「はぁ〜、GS(ゴーストスイーパー)かぁ…」
 麻帆良女子中学校3年A組の教室に雑誌を手に溜め息をつく少女の姿があった。
 ツインテールに結ったシトリンのような色をした髪を、鈴を付けたリボンでまとめた少女、名は神楽坂明日菜(カグラザカ アスナ)。頭の方はあまり自信がないが、運動神経については折り紙付の健康優良児である。
「アスナ、またその雑誌読んでるの?」
「まぁね」
 アスナが手にするそれはGS協会が発行している雑誌「季刊GS通信」だった。
 現在活躍している現役GSの紹介、既に引退した元GSの連載するコラムや新作の除霊具の特集を組んでいたりもするGS御用達の雑誌である。
 しかし、少女がGSなのかと言うとそうではない。彼女はあくまで素人、GSに憧れるただの中学生に過ぎない。

 アスナは再び雑誌に目を向けた。そこにあるのは現在注目されている現役GSが何人も紹介されている記事。そこに並べられた単語にアスナは心躍らせている。
 高額の除霊料金。
 学生でも都内に一戸建てを持つ事も可能。
「…GSみたいにバリバリ稼げりゃ、学園長に出してもらってる学費の返済もすぐよねぇ」
 夢見る少女ではなく、憧れの理由は非常に現実的な物だった。

「でも、GSってプロに弟子入りしないとダメなんでしょ? アスナ、知り合いとかいるの?」
「う〜ん、いると言うかなんと言うか…」
 この時、アスナの脳裏には昨年から彼女達のクラスの担任となった子供先生、ネギ・スプリングフィールドが浮かんでいた。
 アスナのルームメイトでもあるその少年は、ただの子供ではなく魔法使いなのだ。周囲には秘密にしているが彼女はその事を知っているため、今まではただの憧れで終わっていた「GSになる」と言う夢が、俄然現実味を帯びてきて現在に至っている。
 実は『隠匿された魔法使い』であるネギに弟子入りしたところでGSにはなれないのだが、素人であるアスナはその辺りが理解できていなかった。



「え、長期出張ですか?」
「うむ、まだ学生の君に頼むのは非常に心苦しいのだがね」
 一方、学生の身分で都内に一戸建てを所有する若きGS、しかしその知識は素人アスナと大して変わらない横島忠夫はGS協会幹部の唐巣に呼び出されていた。どうやら仕事の依頼があるらしい。
 依頼内容はGS協会の使者として、『関東魔法協会』に協力すること。当然横島は「マホーキョーカイ? それっておいしいの?」レベルの知識しかないため、唐巣からの説明を受ける。
「実は『魔法使い』って一言で言っても、二種類いるんだよ」
 唐巣の説明によると、魔法使いと言うのは中世の魔女狩りの時代に二派に分かれたらしい。
 元々魔族によりもたらされた技術である事は確かな魔術。それを扱う魔法使いを弾圧する魔女狩りに対してどう対応するか、当時の魔法使い達は選択を迫られていた。
 そこである者達は魔族と手を切り、魔女狩りを避けるために神界、魔界でもない第三の異界『魔法界』へ移住して避難する事を選び、またある者達は更に魔族との交流を深めて、より強い魔術を得て魔女狩りに対抗しようとした。
 そして後者は現代に至るまでに滅んでしまっている。横島も知る大魔法使い『現代の魔女』魔鈴めぐみが研究しているのはこの滅び喪われてしまった魔法技術なのだ。

 時代は移り変わり、GSの登場により神秘がどんどん公の物となっていった。
 魔法も例外ではなかったのだが、それでも魔法界は表舞台に立つ事を嫌い、人間界に進出し魔法協会を組織してもその存在は一般には隠匿し続けたのだ。そのため、現在のオカルト業界で「魔術」と言えば、一般的な意味合いとしては魔鈴めぐみの研究している魔法の事を指す。
「それじゃ、魔法界の魔法は今じゃ完璧に謎?」
「オカルト業界の人間ならば、その存在を知っている者はある程度いる。表の魔法使いとの交流も少しあるらしい。魔鈴君なら詳しく知っているかも知れないが、それを僕達に話したりはしないだろうね。自分の研究を発表するにしても、その辺りは気を付けてるはずだよ」

 そして今、時代は更に変わりつつある。神族、魔族の存在もオープンになりつつある今、魔法界も決断を迫られているのだ。しかし、魔法界はまだ決断には至っていない。
「うーん…難しいことは勘弁してくださいよ?」
 人(?)脈に関しては人類随一と言っても過言ではない横島でも頭は並の高校生程度、或いはそれ以下である。外交官の真似事をやれと言われてもできるわけがない。唐巣もそれは重々承知しているので困った表情を見せる横島に苦笑で返した。
「そんなに難しく考える事はないよ。現地、麻帆良学園都市と言うんだが、あそこは魔法界の人間界出張所だけあって色々と狙われる立場にあるんだ。とりあえずはその警護に協力するだけで良い、魔法協会内部の意識改革も目的の一つだからね」
「まさか魔族が攻めてくるんですか?」
「…いや、人間だよ」
 横島にはまだ理解できないことだが、オカルト業界と言うのは一枚岩ではない。
 表向きの組織だけでもGS協会、オカルトGメンと言った幾つもの組織がある上、裏に隠匿された組織が数多くあるのだ。世界規模のネットワークを持つ『魔法協会』もその一つである。
 特に麻帆良学園都市には『世界樹』と呼ばれる『神木・蟠桃』と、その地下に広がる巨大な古代遺跡があるため、そこに眠る秘宝を狙う賊も数多く存在するそうだ。
「隠匿してる組織だから、逆に言えば何をやっても罪には問われないんだよ」
「あー、やられる側も探られると痛い腹があるから訴えられないって事ですね」
「い、言い方が悪い気がするけど、まぁ、そういう事だ」
 何とも複雑怪奇な関係である。
 要するに、全世界の魔法協会に先駆けて他組織との協力関係を築こうとする関東魔法協会は、GS協会との協力関係を築いて表舞台に出るための準備を整えたいのだ。
 GS協会としては横島の幅広い人脈に魔法界も加えて、更に便利な人材になって欲しいと言う下心もある。
「あちらさんは表のオカルト業界、神魔族との交渉において間に立ってくれる人材を求めているそうだ。だからこそ、我々は君に白羽の矢を立てた」
「う〜ん…長期間家を空けるのはなぁ。高校の出席日数もヤバいし」
「ちなみに、関東魔法協会の長は麻帆良学園都市の学園長でもあってね、あちらにいる間は麻帆良学園に転入してもらい、出席日数等も融通してくれるそうだ
「はっはっはっ! この横島忠夫にお任せください!」
「………」
 横島はあっさりと掌を反した。
 実は唐巣の最後の台詞は令子の入れ知恵だったりする。結果として人を騙すこととなった唐巣は滝のような涙を流して胃の辺りを押さえていた。徳用胃薬の出番だ。



「え? 僕はGSじゃありませんから、弟子入りしたってGSにはなれませんよ?」
「ガーン!」
 そして、あっさりと希望を打ち砕かれたアスナはショックを受けていた。
 明日、業界屈指の変り種GSが現れる事を、彼女はまだ知らない。

 アスナが三年生に進学し、学期初めの身体測定を終えた後の話であった。
 この日の晩、彼女は何かに導かれるように魔法使いのトラブルに巻き込まれる事となる。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.01


「おおー、ここが麻帆良学園都市か! なんてデカいんだ、ホントに日本か?」
 翌日、麻帆良駅に降り立った横島は眼前に広がる広大な学園都市に圧倒されていた。西洋風の街並を眺めていると、本当にここが日本なのかと疑ってしまうのも無理はない。
「えーっと…学園長は麻帆良女子中にいるのか、くーっ! 何で女子高か女子大にいないんだ!?」
 吼える横島。周囲の通学中の女子生徒達は、そんな横島を遠巻きにして避けている。
「あー、エキサイトしているところ悪いんだけど、君が横島君かい?」
「はい?」
 背後から掛けられた声に振り返ると、そこには顎鬚を生やし眼鏡を掛けた長身の男が立っていた。
「貴方は?」
「僕は高畑タカミチ、麻帆良女子中学校の教師だ。学園長に言われて、君を迎えに来たんだよ」
「女子中の教師…?」
「? そうだけど、それがどうかしたのかい?」
 先程までの勢いはどこへやら、ピタリと動きを止めた横島に、高畑は怪訝そうな表情で次の動きを窺っている。
 しかし、それは嵐の前の静けさだった。

「くぉ〜んな、くぉ〜んなヒゲ面親父がっ!
 今にも花咲かんとする女子中学生に囲まれてるだとォっ!!」
「いや、あの」
「ここ十年の卒業生紹介してくださいっ!!」
「………君ね」

 タカミチは呆れて何も言えなかった。
 学園長に話を聞いた時はどんな歴戦の猛者が現れるのかと思っていたのだが、蓋を開けてみるとごく普通の青年にしか見えない。
 煩悩に満ち溢れてはいるが、それは若いのだから仕方ないと思えるぐらいの年長者故の余裕がタカミチにはあった。
「これから学園長の所へ案内するけど、騒ぎは起こさないでくれよ?」
「あ、大丈夫です。中学生は守備範囲外なんで、高校生以上は保障できませんが」
 「だったらあんなに騒ぐな」と思ったが、そこは大人の余裕で華麗にスルー。会見の場所が麻帆良女子中で本当に良かった。タカミチは心の底からそう思っていた。



 横島とタカミチが駅前で対面していた頃、アスナはまだ寮の自分の部屋に居た。同居人にして担任教師であるネギが学校に行きたくないと言い出していたのだ。
「こらーっ! ネギ坊主もう8時よっ、いい加減、起きなさい!!」
 本人は風邪をひいたと言っているが、それはウソだと言うことがアスナには分かる。
 と言うのも、ネギがベッドで震えている原因は昨夜『桜通りの吸血鬼』に遭遇した事にあるのだが、アスナもその場に居合わせたのだ。所謂「裏側のトラブル」である。
 相手はアスナのクラスメイトのエヴァだったのだが、その正体は吸血鬼の真祖『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』の異名を持つエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。自らに掛けられた呪いを解くために、ネギの血を狙っているらしい。
 エヴァにしてみれば、ネギは彼女に呪いを掛けた男、ナギ・スプリングフィールドの子。そのネギを狙うのは呪いを解くために当然の事なのだが、当のネギにとっては傍迷惑な話だ。しかもエヴァには同じくアスナのクラスメイト、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』絡繰茶々丸がついている。はっきり言って従者のいない今のネギに勝ち目は無い。
「昨日怖い目にあったのはわかるけどねー。先生のくせに登校拒否してどうすんのよ、ホラッ」
「あーん、まだ心の準備が…!」
 それからしばしの問答の後、アスナはこのままでは遅刻してしまうと実力行使に出て、ネギを肩に担いで登校する事にした。

「ネギ君、それ何の遊びや?」
「うぅ、僕のことは放っておいてください…」

 もう一人のルームメイト近衛木乃香の暢気な声が、ネギに更なる追い討ちをかけていた。



 流石に生徒に被害を出すわけにはいかないので警戒しながら横島を学園長室まで案内したタカミチだったが、彼の言葉に偽りはなかった。その間の横島は実におとなしかったのだ。
 男子が珍しいのか、他の女子生徒が声を掛けたりもしたが彼は軽く挨拶して返すだけ。大人顔負けのスタイルを誇る生徒が通ると葛藤していたようだったが、何とか耐えていたようだ。
 タカミチは横島の評価を少し改めていた。元が底辺に近かったので、少しマシになった程度ではあるが。
「ここが学園長室だよ」
「わかりました…ではっ」
 そう言って扉を開ける横島。
 学園長室内を見渡し「それ」に視線を向けて数秒。
「失礼しました」
 そのまま中に入らず、扉を閉じてしまった。
「ど、どうしたんだい?」
「ここの学園長って仙人だったんですか? 先に言ってくださいよ」
「………気持ちは実によくわかるが、学園長はれっきとした人間だよ、多分」
 疲れた顔で横島を入室させるタカミチ。実は彼も同じような事を常日頃から考えていたのは秘密だ。

 気を取り直して学園長室内。その部屋の主である近衛近右衛門は、先程の事はなかった事にして話を進めることにした。そんな彼はアスナのルームメイトである木乃香の祖父でもある。
「いやー、よく来たのう。歓迎するぞいGS殿」
「はい、よろしくお願いします」
 先程までとは打って変わって学生服を着ていると言うのにサラリーマンのような顔になる横島。高校生の内に除霊事務所を開業したのは伊達ではないという事だろうか、タカミチはほぅと感嘆の声を漏らした。
「唐巣君から話は聞いていると思うが、これからしばらくの間、君には外部組織からの初めての協力者と言うことで、この学園の警備を担当してもらう事になる」
 黙って頷く横島。その辺りは既に唐巣から聞き及んでいる。
「とは言え、GSの仕事を休業してくれと言うつもりはない。基本的に警備は当番制じゃが、そちらの仕事とブッキングするようならば、こちらの方で融通しよう。仕事で学校を休む際も公休扱いとする」
 ここまでが、麻帆良学園側の譲歩。
 ここからは、仕事をする上での注意事項だ。
「君も知っての通り、我々は魔法使いと言う正体を隠匿しておる。君の警備の仕事も表向きは学生ボランティアの見回りと言う事になっておるので気を付けてもらいたい」
 もし魔法使いの正体が横島のせいでばれてしまった場合は、横島は魔法使いの流儀で罰せられる事となる。オコジョになる呪いを掛けられてしまうのだ。
「大丈夫ですって、心配しないでください」
 しかし、その分給料の方に色を付けてもらっているので、横島の返事は軽いものだった。
 魔法の事は秘密だが、GSについては知られてもかまわないと言うのも大きな理由だろう。


「それで、君がこちらにいる間は、麻帆良学園に転入してもらう事になるんじゃが」
「できれば、きれいなねーちゃんがいる所で…」

「麻帆良男子高校に通ってもらおう」

「…女子中の副担任になったり、何故か女子中の生徒になったりは?」
「それは有り得ないじゃろう、常識的に考えて」
「それもそうですよねー」
 横島の虚ろな笑いが学園長室に響いた。

 閑話休題。


「それじゃ、俺はこのまま麻帆良男子高校に行けばいいんですね?」
 その後、細かな打ち合わせも済ませて契約書等を作成した横島はそのまま転入先である麻帆良男子高校へと向かおうとするが、学園長がそれに待ったをかける。
「いや、転入は明日からで今日はワシら裏の魔法使いの次代を担う子に会ってもらおうと、わざわざ女子中まで来てもらったのじゃ…タカミチ君、ネギ君はまだかね?」
 学園長は視線をタカミチに向けるが、当のタカミチは困った様子で首を振る。
「それが、今日はまだ来てないみたいで…」
「うーむ、どうかしたのかのう?」
 学園長は昨日のネギとエヴァンジェリンの遭遇については既に知っているが、登校拒否になる程のショックを受けるとは考えていないらしい。本気でわからないといった顔をしている。
「とりあえず後日って事にしませんか?」
「仕方ないの…タカミチ君、横島君を麻帆男の男子寮まで案内してやっとくれ」
 「麻帆男」とは言うまでもなく「麻帆良男子高校」の略称である。
「わかりました」
「それじゃ、行きましょうか」
 横島が先行して学園長室を出ようとした丁度その時だった。

「すいませーん! ネギ坊主一丁、お届けにあがりましたー!!」
「ばすきっ!?」

 やたらと元気の良い声が学園長室に飛び込んできて、扉の前に居た横島を撥ね飛ばした。
 撥ねられた横島はソウルフルにスピンして、そのまま四回転した後に頭から床に落ちる。
「あ、高畑先生! 職員室で聞いたんですけど、ネギって今日学園長に呼ばれてたんですよね?」
「あ、ああ、そうなんだけど…横島君は大丈夫かい?」
「え?」
 聞き覚えのない名前にアスナが恐る恐る振り返ると、そこには明らかに致死量の流血をした横島の姿が。それを見たアスナの顔がサーっと青くなる。
「あああ、大丈夫ですか!?」
「あー、死ぬかと思った」
「ゾンビーーーッ!?」
 慌てて駆け寄るが、横島があっさりと起き上がったため、アスナはそのまま同じ速度で後ずさった。これには学園長もタカミチも驚愕の表情を浮かべている。

「よ、横島君、本当に大丈夫なのかい?」
「いきなりでビックリしましたけど、車に撥ねられた時に比べれば大したことないっスよ」
「………」
 呆然としつつもタカミチは横島の評価を更に改める。彼は相当の万国吃驚人間のようだ。


「あの、ところでこの人誰ですか? どうして男子生徒がここに…」
 一番先に立ち直ったのは意外にもアスナだった。
 ネギの魔法絡みのトラブルに巻き込まれているせいか、非日常な出来事に耐性ができつつあるらしい。
 問われた学園長はどうしたものかと考える。本来ならネギだけを横島と引き合わせるつもりだったのだ。もし、アスナが完全に無関係な人間であれば誤魔化してすぐさま退室させれば済むことなのだが、彼女は中途半端に裏の魔法使いに関わってしまっている。
 しかし、ネギが「魔法使いである事がバレた」事を周囲に秘密にするためにアスナはその事を隠している。そして、学園長達はネギの成長を促すために、それを知っている事をアスナ達に隠しているのだ。
「あ〜、実はじゃな…」
 しばし考えた末、学園長は自分達が秘密にしている事を今は隠し通す事にしたようだ。
 横島がGSである事だけを説明して、それ以外はただの転校生であるとアスナに説明する事にする。
「彼は横島忠夫といって高校生でありながら既に除霊事務所を構えた現役GSでもあるのじゃ。家庭の事情で麻帆良に転入することになっての、今日はワシに外せん用事があったので手続きのためにこちらに来てもらったのじゃ」
「え、GS………! あ、あの、横島さん! さっきはすいませんでした!」
「いや、大した怪我じゃないし、気にしなくていいよ」
「そ、そうなんですか?」
 頭突きをしたら岩盤でも砕けそうな勢いで頭を下げるアスナに対して、横島は爽やかなイメージを前面に押し出した「つもり」であっさりと許した。普通の人間なら致死量の流血量であるが、横島にとっては大したことではないらしい。撥ねた張本人であるアスナは呆れればいいのか、プロのGSとはこれほどのものなのかと尊敬すればいいのか判断がつかない。逆に今まで涙目だったネギの方が何故か見惚れるように横島の顔を見上げていた。

「アスナ君、今朝のホームルームはしずな先生に代わってもらうから、もう教室に戻りなさい」
「あ、はい!」
 ネギだけは学園長室に残るようにとの事だったが、きっと魔法関係の話なのだろうとあたりをつけてアスナは素直に退室した。
 そして、横島にネギを紹介するのだが―――

「えーっと、何で子供がここに? 小学生ですよね、この子」
「あ、あの…僕、ここの教師です」
「え゛?」

―――やはり、横島はネギが教師である事に驚きを隠せないようだった。その様子に学園長とタカミチは、横島が一般常識を持った人間であるとほっと胸を撫で下ろしていたりする。

「彼は年こそ若いが、イギリスにある魔法使いの学校を卒業しておっての。今は立派な魔法使いになる試練の一環として、この麻帆良女子中の教師をやっておるのじゃよ」
「今学期から正式な教員として3年A組の担任をしています」
「…問題ないんスか?」
「裏の魔法関連の話じゃからの」
「教員免許とかは?」
「裏の魔法関連の話じゃからの」
 説明になっていない。
「それじゃ、俺が女子高に転入する事になっても問題ない!?」
「君は表のGSじゃろ?」
 あっさりと否定されて、横島は血の涙を流していた。

「先程アスナ君にも言ったが、彼の名は横島忠夫、見ての通り今は高校生じゃが、れっきとした現役GSでもある。裏の魔法使いについても知っておるので魔法使いの事を隠さなくてもよいぞ」
「は、はい!」
「よろしくな、ネギ」
「よろしくお願いします、横島さん!」
「ところで、ネギの教え子の中に、高校生か大学生のお姉さんがいる子はいないか?」
「え?」
「はい、そこまで」
 それ以上続ける前に、タカミチが横島の後頭部を小突いて話を止めた。
 何はともあれ、これで二人の顔合わせは終了だ。

「そう言えば、横島君は助手時代から色々な経験を積んできたのじゃろ?」
「まぁ、それなりに」
「狼男や吸血鬼のような有名どころとも戦ったことはあるのかね?」
「もちろんありますよ」
「それは頼もしいのう。何かあった時は依頼するからよろしく頼むぞい」
「任せといてください。事務所通さないで仕事すれば、俺の小遣いになりますし」
「ほっほっほっ」
 そう言って二人して笑う学園長と横島。
 チラリと横目でネギを見てみると、やはり「吸血鬼」と言う言葉に反応して考え込んでいる。それを見て学園長は心の中でほくそ笑むと、話はここまでと切り上げて横島はタカミチに案内させて学生寮へ、ネギは自分の担当する教室へと行かせた。
 後は、それぞれが動いてくれるのを待つだけである。やるべき事は全て終わったと言わんばかりに学園長は早々に観戦モードに入ってしまうのだった。



 その日の放課後、アスナのクラスは騒然となっていた。
 エヴァンジェリンは完全にネギを舐めてかかっているらしく、堂々と授業をエスケープしてしまったためネギと顔を合わせる事がなかったのだが、ネギにとってはそれがショックだったらしく授業中にポツリと「パートナーが欲しい」と漏らしてしまったのだ。
 元より元気がなかったので皆が何事かと心配していた時にこの一言である。ネギはやはり王子様だったのだ、パートナーとは妃の事だ等々誤解が誤解を呼んで大騒ぎになってしまっている。
 椎名桜子が「お妃様になったら、美味しいモノ食べ放題かも」とのたまえば、双子の鳴滝姉妹が「あ、そんなのずるいーっ、だったらボクも!」「私もー!」と次々にネギのパートナーに立候補したりしている。傍目に小学生と見まごう二人ならば、外見上はかぞえで十才のネギと釣り合いが取れているかも知れないが、彼女達を含めクラスメイト達は皆根本的な部分で間違っている。
 ネギの裏の事情を知るアスナはその言葉が「魔法使いの従者」を指している事が理解できるのだが、それをクラスメイト達に明かすわけにもいかないので、どうすることもできずにいた。苦し紛れに「ネギはパートナーが見つけられないと大変な事になる」とだけ告げて教室を出たのだが、その一言が更にクラスメイト達に火を付ける事に彼女は気付いていなかった。

 そう、例えばクラスメイト達がこぞって「ネギ先生を元気づける会」と称して寮の大浴場に連れ込むなどとは夢にも思っていなかったのだ。


 そして、とぼとぼと歩いていたネギが抵抗もできぬ間に生徒達に拉致されて大浴場に放り込まれている頃、エスケープ中のエヴァンジェリンはのんびりしているかと思いきや仕事に従事していた。
 かつては『闇の福音』と恐れられていた彼女も、今は『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』と言う呪いにより麻帆良学園都市に縛り付けられている身であり、横島と同じように警備員の一人として組み込まれている。
 屋上でうたた寝をしていたのだが、学園周囲に張り巡らせた結界を破って侵入した者を感知したため、警備員の務めとしてその侵入者を探していたのだ。
 どうやらかなり小さな者らしく放課後になっても見つからなかったため茶々丸と合流して、彼女のセンサーも駆使して探し回る。
「あー! あんた達!」
「ム、神楽坂アスナか…」
 その途中、ネギを探していたアスナとバッタリと出会ってしまった。
 アスナの方はエヴァと茶々丸の二人連れを警戒しているようだが、力の大半を封印されてしまっているエヴァは満月の夜以外はただの子供程度の身体能力しかなく魔法も使えない。
 警備員の仕事中である事までは流石に言わないにせよ、適当にあしらってその場を離れようとするのだが…。

「お、今朝学園長室で会った子だよな?」
「横島さん? よかった、丁度いいところに!」

 その場に横島忠夫が現れたことでエヴァの予定は大幅に狂う事になってしまった。
「え? え?」
 アスナは横島の腕をとってエヴァの前まで連れて行く。肘に当たる感覚に鼻の下を伸ばしつつも現状を把握できずにおろおろしている様子だ。
「横島さん、GSなんでしょ? コイツ吸血鬼でネギのヤツを狙ってるんです!」
「なっ、GSか!?」
 その一言を聞いてエヴァも身構える。GSと言えば一般的には金次第でどんな除霊でもやると言われている連中である。前述の通りエヴァは現在力の大半を封じられた身、今狙われるのは非常に危険だ。
「いや、いきなり吸血鬼だと言われても、小学生を攻撃したら絵的に幼児虐待だろ。そんな事したら俺の今まで築き上げてきた爽やかなイメージが…」
「だ、誰が小学生か!?」
 横島はいきなり攻撃を仕掛けてくる気はないようだが、ここまで言われてはエヴァも黙ってはいられない。
「こう見えても歴戦の魔法使いだってネギ言ってましたよ!」
「こう見えて!? 貴様の目にはどう見えていると言うんだ、神楽坂アスナ!!」

「………鳴滝3号?

 その一言にさしものエヴァもブチ切れた。
 現在は魔法は使えない。しかし、彼女には百年に渡って研鑽し続けた体術がある。
「貴様らァーーーッ!!」
 ならばやるべきことはひとつ、素手でこいつらを黙らせる。
 こうして、横島、アスナ対エヴァ、茶々丸の壮絶な鬼ごっこが幕を開けた。





「助けがいるかい? 恩を返しにきたぜネギの兄貴!」
「あーっ、カモ君!」
 一方その頃、パートナーを探し求めるネギは、カモ君ことオコジョ妖精のアルベール・カモミールを助言者として迎えていた。
 パートナー探しなら任せろと胸を張るカモ。そう言うだけあって、オコジョ妖精は独自のオコジョ魔法を使いこなし、人の好意を大まかにだが量る事ができたりと多彩な能力を持っている。今のネギにとってはこれ以上とない助っ人だと言えるだろう。

「ありがとー、カモくーん! これで望みが見えてきたよー!」
「へへっ、そこまで俺っちを高く買ってくれるなんて…感無量ですぜ!」
「うん、カモ君をペットとして雇うことにするよ! 月給5,000円でどう?」
「じ、十分でさぁ、兄貴ーーーっ!!」

 エヴァが鬼ごっこに興じている間にも、こうしてネギは着々と対エヴァンジェリンの準備を整えていくのだ。

「今、エヴァンジェリンって言う吸血鬼の真祖に狙われてるんだ」
「え゛?」
「カモ君が来てくれて、ホント助かったよ!」
「お、俺っちは病気の妹の見舞いにウェールズに戻らないと…」
「行かないでよ、カモくーん!」

 …多分。



つづく



 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想
鳴滝3号って(爆)。
でも外見からするとどう見たってエヴァも小学生ですわな。
外見大学生から小学校低学年まで揃ってるあのクラスだからこそ目立たないんでしょうが・・・
とりあえずエヴァに必要なのは自分と正面から向き合う勇気だと思います(ぉ

しっかし、横島って本当に子供に好かれますねぇ。
ネギからもなんか尊敬の眼差しを注がれてるし、どこまで好意的な勘違いをしてもらえるやら。
どっちにしろ本人は不本意この上ないんでしょうけど。