「おキヌちゃん、この資料を持って愛子の中に入って」
「え? あ、ハイ! 愛子さ〜ん、私も入れてくださ〜い」
散歩中のシロを捕まえた美神は仕事の資料を横島達に渡させるべく、おキヌを愛子の中に放り込む。
シロもその後を追おうとしたが、美神に一喝されておとなしく後部座席で愛子の机を支えるのだった。
「と、いうわけでこれが今回の仕事の資料です」
「やけに分厚いな」
おキヌの頭にはここに落ちて来た時にできたタンコブがあるのだが、それには触れずに話を進めるのが優しさというものだろう。
「・・・これ、違約時の罰則事項ばっかりじゃないか」
「しかも、除霊対象が書いてないじゃない」
書類に目を通していた2人が驚きの声を上げた。おキヌも重々承知の事だったらしく、我が意を得たとばかりにまくしたてる。
「そうなんですよ。美神さんは最初罰則事項の多さから仕事引き受けるのを渋ってたんですけど、法外に高額な報酬を聞いたら目の色変えちゃって…」
「…目に見えるようだよ」
「横島君。お願いだからそういう経営者にはならないでね」
「あ、当たり前だろ」
おキヌも横島だけではそうでもなかっただろうが、愛子もいるとなるとまるで身内の恥を見られているようでいたたまれなかった。
「除霊対象が書かれてないってのが気になるなぁ…」
「国が依頼主と言うのも気になりますよね? 普通はオカルトGメンに行くはずなのに」
「確かに…」
横島達もそうだが、おキヌも本音はこの仕事を受けるのは反対のようだ。さもありなん。
「さぁ、3人とも出てきなさい!」
「へーい…って、なんつー格好してるんですか?」
現地に到着したらしく、令子が呼んでいると知らされた横島達が机から出ると、そこには乗馬スタイルの令子が馬上で待ち構えていた。
「追跡のためよ! ほら、森の中に結界をしかけてるから、あんたはそこで待ち構えてターゲットが来たら吸引するのよ!」
「わかりましたって、そのターゲットが何かまだ聞いてないですよ?」
「うっ…あんたは結界にかかった妖怪変化を片っ端から片付けてればいいのよ!」
「そんなムチャクチャな事できませんよッ!!」
そうは言っても周囲を見回してみるとやけに物々しい雰囲気で、上を見上げれば自衛隊のヘリも見える。
そして、すぐ近くに張られたテントの前ではスーツ姿にヘルメットという姿がちらほらと。どうやら彼等が「依頼主」らしい。
彼等の前でこれ以上ごねるわけにもいかず、横島は愛子を連れて結界へと向かう事にした。
「おキヌちゃんは本部で連絡係をしてちょうだい。シロ、行くわよ!」
「まかせるでござるよ!」
そう言うと2人も森の中へ入って行った。令子は馬で、シロは自前の足で。
「で、どうするの?」
「どうするって相手がわからんからなぁ…おキヌちゃんが携帯持ってるから、わかればすぐに連絡をくれると思うけどっといきなり来た」
横島はおキヌからの連絡を受けるが、今回の除霊対象がある意味予想通りだったらしく、走りながらだと言うのに大きく溜め息をついた。
ちなみに横島やおキヌの持っている携帯はかつて横島達で事務所を経営した時に皆で入手したものである。その頃は通話料も事務所から支払っていたが、令子復帰と同時に個人名義に変更されている。
正直、横島の生活を考えると痛い出費だったが、事務所のメンバーや仕事で知り合った人々の連絡先等も全てが詰め込んである。今の横島にとってかけがえのない『人脈』という宝だ。
「今回の除霊対象…妖狐らしいが、妖怪一匹にしては仰々しいな。そんなに強力なのか?」
「う〜ん、妖狐と言うか《金毛白面九尾の狐》は《傾国の魔物》と呼ばれてるみたいね。今の御時世の事考えると国が過敏になるのも仕方ないんじゃない?」
愛子はどこからともなく取り出した本を見ながら横島の疑問に答えた。
「…なんだその本は?」
「中の学校の図書室にあったの。伝説の玉藻前の話も乗ってるわよ?」
「お前って便利だなぁ」
まったくだ。
そうこうしているうちに2人は令子が張ったであろう結界に到着する。
しかし、横島は結界に着くなりそれを破壊しはじめた。
「やっぱり助けるの?」
「当然。おキヌちゃんに聞いた話じゃここ数ヶ月の間に生まれた子供の妖狐らしいし、悪さしてない…と言うか、お前の方がよっぽど悪い事してたんじゃないか?」
「…皆ちゃんと元の時代に帰したもん」
愛子は拗ねてしまった。
「でも、逃がしちゃったら横島君がヒドい目にあわされるんじゃ?」
「退治した事にするさ。ここで逃がしてもまたすぐに追いかけられるだろうし」
「それでこそ横島君ね!」
「褒めても何も出ないって…お、来たな!」
その後、横島は令子に追い立てられたであろう妖狐を抱き止め、令子が来る前にその子狐を愛子の机の中に匿う。
そして、自分は吸引するために渡されていたお札を燃やしてしまうのだった。
その後、横島達が令子と合流し本部として設置されていたテントに戻ると、そこには待機していたおキヌだけでなく美智恵と西条の姿もあった。
特に美智恵の肩は怒りのためかわなわなと震えている。やはり令子に対してであろう。
「さ、西条。一体どうなっているんだ?」
「実はだな…」
西条に話を聞いてみると、『金毛白面九尾の狐』の除霊命令はやはり元々はオカルトGメンに下されていた物らしい。しかし、いざ実行する段階で美智恵が玉藻前の伝説が信憑性に欠ける事、妖狐に「人間が敵」と思わせる事の危険性を説いて反対したのだ。
上層部の人間のほとんどが元GSないし、オカルト業界の関係者であるGS協会と違ってオカルトGメンの上層部はオカルトに関する知識も持たない素人である事が多い。矛盾した話ではあるが、オカルトGメンの上層部には幽霊の類をプラズマ呼ばわりする人もいるそうだ。
そういう理由もあって、オカルトGメンにおいての美智恵の人望は相当なものがある。それ故に美智恵が動かないとなると、実際に除霊作業を行う西条達も動かなかったのだ。
その事に業を煮やした上層部は苦渋の決断を下し、民間GSに妖狐除霊を一任する事にしたのだが、民間GSだって『金毛白面九尾の狐』の危険性や伝説の信憑性は知っている。
そのため、仕事を受けるのは令子のような除霊対象の情報を与えなくてもよい、金に目の眩む者だけとなる。依頼料を聞いた担当者が泡を吹いて倒れる程にふっかけられても選択の余地がない程に。
「横島君、帰るなら送っていくわ。乗って」
「あ、はい。愛子も一緒でいいですか?」
「…机の足は乗せる前に拭いてね」
ひとしきり説教した美智恵は真っ白に燃え尽きた令子をおキヌとシロに任せて自分は横島達を車に乗せて帰路につく。そして、現場を離れた車の中で本題を切り出した。
「横島君、子狐ちゃんは机の中?」
「「ぶっ!」」
横島と愛子は揃って吹き出した。
「な、な、な、な、何言ってるんですか!?」
「もう自衛隊も役人もいないから隠さなくてもいいわよ。横島君が追い立てられた罪もない妖怪を除霊できるとも思えないし」
「うっ…おっしゃる通りです」
「で、でも! この子を除霊するのは…!」
「わかってるわよ。でも、野に放つにしても人間すべてが敵じゃないとわかってもらった上じゃないと。彼女が人間に恨みを持って人間を攻撃したら、今度こそ退治しなきゃならなくなるわ。上には退治された事にしといた方が無難でしょうね…そのあたりは私がなんとかしておくから…あと、令子へのお仕置もね」
そう言ってクックックッと不気味に笑いだす美智恵。ハッキリ言わなくても怖い。
「そ、それじゃ 妖狐はしばらく俺達が匿っておきますね〜」
「どうしてくれようかしら…あのコに一番効くお仕置は…ブツブツ」
「「………」」
美智恵を恐れ、横島達はアパートに着くまで終始無言だった。
横島と愛子がアパートに到着した時には既に日も暮れていた。
部屋に入ってやっと一息をつく2人だったが、愛子の中にまだ妖狐がいる以上むしろ問題はこれからと言える。
「妖狐のヤツ、中で暴れたりしてないか?」
「ん、中で動いてる…でも、今は回復に専念してるみたい。おとなしいものよ。まぁ、狐火を出したところで中の学校はどうって事ないけど」
「…お前って割と強い妖怪だったんだなぁ」
「中ではね…ほら外に出すわよ」
そう言って愛子は妖狐を外に出す。また部屋中走り回って暴れ出すか思っていたが、意外にも妖狐はおとなしく伏せている。
少し気を抜いた横島が立ち上がって台所でお茶の用意をしていると、こちらを警戒するように唸り声を上げていた妖狐は突然、人間の言葉で喋りだした。
「あなたの中…妖力に満ちていたわ」
「「え?」」
「おかげで少し回復できたわよッ!!」
そう言うや妖狐は『金毛白面九尾の狐』の名の通り金色の髪と白い肌を持った少女に変身した。
「ぶっ!」
「?」
ここで3人の位置関係を説明しよう。
妖狐の正面に愛子、そして 妖狐の背後にお茶の用意をしていた横島。
そして、妖狐は先ほども言ったが手足を床につけ頭を伏せたままである。と言う事は当然、横島の目に入ったのは…
「な、何見てんのよバカぁーッ!!」
「どぅわッ!?」
自分がどんな格好をしていたか理解した妖狐の少女は顔を一瞬真っ赤に染めたかと思うと、次の瞬間横島に向けて狐火を炸裂させ、壁に開いた大穴を通って逃げ出してしまった。
勿論、出て行く際に横島を踏んづけていく事も忘れない。
「…し、白」
何の事かわからないが 横島は真っ黒焦げにも関わらず白だったらしい。