己を『朽ちた殺人鬼』と称する男がいた。

 彼は自らを語らず、生きるをただ流れに任せるのみ。

 故に、朽ちた理由を人は知らず。

 滅びに向かう瞬間でさえ、黙して語ることはない。


 だが、男はたしかにここに在った。

 男は朽ちようとも、果ててはいなかった。

 ならば、その生涯に意味は在り。

 その終わりにも、その中には確かに何かが刻み込まれていた。




虚ろに芽吹くもの



 “聖杯戦争”…人の身では決してなしえない望みをかなえることができるほどの神秘を巡り、“魔術師”と呼ばれる裏に生きる者達が行う殺し合いの儀式。


 裏の世界に足を踏み入れていたとはいえ、魔術などとはまったく縁のなかった自分がこの儀式に巻き込まれてはや数日。
      そして今。 “衛宮士郎”と“遠坂凛”。私はこの二人の教え子を自らの手で殺めようとしていた。

 殺すことに忌避はない、ただ彼らもこの殺し合いの参加者だったというだけである。ならばなにを迷うことがあろうか。 もとよりこの身は、朽ちたとはいえ殺人鬼。相手が誰であろうと、躊躇することはない。


    そんな思いとは別に、私は自分がこの儀式に参加することになったきっかけである一つの出会いを思い返す。



***



 その異変に気づいたのは昔裏の世界に身をおいていた者の性だったのか。
 私は一人、ひっそりと静まり返る柳洞寺に沸き出でた死の気配に気づき目を覚ました。
 洗練された寺の空気に混じるそれは決定的に異質でありながらもどこか自然に周囲と溶け込み、私以外の者達は一人として異変に気づいていないようだった。

 思えばあの時も彼女は魔術を使い、周囲の人間に気取られぬように細工をしていたのだろう。
 そうとしか思えぬほど事は速やかにかつ計画的に行われており、私が確認できたのは彼女が手にかけたであろう人物のものと思われる血痕だけだった。


 正直、何故あの時犯人の後を追おうなどと考えたのかは今でもわからない。
 今まで世話になっていた柳洞寺の方々への義理もあるのかもしれないが、それだけではなかったはずだとも確かに思えた。




       何者・・・です・・・・!」

 寺から森に入ったすぐのところで、血に塗れた女性が苦しげに横たわっていた。
 彼女は私に気づくとすぐに敵意を向けてくるが、わたしは

       

 彼女に、ただ見ほれていた。

 おそらく事を成したのはそれほど前のことではなかったのだろう。ローブと手に持つ短剣に付着している血はいまだその生々しさを失っておらず、彼女を凄惨に彩っている。
 だが、どうしてだろうか。 今にもこちらの命を奪おうとしている女性、その姿を…今にも泣き出しそうだと感じた。


「くっ   !」

 普段であればおそらく私の命など軽く奪えるであろう女性は、いまだいぶ弱っているようであった。 彼女はまるでなにかに命を搾取されているかのように、目に見えるほどの速度で次第に衰弱している。どうやらこの状況では、あと数時間と持つまい。

「・・・・・・手当てをしよう。こちらに来なさい」
      え?」

 よくよく考えれば、彼女の疑問は真っ当なものだ。
 なにせ自身は血に塗れ、いまも私を殺そうと殺気を放っていたのにも関わらずその相手から手当てをするから来いと言われたのだ。
 だが、そんなに悠長に構えていられるわけでもなさそうだったので、私は無理やり彼女を抱きかかえて境内へと連れ帰った。

 その後しばらく彼女はこちらを警戒して何も言ってはくれなかったが、自身も限界が来たのだろう。次第に私に聖杯戦争について、自身がどういった存在であるかについて話し出した。
 そして最後に、彼女は私に叶えたい望みはあるかと尋ねてきた。


        無いな」
「なっ    ?」

 望みは無い、と断言した私を見て彼女は言葉を失った。
 おそらく、彼女は私の言葉を信じはしないだろう。だが、朽ちた殺人鬼に望みなどあろうはずがないのだ。
 そう答えると彼女はなにがおかしいのかくつくつと笑い出し、


     なら、私を手伝ってくださいません? 別に貴方が戦うことはありませんわ、この寺は我々にとっては鬼門、まさに要塞です。 私はここで敵が一人になるまで力を蓄えておけばいいのですから、直接戦うことは一度だけですわ」

 彼女はこのとき、退屈しのぎに私を試そうとしていたのだろう。
 ありとあらゆる願いの叶う奇跡の聖杯。そんなものが楽をして手に入るその過程で、望みはないと断言した人間がどのように変わっていくのかを見ようとしたのだろう。

    だが、そんなことは私にとってどうでもよかった。
 おそらくその頃には既に、私の中で何かが芽吹きつつあったのだろう。 私は彼女のその問いに、何の疑問も持たずに頷くことで答えを返した。
 それからしばらく彼女は私に対してもどこか嘲笑っているような接し方をしていたのだが。いつのころからか、私にだけは真剣に接してくれるようになっていた。 そして私も・・・・



***



「くそ         !」

 誰かの声で意識が思考の海から引き戻された。
 衛宮は地に膝を突き、遠坂はこちらの隙を突こうと必死に様子を窺っている。

 隣には意識を失ったキャスターが。
 そして我々の後ろには捕らえた剣のサーヴァント。
     状況は私たちに有利なはずであった。

 慢心ではなく純然たる事実として我々と圧倒的なまでの実力差があるはずの二人の抵抗は、この状況においてなお私の想像を超えるものだった。

 衛宮はその手に持つ双剣をいくら破壊しても投影と呼ばれる魔術で再び作り出し、私に立ち向かってくる。 その瞳は先とは比べ物にならない覚悟を見せており、私も容易に片付けることはできないでいた。
 遠坂も自らは魔術師でありながら培った体術の腕をもってキャスターの油断を突き、彼女を追い詰めている。

(窮鼠猫を噛むとは、まさにこのことか・・・。 このまま続けるのは確実ではないな)

「あ    く」

 キャスターの意識が戻ったようだ。
 そろそろ頃合だろう。もはや彼女にも油断はないだろうが、それでもあの二人は気を許していい相手ではない。


「っ・・・・ふう。 感謝しますわマスター。あなたがいなければ、あのまま倒されていました」
「世辞はいい。今はセイバーを起こせ。 甘く見ていい相手ではなさそうだ」
「ええ、的確な判断ですわ、マスター」

 そう言って、彼女の意識が祭壇で拘束されているセイバーに向かったそのとき。


    !! 宗一郎!」

 突如、彼女が私の目の前に、守るように立ちはだかり



「っ         !!」



    声にならない悲鳴を上げながら、私の目の前で、彼女は無数の剣に串刺しにされた。


 それは魔力で作られたものだったのだろう。
 今まで彼女を串刺しにしたのが幻だったかのように、無数の剣は静かに姿を消していく。
 そして、剣が全て消え去った後にそこ残ったのは、夥しいまでの血の跡と


「あ・・・・・・・つ・・・・・・・・・あ」


     自らの血に彩られた、彼女自身だった。


    

 私は、何も言うことができなかった。

 ローブがはだけ、今まで見えないようにしていた彼女の素顔が晒される。
 私が一度だけ見た素顔。 それは、あの時以上の儚さで彼女を彩っていた。
 彼女はいまにも崩れ落ちようとしているにもかかわらず、それに目を奪われていたのだ。


「あ    マス、タ−    

 力なく、彼女の体が自分に寄り掛ってくる。

「無事・・・・・です、か・・・?」

 フードを外した彼女の素顔は、魔女と呼ぶにはあまりに儚く。

「ああ」

 自分を見つめる瞳は澄んでいて。

「良かった。貴方に死なれては、困ります」

 頬をなぞる指はあまりに頼りなく。

 降りそそいだ剣は確実に、残酷に彼女の命を抉り。

 彼女は自らの終わりを受け入れつつも。不器用な言葉で、ただ私の無事に安堵していた。


「でも、残念です。やっと望みが、みつかったのに」

 次第に頬をなぞっていた手が力なく下がっていき、同時に彼女の体は足元から薄れ始める。

 彼女の望み  それが、あるというのなら、

「悲嘆することはない。お前の望みは私が代わりに果たすだけだ」


 その言葉が意外だったのだろう。彼女は目を見開いてこちらを見つめる。
 だが、それも長くは続かず。


「そう・・ですか・・・・でも、それは駄目でしょうね」


 彼女は幸せそうに、だが残念そうに私に微笑みかけ


「だって・・・私の望みは」




           さっきまで、叶っていたんですから。




 自分を映していた瞳から光が消え、まるで眠りにつくように


「・・・・・・・・・・・・・」


    そうやって、彼女は私の前から姿を消した。







 彼女と過ごしたここ数日が思い出される。 初めて出会ったときの警戒した瞳を。
 なぜあの時犯人を探そうなどと思ったのか。その答えは既に出ていた。

 彼女と出会ったとき、この虚ろな心の裡に確かに芽吹いたものがある。
 それは歪められるもなお美しく、偽ろうにも隠すことができずぬほどの儚さで。
 朽ちた心にすら伝えることのできる一途さで

        あの時から私の中に、唯一つあり続けたもの。



(・・・・・・・・そうか。 おまえの願いとは、そうだったか)

 彼女の最後を看取り、刃を向けた者に視線を移す。

    

 目に映るのは、赤い外套を着た弓の騎士。
 それは階段を降り、聖堂に立つ。

    

 近くで遠坂が何か言っているが、もはや私にとってそれは意味がない。
 意識を向けるは、ただ一人。 それを見据える。


「・・・・・・獅子身中の虫、か。
初めからこれを狙っていたな、アーチャー」

「ああ、だがどちらかと言えばトロイの木馬だろう。倒すべきがギリシャ神話の英傑であったのだからな。 喩え話としては、そちらのほうが相応しい」

 その姿には微塵の迷いもない。
 それを見破れなかった時点で、この結末は約束されたものだったのだ。


「そうか。 おまえのような男を引き込んだキャスターの落ち度だったな」

 たしかに、そうかもしれない。 ・・・・だが。

(彼女が私の前で死を迎えた。それは    

 目の前の男の凶刃に彼女をみすみす晒した、私の落ち度だ。
    それを許すことはできない。


「そうか、続けるというのなら止めはしない」

 私に応じて、アーチャーも双剣を構える。その双剣は衛宮の扱っていたものとまったく同じものだった。 だが、そのようなことはもはや些事。


    待て。 どうして続けるんだ葛木。アンタはキャスターの言いなりになっていただけだろう。キャスターはもういないんだから、戦う理由はもうない筈だ」
    

 直前、いままで意識の外に追いやっていた衛宮の声が聞こえてきた。見れば衛宮はこちらを睨み付けている。

(戦う理由はもうない、か・・・・)

 そう、私をマスターを呼ぶ女性は消えた。

「そうだ。戦う理由などない。 おまえと同じく、私は聖杯などに興味はなかったからな」

 それは、嘘。 たしかに私は聖杯などに興味はない。だが

「なら」
「だが、これは私が始めた事だ。それを、途中で止めることなどできない」

 そう、これは私が始めたことなのだ。
 彼女を助けたあの日から朽ちたはずの私自身が決め、始めたこと。
 ならば、私のやることは最後まで決まっている。


        
        


 それ以上、言葉は必要なかった。 私と赤い弓騎士、見据えるのはお互いだけ。
 私は敗れるだろう。それほど目の前の存在はかけ離れている。
 およそ魔術などといったことから縁の遠い私でもかつて培った経験で    いや、そんな生易しいものなど関係はない。もはや一生命体として、私は自らの死を感じ取っていた。


「やめろ。勝負はついた、これ以上は」

 制止する衛宮の声を合図に、終わりは始まった。
 私の拳はアーチャーの眉間に叩き込まれる。 鈍い打撃音とともにアーチャーの頭が振動にズレる、が



             !」

 それをものともせず、騎士の刃は私の胸を貫いていた。
 サーヴァントであれば私の一撃など容易く捌くことができたはずだ。あえて私の一撃を受けたのは彼なりの配慮だったのか。


 敗者は胸から血を撒き散らしながら床に倒れこむ。
    これで、終わったのだ。


 次第に意識が遠のいていき、全てが虚ろに包まれていく。
 もう何も感じ取ることのできない中で、唯一つだけはっきりと思い出されるものがあった。
 ・・・・幸せそうな、それでいて残念そうなあの弱々しい微笑み。


(・・・・メディア・・・・・・・・・・)

 想いを伝えるべき者はすでにこの世になく。自らの命もまた、じきこの世と縁が切れるだろう。

 ならば、想いを語ることはなく。 その生涯の意味は、ただ一人に捧げよう。

 自らを看取る者は不要ず。

 朽ちた心になにかを刻み、男はその生涯に幕を下ろした。



あとがき

 皆さんお久しぶりです、あわしです。
 ここ最近、引越しだの何だのでばたばたしてまして…それによるプロバイダの解約なんぞもあいまって、いままでネットからは離れていました(汗)
 でも、ようやく投稿できてほっとしています。…まぁ、もうしばらく時間かかりそうですが。

 さて、“今回の虚ろに芽吹くもの”は Fate/stay night をプレイ(コンプリート)してすぐに書いたものです。このまま暖め続けるのも悲しかったので、暇を見つけて投稿してしまったってことなんです。

 またもや主演が死んでしまったのですが、そこはまぁ…原作でもああなので、ひとつ(汗)
 しかし、どうしてもハッピーエンドが書けないという悩みを抱えつつ、これからも頑張っていこうと思う所存でありますので、どうかよろしくお願いします!

 それでは今回はこのへんで…  あわしでした!

 

 

 

代理人の感想

まー、書いてるほうにとっちゃハッピーエンドってのはいまいちつまらないという点も確かにありますからねー(爆)。

ハッピーエンドというのは大抵意図的に持っていかないと訪れないものですし、

全てを知ってる人間から視ればどんな結末だって予定調和な訳ですからね。

 

しかし、キャスターとかアサシンって話の完結性が高い分SSにしにくいなーw