それは死に覆われた世界。



 黒と呼ぶことすら憚られるほどの禍々しさを孕む黒に洗礼を受けた世界の終わり。



 そこにいるのは一人。



 黒を纏い、あたかも世界と同化したかのような姿をしてなお、その顔にこの上ない幸せを刻みつけた黒の聖女。



         そう。 ■が一人、私に微笑みかけていた。






 罪 -存在否定-






       よかった。来てくれると思ってました」

       


 ■は静かな声で私に語りかけてくる。
 そこにあるのは限りなく純粋で無邪気な喜び。罪の意識など一切なく、故に良心の呵責など存在しない。
 彼女はこの異常の中でただ一人存在し、異常であることを平然と受け入れていた。

       それも、そのはず。これは、彼女自らの意思で生み出されたものなのだから。


「ふふ        待ってる時間、結構長かったんですよ? 他の英霊が現れるたびに戦わなくっちゃいけなくって・・・ちょっと、危ないときだってあったんですから」


 ■は拗ねたような表情で私に話しかける。その姿は、思わずこの光景が彼女の使った幻術なのではなかろうかと期待してしまいそうになるほど自然だった。


「・・・・・・なぜだ?」

      ?」

       なぜ、私を待っていたんだ?」


 その問いに一瞬きょとんとしたあと、■は


「だって         わたし、先輩にもう一度会いたかったんです」


 私に会うために、世界中の全てを殺した。       それがさも当然の事であるように言い切った。





「先輩、覚えてますか? 先輩が処刑されたときのこと。 あの時・・・・・・みんなみんな・・・先輩を悪人だなんて罵ってました。先輩のことをなんにも知らない癖して、先輩をよりにもよって悪者だなんて」


 言葉に詰まっていた私をそのままにして、彼女は話をはじめた。
 それは、私の死んだときの話。・・・おそらくは、どの世界であろうと衛宮士郎であるならばたいして変わった死に方はしていまい。おそらく彼女の言う処刑されたというのも、私が記憶している罪を擦り付けられたときの話。
 彼女はその時のことを思い出し、顔を憎悪に歪めている。


「・・・あ、もちろん藤村先生や先輩を知る人たちはそんなことなかったんですよ? 藤村先生なんてそれ以来先輩の悪口を言う人を見つけてはボコボコにしちゃってましたから」


 その時の光景を思い出しているのだろう。くすり、と小さく笑う。
 だが・・・だが


「でも・・・・・・でもです。そんなことしたって先輩は帰ってこない。先輩はもう前みたいに私を呼んでくれない。先輩は私を見て微笑んでくれない。そんなの・・・そんな世界            意味、ないじゃないですか」


      果たして私の覚えている彼女は、このような禍々しい微笑を浮かべるような少女であったか。



「それで・・・・・・殺したのか」

「はい、そうしないと先輩に会えませんでしたから」

      


 それ以上、言葉が出なかった。

 彼女は昔のように暖かい笑みを見せながらも、間違いなく壊れていた。
 たった一人に会うために、世界に生きる全ての命を終わらせた。その大罪をなんでもないことのように笑って切って捨てる姿に、私は恐怖すら覚えた。


「間桐桜。君は・・・」

      なんで・・・昔みたいに、呼んでくれないんですか?」


 私が彼女の名を呼ぶと、今にもなきそうな声でなんでそんな呼び方をするのかと抗議する。
 もはや彼女にとってはそのことのみが重要なのだというのか。


「英霊のこと、ちゃんと調べたんです。世界に認められた英雄、世界と契約した人間は死後に全てから切り離されて座に着き、英霊として永劫に在り続ける。
 あのあと、あの戦争の真実が報道されて先輩は英雄として扱われました。だから、先輩は世界から切り離されて英霊になった。本物の正義の味方になった。だから・・・だから、先輩は先輩なんですよね? だったら、何でわたしをそんなふうに呼ぶんですか?」


 もはやこちらを敵とは認識していないのか、間合いなどまったく考えてずにこちらを問い詰めてくる。
 だが、彼女の言っていることはある意味正しく、そして決定的に間違っている。

 確かに、死後に英雄と崇められれば英霊に昇格されるだろう。かのジャンヌダルクがいい例だ。
 しかし、私は既に生前に世界と契約をして力を得たもの。故に死後、世間にどう評価されようが世界の駒に成り果てるという結末は変わらない。
 そして       ここにいる英霊エミヤが、この世界の記憶を覚えているとは限らない。
 度重なる召喚により、無限にも積み重ねられた記憶の中に埋もれたたった一つの可能性など、覚えているはずが


        ぬ・・・ぐ   !?」


 瞬間。頭に激痛が走り、今まであるはずのなかった過去が思い出された。


「わたしの体、小さい頃      先輩と会うずっと前に、聖杯の欠片を埋め込まれていたんです。おじいさまの道具として育てられて・・・でも、結局機会が訪れなかったから使われることはなかった。それでも、わたしの中に確実にそれはいました」



 かつて父親と約束した夢に、自らの剣との尊い思い出に導かれながら走り続けた。
           ヤメロ



「アンリマユ       《この世すべての悪》と呼ばれる、世界に望まれた呪い。・・・聖杯戦争関連の知識を元に英霊のことを調べてるとき、それに気づきました」



 死にそうになったことなど日常茶飯事。それをかつての家族との思い出を支えに越え続けた。
           ヤメロ



「怖かった       怖くて、たまらなかった。気が付けばそれはわたしにどうしようもなく馴染んでいて、日を重ねるごとにわたしに囁くんです。殺せ     殺せ・・・って。」



               やめろ
 裏切られ、欺かれ、いくら夢を笑われようとも、ただひたすらにそれだけを目指し続けた。



「・・・・・・はじめは、誰にも知られないまま死んじゃおうと思いました。    姉さんや・・・藤村先生に怖いものを見る目で見られるのは、耐えられないと思ったから。 でも      気づいたんです、英霊の本当の意味に」



                 やめてくれ!
 一を殺して十を助け、十を殺して百を救う       歪んだ理想の果て、終わりの景色において、我が身をなじる民衆の片隅に、涙で顔をくしゃくしゃにして叫び続ける家族と友人達を見た。



「世界の終わりを退けるための抑止力・・・世界が滅びる寸前になれば、英霊は出現する。なら、その現れた英霊が敵わなかったら? ずっとずっと英霊を倒していけば、そのうち先輩だって          



                なんで今更、こんなことを思い出させるのか        



「先輩がいないから、もう一度先輩に名前を呼んでほしいから・・・だから、わたしはこれを受け入れたんです。受け入れて、皆を・・・藤村先生や姉さんだって・・・なのに       なのに、なんで・・・」

         桜・・・」


 一人を求め、全てを殺す。その結果をもってしても叶うことのないささやかな願いに涙するその姿は、この世界に生きた衛宮士郎の全てを思い出したこの身には耐え難い光景だった。・・・だからだろうか。もう一度、彼女の名前を呼んだのは。
 その声に勢いよく俯いた顔を上げ、次第にその顔が信じられないと・・・まるで、奇跡が叶ったかのような満たされた表情に代わっていった。


「先輩。 やっと・・・やっと、呼んでくれた・・・・・・」


 胸の位置で祈るように手を組み奇跡に感謝するかのように目を伏せるその姿は、身に纏う黒をしてなお彼女を聖女と錯覚させるかのようだった。      故に・・・だからこそ、この結末は・・・


「・・・桜」

      はい。先輩」

「なぜ・・・こんなことをしたんだ」


     俺は、桜には幸せになってほしかったのに。


「さっきもそれ、言いました」

「ああ、それは聞いた。でも、それでもだ。俺に会うためだなんて、なんで   

「それも、いいましたよ? 私は    


           あなたがいないから、世界を滅ぼした。


「先輩。わたし、夢はもう叶っちゃいました。でも・・・わたし、欲張りです」


 そこまで言って、桜はもうこれ以上は無駄だと言わんばかりに口をつぐみ、あたりを覆う黒を操り始めた。
 表情は柔らかく。目には暖かさを宿し、彼女は          


「最後に・・・わたしの最後は          先輩が、ください」


         俺の手で、自分を殺してくれと懇願した。




















 ・・・・・・いまやもう一つの己自身とも呼べる双剣が、肉に突き刺さる鈍い感触を伝えてくる。…それで、終わり。
 桜は抵抗をせず       いや、むしろそうなることに焦がれていたかのようにそれを受け入れた。

 ・・・・・・いや、違う。
 言っていたではないか。彼女は初めからこうなることを望んでいたと・・・・・・衛宮士郎に殺されるのを、望んでいたではないか。
 だからこそこの腕の中に、私に胸を貫かれてなお、幸せな顔をして息を引き取った桜がいるのは、当然の結末ではないか。       これは、まさしく彼女が望んだ結末なのだから。








「・・・・・・なんで・・・なんでさ」


 その次第に冷えてきている体を抱きしめる。抱きしめながら、嘘であってほしいと・・・どうかこの結末がなかったことになるように、そんな馬鹿なことを考える。

       守りたかった。

 この上なく大切な。自分を支えてくれるかけがえのない家族だった。

       守りたかった。

 自分を先輩と慕い、信じて励ましてくれる人だった。

       守りたかった。

 不公平など許されないはずの己が道において、どんな状況であろうと自分は守ることを選ぶだろうとまで思っていた。

       幸せになって・・・ほしかった。

             それが・・・・・・その人をなぜ、自らの手で終わらせなければならないのか。





「あ・・・ああ・・・・・・・・ああああああああああああああああああぁああああぁ!」




 声が枯れ、喉から血が出て潰れてしまうほど叫ぶ。叫ばずにはおれなかった。
 なぜ、世界はこうも残酷なのか。
 なぜ、私はこんなことしかできないのか。
 なぜ       衛宮士郎は、大切な者をこそ不幸にするのか。












 おそらく・・・これは、罪なのだろう。

 他人から与えられたもので生きるがらんどうな身でありながら、分不相応な夢を抱いた。
 己のうちから何も生まれぬ者が他者を助けようなどとすることへの罪    夢の代償。


      ク。 ・・・なんて・・・・・・なんて・・・・・・」



         なんて、無様。



 夢に憧れ、夢に向かい、己を捻じ曲げ自滅し        
           結局。大切なもの全てを、自らことごとく壊しつくした。それが、この世界。

 夢に憧れ、思い出に導かれ、ただ独りよがりに走りぬけた。
 一を殺して十を助け、十を殺して百を救い、死して全てを道連れにした。その結末を無様と呼ばずしてなんと言おうか。




「・・・・・・」


 唯一の主であった桜さえ消えた世界を、言葉を発する気力すらなく見渡す。その姿を、己が裡に刻み付ける。

       結局。衛宮士郎は全ての世界において災厄にしかなりえないのだ。 世界はそれを自覚させたかったのかもしれない。そうでないと、この結末はあまりにも悲しすぎる。

 桜はもっと普通の幸せを掴んで、暖かに生きていけたはずだ。
 藤ねえだって、きっと騒がしくも楽しい毎日を送っていけていたはずだ。
 凛だって、自分の道を迷わず進み、きっと満足のいく何かを掴み取ることが出来たはずだ。
 それが出来なかったのは            衛宮士郎という大罪が、傍にいたからではないのか。
                    最悪の偽善者
 世界を救うというのであれば、 衛宮士郎 こそが滅ぼされるべき絶対悪ではないのか。


「そう・・・そうだ。私は絶対に忘れない」


 たとえわが身がこの世から消え、記憶が無限のうちの一つと成り果てようとも。私はこの光景を忘れない。私の罪を忘れない。いつか必ず、この罪を償うだろうその日まで、私はこの世界を深く刻み付ける。
 桜の満たされたような表情を忘れない。
 呪いを受け入れ、全てを喰らい、世界に否定され、かつての家族だった成れの果てに殺されて満足する。そんな終わりが彼女にあることは許せない。

 そうだ、見ていてくれ桜・・・セイバー。私は自らの罪を償ってみせる。この悲しみの原因を裁いてみせる。
 そう        




「いつか・・・・・・いつか必ず、私は衛宮士郎という悪を、自らの手で葬ってみせよう」




                  そして、私も・・・・・・・







 あとがき

 ・・・・・・いや・・・なんか、くら〜い(汗)

 皆さんお久しぶりです、あわしです。またもやお送りしました突然のひらめきシリーズ(短編とも呼ぶ)、いかがだったでしょうか? 今回のお話は・・・・・・悲恋?

 なんか自分が書く、もとい閃くのはどうしてこうも暗いのか、などと思ったりもするのですが・・・まあ、これが自分の文章の属性と言う奴なのでしょうか。・・・・・・やっぱり、ダークなのかなぁ、俺。


 それはそうと今回の話なのですが、これは凛が夢を見たところの助けて助けて最後には裏切られて死んでいった、というところを利用して書いております。ので・・・アンリミテッドブレイドワークスを見てみればわかりやすいかと。まあ、結構ずれちゃったりしてるでしょうが。
 とりあえず最後まで夢に殉じた士郎君。そして最後に罪を着せられるのですが・・・はたして、そんなことを彼の家族や友人達はやすやすと信じるのでしょうか? 藤ねえとか桜はもちろん、一成あたりは確実に反発しそうな予感。 まあ、だれでもそう考えるでしょうが、とにかくその辺を意識してやってみました。

 後々に事実が明らかになり、英雄として改めて報道された、というあたりはモロにジャンヌダルクから考え付きました。
 彼の家族が黙っているわけはないということと、人の口に戸はたてられぬということで、そのうちどっかのジャーナリスト辺りが真実を調べて暴露するんだろうとかいう脳内妄想です。
 ついでに桜が「来てくれた」と言うほど期待していた理由づけもですね。

 文としては・・・桜が影を操っている所から想像させることができていればいいのですが、彼女、ちょっとこのまま攻撃するぞと脅しをかけています。それで士郎がやむなく苦しみながらも正義を貫くために桜を攻撃        、と。
 ここでへたに戦闘シーンを入れるよりも、行間を空けて時間の経過を表現したほうがいい感じかな〜とか思って、今回はいざチャレンジ。 いかがだったでしょうか?


 この作品を、英霊エミヤが磨耗する一つの原因、その可能性であったとみなさんに思っていただければ幸いです。
 それでは、次回こそ明るい話を作ることを願って・・・

 

 

代理人の感想

・・・・そーか、確かにこう言うこともありえるんだろうなぁ。

救われないなぁ、本当に。(南無)

 

桜の脅しに関してですが、本文中では少々弱かったかと。

影を動かさなくても緊張感や殺気などで表現する手もありますし、

もう少し明白に描写したほうが良かったかもしれません。