「よぉ、お前がネギか?」
男はゆっくりとネギの方に向き直り、何気ない様子で声を掛けるとニッと白い歯を見せて笑った。
『千の呪文の男(サウザントマスター)』ナギ・スプリングフィールド。ネギにとっては生き別れの父親である。
それがアルビレオのアーティファクトにより再現された姿である事は分かっていたが、感極まったネギは、堪えきれず、涙を流しながら駆け寄る。
「へぷっ!? あぷろぽあ!?」
そしてカウンター気味にデコピンを決められて舞台上を勢い良く転がった。
訳が分からず涙目になるネギ。対するナギは辺りを見回し、横断幕を見て「まほら武闘会か。ん? あそこにいるのは……」と呟く。枡席にいるエヴァの姿を見つけたようだ。
その様子を見たネギは、戸惑いつつも父が現状を把握しきれていない事に気付く。
「あ、父さん! これ、アルビレオさんから!」
「アルから?」
おずおずと差し出されたメモを受け取ったナギは、それに目を通して小さく笑う。
そしてネギに近付きしゃがむと、折りたたんだメモをネギのコートのポケットに差し込んだ。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.158
「10歳……ってところか。俺の意識上じゃまだ生まれてもないが」
間近で見る父の優しげな笑み。ネギの目からとめどなく涙が溢れてくる。
「あーあーあー、情けねーな、我が息子よ。男のくせにポロポロ泣いてんじゃねーぞ」
その言い草にネギはこんなの泣くに決っていると抗議するが、ナギは笑って受け流し頬を摘んで弄ぶ。
そして不意に真面目な顔になるとネギの頭を一撫でし、距離を取った。
「このまま時間切れまで話すというのも芸が無い。改まって喋ったりするのは……なんつーか苦手だしよ」
「えっ?」
「せっかくこんな舞台が用意されてる事だし……稽古をつけてやるぜ、ネギ」
そして構えを取った。 ネギはハッとして、父を見つめる。
「随分と鍛えられてるようじゃないか」
アルビレオのメモには、ネギが鍛えられている事についても触れられていたようだ。ナギとは古い付き合いなので、彼が求めるものが分かっていたのだろう。
「俺がお前にしてやれる事はこれぐらいだ……来な」
「……ハイッ、父さん!」
気付けば涙も止まり、目に力が戻っていた。ネギは愛用の杖を槍のように構える。
「へぇ、杖術……いや、槍術か? その杖は……まぁ、それはいいか」
ナギは一目でそれがかつて自分の物であった事に気付いたが、それについては触れなかった。限られた時間だ。語り合うよりも「親子の触れ合い」を優先しようと思ったのだろう。
「先手は譲ってやる。まずはお前の力を見せてみろ」
「行きますッ!」
『瞬動』で一気に距離を詰め、鋭い突きを繰り出す。
ナギはその動きを見切り紙一重でかわそうとするが、一瞬杖の先端が光りマントの端が千切れ飛んだ。
縁が微かに焼け焦げている。それを見たナギは、杖に火精か雷精の魔法を乗せた、自分の息子ならばおそらく雷精だろうと当たりをつける。
「へぇ、いきなりこういう手を……ととっ!」
余裕を見せようとしたが、続けざまに放たれる連撃にその余裕を失ってしまう。
ネギの方も、実力差は歴然なので必死だ。ペースを取り戻させまいと果敢に攻めたてる。ネギは元々頭が良い。どうすれば相手が上手く反撃できなくなるか、頭の中で組み立てながら戦っていた。
この辺りは小太郎達との実戦さながらの修行、そして毎日のように行われていた圧倒的強者リカードとの模擬戦の経験があってこそだろう。
枡席の横島達も固唾を呑んで親子対決を見守っていた。
「い、意外とネギが押してますね〜」
噂だけでもナギの事を聞いた事があるアスナ達は、ネギの善戦に驚いている。
「あの杖が一瞬光ってたのは何なんだ?」
「おそらく遅延呪文(ディレイ・スペル)だろう。事前に準備しておき、あのタイミングで発動させたんだ」
「なるほど」
「おかげでナギの不意を突けたな」
「ネギ君、勝てそうなんか?」
目を輝かせる木乃香を、エヴァは鼻で笑った。
「あの程度でどうにかなるなら、可愛げがあるがな」
「実は余裕?」
「驚いてはいるだろうが……それ以上に怒ってるんじゃないか?」
「お、怒って……!?」
まき絵達が驚きの声を上げたのと、ナギが反撃に出たのは、奇しくも同時の事だった。
ネギの突き出した杖を片手で払い、無造作に繰り出した蹴りでネギを吹っ飛ばす。武術でもなんでもない、いわゆる「ヤクザキック」だ。
ネギもさるものですぐに体勢を整えて構え直すが、そこでナギの表情が一変している事に気付いた。
「俺の息子の割にはマジメそうだと思っていたが、案の定小奇麗にまとまりやがって……」
「……えっ?」
「稽古をつけてやると言ったが……予定変更だ。お前には本物の『最強』ってヤツを見せてやるぜ!」
そう言うナギの顔は、いかにも優等生なネギとは似ても似つかぬチンピラのような表情をしていた。
そう今のネギは仲間と共に鍛えてきた力を持ち、いざという時に一歩踏み出す勇気を持っている。年齢を考えれば、よくぞここまで成長したものだと褒め称えるところだ。横島ならそうしていただろう。強者への媚びも込めて。
だが、ナギは違った。今のネギの姿が「優等生」であると感じられたのだ。ただの優等生ではない、教科書通りの優等生。それがナギには気に入らなかった。
好みのタイプではないというのもあるが、一番は自分の息子はこの程度で終わらないという親の欲目だろう。
自分の意識の上ではまだ生まれてもいない息子に何をマジになっているのか。そんな事を考えて、ナギが自嘲的に笑う。
だが、アルビレオが『イノチノシヘン』を使って自分を喚び出したという事は、本物の自分は何かしらの事情でネギの側にいない事を意味する。
「……まぁ、未来の自分の尻拭いってヤツだ」
ならば見せよう、この限られた時間で。今のネギの常識の外にあるであろう『最強』の姿を。
そう、これは数分後には消えてしまうナギの、息子への置き土産である。
「なるべく保たせな。そうしないと、理解もできない内に終わっちまうぜ?」
思わず浮かぶ笑み。穏やかなのに凄味を感じるそれに、ネギの杖を持つ手に力が入る。
そこからナギの一方的な攻撃が始まった。
武闘会のルールはアルビレオのメモで伝わっているのか詠唱こそしないものの、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』と格闘の組み合わせだけでネギを圧倒している。
『魔法の射手』の一発一発がまるでビーム砲のようにネギに襲い掛かり、ネギはなかなか反撃に移る事ができない。何とか隙を突いて攻撃を繰り出すも、簡単にいなされてしまう。
「ふむ……」
そんな一方的な戦いが数分ほど続いたところで、ナギは攻撃の手を緩めた。
思っていた以上にネギが保ったのだ。ナギの予想では、そろそろ舞台に身を横たえていたはずだが、ネギは今も杖を構えて健在である。
息も荒く、足に疲れが見えるが、その目はまだ戦意を失っていなかった。
教科書通りの優等生な戦い方だが、基礎がしっかりしている分防御の動きもできている。ナギはそう分析した。
「クククク……」
思わず笑ってしまう。息子が予想を超えてくれたのが嬉しいやら、悔しいやら。
同時に楽しみになってくる。自分が見せた『最強』の片鱗を、我が子はどう咀嚼し、自分の血肉に変えていくかを。
きっと優等生のカラを破ってくれるに違いない。実に楽しみだ。あと数分で消えてしまうのが悔しくて仕方がない。
「そうだ、ネギ。お前、この大会勝ち進んで行きたいか?」
「……えっ? それは、もちろん……」
かつてナギも優勝した事があるというまほら武闘会。しかも、その時の年齢はネギと同じぐらいだったという。ネギが自分も優勝したいと願うのは当然だ。
しかし、答えるネギの声に元気は無い。このまま戦い続けても勝ち目は薄い、いや、ほぼ無い事は分かっているのだろう。
「このまま数分待てば俺は消える訳だが……それで勝ちを譲られても、お前は嬉しくないだろう?」
コクリと頷くネギ。このまま手も足も出ないまま終わったら、自分は棄権すべきだと真面目なネギは考えていた。
予想通りの反応にナギは再び笑う。
「ひとつテストをしてやろう」
「テスト?」
「ああ、俺が消えるまでに一撃でも入れられたらお前の勝ちだ」
「一撃……」
その言葉に、ネギの瞳に力が戻った。一筋の光明が見えたのだろう。
しかし、それを見てナギは苦笑する。そんな簡単にいけば苦労はないぞと。
「審判の嬢ちゃん、それで構わねえな?」
「え〜っと、棄権するという事であれば」
「ああ、それでいい」
和美も認めたため、そのルールで試合を続ける事になった。
この状況にナギはほくそ笑んだ。こうすればネギは最後まで必死に向かってくるだろう。
実のところこの提案は、残り僅かな時間を最後まで楽しむために彼が仕掛けた一種の悪戯だった。
ネギが本当に一撃入れてきたら、息子の成長にナギは嬉しい。無理だったとしても、最後まで本気で立ち向かってくる息子の姿が見れてナギは嬉しい。
つまり、どう転んでもナギに損は無い。後は残り数分を楽しみ抜くだけだ。
「時間がもったいねえ! さぁ掛かって来い、ネギ! 最後まで楽しもうぜ!」
「ハイ! 父さん!」
元気よく返事をしたネギだが、すぐには突っ込まずに様子を窺っている。
彼の周辺に生じる拳大の光球。無詠唱の『魔法の射手』だ。
一発一発は牽制程度にしかならないが、数本をまとめて攻撃に乗せるなどすれば十分な威力が出る。
いいぞ、いいぞ。ナギは思わず笑ってしまいそうになる。
一撃でも当てれば勝ちというルールならば、まぐれ当たりでもいいからと数をばら撒くというのが一番可能性が高いだろう。なにせその一撃で倒す必要はなく、当てればいいのだから。
しかしネギはそれを良しとせず、自分にできる最高の一撃を放とうとしている。
そうだ、それでいい。そうこなくては面白くない。もし数で勝負してきたならば、その甘さを思い知らせていただろう。
「それに……時間が掛かり過ぎだ!」
『魔法の射手』を攻撃に込める方法には一つ弱点がある。一矢ずつ発動せねばならず、数が揃う前に攻撃をくらうと霧散してしまうのだ。
敵が待ってくれると思ってはいけない。ナギはそう教える事も兼ねて自ら攻撃を仕掛ける。
「クッ!」
「ほう……!」
しかし、ネギは杖を駆使してその攻撃をいなし、防いだ。連撃に晒されながらも直撃は避けているおかげで光球は維持できている。
「なるほど! このための防御技術か!」
杖を中心に構成された戦い。よく考えられている。
我が子の予想外の善戦に、ナギは誰かは分からぬ師匠に心の中で礼を言う。
ネギの大振りの一撃。ナギはカウンターを決めようとするが、その時既にネギはバックステップで距離を取っていた。
ネギの周囲に浮いている光球は九つ。今のネギにとっての最大数だ。それが杖の先端に収束していき光の槍となる。
「行きます!」
「ああ、来い!」
ネギは瞬動で突貫し、速度を乗せた一撃を繰り出す。
なるほど、確かに一撃必殺に成り得る威力を生み出せるだろう。
対するナギはすかさず前面に『風楯(デフレクシオ)』を生み出す。
この魔法は10tトラックの衝突すら防ぎ切る優れた防御魔法だが、連続使用できないという弱点を持つ。
だが、この状況ならば十分有用だ。素手で受け止める事もできるが、ここは手本を見せてやろうという彼の余裕だった。
槍の先端が触れた瞬間、弾ける音がして『風楯』が消え、同時に槍の穂先が消えた。魔法が相殺されたのだ。
こうなってしまえばただの杖。いかに勢いがあろうとも、ネギ本人でも受け止められる威力になる。
「……へっ?」
が、杖の先端はナギに向かわず、そのままの勢いでネギの小さな身体ごと脇を通り抜けていってしまった。
予想外のできごとにナギの思考が一瞬真っ白になる。
時間にしてほんの一秒か二秒。
「ぐぽぁッ!?」
しかし、そのわずかな時間で決着がついた。
舞台脇から見ていた和美にはハッキリと見えた。ナギの横を通り過ぎたネギは、その後方でもう一度瞬動をし、強引に取って返して背後から一撃を食らわせたのだ。
両脚に多大な負荷を掛けた捨て身の攻撃。思考が停止していたナギには為す術が無く、その一撃は……ものの見事に彼の尻に突き刺さった。
「お゛お゛お゛お゛お゛……!」
「ネギ君、なんてえげつない……。子供じゃないんだから……あ、子供か」
「朝倉さん、見てました!? ちゃんと当たってましたよね!? 僕の勝ちですよね!?」
呻くナギ。口元を引きつらせる和美。そして無邪気に喜ぶネギ。観客のほとんどが尻を押さえる、ある種の地獄絵図がそこにあった。
この状況で真っ先に復帰したのは和美だった。プロ根性である。プロではないけど。
微妙な空気の中自分の仕事を果たすべく、ナギの安否を確認しに舞台に上がる。
「大丈夫ですか〜?」
「お、おう、大丈夫だ」
小刻みに震えながら立ち上がるナギ。それを見た和美は、当たったのが先端ではなく大きなグリップ側で本当に良かったと心底思った。
実際のところかなり効いているのだが、ナギは残り僅かな時間、父の威厳を保たねばならないという男のプライドで保たせている。
「あ〜……ネギ、今の攻撃は?」
「ハイ! 『蝶のように舞い、ゴキブリのように逃げる……と見せかけて蜂のように刺す』、横島さんに教えてもらいました!!」
「そ、そうか……」
ナギは内心俺でもやらんぞと思いつつも、その有効性は認めざるを得なかった。特に一見真面目なネギがやると効果倍増だ。流石のナギも真っ向勝負だと思い込んで、完全に不意を突かれた。
「マジメ一辺倒に育ってると思いきや……安心したぜ」
「父さん……!」
涙目になって肩を震わせるネギ。
側で見ている和美はナギの身体も小刻みに震えている事に気付いたが、それには触れずにいた。
「え〜、とんだハプニングがありましたが……クウネル選手?」
「ん……ああ、そうだな。俺は棄権する」
その言葉を聞いた和美は立ち上がり、左手を掲げて高らかと宣言する。
「クウネル選手、棄権により……ネギ選手、勝利です!!」
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
魔法界に関する各種設定。
各登場人物に関する各種設定。
アーティファクトに関する各種設定。
これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
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染まってるなあwww
このまま横島面に落ちていってしまわないか、実に不安であるw
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