UC153 6月 11日 月周回軌道とサイド2領空の中間空域
連邦軍とリガ・ミリティアの連合艦隊とアルデオ・ピピニーデンのラステオ艦隊が艦隊戦を行い、数に勝る
連合艦隊は緒戦を終始優位に迎え、ピピニーデン自身も数の上での不利を悟っていたこともあり、救援を要請
しても自ら動こうとはしない第二次防衛ラインのタシロ艦隊と合流するべく後退しながら連合艦隊に砲撃していた。
それに対し、連合艦隊としては相手が合流してしまうことを避けるために、一度出撃したモビルスーツを各
艦に収納し、補給とパイロット各員に休憩を取らせていた。とはいっても、敵が後退しているのに対して追撃
戦を行わねばならないのでそんなに悠長に休んでいる暇はない。
ジェスタはエアに帰還すると同時にコックピットを出ると、すでに戻ってきている仲間の機体が一通りそろ
っていることに安堵しつつ、帰還して来た機体のチェックおよび応急処置。補給を始めるために整備士たちが
わらわらとでてきているのを横目にして、邪魔にならないようにさっさとモビルスーツデッキを後にした。
そして、ガンルームに入るとすでに帰還していた数人のパイロットたちが疲れた様子で休んでいた。ジェス
タが顔を見せると、皆がこちらのほうに目を向け、軽く手を上げて挨拶する。その目は、お互い生き残ってよ
かったな、と語っている。ジェスタも同感なので、再会できたことを喜んだ。
とりあえずジェスタも軽く挨拶をすると、ガンルームの片隅にある自販機に向かい、そこでドリンクを購入
してそれに口をつけた。程よく冷やされた、スポーツドリンクが口を潤し、そのままのどを伝って胃に流れ込
む。その感覚を味わいながら、一気にボトルの中のドリンクを飲み干した。
「ふー、生き返った。この一杯のために生きてるって感じかな」
やけにさわやかな笑顔でそういうジェスタ。そんなジェスタに突っ込みが入る。
「って何おまえんなあほなこと言ってやがる。夏場にビールかっ食らう親父かよ、お前」
「マジクさん」
「ったく。まだ若いのにおっさんくさいまねしてんじゃねーぞ。こないだ隊長もおんなじこと言ってたぞ?」
「俺はまだ二十代だ。おっさん呼ばわりするな」
マジクが呆れ顔でジェスタに文句を言っていると、その背後からむっつり顔のライアンがそう声をかけてき
た。それを聞きマジクが「げ」という顔をして振り向くと、そこにライアンの顔が。マジクは引きつった笑み
を浮かべて、
「いやあ、隊長。相変わらず貫禄がありますな」
「お前らが色々と苦労をかけさせてくれるからな。ずいぶんとふけてしまったようだ。この落とし前をどうつ
けてくれるのか、じっくりと聞かせていただきたいものだが」
言って、ライアンはその大きな手をマジクの肩にかけた。がっしり、と音が聞こえそうなその仕草に、マジ
クは視線でジェスタに助けを請う。が、ジェスタは肩をすくめて見せた。老け顔を気にしているらしいライア
ンの逆鱗に触れるようなことをうかつに言ってしまったマジクが全面的に悪いのだから。これは、仕方がないだろう。
「テメ。ジェスタ! 覚えてろよ!」
「マジクさん。なんか悪党くさいですよ、その台詞」
「やかましいわ! って隊長。思いっきり握らないで! お願い! マジで痛いんですってば。や、やめてくださいよぉ!」
最後には半泣きになりつつ、ライアンに連行されていくマジク。その光景をジェスタのみならず、ガンルー
ムにいたパイロット全員が生暖かい目で見送った。合掌。
マジクが連行されてから十数分後。マジクはどことなく憔悴した様子でガンルームに戻ってきた。それを見
てジェスタは笑いをこらえながら「ご愁傷様」といった。するとマジクはじろり、とにらみつけ、
「くそ。他人事みたいな面しやがって」
「実際他人事ですしね。隊長が普段ニケさんにいろいろ言われて気にしてるのに、言うから説教受けるんですよ」
「公私混同だってーの。……ていってもまあ、実際言われたことは正しいんだけどな」
そうふてくされた様子でいいながらマジクもまたドリンクを購入。それを一気飲みした。ライアンに連行さ
れたからといって、別に修正を受けたわけではない。それぞれのパイロット諸氏が持つ問題点を指摘し、叱責
するだけなのだが、「説教」と呼ばれるその指摘は、若干気色が違っている。怒り狂うわけでもなければ体罰
を加えるわけでもないが、えもいえぬオーラをみなぎらせて問題点を徹底的に指摘されるのでかなり堪えるの
である。とはいえ、さすがに出撃を控えている身だけあって、今回の「説教」はかなり加減されていたようだが。
「なんていわれたんです?」
「ちょっと気が緩んでるだと。そんな気はなかったんだけどな」
「……でも、隊長は俺たちのこと。結構よく見てますからね。あながち、間違ってないかもしれませんよ」
「ま、な。実際、ちょっと気が緩んでたかも知れねーな、俺も。さて、と。出撃までにもうちょっと時間があ
るし。ちょっと寝てくるわ。お前も、ちゃんと休んどけよ。日付が変わってしばらくしたら、今度こそラステ
オ艦隊を叩くんだからな」
「ええ。そうですね。じゃあ俺も、ちょっと休んでおきますよ」
そう言ってジェスタは立ち上がると大きく伸びをする。そんなジェスタに、マジクはコン、と頭を軽く叩い
て「無理すんなよ」と軽く声をかけてそのままガンルームを後にする。作戦開始まで、後四時間といったとこ
ろだ。数時間だけでも眠れば、少しでも疲れが取れる。なので、ガンルームに先ほどまでいたほとんどのパイ
ロットは各々少しでも英気を養うべくそれぞれ休息に入っていた。
ジェスタもそれに続いて地面を蹴ると、ガンルームを後にして自室に向かった。
UC153 6月 12日 月周回軌道とサイド2領域の間
ラステオ艦隊と連合艦隊。この二つがにらみ合いながら、徐々に距離を詰めていく。前進しているため、加
速では上回る連合艦隊は、ラステオ艦隊が後方のタシロ艦隊と残り1戦闘距離、というあたりまで来て、一気
に勝負をかける事にした。実際には、さりげなくタシロ艦隊が後退しているのだが、連合艦隊からはそれは確
認できず、あと少しでラステオ艦隊とタシロ艦隊が合流するように思えたのだ。
パイロットたちは十分に、とはいえないながらもまとまった休息を得て、それぞれの艦のクルーたちもある
程度は英気を養うことが出来たおかげもあり、連合艦隊の士気は高い。それに対し、ラステオ艦隊は後方に下
がっている、ということと背後のタシロ艦隊が援護してくれる気配がないところから、自分たちが捨て駒にさ
れるのではないか、という疑心暗鬼に駆られているため、士気はあまり高くはない。
出撃準備を終えた各艦のモビルスーツは順次カタパルトデッキにつき、出撃していく。今回も、ジェスタの
セカンドVはエアの。第一ハルシオン隊の先鋒を務めることになった。とはいえ、今回はメガ・ビームキャノ
ンを装備していない。予備のキャノンはあるにはあったが、今回はすべての機体の調整に手間取ってメガ・ビ
ームキャノンのセッティングが間に合わなかったのである。
火力は優れていても、それ以外に問題の多いメガ・ビームキャノンは正直ジェスタはあまり好きになれなか
ったので、むしろこれに関してはうれしく感じるほどであった。
そして、ジェスタのセカンドVが射出される。それに引き続いて順次モビルスーツが出撃していく。ジェス
タはそれと足並みをそろえて進軍させた。目を前に向ける。ラステオ艦隊から多数のモビルスーツが出撃して
きているのがわかる。
「逃げる敵は必死、か」
ジェスタは散開していく敵部隊を目にしながらそんなことを呟く。密集していると、大火力のメガ・ビーム
ライフルなどの餌食にされることを彼等は悟っているらしい。セカンドVのメガ・ビームキャノンと違い、V
2のメガ・ビームライフルは健在だ。それを考えると、敵の打った手はあながち間違っているわけではない。
しかし、散開して戦力を分散するということは、各個撃破されやすくなることを意味している。それが数に
劣るほうならば言うまでもなく、だ。連邦のパイロットも、そのあたりはさすがにわかっているようできちん
と三機編成になって散開している敵モビルスーツ隊に向けて攻撃を仕掛けていっている。それを目にしつつ、
ジェスタもまたセカンドVを進撃させて戦場に飛び込んでいった。
*****
「始まったね」
万一の出撃に備えて出撃準備を終えた三人娘は、パイロットスーツ姿でガンルームにいた。ガンルームに備
え付けられているモニターに、艦のカメラが捕らえた前線の戦闘の光景が映し出されている。ミノフスキー粒
子のせいで少しノイズが混じっているも、戦場そのものが後退し、近くなっているためその様子はよくわかる。
「ずいぶん近くなってるわね。後、一戦闘距離、といったところかしら。これなら増槽を装備したら援護に向
かえるわよ」
映像を見たサフィーが少し難しい顔をしてそう言った。それは、フィーナやミューレのみならず、彼女ら以
外にもここにいるパイロットたちもよくわかっていることだった。そして、彼ら全員が疑問に思っていること
は、なぜタシロ司令は艦隊を前進させて援護に向かわないのか、ということだった。
戦争に勝つことを考えれば、ここでラステオ艦隊を単身で連合艦隊と戦わせて全滅させるのは得策ではない。
この第二陣のタシロ艦隊も前進し、共同で敵と当たるのが合理的な判断というべきだろう。と、言うより、元
々タシロ艦隊はそうした援護を行うために、中間距離に布陣しているのだ。しかし、タシロは静観を選んだ。
これはつまり、ラステオ艦隊を見捨てたことを意味する。
目の前で必死に戦っている友軍を見捨てる、という行為は上層部の判断であろうとも、実際現場で戦う者。
特にパイロットたちにとっては非常に後味の悪い行為だ。だから、この場にいるパイロットたちは総じて不快
そうな様子になっている。
「後退速度が速くなってきたね。でも」
そう言ってミューレは言葉を詰まらせた。いいたいことはわかる。おそらく、ラステオ艦隊がこちらに合流
する前に戦力をすりつぶされることになる。そういいたいのだろう。それほどまでに、現在。敵の勢いはよかった。
「いいのかしらね、ホントに。何を考えているのかはわからないけれど、前衛の艦隊が敗れたら今度はうちの
艦隊が前衛になるんでしょ? さすがに後衛のズガン艦隊とモトラッド艦隊は前進してこないだろうから、う
ちもラステオ艦隊と同じ運命をたどりかねないんだけど」
フィーナがしかめっ面をしてそう言った。基本的に、ズガン艦隊とモトラッド艦隊はエンジェル・ハイロゥ
の最後の防壁の役割を果たしており、配置としてはラステオ艦隊とタシロ艦隊で向かってくる敵を殲滅する、
というのが基本的なものである。なので、正面の敵が来ているからといって、後衛の艦隊が前進してくること
はないだろう。カガチとズガンにとっては、敵の撃破よりもエンジェル・ハイロゥによる作戦の実行のほうが
重要なのだから。
なので。このままラステオ艦隊を見捨てると、次は自分たちが敵にすりつぶされることを意味する。数で言
えば、総合で言えばベスパ側が勝っているとはいえ、その戦力は分散している。なので一個艦隊の規模でいう
なればやはり一丸となっている敵のほうが優勢なのだから。
この場にいるパイロットや、各艦の艦長などが不安に思うのも無理はないのである。しかし、タシロからの
命令はこの場にとどまり防衛ラインを固持するべし、の一点張りである。
「このままだと……」
「おい。貴様ら」
不安な様子になって三人が顔を暗くして話をしようとしたそのときに、背後から声をかけられた。その瞬間、
三人はそろって不快そうな顔をして、しかしそれをすぐに打ち消すとまじめな顔になって、ベンチから立ち上
がって背後を振り返った。
振り向いた三人の前にいたのは、一人の男だった。年のころは二十台半ばほどか。灰色の髪をした、目線の
鋭い凶暴な雰囲気を持つ男。黒と灰色に彩られたパイロットスーツを身につけた彼は、ジュリアン・ソゥ中尉。
ニュータイプ研究所のあの女が連れてきたパイロットであり、名目上、現在の三人の上司に当たる男だった。
「なんでしょう、ソゥ中尉」
「出撃するぞ。準備しろ」
「は?」
思わずジュリアンの言葉に呆れた声を出すフィーナ。それは彼女だけではなく、サフィーもミューレも同じ
ように呆れ顔になっているし、この場にいるほかのパイロットたちも驚いた様子になっていた。しかし、誰も
表立って文句を言う気はないようだった。なぜなら、ジュリアンはこの艦の。いや、艦隊にとって「特別な」
パイロットなのである。故に、ある程度の自由裁量権が認められており、勝手な出撃を司令自らに認められて
いる。というか、もはや放置されている、といったほうが正しい。
なぜなら、彼は今。シュバッテンのファラ・グリフォンと同じく、「普通ではない」パイロットであり、ほ
とんど狂犬のように思われているのだから。
というのも模擬戦闘でありながら、友軍の機体をずたずたに破壊したこともあり、彼はパイロットたちにひ
どく嫌われており、恐れられてもいる。昔はああではなかったそうなのだが。
「何をぼけている。白い奴が来ている。殺しにいくんだろうが」
狂気を秘めた目で、三人をにらむジュリアン。それに脅えはしないが、三人はやはり不快感を抱いた。が、
ジュリアンはそんなものは意にも介さず、「さっさとしろ」と一言残すとそのままガンルームを後にした。
それを見送り、三人は大きく息をつく。気分は最悪だった。周囲にいるパイロットたちも、哀れみの目で見
ている。何の因果か、若い身空であのような凶暴な男の直属の部下になってしまったことが哀れみを誘ってい
るのだろう。三人は気が重かったものの、直属の上司であり、さらにタシロ司令からワイルドカードを受け取
っているジュリアンの言葉に逆らうことも出来ないので仕方なくガンルームを後にし、モビルスーツデッキに向かった。
モビルスーツデッキではすでに彼女たち三人のリグシャッコーと、ジュリアンのコンティオカスタムがスタ
ンバイ完了していた。三人は出来るだけ不愉快なジュリアンのほうには目を向けることなく、不満げな様子で
リグシャッコーに向かう。そのときに、整備員たちが「がんばってな」などと声をかけてくれたので、少しは
気が楽になった。
コックピットについて、起動準備を終えると、すでにコンティオカスタムが動き出しており、問答無用でカ
タパルトデッキにまで進んでいくと、
『さっさと来い。小娘ども』
といらだたしげに言葉を残して、そのままカタパルトから射出されていった。それに唖然としながら、仕方
がないのでフィーナたちも続くことにした。あいにく、突然のことなので準備が間に合わず、今回はアインラ
ッドを持っていけそうにないのでフィーナたちの機体もカタパルトで発進していく。
「ったく。何様のつもりなのよ。あいつは」
と、そう文句をいいながら、カタパルトで得た運動エネルギーを、バックパックのスラスターを一度吹かせ
ることでさらに補強し、若干の軌道修正を行って、先行するジュリアンのコンティオカスタムを追った。
*****
目の前で爆発の花が咲く。それは、ラステオ艦隊の旗艦であるアドラステア級戦艦ラステオが撃沈された爆
発だった。その光景を、不思議なものを見るような目で見るジェスタ。それも無理はない。連合艦隊のモビル
スーツ隊が苦労に苦労を重ねて、敵の防御網を突破して、敵艦隊のうち懐にもぐりこみ。アドラステア級の常
軌を逸しているともいえる対空砲火の濃密な弾幕に四苦八苦していたところ、無防備に近い形で飛行する敵モ
ビルスーツ、ブルッケングを発見したジェスタは、反射的にその機体に照準を合わせたが、その機体は唐突に
コックピット付近から火を噴いた。
そのことで驚き、手を止めた瞬間。そのブルッケングは不思議なことに、パイロットは確実に死んでいるは
ずなのにラステオへの帰還コースを正確にたどり、出撃しようとしていた大型モビルアーマー、ビルケナウに
抱きつくような形で接触。直後、まるでそこがゴールであるかのようにメインエンジンが爆発。それに巻き込
まれてモビルアーマーが。そして、ラステオが沈んだのだ。
その光景を目の当たりにして、ジェスタはしばらく沈黙した。まるで、あのモビルスーツの死んだパイロッ
トが、死して己の上官を道連れにするべく艦に戻ってきたように思えたのだ。
「なんだったんだ、アレは」
感慨深げにそうつぶやくジェスタだったが。戦場ではぼんやりしている暇などない。爆発していくラステオ
から離れると、周囲の敵の残存兵力の掃討にうつることにした。中には投降を始める敵機もいるが、ほとんど
の敵モビルスーツは諦めることなく果敢に反撃をするか、あるいは後方のタシロ艦隊と合流すべくスラスター
を吹かせるものも多かった。
そうした残存兵力に、連合艦隊のモビルスーツ隊は襲いかかり、次々と戦果を挙げていく。が、逃げる敵は
必死なものだ。中には一人でも多くの味方を残すべくその場に残り、獅子奮迅の活躍をするモビルスーツの姿
も見られた。
「いい覚悟だ。だがな」
若干の哀れみを感じつつ、ジェスタはそんな機体に向けて攻撃を開始。正対し、ライフルを撃ちあいながら
接近し、急激な機動を見せ付けて敵を幻惑。直後反転してサーベルで止めを刺した。相手は明らかに手練のパ
イロットだったが、それでも経験を重ねたジェスタと、そのジェスタの手足のように動いてくれるセカンドV
はそんな敵を一蹴できるほどになっていたのである。
そんなセカンドVを、側面からロックオンした敵機がいる。ジェスタはそれに気づいて機体に回避行動を取
らせた。が、そのライフルからビームが放たれるより先に、その機体は上方から打ち込まれたライフルのビー
ムを受けて消し飛んだ。
「あのエンブレムはハルシオンのヘキサ。誰だ?」
首を上にめぐらせると、そちらの方角にダッシュパックを背負ったヘキサがいる。肩口に緑色の翼のエンブ
レムを象ったそれは、ハルシオン隊の機体だ。そのヘキサは手に持ったライフルを振りながらセカンドVに近
づいてきて、
『なかなかうまいこと生き残ってるじゃねーか、ジェスタ』
「マジクさんでしたか。助かりました」
『よく言うぜ。しっかり気づいてやがった癖によ。にしても、案外もろかったな。この艦隊も』
周囲を見回しながらそういうマジク。旗艦が沈んで以降、指揮系統が乱れたラステオ艦隊は総崩れになった。
残っていたリシテア級巡洋艦やアドラステア級戦艦が必死の抵抗をしつつそれでも後退しているが、肉薄して
きた連合軍の艦隊の主砲を受け、一隻。また一隻と沈んでいく。シールドを展開していても横合いからのモビ
ルスーツの攻撃を受けて、重なったダメージで戦闘能力が喪失していっているのである。
「そうですね。タシロ艦隊が動かなかったから……! なに!?」
ジェスタはそこまで呟くと急に顔を険しくして、マジクのヘキサを突き飛ばし、シールドを張った。とたん、
高出力のメガ粒子砲がまっすぐにこちらを目指して放たれ、シールドに衝突した。その勢いで、セカンドVは
後方に弾き飛ばされる。
『ジェスタ!』
「なんだ、このプレッシャーは! フィーナ!? いや、違う。フィーナもいるが、これは!」
感じ取るプレッシャー。それを吟味してジェスタは寒気を感じた。一番強く感じ取れるのは、いつものとお
りフィーナのものだ。そして、それに連なって二人分の気配も感じる。そして、もう一つ。それらを率いるよ
うに感じ取るものがある。
それが、ジェスタにとってはひどく不快で恐ろしく感じられた。鋭い刃のようでいて、同時に破城槌のよう
な激しさを持つ。その印象は、ひどくまがまがしかった。それは、まっすぐにこちらに向けられている。視線
のように感じられる、そのおぞましい気配に、ジェスタは悪寒を感じる。
「なんだ? この気配。俺を見ているのか!?」
そのことに背筋を凍らせていると、遠方から次々とビームが撃ちこまれてくる。それはジェスタだけを狙っ
ているわけではないらしく、マジクにも。そして、少し離れた位置にいる友軍機にも放たれている。それを受
けたジャベリンが。ガンブラスターが、次々と撃破されていた。
『このタイミングで新手だって!?』
そう叫びながら、マジクはシールドを開き、応戦を開始。ジェスタもまた、その光景を前にして我に返ると
機体を前に押し出しながら叫んだ。
「気をつけてください! この敵は普通じゃない!」
感じ取れる凶暴な気配に、ジェスタはそう叫ぶ。それを聞きマジクは舌打ち。マジクにはジェスタのように
感じ取れはしないものの、攻撃を受けて散開する敵の姿に不気味なものを感じ取り、警戒心を強めたようだった。
フィーナはコックピットの中で不愉快な顔をしていた。明らかに劣勢になっている友軍の救援。という形な
らまだしも、今回はどう考えてもジュリアンが先走っているようにしか思えないのだから。それでもフィーナ
は表立って文句は言わずに、機体を戦場に走らせる。前を向く。モニターに映し出される戦場。そこに、
「いるね、ジェスタ」
そうつぶやく。戦場の、おそらくは一番の先端。そこに、ジェスタの気配を感じる。すると、先行するコン
ティオカスタムが、急に進路を変更した。それが目指す先は、敵艦隊のほうではない。
「何? この方角。ジェスタがいるほう?」
そう、怪訝な顔をするフィーナ。今、コンティオカスタムが目指している方角は、正確に。先ほどからフィ
ーナが感じ取っているジェスタがいるポジションだった。そのことに疑問に思っていると、
『見つけたぞぉ! 白い奴!』
という叫び声とともに、コンティオカスタムに備え付けられている右肩のヴァリアブルメガビームランチャ
ーを射撃体勢にすると、それを撃ちだした。まだ、若干の距離がある。それを見てフィーナは軽くしたうちすると、
「まだ早いじゃないの」
いいながら、ライフルを構えて射撃を開始する。それに合わせて、後続のサフィー、ミューレもそれぞれ射
撃を開始した。動きの遅い連邦のパイロットたちが、その射撃を受けて次々と撃墜されていく。やはりという
べきか、ミューレのビームランチャーによる狙撃が一番効果的だった。次々と敵機を撃ち落していく。
しかし、敵もただでは済ます気はないらしい。展開していた敵機が、少し集まってきた。そしてこちらに向
けて攻撃をしてくる。仕方がないので四機ともそれぞれに散った。アインラッドがないので、防御力はあまり
高くない。いつもよりも気を引き締めて戦わざるを得ないのである。
「まったく、馬鹿な上司には苦労させられるわね」
そう毒づきながら、手近な敵機に攻撃を仕掛けるフィーナ。ちらり、とその目が全天モニターの一角に。白
い装甲を持つセカンドVに向いた。その白い姿に、わずかにほっとするも、直ぐにフィーナは表情を翳らせた。
どことなく、いやな空気がまとわり付いている。そんな気がするのだ。
「気をつけなさいよ、ジェスタ。そいつに引き込まれたら……」
そう呟いてから、正面の敵機に。ガンブラスターに目を向けるフィーナ。動きは悪くない。だが、彼女が戦
ってきた一線級の敵に比べると、その技量は劣る。ふん、と鼻を鳴らしたフィーナは周囲を警戒しながら機体
を最小限の動きで敵の懐にもぐりこませると、すれ違いざまサーベルの一撃でガンブラスターを撃破。
「まずは一機。……まったく、うっとおしい!」
集まってくる敵の姿にフィーナは忌々しげに舌打ちしながら、機体を敵に向けて疾駆させた。
次々とビームを撃ちこんで来る敵モビルスーツ。ジェスタはその機体に目を向けた。先ほどからいやな気配
を感じさせる機体。
「こいつ。俺を狙っている!」
そう叫びながら、ジェスタはセカンドVを後退させた。その機体。コンティオカスタムは、そのまままっす
ぐにジェスタのセカンドVを追撃してくる。胸部三連ビーム砲とライフルで攻めてきながら、左肩のショット
クローを放ってくる。それを見てジェスタはサイド2で戦ったピンク色の機体を思い出した。
「あのときの機体? いや、少し違う。だが」
以前見たコンティオに比べて、このコンティオカスタムは基本的な武装は右肩のショットクローを折りたた
み式のヴァリアブルメガビームランチャーに換装していることと塗装を変更している以外はあまりかわりない
ように思える。しかし、
「く! 早い!」
あいも変わらず高い運動性能を誇るコンティオは機敏な動きをしつつ、ドッグファイトを挑んでくる。ライ
フルとビームサーベルを。そして、ショットクローを効果的に使いつつ、だ。それをジェスタは必死に回避し
ながらライフルで応戦。
「死ね死ね死ねぇ! 白いやつぅ!」
そう叫びながらジュリアンは口元をゆがめてジェスタのセカンドVに攻撃を仕掛けつつ、近場にいる敵機。
ジャベリンなどをついでとばかりに撃破していく。その姿はまさに悪鬼のごとくだった。周辺に撒き散らす狂
気が、この戦場を支配していく。ジェスタはそれに恐怖した。単に、相手の狂気が恐ろしいからではない。そ
れとは別の恐怖が、そこにあった。が、今のジェスタにはそれは分からない。ただ、胸の奥から恐怖がにじみ
出ることだけが、ジェスタに分かることだった。
「なんなんだ、こいつは!」
叫びながら、ジェスタはこちらに向けて撃ち放たれたショットクローのビームを回避してそれを狙撃した。
一撃で爆砕されるショットクロー。しかし、その直後こちらに向けてコンティオカスタムが胸部ビーム砲を撃
ちながら接近し、サーベルを振る。
そのサーベルの先端が突如ショットクローのように放たれてセカンドVに襲い掛かる。これを予測できてい
なかったジェスタは意表をつかれ、かわしきれなくてライフルを破壊された。
「くそ! 飛び道具を!」
舌打ちとともにジェスタはコンティオカスタムからはなれる。と、そこにマジクのヘキサが援護をしに来た。
ライフルを撃ってコンティオカスタムを牽制。コンティオカスタムはそれを受けて離れながらもサーベルを今
度は両手に持ってオールレンジ攻撃を仕掛けてきた。
それにマジクもジェスタもてこずる。本体との連携が実に厄介なのだ。それに対し、マジクはライフルを撃
ちつつ、離れる。そして離れると見せかけて一気にスラスターを吹かせると機体を加速させ、コンティオカス
タムに向けて突撃した。
それにコンティオカスタムは即座に対応。右肩のヴァリアブルメガビームランチャーを撃ってヘキサを狙撃。
ヘキサはそれをブーツを離脱させてぶち当てて防いだ。当然、トップファイターはその場から離脱。そのまま
トップファイターは旋回しつつコンティオカスタムにライフルを撃ちながら、上半身だけのガンダムになると
オーバーハングキャノンを撃ち込んだ。
それをコンティオカスタムは機敏な動作で回避しながらヘキサを目指す。そのコンティオカスタムにジェス
タは引き抜いたサーベルを持って接近戦を仕掛けようとした。が、そこにビームが襲い掛かってきた。上方か
ら迫るそれをとっさに機体に急制動をかけて回避。目を向けると、こちらに向けて一機のリグシャッコーが向
かってくるのが見えた。
「フィーナじゃないな。だが」
相手がかなりの腕前であることはわかる。そのリグシャッコーは機敏な動きでこちらを翻弄しつつ、足を止
めるために見事な射撃を披露している。こちらの動きを読んだ、的確な狙撃。その名人芸とも言える業には覚
えがある。
「あのパイロットか!」
以前から何度も自分たちに恐るべき射撃を披露してきたフィーナの仲間。あのリグシャッコーのパイロット
が、そうであることをジェスタは確信していた。
「まったく、世話が焼けるね!」
そのリグシャッコーのコックピットでセカンドVに狙撃を行いながらミューレはそう毒を吐く。その視界の
端で、ジュリアンのコンティオカスタムが小生意気なヘキサに向けて攻撃を仕掛けていた。それに止めを刺す
まで、このセカンドVの足を止める。ミューレはそのつもりでセカンドVに射撃を続行した。
「ああ、もう! こいつ早いよ!」
リグシャッコーの射撃を最小限の動きでかわしつつ、シールドでうまくこちらの攻撃を捌いて接近してくる。
その軽快な運動性と機動力は予想を上回るものだ。以前戦ったときよりも強くなっている。ミューレはそう思った。
「だからってねぇ! こっちだって負けてらんないんだよ!」
ミューレはそう叫びながらライフルと同時にサーベルを握らせてセカンドVに白兵戦をしかけた。
ヘキサに向かったコンティオカスタムはブーツを分離させたその動きが、以前自分を落としたジェスタのビ
クトリーを髣髴とさせ、ジュリアンはそれを目の当たりにして激情に駆られていた。
「性懲りもなく白い奴が! きえうせろぉ!」
叫びながらきびきびとした軽快な動きを示しつつジュリアンはヘキサに仕掛けていった。二本のサーベルの
オールレンジ攻撃と、胸部三連ビームキャノンの連携。それにマジクは苦戦する。かろうじて生き残っている、
という状態に近くなりつつ、敵の攻撃を捌ききれなくなったヘキサはついに側面からのサーベルの攻撃で片腕
を損傷した。
それに舌打ちしたマジクはトップリムを分離させ、シールドを展開させてコンティオカスタムに特攻させた
が、コンティオカスタムはそれを瞬時に撃破するとコアブースター形態になったヘキサにビームキャノンを放
つ。鼻先に放たれたビームを回避しつつ機体を立て直してビームガンを撃ったコアブースターは、次の瞬間コ
ンティオカスタムを見失った。
「なんだ!? どこに消えた!?」
思わずそう叫んだマジク。そして、次の瞬間言葉を失う。目の前に、突如コンティオカスタムが姿を現した
のだ。コンティオカスタムのセンサーカバーが開いて大型のセンサーアイが赤く輝きその中の縦長の虹彩が、
マジクの驚愕に歪んだ顔をまるでねずみを目の前にした猫のような様子で見据えた。その目に、マジクは呼吸を忘れた。
コンティオカスタムはこちらの攻撃を回避すると同時に一気にスラスターを吹かせて下降。直後、反転して
コアブースターの直下についていたのだ。そして、今。併走しながらコアブースターの上に回りこんだ。
マジクはとっさに機体急制動をかけて振り切ろうとした。が、その動きは完全に読まれていた。そして。
コンティオカスタムのマニピュレーターは、マジクの体をめがけて振り下ろされた。モビルスーツの拳が、
コアファイターのキャノピーを砕き。その下でシートに座っていたマジクの体を押しつぶした。機首が折れ曲
がり、不安定な飛行をするコアファイターは、すぐに機首のエンジンが火を噴いて、直後爆発した。粉砕され
たマジクの肉体は、その炎に焼かれて塵となっていく。
「はっはぁー! 紛い物が! 消えてうせろ!」
そう叫んだジュリアンは狂気の色を宿した目をリグシャッコーと戦うセカンドVに向けた。セカンドVの動
きが、一瞬悪くなる。それを見てジュリアンが口元を醜くゆがめた。狂気に彩られた欲望。それが、彼のすべ
てだった。
「死ねぇ! 白い奴!」
折りたたまれていたヴァリアブルメガビームランチャーが展開し。照準を定めたジュリアンは、迷うことな
くビームを放った。まがまがしい、血を連想させる輝きをもった、炎の槍を。
リグシャッコーと切り結んでいたジェスタは、戦いのさなか。一瞬動きを止めた。頭の中に、強いイメージ
が流れ込んだのだ。それがなんなのか。ジェスタは一瞬で理解した。
「マジクさん!?」
マジクの命がはじけて消えるイメージ。それが、今ジェスタの脳裏に浮かんだのだ。が、それにかまってい
られる余裕はジェスタにはなかった。目の前の敵が、強い。リグシャッコーはサーベルを抜いているも、距離
をとりたがっているように見える。こちらにはライフルがないのだ。当然だろう。だからこそ、ジェスタは相
手を逃がすまいとバルカンで牽制しつつも両手にサーベルを握らせて必死に食い下がる。
「もう! 何でこいつこんなにしつっこいのよ!」
そんなジェスタのセカンドVを相手にしつつミューレはそうはき捨てる。しかし、少しはなれたところでジ
ュリアンがヘキサを撃破したのがわかったので、ジュリアンがすぐにこちらに向かってくるだろうと判断。そ
れに入れ違いでミューレは距離をとるつもりだった。
しかし。
リグシャッコーの斬撃を受け止め、逆の手のサーベルで突きを放ったセカンドV。が、それもシールドでい
なされて、逆に連続でサーベルを振るってきたリグシャッコーの攻撃を捌く。そしてその瞬間、寒気が走った。
それは深い悪意のように思えた。そして、ジェスタは自分の直感に任せて機体を動かす。目の前のリグシャ
ッコーの攻撃の回避よりも優先して左腕のサーベルをほうり捨てると、そのまま左手で目の前のリグシャッコ
ーの機体を押した。と同時に、リグシャッコーの刺突がセカンドVの右肩を貫き、右腕が破砕する。
そしてその瞬間。飛来してきたメガ粒子が、目の前のリグシャッコーのバックパックを焼き、頭部と右腕を
削って胴体の一部を吹き飛ばして、ついでにセカンドVの左腕もけし飛ばした。とっさに機体を右側にスライ
ドさせながらリグシャッコーを突き飛ばさなければ、二機まとめて胴体を貫かれていただろう。
「こいつ! 味方ごと撃った!?」
相手の狂気にぞっとするジェスタ。目の前のリグシャッコーは火花を散らしながら小爆発を繰り返し、沈黙
している。パイロットの生死は不明だが、すでに戦闘不能なのは間違いない。
そして、それにかまうより先に、さらに連続で攻撃を仕掛けてくるコンティオカスタムのほうが問題だった。
ジェスタはとっさにコントロールシリンダーを握り締めて機体を上昇させるとともに、半壊したリグシャッコ
ーの機体を下に蹴る。そしてコンティオカスタムの攻撃を自機に集中させた。
「くそ! 両腕がなければ達磨じゃないか!」
そう叫びながら敵の攻撃から逃げ回るジェスタ。シールドがないのでかなりまずい。青くなりながら逃げ惑
うが、敵の動きはすばやい。こちらの動きを読みながらすばやく回り込み、そして、真正面に回りこまれた。
「しまった!」
「はっはぁー! もらったぁ!」
左右からサーベルが。そしてヴァリアブルメガビームランチャーが。胸部三連メガ粒子砲が。足のハードポ
イントに接続したビームライフルが。そのすべてが、どこに逃げようともジェスタのセカンドVを狙い撃つ。
その瞬間。ジェスタは覚悟した。が、ジェスタの脳裏にさまざまな人の面影がよぎる。まだ、死ぬわけにはい
かない。
すべての攻撃が放たれる。それに対し、ジェスタはとっさに機体を反転させるとミノフスキードライブのリ
ミッターを解除。半ば意図的に暴走させ、出力を限界以上にまで搾り出させた。推進力を前後に同時に発生さ
せることで相殺し、その場にいながらミノフスキードライブユニットからメガ粒子の奔流を放った。それが、
撃ち放たれたコンティオカスタムのすべてのビームを周囲に散らした。
「なにぃ!?」
その荒業に目を向くジュリアン。迫りくるメガ粒子の刃を、シールドを展開しながら防御する。が、その一
撃で右肩のヴァリアブルメガビームランチャーが破損した。舌打ちするジュリアン。そして、それと同時に駆
けつけてきた敵の援軍が撃ってきたビームライフルの光を目にし、セカンドVがこちらの間合いから離脱した
のを見て引き際だと判断。忌々しいながらも、
「今度は確実に殺してやる! 待っていろよ、白い奴!」
そう叫ぶと一気に機体を加速させ、その場を離脱した。
ミューレとはぐれ、サフィーと二人で連携しながら集まってくる敵モビルスーツを食い止めるフィーナは、
遠くでジェスタとミューレがやり合っているのを感じ取っていた。ジェスタはかなり強くなっているが、それ
でもミューレを簡単に落とせるほどではない、とフィーナは思っている。模擬戦闘ではフィーナのほうが完全
に勝っているが、それはあくまでも模擬戦闘だから、だ。真剣にやりあった場合、勝負がどう転ぶかはさすが
にわからない。
なので、若干の不安はあったが、基本的には心配は要らないだろう、と思っていた。が、フィーナは突如。
頭の中でミューレの意識がはじけるのを感じた。
「ミューレ!?」
反射的に叫ぶフィーナ。機体をひねり、そちらを向く。一瞬動きが止まった、その瞬間。放たれた敵のビー
ムをかわしきれずに、脚部に被弾。右足を失ってしまった。その敵機は調子に乗ってこちらに攻撃を仕掛けて
きたが、
「調子に乗るな!」
と、叫んで怒りに任せて機体を動かしたフィーナの一撃で、そのジャベリンは瞬時に撃破される。それを一
瞥しながら、周囲の敵を捌いてフィーナはミューレのリグシャッコーを探す。
「ミューレ! どうしたの! 返事をしなさい!」
無線を開いて叫ぶフィーナ。そのフィーナ機に随伴するサフィーのリグシャッコーが
『フィーナ! ミューレが!』
「わかってる! だから呼びかけてるのよ!」
焦った様子で語りかけてきたサフィーに、ヒステリックに叫び返しながらフィーナは敵の攻撃を回避しつつ
必死に呼びかける。しかし、ミューレからの返事は来ない。それで焦るフィーナに、遠距離から更なる攻撃が
くる。
そちらに目を向けると、敵の援軍だ。それも、数機のビクトリータイプがいる。それらはいずれも実戦慣れ
した強敵ばかりだ。それが、こちらに向けて連携しながら攻撃を仕掛けてくる。
フィーナは焦った。先ほどのミューレの意識が途切れる感覚に、返ってこない返事。それが彼女から冷静さ
を奪っていく。そんなリグシャッコーを、すばやく動くビクトリーたちが包囲し始めた。まずい、このままじ
ゃやられる。
『フィーナ! このままだと!』
焦るサフィーの声。それを耳にして、フィーナは決断した。心の中で「ごめん、ミューレ!」と叫ぶ。そし
て彼女はのどが張り裂けんとばかりに、叫んだ。
「サフィー! 引くよ!」
『! わ、わかったわ』
血を吐く思いで叫んだフィーナの決断に、サフィーは従う。二人とも奥歯を砕けよとばかりにかみ締めなが
ら、撤退を開始した。それにミューレ機は続かない。そのことに二人はそろって落胆。気のせいではなかった
のか、と。
そして、二人は先行して撤退を開始していたジュリアンのコンティオカスタムを発見。とりあえず、そちら
に近づいていった。位置的にはフィーナらよりジュリアンのほうがミューレには近い位置にいた。ならば、ミ
ューレがどうなったのかを知っているかもしれない。
「中尉。申し訳ありませんが、エメラルド准尉がどうなったのかご存知ありませんか?」
『なんだ、小娘。ふん。あの役立たずのことか? 目くらましの役目も果たせんで、何がニュータイプか。お
かげで白い奴をしとめ損ねたわ。ええい、忌々しい』
と、はき捨てるジュリアン。その言葉に怪訝な様子になるフィーナ。めくらましとはどういうことだ? し
かし、セカンドVをしとめ損ねたことで不機嫌になっているジュリアンからは、これ以上まともな話が出来そ
うにない、と判断したフィーナはとりあえずコンティオカスタムから離れる。そしてサフィーのリグシャッコ
ーに近づいていった。
『どうだった?』
「ダメ。まともに話は出来そうにないよ。……でも、変なことを言ってた。めくらましがどうこうって。もしかしたら」
そう言って、フィーナは刺すような眼差しをジュリアンのコンティオカスタムに向ける。一瞬今思った疑問
が事実なら。到底許せるものではない。なので、フィーナはこっそりとサフィーに語りかけた。
「後で、あの機体のログを調べてみるよ。いやな感じがする」
『フィーナ。まさかあなた』
「あんなふうにいかれた奴だからね……何したって不思議じゃないよ」
口の中がからからになった状態でそうつぶやくフィーナ。その目は、怒りに染まっていた。
*****
両腕を失ったセカンドVに、一機のヘキサが近づいてくる。肩に緑の翼を象ったマークと、それに付随する
指揮官のマーク。ライアンのヘキサだ。ヘキサが機体を接触させて、接触回線を開いた。
『無事か、ジェスタ』
「はい。俺は。でも、マジクさんが」
『やられたのか。……ここまで来て戦死するとは、ついてない奴だ』
苦渋の声でそういうライアン。長い付き合いの部下が死んだのだ。つらいだろう。そう思いつつ、ジェスタ
は肩を落とした。そのジェスタに、ライアンは語りかける。
『いつもの奴らか?』
ジェスタの事情を知るからか、少し声が硬い。それにジェスタは苦笑しながら
「いえ。違います。なんだかカニの鋏をつけた機体でした。……パイロットが、何か。とても……」
そこまで言って、言葉を止める。あのパイロットがこちらに向けていた強烈な感情。それを思い出したのだ。
アレは、怖かった。単純に、自分を殺そうとしているからではない。それに、自身が共感しそうで怖かったの
だ。そこまで考えて、ジェスタは気づいた。あの敵が自分に向けていた感情。意思の方向性。それは
「復讐……」
『何?』
「いえ、何でもありません」
聞き返してきたライアンに、ジェスタはそう答えた。が、ジェスタはすでに確信していた。あのパイロット
は、おそらく。自分に対して深い憎しみを持っていたのだ、と。それは、あたりであって外れの答えだった。
あのパイロット。ジュリアンは確かに自分を落とした「白いモビルスーツ」に深い憎しみを持っている。そし
て、かつてジュリアン機を撃墜したのは、ジェスタだった。
だが、ジュリアンが憎むのはあくまでも「白いモビルスーツ」であり、そこにジェスタというパイロット個
人はない。だから、ジェスタの考えは正解半分、外れ半分であった。
ジェスタは軽く首を振ってため息をついた。憎しみ、復讐。そんなものに取り付かれて正気を失う。あのパ
イロットは下手をすれば自分のたどっていた道かもしれない。そう思うと、ぞっとするどころの騒ぎではない。
フィーナがあの時。自分に対して失望を感じたのも無理はないな、と思った。
そしてジェスタは機体を反転させ、帰還コースを取ろうとした。が、その瞬間。モニターの片隅に漂うある
ものを発見した。頭部と片腕。そして胸部をえぐられた、リグシャッコーだった。それを目の当たりにしたと
たん、ジェスタは機体をそちらに向けていた。
『おい、ジェスタ』
コースを外れたジェスタに、ライアンがそう声をかけておってくる。ジェスタはその声には答えず、大破し
たリグシャッコーに近づいていった。そしてそのそばまでたどり着いたのはいいが、両腕を喪失したセカンド
Vではそのリグシャッコーに近づくことはできてもとめることは出来ない。それを見たライアンが、ため息を
ついて
『確かセカンドVはビクトリーのハンガーを使えたな?』
「え、ええ。そう聞いていますが」
『ならば、使ってみろ』
そう言って、ライアンはヘキサからトップリムを分離させた。それを、ジェスタは自機に装着させる。ジェ
スタはコンソールパネルを確認した。どうやら活動に支障はないらしい。戦闘をするには機体の強度にかなり
の不安はあるが、作業程度ならば問題はない。
「ありがとうございます」
『何。たいしたことではない。……ところでジェスタ。その機体は』
「ええ。例の三機のうちの一機ですよ。でも、フィーナではないようです」
いいながらジェスタは漂流するリグシャッコーの機体を固定すると、コックピットをスライドさせた。そし
てヘルメットのバイザーを閉じるとコックピットから外に出て、リグシャッコーのコックピットに向かう。
「ひどいな、これは」
思わずそうつぶやく。頭部と右腕が吹き飛んでおり、胸部の上の装甲も焼け爛れている。そのせいでコック
ピットの一部が熱で変形している。生きている可能性は、あまり高くないかもしれない。そう思ってジェスタ
は少し胸に痛みを感じた。しかし、それを忘れてリグシャッコーの機体を調べた。コックピットハッチの側面
の装甲にハッチの開閉スイッチを発見。それを操作した。
コックピットハッチは、上部装甲が一部解け崩れているためぎこちない動きをしながらも、それでも何とか
途中まで開いた。が、それ以上は開かない。それを見てジェスタは眉をひそめると、仕方がないのでセカンド
Vに戻り、コックピットのキャノピーを開いたまま機体を操作した。セカンドVのマニピュレーターを使って
閉ざされたハッチに手をかけ、それをこじ開ける。真空でなければ装甲が変形し、崩れる音が聞こえただろう
が、無声映画のような雰囲気でリグシャッコーの装甲がこじ開けられる。完全にハッチが開いたのを確認して
から、ジェスタは再度リグシャッコーのコックピットに向かう。
そして、人が出入りするのに十分な広さになったハッチからジェスタはコックピット内に侵入した。球状の
コックピットの内部は思ったよりも損傷は少ない。そのことを確認してから、シートでぐったりとしているパ
イロットスーツ姿の少女を発見した。
その小柄な姿に驚く。フィーナも小柄な少女だったが、この少女はそれに輪をかけて小柄だ。そんな少女が
戦場に出る現実に胸を痛めつつ、その少女。ミューレに近づいていき、生死を確かめる。手をミューレのヘル
メットに当て、それを自分のヘルメットと接触させた。そして、接触回線で音を聞く。
かすかではあるが、相手のヘルメットから呼吸の音が聞こえてきた。生きている。そのことに安堵しつつ、
ジェスタは胸をなでおろした。そして、コックピットシートの脇の計器を操作し、ミューレの体を固定するエ
アベルトを解除し、その体を開放する。拘束を解かれ、ふわり、と浮いたミューレの体をジェスタは抱きとめ
ると、そのままコックピットを後にした。
『生きているのか?』
機体から外に出ると同時に、ライアンが無線で語りかけてきた。それにジェスタは
「ええ。どうやら攻撃を受けた際に気を失っていたようです」
そう答えて、ジェスタはミューレをつれてコックピットに戻る。ビクトリータイプのコックピットは狭いが、
幸いミューレは小柄なので問題はないようだった。そしてジェスタはコックピットのキャノピーを閉じて収納
すると、隣で待っていたライアン機に出発する旨を告げるとハンガーを離脱させてそれをライアンに返却する
と、ボトムファイター形態に機体を変形させてエアへの帰還コースを取った。
モビルスーツデータ
ZMT-S14S-A2 コンティオカスタム
頭頂高 16.1m 本体重量 11.2t 全備重量 22.1t ジェネレーター出力 6280kw
武装 胸部三連メガ粒子砲・ビームシールド×2・ビームサーベル×2・ヴァリアブルメガビームランチャー
ビームショットクロー(各々両肩に装備可能)・ハードポイント×2
このZMT-S14S-A2通称コンティオカスタムはその名のとおり、コンティオのカスタムタイプのモビルスーツで
ある。ジェネレーターを換装し、その上でコンデンサーや固定武装の威力の引き上げ。および構造を若干見直
すことでエネルギーのロスをカットしたものである。それにより、若干の出力の向上でありながら威力の高い
固定武装を運用できるようになったのである。にもかかわらず、この機体はベースとなったコンティオと変わ
らない運動性、機動力を確保しており、非常に優れたモビルスーツとなっている。
コンティオカスタムの固定武装であるビームショットクローとヴァリアブルメガビームランチャーはそれぞ
れ換装可能で、どちらかの装備を両肩に装備することも可能である。この、ヴァリアブルメガビームランチャ
ーはかつてサナリィによって開発されたF91が装備していたV.S.B.R(可変速ビームライフル)の流れを組む固
定武装でモビルスーツ単体で運用する固定武装としてはかなり強力な武器で、結果としてコンティオカスタム
はこの時代でもトップクラスの攻撃力を持つモビルスーツに仕上がった。
なお、この機体はザンスカール戦争末期に実戦投入されたZMT-S34Sリグコンティオの開発のためのテストベ
ッドとなった機体で、位置づけとしては武装テスト機ということになっている。それゆえにリグコンティオと
同様の武装を施されているのであるが、実際にはかなり違った機体である。
その最大の違いは、この機体がある程度開発が進められた時点でニュータイプ研究所に引き渡され、サイコ
ミュ搭載型モビルスーツとしての改装を受けたことがあげられるだろう。リグコンティオにはない、このサイ
コミュを搭載したコンティオカスタムは、スペックデータでこそリグコンティに劣るものの、サイコミュを駆
動できるパイロットが乗り込めば通常以上にショットクローを使いこなせる上に、サイコミュによる認識力の
拡大。放射したサイコウェーブの効果で敵の位置を把握したりすることで使いこなせれば一機当千の機体とな
りうるものだった。
事実、実戦に投入されたコンティオカスタムは苦もなくビクトリータイプを撃破していたこともあり、パイ
ロットには若干の問題はあってもコンティオタイプのモビルスーツとサイコミュの組み合わせが実に優れてい
たことを証明することとなった。
ZM-S21G ブルッケング
頭頂高 14.1m 本体重量 13.9t 全備重量 25.1t ジェネレーター出力 5570kw
武装 ビームサーベル×2・アインラッド・ビームシールド×2(アインラッドに機能あり)
ハードポイント×2
このモビルスーツもゲドラフと同じく、地球クリーン作戦に伴ってモトラッド艦隊用に開発されたモビルス
ーツである。その最大の特徴は、通常のアインラッドが支援用のサポートユニットであるのに対し、この機体
のアインラッドが機体の一部であることがあげられるだろう。これは、アインラッドの開発中に、機体と分離
した際、単独のアインラッドがたやすく撃破される可能性や、敵に奪取されることを考えて、機体の一部にア
インラッドを提案し、完成したのがこの機体である。ただし、単独で運用されるアインラッドに比べ、この機
体のアインラッドはずいぶんと小型で、攻撃力、防御力ともに通常のアインラッドに劣る結果となってしまっ
た上に、アインラッドを展開していない状態ではビームシールドも使えない始末となった。故に、この機体は
アインラッドにこだわるあまりモビルスーツとしての機能に障害を持ついびつな機体となってしまったのであ
る。ある意味、本末転倒な機体であるといえる。
なお、この機体の開発ナンバーから考えて、この機体がゲドラフよりも先に完成したことは確かである。ア
インラッドの運用に特化したゲドラフよりも先に、アインラッド装備のこの機体がロールアウトした理由につ
いては不明瞭な点が多いが、おそらくはアインラッドの開発と並行してこの機体の開発を進めていたからであ
ろう。故に、完成したアインラッドに合わせて開発したゲドラフよりも先に、この機体が完成したものと思わ
れる。
ZM-A30S ビルケナウ
全長 22.3m 本体重量 25.9t 全備重量 45.3t ジェネレーター出力 5960kw×2
武装 メガ粒子砲×2・メガマシンキャノン×2・クローアーム×4・触角型ビームサーベル
ハードポイント×6
ビルケナウは戦場における指揮管制を行いながら戦闘を行うために開発された大型モビルアーマーである。
その設計思想は、ZM-A05Gリカールに通じるものがあるが、こちらの機体のほうは接近戦も考慮に入れている
ため、より強力になっているといえるだろう。
基本的に、長距離の敵に対してはメガ粒子砲で戦い、接近してからはメガマシンキャノンやクローアーム。
そして触角型ビームサーベルで戦う、という形になるものの、主な戦術はその機動力を利用しての一撃離脱戦
法がメインになるであるとされていた。元は指揮のためにある高度な索敵、通信機能がそれを可能とするわけ
だが、結局のところ設計思想で言えば一年戦争当時のMA-05ビグロやMA-6ヴァル・ヴァロと同じであるため、そ
れらの機体がどういう末路をたどったかを考えればこの機体がどれほど機能を発揮したのかはかなり疑問視さ
れている。
なお、この機体は実戦に投入される直前、ラステオで起こった事故によってラステオごと失われているため、
その真価を発揮できなかったとされている。それゆえに、この機体が革命的な機体であるとか言われているの
だが、高機動、高性能化したこの時代のモビルスーツを前にして、ビルケナウが通用したとは思えない、とい
う意見も根強いのである。
代理人の感想
・・・・ガンダムって、何で人が死なないでは済まされないんでしょうねぇ(溜息)。
これが戦争だとはいえ、それが普通になるというのは時々やってられない気分になります。