機動戦士ガンダム0153 〜翡翠の翼〜

  第八章 狂気

 UC153 6月 9日 衛星軌道上 太陽発電衛星ハイランド

 ムバラク・スターン提督率いるジャンヌ・ダルク艦隊。地球連邦軍主力艦隊の一部と、提督の呼び声に応え
て動いた連邦軍の有志による一大艦隊ではあるが、その内容は若干老朽艦も含む少しばかり戦力に不安が残る
艦隊でもある。
 
 しかし、それでも数の面で言えば地球連邦軍の一方面軍に匹敵するだけの数をそろえいることもあり、さら
に言えばムバラク子飼いの部隊や、その声に応えて集まってきただけはあってその士気は高い。ザンスカール
帝国にとっても、この艦隊は見逃せるものではないらしく、月を出発して順次ハイランドに集まってくるその
艦隊に偵察の部隊を送り込むのは当然のことであった。

 シノーペが一隻、遠巻きにその艦隊の数を確認するべく近づいてくる。クルーが艦体についている望遠カメ
ラで集まってきた連邦軍の艦隊のその数を調べようとしたが、艦隊はうまくハイランドのミラーの陰に隠れて
その詳細を把握させない。そのことでシノーペのクルーたちは苛立ちを感じ、さらに近づこうとしたそのとき。

 上のほうからライフルのビームが降り注いだ。それが、見事にシノーペにブリッジを貫く。が、搭載されて
いたゾロアットはすばやく離脱すると、ビームライフルやビームキャノンを撃って上から強襲してきた敵に弾
幕を張る。

 しかし、上から襲い掛かってきた四機のビクトリーはそれを回避して接近すると、ライフルを撃って相手の
足を止めつつ、鋭く間合いを詰めてはなったサーベルの一撃でほとんど一瞬にしてけりがついた。ゾロアット
は二機とも、コックピットを貫かれてパイロットは一瞬にして焼き殺される。そのビクトリーの動きはまさに
熟練のそれだった。爆発することなく沈黙する二機のゾロアット。その機体を一応牽引しつつ、四機のビクト
リーは帰投コースに入る。

 そのうちの一機。ヘキサ・タイプが、ともに行動するただ一機の角つきのビクトリーに接近し、接触回線を開いた。

『ジェスタ。お前久しぶりのビクトリーでの実戦だってのに前と変わらない動きをするんだな。驚いたよ』

「そうですか? 前はもっとうまく使えていた気がするんですけどね」

 現在、セカンドVがオーバーホール中で使用できないので、予備としておいていたビクトリーを使っている
ジェスタに、ヘキサに乗っているマジクがそう語りかけてきた。セカンドVの操作系に慣れきっていたジェス
タにとって、ビクトリーの操作系は若干「重く」感じるものの、それでも相変わらずビクトリーの運動性能は
自分の手足のように動いてくれる感覚があり、いい機体だと思えた。

『……昔はかわいい新人だと思ってたんだがなあ。いつの間にやらこんなに成長しちまって。今のビクトリー
の動きで不満があるのかよ、お前さんは』

「そんなことはないですよ」

『いやいや。残念だよ。実際。セカンドVの修理がもっと早く終わってりゃ連邦のパイロットはもっとびっく
りしてたんだろうけどな』

 そう言って笑うマジク。それを聞いてジェスタはここ数日間行っていた連邦軍のパイロットたちとの合同演
習を思い出す。ジャベリンや、余剰生産されたガンブラスターを使う連邦のパイロットたちに対し、自分たち
はビクトリーや、相手に合わせてガンブラスターを用いて模擬戦を行った。その結果は、いうまでもないだろ
う。ジャベリンを使う兵は問題にもならず、ガンブラスターを使う連邦のパイロットもまだ不慣れなせいもあ
り、百戦錬磨のハルシオン隊のパイロットたちには太刀打ちできなかった。

 そのせいもあり、ほとんど休むまもなくシミュレーターによる訓練や実機による模擬戦闘に付き合い、連邦
のパイロットたちの機種転換訓練や技術向上のために時間を費やすことになったのである。正直かなり疲れた
ものの、それでも戦力の底上げになったし、何よりもパイロット同志の交流が活発に行われることになったの
で正規軍とゲリラと言う立場の違いからくる蟠りが、かなり解消されることになった。もっとも、ジャンヌ・
ダルク艦隊がリガ・ミリティアに合流した時点でリガ・ミリティアのスタッフたちは軍属として正式に軍の協
力者として認められることになっているのだが。

「でもセカンドVの修理はもう終わりますからね。リーンホースの合流には間に合いそうですよ」

『そうだよな。リーンホース。もう合流するんだよな』

 ジェスタの言葉に、少しだけ言葉が硬くなるマジク。8日に地球を離脱したリーンホースJr.とホワイトアー
クは現在、ベスパの迎撃部隊と交戦しながら静止衛星軌道上のハイランドに向かっている。そして、その合流
がなってから、ついにベスパに対する一大反抗作戦と、エンジェル・ハイロゥ攻略の作戦が始まるのだ。この
時代における、最大規模の艦隊決戦が。

 その戦いを前にして、緊張しないものはいないだろう。ジェスタ自身も、おそらくは最後になるであろうこ
の決戦を前にしてやはり若干緊張を禁じえない。ハイランドに向かいながら、そこに集結している三十隻はく
だらない大量の軍艦を前にして、ジェスタはそう思った。


 エアに帰還して、ハンガーの一番奥にビクトリーを固定させるジェスタ。セカンドVは現在オーバーホール
中ではあるが、その作業ももう終わっている。あとは最終調整だけで終わるので、リーンホースの合流と同時
に始まる次の出撃には間に合うだろう、とのことだ。

 ビクトリーのコックピットから出て、ワイヤーガンを使って移動しながら、ジェスタはすでに組みあがり、
モビルスーツの形を取り戻したセカンドVを目にする。自身の愛機が再び命を吹き込まれたことに歓喜を感じ
ていた。ここ数日使っていたビクトリーも悪くはないのだが、それでもやはり、セカンドVのほうがジェスタ
にとっては愛着がわいているのである。

「しかし、もう明日なのか」

 先ほどのマジクとの会話を思い出してそうつぶやくジェスタ。順調に行けば、明日にはリーンホースと合流
することになる。その上で、最後のブリーフィングを行い、エンジェル・ハイロゥの攻略戦がスタートするこ
とになる。

 ジェスタはそのことに複雑な思いを抱きつつ、舷側の窓に取り付いて外を見た。ハイランドのミラーのせい
で薄暗いが、外の風景はそれなりに見える。モビルスーツ越しに見た光景とは違い、コンピューター補正がき
いていないためディティールはわからないが、あちこちに警戒灯を光らせた連邦軍の軍艦が見える。そのほと
んどはクラップ級やサラミス改級などといった巡洋艦ばかりだが、中に一隻だけ。戦艦クラスがある。

 戦艦ジャンヌ・ダルク。この艦隊の旗艦にして、ムバラク・スターン大将が乗る戦艦だ。一度だけ、リガ・
ミリティアのパイロットが呼び出されたときに乗艦したことがある。旗艦の名に恥じぬその姿に、近づいたと
きは圧倒されたものだった。

「ジン・ジャハナム、か」

 そのときに、ジン・ジャハナムを名乗る男に声をかけられた事も思い出す。彼はジェスタがセカンドVに乗
って強行偵察を行ったことを聞き、労いの声をかけたのである。その際、ジェスタが思ったより若かったこと
に驚いていたが、そのときに、「自分より若いパイロットもいますし」と、かつてカイラスギリー攻略の際に
であった少年パイロット。ウッソ・エヴィンのことを思い出しながらいうと、ジン・ジャハナムはひどく複雑
な顔をしていたことを思い出す。

 それから目を遠くの方角に向ける。はるかかなたに、なんだか大きな存在を感じる。それが、完成が近づき
つつあるエンジェル・ハイロゥであることは理解していた。エンジェル・ハイロゥが巨大なサイコミュである
ことはもはや間違いない、と言う。ジェスタの持ち帰ったデータもそうだが、それと同様にザンスカール本国
にもぐりこんでいるリガ・ミリティアの諜報員たちが命と引き換えに持ち帰った情報にも、そのあたりを裏付
けるデータはあった。それをもってしても、詳しい効果などは不明だが、それでもアレがとてつもなく危険だ
と言うことでは誰の目にも明らかだった。全長二十キロメートルのサイコミュ要塞。有史上かつてない規模の
サイズのこの機械は、まさに未知数の兵器だといえるだろう。

「目の前の艦隊にフィーナはいない、か」

 エンジェル・ハイロゥを守るザンスカールの艦隊。三重になっているその艦隊の、一番の外側。その艦隊か
らは、フィーナの気配は感じない。その背後から、かすかだがその気配が伝わってくる。しかし、そこに若干
の違和感も感じるのだ。

 なんだろうか、と思うジェスタではあるが、その正体は依然として不明。ならばそのときになるまでわから
ないままでもいいだろう、と思う。余計なことを考えすぎて疲れなくてもいいだろうから。

 そしてジェスタは舷側の窓からはなれると、少し体をほぐしながら移動した。もうすぐ決戦が待っている。
そうなれば、休む暇もないだろう。なので、今。少しでも休んでおくべきだ。ちらり、と背後をもう一度だけ
見て、ジェスタはそのまま自室に向かった。


 UC153 6月 10日 静止衛星軌道上 太陽衛星ハイランド

 地球から上がってきたリーンホースJr.がついに合流する、と言うことで、連邦軍の軍人たちもハルシオン隊
のクルーたちも皆いよいよ決戦が始まる、と言うことと、リガ・ミリティアが誇る最強の部隊と、最新型のモ
ビルスーツ、V2とそれを駆るニュータイプとうわさされるパイロットの到着を心待ちにしていた。

 当然、エアの艦内もその話題で持ちきりである。そんな中、モビルスーツデッキを訪れて組みあがったセカ
ンドVのチェックを行っていたジェスタは、コックピットシートに座りながら、不快そうに眉をひそめていた。

「なんなんだよ、さっきから。この鈴の音みたいなのは」

 なぜかはわからないが、いつからか。耳の奥で。頭の中で、鈴の音が聞こえるのだ。どこから聞こえるのか、
と思いながら、セカンドVのコンソールをいじり、音源を探ってみる。しかし、セカンドVの音声センサーは
鈴の音など拾ってはいないのである。

 おかしいな、と思いながらさらに色々とチェックを行うも、まったく音響関係のセンサーは反応せず、ジェ
スタは首をひねった。

「どうしたのよ。変な顔して」

 そこに、セカンドVの調子を聞きに来たニケが現れ、そう声をかけてきた。それにジェスタは鈴の音のこと
を言った。すると、ニケは眉をひそめ怪訝な様子になり、

「鈴の音? そんなの、聞こえないわよ?」

「え? そんなことないですよ。ほら。聞こえるでしょ?」

「……いや。聞こえないけど」

「そんな……」

 ニケの言葉に愕然とするジェスタ。その様子を見てしばし考え込むニケ。はじめはふざけているのか、ある
いは空耳かと思ったニケだったが、あながちでたらめでもなさそうだ、と思い、セカンドVのコンソールを触
ってみた。音響関係のセンサーはまったく反応がない。拾うのは、デッキ内の喧騒だけだ。

「鈴の音なんて拾ってないわね」

「それは……でも、聞こえるんです」

「そうみたいね。じゃ、こうしてみたら、どうかしらね」

 言って、ニケは音声関係のセンサーとサイコミュ関連のデバイスとリンクを張ってみる。それをさらに調整
し、入出力を設定する。すると、セカンドVのスピーカーからくぐもった鈴に似た音が聞こえてきた。それを
聞いてジェスタが目を丸くした。

「これです。これ。この音がさっきから聞こえていたんですよ」

「これが? そう……」

 ジェスタの弾む声を聞きながら、ニケはしかめ面をした。今拾ったこの鈴の音。これは一種のサイコウェー
ブである。おそらく、強力な機能を持つサイコミュが精神波を放出し、それをレーダー代わりに使用している、
と言うことだ。だとすれば、ベスパは強力なサイコミュ搭載型モビルスーツを戦闘に投入していることになる。

「厄介なこと」

「何がです?」

「敵も本腰を入れてきたってことよ。気をつけなさいよ、ジェスタ。敵も本気よ?」

「わかってます。隊長にも言われましたし」

「そうね。そうでないと例の彼女とうまくいかないわよ?」

 そう言ってくすりと笑うニケ。ニケは、ライアンからジェスタの、フィーナに関することは聞いている。が、
それはあくまでニケどまりのことだ。ライアンもニケも、こうした問題がかなり微妙なことだと言うことは理
解している。広まれば不協和音ではすまないことも。なので、二人とも胸の中にしまっていてくれているのだ。

「そうですね、肝に銘じておきます」

「うんうん。がんばれよ、男の子」

 ニケはそう言って笑顔になると、ジェスタの肩を楽しそうに叩いた。そして、次にまじめな様子になると、
セカンドVに関するさまざまな質問を行う。それに受け答えしながら、ジェスタはセカンドVのセッティング
を行い、そのシステムを最適化していった。そしてそれが終了すると、ひとまずテスト飛行を行うことになっ
た。その旨を艦長であるハサンと、戦隊長であるライアンに伝え、許可を得る。それからテスト飛行のアナウ
ンスが流れると、モビルスーツデッキが整備を途中で取りやめて空気を抜く準備に取り掛かる。

 それを若干申し訳なさそうに思うも、一度酷使した機体が再度調整されてよみがえった姿を見る整備士たち
のその目は、誇らしげなものだった。それを見ると、少しは罪悪感も薄れる。そしてジェスタはセカンドVの
コックピットを収納させて、機体を立ち上げた。

 鈍い音を立てて、眠れる巨人が息を吹き返す。その感触を、全身で感じ取るジェスタ。久しぶりの、セカン
ドV。その感覚は、やはりジェスタにとっては忘れられない快感である。いけないな、と思いながらも、胸が
はやる気持ちは抑えられない。

「ジェスタ・ローレック。セカンドV、出しますよ」

 モビルスーツデッキのハッチが開き、ジェスタはミノフスキードライブを低出力で起動させ、機体を発進さ
せる。いくらなんでもこの状態でカタパルトで機体を発進させるわけにはいかない。白く塗られたセカンドV
がゆっくりとエアのデッキから真空の宇宙に躍り出る。

 その開放感をしばし味わうジェスタ。大きく深呼吸すると、機体を加速させる。そして周囲を飛び交う哨戒
中のジャベリンの合間や、停泊中の軍艦の邪魔にならないようにセカンドVを飛び回らせる。機体を飛ばして
いるうちに、以前のように感覚がシャープに、意識がクリアになっていくのを感じる。機械と自分の意識が一
体化するような感覚。同じバイオ・コンピューターを積んでいるはずなのに、ガンブラスターやビクトリーと
は微妙に違うこの感覚。

「やっぱりいいな、この感覚は」

 そうつぶやくジェスタは、視線をモニターの一部に向けた。ハイランドの外。離れた場所に。先ほどから聞
こえていた鈴の音。それが弱くなったのだ。そして、遠ざかっていく。ジェスタは無言で機体をその場で静止
させ、その音の発生源を探ってみた。

「ハイランドを迂回して……ん。撤退しているって感じか」

 どんどんと遠ざかっていく鈴の音は、だんだんと聞こえなくなっていく。それが若干気になったものの、と
りあえず今戦う相手ではないらしいと判断したジェスタはそれを思慮の外に置くことにした。そして、セカン
ドVのテスト飛行を続行させる。急加速、急制動。機体にバレルロールを取らせたり、急激な旋回運動を取ら
せて見る。それらの飛行テストから、ジェスタはセカンドVが完全に修復されていることを確かめた。

「さすが。いい仕事をしてくれてる」

 ミノフスキードライブの取り付け位置から生じたゆがみはそのまま内部の基礎フレームにまで及んでいたに
もかかわらず、完全に元通りになっていることに、ジェスタは深い感謝を覚えた。そして、機体の修復状態に
満足したジェスタはエアに戻るべく、コースを変えた。そのとき、ハイランドの外から侵入してくる一隻の戦
艦を目にする。灰色の塗装を施された、他にはないデザインの戦艦。

「アレがリーンホースJr.か」

 以前リーンホースが月周辺に来たときは目にする機会がなかったので、ジェスタとしてはこれが初めて目に
することになる。今やリガ・ミリティアの象徴でもあり、リガ・ミリティア艦隊の旗艦とも言うべき改造戦艦。

 それに興味を持ったジェスタは、リーンホースに近づいていく。側面について、しばらくの間リーンホース
に併走し、その歴戦の勇士を感じさせる傷ついた巨体を眺める。

「さすがだな、なんか風格って奴が感じられるよ」

 リーンホースの姿をまじまじと見つめてそうつぶやくジェスタ。二度にわたるザンスカール本国への奇襲を
行い、ビッグ・キャノンでズガン艦隊に打撃を与えた挙句、地上に降りたモトラッド艦隊を単身追撃したその
傷ついた姿は、ジェスタのいうとおり。新造艦に分類されながらも、えもいえぬ迫力を持っている。そのこと
に感心したジェスタは、リーンホースが連邦艦隊の旗艦、ジャンヌ・ダルクの横につき、エアロックで接続す
るのを見てからその場を離れ、エアに帰還した。

 リーンホースの到着は、つまり。最後の戦いの始まりを意味する。リーンホースのクルーたちに休息を取ら
せ、その上で今後の戦略、戦術についてのブリーフィングが行われるだろうから、戦いが始まるのはそれから
であろう。が、それが間近に迫っていることは、間違いない。

「最後の戦争、か。ここまできて死んだら目も当てられないよな」

 そうつぶやくも、一番激しい戦いになるであろう今後の戦い。おそらくは多くの戦死者も出るであろう。そ
れを考えると気が重くなるが、それでもこの戦いが次の決戦で終わるとなると気の入りようが違ってくるもの
だ。

 ジェスタは喝を入れなおすと、コントロールシリンダーを握り締めて、エアに戻っていった。


 UC153 6月 11日 静止衛星軌道上 太陽発電衛星ハイランド

 リーンホースがジャンヌ・ダルクに接舷し、そのメインクルーたちが連邦軍の首脳たるムバラク大将や、同
乗していたジン・ジャハナムと会談し、その後。全軍の首脳スタッフたちが一堂に面して今後の方針を決定し
た。それに、ハルシオン隊からは戦隊長であるライアンと、エアの艦長であるハサンが参加し、話し合いを行った。

 その決定は、きわめて単純な結末となる。敵が布陣している、四つの防衛ライン。それを各個撃破していく、
というわけである。手始めに、もっとも外側にいるモトラッド艦隊の分艦隊。アルデオ・ピピニーデンが指揮
を取るラステオ艦隊を殲滅することに決まった。その際に取る戦術は、もはやすでに正面からの力押し以外に
方法はなかった。

 その決定が決まると、あとの反応はすばやかった。艦隊すべてにおいてモビルスーツが急ピッチで出撃準備
を終了させていく。そして、それに対するラステオ艦隊もまた、艦の動きなどから連邦軍、リガ・ミリティア
連合艦隊が出撃準備を整えていくことを察知。こちらもまた、戦闘準備を迅速に終えていく。

 そして、二つの艦隊が正面から激突することになった。

 各艦で出撃準備が整っていく。それは、当然エアもそうだった。エアのモビルスーツデッキで機体の最終調
整が行われ、それにあわせてブリーフィングルームで今回の作戦の概要を知らされる。といっても、艦隊決戦
になるため、艦の射軸をあけるために出撃と同時に北天側に移動し、そこでモビルスーツ戦を行い、同時に敵
艦隊に肉薄して艦を沈めるようにする、と言うものだった。

「つまり基本どおりにやれってことか」

 ブリーフィングルームを後にして、モビルスーツデッキに向かったジェスタはそんなことをこぼしていた。
そして、モビルスーツデッキについて、セカンドVを目にしたジェスタはその姿を見て少し驚く。セカンドV
はその右肩のウェポンプラットフォームに、大きなビームキャノンを装備していたのである。

「なんです、コリャ」

「さっきの補給で届いたのよ。メガビームキャノンだって。対艦用のビームキャノン。もうひとつ特殊装備は
届いてるけど、そっちは調整が間に合わなかったから、今回はパス。……でも、ホントに大丈夫かしらね、こ
んなのくっつけて。ミノフスキードライブのおかげで、多少重心のバランスが崩れても大丈夫とはいえ……」

 呆れたように言ったジェスタに、セカンドVの最終調整をしていたニケがそう言ってきた。整備員自らが不
安そうなのを見て、ジェスタは少し「大丈夫か?」と思う。

「威力は高そうですね」

「そりゃ、戦艦の主砲以上の威力があるってはなしだもの。でも、格闘戦は難しくなるわね。接近戦になった
らもったいないけど切り離しちゃって。予備はあるみたいだし」

 ニケはちらりと格納庫の片隅に目をやって呟く。そこにあるコンテナは先ほど届いたばかりの補給物資だ。
月の工場、および研究機関が開発、生産した特殊武装を運んできたわけである。

「物資が届くのはいいんだけどね……」

 ため息とともに話すニケ。それ以外にもビクトリー用のブーツやハンガー。コアファイターの予備も届いて
いる。これらの、ひっきりなしに月から届く支援物資。それがこうもたやすくハイランドに居座るリガ・ミリ
ティア艦隊に届くと言うことは、もはやベスパに通商破壊をするだけの余剰戦力がなく、正面に居座るエンジ
ェル・ハイロゥの防衛艦隊がすべての戦力であることを意味している。(無論、本国防衛のために残る第二艦
隊は別にして、だが)

「まあ、期待にこたえて見せますよ。V2ほどの活躍は出来ないでしょうけど」

 そう言って、ジェスタはコックピットのキャノピーを閉じた。それを見てニケはふう、と息をついてから、
セカンドVからはなれる。そして艦内に警報音が響く。戦闘準備が整ったのだ。出撃の時間が、もう間近に迫
っている。

 それを確認したニケは、手持ちの無線機のバンドをフリーにして、出撃準備が整ったすべてのモビルスーツ
に通信をつなぐと、

「さ、みんながんばってきなよ。帰ってこなきゃただで済まさないからね」

 そう激励の言葉を言うと、そのままモビルスーツデッキのエアロックに入り、発進の邪魔をしないようにす
る。後は、補給のために帰還してきた機体や、損傷機の受け入れのための準備をしなければならない。たとえ
戦闘が始まっても、整備士に休む暇はなく。その身を危険にさらして仕事に勤しむのだ。

 モビルスーツデッキのハッチがゆっくりと開く。そして、発進のスタンバイが済んだ機体が、順次カタパル
トデッキに並ぶ。それと同様の光景が艦隊すべての艦内で繰り広げられた。そして、エアの一番手はジェスタ
のセカンドVだ。威力の高すぎる武器を装備しているので、前線に行かなければどうしても味方を巻き込んで
しまう。なので、一番槍を務める必要があるのだ。

 カタパルトに機体を固定するジェスタ。その目は、モニターの片隅に表示されているカウントダウンに向け
られる。作戦開始まで、数字が0に向けて減っていくのがわかる。管制塔も慌しくなり、それに答えるように
セカンドVは発進体勢になった。

 そしてカウントダウンが、3,2,1となり、ついに0を迎える。その瞬間、すべての艦で先陣を切るモビルスー
ツのコックピットに「作戦開始です。発進、よろし」と言うオペレーターの声が響く。

「第一ハルシオン隊一番機。ジェスタ・ローレック。セカンドV。でます!」

 その言葉とともに、セカンドVの白い機体が急加速を受け、射出された。そして、そのまま北天方向に向け
て移動を開始。周囲に目をやると、同様のことを他の機体も行っている。ジェスタはそれを見ながら、機体の
モニターを操作して、後続の機体を確認。

「ん。ミラーを目くらましに使うのか」

 モニターの中、連邦軍、リガ・ミリティア連合艦隊の艦艇はハイランドのミラーの前にその艦体を移動させ
ていた。これで、逆光の中。ラステオ艦隊はこちらの姿を視認しにくくなるだろう。そうなれば、これだけの
距離だ。艦砲射撃でも命中精度は極端に低くなるはずだ。

 そのことに、自分の帰るところが、エアが少しでも生存する可能性が上がることに安堵を抱く。そして、後
方の艦から、順次後続機が発進していく。

「さて、先陣は切らせてもらうぞ!」

 そう気合を入れて前に目を向ける。ラステオ艦隊からも、モビルスーツが多数発進しているのが、テールノ
ズルの輝きでよくわかる。その数はぞっとするほど多く、楽には勝たせてもらえそうにない。と、そのとき。

「艦砲射撃? いや。違う。V2のメガ・ビームライフルか!」

 眼下を一本のビームが流れていく。かなり強力なそのビームはまっすぐに敵のモビルスーツ隊の中心に。密
集地点に突き進み、一瞬にして十機近い爆発の花を咲かせた。その光の槍とも言うべき輝きを目にして、ジェ
スタは絶句した。

「とんでもない威力だな、アレがモビルスーツの威力か?」

 自機が積んでいるメガ・ビームキャノンのことも忘れ、そんなことを言うジェスタ。しかし、このタイミン
グでV2のメガ・ビームライフルを使ったのは実にうまいと思う。モビルスーツ同士の白兵戦の直前に、強烈
な一撃を叩き込まれればベスパは浮き足立つし、それとは逆に攻め手であるこちらは戦意が向上する。

 現に、今の一撃を目にして次々と加速していく連邦のモビルスーツ隊を目にしてそう思うジェスタ。そして、
ジェスタもまた通信のスイッチを入れて、

「すみません! 大きなやつを撃ちますので、あまり前に出ないでください!」

 そう宣言して、セカンドVを加速させ、最前線に躍り出ると右肩のメガ・ビームキャノンを射撃体勢にする。
そしてターゲットスコープを立ち上げて、ジェスタ自身、神経を研ぎ澄ませてサイコミュの助けを借り、敵の
展開状態を把握。

「よし、ここだ!」

 そう叫ぶと同時にメガ・ビームキャノンのトリガーを引く。すると、先ほどのV2のメガ・ビームライフル
と比べ少し微弱とはいえ、戦艦の主砲に近い威力のビームが撃ちだされ、それがこちらに向けて進軍してきて
いたベスパのモビルスーツ隊の鼻先に叩き込まれる。

 数機のアインラッドを装備したモビルスーツが直撃を受け、それで蒸発する。それを貫いて闇を裂いたメガ
粒子の槍は、さらに敵のモビルスーツ隊の密集地帯を突き進み、撒き散らしたメガ粒子が次々と敵モビルスー
ツを砕いていく。その合計は十をくだらないだろう。たったの一撃で、十を超えるモビルスーツが砕け、命が
散った。

「すごすぎるな、これは」

 その光景を見たジェスタは驚くと同時に少し気分が悪くなった。こうも一方的に強力な火力を持って敵を叩
くのは、あまりいい気はしない。しかし、ジェスタは気を取り直してもう一撃を叩き込もうとした。が、敵も
正面の敵が強力な武器を持っていると知ればそれに対応するものだ。

 正面の敵モビルスーツ隊はシールドを開きながら散開しつつこちらに向けてライフルなどを一斉に撃ってく
る。ジェスタはそれをシールドを開きながら防御しつつ機体に回避行動を取らせる。後続のジャベリン隊も、
同様にシールドを開いているが、中には防御が間に合わず、直撃を受けている機体もあった。

「何をやってるんだよ、まったく」

 連邦のモビルスーツ隊の対応の遅さにいらだつジェスタ。が、それも一瞬。すぐにジェスタは敵に向き直る
とライフルを構えながら敵に突っ込んでいった。すでに先行したジャベリンが突入しているため、メガ・ビー
ムキャノンは使えない。使うとすれば対艦用だろうが、それまでキャノンが持つかどうかが心配である。何し
ろ前にせり出した馬鹿でかいキャノンだ。破損する可能性は高い。

 そんなことを思っていると、目立つ白い色のセカンドVをめがけてアインラッドを駆るモビルスーツ、ゲド
ラフが突っ込んできた。それにライフルを撃つが、アインラッドのタイヤは打ち破れない。が、そんなことは
百も承知。

「その過信が命取りだ」

 ポツリと呟きながら、ジェスタは機体を突っ込ませた。アインラッドはビームキャノンを撃ちながらセカン
ドVに突っ込んでくる。その動きから、相手はこちらを体当たりでしとめるつもりだと判断。しかし、それは
ジェスタにしてみればあまりにも稚拙な行動。

 ジェスタは敵のアインラッドとぶつかる寸前に機体を翻し、側面に回りこむと至近距離からアインラッドの
基部にライフルを撃ち込む。この部分は防御力が弱いため、その一撃でアインラッドは爆発を起こす。その中
のゲドラフはあわてて逃げ出そうとするも、それはかなわずにジェスタの一撃であっさりと撃墜された。

「フィーナたちとは大違いだな」

 あの三人はアインラッドの特性を理解しつつ、それに頼らずにうまく使っていた。それに比べると、この艦
隊のパイロットたちは若干甘く思える。しかし、

「やはりタイヤには苦戦しているか」

 周りを見たジェスタはそうつぶやく。連邦のパイロットたちは初めて戦うアインラッドの防御力に驚いてい
るようだ。ジェスタはそれを見て舌打ちし、機体を突っ込ませた。ビームを乱射するジャベリンをものともせ
ず、アインラッドを装備したまま突き進むモビルスーツ。ジェスタはそれの側面にすばやくつくと、サーベル
を引き抜いてビームシールド発振機をついて沈黙させると、そのままライフルを撃って撃墜する。そして、

「何をやっている! タイヤを相手にするには、側面からの攻撃だといっただろう!」

 と、事前のブリーフィングで説明されたことを、そのパイロットたちに向けて怒鳴りつける。それにパイロ
ットたちはむっとしたようだが、目の前でうまくしとめられてしまっては文句も言えないようで、「すまない」
と一言残すだけで再び散っていく。

 ジェスタはそれを横目に戦場を駆ける。と、側面からビームが降り注ぐ。それをちらりと見ると、またして
もアインラッドがセカンドVをめがけて攻撃を仕掛けてきていた。

「まったく、タイヤばかり。ここはハイウェイじゃないんだぞ!」

 ついそう文句をいいつつ、ジェスタは機体を反転させた。そのまま機体に複雑な回避軌道を取らせつつ相対
し、アインラッドの後ろについている二機のゾロアットに目を向け、そちらに攻撃を集中させた。

「考えは悪くない。だがな」

 アインラッドを楯にして戦う、と言うアイデアは評価できた。しかし、それは動きが固定されることでもあ
る。なので、ジェスタはアインラッドはほとんど無視する形でそのゾロアットに攻撃をしかけた。アインラッ
ドを楯にしていたことで、警戒心が緩んでいたのだろう。ゾロアットは、シールドを展開するも、肩口をライ
フルに貫かれ、直後。機体そのものに直撃を受けて爆発した。

「動きが悪い。いや、判断が良くないのか?」

 ジェスタがアインラッドをスルーして仕掛けられたゾロアットの反応は鈍い。その動きに、ジェスタは違和
感を感じ、そして気づいた。僚機が撃破されたゾロアットの動きが乱れる。それは、明らかに戦場に慣れてい
ないものの動きだ。

「訓練が不十分……学徒兵か」

 ジェスタはそう呟き、顔を曇らせた。ジェスタの推測は当たっていた。ザンスカール帝国はコロニー一つの
国家に過ぎない。なので、総人口はわずか一千万人足らず。それにもかかわらず大量に軍備を整えた結果、兵
員が。特にパイロットが不足したのだ。開戦当初から熟練パイロットが大量に戦死したこともあり、深刻な問
題となっている。その上で後方の生産能力を殺さないために工員を裂くわけにもいかず、結果としてハイティ
ーンの若者をパイロットとして促成で育成し、実戦投入しているのだろう。

 仲間を殺されて動揺し、脅えているゾロアットの動きを見て、ジェスタは一瞬憐憫を感じた。しかし、ジェ
スタは手心を加えるつもりはかけらもなかった。ジェスタには、戦う理由が。意志があるのだ。ならば、前に
立ちふさがる相手は排除する。

「悪いが、ここは戦場なんだ」

 悲しげに呟くジェスタは、動きが乱れたゾロアットに向けて急加速する。そして、こちらの動きを目の当た
りにしてひるんだ様子になったそのゾロアットに、すばやく側面に回り込み、サーベルの一撃を叩きつける。
刹那、嫌な感触を意識に感知した。今戦死したパイロットの断末魔。それを感じ取ったような、そんな気がし
た。

(立場が違えば、俺がこうなっていた、か)

 そう思う。ジェスタ自身、出身はアメリアコロニーで、ハイティーンの若者だ。パイロット不足で戦場に駆
り出される若者たちと、なんら変わりない立場だったのだ。しかし、こうしてジェスタはそう言った若者とは
比較にならないほどの技量を身につけた熟練パイロットとして同じ若者たちの命を刈る。もしかしたら、今殺
したパイロットは自分の顔見知りかも。かつての友人であったかもしれない。

 そう思うと、あまりの理不尽さに憤りを感じた。まだ若い少年少女を、このような地獄に放り込み。簡単に
その命を散らせる現実に。人を殺すことしか出来ない自分という存在に。だから、

「くそ! 胸糞の悪い!」

 そう叫ぶと、ジェスタは機体を反転。狙うは、楯になっていたアインラッド。反転し、向かってきたセカン
ドVに対し、そのアインラッドのモビルスーツはおそらくは部下であった二機のゾロアットを瞬殺したセカン
ドVに砲撃を集中させる。そのパイロットの憤怒を、装甲越しに感じるジェスタ。「きさまぁ!」という、パ
イロットの赫怒の入り混じった叫び声を聞いた気がした。が、ジェスタはわずかに顔をしかめただけで機体を
加速させて一気に下降、次いで瞬時に反転。上昇してミノフスキードライブユニットからメガ粒子を吹き出さ
せてそれを叩きつけた。下方から来たメガ粒子の刃に、モビルスーツはアインラッドごと切り裂かれて撃墜さ
れる。

「……すまない。だが、俺も止まるわけには行かないんだ」

 コックピットの中で、ジェスタは一言そう呟いて、自分が撃破した機体の残骸を一瞥し、セカンドVはその
場を離れ、次なる敵を求めて移動を開始。加速したセカンドVはたまにある流れ弾などに気をつけながら移動
して、周囲をうかがった。

「全体的にこちらが押している、か。この分ならもう少し押し出してもよさそうだな」

 あわよくば敵艦の一隻くらいは沈められるか、と思いつつ、ジェスタは敵の艦隊を目指して機体を進める。
が、さすがに敵艦のあるあたりは守りが堅い。次々と撃ちこまれてくるモビルスーツのビームを前にして、ジ
ェスタはさすがにこれ以上深追いするのを諦め、後退した。それをおってくる敵のモビルスーツを適当にあし
らい、数機を撃墜する。そして、そのあたりで敵の艦隊が後退しはじめていることに気づいた。と、同時にモ
トラッド艦が全力砲撃を開始している。それに巻き込まれてはたまらない、とばかりに、敵のモビルスーツが
射線から逃れるべく移動している。

 それを見たジェスタは、かえってチャンスであると判断。敵艦の射線軸からは逃れつつ、微妙に敵艦に近い
ポジションを取るとメガ・ビームキャノンを立ち上げた。照準を合わせる。旗艦を狙いたかったが、あいにく
旗艦はこのポジションからは狙えない。なのでジェスタは一番近くにあるリシテア級巡洋艦を狙う。

 おそらくは、百人ほどの人が未だにそこにいるであろう、その船の姿をスコープに捉えた。バイオ・コンピ
ューターを通じて、ジェスタは射線を確保できたことを知る。

「悪いけど、これが戦争なんだ」

 ポツリと呟いて、ジェスタはトリガーを引く。メガ・ビームキャノンの砲身にメガ粒子の輝きが走る。そし
て、次の瞬間。まばゆい光の一撃が雷撃のごとく噴出し、ターゲットスコープで狙われたリシテア級巡洋艦の
艦体に直撃。そのまま艦を縦に貫通し、反応炉、および推進剤を誘爆させて、一撃で撃沈させた。

「よし、一隻撃沈! 次は……」

 そう言ったが、ジェスタはすぐに顔をしかめその場を離脱した。いくつかの艦艇が、こちらに向けて砲身を
向けるのが見えたのである。さすがに、艦砲射撃がこちらに向けられればセカンドVといえど羽虫のようなも
のだ。艦の一撃は、それこそメガ・ビームキャノンと同等以上の出力。そんなものが雨あられと降り注げば直
撃しなくても撒き散らされるメガ粒子で撃破されてしまうだろう。

 残念ではあったが、一隻でも撃沈したのならそれでかなり有利になる。ジェスタはそう判断し、再度モビル
スーツ同士の白兵戦に参戦すべく、機体を移動させた。


                     *****


 第二次防衛ラインを形成するタシロ艦隊に所属するアマルテア級戦艦の展望室の一つに、フィーナをはじめ
と三人娘の姿があった。彼女たち三人は、その展望室のガラス越しに、はるか遠方で見える輝きを見る。

 先鋒のラステオ艦隊と、連邦艦隊の激突が生み出す命の輝きである。それを遠巻きに見ながら、三人はしば
らく押し黙っていた。

「……ついに始まったね」

 ミューレが静かにそう語った。その視線の先の、戦いの光芒。それは、ザンスカール帝国の最後の戦いの狼
煙になるはずの、光。それを見る三人の顔色は、あまりいいものではなかった。それにはいくつかの理由があ
る。

「フィーナはどうなると思う? この戦い」

「え? そうね。正直、よくわからないわ。唯、一つの目的目指して突き進んでくる敵は、強いと思う」

 フィーナは別のことを考えていたのだが、サフィーに話を振られてそう答えた。フィーナの言葉に、サフィ
ーも同意する。どうにも、ザンスカールの司令官などは、エンジェル・ハイロゥを前にしたとたん。それを手
中に収めると言う野心に取り付かれているように思える。特に、その機能がサイコミュであり、人の意思に対
して広域に作用すると言う話を聞いてその傾向は強くなったように思える。彼らの目には、エンジェル・ハイ
ロゥが魔法の杖か何かのように映っているのかもしれないな、とサフィーは思う。

「エンジェル・ハイロゥの詳細はわからなくてもその概要だけでも危険視するには十分だものね」

 それは、サフィーの本心だった。遠くにある金色の要塞、エンジェル・ハイロゥ。人の意思に干渉するサイ
コミュならば、洗脳も出来るだろう。人の野心を刺激するのに十分な代物である。もっとも、大多数の人間を
操り人形にしてしまった社会に存在価値があるとは思えないのだが。

「そういうこと。あまり言わないほうがいいと思うけどね」

 ミューレが小声でサフィーに言う。幸い、ここに人の耳はないがそれでもこういうことを言うと、後々厄介
なことになりかねない。それを聞き、サフィーが「あらいけない」とでも言うように口元を押さえ、二人はち
らり、と目をフィーナに向けた。

 フィーナはじっと、はるかかなたの戦場の光景に目をはせる。その目は若干の愁いを帯びている。それは、
以前セカンドVが強行偵察を行って以降、時々フィーナが見せる眼差しだった。その理由は大体想像がつく。
あのセカンドVのパイロットのせいだろう。と、サフィーもミューレも口にはしないが、そう結論付けていた。

 あの時。ダルマシアンを前にしたジェスタが放射した、あまりにも強烈な憎悪の衝動。それを、ジェスタと
一番感じあうフィーナは強く受けてしまい、精神的に少しショックを受けたのである。それを、サフィーやミ
ューレも間接的に知覚したし、あの場にいて、ジェスタのその感情の余波も受けたのでそれはわかる。そして、
フィーナがあのパイロット、ジェスタに対してただならぬ関心を抱いていることも。おそらく、本人の自覚は
ないだろうが、フィーナが抱いている感情。それはおそらくは

 そこまで思い、ミューレは少しむくれた。気にいらない。気にいらないのである。三人でいることに価値を
見出す彼女にとっては、ぽっと出の敵のパイロットに身内が関心を示すのが、どうしても気にいらないのであ
る。

「ところでまだ戦闘準備をしろって言う警報が流れないけれど、いいのかな。前線。苦戦しているみたいだけど」

 じっと前を向いていたフィーナが振り向いてそう言ってきた。それに、サフィーとミューレは一瞬きょとんとして、

「そうね。リガ・ミリティアに協力する連邦艦隊はかなりの数だって言うから、普通に考えたら撃破されるわ
よね。ザンスカールの勝利、ってことを考えるなら、ここはタシロ艦隊も前に出るべきなんでしょうけど」

 と、サフィーは言う。エンジェル・ハイロゥの防衛線は、ズガン艦隊とモトラッド艦隊の連合で作る最終ラ
インのほかに、タシロ艦隊と、その前のラステオ艦隊に分かれている。普通に考えれば、最前線のラステオ艦
隊を盾にするよりは、タシロ艦隊も前に出てその支援を行うのがいいだろう。わざわざ分散して各個撃破をさ
せるのは愚の骨頂である。

 なのに、タシロ司令は艦隊を前に出す気はないようだった。これは、タシロ・ヴァゴが、艦隊を持ちエンジ
ェル・ハイロゥを前にして分不相応な野心を抱いたアルデオ・ピピニーデンを危険視したからである。が、実
際には彼はそれほどピピニーデンを危険と認識してはいないだろう。アルデオ・ピピニーデンは元々パイロッ
ト上がりの男であり、それゆえにあまり視野が広くない。おそらく力に魅せられているだけの男であり、何も
深い考えを持っているわけでもあるまい。

「何か、他に考えていることがあるってことかな? 色々隠しだまを持ってるし、ね」

 ミューレがあごに手をやってそうつぶやく。タシロ・ヴァゴがカガチやズガンに隠して手に持つカード。そ
の一つが、ニュータイプ研究所で強化されたパイロット。ファラ・グリフォンだ。長距離キャノンを搭載した
モビルスーツ、ザンネックを持ってラゲーンへの空襲や、ひそかに月周辺にて行ったパトロール艦隊への砲撃
実験など。一歩間違えばとんでもないことになりかねないことをタシロは平然と行った。そのあたりに、タシ
ロという男の、以前。カイラスギリーの指揮を取っていたあのころとは決定的に違う「何か」を感じさせる。

 そして、もう一つのカード。それが、この三人にとって、今。一番不快感を与えるものだった。そのことに
考えが至った三人は、そろって不快な顔をする。自分たちの指揮官として着任したあの男。それは三人にとっ
て実に不本意なことであった。

「とりあえず、今はこの艦隊も動く気がないみたいだし。あたしたちもすることはないみたいね。とりあえず、
部屋に戻ろ。ここにいても何にもなんないしさ」

 フィーナが軽く息をはいてから、そういうと肩をすくめて見せる。それを見たサフィーとミューレも同じよ
うに疲れて見せて、展望室から立ち去った。


                     *****


 容易に人の命を奪う、真紅の槍が闇を貫き、迫る。それをジェスタは舌打ちしながらセカンドVに回避させ
る。機体を赤い輝きがわずかに照らす。それを横目に、すばやくジェスタはセカンドVにライフルを構えさせ
ると、反撃に移った。敵機もそれに回避行動を取らせるも、ジェスタはすばやく機体を旋回させ、その動きで
敵機を惑わす。動きが一瞬停滞した敵のシールドの防御の隙間を塗って敵機の脚部を吹き飛ばし、バランスが
崩れたところで本命の一撃を叩き込み、敵を撃破。

 それと同時に、機体を一気に後退させる。

「敵が引いていくな。……合流されたら厄介なことになるけど」

 先鋒のラステオ艦隊が後退していく。そして、後方に展開しているタシロ艦隊と合流しようとしているよう
である。ジェスタは後退していく艦を見て、そちらのほうに敵モビルスーツが撤退していくのを確認。そして、
軽く舌打ちした。メガ・ビームキャノンが健在ならば今敵に撃ち込むものを。だが、あいにくメガ・ビームキ
ャノンは敵モビルスーツとの格闘戦のさなか、サーベルによって切り落とされてしまったのである。機体が軽
くなってバランスもよくなり、運動性がよくなったものの、絶好の好機である今。何も出来ないのが、少し悔
しい。

「まあ、味方も引いているみたいだしな。艦隊が前に出ているなら、今は引くべきか」

 背後に目を向けて、連邦の艦隊が前進してきているのを目にしてジェスタは引くことにした。セカンドVは
まだまだ余力を残しているものの、通常型のモビルスーツは推進剤もずいぶんと使っているはずだ。継戦能力
を持つモビルスーツは、残っている機体の半分もあるまい。

 そう判断したジェスタはセカンドVを反転させた。そして、母艦へ帰還するコースを取ろうとして、ふと足
を止める。そのまま一度機体を振り向かせるジェスタ。その目に映るのは、後退しつつあるモトラッド艦。そ
して、そのはるか向こうに見える、エンジェル・ハイロゥ。だが、ジェスタが見るのはそれらではない。その
中間にあり、今は見えないタシロ艦隊だ。

「そこにいるんだな、フィーナ」

 呟く。確証があるわけでもないし、その存在をはっきりと感じ取れるわけではない。が、戦闘中に何度か、
こちらに向けられる視線のようなものを感じていたのだ。それは、おそらくはフィーナのものだろう。なんと
なく、こちらを心配するようなその意識に、ジェスタはつい失笑した。

「心配するな。お前のおかげで、俺は復讐の縛鎖から逃れたんだ。……いよいよ、か」

 撤退していくラステオ艦隊。それがタシロ艦隊と合流する前に、補給を済ませた連邦艦隊のモビルスーツ隊
が再度出撃し、今度こそ完膚なきまでに叩くことになるだろう。それがすめば、その背後にいるタシロ艦隊と
の決戦となる。そこで、再びジェスタはフィーナたちと戦うことになるはずだ。それを思うと、若干気が重い
もののそれでも自分の選んだ道なのだから、それに文句を言う気にもならない。

 なので、ジェスタは機体を反転させると、そのまま一気に出力をあげ。その場にメガ粒子の残骸を撒き散ら
してそのままエアに向けての帰還コースに入った。

 
 モビルスーツデータ
 
 セカンドV 補足情報

 セカンドV 対艦戦仕様

 セカンドVはミノフスキードライブユニットを主推進機関として装備し、なおかつビクトリーに比べるとは
るかに高出力のジェネレーターを搭載しているため、その出力に大幅な余裕がある。その特性を利用し、さま
ざまな追加武装が検討された。そのバリエーションの一つが、この対艦戦仕様である。
 対艦戦仕様のセカンドVはウェポンプラットフォームにメガ・ビームキャノンと、本来ならば逆側にミノフ
スキーシールドと呼ばれる高出力のビームシールドユニットを装備した形態である。
 このメガ・ビームキャノンはV2用の武装であるメガ・ビームライフルを開発する途中に生み出された兵装
で、モビルスーツ単体で撃ち出せるものとは思えない高出力のメガ粒子砲を装備したものである。これは、後
にV2の追加武装。バスターパーツのロングレンジキャノンに応用されることになるが、無論。ロングレンジ
キャノンのほうが出力は高い。
 なお、このメガ・ビームキャノンは確かに出力こそ高いものの、その実用性にはかなり疑問が多い。と言う
のも、そもそも高出力のメガ粒子砲と言うのはIフィールドに包まれているとはいえ、縮退されたメガ粒子。
ミノフスキー粒子を内包しているため、電子機器に影響があり、結果として精密狙撃は不可能となるのである。
ゆえに、高出力のメガ粒子砲であっても、長距離狙撃、と言う形で運用することは難しく、結果としては会戦
直前に敵の鼻先に一撃を叩き込む、と言う使い方くらいしか出来なかったようである。その上で、機体の上半
身についている上に、長い砲身を持つと言うことで重心が上にずれるは邪魔になるわで、白兵戦時にはデッド
ウェイトにしかならず、結局ろくに使う暇もなく破壊されることが多かった。これは、V2のロングレンジキ
ャノンについても同様であったようである。
 そして、もう一つの兵装であるミノフスキーシールドは、三つのシールド・ビットを使用し、それをミノフ
スキーコントロールで操ることで戦艦のものに匹敵する高出力のビームシールドを展開することが出来たもの
だが、肩の上に装備していても使いにくく、開発中にテストパイロットはうまく活用することが出来なかった
ためこのタイプのシールドは急遽取りやめになった。そして代替案として作られたのが、実体シールドにシー
ルド・ビットを装備したメガ・ビームシールドである。これはリーンホースに持ち込まれ、ヘキサによって運
用されるもビクトリーの出力では扱いきることは出来ず、結局V2の専用武装として扱われることになった。
 なお、これらの武装は皆月の研究機関でアナハイム・エレクトロニクスとの共同開発によって生み出された
ものでその開発ベースとなったのは参考資料としてアナハイムに譲渡されたLM314V16の二号機である。この機
体をベースにいくつもの追加武装を検討し、そのうち実用性があると判断されたものが順次実戦に投入された
のだが、これらの装備はほとんど実験装備に近く、整備性や機体のセッティングの変更などの手間を考えると
現場においてはむしろ迷惑扱いされていたのであった。


 ZM-S24G ゲドラフ

 頭頂高 13.8m  本体重量 6.9t  全備重量 17.4t  ジェネレーター出力 5440kw

 武装 ビームサーベル×2・ビームシールド×2

 ZM-S24Gゲドラフはベスパが第二次地球侵攻作戦。地球クリーン作戦の際に、モトラッド艦隊で運用するため
に開発したモビルスーツである。その最大の特徴は、支援用のマシンにしてサブフライトシステムをかねるタイ
ヤ型のマシン、アインラッドとの連携であろう。このアインラッドは、一言で言えば巨大なタイヤである。冗談
のような姿をしているユニットだが、このタイヤの内部には粒子加速器が仕込まれており、同時にそれが展開す
るIフィールドがタイヤ表面を覆い、強力な対ビームバリヤーになるという利点があった。その中にゲドラフが
納まり、両腕のビームシールドを展開した場合、まさに鉄壁の防御を展開することになる。そして、このアイ
ンラッドにビームキャノンとミサイルランチャーを装備させ、強力な武器としたのである。なお、このアイン
ラッドは搭載している武器のほかに、その質量による体当たり攻撃も得意とする傾向があった。宇宙空間にお
いて、十分に加速した質量攻撃はすさまじい打撃力を持っており、たびたびそれだけでモビルスーツを撃破し
ていたこともあったようである。
 ゲドラフ本体の特徴は、あくまでもアインラッドとの連携、という一点に絞って開発された機体であるが故
にだろう。きわめて凡庸なモビルスーツに仕上がっている。コンパクトにまとめるため、四肢は短めになって
いるし、固定武装もほとんど持たず、推力面においてもやや劣る始末である。故に、アインラッドを戦場で失
ったこの機体はベスパ最弱の機体と成り下がる羽目になるのである。