機動戦士ガンダム0153 〜翡翠の翼〜
第九章 迷走
UC153 6月 12日 月軌道とサイド2の中間空域・タシロ艦隊
全滅したラステオ艦隊から何とか生き残り、後方で待機していたタシロ艦隊にたどり着いたラステオ艦隊の
モビルスーツ隊。その多くは損傷していたり大破寸前の状態になっていたりしたが、それでも生き残ったモビ
ルスーツたちは一縷の望みを持ってタシロ艦隊にたどり着き、そしてそこで艦に収容されることで何とか命を
つなぐことが出来た。
彼等は安堵したが、同時に複雑な心境でもあった。タシロ艦隊が後退するラステオ艦隊にあわせて前進し、
援護をしてくれれば自分たちはここまで大敗することはなかったのだ。それを思うと彼等は文句の一つもいい
たかっただろうが、出迎えてくれた友軍の兵たちは皆ラステオ艦隊の生き残りを歓迎し、労いの言葉をかけて
きた。そのときの彼らの様子に、彼ら自身。この現実に納得していないことを知り、とりあえず目の前の兵た
ちに文句を言うことをやめるのだった。
そんな損傷したラステオ艦隊の生き残りのモビルスーツに混じって、フィーナとサフィーのリグシャッコー
も先に戻ったコンティオカスタムから少し遅れて自分たちの母艦に戻った。二機のリグシャッコーがモビルス
ーツデッキに侵入しその場で機体を停止させる。フィーナ機は片足を損失しているのでうまくハンガーに固定
させ、修理待ちになる。サフィー機は細かい整備は必要だろうが大掛かりな修理は必要ではない。なので、と
りあえずはハンガーに固定するも、しばらくは放置されるだろう。真っ先に修理に取り掛かるのは、コンティ
オカスタムのはずだから。
艦の整備士たちは、戻ってきた機体を見て驚いた。まず、フィーナの機体が損傷していること。この艦のパ
イロットの中でも屈指の腕前を誇る彼女が被弾した、という事実が彼らにはにわかには信じられなかったのだ。
そしてもう一つ。三機編成が当たり前になっていたリグシャッコー。その一機が欠けていることに、驚きと同
時にいいきれないやるせなさ、悲しみを感じたのである。
三人娘はそろって人当たりがよく、愛想がいいため整備士や他のパイロット。それ以外のクルーたちにも受
けはよかった。それは、自分たちの仲間、というだけではなく、自分たちより年下の、かわいらしい少女とい
うことでマスコットガール的な見かたも受けていたのである。
そして、そのうちの一人が帰ってこない。それは、この艦のクルー全員にとってショックであった。自分た
ちより年若い、まだまだ大きな可能性を秘めた子供の未来を失ってしまったこと。それを実感させられたのは、
彼らにとってはとてもつらいことだった。ただでさえ、この艦隊にも補充人員として学徒兵が動員されている
のだ。ミューレの未帰還は、そんな若者たちの未来を暗示しているようでもあった。何しろ、一番若い身であ
りながら同時にトップクラスの腕前を誇るパイロットでもあるミューレ。その彼女が帰ってこなかったことは、
動員された学徒兵たちにとって強い恐れを感じさせるのに十分であることはいうまでもないだろう。
そして当然。常に一緒にいたミューレが自分たちの傍らにいない、ということで、フィーナとサフィーが一
番堪えているのは至極当然のことだった。特にフィーナは、自分たちが確実に生き残るために。感じ取れなく
なったミューレを見捨てて撤退することを決断したことが、自分がミューレを裏切ったような気になってひど
く気分が悪かったのである。
なので、リグシャッコーのコックピットから出ると、ミューレの未帰還という現実を前に、フィーナにどう
声をかけていいかわからない様子の整備士たちに「……後のこと、お願いします」と一声かけるとそのままモ
ビルスーツデッキを後にした。
思い切り大声でわめきたて、涙を流したい気分になっていたが、それを必死にこらえてフィーナはロッカー
ルームに向かった。その後に、同様に沈鬱な気分になってモビルスーツデッキを出てきたサフィーが続く。彼
女もまた、フィーナと同じに。ミューレを見捨てる形になってしまったことを激しく悔いていたのである。
二人は何も言葉を交わすことなくロッカールームに向かい、そこで着替えを始めようとする。が、そこでふ
と手を止めてしまった。三つ並びのロッカー。その真ん中。左右のロッカーの扉が開かれているも、真ん中は
開かれていない。そこは、ミューレの指定席だった。今も、この中には彼女が着ていた小さな軍服が納まって
いるはずだ。
フィーナはわずかに震える手を、そのロッカーに伸ばす。そして、そっとそれをあけた。中に、予想通り。
きれいに折りたたまれたミューレの軍服が、あった。視界がぼやける。いけない、と思うが、もう抑え切れな
かった。その服を掴み取り、フィーナはそれを抱き寄せて目から大粒の涙をぽろぽろとこぼし、
「ミューレぇー!」
と、大声を上げて泣いてしまった。それにつられて、サフィーもまた必死に歯を食いしばり、目を引き締め
ていたが、耐え切れずに目から涙をこぼしてしまう。この三年間。ずっと一緒にいた、半身のような少女。そ
のミューレが、今。自分たちの傍らにいない。この喪失感を今、二人は絶望とともに味わわされたのだ。激し
い、罪の意識とともに。
抑えきれない感情を二人はしばらくその場で吐き出し続け、気分が落ち着いてから、それでもまだ若干心の
中に残ったその苦しい思いを表情に残しながら二人は立ち上がり、ミューレの残していった衣服などを再度た
たみなおしてから無言で着替えを済ませた。
それがすむと真っ赤になった目をしながらロッカールームを後にする。それからこの艦のモビルスーツ隊の
戦隊長に今回の出撃の仔細を報告に向かった。その際にすれ違った多くのクルーたちは、すでにミューレの未
帰還を知っていたため落ち込んだ様子で泣き腫らした目をしている二人の少女を哀れみはするものの、どう声
をかけていいのかわからずに遠巻きにするだけだった。
「失礼します」
そう挨拶して二人はモビルスーツ戦隊長であるコザック・レヴァ大尉の執務室の戸をくぐった。彼は以前カ
イラスギリーのモビルスーツ戦隊長をしていたため、二人もずいぶんと長い付き合いとなる。なので、コザッ
クは一人欠け、二人になったフィーナとサフィーの姿を見て痛ましそうな顔になった。
「……話は聞いた。残念なことだったな」
「……はい」
コザックの言葉に、フィーナとサフィーはもろともに体をこわばらせた。その様子にため息を軽くついて、
やるせない顔になる。自分の半分ほどしか生きていない子供が、戦場で散ったのだ。これがやるせなくなくて
なんなのか。大人である自分たちが何もできていなかったことに、ひどく無力感と憤りを感じていた。しかも、
だ。彼はすでに上がっている報告を聞いているため、そのことで怒りも覚えているのである。
「大体の報告はすでに聞いている。モビルスーツの戦闘のログもな。だから、今私が諸君に伝えるべきことは、
つらいだろうが。エメラルド准尉の遺品の整理をしておいてくれ。君たちにしか出来ない仕事だからな」
「お言葉ですが、大尉。私はあの子が死んだとは思えません。ですので、遺品という言い方は……」
「だが、戻らないのは事実だ。荷物の整理くらいはしておいてくれ」
「了解しました。……同室ですから、手早く済ませておきます」
ぎり、と強く奥歯をかみ締めてからそう答えるフィーナ。絶対に死んだ、なんていうものか。認めるものか。
その顔は、そう言っていた。本音を言えば、今すぐにでもあそこに舞い戻ってミューレを探したいのだ。が、
それは不可能であろう。あの空域はすでに完全に敵の制圧下にある。なので、ミューレを探しにいくことは出
来ない。一縷の望みがあるとすれば、それは敵に拾われていることだが。そうなれば、結局会うことは出来な
いだろう。
そんなジレンマに苦しみながらも二人はとりあえずコザックに自室に戻ることを告げ、執務室を後にするべ
くきびすを返す。自動ドアが開き、そこから二人は部屋を出る。そんな時、
「そうか。しかし、敵にやられるのならばともかく……ソゥ中尉はあんなことをしでかす男ではなかったのだがな」
と、コザックは苦虫を噛み潰す顔でそう言った。その言葉はとても小さな声だったが、二人の耳にはしっか
りと届いた。それはどういうことか。聞こうと振り向こうとしたが、それ以前に自動ドアが閉じて二人は聞く
機会を逸した。いまさらどういうことか聞こうとしても、おそらくはうまくはぐらかされるだろう。
だからフィーナは険しい顔をするとサフィーのほうに向き直り、
「サフィー。あたしにちょっと考えがあるんだ。協力してくれないかな」
「奇遇ね。私も同じことをあなたに言おうとしていたの。……是が非にでも、協力させてもらうわ」
フィーナの言葉に、サフィーもまた厳しい表情のままそう答えた。そして二人は大きく頷くと若干早足でその場を後にした。
UC153 6月 12日 月軌道とサイド2の中間空域・地球連邦軍、リガ・ミリティア連合艦隊
ラステオ艦隊を撃退することに成功した連合艦隊はその勢いのままに突き進むことはせずに、一度足を止め。
正面のタシロ艦隊から一度距離をとってから消耗した戦力の建て直しを行った。幸いにも、艦の受けた損害は
ほとんどなく、せいぜいが小破どまりで一隻も撃沈はされていない。
しかし、モビルスーツ隊はそうはいかなかった。多くの機体が破損し、撃墜もされている。それによる消耗
は馬鹿には出来ず、足を止めざるを得なかったのだ。現在、損傷した機体の応急修理などを行いながらも、月
からやってくる輸送隊の補充物資を受領したりして補給作業に追われていた。そのため、帰還してきたパイロ
ットたちはともかく、それ以外のクルーたちに休む暇などは与えられない。いや、パイロットの一部にも、休
む暇は与えられない。補給で足を止めている間、敵が攻撃を仕掛けてきたら厄介なので、哨戒活動はやめるこ
とはないし、戦場跡で取り残された両軍の生き残りの回収なども行われることになるのである。
そんな、一度の会戦の後始末と、続く戦いへの準備に追われる目の回りそうな時間の中。ハルシオン隊の巡
洋艦、エアは一つの騒動に追われていた。その主役は、損傷したセカンドVが連れ帰ってきたベスパの捕虜。
ミューレであった。
彼女は艦に収容されたときも未だに意識を失ったままであり、コックピットからジェスタがパイロットスー
ツ姿の少女を連れて出てきたときすでに帰還していたパイロットや、収容作業を行っていた整備士。デッキク
ルーたちはその姿を見て驚いたものだった。
そして、ジェスタが彼女の素性を。これまで散々苦しめてきた、三機編成のあの敵の一人である、と言った
とたん、エアのパイロットたちは絶句した。彼等は皆、あの三機の恐ろしさを。強さを熟知している。一人一
人の技量がすさまじく、こちらの動きを読んでいるかのような動きをし、さらに。信じられないほどにスムー
ズに連携をする敵。ハルシオン隊にとって、まさに死神とも言うべき敵が、こんなに小さな少女であったこと
に誰もが驚きを隠しきれなかった。
その場のクルーたちが言葉を失っている中、ジェスタは複雑な顔をしながらミューレを医務室に連れて行っ
た。捕虜の扱いは国際条約にのっとって相手の尊厳を守らなければならない。意識を失っていたり、怪我をし
ているのならばその手当てをするのは義務なのである。すでに半分軍に所属する形になっているハルシオン隊
は相手が正規軍のパイロットなのならば仇敵であろうとも丁重に扱う必要があるのである。
ジェスタがミューレを医務室に連れて行くのを見送ったパイロット諸氏は皆例外なく複雑な顔をしていた。
特に、一番煮え湯を飲まされてきたアンの表情は硬い。
「どうした」
そんな様子のアンを目にしたライアンがそう声をかける。アンはライアンの言葉に顔を上げると、
「いえ。あれだけの強さを持つ敵が、あんな子供だったのかと思うと」
それ以上は言葉にしづらいのか、大きくため息をつき、やるせない顔つきになる。正直、アンとしては多く
の部下の命を奪ってきたあの三機の機体のパイロット、ということではらわたが煮えくり返る思いであった。
気分でいえば、捕虜にせずにそのまま宇宙に放り出してしまえ、といいたくもなる。
しかし、それがあんな子供であるのならば、そんな気分も抑えがちになってしまう。憎い気持ちと憤りは変
わらない。が、それと同時にあんな子供が戦場に出る、ということに深い哀れみも感じるのだ。そして、そん
な子供にしてやられてきたという現実に、むなしさも感じる。必死になって戦ってきた。命を削る思いで。精
神を疲弊させて。そうして、今この場所にいるのだ。なのに、あの少女はあの幼さで自分と同じ場所にいる。
それがどうしうようもなくむなしさを感じさせた。
「リーンホースの坊やもそうですが。ニュータイプ、という奴なんでしょうね。異常すぎる……」
「否定はせんがな」
直面した現実に耐え切れない、という様子のアンにライアンは渋い顔をして答えた。ジェスタからあの三機
のパイロットが少女であることは事前に聞いていたとはいえ、現実にその事実を目の当たりにしたらやはりラ
イアンとしてもきついものがある。それは、リーンホースのV2のパイロットのニュータイプといわれる少年
パイロット。ウッソ・エヴィンについてもいえることだった。戦闘記録を見せてもらったが、その戦果のみな
らず、戦い方なども一線を隔する腕前なのだ。聞くところによるとウッソ少年は専門的な訓練を受けていない
とも耳にしていることもあり、専門家として戦ってきた自分たちからすれば、「才能」という言葉だけで語り
きれない理不尽ささえ感じる。
「私は。ジェスタでさえ若すぎると思ってたんですけどね」
「俺もそうだ。あいつがリガ・ミリティアの門戸を叩き、パイロットの訓練を受けて腕を上げていくのを見て
驚いたものだったが。……現実とは、恐ろしいな。我々の想像をはるかに上回る」
疲れたように首を振って、ライアンはそう言った。その言葉にアンもまた苦笑。その姿を見て、ライアンは
アンの肩に手を置いて
「疲れているようだな、しばらく休んでいろ。このまま折れてしまっては、大人が始末をつけねばならん戦争
という現実を、本当に子供に押し付けかねんだろう」
「そうですね、隊長。……疲れているようなので、休ませていただきます」
アンはそう、力ない笑みを浮かべるとそのまま去っていった。それを見送ったライアンは踵を返す。目指す
は医務室。意識がない捕虜とはいえ、あくまでも敵のパイロットなのだ。警戒は必要だし、意識を取り戻した
ら形だけではあるが尋問も必要となるだろう。(情報などは期待できないので、姓名、所属する部隊などとい
った個人情報を聞くことだけに終わるだろう)
深い闇に落ちており混濁として形を失っていた意識が、絡みつく海草から逃れて水のそこから浮き上がるよ
うに、唐突にだんだんと形を持ってくる。それとともに断絶していた感覚がよみがえってきた。自分の全身の
神経が、自分の肉体があることを伝える。瞼越しに、目に白い光が入ってくることも伝わってくる。鼓膜を揺
らす音は、何かの機械の駆動音だろうか。鼻をくすぐるこの匂いは、好きになれそうにない消毒液のにおいだ。
そんなことを思いながら、はっきりと形を取り戻し、完全に自我を取り戻した意識が覚醒していくのを、ミューレは感じていた。
「ん……」
と、自意識とは無関係に覚醒した意識が肉体を確認する作業であるかのように、大きく息をついたとき。声
帯を刺激してそんな声を上げる。そして、それがきっかけとなってミューレは完全に意識を取り戻した。そし
て、閉ざされていた瞼が開き、グリーンの目が真正面に見える発光素子製のライトの輝きを捕らえた。
「ここは……?」
意識を取り戻したものの、今ひとつ頭の働きがよくないミューレはそうつぶやくと同時に、色々と思い出し
た。確か、自分はモビルスーツに乗って戦っていたはず。目の前のビクトリーと切り結んでいて、そして突然。
背後からメガ粒子砲が迫ってきた。
そこまで思い出して、ミューレは自分が撃墜されたのだと気づいた。それと同時に、どうして生きているの
だろうか、と不思議に思う。機体に衝撃が走り、サイコミュのデータの逆流で意識に過負荷がかかり、まるで
ブレーカーが落ちるように意識を失ったのだが。
「ここはリガ・ミリティアの巡洋艦。エアの医務室だよ」
そう、隣から声が聞こえた。その声にミューレは首をめぐらせてそちらに目を向けると、そこに白いパイロ
ットスーツ姿の少年の姿があった。こうして顔を見るのは初めての相手だが、ミューレには彼がジェスタとい
う名の少年である、と理解できた。フィーナがただならぬ関心を示した、リガ・ミリティアの少年パイロット。
「く……」
それを思い出すと同時に、体の端々に走る鈍痛と頭痛に耐えながら、ミューレは体を起こした。サイコミュ
によるダメージは未だに抜け切っていないらしい。もうしばらくすればよくもなるだろうが、今はまだひどい
船酔いにかかったように体の調子は最悪のようだ。サイコミュ酔いは、以前にかかったことがあるのでミュー
レはこのことに関しては心配はしていない。気分はひどいが、命には別状はないのだから。
だが、そんなことよりも重要なのは、今。ここにリガ・ミリティアのパイロットがいる、ということだ。
「あんた。確かジェスタとかいう……」
頭痛と吐き気をこらえながらミューレはそんなことを口走った。それに、ジェスタは驚きに目を見開く。ま
さか、名前を呼ばれるとは思ってもみなかったのだ。しかし、すぐにフィーナから自分の名前を聞いているの
だと思い当たる。
「ああ。そうだけど。よくわかったな」
「……フィーナをたらしこんだすけこましだからどんな奴かと思ったけど。あんまりぱっとしないね?」
なんかとんでもなく冷たい眼差しで気分の悪そうなミューレはジェスタをまじまじと見た後、そういい捨て
た。それを聞いてジェスタは顔を若干引きつらせた。自分自身、そりゃ美形だ、と言い張るようなナルシスト
になった覚えはないが、初対面の少女に「ぱっとしない」と言い切られる筋合いはない。
「あのな、君。いきなり」
「ああ、ボクの名前。ミューレ・エメラルド。正直君に名前で呼ばれるのはやな感じだけど、姓で呼ばれるの
はもっと嫌いだから、特別に名前で呼ぶことを許してあげるよ」
「あ、ああ」
なんだかひたすらに敵意をむき出しにしてくるミューレにジェスタは困り果てる。そのやり取りをみていた
医者が呆れた目で見ているのが、ジェスタとしては少々つらいものがある。そこに、自動ドアが開いてライア
ンが姿を現した。
「ほう。捕虜が目を覚ましたのか。ん? どうしたジェスタ。何か困っているようだが?」
医務室に姿を現したライアンは目を覚ましているミューレに一度目を向けてから、ついでジェスタを見た。
そしてジェスタが妙に困っている様子を見て不思議そうにする。そしてジェスタはライアンの登場に安堵した
様子になる。敵意をむき出しにしまくってくるミューレの相手は、ちょっとしたくないのだ。
「ええと。なんか知らないんですけど、いきなり……」
「嫌われているようだが。まあ、敵対していたんだ。当然だろう」
「いえ。なんか」
「こいつはすけこましだから、嫌いなだけだよ、おじさん。フィーナをたぶらかしてさ。さいてー」
ライアンにそういいながらも、ミューレは冷たい目をジェスタに向ける。それを聞きながら、ライアンはひ
そかにおじさんといわれたことにショックを受けつつ
「ジェスタがすけこましか。この奥手の小僧がそう呼ばれるとは夢にも思わなかったが」
「奥手の小僧……」
「そう? 初対面の女の子をたぶらかしたくせに?」
と、言い張るミューレ。彼女にとっては、ジェスタはフィーナをたぶらかしたろくでなしに見えるのであろ
う。その険悪な様子に戸惑うことしか出来ないジェスタの様子を見て、ライアンは少し考えてみて、
「ジェスタ。お前がいるとどうもこの子はまともに話が出来そうにない。少し席をはずせ」
「……わかりました」
ライアンの言葉になにやら疲れ果てた様子でジェスタは肩を落として医務室を出て行った。その様子を見る
ライアンとミューレと、医者。ライアンはとりあえず
「体の調子はどうだ。意識を失っていたんだろう?」
その言葉はミューレとともに、医師に告げた言葉でもある。ミューレはそのライアンの言葉に、ジェスタが
出て行った扉から目を放して、
「気分は最悪だけど体に支障はないよ。ただのサイコミュ酔いだから」
「サイコミュ酔い?」
「機体からのデータのフィードバックデータのせいで頭に負荷がかかりすぎることを言うの。今回は、急にダ
メージを受けたせいでサイコミュからボクの脳に転送されるデータが破損してそのせいで意識を失ったみたい。
普通のバイオ・コンピューターだけならフィルターで負荷がかからない程度にデータを制限してくれるんだけ
ど、サイコミュを併用してるとそこまでうまく出来なくなるの」
ダメージを受けた瞬間の、ぐちゃぐちゃなイメージを思い出しながら言うミューレ。そのせいでまた気分が
悪くなった。褐色の肌でもはっきりとわかるくらい、顔色が悪くなる。
そのミューレの顔を見て納得顔をするライアン。確かに、バイオ・コンピューターを使っているときでも不
慣れな人間だとバイオ・センサーを通じて脳内に転送されてくるさまざまなデータを受けて気分を悪くするも
のもいる。無論、バイオ・コンピューターはこちらの脳波を読み取り、情報の負荷を測定し、直ぐにパイロッ
トに負荷を与えない程度の情報に制限を加えるシステムが備わっているが、それでも機体が唐突にダメージを
受けたときなど、一瞬ダメージのせいでノイズデータが脳に転送されることがある。おそらく、ミューレの言
う「サイコミュ酔い」とはそれと同じののなのだろう、と当たりをつけたのである。
「脳波検診はしてみましたし、MRIの検査も一応しておきました。脳神経組織への損傷はないようですよ」
医師がライアンのほうを見て手元のディスプレイに目を落としながらそう言った。そこには先ほど、ミュー
レが運び込まれた直後にジェスタの助けを借りて行った簡単な脳の検診結果が記されている。意識がないこと
から、酸素欠乏症の危険性を憂慮してのことだ。
医師の説明を聞き、ライアンは頷く。そんな二人の様子を見て、ミューレは少し不安な様子になった。気分
的に落ち着き、周囲を見られるようになったため、状況を理解し始めたのである。先ほどは目の前にいたジェ
スタを攻撃することでハイテンションになっていたが、それが過ぎ去れば孤独であることを認識させられたの
である。ここが連邦の艦ならば、当然。フィーナもサフィーもおらず、一人なのだから。
「あの……ボクは、どうなるんでしょう。えと。処刑、かな?」
そう言ったミューレの脳裏に、かつて見たギロチンの光景がよみがえる。捉えられたリガ・ミリティアのパ
イロットは、処刑されるところだった。まあ、リガ・ミリティアは正規軍ではなくゲリラ。ザンスカールから
みればテロリストも同然なのでこの処置は少々やりすぎの観はあっても、国際法上問題はないのだが、
「我々はすでに軍属であり、君は正規軍のパイロットだ。国際条約にのっとって、丁重に扱わせてもらう。安
心したまえ。虐待もしないし、処刑もせん。ギロチンを使うザンスカールと同じにはしないでもらいたいな」
と、若干厳しい表情で言うライアン。ザンスカールはギロチンをほとんどパフォーマンスとして使っていた
ため、正規軍の捕虜さえもギロチンにかける、ということをしていた。これは当然、国際法違反である。その
あたりを暗喩していってみたのだが、あいにくミューレは国際法についての知識は疎かった。
とはいえ、ギロチンを引き合いに出されてミューレは肩を落とした。あのときの光景は、嫌だった。普通の
人たちが一瞬にして悪鬼と化した、あの光景は。その様子を見て、ライアンは意外に思う。この少女はギロチ
ン、という単語に明らかに嫌悪と恐怖を見せたのである。
「ところで捕虜として扱う前に、君の姓名と階級。所属部隊名を教えていただきたいものだな。ああ、私の名
はライアン・クルスト。リガ・ミリティアの戦隊、ハルシオン隊の隊長をしている」
「ミューレ・エメラルド。階級は准尉。タシロ艦隊所属の戦艦ルノーのモビルスーツ小隊ガーネット隊のパイロットです」
本当はガーネット隊ではなく、すでにソゥ隊となっているが、彼女の中ではジュリアンが隊長ではなく、フ
ィーナが隊長なのである。少なくとも、あんな狂人を上司としては認めたくない。
ライアンはミューレの言葉に少し驚いた。この少女が准尉。つまり士官であるとは思わなかったのだ。が、
正規軍であれば、正規の訓練を経たパイロットが士官であるのは当然である。ジェスタの話によると、三人の
少女たちは正規ではないが、それと同等以上のカリキュラムの訓練を経ているとのことなので正式に軍のパイ
ロットとなったのならば士官となっていてもおかしくはないだろう。
「そうか。エメラルド准尉。これから君を、わが艦の捕虜として扱う。今は体調の問題で動くことは出来んよ
うだが、体調を持ち直したら申し訳ないが独房に連れて行くことになるだろう」
そういいながらライアンはミューレの姿を見て、少し困った顔をした。正確に言えば、その体格を見て、だ。
ミューレの体は他の同年代の少女と比較しても小柄なほうである。なので、
「……パイロットスーツをずっと、というわけにもいかんからな」
着替えの問題である。パイロットスーツは耐G機能をも備えた高機能のスーツであるが、結局のところ宇宙
服である。戦闘時は着る事はあっても、それ以外のときに着るわけにはいかない。日常生活を送るにはあまり
にも不適合なので、彼女が着るための着替えが必須なのだが。あいにく、ここのクルーのほとんどは大人であ
る。
「着替え、ないんですか?」
「共有で使うつなぎは大人用しかない。君の体格ならば、一番小さなものも使えん。仕方がない。アリスに頼
んでみるか」
ライアンは軽くため息をつきながらそう言って、それからミューレに「体調が落ち着くまでここで休んでい
るといい」といい残すと、その場を去ろうとした。ミューレはそんなライアンを見送って、扉が開きライアン
が外に出た瞬間、中を覗き込んだジェスタと目があった。そのとたん、ミューレの目つきが険悪になり、ジェ
スタがぎょっとした顔になる。そんな姿も、すぐにドアが閉じたので見えなくなる。それで、ミューレは深く
息をつくとベッドに寝そべった。サイコミュ酔いもあるが、それ以上に敵の中で一人虜囚になっている、とい
う事実がミューレの気分を最悪のものとしていた。
「……二人とも、心配してるだろうな」
ポツリと呟く。周り中に敵がいたあの状態だ。おそらく、自分が撤退できなかったからといって、探したり
待ったりする余裕はなかっただろう。おそらく、二人ともそのことで自分を責めているだろうが、(ミューレ
が逆の立場なら間違いなく自責の念に駆られるだろう)ミューレは二人を責める気にはなれない。
「でも、どうしてあの時……」
と、不思議に思うミューレ。あの時ミューレはセカンドVと切り結んでいた。その上で、背後から撃たれた
印象があった。接近戦をしているモビルスーツに対して射撃する。それは、友軍の機体を巻き込むことなので
タブーとされていることだ。なのに、それが行われた。正気のものならしない行動。だが、そうでないものならば
「そっか。ボクは、あいつに撃たれたんだね」
そう言ってあのいかれた上官を思い出す。詳しいプロフィールは知らないが、精神的な問題が露呈したこと
からニュータイプ研究所に。いや、軍の心理学研究施設に収納されたらしいあの男。狂気に染まったあいつな
ら、目の前の敵を。白いモビルスーツを落とすために味方ごと撃っても不思議ではない。何しろ、演習で友軍
機を本気で撃破したのだから。武装は模擬戦仕様であったにもかかわらず、格闘戦でゾロアットを血祭りに上
げたあの姿は、今思い出してもぞっとする。
そんな不愉快な記憶を思い出しながら、ミューレは目をつぶった。まだ、頭痛と吐き気。そして体全体に感
じる体が重く感じる症状は収まる気配がない。そのことに苦しみながらも、ミューレはひとまず眠りにつくこ
とにした。
UC153 6月 12日 月軌道とサイド2の中間空域・タシロ艦隊
コザックの執務室を後にしたフィーナとサフィーは一度自室に戻り、言われたとおりにミューレの荷物を整
理した後、その荷物の少なさに少しむなしさを感じつつも部屋を後にした。そして目指すはモビルスーツデッ
キ。先のコザックがこぼした一言と、撤退時にジュリアンが漏らした言葉。その内容を確かめるべく、である。
資料を当たれればよかったのだが、あいにく。彼女たちに作戦事後の資料などを閲覧する資格はない。なの
で、多少強引な手を使ってその記録を調べることにしたのである。その内容とは、モビルスーツに残った戦闘
のログを調べることだ。二人はコンティオカスタムに残された戦闘ログを調べ、ミューレの身に何がおきたの
かを調べることにした。
二人はモビルスーツデッキに向かうが、連れ立ってはいかなかった。サフィーが先にモビルスーツデッキに
向かい、様子を伺う。モビルスーツデッキはすでに空気が充填されており、損傷したフィーナのリグシャッコ
ーとジュリアンのコンティオカスタムの修理を優先して行っている。特に、ショットクローとヴァリアブルメ
ガビームランチャーの双方を喪失したコンティオカスタムのほうを優先しているようだ。それをみてサフィー
は眉をひそめる。
「これではフィーナが取り付くのが難しいわね」
そう、口の中だけで呟きながら、注意深く周りを見る。作業している人の配置、動き。そう言ったものを観
察し、しばらく考えてからサフィーは決断。呼吸を整えてから、意識を集中させてエアロックの向こう側にい
るフィーナに合図を送った。そして、それと同時にサフィーは地面を蹴って移動を開始。コンティオカスタム
のほうに流れていった。そのついでにちらりと視線をエアロックのほうに向けると、フィーナが遅れて姿を現
し、こちらを見て軽く手を振ってから、壁際に移動を開始していた。
それを確認してから、サフィーはコンティオカスタムに取り付いている整備士の一人に。コックピット周辺
にいる若い整備士の下にたどり着くと、声をかける。
「すみません。少し話があるんですが」
「ん? ああ、君は確か、ニュータイプ部隊の」
そう、その若い整備士はいって少し顔を曇らせる。帰ってこなかったもう一人のことを思い出したのだろう。
その顔を見て、サフィーも少し表情に陰りを見せた。これは演技ではなく、素の反応である。それを見たその
整備士は少し焦った。年下の少女を悲しませるのは、やはり不本意なのだろう。
「そ、それでなんなんだい?」
「あ、はい。実は私のリグシャッコーのことでいろいろと」
「あの機体かい?」
言って、頭をめぐらせる。そちらの方角に、ハンガーに固定されたままのリグシャッコーがある。表面上は
傷もほとんどないため、整備は後回しにされているのだ。そちらにサフィーも目を向けて、頷いてみせる。そ
の隙に、フィーナは目立たないように壁沿いに天井近くまで移動している。
「はい。結構酷使してますし、サイコミュとバランサー。後制御系との兼ね合いのセッティングでちょっと相
談に乗っていただけたら、と思いまして」
「そ、そうか」
サイコミュ、ということばに若干引くその整備士。サイコミュのセッティングなどはかなり専門的な技術、
知識が必要なため、この艦の誰もがそれをいじれるわけではない。なので、彼は少し困ってから「ちょっと待
ってくれ」というと、座り込んだ姿勢のコンティオカスタムの首の後ろに回りこみ、前倒しにしている頭部の、
首の付け根の部分に顔をのぞかせるとそこに声をかけた。すると返事が返ってきて、しばらくして別の技師が
姿を現した。どうやらコンティオカスタムのサイコミュ関係の調整を行っていたようだ。
「サイコミュのセッティングについて話だって?」
「はい。あの機体もかなり使い込んでますし、その。仲間がああいうことになって。色々と不安も大きくなっ
てますから。そんなことなんかが影響して誤作動を起こしたり、サイコミュ酔いとかしないかって」
「ああ……サイコミュは精神状態に左右されるからな。わかったよ。話を聞こうか」
ミューレのことを話題にしたこともあり、その技師はサフィーの言葉に耳を貸した。その事実に、若干申し
訳ないと思いながらも、サフィーはその技師を連れて自分のリグシャッコーに向かう。そして、そのついでに
フィーナの動きを伺った。
コックピット周辺に人の姿がなくなったのを見計らい、ワイヤーガンを使ってフィーナはすばやくコンティ
オカスタムのコックピットに乗り込む。そしてシートにつくなりサイドパネルをいじり、メニュー画面を呼び
出した。タッチパネルで表示を切り替え、戦闘ログを呼び出す。すると、すぐに詳細データが表示された。そ
れをみてげんなりするフィーナ。データを詳細に呼び出すと、推進剤の使い方一つ一つについても表示される
ため、膨大なデータが呼び出されることになるのである。
「こんなに多いとやってらんないわね」
呟いて、条件を絞り込む。戦闘に突入し、そして離脱するまでの時間に。それも、離脱する直前の戦闘デー
タ。それを条件にフィーナは戦闘データを呼び出し、内容を確認した。そして、その結果に愕然とする。
「……まさか、本気でこんなことをしていたなんて」
かすれた声でそんなことを呟くフィーナ。戦闘ログによると、この機体はIFFで味方の。しかも、己の所属
する小隊の機体に向けて射撃したことを示している。火器管制システムは、その際。パイロットに警告表示を
出しているというのに、まったくためらった様子もない。それをみて。フィーナは強く奥歯をかみ締めた。
「許せない」
憤りに顔を歪ませ、フィーナはこぶしを強く握り締めた。心の中に黒い気持ちが強く湧き上がる。それは、
憎悪だ。己の狂気に任せて味方を。自分の家族を撃った男に対する。湧き上がる憎悪を抑えきれなくなってき
た、そのときだった。突然、コックピット内に低い駆動音がなる。それに驚くフィーナ。別に、機体を起動さ
せたつもりはない。ロックされていることは確認したし、モードもメンテナンス中になっているため、それを
切り替えない限りは起動することはありえないはずだ。
が、コンティオカスタムは反応した。そして、反応した機体の制御系。中枢が目を覚ます。サイコミュが起
動したのだ。それが、フィーナの意識にコンタクトを取る。その感触にフィーナは愕然とした。サイコミュは、
それを扱うものにあわせてセッティングされる。故に、同じニュータイプであっても、設定を変えない限りは
ろくに駆動するものではない。にもかかわらず、この機体のサイコミュは起動した。そして、フィーナをパイ
ロットとして認識。意識を接続した。その結果。
「な、何よ。これ。……いや……嫌よ。こんなのは。やめなさい!」
そうとっさに叫ぶフィーナ。機体のサイコミュがフィーナの意識を撫で回す感触。そして、それだけではな
くフィーナの心の中に、先ほど湧き上がってきた強い衝動を。憎悪を刺激するのだ。結果として強く闘争心が
湧き上がってくる。その感覚に、フィーナは恐怖した。外部から強制的に憎悪を同調され、強化される感覚は、
フィーナの精神への陵辱に他ならない。
だからフィーナは強く嫌悪する。それがさらにフィーナの黒い感情を強化し、コンティオカスタムは起動状
態になる。それに気づいたフィーナはこのままだとまずいと悟り、とっさにシートを蹴ってコックピットから
脱出した。その際、強引にサイコミュとの接続を断ち切ったため、若干頭痛を感じた。軽いサイコミュ酔いだ。
しかし、今のフィーナはそんなことを気にしている余裕はない。それよりも今の感覚が。サイコミュの起動な
どについての疑問が浮上した。
しかし、そのことを追求する前に、起動状態になったコンティオカスタムのコックピットから飛び出してき
たフィーナの姿は、すでに多くの技師や整備士に見つかっている。周りを見ると、皆驚いた顔でこちらを見て
いた。まずいな。と、思ったときにはもう遅い。すでに、フィーナのもとに何人かが向かってきている。間違
いなくつかまって、ペナルティを与えられる。そのことにフィーナは覚悟を決め、ため息をついた。
UC153 6月 13日 月軌道とサイド2の中間空域・地球連邦軍、リガ・ミリティア連合艦隊
ラステオ艦隊との決着をつけた連合艦隊は戦力の建て直しに思いのほか時間を取られる。それは当然のこと
だ。一艦隊に過ぎないとはいっても、ベスパの戦力は、連邦に比べると量では劣っても質で言えば確実に上を
行くのだから。開戦当時のモビルスーツの性能でも、連邦軍の主力はベスパの主力モビルスーツ。ゾロアット
に及ばなかったのだ。にもかかわらず、現在ではベスパはゾロアット以外にも高性能な新型モビルスーツを多
数実用化し、実戦投入している。なので勝利を収めたとはいえ、その損害は馬鹿にはならなかったのである。
その上で、次に戦う相手はタシロ・ヴァゴの艦隊である。パイロット上がりで、艦隊運用については付け焼
刃の能力しか持っていなかったピピニーデンとは違い、旧アメリア時代から国防軍に所属していたタシロは艦
隊の指揮については定評がある相手だ。単純な戦力でいっても、ラステオ艦隊より上。それから考えると念入
りに準備しなければならないのも当然であろう。
警戒態勢をとりながらも、にらみ合いを続ける二つの艦隊。ある程度距離があるため、いきなり戦いになる、
ということはないがそれでも気を抜くことは出来ない。特に、タシロ艦隊にはリーンホースが遭遇した、長距
離キャノンを持ったモビルスーツが存在しているのだ。今はそれも動いていないようだが、下手をすれば戦艦
の射程距離を上回るほどの遠距離から、必殺の一撃を放ってくる可能性もある。それを考えて、哨戒は念入り
に行われている。
サブフライトシステムを併用したビクトリーとガンブラスター。そして、それに随伴するセカンドVが哨戒
を終えてエアに帰還したのは時間的に言えば、13日の明け方に近かった。機体をハンガーに固定し、コックピ
ットから出る。
ジェスタはヘルメットをはずすと大きく息をついて、背後にセカンドVを振り返った。メガ・ビームキャノ
ンを装備したセカンドV。鈴の音を鳴らす機体に対抗するために、V2やセカンドVはこのような大型火器を
装備させられているのだが、軽快な運動性を重視するモビルスーツという兵器に、やはりこのようなウェイト
は不必要だと思わされる。
だが、戦術上あの機体に対抗するためにはやはりこのような装備も必要なのだろう、と思う。リーンホース
が提供したあの敵機のデータを見て、全員が顔を青くしたものだ。成層圏から地上をピンポイントで狙い撃つ
機体。大気圏内でメガ粒子砲は直進することはないのだ。空気の濃度、イオン。温度差。そう言った要因で放
出されたメガ粒子は微妙に軌道を変えることになる。にもかかわらず、成層圏上層部から地上という距離。直
線距離で言えばおよそ五十kmという距離で、全長五百m程度のリーンホースを狙撃する。それがどれほどの離れ
業なのか、少しでも知識のあるものならば想像できるものだ。そして、宇宙ではどれだけの遠距離砲撃を可能
とするのか、想像もつかない。
「まったく、とんでもない話だな」
うんざりしながらジェスタはモビルスーツデッキを後にした。たった一機のモビルスーツに脅えなければな
らないのは実に情けない話である。
ジェスタはさっさとロッカールームで作業着のつなぎに着替えると、自室に戻ろうとして一度足を止める。
そして少し考えてから、医務室に向かった。まだ、ミューレが医務室から独房に移動したという話は聞いてい
ない。
医務室の前まで来ると、そこに銃を持った歩哨が立っていた。顔見知りの青年である。その姿を見て、やは
りまだ医務室にミューレがいるのだと思った。
「捕虜はまだ中か?」
「ああ。体調はもうかなりいいらしいから、もうすぐ独房に移送するけどね」
そう軽く言葉を交わして、医務室に入る旨を告げる。そのことに、彼はあまりいい顔をしなかったが、止め
る理由もないので素直に道を明け渡した。ま、ジェスタとしては少し疲れているのでそのあたりのいい薬でも
あれば処方してもらおうという目的もあったのだが。
ドアが開き、医務室に入るジェスタ。そして室内を見回して、診断を受けている最中のミューレの姿を見つ
ける。彼女がすでに着替えていて、上がシャツに。下がハーフパンツになっているのを見て
「ああ。着替えたのか。その服は、アリスのものかい?」
「何。またあんたなの? ひょっとしてボクに気があるとか言わないだろうね」
「そんなはずはないさ。自分で連れてきた捕虜だからね、少し気になるだけだ」
「ふうん」
ジェスタの言葉に、相変わらず棘のある視線を返すミューレ。それを居心地悪そうにスルーしながら、ジェ
スタは医師に目を向けて
「彼女の調子はどうです?」
「もうずいぶんとよくなっているな。移送してもいいだろう」
その言葉に、ミューレはいやそうな顔をする。当然だろう。これから連れて行かれるのは、独房だ。居心地
がいいはずもない。きちんと設備は整っているのだが。
「それにしても君も疲れているようだな」
「そりゃ哨戒に駆り出されてますからね。疲れますよ」
肩をすくめてそう語るジェスタ。そんなジェスタを見ながらミューレは
「ダメージ受けた機体をすぐに駆り出すなんて人使いが荒いんだね」
「セカンドVはハンガーを交換するだけで戦列に復帰できるんだよ。それに、あんなキャノン付の機体とやり
あうならそれなりに火力がいるからな。仕方がないんだよ」
「キャノン付? ふぅん。TYPE-29。実用化されたんだ。でも、あんな癖のある機体。ボク以外に使い手がい
たんだね」
ジェスタの言葉を聞いて、ミューレはかつてニュータイプ研究所でシミュレーションデータで使ったモビル
スーツのことを思い出した。あのころは試作機の建造すら行われていなかったようだが、すでに実戦に投入さ
れているらしい。
「TYPE-29? なんだ、それは」
「ニタ研が一枚噛んでるモビルスーツでしょ。火器管制にサイコミュつかった長距離狙撃型モビルスーツ。ボ
クがニタ研にいたころはサイコミュによる火器管制のオペレーションシステムが未完成だったみたいだけど」
つまらなさそうに言うミューレ。自分たちが行わされたモビルスーツのシミュレーション。それらが、自分
たちが乗ったゾロアットから回収したサイコミュのデータをもとに作り上げ、さらにシミュレーションを繰り
返すことで完成させたのだということはわかった。結局、自分たちがただの実験動物であった、ということだ。
今、こうして機密に抵触する情報を口にしているのは、そのことに関する意趣返し、と言う感覚もある。事情
が分からないジェスタはただ単にミューレが機密情報を話し出したので面食らっているようだが。そんなこと
を教えてやる義理はない、と思いつつ、ミューレは意地の悪い視線をジェスタに向けていた。
「サイコミュによる火器管制か。それでどれくらいの射程なんだろうな」
「さあ? ボクが使ったら二、三百キロ先からでもモビルスーツくらい狙撃できるだろうけど」
そっけなく言うミューレの言葉にジェスタは絶句した。普通、モビルスーツのセンサーは最大で二十キロ弱
である。しかし、それはあくまでもセンサー半径の話で、火器管制と組み合わせて射撃を行えば、その距離は
長くても半分程度になる。戦闘濃度のミノフスキー粒子下、という環境は、それだけ目がききにくいのである。
いや。よしんば目が利いたとしても、それほどの距離が離れた位置にいる、ほんの十数m程度の的をピンポイ
ントで狙撃することが果たして可能だろうか、と思うジェスタ。狙撃というのはきわめて難しい技術だ。それ
は、訓練期間中に生身で実際のライフルで狙撃の練習をしたこともあるジェスタはよく知っている。ほんのミ
リ単位での銃口のブレが、数キロ先ではずいぶんな誤差となる。それが、数十、数百キロ先となるとどんなに
優秀な狙撃用オペレーションプログラムを搭載していても難しいことになるだろう。
それを、この少女はやって見せる、と断言したのだ。そしてそれは嘘ではないだろう。現実に、逃げるセカ
ンドVを狙撃したり、センサー範囲外からピンポイントの狙撃をなしえたこともあるのだから。それも、おそ
らくは彼女の言うTYPE-29のようなサイコミュによるオペレーションなしで、だ。
それを考えて、ジェスタは鳥肌が立った。もし、例のキャノンつきの機体にこの少女が乗って、超長距離か
ら一方的に艦隊を狙撃されていたら? いや、実際に、今現在例の機体に乗っているパイロットは、彼女に近
しいセンスをもってその機体を駆っているのだ。それを思うと、いつ。どこから。狙われるかわからないとい
う恐怖に取り付かれそうになる。
「とんでもない話だな。ったく。あの挟みつきといい、何でベスパはこう厄介なモビルスーツばかり」
そうぼやいたとたん、ミューレは非常にいやな顔をした。挟み付き。つまりは、ジュリアンのコンティオカ
スタムのことだ。思い出すだけでも不愉快な男。そんな顔をしているミューレを見て、ジェスタは彼女が自分
を撃ったのがその機体である事を知っているのか? と思った。ミューレは不機嫌な顔のままジェスタのほう
にちらりと目を向け、ジェスタがなんともいいがたい顔をしているのに気づくと、
「なに」
「あ、いや。その」
いいづらそうに目をそらしながら言うジェスタの様子を見て、ミューレは先ほど抱いた自分の疑惑。後ろか
ら撃ったのが、ジュリアンのコンティオカスタムであったことを確信した。だから、ふぅん、と納得の声を上
げて、
「ボクを撃ったのが、あのコンティオだっていいたかったの?」
「え? 気づいて、いたのか?」
「そりゃね。あの男ならそれくらい、やっても不思議じゃないからね。完全に狂ってるもん。模擬戦闘でゾロ
アットをぶっ壊してたし」
しかめっ面をしているミューレの言葉に絶句するジェスタ。模擬戦闘で友軍機を破壊する。たまに事故では
あることだ。加減速をミスして、機体同士が接触すれば。相対速度によってはモビルスーツが大破してパイロ
ットが命を失うこともある。しかし、今の言いようでは友軍機を故意に破壊した、というように受け取れる。
しかし、ジェスタは納得がいった。あのパイロットなら、それくらいのことはやってのけるだろう、と。そ
れくらいの狂気を、感じさせた。
「なぜ、そこまで?」
「さあ? ニタ研の女が連れてきたらしいんだけどね。詳しいプロフィールは知らないよ。元はかなりのエリ
ートだったらしいけど……なんか、一度落とされて豹変したらしいよ」
「落とされて、か」
ジェスタはそう言って難しい顔をする。乗っているモビルスーツが撃破される、というのは確かに一つの転
機になるだろう。特に、自尊心の高い人間にとっては。そして、脱出ポッドの中に閉じ込められればあるいは
人生観が変わってしまうこともあるかもしれない。以前、撃墜され。脱出ポッドで生き延びた経験があるジェ
スタはそう思った。
何か悩んでいる様子のジェスタを見て、ミューレは軽く息をついた。そして、
「ねえ、ボク。もう体に異常はないんだよね?」
「ああ。とりあえずここにいなければならないほどではないな。一応、鎮静剤とかは処方してもいいが」
「頭痛とかは大丈夫。食欲はあまりないけど……」
「そうか。なら、そろそろ君を移送したほうがいいかな」
そう言って、医師はインターフォンを手に取った。つないだ先と、一言二言話をする。そして、扉が開いて
ドアの前に立っていた歩哨が姿を現した。一度ブリッジに通信をつなぎ、そこから彼に連絡が行ったのである。
それをみて、ミューレは腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「じゃあ、先生。お世話になりました」
そう言って頭を下げるミューレ。それを見て、医師は少し驚いた。まさか、敵の捕虜に礼を言われるとは思
ってもみなかったのだ。だから彼は「いや、これも仕事だよ」と苦笑いするしかなかった。
そしてミューレが移送されることに気づいたジェスタが、それについていこうとしたときに、医師が一度ジ
ェスタを呼び止めた。ジェスタが不思議そうな顔をして振り向いたその顔めがけて、医師は軽く紙袋を流す。
ジェスタはそれを受け取り、中をのぞいた。
「疲れてるんだろ。それを飲んでしっかり休みな」
栄養剤を入れた紙袋を受け取ったジェスタは喜びに顔をほころばせて、「ありがとうございます」といって、
そのまま医務室を後にした。常駐していた客と、それ以外の客が去って医務室は急に静かになる。その空気を
彼はしばらくさびしく思いながら、
「あんな子供が戦場に出るのか」
と、ミューレのことを思い出しながらいった。話をしてみた印象からすると、あの娘はちょっと排他的なと
ころがあるが、基本的にはいい娘だと思う。しかし、それでもあの少女は戦場で出て、パイロットとして戦い、
多くの人を殺しているのだ。元々月で活動していたころからハルシオン隊のクルーとして活動していた彼から
すると、あの少女は多くの顔見知りのパイロットの命を奪った仇敵でもある。そう言った意味では、憎い相手
でもあるのだが。
「いやなもんだな、戦争なんて」
そうつぶやく。人が人の命を奪うことが、当たり前となること。それが、戦争だ。人が死ぬのは当たり前だ
が、人を殺す、ということが異常でなくなってしまうことの恐ろしさ。それを、あの少女を目の当たりにして
感じ取ったような気がする。だから、彼は早く戦争が終わればいい、と思った。
医務室を後にしたミューレは、前にいる銃を持った青年に案内されながら独房に向かった。その際、居住区
を移動することになるため何度かここのクルーたちの顔を見ることになる。そのほとんどは、自分に対して敵
意を向けている。ミューレはその、向けられる敵意に対して不安を感じる。
(ボクは、ここでは敵なんだね)
そう思う。その思考は、ミューレにこれまでの自分の立場。そして、ここにいる人たちの立場の違いという
ものを感じさせた。敵対するということ。戦うということ。それは、ただの状況ではなく、生身の人間同士の
殺し合いということだ。そこまで考えがいたって、ミューレはこれまで自分が「人殺し」をしてきたのだとい
まさらになって気づいた。
「……だから憎まれるんだね」
「なにがだ?」
ポツリ、と呟いた言葉に帰ってくる答えがあった。ぎょっとしてそちらに振り向くと、そこに紙袋を手に持
ったジェスタの姿が。とたん、ミューレは決まりの悪い表情になる。気分的にすごく落ち込んでいるときに、
「敵」にあったのだ。しかも、その姿を見られた。うれしいはずもなく、ミューレはぷい、と顔をそらしなが
ら
「何でついてくるの」
「ちょっと心配だったんだよ。みんな。特にパイロット連中はお前の事恨んでるからな」
「!」
ジェスタの言葉にミューレは顔をゆがめた。刹那、泣きそうな顔になる。今しがた考えていたこと。それを
見透かされたような、そんな気になったのだ。しかし、当のジェスタにそんなつもりはない。
「まあ、俺だってたくさんベスパのパイロットを殺してるから偉そうなことはいえないけどな」
前を向いてそういうジェスタ。その言葉に、ミューレは胸が苦しくなる。殺す、という言葉。言葉にしてみ
れば短い言葉だが、その内実は、重いものだ。これまで気づかなかったことだが、それに気づいてしまうと苦
しくなる。自分がいかに「戦争」という現実を直視していなかったのか。それを思い知らされた気がした。
そんな、苦悩に身を浸しているミューレの姿にジェスタは意外な気がした。この少女は精神的にもっと幼い
ように思えたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。失言だったかな、とふと思う。
気まずい沈黙に身を浸しながら独房に移動し続ける三人。そこに、
「あら? 何でこんなとこにジェスタがいるの」
と、正面のほうから目を丸くしたニケが流れてきた。今ジェスタらがいるのは、居住区の外れ。確かに普通
はこんなところをうろうろしているはずはないだろう。ならなぜニケがここにいるのか、というと、このルー
トはモビルスーツデッキから艦橋への裏道なのである。なので、モビルスーツデッキから直接艦橋に向かう場
合、ここを通るのだ。
ニケは握っていたグリップから手を放し、うまく着地して慣性を殺す。それが結果的に三人の前に立ちはだ
かることになり、三人そろってその場で足を止めることになった。歩哨の青年はいやそうな顔をする。ニケが
いやなのではなく、この仕事があまりうれしくないのだろう。
「あら? ああ、この子が例の捕虜? ふうん。十五って聞いてるけど、もっと幼く見えるわね。東洋系でもないのに」
ニケは脅えた様子になっているミューレに近づいて、そう語りかける。以前ミューレを目にしたのは、コッ
クピットから出てきた姿だった。そのときはパイロットスーツにヘルメットを身に着けていたため、あまりそ
の姿を確認できなかったのである。
「こら、ジェスタ。散々てこずらされた敵だってのはわかるけど、いじめたらダメでしょうに。すっかりしょ
ぼくれて。かわいい顔が台無しじゃない」
と、ニケはジェスタに向けて軽くしかるように言う。それにジェスタは情けない顔で返した。いじめてたつ
もりはないが、さっきほど言った言葉で妙に落ち込んだ印象も受けるため、積極的に反論も出来ないのである。
「俺はそんなつもりはないんですけどね、ニケさん。でも、移動中に色々感じることがあったみたいで」
「ああ、そういうこと」
納得するニケ。今この艦の中で一番注目を集めているのは、捕虜になったミューレである。ならば、彼女が
医務室から独房に移送されるとなれば怨敵の顔を一目見てやろうとか思うものも多いだろう。事実、そうした
考えを持つものがミューレに敵意交じりの視線を送り、結果としてミューレの精神を磨耗させたのだから。
ニケは複雑な顔をしてミューレを見る。彼女はミューレを含む三人の少女たちがなぜ戦うのか。そのことを
ライアンから聞いている。正直、哀れな少女たちだと思う。はっきりとした足場がなく、帰るところもない。
なので、虚像にすがり自分をごまかして、状況に流されて戦うしかなかったのだから。なので、他の者のよう
に「ベスパのパイロット」という理由で嫌悪したり、憎んだりは出来ない。無論、顔見知りのパイロットたち
を死に追いやった、ということについては看過できることではないのだが。
「まあ、戦争だからね。この子だけが悪いってわけじゃないんだけど」
「難しい問題ですよね」
はあ、とため息をつくジェスタ。それを見てニケは苦笑。そして、
「これ以上邪魔をしたら申し訳ないわね。何かトラブルでもあったらいけないから、早く行きなさいな」
いって、道を譲る。それを受けて三人は移動を再開。ここから一階層下がれば、そこが独房だ。そこを目指
して三人の姿が消えていく。それを見送ったニケはしばらく無言でその場でたたずんでから、落ち込んだ様子
のミューレの姿が、決して落とされたから。敵の中にいるから落ち込んでいるのではなく、向けられた敵意か
ら自分が戦場でしてきた「戦い」というものの本質を知り、苦しんでいるのだと直感した。
「いい子なんだね。だから、ああいうふうに戦ってしまえる、か」
そう一人ごちた。あの少女とさほど年が変わらず、まだ少年といってもいいジェスタも、彼女の目から見る
と「いい子」というふうに写る。リーンホースにいる知人の話によると、パイロットとして参戦している少年
たちはみな、まっすぐに前を向いて戦う意志の強い少年たちだという。
「あたしたち大人がもっとしっかりしないとね……」
そうつぶやくと、ニケは手に持っているファイルで頭を軽く叩き、気合を入れると艦橋に向けての移動を再開した。
モビルスーツデータ
ZMT-S29S ザンネック
頭頂高 19.4m 本体重量 16.7t 全備重量 38.2t ジェネレーター出力 5570kw×2
武装 胸部ミサイルラック・ビームサーベル×2・ビームシールド×2・ハードポイント×2
ザンネックキャノン
ベスパが開発したサイコミュ搭載型の長距離狙撃型モビルスーツ。
この機体の特徴といえば、当然携行している最大の武器、ザンネックキャノンである。これはこの機体の両
肩の粒子加速器を用いて生成したメガ粒子を放つ、というもので、その射程距離は成層圏から地上を狙い撃て
るほどのものである。厚い大気がある地球上で、これほどの長距離狙撃を行える、というのは尋常なことでは
なく、この機体がいかに破格であるかを物語っているといえるだろう。(大気内ではメガ粒子砲はすぐに冷却、
拡散するし荷電粒子砲という性質上、射線は安定しない)真空である宇宙空間では、その射程はさらに数倍以
上に伸びるため、数百キロにまで伸びるといわれている。これは、モビルスーツの母艦からの活動限界を超越
している距離であるため、アウトレンジから母艦を狙い撃つ、という戦術をとられた場合手出しのしようがない
という恐るべき存在であった。
しかし、この機体について真に語るべきはむしろ、そうした長距離狙撃を可能とする火器管制と連動してい
るサイコミュシステムにある。このシステムはパイロットにサイコミュを通じて超遠距離にいる敵の姿を認識
させ、正確な誘導による尋常ではない精密狙撃を可能とする支援プログラムを内包しているのである。このシ
ステムがなければ、ザンネックはただ強力なキャノンを持つだけの中距離支援型モビルスーツに終わっていた
だろう。
このように、ザンネックキャノンとそれを運用するためのサイコミュシステム。そして狙撃をサポートする
支援ソフトの三つの組み合わせによって凶悪な威力を発揮したザンネックだが、それを扱うことの出来るパイ
ロットは極めて少ない。というのも、ニュータイプならば、強化人間ならば誰でも扱える、というわけではな
く、遠距離の敵の姿を正確にイメージでき、その上でサイコミュと連動した火器管制の支援ソフトを受け入れ
ることが出来なければならず、それには独特のセンスを必要とすることになった。故に、実戦に投入されたザ
ンネックは一機のみで、扱うことが出来たパイロットも、事実上メインパイロットであったファラ・グリフォ
ンただ一人であったようである。
そして、この機体はモビルスーツというよりはもはやすでにモビルアーマーと呼んだ方がいい機体でもあり、
長距離キャノンでの一撃に特化しているためそれに出力を食われすぎたせいで機動力、運動性にかけるという
欠点があった。故に専用のサブフライトシステムとしてジェネレーター内蔵のザンネックベースと呼ばれる円
盤状のユニットが開発された。これは、下のほうにビームシールドを装備しており、かつ、その推力は単独で
成層圏から宇宙に離脱できるほどのものを誇っていた。これを利用して高速で移動しつつ、アウトレンジから
狙撃する、というのがこの機体の基本戦術であったが、乱戦状態に突入してなおこの機体を運用する、という
戦術ミスから、結果としてこの機体は撃破されることとなった。