UC153 6月 24日 地球 南アメリカ大陸上空 エンジェル・ハイロゥ崩壊空域

 ジェスタはセカンドVで飛行しながら周囲に目を向け、現在の状況を認識していた。先ほどから意味の分か
らないことばかりがおこっているが、この事態に少なくとも人の悪意が含まれているわけではないことは確か
だった。巨大なエンジェル・ハイロゥのリングが、光を放ちながら分離し。ブロックが浮遊している。その光
景はあまりにも巨大すぎて現実感にかけるが、目の前で起きていることはあくまでも現実だった。

「エンジェル・ハイロゥが分解している……壊れているわけじゃなくて、自ら分離しているのか?」

 ジェスタは難しい顔をしながらそう呟いた。もはや戦場は拡散しすぎている。特に、推進剤を使い果たした
機体は軒並み地上に降下しているし、艦に帰還したものも多い。が、それ以上にすでに戦いを放棄し、投降し
てる機体が多いのが事実である。そんなベスパの機体の多くは連邦軍の艦に収容されたり、地上に降りて武装
解除したりしていた。そんな状況を見て、すでに戦争は終結したに等しいと思う。

「だけど敵の中枢はまだ戦闘を放棄していない……」

 ジェスタは鋭い視線でいまだ戦闘を放棄する意思のない艦隊中枢の艦に目を向けた。独特の形状を持つ、地
球圏最大の戦艦。スクイード級戦艦、ダルマシアン。それを目にしてジェスタは冷たい表情になる。あそこに、
いる。フォンセ・カガチが。ぎり、と奥歯をかみ締めた。復讐は捨てた、といった。が、憎しみを忘れたわけ
ではない。

「メガ・ビームキャノンがあれば、ここからでも沈められたのに」

 悔しげにはき捨てるジェスタ。実際には、メガ・ビームキャノンは乱戦になると同時に放棄した。大気圏内
で、あのキャノンはあまりにも重すぎたし、空気抵抗が激しかったからだ。そして、スプレービームポッドも
すでにない。敵との接近戦闘で破壊されてしまった。今残っている追加装備は、もはや腰のVSBRのみ。これも
ビームライフルよりは強力な武器ながら、遠距離攻撃には不向きである。

『落ち着きなさい、ジェスタ。敵の大将を見て興奮するのは分かるけどね』

 そう言ってきたのは、同行するアン。いまや、ハルシオン隊でジェスタと行動を共にするのは彼女だけであ
る。敵との乱戦の最中、一人、また一人とはぐれてしまった。全員やられたわけではないが、心配である。

「え、ええ。そうですね。でも、手柄を立てるチャンス……なんだ!?」

 そうジェスタが呟いたとき、目の前を大きな塊が。リングスクラップが舞う。それを回避した二機が、リン
グスクラップの前に回りこんだとき。ダルマシアンに迫る影を見た。白い装甲が未だに残る戦艦。ジャンヌ・
ダルク。もはや以前の美しい姿が見る影もなくなっているが、それでもなおエンジンを稼働させ。まっすぐに
ダルマシアンに向かっている。

「ジャンヌ・ダルクが……」

 幽霊船のような様相を持つジャンヌ・ダルク。それがまっすぐにダルマシアンを目指す姿はまるで悪夢だ。
その光景にジェスタは我を忘れ、静かに見守る。一瞬だが、ジャンヌ・ダルクと重なる、ムバラク・スターン
とジン・ジャハナムの姿が見えたような気がした。

『エンジンコントロールで直接艦を引っ張ってるんだね。よくやるよ』

 同じ光景を見たアンが、そう答えた。ジェスタはそれに頷く。誰がかは知らないが、今アンが言った通り。
ジャンヌ・ダルク内で生き残った人が外の映像をカメラで引っ張ってきて、機関部から艦を操縦し、特攻する
つもりなのだ。

 ジェスタのセカンドVとアンのヘキサの前で、ジャンヌ・ダルクがついにダルマシアンの対空防御。主砲の
攻撃をかいくぐり、見事にダルマシアンの艦体に絡む。そしてダルマシアンのズガンが「何で絡んでくる!」
と怨嗟の声を上げた瞬間。かろうじて機能していたジャンヌ・ダルクのエンジンが火を噴いた。そして核爆発
を引き起こし、絡み付いていたダルマシアンを巻き込み。すべてが火の中に消失していった。

「……終わった、のか」

 すべてが炎の中に消えていき、その炎もまた消えていくのを見届けて唖然とし呟くジェスタ。あまりにもあ
っけない。自分が復讐するまでもなく、すべての決着がついたのだ。それはあまりにもあっさりとしすぎてい
た。実感がわかないくらいに。

「いや、カガチはまだ生きている」

 そう言って目の前にあるセンターブロックに目を向けるジェスタ。感じるのだ。カガチの意志が、まだそこ
にあることを。ダルマシアンから脱出して、そこに行ったのが。そちらに向けて、ビームライフルの銃口を向
けたジェスタだが、直ぐに気を取り直して銃口を下げた。

『ジェスタ?』

 その仕草に疑問を感じたアンが尋ねてきた。それにジェスタは苦笑しながら、

「やめろって言われました。自分たちが決着をつけるから、もういいって」

 アンはわけが分からない、という顔をしたが。ジェスタには聞こえた気がした。あれはおそらく、サイキッ
カーたちの意志なのだろう。そして、エンジェル・ハイロゥに残るマリア・ピァ・アーモニアの意志であろう。
それらが、居残ったカガチをきちんと連れて行くから。すべての憎しみから解き放たれなさい、と。

『そうか。もう、戦争も終わったみたいだしね。そろそろ引き上げようか』

 疲れたように。そして、同時に厄介な仕事を片付け終わってほっとしたように、アンはそう言った。まだ、
しつこく抵抗を続けるベスパの機体も残っているようだが、旗艦であるダルマシアンが沈んだことでもはやベ
スパに継戦能力はないと言ってもいい。なんといっても、切り札であるエンジェル・ハイロゥが完全に制御を
離れているのだから。現在、次々に降伏していっているベスパの生き残りたち。それがすべてになるまで、そ
う長い時間はかからないだろう。

 そう。もう、戦争は終わったのだ。それは、間違いない。ジェスタはそれを実感しながら、深くため息をつ
いた。そして、ふと。何かに呼ばれているような気がして、天を仰ぐ。

「……フィーナ? 俺を、呼んでいるのか?」

 小声で呟くジェスタ。頭に響くささやきのような、弱い声。それは自分をいざなう声だった。それに耳を傾
けていたジェスタは、どこか悲しげな目をして、

「そんな方法でしか、自分を見定められないのか、お前は」

 そう言って、ジェスタは目を伏せた。それからしばらくして目を開けて、

「分かったよ。なら、最後の最後まで付き合ってやるさ」

 苦笑しながらジェスタはコックピット内でヘルメットを脱いで、それを後ろに放り込むとアンのヘキサに通
信を開いた。

「アンさん。俺はリガ・ミリティアを離脱します」

『え?』

「今からするのは、あくまでも私闘なんです。なので、俺はもう、リガ・ミリティアじゃないんです」

 兵士としてではなく、人として。戦わなければならない今があるのだ。ジェスタはそう言ってセカンドVを
浮上させた。リングスクラップが舞う天をセカンドVが翔ぶ。その後を、少し迷ってからアンのヘキサも追っ
た。戦闘が終結しようとしている中、ジェスタが何をしようとしているのか。気になったからだ。それと、こ
のわけの分からない状況の中、一人で放り出されたくない、という気持ちもあった。

 周囲のリングスクラップが、その中のサイキッカーの一部をこぼしながらも空を舞い。そして動き回ってい
るのだ。この光景を前にして平常心でいられるのは相当肝が据わっている人間だけだろう。少なくとも、通常
の神経しか持たないアンはこの光景を気味が悪い、と受け取ったのだ。

 二機の機体が天を舞う中。あちこちに漂うリングスクラップが次々と結合していくのが目に映る。そして結
合したリングスクラップがそのまま勢いに任せて上昇していく。リングスクラップの巨体が一気に加速して上
昇していくその姿はもはや夢とかそういう言う話を通り越し、コミカルでさえある。

「なんなんだ、これは」

 コックピット内で顔をゆがめながらそう言ったアンは見た。上昇していくリングスクラップ。そのパーツ同
士の間隙に、モビルスーツや艦船がとらわれている姿が。そして、そんな機体を拘束しつつ、どんどんと浮上
していく。その姿をあっけにとられて見るアン。ぱっと見ただけなので詳しくは分からなかったが、空中で戦
闘を行っているほとんどの機体が捕らえられ。運ばれていっているようだった。

「私も気をつけないとな」

 いいながら、アンもまたリングスクラップに捕まらないように下に注意を向けながら機体を動かした。

「これは。サイキッカーたちが戦争を終わらせようというのか……?」

 ジェスタは宙を舞うリングスクラップたちが艦艇やモビルスーツを捕らえ、そのまま天へと連れ去る姿を見
ながらそう思った。はっきりと分かるわけではないが、これはサイキッカーが。キールームで祈るシャクティ
・カリンが戦場にいる人たちを、それぞれの帰るべきところに。待つ人々の下に連れ帰るためにこうしている
のだと思った。それを受けて、ジェスタは苦笑しながら、

「ごめん。まだ、俺は帰るわけには行かないんだ。母さんもミラルダも待っているのは分かってる。でも、こ
こで今。俺を待っている奴がいるから」

 そう答えて、ジェスタはフィーナを探した。いや、探すまでもなく、いるところはわかる。彼女は自分を待
っている。それが分かるのだ。なのでそちらに向けて移動している最中。

「! これは」

 唐突に、一つの意識がはじける感覚を覚えた。それは、フォンセ・カガチのもの。エンジェル・ハイロゥの
センターブロックにいたカガチは、エンジェル・ハイロゥに残されていて女王の思念が作り上げた彼女の幻影
に近づき。「お前を占い師からここまで育てた恩を忘れてこう仕向けたのか!」と叫んで銃撃したところでリ
ング・スクラップの一つがブリッジに直撃し、その衝撃で吹き飛ばされた大きな破片の直撃を受けて、その生
涯を終えたのだ。それはあるいは女王の仕返しであったのかもしれない。マリアという女性が真に望んでいた
のは、自らの生んだ愛娘と、手のかかるなかなか姉離れできない弟とで作り上げる、小さな幸せだったのだか
ら。それを、カガチの勝手な理想の巻き添えになり、全てを壊されてしまったことへの。

 そんな、カガチのあっけない死のイメージが、エンジェル・ハイロゥのサイコミュを通じてジェスタに伝わ
ってくる。それはあまりにもそっけないものだった。だが、人の死などそんなものなのかもしれない。弱い、
ちっぽけな命は。簡単に潰えるものなのだと、ジェスタはカガチの死から想起した。

「カガチが死んだのか……」

 ジェスタはポツリと呟いた。深く、憎んでいた男の死。普通に考えればもっと感慨深いはずだった。しかし、
それを感じ取ったにもかかわらず、不思議とジェスタは特に何も感じることはなかった。ただ、一人の男が死
んだ。その程度の認識に過ぎない。

 フォンセ・カガチ。

 己の願望のために作り上げたエンジェル・ハイロゥ。それの裏切りによって、すべての望みが潰え、その上
でその命まで失った男。自業自得といえばそれまでだが、彼自身も地球圏における人類に絶望し、新たな段階
に人を導こうとした男であった。

「頭でっかちな老人、か」

 なぜか浮かんだその言葉を呟く。絶望と理想の狭間で歪んだ願望に取り付かれた。その生き様は、確かに頭
でっかちというにふさわしいだろう。そう思い、ジェスタはカガチの存在を、忘れた。復讐は果たされること
なく終わった。が、それでいいと思う。自分の手で復讐を果たしていたら、きっと後悔はしなくても、心の中
にカガチの怨霊が住み着いていたような。そんな気がしたからだ。だから。

「行くぞ、フィーナ!」

 ジェスタはそう叫ぶと、一気に機体を加速させた。空中を舞うリング・スクラップを回避しながら一点を目
指す。そして、目指すところにたどり着かんとしたとき。ジェスタの耳に、歌に似た旋律が聞こえてきた。

「なんだ?」

 眉をひそめる。それが聞こえる方角は、フィーナがいる方角だ。一瞬、フィーナが歌っているのか? と思
ったが、直ぐに否定する。そしてジェスタは気を取り直してさらに機体を加速させようとした瞬間、機体をひ
ねらせる。直後、セカンドVのいた空間を高出力のビームが引き裂いた。

「ち!」

 舌打ちしながらジェスタはライフルを撃つ。が、その一撃はたやすく回避された。それを見ながらジェスタ
は機体をさらに飛翔させ、

「フィーナ!」

 と叫ぶ。それに対し、ジェスタの視点の先。夜明を迎えようとする、白み始めた空を舞う、二機の機体。そ
のうちの一機が、こちらに対して戦闘機動を取る。そのコックピット内でフィーナがヘルメットを脱ぎ捨てる。
その拍子にまとめた髪が解け、長い栗色の髪を背中に流して叫ぶ。

「ジェスタ! 本気で行くよ!」

 そして、二機の機体がその性能をフルに生かして戦闘に入った。その光景を、ゲンガオゾのコックピット内
のサフィーは静かな面持ちで見守る。が、すぐに彼女はその目を下に向けた。その目が捕らえるのは、ジェス
タのセカンドVに同行していたアンのヘキサ。

「邪魔をするつもりなら、容赦はしないわ」

 そう冷たく言い放つと、彼女は機体をヘキサに向ける。それを見たアンはジェスタの援護をしようとしてい
たが、この見慣れない機体が敵対行動を取ったと判断。

「この期に及んで新型とはね。いいじゃない。相手をしてやるよ!」

 そう叫ぶと、ライフルを構えてゲンガオゾに向けて突進していった。ライフルを撃ちながらゲンガオゾに突
撃する。が、ゲンガオゾはそれをシールドで防ぎながら、むしろヘキサを目指して突っ込んできた。こちらの
機体に比べれば大型の機体が、積極的に接近戦を仕掛けてくるのにアンは驚くも、

「いい度胸だ!」
 
 と叫びながらサーベルを引き抜く。一方でサフィーのほうも、ビームメイスを抜きながら目を細めて、

「接近戦を仕掛けてくるのね。好都合だわ」

 冷たく言った。ゲンガオゾの火力なら、中距離戦闘のほうが有利なはずなのである。が、そうなってしまう
とその火力ゆえに、確実にヘキサを落としてしまう。もはや戦争は終わっている。これは、あくまでも彼女た
ちの私闘なのでいまさら人を殺したくない、というのがサフィーの本音だった。だから彼女としては加減しや
すい接近戦等のほうが都合がよかったのだ。

 接近しあう二機。それが交錯する寸前、サフィーがゲンガオゾの五連マルチプルランチャーを撃つ。ただし、
出力は弱めに。アンのヘキサはそれをシールドで防ぐも、バランスが崩れた。そこにサフィーはゲンガオゾを
加速させた。接近し、ビームメイスの一撃を叩き込む。

 その一撃は、シールドで防がれた。が、サフィーはその一撃をあくまでもゲンガオゾのパワーでヘキサを押
す動作として使用。そのまま接触点を支点にして機体をすばやくヘキサの側面に回りこませた。当然、ヘキサ
もそれに対応すべく機体を回そうとした。が、それより先にサフィーは五連マルチプルランチャーを本体から
離脱させ、ヘキサにぶち当てた。

「何!?」

 ヘキサの胸部に五連マルチプルランチャーが直撃。機体が思い切り揺れ、その衝撃にアンは顔をゆがめる。
分離攻撃。ビクトリータイプの得意技を敵にされるとは思わなかった。

 動きが一瞬止まったヘキサ。そのヘキサにゲンガオゾはさらに近づくと、片腕を掴み取った。そして軽くヘ
キサにけりを食らわせながら、肘関節を逆手に極めながら背後に回りこむとビームメイスをヘキサの後部に押
し当てた。軽い爆発が、ヘキサの背中で起こる。

「何だ!? 何をしたんだ!?」

 思わず叫ぶアン。そのアンの声を聞いたサフィーは静かに言う。

「このまま地上に落ちなさい。命まではとりはしないわ」

「何のつもりだ!」

「あの二人の戦いの邪魔は誰にもさせない。だから、落ちなさい」

 そういうと、サフィーはヘキサのスラスターをすべて焼くとヘキサから離脱。五連マルチプルランチャーと
再度合体すると、思い切りその場で宙返りをして、ヘキサを地上に向けて蹴り落とした。

「う、あああぁぁぁ!」

 叫び声をあげながら地上に落下していくヘキサ。ミノフスキーフライトはあっても、流石にこの勢いで地面
に向けて落とされてはどうにもならない。アンは悔しげに頭上を見上げながら、アポジモーターを駆使して何
とか機体を制御し、サブスラスターを用いて減速して、

「あの女……くそ!」

 すでにゲンガオゾに近づくことも、見たことのない機体と一騎討ちに突入したジェスタの援護も出来ない自
分の無力さに歯噛みした。しかし、自分を落とした相手が殺意がなかったことに。そして、妙に悲しそうだっ
たことに苛立ちや憎しみよりも、むしろ哀れみを感じていた。

 落下していくヘキサ。そのヘキサに、近づく機体があった。それを見て、一瞬体をこわばらせるアンだった
が、その機体が二機ともビクトリーであることに安堵。それも、両機とも肩に緑色の翼のエンブレムを描いている。が、

「隊長のヘキサは分かるが、なぜジェスタのビクトリーが?」

 そう疑問に思った。ジェスタの機体は予備機としておかれていたはずで、ハルシオン隊にはパイロットのあ
まりはいなかったはずだ。そんな疑問を露知らず、ライアンのヘキサが近づいてきて、アンのヘキサを支えた。

『大丈夫か、アン』

「はい、隊長。無様をしました」

『責めはせんさ。もう戦闘は終結した。お前も地上に降りて、下に退避したクルーたちのもとに行ってくれ』

「下に退避? エアは沈んだのですか?」

『ああ。レオノラはどこに行ったのかわからん。だから、クルーたちのもとに行ってくれ。場所は直ぐに分か
るはずだ。他のやつらもいっているからな』

「了解しました。隊長は?」

『俺は、ニケに付き添ってジェスタの最後の戦いを見守りに行く。隊長としての最後の勤めだ。では、気をつ
けてな、アン』

「は」

 そう言葉を交わしあうと、ライアンのヘキサがアン機から離脱し、背を向けて、そこで待っていたビクトリ
ーとともに上昇していった。それを見送ってから、あのビクトリーのパイロットが誰なのかを聞くのを忘れて
いたことを思い出した。しかし、直ぐに首を振って、まあいいか、と思う。それからアンは機体のサブスラス
ターとミノフスキーフライトを駆使して機体高度を下げ、滑空してうまくリングスクラップを回避しながら地
表に降下していった。ライアンの言葉どおり、一箇所にガンブラスターやヘキサが集まっているのでエアのク
ルーたちがどこにいるのかは直ぐにわかった。

「私の戦争はこれで終わり、か。長かったような短かったような。変な気分ね」

 その言葉とともに天を仰ぐ。リングスクラップが、夜明の空を舞う。その姿はなぜか、天使の昇天に見えた。
その、天使たちが舞う空に。翼持つ巨人が駆ける。

「勝てよ、ジェスタ」
 
 最後にそういうと、アンはヘキサを地上に着陸させ、ハルシオン隊の生き残りとエアのクルーたちのいる場
所に向けて足をすすめさせた。


                     *****


 アンのビクトリーを地上に蹴落としたサフィーはそのヘキサに接触し、さらにこちらに向かってくる二機の
ビクトリータイプを目にして顔を険しくした。コンソールを操作し、とりあえずフィーナのディーヴァとジェ
スタのセカンドVがここから離れた空域に移動していることは確認したものの、その後を追い、露払いをした
い彼女としてはこちらに向かってくる二機のビクトリーは目障りだった。

「加減はしたいけれど」

 そう呟き、難しい顔をする。経験上、ビクトリータイプに乗るのはリガ・ミリティアのエース級パイロット
だ。それを二機同時に相手をして、加減できるかどうかはわからない。下手をすれば、こちらがやられること
さえ考えられる。なのでサフィーは気を引き締めてビームライフルを二機のビクトリー。その先頭にいる、角
つきの機体に向けた。

「……? この感覚、まさか」

 引き金を引こうとしたその瞬間、そのビクトリーからよく知る気配を感じた。なので、一瞬ためらう。その
とき、ビクトリーが動いた。手に持っていたライフルをハードポイントに接続して、両腕のマニピュレーター
で何かサインのようなものを送ってきた。それを眼にしたサフィーは目を見開いて、ゲンガオゾのビームライ
フルの銃口を下げ、左手を前に向けるとその指先のワイヤーガンを射出。ビクトリーとの間に接触回線を開い
た。

「ミューレ!? ミューレなのね!? そのビクトリーに乗っているのは!」

『……ああ、よかった。うまく通じたみたいだね、サフィー』

 向こうもそう弾んだ声で答えてきた。懐かしい声。聞かなかったのはほんの十日程度だが、それでもひどく
懐かしく感じた。思わず胸が詰まる。生きていることは聞いていても、こうして本人の声を聞くとまた感慨深
いものだった。

「どうしたの、ミューレ。ビクトリーなんかに乗って。リガ・ミリティアに鞍替えしたってふうには見えないけれど?」

『ああ。これはね、ボクのいた船が沈んじゃって。脱出のための足に使ってるんだ。結構いい機体だよ? ビ
クトリーって。これがジェスタのお古だってのが気に食わないけど』

 答えながら、コックピット内で頬を膨らませるミューレ。どうしてもミューレはジェスタのことが気に入ら
ないらしい。そのことに、サフィーはおかしくて笑いをこらえ切れなかった。押し殺した笑い声を聞きながら、
ミューレは不機嫌そうな顔になりつつビクトリーを操り、サフィーのゲンガオゾと並ばせた。その近くに、ラ
イアンのヘキサが滞空している。サフィーはそちらに目を向けながらも、敵対する意志がないことを見て取る
とそれだけでいい、と思い

「大変だったのね、ミューレ」

『そうだよ。死ぬかと思ったんだから。ね、おねーさん』

『そうね。本当に大変だったわ』

「あら? 同乗者がいるのね」

 ビクトリーから聞こえてきたもう一人の声に、サフィーは首をかしげた。少し、というか、かなり意外だっ
た。人当たりがよいミューレではあるが、その実。一人でいる場合、かなり人見知りが激しいこともある。特
に、敵の中に一人とらわれていたのだから、親しく話を出来る相手などが出来るとは思えなかったのだ。まあ、
普通捕虜になったものが親しい人間を作る、ということ自体ないだろうが。

『あ、このおねーさんは命の恩人なんだよ。で、そこのビクトリーの隊長さんの奥さんなんだって』

「そうなの」

 ちらり、とサフィーはライアンのヘキサに目を向けてそう言った。なるほど、と思う。自分の妻がミューレ
のビクトリーに同乗しているから、このヘキサはついてきたのか。と。それからサフィーは

「ねえ、ミューレ」

『分かってる。フィーナ。最後の大勝負に出たんでしょ? ボクも、それを見届けにきたんだ。だから、いこ。
フィーナがどんな選択をするのか。それを見たいんだ。それから、ジェスタがやるときにやれるやつなのか。
それも確かめたいしね』

「ミューレ?」

 ミューレの言葉に、サフィーは軽い衝撃を感じた。少し見ない間に、ミューレが精神的に成長しているよう
な、そんなふうに感じたのだ。それが、友人であり、姉代わりでもあったサフィーにしてみればうれしいよう
で少しさびしく感じる。しかし、すぐに笑顔になると、

「ええ。それじゃあ見届けましょうか。私たちの大切な友人で、家族のフィーナの選択を」

 サフィーはそう答え、ミューレのビクトリーとともに並んで、夜明けの空をメガ粒子の翼を開いて飛翔する
二機のモビルスーツの演舞を見届けるために、機体を進めた。


                     *****


「くっ!」

 ジェスタは急激なGに顔をゆがめながら。前方のディーヴァから撃ちだされたビームを機体に急旋回させな
がら回避させた。先ほどから、二機の機体は夜明けの空を、高速で飛翔しながらビームの撃ち合いに終始して
いた。ともにミノフスキードライブを装備した高機動型モビルスーツであり、ライフルと両腰にVSBRを装備し
た似た特性を持つ機体同士だ。戦いのレンジは結果として似たようなものになる。

 なので、両機は激しく空を舞いながらドッグファイトを演じることになる。それは、空気抵抗も利用しなが
らの急激な機動を行うため、めまぐるしく視界が変わる超高速戦闘だった。そんな中、ジェスタは常に頭に響
く奇妙な旋律と時折刹那的に訪れる眩暈に苦しんでいた。

(なんなんだ、これは!)

 それは、急激なGなどに襲われた瞬間、ほんの一瞬だけ薄まる集中力に的を絞ったように訪れる。そのせいで
一瞬反応が遅れ、危うくやられかけたこともあった。ただでさえ、不慣れな大気圏内の高機動戦闘に慣れるだ
けできついというのに、この奇妙な感覚は非常に厄介だった。

 そして一方のフィーナも、時折ジェスタのセカンドVの反応が妙に悪くなるのを感じ取っていた。いや、そ
れだけではない。元々フィーナはジェスタと感応している。だから、ジェスタが不調なのが直ぐに分かったの
だ。だから、つい攻撃をためらってしまう。本気でやりあっているのだが、どうにも納得がいかず、つい手を
抜いてしまうのだ。

 フィーナは機体を急旋回させて、急激なGを感じながらジェスタのセカンドVに照準を合わせ、VSBRを撃つ。
高速モードのビームは通常のビームライフルをメガ粒子をはるかに上回る速度で吐き出される。ジェスタはそ
れをシールドで弾いた。おかしい。ジェスタの腕なら、今の一撃。予測して回避できるはずだ。

 そのことに怪訝に思いながら、フィーナは事前に聞いていたこの機体の特性を思い出した。この機体に搭載
されているサイコミュは、ある種のサイコウェーブの放射を行うことが出来る。それは、エンジェル・ハイロ
ゥの研究の副産物であり、完成していればエンジェル・ハイロゥのサイコウェーブを増幅する子機となるはず
だったシステム。応用兵器として、敵パイロットに幻惑効果を及ぼし、認識力を低下させる効果を及ぼす。こ
れもシステムとしては未完成ながら、一応の効果は認められていたという。

 そのサイコウェーブの放射が行われているため、ジェスタはそれを受け。認識力が低下しているのだ。

「そうか。サイコウェーブの放射が行われているから」

 呟くと同時に、その指がコントロールシリンダーを操作した。そしてサイコミュの設定を呼び出し、サイコ
ウェーブの放射をストップさせた。手加減している、などと思われかねないが、フィーナとしてはこんな機能
の助けを借りたくはなかったのである。まあ、元々この機能は敵味方の識別ができないという欠陥があったの
でオフに出来る設定があったのだが。

「よし、これでハンデなしだからね。本気で行くよ!」

 そう鋭く叫ぶとフィーナの眼光が鷹のように鋭くなる。と、同時に機体の動きがさらに鋭くなる。ミノフス
キードライブが出力を上げ、機体を加速させたのだ。それと同時に、機体表面のセンサーから伝わる空気との
摩擦が少し煩わしく思える。機体の速度が音速近くまで跳ね上がったので、空気抵抗が半端ではないのだ。

 その速度域で機体を動かしながら、フィーナは機体を振り回した。はじめは空気抵抗と重力のせいで宇宙ほ
どに機体をうまく扱えなかったが、機体の優秀な戦闘プログラムと、フィーナのセンスは直ぐに大気圏内での
機体の使い方になれることが出来た。機体の四肢を使ったAMBACとアポジモーター。それに機体装甲を流れる大
気をエアブレーキとして利用することで、むしろ宇宙よりも機敏な運動性を獲得。速度そのものは遅くとも、
格闘戦能力は確実に宇宙のそれをしのいでいた。しかし、

「さすがね、ジェスタ。あっちももう慣れてる!」

 相手の動きを見ながらフィーナはそういう。サイコミュによる撹乱の影響を免れたとたん、ジェスタの動き
は急によくなった。フィーナとの戦い以前にも、戦場を駆け回って大気圏内の戦闘に慣れていたこともあり、
その動きは短期間で培ったものとは思えないくらいに、鋭く、大胆なものとなっている。それは大気圏内での
戦闘になれている熟練パイロットでさえ目を剥くほどだった。とはいえ、ミノフスキードライブを実装した実
戦型モビルスーツによる大気圏内におけるドッグファイトなど、V2以外はこの二機が初めて行うものなので
この戦闘がどれほどのレベルにあるものなのかは分からないだろうが。

 二機の機体は付いたり離れたりを繰り返しながら激しい戦闘を繰り返していた。その一騎討ちはすさまじい。
先史上、モビルスーツ同士の大気圏内におけるドッグファイトでも、これに匹敵するほどの勝負はいかほど行
われたのか。見るものすべてを見入らせるような、二機の空中戦はそれほどにすさまじかった。


                     *****


 少しはなれたところから二機の戦闘を見るサフィー、ミューレ、ニケ、ライアンはそれぞれにその戦闘を目
に焼き付けながら、言葉を失っていた。離れてビームを撃ちながら接近しあい、時にサーベルで斬りあって、
背部のミノフスキードライブユニットからあふれるメガ粒子をも武器として、楯として使いながら戦う二機。

 徐々に白みつつある空で繰り広げられるその光景は、まさに戦闘というよりは円舞だった。二機は互いに息
をあわせ、空中で舞ってるような。そんな錯覚さえ感じさせる。その光景に、ただ魅入られたように目を向け
る。ここにいるものたちに出来たのは、それだけだった。


 同じように、天を見上げ、その光景を見る者たちもいた。

 沈み行く艦から脱出し、今地上に避難していたエアのクルーたちである。標高が高い地形であるため、若干
寒いながらそれをしのぎつつ、はるかな高みで行われる二機のモビルスーツの無意味にさえ思える一騎討ちを
ただ見ているだけだった。

 すでに戦争が終わったのは、エンジェル・ハイロゥのリングスクラップが天空で戦うほとんどすべてのモビ
ルスーツや艦艇を宇宙に運び去ったことで明らかだった。それを免れた、地上に居残っていた機体もそのすべ
てがすでに戦闘を放棄し、機体を停止させている。

 そして、そんな機体のパイロットたちもまた、コックピットハッチを開放し。そこからでてきて冷たい風に
当たりながら、最後に行われている二機の機体の戦いに見入っていた。


                     *****


 鋭く放たれた連続射撃を、ジェスタはシールドを展開しながら旋回機動を取らせて回避する。はじめは最大
速度の遅さに苛立ちさえ感じていた大気圏内での戦闘機動だったが、空気中での機体の動かし方をマスターし
た今はむしろエアブレーキを多用することによる急激な機体の転換などで宇宙を上回る運動性を確保すること
が出来るようになったおかげでめまぐるしい高機動戦闘となった。

 それはいい。いつの間にか、あの旋律が聞こえなくなったおかげで奇妙な眩暈もなくなった。それで戦闘に
集中できるようになったのはいいのだが、問題は機体だった。大気圏内での高機動戦闘は機体に与える負荷が
とんでもないものだったのである。

 音速近くで空気中を飛び回りながらの四肢を突っ張らせるAMBACも、それを利用したエアブレーキも。すべ
てが宇宙のそれとは比較にならない負荷を機体に与える。剛性が高めに設計されているセカンドVといえど、
そもそも人型兵器ということもあって関節は多いし、航空力学に沿った形状をしているわけではない。結果的
に、一挙手一投足のすべてが機体に。特に関節部に強い負荷を与えるのだ。

「く! 機体が持つのか!?」

 またしても急激なアップダウンと旋回をさせて、機体から感じる関節等のストレス。耳に聞こえる軋み音を
聞きながらそう呻く。そもそもセカンドVは先の戦いで受けたダメージが完全に直されておらず、完調ではな
いのだ。なので、いつ機体が壊れるのか。それが不安でたまらなかった。

 そして、それはフィーナも同じだった。機体の急制動からなる軋み音を聞きながら、唇をかむ。

「これだから実験機なんて!」

 あくまでもミノフスキードライブの試験機として作られたディーヴァである。制式採用機ほどに信頼性が確
保されていないため、その安全マージンは驚くほど低い機体となっているのだ。ベースとなっているのが、リ
グシャッコーであるというのも問題だろう。そういう意味で、非常にこの機体はセカンドVと似通った機体と
なっているのは、皮肉な話だった。

 二機の機体が急接近し、サーベルを引き抜く。そして、すれ違いざまに鋭く切りあった。二機とも錐揉みし
ながらの一撃であったが、互いのサーベル同士が衝突しあい、スパークを放ちながら弾き飛ばされる。と、同
時に二機とも姿勢を立て直しつつ直ぐにその場を離れながら、ビームライフルを。VSBRを撃ち合いながら高速
戦闘に再突入する。

「ジェスタぁー!」

 叫ぶフィーナ。この戦闘にもはや何の意味もないことは、彼女が一番分かっている。これは、ただのダダの
ようなものなのだと。行き場のない感情を吐き出すために。ただそれだけのために、今こうして戦っているの
だ。それにつき合わせているジェスタに対しては、申し訳ないと思う。しかし、それでもこうして戦わねば前
に進めないと思うのが、フィーナという少女であった。

「フィーナぁ!」

 答えて叫ぶジェスタ。ジェスタにも、フィーナが戦うことにもはや意味がないことは理解している。しかし、
それでも戦うことはやめなかった。心の中に鬱屈とした蟠りが残っているといつしかそれが心を歪め。狂気に
犯されてしまうことをよく知っているからだ。そして、それに。モビルスーツのパイロットとしての自分が、
このフィーナという少女を超えたい、という思いを抱いているのも事実である。それはオスとしての本能なの
かもしれない。自らの力をメスに示し、興味を引きたい、という。

 二人のむき出しの感情を乗せた二機のモビルスーツは、冷たい朝の空気を裂きながら、空気との摩擦で装甲
を焼きつつライフルを撃ちあった。が。

「ち! 弾切れか!」

「く! エネルギーパックが!」

 二人同時にそう叫ぶと、ライフルを投げ捨てた。ジェスタはフィーナとの戦いの直前に、予備のエネルギー
パックに換装していたし、フィーナはフィーナでセカンドVとの戦いの前に一切ライフルを使っていない。だ
が、この戦闘において二機とも激しく戦闘機動を行いながらビームライフルを使い続けていた。なので、エネ
ルギーパックがすぐに空になるのも無理はないだろう。これで、両機とも射撃武器はバルカンと、機体本体か
らエネルギーが供給されるためあまり弾切れの心配の要らないVSBRのみ。

 そしてフィーナとジェスタは同時に両腕にサーベルを握らせて、突っ込んだ。わずかにジェスタは機体を上
昇させ、同時に機体をその場で回転させる。一瞬だが、背中をディーヴァに見せる形になったセカンドVはミ
ノフスキードライブユニットからメガ粒子をあふれさせ。それを叩きつけた。が、それを予測していたフィー
ナはディーヴァを下降させ。同時に旋回させながらこちらもまた、ミノフスキードライブユニットからメガ粒
子を放出させたのだ。

 光の翼と光の翼がぶつかり合う。激しくメガ粒子を撒き散らした二機は、そのまま弾き飛ばされた。両者と
も、コックピット内ですさまじいGを感じながらそれでも次の動きへの対処は忘れない。ジェスタはセカンド
Vに鋭角な機動をとらせながら両腰のVSBRを連射。と、同時に両腕にビームサーベルを握らせてディーヴァ目
指して機体を進めさせる。

 対するフィーナはディーヴァに複雑な回避軌道を取らせつつ、シールドで高速モードのビームをうまく弾か
せセカンドVの下に回りこむ。そこで一度、ミノフスキードライブからあふれさせたメガ粒子でフェイントを
しかけた。ジェスタはそれをサーベルを十字にして受け止めるも、弾き飛ばされる。それに対し、フィーナは
VSBRを撃ちながら鋭く切り込んできて、一気に機体を反転。鋭角な機動をとらせ、すさまじい速度でセカンド
Vの側面に回りこんだ。そこでVSBRを撃ちながら両腕にサーベルを持たせて鋭い斬撃を放つ。

 ジェスタはセカンドVにシールドとサーベルを使わせてその攻撃をかわしながら回避機動を取らせた。が、
フィーナはその動きを推測し、すばやく逃げた先に回りこんだ。そしてディーヴァのけりがセカンドVに叩き
込まれる。

「くっ! やるな、フィーナ!」

 その衝撃に舌を噛まないよう気をつけながらジェスタは呻く。しかし、その目は閉ざされず光を失わないま
まにモニターを見る。蹴りの衝撃で体勢をくずつつ吹き飛ばされたセカンドVに、フィーナはさらにVSBRの射
撃を叩き込みながらセカンドVの上に回りこみ、サーベルの一撃を叩きつけた。ジェスタはかろうじてその一
撃を回避。それと同時に一気に下降する。

「やっぱり腕では向こうのほうが上か」

 舌打ちとともに呟くジェスタ。瞬間の判断力、反応速度。モビルスーツという機械に関するセンス。その上、
空間認識能力など。それらすべてがフィーナはジェスタのそれを上回る。これまでの攻防で、それがいやとい
うほど理解させられた。しかし、負けるわけには行かないのだ。フィーナを殺したくはない。だが、負けるわ
けにも行かないのだ。

 戦っていると、伝わってくる。フィーナのやるせない思いが。一人でいることを。取り残された寂しさに脅
え、そこから逃げたがる少女の、安息の場所を求める悲しみが。だからこそ、負けるわけには行かない。自分
が正しいとか、フィーナが間違っているとか。そういう問題でもない。

(お前は一人じゃないだろう!?)

 そう思える。彼女には、ともに生きてきた、そしてこれからも共に歩んでいける友人もいる。ただ帰る場所
を盲目的に渇望するだけの幼子ではないのだ。帰る場所を持つ自分にえらそうに言うことができるわけではな
い。が、全ての人はいずれ巣立ちし、新しい巣を自分で作ることが出来る。自らの父が。母がそうであるよう
に。ライアン、ニケといった大人たちがそうであるように。いずれ、自分もそうすることになる。そして、フ
ィーナたちも同じことができるはずなのだ。その強さを知る自分が、彼女に負けてはいけない。だからこそ、
死力を振り絞って勝ちを得ようと思うのである。

(どうすればいい?)

 ジェスタはそう思いながら、追ってくるディーヴァに対し、正対しながら高速でバックしつつバルカンとVSB
Rで牽制した。そうしながらモニターの設定を操作し、地上との距離を図る。かなり高度が下がっていることに
気づいたジェスタはとっさに思いついたことを実行する気になった。

「一か八かだ。出来るか?」

 そう呟き、ジェスタは背後をうかがう。すでにかなり近づいている地上。雪に覆われたそこに向けて、セカ
ンドVを突進させる。それを見えたフィーナはジェスタが地上戦に移行しようとしていると判断した。

「空中でかなわないから地上でやろうっての? 考えがせこいよ、ジェスタ!」

 言って、機体をさらに加速させるフィーナ。その目の前で、ジェスタが地表すれすれで滑空にはいった。地
上を覆う白い雪が、巨人の滑走の余波と、脚部のアポジモーターや腰のサブスラスターの噴射炎を受けて、瞬
時に蒸発する。それが周囲に霧を作り、さらに爆風が爆発的に地面の雪を巻き上げて一瞬視界が覆われる。フ
ィーナはそれを忌々しく思いながらもセカンドVの後を追う。そして、雪の煙幕の中から真紅のメガ粒子が撃
ち込まれた。それをシールドで弾くフィーナ。

「これが奥の手だって言うの? 甘いよ!」

 憤りさえにじませて叫ぶフィーナ。そして彼女は肩のマシンキャノンを撃ちながら機体をセカンドVに向け
てすすめさせた。その一撃をジェスタは地表を滑走して回避しながらよけきれない一部をシールドで防ぐ。雪
の煙幕を貫く、ビームシールドの輝き。そのセカンドVに、ディーヴァはサーベルで切りかかった。そして、そ
の瞬間。

「なに!?」

 左右から唐突に襲い掛かってきたビーム。それを、フィーナは片方を左腕のビームシールドで。もう一方を
ミノフスキードライブの出力を上げて後方からメガ粒子をあふれさせながら機体を旋回し、その光の翼で防い
だ。その瞬間、気づく。

「VSBR!?」

 光の翼によって溶解し、吹き飛ばされるビーム砲と、反射的に腰のVSBRを使って撃ち落したもう一方のビー
ム砲。砕け散る前に、その形状を見てフィーナは状況を把握した。セカンドVが雪の煙幕を利用して、密かに
両腰のそれをハードポイントから放出し、アポジモーターで空中で滞空させてかつてのビット兵器のような使
い方をしたのだ。フィーナが気づかなかったことから考えて、サイコミュ・コントロールではなく事前にプロ
グラムを仕込んではなったトラップの一種だろう。それは即座に撃ち落した。が、それに気を取られたせいで
一瞬の隙が出来た。

「もらったぞフィーナ!」

「こんなことで!」

 見えた隙を逃さず、ジェスタは機体を全速力でディーヴァに突っ込ませる。一方のフィーナもそう叫びなが
ら、フィーナはディーヴァに握らせたサーベルと、左腕のビームシールドを同時に使って突進してくるセカン
ドVに攻撃をしかけた。ジェスタが思っていたよりも、その反応は早い。

「くっ!」

 すばやく切り返してくるフィーナの動きは明らかに自分の反応速度を上回っている。それを目の当たりにし
たジェスタだが、その目はけして諦めてはいなかった。早く、早く! フィーナよりも早く、何よりも早く!
そう思いながら、コントロールシリンダーを握り締める。そして、そのとき。

 ジェスタの耳から、全ての音が消えた。それと同時に、全てが遅く感じられるようになり、さらに全ての感
覚が切り替わり、モビルスーツと。セカンドVと完全に同一化したような感覚になった。

 それは、ジェスタの精神の集中が限界以上までに高まったせいだ。そのせいで、ジェスタの脳にかかってい
る全てのリミッターが解除されたのである。こうした感覚は、ごく一部のトップのスポーツ選手などがごくご
くまれに得る感覚である。フィーナとの戦いのために、人生でもっとも神経を集中させた結果。今、ジェスタ
はその領域にたどり着いているのだ。おそらくは残った人生の全てをかけても、二度とここにたどり着くこと
はないだろう。

 そして限界以上まで回転しているジェスタの脳に、バイオ・コンピューターから送信されてくるセカンドV
からのデータが全て伝わり、同時に放射されるサイコウェーブがセカンドVの駆動系に叩き込まれる。それが、
結果的に一時的にであるが、セカンドVとジェスタのほぼ完全な同期を実現させる。

 ジェスタの目が、目の前のディーヴァが放つビームサーベルの斬撃と、出力最大で開かれた左腕のビームシ
ールドによる攻撃を捕らえる。その動きは、今のジェスタにとってはとても緩慢なものに見える。

 ジェスタはそれを見ながら、セカンドVの機体を沈み込ませると同時に左を持ち上げ、わずかにビームシ
ールドを展開させた。それが、ディーヴァのビームサーベルの一撃を受け止めると同時にわずかに腕をねじ
る動作で受け流させる。

 その瞬間、ジェスタはセカンドVの足をひねり、突き出した右足を支点にその場で回転。ディーヴァの右腕
の下をくぐりながらすさまじい速度でディーヴァの側面に回りこんだ。それは通常では出来ないほどの滑らか
な動きだった。動作プログラムなどでは決して出来ない、人そのものの動きを再現。いや、さらに発展させた
動き。その動きは、ある種の奇跡に近かったかもしれない。

「!? 消えた!?」

 その瞬間。フィーナはセカンドVの姿を見失った。それほどまでに、今見せたセカンドVの動きは早かったのだ。
全高十五mの巨人が、人に操られる機械が見せる速さではなかったのだ。それは、ジェスタが限界を超
えて精神を集中させた結果得た刹那の奇跡だった。もし、この光景をモビルスーツの開発者が見ればその動き
に感動すら覚えたことだろう。

 そして側面に回りこんだセカンドVはサーベルを振った動きでわずかに重心が崩れたディーヴァのその挙動
を利用し、わずかに肩でディーヴァを押し、さらに姿勢を崩させると、右足を引き戻す動作を使って足払いを
仕掛ける。それでディーヴァは倒れこみそうになる。が、フィーナはとっさに機体を立て直そうとした。が、
ジェスタはそれを許さず、右腕の裏拳をディーヴァの背に叩き込み、機体を地面に叩きつけた。

「っ!」

 雪に覆われた大地に叩きつけられるディーヴァ。当然、コックピット内も激震に襲われる。フィーナはとっ
さに体をこわばらせ、四肢を突っ張ってそれに耐えた。

「くぅ……」

 機体は胸から大地に叩きつけられ、それからバウンドして転がった。その衝撃のせいで、一瞬フィーナの意
識は朦朧とする。しかし、直ぐにフィーナの意識ははっきりとした。機体のバイオ・コンピューターがフィー
ナの脳にダメージを直接知らせる。それによると、強い衝撃を受けたがメインフレームに損傷はなく、まだ戦
闘の続行は可能であると知ることが出来た。しかし、モニターの光景に目をやり。それで自分の敗北を悟った。

『俺の勝ちだ、フィーナ』

 接触回線を通じてジェスタの声がディーヴァのコックピット内に響く。目の前に。セカンドVのサーベルの
柄があった。そこからメガ粒子があふれたら、それだけでコックピットハッチを焼き、一瞬にしてフィーナの
肉を。骨を蒸発させてその命を奪うだろう。それを悟ったフィーナは、全身の力を抜いた。それと同時に、

「ふっふふ。うふふふ。あーっはっはっは」

 笑い出した。笑いが止まらなかった。目じりに涙を浮かべながら、ひたすらに笑い続けた。それと並行して、
フィーナは自分の体を拘束するエアベルトを解除し、コントロールシリンダーを操作してコックピットハッチ
を開放。それによって、目の前にモニター越しではない、本物のセカンドVの姿を見る。座り込む形になって
いるディーヴァの上に馬乗りになる形になり、サーベルの柄を突きつけているその姿は、文句なしに勝者だった。

 開いたコックピットハッチから、冷たい空気が入り込んでくる。その冷たい風が、汗にぬれたフィーナの肌
をなでる。それを心地よく感じながら、フィーナは息が続かなくなってきたので笑うのをやめて、コックピッ
トから這い出した。そして、周りを見る。

 夜明けを迎え、東の空から太陽光が差し込んでくる。そして、それが岩肌を覆う雪を照らし、まぶしく輝か
せていた。きれいだな、とフィーナはそう思う。その耳にセカンドVのコックピットブロックがスライドして
くる音が聞こえたので、そちらに目を向けると、前かがみになったセカンドVの胸部からせり出したコックピ
ットブロックのキャノピーが開き、ジェスタが顔を見せたところだった。

「ジェスタの勝ちだね。……あーあ、負けちゃったぁ」

 ジェスタがコックピットから出てくるのをみながら、フィーナは大きく伸びをしながらいう。口では悔しそ
うだが、その実。逆にうれしかった。それと同時に思う。自分はやはり、パイロットだったのだと。負けたく
ないと思っていたからこそ、今こうしてジェスタに負けて清々しているのだ。

 これで、「パイロットだった自分」と決別できる。それが、今の思いだ。だからこそ、こんなに健やかな気
分になれたのだろう。自分の胸にわだかまっていたすべてを、今の戦いで吐き出すことが出来たのだから。こ
の思いは、引退を考えているスポーツ選手が最後の試合で全力を出し切り。完膚なきまでの敗北を喫した気分
に似ている。フィーナはそう思いながら、勝者に目を向けた。

 当の勝者は、コックピットから出てきて、ディーヴァの装甲に降り立って、何か不思議そうな顔をしていた。
フィーナがあまりにもすがすがしい顔をしてることに驚いているのだろうか。そう思っていると、

「あー、何だ。久しぶり、だな。こうして顔をあわせるのは」

「え? あ、そういえばそうだね。カイラスギリー以来なんだ。顔をあわせるのは」

 言われてはじめて気づいた。ジェスタと顔をあわせて口を聞くのは、これでまだ二度目なのだということに。
自分でも意外だった。ジェスタのことをもっと身近に感じていたので、ずっと会っていたような、そんな錯覚
さえ感じていたのだから。

「ふーん。前見たときはバイザー越しだからよくわかんなかったけど。結構いい男なんだね、ジェスタ」

「からかうな、馬鹿」

 嫌みったらしく言ったフィーナの言葉に、すねたように答えるジェスタ。それが、フィーナにはかわいく写
る。しかし、それ以上は突っ込みはしなかった。とりあえず、ディーヴァの装甲に座って、自分の愛機に目を
向ける。みたところ、たいして破損はしていないようだ。もはやともに戦うことはないとは言え、自分の命を
預け、ともに戦ってくれた機体だ。それなりに愛着もあるため、損傷があまりないことに少し安堵しつつ、

「それにしてもモビルスーツで投げ技なんて。あんな無茶、どうしてしたんだか」

 呆れたように言うフィーナ。モビルスーツで格闘動作。確かに殴り合いなどはすることはあるが、「投げる」
という動作はめったに見られるものではない。(まあ、実際にはディーヴァの姿勢を崩してそのまま地面に叩
きつけただけなのだが)これは、「投げる」という動作が極めて複雑である上に、人が操縦する機械である以
上、モビルスーツのレスポンスが人が体を動かす動作に劣るため、困難になるためである。

 その上でジェスタがなぜ「投げる」という攻撃を狙ったかというと、むしろ技術的に困難であるからこそだった。
接近しての格闘戦。サーベルやシールドを用いないそれを行えば、フィーナの裏をかくことが出来る上
に、パイロットを殺さず無効化できると踏んだのだ。少し判断としては甘いが、それでも狙いそのものは間違
ってはいない、とジェスタは思う。まあ、経過を見ればまぐれに近いのだが。

 そんなことを思いながら、ジェスタは苦笑とともにフィーナの軽口に答える。

「格闘教練で俺は隊長に投げられまくってたからな。だからとっさにひらめいたんだよ」

「そうなの? へえ、あたし、格闘教練なんて受けてないからそんなの思いもよらなかった」

 ニタ研でのカリキュラムでトレーニングはあったが、格闘訓練などなかった。対するジェスタは、ゲリラ
ということもありマルチな技術を要求された。故に、銃器や格闘。コンピューター技術や整備なども叩き込ま
れたのである。そういう意味で、最後の戦いは自分のすべてを出し切ったものとなったといえるだろう。

「それにしても、あたしがジェスタに完全に負けちゃうなんてね。初めて戦ったときは、あたしの完勝だったのに」

「もう一度やったら負けるさ」

 フィーナの言葉にジェスタはそう答えた。あの一瞬得たあの感覚。アレはおそらく、あの瞬間だけ得ること
が出来た奇跡なのだろう。おそらく、どんなことがあっても二度とあの感覚を得ることはない。ジェスタはそ
う思うからこそ、そう言ったのである。ジェスタは座らない。たったまま、フィーナと並んで遠くを見る。
東の空だ。もう、完全に山の間から顔をのぞかせた太陽が、すべてを白く染めていく。

「でも、ジェスタはあたしに勝ったんだよ。これで、パイロットを辞める踏ん切りはついたけど、ね。……こ
れから、どうしようか。いくところも、帰るところもないんだよ、あたしには」

 言って、フィーナはジェスタのほうに顔を向けた。その顔に浮かぶのは、さびしげな微笑。その微笑を浮か
べながら、フィーナは言葉を続けた。

「いいよね、ジェスタは。月に、家族が待ってるんでしょ?」

「ああ。母さんと妹がな」

 そう答えるジェスタの頭に、月で帰りを待つ二人の家族の面影がよぎる。確かに、この戦いが終わったのだ
から自分は一度は家に帰るだろう。しかし、

「いいね。帰るのを待ってくれている人がいるって言うのは。あたしには、ないから」

 その言葉とともにフィーナはうつむいた。顔は見えなくなったが、フィーナがどんな表情をしているのかは
直ぐに分かった。そんな彼女を見ながら、ジェスタは自身の胸に秘めたある決意を確固たる物とする。

「……あのさ、フィーナ」

「なに?」

「なら、俺がなってやろうか?」

「はい? ええと、それってあたしを口説いてるの?」

 呆れたような顔をするフィーナ。それを聞き、ジェスタは渋面になる。そして「ちょっと言葉を間違えた」
といいなおし、咳払いすると

「そうじゃない。ええと、何だ。つまりだな。俺たちで、だ。作ればいいだろ? 帰るところを。ほら」

 そう言ってジェスタが顔を遠くに向けた。そちらに、フィーナも顔を向けると、そこに三機のモビルスーツ
が着陸する光景が目に映る。サフィーのゲンガオゾと、ミューレの乗るビクトリー。それに、ライアンのヘキ
サだ。それらの機体も、コックピットを空けて、パイロットや同乗者たちが機体から降りてくるのが分かる。

「お前には大切な友人もいるだろ? みんなですればいいさ。考える頭が。見るための目が。作るための手が。
歩くための足が。それと、生きている命と、生きようとする意志があれば、居場所も帰るところも、なんだっ
て作れるさ」

 それが、ジェスタの決意。一度は母と妹の待つ家に戻る。それは約束だから。だが、そこはもう。ジェスタ
にとっての「巣」ではない。戦いに身を投じるために一度出て行った場所である。そこを、ジェスタはもう一
度巣立つつもりだった。今度は復讐のためでも、破壊のためでもなく。新たなる世界を自分の手で作るために。
人として、生きてゆくために、だ。そう思いながら、ジェスタは傍らに座るフィーナに手を伸ばした。口元に
力強い笑顔を乗せて。それをみてフィーナは、

「そう、だね。あたしたちは生きてるんだ。なら、なんだって出来るよね」

 そう答え、フィーナは満開の笑みを浮かべ、ジェスタの手をとった。そこに、より強くなってきた太陽の光
が差し込む。それは、一つの旅路の終わりと、新たなる始まりを告げているかのように思えた。



                                          〜FIN〜


  モビルスーツデータ


 LM314V16C  セカンドV・最終決戦仕様

 頭頂高 15.2m  本体重量 14.9t  全備重量 22.2t  ジェネレーター出力 6120kw

 武装 頭部バルカン・ビームシールド×2・ビームサーベル×2(2)・ハードポイント×10
    メガビームキャノン・スプレービームポッド・VSBR×2・ウェポンプラットフォーム×2

 LM314V16CはLM314V16の最終仕様である。いわばフル武装を施した形態、とでも言うべきか。この武装を施
されたLM314V16Cは、いわばV2のアサルトバスターと称される、バスターパーツとアサルトパーツの双方を
同時装備した形態と同じ設計思想で行われたものであるが、V2に比べれば劣るジェネレーター出力しか持た
ないこの機体では、この装備と平行してメガ・ビームシールドやIフィールドジェネレーターまでは同時に起
動させることは出来なかったようである。
 とはいえ、V2に比べれば劣る、というだけで、この時代においてLM314V16Cが傑出した性能を持つ機体で
あったことは言うまでもなく、長距離から近距離戦闘まで余すことなく網羅したこの形態が隙のない機体であ
ったことは確かである。もっとも、肩の上に装備したメガ・ビームキャノンは白兵戦では邪魔になるため、遠
距離で使用した後、接近戦に移行する前に取り外されることはよくあったようだが。
 なお、確認されている断片的な情報によるとエンジェル・ハイロゥの最終戦闘の際、投入されたこの機体は
事前にダメージを受けていたため、それに対応するために分離機能を排除して機体剛性を高めていたという。
それによって、通常75パーセント程度しか出せないミノフスキードライブユニットの出力を、最大82パー
セントまで引き出せるようになったという。しかし、この件に関しても、戦闘の最中母艦が沈んだ上に、LM31
4V16C自体も戦闘の結果失われたため、詳細は不明である。


 ZMT-S22SMDex-4  ディーヴァ

 頭頂高 15.2m  本体重量 14.1t  全備重量 18.8t  ジェネレーター出力 6820kw

 武装 肩部マシンキャノン×2・腰部VSBR×2・ビームサーベル×2・ビームシールド×2
    ハードポイント×2

 ZMT-S22SMDex-4とは、リグシャッコーのフレームをベースにして作り上げられたミノフスキードライブ試験
機の四号機という意味である。この機体はそもそもタシロ・ヴァゴの梃入れによって推進していたZMT-S37Sザ
ンスパインのデータを取るために作られた機体で、長きに渡って研究され、ようやく実用段階にこぎつけたミ
ノフスキードライブユニットを搭載させたものだ。
 元々ミノフスキードライブユニットは、木星開発公団と深いつながりのあるザンスカール帝国にとっては馴
染み深いシステムであったため、早くからモビルスーツ用の小型化への研究は進められていた。が、早期にゾ
ロアットが完成したことと、地球侵攻を早く推し進める必要性に駆られたため、その開発は一時中断させられ
ることになり、結果的にリガ・ミリティアのV2ガンダムという形で先を越されることとなった。これに関し
ては、リガ・ミリティアの技術スタッフがミノフスキーフライトのモビルスーツ用のシステムとして完成度の
高いシステムを実用化するなど、基礎技術の蓄積の面で上回っていたこともあったが、やはり最大の理由はザ
ンスカール帝国の上層部がエンジェル・ハイロゥの開発、建造に全力をつくした上に、モトラッド艦隊をはじ
めとする地球クリーン作戦に投入するための兵器の開発にシフトを傾けたせいであろう。人材が少ないザンス
カールにとって、研究一つとってもさまざまなものに手を伸ばす余裕はなかったにもかかわらず、それを行っ
たため、結果的にミノフスキードライブは軽んじられることとなった。
 それを見つつ、タシロ・ヴァゴはミノフスキードライブの開発を推し進めさせていたが、彼がギロチンにか
けられそうになって以来、それよりもむしろサイコミュ搭載型モビルスーツの開発を急がせることとなった。
それもまた、ミノフスキードライブ搭載型モビルスーツの開発が遅れた原因のひとつといえるであろう。
 とはいえ、タシロが最終的に求めた機体が、ミノフスキードライブとサイコミュ兵器を同時搭載したモビル
スーツであったため、ミノフスキードライブの開発はその予算と時間を削られながらも続行され、ようやく実
戦に使えそうなシステムとして作り上げることが出来たのは実に五月に入ってからであった。これはリガ・ミ
リティアに比べると、およそ三ヶ月以上は遅れた計算になる。開発を始めたのは明らかにザンスカールのほう
が先であったにもかかわらず、先を越された技術者の悔しさは想像を絶するものであっただろう。
 そうして完成したミノフスキードライブユニットだが、これを搭載する機体という面にも問題があった。こ
れに関してはリガ・ミリティアも直面したことである。要するに、既存の期待では剛性が足りなかったわけで
ある。これに関しては、ゾロアットベースとリグシャッコーベースの二通り考えられたが、その折、タシロが
リグシャッコーベースで、という指示を下した。これに関しては詳しい理由は不明ながら、シャッコータイプ
の機体の開発背景と関係があるとされている。
 というのも、元々シャッコータイプは機体フォルム、フェイス形状から分かるように、タシロが「ザンスカ
ールのガンダムタイプ」という思想の元開発させた機体である。もっとも、開発に入った当初からカガチより
のスタッフの横槍が入り、大幅に設計変更をされることとなったが。(カガチは「ガンダム」を地球圏の闘争
の象徴。地球圏の人類の愚かさの象徴として理解していた)シャッコー系の機体の顎の部分はその名残であろ
う。
 だが、その上でタシロは「象徴」として考えていたミノフスキードライブ搭載型モビルスーツを、ガンダム
タイプに似たフォルムを持ったシャッコー系のフレームを用いて開発させたのである。しかし、この上でタシ
ロはこの計画はカガチはの横槍が入っていなかったにもかかわらず、ガンダムタイプのフォルムを完全に踏襲
させなかった。「ガンダム」というブランドの価値を見出していた彼が、あえて開発中のミノフスキードライ
ブ実装型モビルスーツ、「ザンスパイン」をガンダムタイプにしなかった理由として挙げられているのが、例
のギロチンの件であるといわれている。「白いやつ」ことビクトリータイプを運用したリガ・ミリティアの抵
抗のせいで失脚寸前になり、ギロチンにかけられかけたタシロにとって。ガンダムという存在はすでに怨敵と
なっていたのだろう。故に、ミノフスキードライブ実装型モビルスーツはシャッコー系フレームを流用しなが
らもガンダムタイプから乖離した設計へとシフトしていった。
 その上で、完成したミノフスキードライブユニットを、リグシャッコーのフレームをベースにして組み込ん
だ機体の作成に移ったのである。この試作第一号機は比較的早く完成したが、すぐに問題にぶち当たることに
なる。リガ・ミリティアがビクトリーのフレームにミノフスキードライブを組み込んだときと同じ、フレーム
強度の問題である。特に、ザンスカール側は装甲にガンダリウム系の複合装甲を用いていないため、強度面で
さらに悩まされることとなった。
 そしていくつかの強化案を提出。試作機を建造していく上で、二号案。三号案と強化型フレームを作ってい
き、最後に四号案が完成した。このプランによる機体は、フレームの基礎の部分から強化を施し、フレーム構
造そのものにミノフスキードライブユニットを組み込んでその上でプロペラント量を大幅に削減。その分、装
甲を強化して全体的な剛性を高める、というものだ。これはLM314V16とまったく同じ設計思想であり、この強
化案を実行して建造された試作機が、ZMT-S22SMDex-4である。とはいえ、元々この機体はただの実験機であり、
実戦投入されることなどまったく考えられていなかったのだが。
 開発陣は、実験機の中でもっとも優秀な数値を出したこの機体を合計三機作り、それぞれを用いてテストを
繰り返し、その上で新規に設計したミノフスキードライブユニットをフレームそのものに内蔵した機体にZMT-
S37Sの制式番号を与え、試作機を建造する予定であった。が、それ以前にエンジェル・ハイロゥをめぐる戦闘
が開始され、その時間は与えられなかった。
 だが、タシロはそれにもかかわらず、ミノフスキードライブを装備した機体の実戦投入を指示。それを受け
た開発陣は、とりあえず手元にあったZMT-S22SMDex-4のフレームに、開発中の新型サイコミュを組み込み、そ
の上で武装を施したのである。
 この機体に搭載されたサイコミュは、元々はリング・サイコミュを研究して作られたものである。ZMT-S35S
リグ・リングに搭載される予定だったこれは、エンジェル・ハイロゥのサイコウェーブを受けて、それを増幅
してさらに放射する特性を持っていた。そのサイコミュの廉価版、というか、応用して作られた新型サイコミ
ュは、ザンスパインに装備され、専用のサイコミュ兵器であるティンクル・ビットに用いられるはずであった。
この時代、いわゆるビット兵器と言うのは小型化されたモビルスーツの機動性、運動性と、発達したアビオニ
クスから来る優れた戦闘プログラムによって、かつてのファンネルなどのように対モビルスーツ用の武器とし
て有効ではなくなっていた。しかし、この装備は、完成していたら周囲に幻惑効果を及ぼすサイコウェーブを
放射し、敵パイロットの認識力を低下させ、その上でビット兵器によるオールレンジ攻撃を行うというものだ。
敵パイロットに対して幻惑効果を伴っているならば、この時代においてもかつてのファンネルのようにモビル
スーツ戦闘において優位に立てるはずであった。が、当然。これらの武装の完成など間に合うはずもなく、ZM
T-S22SMDex-4に搭載されたサイコミュは出来損ないのものとなった。
 しかし、このサイコミュはビット兵器との連動は出来ずとも、周囲にサイコウェーブを放射し、撹乱効果を
及ぼすことはニュータイプ研究所から派遣されてきたサイコミュテスト用のニュータイプのテストによって明
らかにされていた。そして、このサイコミュが起動しているとき、周囲の人間に歌声にも似た旋律の幻聴があ
ることが確認された。この、ZMT-S22SMDex-4にディーヴァという名がつけられたのは、この特性がその理由で
ある。歌を歌うモビルスーツ、ということで、歌姫、ディーヴァと名づけられたのである。
 そして、その上でこの機体に施した武装は、肩の部分のマシンキャノンと、両手首に装備したビームサーベ
ル。それから腰に装備したVSBRであった。ジェネレーターに余裕のあるこの機体ならば、もっと高出力のビー
ム兵器も装備できたし、Iフィールドジェネレーターの装備も可能であったはずだが、それが行われなかったの
はやはり、開発時間の短さおよび、実験機からででっち上げた実戦用モビルスーツであったことが上げられる
だろう。そのせいで、この機体にふさわしい武装が施されなかったのは非常に残念な話である。
 とはいえ、ザンスカール帝国の、最初で最後のミノフスキードライブ実装型モビルスーツであるディーヴァ
はこの時代において傑出したモビルスーツであることは間違いがない。ただ残念なのは、この機体を要求した
タシロは、同機が到着する前に戦死し、行き場を失ったこの機体は一応はズガン艦隊のダルマシアンに届けら
れはしたものの、サイコミュ搭載型モビルスーツということもあってか、実戦投入されたという記録も残って
おらず、ダルマシアン撃沈とともにその業火の中。焼失したものといわれている。
 ザンスカール帝国はその後、帝政を廃し共和制に移行してアメリア共和国となったが、これらの機体を開発
したノウハウそのものは失われることはなく、直系の機体こそ今後生み出されることはなかったが、その血を
幾分か受け継いだモビルスーツはこの後。いくつも生み出されることとなる。時代の仇花と消えたディーヴァ
であり、ザンスパインであったが、その開発に従事した技術者の流した血と汗は、他のザンスカール系のモビ
ルスーツたちと違い確実に花を咲かせたのは、妙な方向に開発をシフトさせていったザンスカール帝国の技術
者の歪みを象徴していたのかもしれない。



 あとがき

 これでとりあえず機動戦士ガンダム0153 〜翡翠の翼〜 は完結となります。
 正直、長かったのか短かったのか、かなり微妙なものですけど、十章全部、読んでいただけたのならありが
たい限りであります。
 しかし、自分でもよくもまあ書けたものだなぁ、と半ば呆れてます。本気で。と、言うのも、この作品。実
は元々セカンドVを書きたい、というだけで書き始めたものだったんですよね。思い起こせば、高校時代。V
ガンダムの小説版を読み、その5巻のセカンドVのイラストを見て惚れこんで以来、ず〜っと頭の中に「エンジ
ェル・ハイロゥの空域でセカンドVが戦っていたら」という妄想がこの作品の原点なんですよね。ちなみに、
そのころのセカンドVの敵役として考えていたのは、リグシャッコーのカスタム機って感じだったんですが。
まあ、それがザンスパインと合体?してディーヴァが生まれたわけです。
 んで、各キャラクターに関してですが、正直。物語を書き始めるまでほとんど設定も何もなかったんですよ
ね。(ヒロインの設定だけはありました。ただし、「マリアを母のように慕う」って言う設定だけですけど)
主人公のジェスタなんて、一章の半ばに来てようやく「父親がギロチンで殺された」という設定が付いたくら
いですし。はっきりいって、キャラ作りとしては行き当たりばったりばっかだったわけですね。いやほんと、
よくかけたものだ(汗)
 裏話というかなんと言うか、実はプロット段階では死ぬキャラクターがもっと増える予定だったんですよね。
まあ、読んだらうすうす気づいたでしょうけど、アンとミューレが当初の死ぬ予定のキャラでした。ミューレ
に関しては、ここで死んだら事態の収拾がつけられなくなりそうだなぁ、という形で生存決定。アンに関して
は……あれ? 何で生き残ったんだろ? って感じでしたね。本来なら、ジュリアンにやられてたキャラです
から。まあ、生き残ったからにはしっかりと働いてもらう、とばかりに最後の最後までかませ犬にしちゃいま
したけど。でも、設定上。ハルシオン隊では元々ライアンに継ぐ実力者だったんですけどね。最終的にジェス
タにぬかれたっぽいですけど。さすがミスター出世魚ですね。(ジェスタ)
 あと、蛇足かもしれませんが、ハルシオン隊が最終的に何人死んだか、ということを書いときたいと思いま
す。はじめ、ハルシオン隊結成時には隊員が十人いました。(UC152 6月段階)それから、ジェスタが正規
隊員になった時点で十五人ですが、実はこの時点ですでに6人の戦死者が出てます。カイラスギリー周辺には
ゴッドワルドみたいな強力なパイロットもいますし、ガンイージの数がそろうまでの間はジャベリンの現地改
修機を用いていたっていう設定にしてますので。(アビオニクスなどを近代化して、何とかザンスカールの機
体と渡り合っていた、というところで)後、V本編でしていたように、ゾロアットを鹵獲して、それを使用し
ていた、って言う設定もはいってます。(輸送艦を拿捕してモビルスーツを奪ったわけです)
 その後、十五人のうちカイラスギリー攻略までに9人が戦死し、7人が補充。引き続いてカイラスギリー攻防
戦で二人が戦死して、サイド2連合艦隊の援護でさらに三人が戦死。その代わりに、そこでサイド2連合艦隊か
ら十三人のパイロットが補充されて、月に戻ってさらに四人が補充されましたけど、5章でいきなり5人やられ
ました。そのあと、6章までの小競り合いでさらに6人が戦死してます。この時点で14人ですね。
 それから、7章の時点。つまり、エンジェル・ハイロゥ攻略の準備で最後の補充パイロット。二人が入って、
エンジェル・ハイロゥ攻略に突入するわけですけど、第一次ラステオ艦隊攻防戦で一人戦死。第二次ラステオ
艦隊攻防戦で二人戦死。次のタシロ艦隊攻防戦で二人戦死。その次のタシロ艦隊殲滅戦では戦死者ゼロですが、
大気圏突入前の前哨戦で二人戦死で、残り九人になりました。で、あとは10章に書いてある通り、隊は二手に
分かれて、ライアン指揮する部隊とアンが指揮する部隊に分かれました。で、ライアン隊は全員無事ですが、
アンのほうの部隊は混戦だったので散り散りになり、最終的に二人が撃破されました。で、生き残ったのが七
人です。生き残りが多いか少ないかは微妙ですけど、全部で47人中、生き残りが7人。戦死者が40人いたわ
けですね。最前線で戦ってきたから、こんなものかな、と思います。隊員の数が多すぎる、というかも知れま
せんが、シュラク隊自体、きちんと描かれなかったパイロットの数がかなりいたみたいですし、(本編でも第
一、第二シュラク隊と呼ばれていたところを見るとまめに補充パイロットが入ってたみたいです)活動が宇宙
で固定されていたし、活動拠点が月だったので人の補充は比較適しやすかった、ということで。(連邦軍やコ
ロニー政庁の軍から引き抜いていたみたいです)
 あとがきで何を書いているんだか、と突っ込みどころ満載ですが、とりあえず本編で書ききれなかった設定
を書いておきました。(誰も望んでないでしょうが)
 後、メイン級のキャラクターなのに今ひとつ目立てなかった人物がいますが、彼女に関してはまあ、一応外
伝的な形でメインに張ったエピソードを考えていますので。機会があればアップしたいと思います。
 けど、その前に思いついたナデシコの短編を投稿することになると思いますので、あまり待っている人もい
ないでしょうけど一応待っていて下さい。
 では、長々とお付き合い、ありがとうございました。

 




代理人の感想

お疲れ様でした。

アンとミューレに関してはまぁ、個人的にはこの方が良かったかな、と思います。

血の臭いが濃すぎると、最近どうも駄目でして(苦笑)。

 

それはともかく、大団円・・・というにはいささか足りないかもしれませんが文句無しのハッピーエンドですね。

最後はしっかりヒロイン口説いてるし(笑)。

読んでいて楽しゅうございました。

では。