母、百合子が帰国してからの嵐のような日々。悪魔ナイトメアとの戦いの後、彼女は報酬として手に入れた別荘の処理まで手際よく済ませてくれた。
掛かった期間は約一週間。横島はそんなに長期間父、大樹を野放しにしてよいのかと心配したが、百合子曰く事実上お目付役となっている元・傭兵エスパー、コレミツが頼りになるので問題無いとの事だ。テロリストもエスパーを使うようになってきたため必要にかられての事だが、村枝商事ナルニア支社では上手い具合に一般人と超能力者の協力体制が構築されつつあるらしい。
そんな百合子に特に振り回されたのが、愛子、小鳩、テレサ、マリアの四人である。彼女の滞在期間中、家事全般は勿論のことテレサは接客のいろはを、愛子は事務仕事を叩き込まれていた。愛子に至っては別荘の処理にも連れ回されたりしていたようだ。
百合子の方も、限りある滞在期間中に、横島家を支える事になるであろう彼女達を、出来るだけ鍛えておこうと言う思惑があったのだと思われる。
時折、横島の家に修行に来ていた六道の生徒達や、遊びに来ていた冥子までもが巻き込まれていたようだが、六道夫人はこれを黙認。いっその事、娘の根性を鍛え直して欲しいとか他力本願な事を考えていたのかも知れない。もっとも、その効果は甚だ疑問ではあるが。
そして百合子が帰国し、それからしばらくは何事もない平穏な日々が流れた。
五人の妹達の存在は横島に責任感を植え付けたようで、彼は積極的に除霊の仕事をこなし、登校出来る日は欠かさず登校するようになる。流石に急に成績優秀な優等生になるなんて事はなかったが、愛子の協力もあって少なくとも以前のように赤点を取るような事はなくなった。
薫にとって、そんな兄の存在は誇らしかったようで、彼女はますます兄への想いを募らせ、また自らも大好きな兄を見習い学校の勉強やＢ.Ａ.Ｂ.Ｅ.Ｌ.の訓練を積極的にこなすようになった。紫穂と葵、それに治療、リハビリを兼ねた訓練を受ける澪にもその影響は波及し、局長の桐壺や担当の皆本を喜ばせる事になる。
その後、季節は夏へと変わり、学生の面々は夏休みに突入。六女の生徒達も朝から訪れるようになり、横島家はにわかに騒がしくなった。
と言っても朝から晩まで修行漬けと言う訳ではない。彼女達は、この家を皆で集まる場所としているようだ。夏休みの宿題を持ち込んだりもしている。
そろそろ一般常識が身に付いてきた澪は、二学期から登校出来るようになる事を目標にして、学校の勉強についていけるように愛子達による補習授業が行われていた。
この頃には澪もハニワ兵、タマモ、横島以外の家族はもちろんの事、家を訪れる六女の生徒とも普通に接する事が出来るようになっており、六女の生徒達もこぞって補習授業の教師役に名乗りを上げていたりする。
そんな賑やかな横島家も、盆の訪れと共に静かになっていた。
帰省する者達や、家の方が忙しくて横島家を訪れる暇がなくなる者達。それぞれの理由があって六女の生徒達も盆の間はこの家を訪れない事になっていた。特に家がオカルト関係の者達は、行事があって休みどころではないそうだ。かおりが、この家で過ごすよりもお盆休みの方が忙しいと愚痴っていたのを横島は思い出す。
また、先祖の霊が帰ってくるこの時期はＧＳの仕事も一時的に少なくなる。大きな企業等が依頼主の場合は盆も暮れも関係なかったりするが、生憎と横島はまだそのような依頼主から依頼が来る立場ではない。
つまり、今は学生としては夏休みであり、六女の生徒も訪れず、ＧＳとしての仕事もない。そう、彼にとっては久々にゆっくり過ごせる休日であった。
横島と薫達は彼の部屋――正確には間を仕切る襖を開いて一つの部屋にした横島と薫達の部屋ですやすやと眠っていた。百合子が滞在中は、澪やタマモ、それに薫が彼女と一緒の部屋で寝てたりもしていたが、百合子がナルニアに帰ってしまった今は、薫達五人全員が横島の部屋で眠っている。
一番右端にはタマモ、その隣に澪、横島と並んでいる。間に挟まれる形になっている澪は、双方と腕を組んで眠っている。良い夢を見ているのか、心なしか嬉しそうな表情だ。タマモの方も特に嫌がっている事もなく、満更でもない様子である。
横島の左側では紫穂が彼の左腕を枕にし、寄り添うようにしてすやすやと寝息を立てている。普段は小悪魔な彼女も寝顔は天使のようだ。
更にその隣では、少し距離を置いて紫穂が枕にしている腕の指先を軽く握って葵が眠っていた。他の面々のようにべったりと甘える事が出来ない。しかし、離れて眠るのも寂しい。そんな恥ずかしがり屋なりの自己主張である。
そして最後の一人、薫がどこにいるかと言うと―――
「うぅ〜ん、にいちゃぁ〜ん」
―――なんと、横島の身体の上で寝ていた。彼の身体に正面から抱き着き、彼の胸に頬をすり寄せるようにして眠っている。
昨夜、その姿を見た葵が寝にくいのではないかと尋ねたが、薫にしてみればこの体勢が一番密着出来て良いのだそうだ。横島も薫の小さな身体ぐらいでは特に重くは感じないとの事。流石、除霊助手時代に荷物持ちで鍛えていただけの事はある。
「んっ……んん？」
その時、横島の上の薫がもぞもぞと身体を動かした。少し身体を浮かせて身体の下を覗き込み、そしてにんまりと笑みを浮かべる。
「兄ちゃん、朝っぱらから元気だなぁ〜」
声が嬉しそうなのは気のせいではあるまい。
薫はよじ登るように顔を近付けると、じゃれつきながらその頬におはようのキスをした。
このキスで横島が目を覚まし、彼がムクリと身体を起こすと、腕を抱えていた澪とその腕を抱えられているタマモ、腕枕で寄り添う紫穂に手を繋いでいる葵が連鎖して目を覚ます。
「な、何しとんねん、忠夫はん！？」
「毎朝の事なのに、そんなに騒ぐ事ないじゃない」
「そうそう、元気な証拠じゃん」
「……そうなの？」
「澪！ つっつくんじゃないのっ！」
その後、目を覚ました四人も合わせて騒ぎ出す事になるが、それも横島家のいつもの光景である。
「ほ、ほな、ウチ着替えてくるから！」
顔を真っ赤にした葵が、そそくさと隣の部屋へと移って襖を閉める。彼女は、横島が見ているところで着替えるような事は恥ずかしいのでしない。紫穂もその後に続いた。その一方で薫、澪、タマモの三人は横島の目など気にせずにその場で着替え始める。彼女達はまだまだ子供であった。ただ一人、タマモを除いて。
彼女の外見は薫達と違い、小学校高学年から中学生と言ったところで子供と言うには少々語弊がある。その仕草は時折大人びて見える事もあり、横島もドキッとしてしまう事がしばしばあった。
そんな彼女が横島に見せ付けるようにこの場で着替えている。当の横島は極力見ないようにしていたが、なんて事はない。タマモにとって横島は「見せても平気」なのではなく「見せても良い」相手なのだ。彼を庇護者として認めているのは伊達ではないと言う事だろう。
ちなみに妖狐であるタマモは、わざわざ着替えなくても変化の術でどうにかなるのだが、最近のタマモは普通に服を着るようになっていた。百合子に子供服を買ってもらったのが切っ掛けのようだ。
「やるわねー、タマモさん。私も見習わなくっちゃ」
「んな事、見習わんでええ！」
隣の部屋でポツリと呟く紫穂に、葵が律儀にツっこみを入れた。
かく言う紫穂は、葵のように恥ずかしいから隣の部屋で着替えている訳ではない。それどころか、以前は着替えながら横島をからかったりもしていたぐらいだ。
では、何故紫穂は葵と一緒に隣の部屋で着替えるようになったのか。
「ねぇ、忠夫さん。今日のブラ、薄いグリーンとピンクどっちがいいかしら？」
「俺に聞くなっ！」
「そんなに焦らなくても、忠夫さんの好みに合わせたいだけなのに」
「いいから、早く着替えなさいっ！」
どうやら「見せずにからかう」事を覚えてしまったためらしい。
こう言う時、横島は翻弄されっぱなしだ。当の紫穂はと言うと、襖の向こうで慌てふためく彼をイメージし、クスクスと笑っているのだ。なんとも末恐ろしい少女である。
「なぁなぁ、兄ちゃん！ あたしはどっちがいいかなっ？」
「全部脱いでから聞くなっ！」
そして、時折そんな紫穂を超える事をやってのけるのが薫であった。シンプルなデザインのスポーツブラを両手にもってじりじりと迫ってくる。紫穂と違い、薫の場合は横島が答えるまで退いてはくれないので、横島はまじまじと見ないようにしながら、パンツとお揃いの色のブラを指差す。
「おっ、やっぱ兄ちゃんもこっちがいいと思うか？ しょうがねえな〜、それじゃ兄ちゃん好みの女になるとするかっ！」
「バカな事言ってないで、早く着替えろ。俺が着替えられん」
この間、横島がどうしているかと言うと、まだ布団にくるまってじっとしている。
薫達が着替えて部屋を出て行った後、ようやく布団から這い出して着替えるのだ。
「ごっめーん、忘れ物しちゃった♥」
時折わざとらしく戻って来る薫を警戒しながら。
家族揃ってにぎやかな朝食を終えた横島一家。しかし、その後は退屈な時間を過ごしていた。
薫達がいつも見ている朝の番組が終わると、子供達は縁側、庭の方へと移動する。この近辺は、公園と言っても小さなものしかない。遊具も少なく、薫達にとっては、広い家の庭の方がよほど楽しいようだ。
「見て、あれ！」
「おっ、鳥が来とる！」
最近、薫達は塀沿いに生えた木に鳥の巣箱を設置していた。
この家では、タマモやハニワ兵達がいる事もあって、犬猫を飼う訳にはいかない。薫達にはめっぽう甘い横島も、これについては徹底している。
薫達の方もわがままを言う気はないが、せめて庭に小鳥などが訪れるようにならないかと考えたらしい。
その努力が実ったのか、澪の指差す先に設置された巣箱には、二羽の小鳥の姿があった。つがいだろうか。薫達は数体のハニワ兵達と一緒に、その巣箱を飽きる事なく見上げている。
「今日は暑くなりそうねぇ……」
「今日『も』な」
一方、縁側の横島とタマモは、あまり興味がなさそうだ。横島は縁側に腰掛けて薫達をぼんやりと眺めており、タマモはその隣でぐったりと大の字で横たわっていた。
完全に力尽きており、乱れてスカートの裾を直す余力もないようだ。横島が手を伸ばしてそっと直してやり、露わになっていたふとももを隠してやる。
「……えっち」
「変なとこは触っとらん！」
チラリと視線を向けてニヤニヤと笑うタマモ。横島は負けじと言い返すが、やはり暑さのせいか、ツっこみにいつものキレがない。
しかし、その声は薫達を呼び寄せるには十分だ。その声に呼び寄せられるように薫、澪、紫穂、葵の四人が戻って来る。
「鳥はどうした？」
「どっか行っちゃった」
そう答えて、横島の膝の上に腰掛ける薫。彼の背に小さな身体を預け、すっぽりと収める。
「巣箱の中には入ってくれなかったわ。また戻って来るかは、微妙なところね」
「そうかぁ、なかなか上手くいかないもんだな」
「エサ台とか、バードバスでも置いてみいひん？」
横島の隣に腰掛けた葵が上目遣いで見詰めて尋ねてくる。「小鳥の訪れる庭」と言うものに憧れがあるらしく、諦めきれない様子だ。
見ると他の面々も同じ様な目で横島を見ていた。あまり興味がなさそうな紫穂さえも、チラッチラッと様子を窺っている。
更に周りを見れば、ハニワ兵達までもが横島をじっと見詰めていた。空洞の目がすがるように見えるのは、きっと気のせいではあるまい。彼等の中に入っているのは地獄に堕ちた人間の魂と言う話だが、意外と彼等も癒しを求めているのかも知れない。
タマモの方に救いを求めてみるが、こんな時に彼女が役に立つはずもない。寝返りを打ってそっぽを向き、夏毛に生え替わったために短くなってしまった髪の房を器用に振って、追い払うような仕草をする。
それを見て横島は大きなため息をついた。除霊の仕事もなく、六女の生徒達が訪れる事もないため、のんびりと過ごせると思った休日だったが、どうやらそうもいかなくなってしまったようだ。
横島は膝の上の薫を降ろして立ち上がると、愛子達の姿を探す。台所に入ると、朝食分の洗い物を終えた愛子と小鳩の姿見えた。
「おう、愛子。今日はちょっと出掛けるぞ。お昼も向こうで済ませちまおう」
「え？ どうかしたの？」
タオルで濡れた手を拭きながら愛子が振り返る。突然の横島の言葉に戸惑っているようだ。
「ちょっと買い物にな。小鳩も、今日はバイトないんだろ？」
「え、ええ……お店の方もお盆休みですから、お付き合いできますけど」
小鳩も同じく戸惑っている。無理もあるまい。なにせ彼女達は、昨日横島本人からは明日はのんびり寝て過ごすと聞いていたのだから。
「……あ、もしかして薫ちゃん達ですか？」
そんな彼がわざわざ出掛けようとする理由は一つしか考えられない。そう可愛い五人の妹達である。
きっと薫達が何かおねだりしたに違いない。そう察した二人は顔を合わせてクスクスと笑い始める。
「もぅ……あんまり甘やかしちゃダメじゃない」
「い、いや、ゲームとか、おもちゃとか買いに行く訳じゃないから」
横島家の財布を担う愛子に窘められ、しどろもどろになる横島。しかし、愛子も反対はしない。
「それで、何を買いに行くんですか？ お盆ですし、開いてる店は限られてますよ？」
「中部デパートなら開いてるだろ。庭にエサ台とかバードバスを設置しようかと思ってな」
「あぁ、ハニワ兵達と一緒に巣箱を設置してましたね」
巣箱を設置しているところは小鳩達も見ていた。
この家の庭は、巨大な土偶の上半身の形をした地脈発電機が異彩を放っているが、広々とした眺めの良い庭だ。野鳥が訪れるようになれば、さぞかし風流であろう。二人も思った。それは良いかも知れないと。
「いいわね、それ。でも、私達も行っていいの？ 薫ちゃん達と出掛けるんでしょ？」
「どうせ皆暇してるんだし、いっそ家族皆で出掛けようぜ」
「いいですね。分かりました、すぐに準備します」
横島の言葉に愛子と小鳩の頬がほころぶ。彼としては、どうせ出掛けなければならないのなら一蓮托生と言った心持ちなのかも知れないが、彼女達にとっては嬉しい申し出だった。特に普段はバイトで忙しい小鳩は、皆で出掛ける事にウキウキと胸を躍らせている。
「ほぅ……これはなかなか……」
「って、どこ見てるのよ」
本当に大きく揺れている小鳩の胸を感嘆のため息と共に見詰める横島の後頭部を、愛子がツっこみと共に小突いた。
しかし、横島は小突かれた事を気にも留めずに揺れる胸を堪能している。
小鳩の方はと言うと、横島に見られている事にも気付かないぐらいに浮かれていた。
横島と出会った当初は貧乏神絡みで色々とあった小鳩。しかし、今では貧乏神も福の神となって彼女の生活は様々な意味で上向いている。病気がちだった母も快方に向かっており、小鳩自身はあの頃から変わらず慕っている横島の下に居候中の身。居候と言っても、今や家族同然だ。
そして今、その横島から一緒に出掛けないかと誘われたのだ。これで浮かれるなと言う方が無理と言うものだろう。これだけ喜んでくれれば、誘った方も冥利に尽きると言うものだ。
「そ、それじゃ私、着替えてきますね！」
「俺はマリア達も誘ってくるわ」
「分かったわ。準備が済んだら私達は玄関で待ってるから」
「おう、また後でな」
小鳩がいそいそと部屋へと戻り、ひとしきり堪能した横島も、ほくほく顔でシュビッと片手を上げて台所から去って行った。
「まったく、しょうがないわねぇ……」
それを見届けた愛子が、呆れ混じりのため息をつく。
しかし、その表情がどこか嬉しそうなのは、やはり家族皆で出掛けられるからだろう。
横島は元々「貧乏暇なし」を地で行く生活をしていたせいか、意外と仕事人間な一面を持っている。やはり、あの両親の血だろうか。
毎日のように六女の少女達が集まり横島が修行を見てやっているが、彼にしてみれば後進の指導も仕事の一環なのだ。あれだけ女子校生に囲まれて楽しみながらも羽目を外さず、踏み外さずにいられるのも、この仕事に対しては真摯に向き合うと言う彼のスタンスが一因であると言えるだろう。
そんな横島は「家族サービス」と言うものを、これまであまりしてこなかった。「仕事一筋で、家庭を顧みない夫」と言えば分かりやすいだろうか。何かする時は、薫達のおねだりに答える形で行われ、愛子達は置いてけぼりになる事も多い。
愛子達もおねだりすれば良いかも知れないが、流石にこの年で子供のように甘えるのは恥ずかしいし、実際にやったらシャレにならない。
だからこそ、今回も切っ掛けは薫達とは言え、横島の方から「家族皆で」と言ってくれたのは嬉しかった。これを切っ掛けに、もう少し家庭を顧みて欲しいものだ。
「やだっ、これじゃ奥さんみたいじゃない！」
自分の思考の帰結に、頬を真っ赤にする愛子。学校から飛び出して家庭に入ったせいだろうか、色々な意味で学生の青春を飛び越してしまっている気がするが、不思議と悪い気はしなかった。
「服は着替えられないけど、お化粧ぐらいした方がいいかしら？」
机妖怪である愛子は、制服以外に着替える事が出来ない。せいぜい夏服、冬服、或いはジャージ等、学校で使用する衣服に衣替えする程度だ。家事をする時はエプロンを身に着けたり、冬場ならば上からカーディガンを羽織ったりするが、今は必要ないだろう。
せっかくだから目一杯、出来る限りのおめかしをしよう。そう考えた愛子は、出発の準備をするべくいそいそと自室に戻るのだった。
横島は次にカオスの研究所に向かった。土蔵を改造して離れの研究所としているのだが、これが意外と快適な空間となっており、居間以外にテレビがある唯一の部屋であるためか今ではハニワ兵達の溜まり場となっている。
横島が研究所に入ると、丁度マリアとテレサのメンテナンスが終わったところだった。服を脱いだ状態で充電用のベッドに横たわっている。ワンピースの水着のような金属製のボディスーツを着ているように見えるが、それが彼女達の「素肌」だ。
「忠夫・さん、どうか・しましたか？」
マリアが横島の存在に気付き、やおら身体を起こすと、そのままの姿でベッドから降りて近付いてきた。堂々としたものだ。
一方テレサはと言うと、ワンテンポ遅れて横島の存在に気付き、咄嗟に手近にあったシーツをたぐり寄せて自分の身体を隠した。傍目にはマリアと同じような姿なのだが、こちらは見られるのが恥ずかしいらしい。
「なんであんたがこっち来てるのよ！？」
「わ、悪い……」
その仕草を見て横島の方も恥ずかしくなり、思わず視線をそらしてしまう。なんだかんだと言ってこの男、こう言う部分では純情であった。
「マ、マリアも早く何か着てくれ！」
「？ 了解・しました」
小首を傾げながらも了承の返事を返すマリア。彼女はまだ、この辺りの機微は理解出来ないようだ。
「し、しかし……」
チラリと着替え中の二人を見る横島。今まで特に意識はしていなかったが、テレサがあのような態度を見せると、マリアの方も変な目で見てしまう。
実際、こうして改めて見てみると、マリアのスタイルは破格だ。どちらかと言うと小柄な体格だと言うのに、スタイルの良さは彼が知る中でもトップクラスなのではないだろか。
「でもなぁ……」
そして横島はため息をつく。
自分にとって危険か、そうでないかを判断基準とする彼は、人造人間だから拒むなどと言う気持ちは微塵も無かった。人間だろうが、そうじゃなかろうが、可愛ければ良しだ。
その判断基準に従えば、マリア、テレサの姉妹は合格ラインを越えるどころか無造作に跨いでいくレベルだ。
しかし―――
「どうしてカオスは、あんなボディにィ……ッ！」
「なんじゃい、やぶからぼうに」
―――それだけに彼女達の「素肌」が非常に惜しい。
マリア達のボディはバズーカの直撃を受けても傷一つ付かないと言う、現代の科学では考えられないような謎の素材で出来ている。そのため、一見人間のように見えてもその肌は非常に硬いのだ。撃ち出した拳がそのまま武器になるぐらいに。
そんな鋼鉄の身体を持つテレサが、人間と同じような仕草で恥ずかしがると言うのも良いが、「可愛ければ良し」と言う横島が、彼女達が人間と同じような外見をしていればと思ってしまうのも無理のない話であろう。
この件に関して、カオスは頼りにならない。最近になって作ったテレサも、強度の上ではマリアに劣るとは言え、その外見は同じようなものだ。彼では二人をこれ以上人間に近付けたりはしない、或いは出来ないだろう。
だが、この男は今なお人間界に並ぶ者はいない世界最高峰の錬金術師だ。その技術は世界随一と言って良いだろう。そんな彼の最高傑作である二人に、一体誰が手を加えられると言うのか。
「誰かいないのか！？ この俺の夢を叶えてくれるヤツはぁぁぁーーーッ！」
「うるさいわよ、忠夫。訳分かんない事言ってないで用件を言いなさい、用件を」
天を仰いで絶叫する横島の背を、着替え終えたテレサが蹴飛ばした。
「ハッ！ そうだった！」
その一撃で床に顔面から倒れ込んだ横島は、我に返って本来の用件を思い出す。
「実は、これから皆で中部デパートに出掛けるんだ。準備が済んだら玄関に集合な」
「は？ 私達も行くの？」
「今日は皆で行くぞ。庭に設置するバードバスとか揃えに行くんだ」
「ほぅ！ そりゃ風流でいいかも知れんのぅ！」
バードバスと聞いて、カオスも興味を持ったようだ。横島家に移り住んで以来、家賃の支払いに追われる事なく好きな研究に没頭し、悠々自適の隠居生活を送る彼にとって、やはり庭の環境は気になるのだろう。最近はハニワ兵達が茶飲み友達なので、彼等が喜びそうだと言うのもある。
「……………」
その時、横島はある事に気付いた。あごに手を当てて、テレサ、マリア、カオスの三人をじっと見る。
「な、なによ……」
「マリアとカオスのじいさんは最近ラフな格好してる事多いけど、お前ってそれ以外あんま着てないよな」
横島が気になったのは、テレサの服装だ。彼女達姉妹が着る黒い厚手の服は、防弾防刃等を備えた優れ物なのだが、カオスのセンスのせいかどうにもデザインが野暮ったい。
カオスと共に日本での生活が長いマリアは、普段は人間と同じような服装をしている事が多いのだが、テレサはあまり別の服に着替える事はなかった。
かく言うマリアも、やはり外出時は例の服を着る。テレサは言わずもがなだ。
カオスなどはいつもの暑苦しい黒いコートから着替えて、やたらと体格が良い以外は一般人に紛れ込んでも分からないぐらいに普通のご隠居になっていると言うのに、せっかくの美人姉妹がこれで良いのだろうか。否、良い訳がない。
「お前、普通の服は持ってたよな？」
「え？ そりゃ一応持ってるけど」
テレサは、この家に移り住む際に何着か服を買い、マリアと小鳩から古着を譲って貰っている。
だが、それこそがテレサがあまり着替えない原因だった。
「………のよ」
「ん？」
ポツリと何かを呟くテレサ。声が小さくて聞こえないため、横島は耳を近付けて何とか聞き取ろうとする。
するとテレサは何を思ったのか、その耳をつまんで引き寄せ、更に自分からも口を近付け、声を大にして叫んだ。
「サイズが合わないのよ！ 特に胸のとこっ！」
不意を突かれて耳がキーンとなる横島。そして言い終わったテレサは、どこか虚ろで達観したような表情となり、力無くその場に崩れ落ちた。
「ふっ……姉さんはいいわ、分かっていた事だから。でも何よ、小鳩のヤツ。人造人間よりスタイルがいいとか、反則じゃない……」
新しく買った服は良いのだが、二人からもらった古着のサイズに打ちのめされてしまったらしい。
テレサも、決してスタイルが悪いと言う事はない。むしろ、そのスラッとしつつも出るとこは出ている立ち姿は、横島家に集まる六女の生徒達も羨む程である。しかし、マリア達の古着を見ていると、その度に上には上がいる事を思い知らされてしまうのだ。
耳へのダメージから復活した横島は、打ちひしがれて崩れ落ちるテレサの肩をポンと叩く。
「あ〜、それじゃ今日はテレサ達の服も買うって事でどうだ？」
「え？ いいの……？」
不意の申し出にテレサは顔を上げ、きょとんとした表情で横島の顔を見た。
「お主、独立してから急に羽振りが良くなったのぅ」
「この横島忠夫、女の子のために惜しむ金は持ち合わせていない！」
自慢気に胸を張るが、明らかに父親の血だ。
「あんたね……」
その堂々とした悪びれない態度に、感心すれば良いのか、呆れれば良いのかも分からず、テレサはとりあえず小さくため息をついた。
とは言え、自分の事を気に掛けてくれていると言うのは悪くない気分だ。ここはお言葉に甘えるのも良いだろう。テレサは頬に触れる髪の房を指でいじりながら、照れ臭そうに口を開く。
「ま、まぁ、いいわ。私のために買ってくれると言うなら……」
「そうだ！ マリアも新しい服買おうなっ！」
「サンキュー・忠夫・さん」
「せっかくだし、皆にも―――」
しかし横島は、その時点で既にテレサの側から離れてマリアの手を取っていた。更に他の面々の服も買おうと画策し始める。まるでテレサの事はもう目に入っていないかのような態度だ。
「……………」
何か言いたげに横島の方に手を伸ばし、そしてショックを受けたかのような表情を見せるテレサ。
ガクッと肩を落とし、その肩をわなわなと震わせる。
「ふ・ざ・け・ん・なあぁぁぁーーーッ！」
「あだーーーっ！」
そして次の瞬間、渾身の力を込めたロケットアームが横島の後頭部に炸裂。そのまま研究所の外まで彼を吹き飛ばしてしまった。
そんな紆余曲折を経て、横島一家は中部デパートに買い物に出掛ける事になる。
これまでにも何度か買い物に出掛けた事はあるのだが、何かが緊急に必要になったからそれを買いに行くと言う事がほとんどだった。
今回の場合も、切っ掛けは薫達のおねだりだが、決して急いで買いに行かなければならないものではない。
そのせいか今回の買い物は、必要な物を買いに行くと言うよりも、ぶらっと家族で出掛けると言った方が近い。薫達に至っては買い物に行くと言うよりも、遊びに行くような気分だった。
「兄ちゃん、おせーぞ！」
「おぅ、すまんすまん」
マリアに介抱されて後頭部へのダメージから回復した横島が、彼女を伴って玄関に行くと、既に他の面々が集まっていた。そんなに長い時間待たせた訳ではないはずなのだが、既に待ちくたびれてしまった薫が飛び付いてくる。
「財布は愛子が持ってるよな？」
「バッチリよ！」
丸みを帯びたシンプルなデザインのトートバックを手に、愛子が笑顔で答える。財布は横島家の金庫番である彼女に預けられている。彼女に任せておけば、無駄遣いする事もないだろう。
「それじゃ、留守番は頼んだで！」
「「「「「ぽー！」」」」」
葵が声を掛けると、ハニワ子さんを中心にズラッと横一列に並んだハニワ兵達が揃って返事をする。
「それじゃ、しゅっぱぁーっつ！」
薫が元気良く先頭を歩き始め、横島達もそれに続く。
こうして外に出てみると、改めて日差しの強さが感じられる。しかし、彼女達はそんな暑さにも負けず、元気一杯であった。
つづく
あとがき
この話は、『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』のラストエピソード『絶対無敵！
グレートマザー再び！！』終了後、黒い手シリーズ本編『続・虎の雄叫び高らかに』と『アン・ヘルシングと賢者の石』の間のエピソードになります。
つまり、神族過激派が本格的に動き始める前ですね。横島除霊事務所は、まだ天使メッシャーに破壊されていません。
横島家の庭に集まる野鳥達は、天使メッシャー襲撃前に野生の勘で察知して逃げているでしょうからご安心を。
最終章で六女の臨海学校が行われてるので時期的に妙な事になりそうですが、気にしてはいけません。
「三度目のバレンタインか……まんがの中の時間の流れがどーなってんのかはともかく、いつもありがとう……！」なんて作中で言ってしまう『ＧＳ美神』です。一年近く、横島達は平和な時間を過ごしたと言う事で。
マリアは身長160cm、B100cm W57cm H97cm、これはアニメ版公式設定です。
ちなみに、横島の身長は176cm。令子は身長164cm、B92cm W58cm H90cmだとか。
と言う訳で、公式に数値が出ているメンバーの中では、マリアがトップと言うのは、アニメ版公式設定と言う事になります。
登場人物の設定及び除霊に関する設定は『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。ご了承下さい。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
別に小学生の女の子に見せつけられてもなぁ・・・ｗ
基本的に横島も外見が低年齢の場合は余り気にしなかったはずなのに、いつの間にこんな事に。ｗ
しかしテレサは久しぶりに登場したと思ったらやっぱりこんな役どころか・・・。
お不幸さま南無ｗ
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