これは、横島が妙神山にて修行を行っていた五ヶ月間の間に起きた、外部には決して漏らされる事のない記録である。
「さて、今までお主の霊力を鍛えてきたわけじゃが…ここいらでひとつ、新しい技に挑戦してみんか?」
「新しい技、ですか? なんか怖いような…」
正座して猿神の話を聞く横島はどんなキツイ修業が待っているのかと冷や汗を流して後ずさる。
「特殊と言えば特殊じゃが、お主も良く知っている技じゃ」
「俺の、知ってる…?」
疑問符を浮かべる横島。対する猿神はニッと笑う。
「ズバリ、《超加速》じゃ」
「あれですか!?」
「まぁ、小竜姫やメドーサのようなスピードを得られるかと言えば首を横に振らざるを得ないがの」
超加速により得られるスピードと言うのは使用者の霊力に比例する。いかに鍛えたとは言え、人間の霊力では超加速を使った所で得られるスピードはたかが知れているだろう。
しかし、スピードを1段上のレベルに上げる事は、横島自身の強さを1段階底上げする事を意味する。何故なら、いかに強い力も当たらなければゼロに等しいからだ。
「猿神師匠も使えたんですか?」
「いや、わしは使わん」
猿神はあっさり横に振る。
「わしは、使わずとも戦えるスピードを持っておるからの。だが、お主は小竜姫が超加速を使えば対応できまい?」
「………」
図星だ。
横島は幾度か小竜姫と試合を行い、その内何回かは勝利していたが、その勝利は全て小竜姫が超加速を使う前にもぎ取った勝利だ。
確かに、あれほどの速度は得られないにしてもやる価値はあるだろう。そう考えた横島は超加速の修業を行う決心をした。
「…わかりました。どんな修業をすればいいんですか?」
横島はやる気を出して問うが、猿神は少し困った顔をする。
先程、猿神自身が言った事だが、彼は超加速が使えない。使う必要がないぐらい速いと言う事だが、何にせよ使えない事には変わりがない。
そして、使えない技を教える等、いかに猿神と言えどできる事ではない。彼にも不可能な事ぐらいある。
「え、それじゃどうするんですか?」
「使えるヤツに教われば良い、既にこの事は伝えてある」
「使える人…」
すぐさま横島に1人の神族が浮かんだ。
「まぁ、あやつは優しすぎると言うか、甘い所があるからのぅ」
「そこがいいんじゃないっスか!」
鼻息の荒い横島の言葉に猿神は眉をしかめる。
「馬鹿を言うな、本来は人間のお主には使えん技じゃぞ? それだけに丁寧かつ厳しい修業を必要とするのだ」
「大丈夫、俺は真剣そのもの! もう、手取り足取り…」
横島の煩悩を見抜いた猿神は大きな溜め息をついた。
「ふぅ…お主は月での戦いで超加速を使った事があったの。だから、全く素養がないわけではないが、それでも難しい事に変わりはない」
しかし、横島は止まらない。
「心配しないでください、2人の愛の力で…」
「愛はともかくじゃな…まぁいい。心を1つにして修業に臨むがよい」
少し不安が残るが言っても無駄っぽいので、猿神はそのまま暴走した横島を放置する事にした。
「はっはっはっ! 手取り足取り、ついでに腰取りー!」
テンションを上げた横島が妙なダンスを踊っていると扉を開いて何者かが修業場へと入ってきた。
「さぁ! くんずほぐれつ、身も心も1つにして いざ、人と神様の種族を越えた禁断の愛の世界へーッ!!」
「韋駄天八兵衛、参上ッ!」
「なんじゃそりゃぁぁぁッ!!」
そこに現れたのは韋駄天八兵衛。
忘れられているかも知れないが、超加速は本来、韋駄天の技だ。
「さぁ、横島君! 身も心も1つにするんだ! なに、(霊体、肉体ともに酷使して)痛いのは最初だけ。すぐに(体が加速状態に)慣れるッ!」
「男はいやじゃぁぁぁッ!!」
「ああ! 横島君、どこに行くんだ!?」
「横島さん、すごいのねー。韋駄天と互角に追いかけっこしてるわ」
「ふむぅ、あやつには必要のない修業だったかも知れんのぅ」
「どーせこんなこったろうと思ったよ! チクショーーーッ!!」
そのまま2人の追いかけっこは横島が力尽きるまで続けられ、どうしてもイヤだと涙ながらに訴えた横島により、この修業は中止となったそうな。
おわる
代理人の感想
どーせこんなこったろうと思ったよー!(爆笑)