武器として扱ったり、ベイルアウトしたパーツをおとりに使
ったりするなどきわめてトリッキーな扱い方をしていた。これらから見てわかるように、ビクトリーは非常に
柔軟なシステムを持つ兵器であることがわかる。
そのほか、多数のオプション兵装が開発され(前述のダッシュパックもその一部)それをハードポイントに
接続することで自在に運用することが可能となっており、単機であらゆる戦場に、戦況に対応できるようにな
っている。
そしてもう一つ特記すべきことは、この機体が標準装備でミノフスキーフライトユニットを装備しているこ
ともあげられるだろう。これは、ミノフスキー粒子が散布された領域において機体周辺にミノフスキーフィー
ルドを発生させ、それを偏向させる事である程度の浮揚力を発生させる機能である。
つまり、瞬時に消滅してしまうミノフスキーフィールドを、拡散しつつあるその立方格子上の力場を再構成
し、その際構成された斥力をもってして質量を相殺、浮揚するわけである。
かつて一年戦争時に実用化されたミノフスキークラフトはあくまでも低高度でしか使用できなかったが、こ
のシステムの場合、比較的高度が取れる仕様となっている。とはいえ、これよりも新しく開発されている技術
が実用化されつつある現在、ミノフスキーフライトという技術は今後廃れていく技術であろうが。(現に、こ
の時代の艦船はすでにミノフスキークラフト、ミノフスキーフライトを搭載していない)
ただし、生産コストはガンイージ、ガンブラスターより高価であるらしく、連邦軍に供与された2機種とは
違い、ビクトリータイプは純粋にリガ・ミリティアの部隊だけが(それも一部のパイロット)が運用するだけ
であった。
なお、この機体の開発に当たってはかつてのサナリィのスタッフやさまざまな企業からの協力も得ることが
出来たおかげで、開発に成功したといえる。その中にはアナハイム・エレクトロニクスも含まれており、生産
工場を借りることで量産も行ったようである。
ちなみにその見返りとして、ガンイージ・ガンブラスターの詳細な設計データ。生産ラインの譲渡を行い、
ライセンスをアナハイムのものとすることによって今後アナハイムが両機を自社製品として生産できる裏取引
を行ったという事実がある。アナハイム・エレクトロニクスとしては生産コストが高く、複雑な機構を持つビ
クトリータイプよりは、生産コストが安く、高性能なガンイージ・タイプのほうが魅力的な商品にうつったの
であろう。その際の開発コストをほとんどゼロに抑えることが出来、次期主力製品を安く手に入れることが出
来たのだから、ある意味。アナハイム・エレクトロニクスがこの時代の真の勝利者なのかもしれない。
ちなみに、UC1534月現在の時点ですでにビクトリーの後継機の開発がほぼ終了しかけているということから
ビクトリーという機体の開発そのものがかなり早い時点で終了していたことがわかるが、実戦配備が行われた
のは4月上旬とかなり遅いものとなっている。これは、各生産拠点を整備し、運用のためのノウハウが完全に
確立するまでの間、その存在を隠匿する意図があってのことであろう。