「…まぁ、お前が誰と仮契約(パクティオー)しようと知ったことではないが、私の言葉の影響でもあるみたいだし説明をしてやろう。その足りない頭に叩き込めよ、神楽坂明日菜」
「う、うん、よろしく」
露天風呂から出た後、風香と史伽の二人は用事があるとどこかへ行ってしまったので、アスナ達は昨日と同じようにエヴァ達の班部屋へと移動する事となった。
そう提案したのはエヴァ、アスナが横島と仮契約しようとしているのは、エヴァがかつて仮契約をすれば霊力を使えるようになると教えたためなので、流石の彼女も責任を感じたらしい。
「念のために確認しておくが、仮契約するのに何をすればいいか分かってるんだろうな?」
「わ、分かってるわよ! キ、キ、キ、キスでしょっ!?」
「大声でどもるな。周りを見てみろ」
「え?」
エヴァに言われて周囲を見回してみると、古菲、亜子が目を輝かせ、茶々丸が遠目に見守り、アキラもこちらを見て顔を真っ赤にしている。ここは二人だけで話していた露天風呂ではないのだ。話を聞いていた皆が『キス』と言う言葉に目を輝かせている。
「えーっと…おめでとう、て言うたらええの?」
「え゛、いやいやいやいや! そーいうことじゃなくて!」
顔を真っ赤にした亜子を見て『仮契約』ではなく『キス』に重きを置かれている事に気付いたアスナは慌てて手を振って否定。キョロキョロと辺りを見回し、木乃香が窓際のソファで刹那と向かい合って談笑している事を確認すると、亜子に顔を近付けて事情を説明する事にした。幸い木乃香は刹那に夢中の様子、小声ならば魔法関連の話をしてもいいだろう。
アキラも気になるのか顔を寄せてきたので、彼女も交えて三人で円陣を組んで話す。彼女達も魔法使いの事情を知っているので気楽なものだ。アスナは横島が木乃香の護衛をしていると言う現状と、木乃香を守るためにアスナも霊力を使うために仮契約しようとしている事を明かした。
「もー、昨日は散々でさー。野生の熊にぶん殴られるってあんな感じなのかしらねー…貴重な体験だったわ」
「た、大変なんやなぁ…」
昨日の敗北についても話したが、ショックが残っているのかその部分を語るアスナはどこか虚ろな目をしていた。口から魂が出かけているように見えるのも気のせいではあるまい。
「まぁ、仮契約ならネギ先生と豪徳寺さんもやっとるわけやし」
「でも、キ…キス、するんでしょ…?」
「や、やっぱり、恋人同士にならないとダメなのかしらっ!?」
「こら、揺さぶるな。あと思い詰めるな、たわけが」
混乱した様子のアスナは、エヴァの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。されるがままのエヴァは頭を揺らされ、目を回しつつも彼女の頭を小突いてその動きを止めた。
エヴァに言わせれば『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』など、戦場において詠唱中無防備になる魔法使いを守るための盾だ。しかし数百年生きてきた彼女と違って、年頃の乙女である彼女達にとっては、そう簡単に割り切ることのできる問題ではないのだろう。
「でも、キスするんやから、嫌いってわけやないんやろ?」
「そ、そりゃまぁ…」
亜子のストレートな物言いに後ずさるアスナ。
横島の事を好きか嫌いかと問われれば、アスナは迷うことなく「好き」だと答えるだろう。色々と欠点を抱えた性格である事も知っているが、それを踏まえた上での回答だ。
師匠として慕っているし、それなりに尊敬もしている。何より、彼は頼りになると言うか、甘えやすい。
幼馴染のあやかやエヴァにも指摘された事があるのだが、アスナはその根底部分に子供っぽい部分が残っている。自分自身その事に薄々気付いているからこそ「子供は嫌い」と言っている面もある。子供を前にすると、自分の子供っぽさを突きつけられているような気になってしまうのだ。
横島も子供っぽい面があるが、だからこそ背伸びせずに付き合えると言うのもあるのかも知れない。
「そこまで思い詰めているなら聞いておくが、高畑の事はいいのか? 後々後悔しても知らんぞ」
「そ、それは…」
思い悩む姿を見かねてかエヴァが口を挟んできた。意識的にかは微妙なところだが、考えないようにしているのを見抜き、それを指摘したのだ。
数ヶ月前のアスナならば、好きな男性はと問われれば迷わず元担任教師の高畑の名を挙げただろう。彼はアスナが孤児として麻帆良学園都市に来た頃、まだ小学校に入学したばかりの頃に保護者として面倒をみてくれていたのだ。彼女がいつも使っているトレードマークの鈴の髪留めは、その頃高畑が彼女に贈った最初で最後のプレゼントである。
「横島さんと高畑先生のどちらを取るかって事?」
「私はそこまで深く考える事はないと思うんだがなー」
『仮契約』をそこまで重要視していないエヴァはそう言って頭を掻くが、アスナはそのようには受け取らなかったようだ。
高畑と横島の二人のうちどちらを選ぶかの岐路に立たされている。そう思い込んだアスナは、仮契約するかどうかとは別の意味での悩みが浮上した事に気付いて頭を抱える。
エヴァの方はと言うと、元よりアスナを悩ませる気だったらしく、頭を抱える彼女をニヤニヤと見詰めていた。
「それとな…気付いていないんだろうが、今回の一件は貴様が考えている以上に大事だ。何もできずとも、誰も貴様を責めはせん。そもそも、誰も貴様に期待などしていないぞ、神楽坂明日菜」
「うっ…」
更に追い討ちを掛けるように心の傷を抉るエヴァの指摘にアスナは言葉を詰まらせる。
確かに、昨日の京都駅での戦いに関しても、もし横島と刹那の二人だけが千草、月詠と戦っていればどうなっていたかと考えなかったわけではない。そう考えたからこそ、アスナはこれほど落ち込んでいるのだ。
だからこそエヴァは指摘している、今夜焦って仮契約せずともアスナが今回の一件から身を引けば済む話だと。からかいながらも、きっちりと逃げ道も示唆してやるあたり、親切なのかも知れない。
「な、何が言いたいのよ」
「己自身の気持ちをはっきりさせろと言っているんだ。私に言わせればたかが仮契約だが、貴様にとってはそれなりに重い意味があるんだろう。焦りは後悔を生むぞ」
「………」
エヴァの言葉に、アスナは何も言えなくなってしまった。正しく言葉のタコ殴りである。
側に控え、無言でお茶を淹れていた茶々丸が「お疲れ様でした」と湯のみを差し出すと、エヴァはそれを受け取って満足気にお茶を飲むのだった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.24
一方、横島は夜の身回りに備え、豪徳寺とスケジュールの確認をしていた。
今夜は刹那が木乃香と一緒にいるため、横島と豪徳寺が分担して一晩中ホテルの周囲を見回る予定だ。まずは横島が見回りをし、その間に豪徳寺は仮眠する事になっている。
横島が見回る時間帯は教師の新田だけでなく、他の生徒が廊下に出ていてもおかしくない時間だ。そこで見回り中に鉢合わせになった時に対処できる横島の出番となるのだ。彼ならば忍者顔負けの身のこなしで隠れる事ができるが、豪徳寺ではそうはいかない。
「んじゃ、俺がまず行ってくるわ」
「おう、それじゃ俺は仮眠を取らせてもらうぞ」
そう言って横島は腰のベルトに神通棍を差し、破魔札ホルダーも装着して立ち上がった。
普段なら自前の霊能で勝負する横島だが、今日は万が一に備えてこれらを身に着けている。大きな仕事と当たったGSは重武装になるものだが、彼にとっては、これが重武装である。
横島は扉を開けるとまず辺りを見回し、人影がない事を確認してから廊下に出た。
何人かの生徒には既に姿を見られているのだが、彼女達は、横島はあくまでGSの仕事で京都に来て、それが終わってからついでに観光をしていると思っている。木乃香の護衛をしている事は知らないのだ。流石にこの時間に徘徊しているのを見られてしまったら色々と問題があるだろう。事情を説明できないのだから余計だ。
「…なんでだ?」
廊下で顔を見上げてぽつりと呟く横島。
彼の視線の先にあるのはカメラ、元々あったものではなく誰かが取り付けた物だ。和美とカモが今夜の『ラブラブキッス大作戦』の中継のために取り付けたものなのだが、横島はそんな事知る由もない。
目立たない位置に取り付けられてはいるが、横島の目は誤魔化せなかったようだ。ホテル内各所に仕掛けられたカメラを見て横島は眉を顰める。見回りをするならば、このカメラに映らないようにしなければならないだろう。
「仕方ないな」
横島は映画に出てくるスパイか怪盗を彷彿とさせる動きで廊下を進むと、そのままホテルの外に出た。このまま無策に廊下を歩くのは危険だと判断し、ルートを変えることにする。
とりあえず、ホテル周辺を見回る事にして横島は歩き出した。ホテルには既に刹那が式神返しの結界を張り巡らせているので、横島は周辺に敵が潜んでないかを調べるのだ。
内部をずっと刹那任せにするわけにはいかないが、生徒達の就寝時間がもうすぐのはず。それまでは周辺を見回り、生徒達が部屋に戻ったのを見計らってホテルに戻ろうと言う考えであった。
「…あれ?」
「どしたの?」
「いや、一瞬横島の兄貴が映っていたような…」
少し時を遡るが、カメラを仕掛けた和美とカモは、『ラブラブキッス大作戦』の実況のために準備した部屋へと移動していた。二人がノートパソコンを持ち寄って、ホテルに仕掛けたカメラ全てをフォローしている。
各部屋のTVに各カメラから届けられる映像を送り、しかも参加者がどこにいるのかを示したホテルの見取り図もリアルタイムに表示していた。これが即興で用意したものだと言うのだから見事としか言いようがない。
「横島さんが? …どこにも映ってないじゃん」
「おっかしいなぁ」
和美もカメラの映像をチェックしてみるが、横島の姿はどこにも映っていない。それもそのはずだ、この時横島は仕掛けられたカメラに気付いて見つからないようにホテルの外へと移動している最中なのだから。
「横島さん達の部屋にカメラは?」
「流石に無理だって、このイベントの事も知らせてねぇし」
「そっか、参加者にもあの部屋には入らないように言っとかないとね」
最終的なイベント参加者は、結局のところ早くから名乗りを上げた四組のみとなった。
本命はあやかと真名のコンビであり、それに対抗するのがのどかと楓のコンビ、それにまき絵、裕奈の組と、風香、史伽の組が続いている。前者二組に人気が集中し、後者二組が大穴扱いだ。トトカルチョに参加する者達の興味は、やはり真名と楓の戦いにあるだろう。主催者としては大穴二組に奮闘してもらいたいところではあるが、公正を期するためにも口出しできないのがどうにももどかしい。
「朝倉ー、誰に賭けるか決めたよー」
「ん、のどかのとこに賭けるんじゃなかったの?」
「他にも、もう一口賭けとこうかなーって」
そこに現れたのはさよを抱いた桜子。
先程まで部屋でどの組に賭けるか悩んでいた彼女だったが、ようやく答えが出たようだ。
「OK、どこに賭ける?」
「アスナに賭けるね」
「…いや、参加してないから」
げに恐ろしきは、椎名桜子の直感かも知れない。
「修学旅行特別企画! くちびる争奪、修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦〜〜〜っ!!」
それから何事もなく時は過ぎ、『ラブラブキッス大作戦』開始の時間を迎えた。
和美の開催宣言がテレビを通して各部屋に響き渡る。既に参加する四組はそれぞれの開始位置についており、開始の合図と同時にネギの部屋を目指して動き出した。
ルールは二人一組で、新田の監視の目を掻い潜ってホテル内にいるネギの唇を奪った者が勝者となる。他の組の妨害は可能だが、武器は両手に持った枕のみとする。
上位入賞者には豪華賞品が贈られるが、もし新田に見つかった場合は朝まで他言無用、このイベントについては話してはいけない。
ネギの部屋と新田の部屋、教師の部屋は一箇所に集まっているためかなり危険なのだが、それでも参加者四組はやる気満々であった。各部屋のテレビには参加者達の姿が映されている。
「行きますわよ、真名さん! ネギ先生の唇は私が死守いたしますわ!」
「心配するな、報酬分の働きはしてやる」
真っ先に動き出したのはあやか、真名班。
二人揃ってスラリとした長身で、無垢な初雪を思わせる白い肌のあやかにエキゾチックに灼けた黒い肌の真名、何とも好対照な二人である。今は浴衣姿であるが、二人を並べてみると中学生である事がにわかに信じ難い。横島が見れば思わずナンパしてしまいそうだ。颯爽とした立ち姿が何とも映える、ドレスを着せると似合いそうな二人であった。
「うぅ、大丈夫かな〜」
「のどか殿、拙者がついているから安心するでござるよ」
続いて動き出したのはのどか、楓組。長身の楓に対して小柄なのどか、こちらも好対照な二人だ。
スタイルに関してもあくまで女子中学生の範疇であるのどかに対し、楓は横島が思わず拝んでしまう程である。
特にのどかは、今日ネギに告白したばかり。その事はクラスメイトには知られていないが、彼女のネギへの想いは周知の事実だ。のどか自身とあやかを比べた場合、武芸百般を自称するあやかには敵わないだろうが、それをサポートするために楓がいる。二組の勝負はほぼ互角と見られていた。
「えっへへ、ネギ君とキスかー♪」
「よーし、負けないぞー!」
まき絵と裕奈の組は元気一杯だ。まき絵はクラスの中でもネギに対する好意をオープンにしている方だが、のどかと違って「弟」を見ている感が強い。そして裕奈はそんな彼女と共にこのイベントを楽しむべく参加している。立場的には真名や楓に近く、自分がネギとキスしようなどとは考えてはいないようだ。
いかに運動部所属の二人とは言え、いざ他の班とぶつかれば真名や楓には一歩及ばないだろう。しかし、このイベントの趣旨はあくまでネギの唇を奪うことだ。他の班と鉢合わせにならずに彼の元に辿り着く事ができれば、彼女達にも優勝の可能性は十分にある。
「お姉ちゃ〜ん、正座いやです〜」
「大丈夫だって、僕らは楓姉から教わってる秘密の術があるだろ」
「その楓姉と当たったらどうするですかー!」
最後は風香、史伽の鳴滝姉妹組だ。
この組は風香がイベントを楽しみたくて、いやがる史伽を無理矢理誘って参加したらしい。ネギとのキスについては深く考えていないようだ。この辺りが二人はまだ子供だと言う事であろう。
身体能力に関しても参加者の中でも低いと言わざるを得まい。二人揃ってすばしっこいので、のどかよりは上であろうが、それ以外のメンバーと比べるとどうしても劣ってしまう。
「お姉ちゃん、どこ行くですか〜? ネギ先生の部屋はこっちですよ〜」
「フッフッフッ、僕に任せときなって」
そう言って風香は史伽の手を引いてネギの部屋とは正反対の方向へと走り出した。彼女には一発逆転を狙うための秘策があるようだ。トトカルチョを盛り上げるためにも、彼女達には奮闘を期待したい。
「あ、そうだ。史伽、これに着替えるんだ」
「ええー、ここでですかー?」
宴会場に辿り着いた二人は、風香があらかじめ用意していた桃色の可愛らしい忍者装束に着替え始めた。
風香の秘策と言うのは、この宴会場から天井裏へと入り、そこを通ってネギの部屋まで行くと言うものだった。事前に脚立や縄梯子を用意している辺り、風香はこういう事には労力を惜しまない性質である事が窺える。
忍者装束も天井裏に入るためある程度汚れても良い、動きやすい衣服としてそれを選んだようだ。着替え終えた風香は準備万端と言わんばかりに笑顔で胸を張っており、いつも巻き込まれる役である史伽は、もう止めようがないと大きな溜め息をつくのだった。
「…何だ?」
一方、横島は玄関口でホテルを見上げて違和感を感じていた。
生徒達の就寝時間まで周辺の見回りをしていたはずなのだが、妙にホテルが騒がしい。
戻ってくるのが早過ぎたかと時計を見てみるが、確かにネギから聞いた就寝時間は過ぎている。それなのに生徒達はいまだに騒いでいるのかと一瞬呆れた横島だったが、思えば自分も中学生の時の修学旅行の夜は似たようなものだった事を思い出した。
しかし、これでは廊下を歩いていると生徒達といつ鉢合わせになってしまうか分からない。
「はぁ〜。まぁ、しょうがねぇか」
とは言え、生徒達の気持ちも分かってしまうので文句を言うこともできない。特に彼女達は昨夜は清水寺の一件で酔いつぶれてしまっていたので尚更であろう。
横島は仕方なく、ホテル内の見回りは人目につかないルートで行う事にする。彼にとっては得意分野と言えなくもない。特に苦にはならない事なので気楽なものだった。
「マスター、横島さんが見回りから戻られたようです」
「そうか。で、どうするんだ神楽坂明日菜。決心はついたか?」
「う、うぅ…」
いじわるそうな目で見詰めるエヴァに対して、アスナは呻くばかりだ。
弟子入りの時もそうだったが、アスナはいざ一歩を踏み出す際に躊躇してしまう性質らしい。
横島と仮契約する事が嫌なわけではない。キスする事も恥ずかしさはあるが、拒否するほどでもない。
もし横島に仮契約したいと申し出れば、すぐに了承してくれるだろう。彼は基本的に過保護なので、アスナが霊力を使えるようになると言うのが理由の一つ。もう一つは仮契約の際にキスができると言う下心だ。
アスナもそれは分かっているのだ。
弟子入りの時は受け容れてもらえるかで迷っていたが、今回の仮契約に関しては少し勝手が違う。
「やっぱり、中学卒業したら横島さんと一緒に東京に帰らないといけないのかな!?」
どうやらアスナは、仮契約する事に関して深く考え過ぎているようだ。
東京に『行く』ではなく『帰る』になっている辺り、『仮契約』と『嫁入り』を混同していると見受けられる。
これには流石のエヴァも呆れて言葉を失った。顎をかくんと落とし、唇の端から垂れたお茶がその衝撃の大きさを物語っている。
「マスター、助け船を出して差し上げてはいかがでしょう?」
「…う、うむ、そうだな」
膝の上でこぼれたお茶を拭きながらおずおずと言う茶々丸の言葉に、エヴァは呆けながらも頷いた。
普段の彼女ならば面倒臭いと断るところだが、今のアスナを見ているとそんな事も言っていられない。まずはインパクトでアスナの勘違いを木っ端微塵にしてやろうと、エヴァはある事実を指摘してやる事にした。
「あのな、神楽坂明日菜…」
「え、仲人やってくれるの?」
「黙れ」
エヴァチョップでぺちっとアスナを黙らせる。
「貴様はあれか? ネギのぼーやと豪徳寺薫が結婚すると言うのか?」
「………」
ピタリと動きを止めたアスナを見て、エヴァは「やっと分かったか」と一息つく。
そうなのだ。確かに今時の風潮では、魔法使いと従者はそのまま恋人同士、そして結婚するパターンが多いのだが、全てがそうなるわけではない。しかも、それは『本契約』の場合だ。『仮契約』でそこまで考えるな馬鹿者めがとエヴァは頭が痛そうにこめかみを押さえている。
「ネギならドレスも似合うかも!?」
「アホかーーーッ!!」
しかし、アスナはエヴァの想像以上にバカレッドであった。
「…おい、バカイエロー」
「何アルか?」
「バカレンジャー同士責任持って、コイツを横島の前に叩き出して来い」
エヴァは古菲を呼び寄せると、アスナの襟首を掴んで彼女に差し出した。
このままアスナが決心するまで待っていれば夜が明けてしまう。そう判断したエヴァは説得する事を諦めたようだ。無理矢理横島の前まで連れて行けば、嫌でも決心せざるを得まいと実力行使に出る事にしたらしい。自分ではなく古菲の手を煩わせようとする辺りが実に彼女らしい。
「エヴァちゃん、アスナが決心つかん内にそないな事しても…」
「踏ん切りがついてないだけだ! 本当に決心していないのなら、そもそも仮契約すると言い出さんわっ!」
強引な手段に走ろうとするのを見かねて亜子がおずおずと宥めるが、エヴァはそれをあっさりと一蹴。
古菲もアスナ弟子入りの一部始終を見届けていた経験から、彼女の場合は追い詰めて勢いで突っ走らせた方がいいのではないかと思っていたのでこれを承諾。
「アスナ、行くアル」
「え、いや、まだ決心が…」
「横島さんは現在、一階の宴会場付近にいるようです」
茶々丸から横島の現在位置を聞いた古菲はアスナの手を引いて彼の元へと向かう。
アスナも抵抗することなく引かれるままに進んでいく。やはり、仮契約する事が嫌なわけではないのだろう。亜子とアキラも、これは黙って見守った方が良いだろうと二人を見送るのだった。
「…なぁ、楓」
「なんでござるかな?」
形の良い唇は普通に会話を紡ぎながらも、その手は鋭い一撃を繰り出している。ただし枕で。
アスナの悩みとは裏腹に『ラブラブキッス大作戦』は大きな盛り上がりを見せていた。
ネギの部屋へと向かう手前の廊下であやか、真名班とのどか、楓班が接触。真名と楓はそれぞれパートナーを後ろに下げ、枕を両手に一騎討ちを始めてしまい、『ラブラブキッス』とは関係ない世界に突入してしまっている。
「刹那のヤツは『武器を選ばず』と言っていたが…枕でも戦えるのかな」
「どうでござろうな〜」
後日、刹那に聞いてみたところ「気を込めれば何とか」と答えたそうだ。武器を選ばないにも限度がある。彼女ならば枕だけでなく、浴衣の腰に巻く帯すらも武器にしてしまうのだろう。
「必殺、枕手裏剣ッ!」
「なんの、枕指弾ッ!」
楓が枕にあるまじき速度で真名目掛けて投げれば、真名は指で弾いて枕を撃ち出す。
互いの枕が激突し、弾き飛ばされる。それと同時に二人が跳躍し、空中でそれぞれが枕を掴み取ると、一気に肉薄し揃って連打を繰り出した。ただし、枕で。
想像以上に激しい戦いに各部屋で実況中継を見ているクラスメイト達はエキサイトしている。トトカルチョはこの二班に賭けが集中してしまったためいまいち盛り上がっていないが、これだけ本格的な戦いが見られるならば、それこそトトカルチョなど二の次だ。彼女達はそれだけ二人の戦いに熱中していた。
しかし、ここは無人の荒野でなければ、麻帆良学園でもない。このまま戦い続ければ騒ぎに気付いて新田、或いはホテルの従業員がやって来てしまうだろう。その事に真っ先に気付いたのはやはり常識人であるあやかであった。
「ハッ、み、皆さんお止めなさい! そんなに騒ぎたいなら表に出ておやりなさいな!」
「ム…」
「確かに、このままここで戦って新田先生を呼び寄せるのは拙いでござるな」
あやかの声に真名と楓は我に返ってその動きを止める。奇しくもそれは、互いの枕がそれぞれの側頭部に命中する直前であった。あやかの制止が数秒遅れていたら、ダブルノックアウトで戦いが終わっていたかも知れない。
「さぁさぁ、皆さん表に移動して…」
クラス委員長の性か、あやかはテキパキと指示を飛ばして三人を移動させる。ネギの唇を狙う他の二組についてはナチュラルに忘れているらしい。委員長の使命感に燃えて、今が『ラブラブキッス大作戦』の真っ最中であることすら忘れているのかも知れない。
「のどか殿、行くでござるよ」
「う、うん…」
「勝った方がパートナーをネギ先生の部屋まで連れて行く、それでいいな?」
しかし、真名と楓には異論はない。互い以外は敵ではないので、外で決着を付けてからパートナーを連れて行けば良いと考えているのだ。こちらも一騎討ちの決着を付けるのに気を取られて「誰かがネギにキスした時点で終了」と言う事を忘れていた。
「さてと…」
「雪広、こんな所で何をやっている?」
「え゛?」
三人が移動したので自分も移動しようとしたあやかだったが、突然背後から声を掛けられてしまう。
その聞き覚えのある声に、顔色をサーッと青くしたあやかは、ギギギと軋むような音を立てて振り返る。すると案の定と言うべきか、そこには見回り中の新田が立っていた。
『おおーっと! いいんちょ、新田に捕まってしまった、リタイアだーーーっ!!』
「いいんちょってば…」
「いいヤツなんだけどねー」
テレビを通してロビーで正座させられるあやかを見ていた班のメンバー達は、いかにも彼女らしいと呆れるべきか、笑うべきか複雑な表情をしていた。
だぁっと美空は賭け券をばら撒き、夏美も券を捨てはしていないが、がっくりと肩を落としている。そんな二人の背後では千雨も券を破り捨てていたりする。なんだかんだと言って彼女達はあやかを信じて賭けていたようだ。
「あらあら、皆しょうがないわねぇ」
ただ一人、千鶴を除いて。
実は、あやかがあの時二人の戦いを止めなければ、真名と楓はダブルノックアウトで終わっており、後は残されたあやかとのどかの戦いとなって、間違いなく彼女が勝っていたのだが、それについては気付かない方が本人のためであろう。
千鶴はその事に気付いていたが、うふふと笑うばかりだった。
「……え、え〜っと」
「………」
「…ど、どうするでござるか?」
「………好きにしろ。私はもう手出しはせん」
外に移動したはいいものの、あやかがリタイアしてしまって真っ白になっていた真名。
彼女はプロだ。雇い主であるあやかが退場してしまった以上、彼女が戦う理由はない。楓との一騎討ちが中後半端に終わってしまったのは残念だが、これ以上戦い続ける元気など彼女には残されていなかった。
一方、蚊帳の外のようになってしまっている他の二班だが、彼女達は別ルートでネギの部屋に向かっていた。
風香と史伽は忍者装束に着替えて天井裏を通り、まき絵と裕奈の二人はネギの部屋が非常階段の近くである事に目を付け、ホテルの外側を通ってネギの部屋目前まで迫っている。
「えへへっ、非常口を開けたらネギ君の部屋まですぐだよー」
「でも、カギ閉まってないかな?」
「だいじょーぶ! 始まる前に開けといたから!」
「おおっ!」
まき絵は笑顔でVサイン。そっと中の様子を伺い、新田がいない事を確認すると二人で中に入る。
あとはネギの部屋に忍び込んでキスをするだけと彼の部屋のドアノブに手を伸ばすまき絵だったが、そんな彼女の目の前にバラリと縄梯子が下りて来た。
「あ、まき絵さん!?」
「しまった! やるよ、史伽!」
何事かと見上げてみると、そこには天井裏から顔を覗かせる風香と史伽の姿があった。
二人は大慌てで下りて来ると、両手に枕を持って身構える。それに合わせてまき絵と裕奈も枕を取り出し、それを合図に戦いの火蓋が切られた。この戦いの勝者がネギの部屋に辿り着ける事となる。
「鳴滝忍法、分身の術〜!」
「ぜんぜん分身してないじゃん!」
素早く交差して動き回り相手を撹乱しようとする風香達だったが、動き回る前に裕奈の投げた枕が命中して失敗に終わってしまう。こうなると後は乱戦であった。真名と楓ほど本格的な戦いではないが、四人の少女がポカポカと枕で叩き合う姿はなかなかに見応えがあった。
「む…他の二班が」
新田のいるロビーを避けて再びネギの部屋に向かうのどかと楓。
四人が部屋の前で戦っているのを見つけて足を止めるが、そこで楓は一計を案じた。これならば、確実にのどかをネギの部屋に送り届ける事ができるだろう。
「のどか殿、一気に突っ込むでござるよ」
「え、ええ!? でも、私とろいし…」
「大丈夫、こう…すれば!」
「えーーーっ!?」
言うやいなや、楓はのどかを担ぎ上げた。こうすれば、のどかの足の速さなど関係ない。楓は一気に勝負を決めるためにネギの部屋に向けて駆け出した。
「あ、楓姉!」
「え、のどかの班!?」
風香が楓の姿に気付いて声を上げ、まき絵がその声を聞いて振り返るが、その時既に楓は彼女達の目前まで迫っていた。そのまま四人の脇をすり抜けると、ネギの部屋の扉を開き―――
「ほぅら、頑張ってくるでござるよー!」
「きゃーーー!」
―――のどかをネギの部屋の中へと文字通り放り込んだ。
楓はすぐさま扉を閉めるとその前に立ち塞がり、慌てて駆け寄ってきた四人をがしっと受け止めて阻止する。
これでは楓が居る限りネギの部屋に入る事はできない。四人は一時休戦して楓と戦おうとしたが、この時楓の頭には彼女達の追撃を完全に食い止める秘策があった。
「せいっ!」
手にした枕を楓は手裏剣のように投げ放った。ただし、その目標は目の前にいる少女達ではない。
疑問符を浮かべた四人が枕の行方に視線を向けると、そこには備え付けの消火器があった。枕は見事にそれを命中、ぐらりと揺れた消火器が倒れ大きな音を立てる。
「こら! そこに誰かいるのか!」
続けて聞こえてきた声に、皆は先程のあやかのように顔色を変える。
そう、楓は大きな物音を立てる事で見回りをしている新田を呼んだのだ。当然自分もリタイアになってしまうが、のどか以外の参加者は全てここにいる。ここで全員がリタイアになってしまえば、後はのどかの独壇場。これこそが楓の秘策であった。
「お前達、そこで何をやっとるかぁーッ!」
「「「「きゃーーーっ!」」」」
こうして参加者のほとんどが新田に見つかりリタイアとなってしまった。
その場に居た五人全員がロビーに連れて行かれて正座をさせられてしまう。
「楓姉のバカー!」
「あ〜ん、ネギく〜ん!」
「いやいや、友のために力を尽くすのが我が一族のしきたりでござるからな」
「楓の一族って何なのさー!」
しかし、楓だけはやり遂げた表情でどこか満足気だった。
ちなみに、『一族』とは忍の一族ではない、と楓は言っている。
「おおーっと、楓選手壮絶な自爆だぁーーーっ! トトカルチョの行方はのどか選手一人に託された!」
意外な展開に実況をしている和美も熱くなって大声を張り上げている。
中継の映像もネギの部屋のみに切り替えられる。皆の注目は部屋に放り込まれたのどかがどうするかだ。
「…あれ?」
「クックックッ、あの姐さん狙ったとすりゃ流石としか言いようがねぇなぁ」
そう言って笑うカモの手には一枚のカードがあった。
画面の中では、のどかがネギを押し倒す形でもつれるように倒れている。
「おおっと、ただ今こちらで確認が取れました! のどか選手、既にキスを成立させていました!」
そう、カモの手にあったのは宮崎のどかの仮契約カード。
楓に放り込まれたのどかは、その際に部屋の中のネギとキスをしてしまったのだ。今二人は唇を重ねたまま目を見開いて折り重なっている。
「わあぁ! み、宮崎さんっ!?」
「す、すいません!」
折り重なったまま更に数十秒。やがて我に返ったネギがのどかを持ち上げるように大声を出し、続けてその声で我に返ったのどかは慌ててネギの上から飛び退いた。
少し距離をおいて見詰め合う二人。のどかは恥ずかしげに目を伏せてしまったので、ネギの方から彼女に声を掛ける。
「あの、宮崎さん…」
「ね、ネギ先生…」
『トトカルチョの結果は出ましたので実況は終了しまーす』
「「「ええーっ!?」」」
各部屋から悲鳴のような声が上がった。
いかに『麻帆良パパラッチ』と呼ばれる和美でも根は人情家なのだ。
今の二人を見て実況中継して晒し者にしようなどとは思わない。
和美の活躍で完全に二人きりになったネギは、更に言葉を続けた。
「あの、お昼のことなんですけど…」
「えっ…いえ、あのことはいいんです! 聞いてもらえただけで…!」
答えを聞くのが怖いのどかは慌ててネギを止めようとするが、ネギの方も止まらない。
今のネギは山積した問題を一つ一つ解決していくしかないのだ。のどかの告白に対する返事は彼にとって最も優先順位が高い問題、何故のどかが自分の部屋にいるかは分からないが、邪魔の入らない今こそが返事を伝えるチャンスだと考えていた。
「すいません、宮崎さん…。ぼ、僕…まだ誰かを好きになるとかよく分からなくて…」
これが正直な答えであろう。こうして中学校の教師をしているとは言え、彼はまだかぞえで十歳の子供なのだ。
「いえっ、もちろん宮崎さんの事は好きです。で、でも僕、クラスの皆さんの事も好きだし、アスナさんや木乃香さん、いいんちょさんやバカレンジャーの皆さん、横島さんや豪徳寺さんも…そういう好きで、あ、それに、その、やっぱり教師と生徒ですし…」
「い、いえ…あの、そんな、先生…」
のどかはネギを止めようと声を掛けるが、彼の方も一杯一杯で彼女の声は聞こえていないようだ。
こうなれば、のどかもぐっと覚悟を決めてネギの返事を待つ。
「だから僕、宮崎さんにちゃんとしたお返事できないんですけど…」
「………」
「あの、と、友達から…お友達から始めませんか?」
「…は、はい!」
今のネギにはこれが精一杯の返事であろう。
ネギの言葉にのどかは顔を真っ赤にしながらも満面の笑みで応えた。
「まぁ、ネギ先生の年齢ならこんなもんかな〜」
「微笑ましいじゃねぇか。仮契約もちゃんと成立したし、言うことなしだな」
人情家としての一面を持つ和美だが、自分の好奇心を満たす事に関しては実に己の欲望に忠実であった。
中継こそはしないものの、しっかり自分達だけは初々しいネギの告白の一部始終を見守っていたようだ。映像データもしっかり確保している。
「大掛かりだった割には情けねぇ成果だが仕方ねぇぜ」
「ま、今日は二人のためのイベントって事で。私達はさっさとズラかるよ、カモっち!」
結局仮契約カードは一枚しか手に入らなかったが、二人は満足していた。
「…なるほど、お前が主犯か朝倉」
この直後、新田に見つかってしまってロビーで朝まで正座させられようとも後悔は無い。多分。
「ん〜、静かになたアル」
「ね、ね、横島さん…居た?」
ひょこっと露天風呂の更衣室から顔を覗かせる古菲。
彼女達はまず茶々丸に言われた場所に横島を探しに行ったが、そこには既に彼の姿はなかった。既に移動してしまっていたのだろう。『ラブラブキッス大作戦』が行われている間は、横島も隠れていると考えた二人は、静かになるまで新田や他のクラスメイトに見つからないようにここに隠れていたと言うわけだ。
「アスナ、もういいアルか?」
「…ええ、私やるわ」
しっかりした口調で答えるアスナ。
先程、茶々丸から横島の現在位置と一緒に『ラブラブキッス大作戦』にてのどかが勝利し、仮契約を果たした事を聞いた彼女は、自分も怖気づいてはいられないと奮起している。
「恋人だとかはまだ考えられないけど…私、横島さんと仮契約する」
「ウム、アスナがそう言うなら私も協力するアル」
アスナの強さを秘めた瞳を見て、古菲も力強く頷いて返す。
更衣室に隠れている間にもどんどんと追い詰められて、良い感じに余計な事は考えないようになっていた。横島の事は好きだ、だから仮契約する。今のアスナの頭の中はそれだけで占められている。
茶々丸が言うには、横島は豪徳寺と交代するために自分の部屋に戻ろうとしているとの事。
二人は顔を見合わせて頷きあうと、横島の下に向かうために更衣室から出た。
「…あ、こっちの階段使わない?」
「ん? 別にいいアルよ」
しかし、やっぱり恥ずかしくて皆の前には顔を出せないらしい。
少し遠回りだが、ロビーを通らないルートで横島達の部屋へと向かうのだった。
「一体何だったんだろなぁ」
騒ぎが収まったのを見計らって部屋の前まで戻ってきた横島は、先程までの騒ぎは一体何だったのかと首を傾げた。女子中学生が集団でネギの唇を狙っていましたなどと知れば、今すぐ藁人形を持って近所の神社…の場所は知らないので、手近な川の向こうの公園の木に打ち付けに行っていたに違いない。
ホテル周辺を見回っていた彼は、刹那との話で出てきた四方の魔法陣を見てきたのだが、ネギ辺りがホテルを護るために張り巡らせた結界か何かだと考えていた。実際にそれを目の当たりにしても危険な感じはしなかったので、その自分の勘を信じたのだ。
「よ、横島さん!」
「ん?」
突然掛けられた声に振り向くと、そこには浴衣姿のアスナと古菲が立っていた。
走ってきたのか、アスナは顔が赤く息も荒い。
それを見て横島はふと疑問を抱いた。初めてアスナと出会った日、二人でエヴァと茶々丸に追いかけられて盛大な鬼ごっこをしたのは記憶に新しい。少し走ったぐらいで息切れするような子でない事はよく知っている。
それもそのはず、アスナはこれから仮契約を申し込む事で胸を高鳴らせているのだ。顔が赤いのはそのためであり、走ってきたからではない。
「…あの、横島さん!」
「落ち着いて…って前にもあったな、こんな事」
そう、今のアスナはまるで弟子入りを申し込んで来た時のようだ。
これは真剣に聞かねばなるまいと、横島はアスナに向き直る。
「あ、あの…その、横島さん!」
「あんま大声出すと新田先生に聞こえちゃうから」
そう言って横島は声を抑えるように注意するが、アスナは止まらない。
古菲は新田が来れば一撃食らわせ眠らせようと、ロビーへと続く廊下の方に注意を向けた。それに、これからアスナがする事を考えれば、そちらをまじまじと見るのも躊躇われる。興味がないわけではないのだが、そう言う事に関しては古菲と言う少女は純情であった。
純情と言う意味ではアスナも負けていない、にも関わらずこれから目の前の男に「キスして」と言おうとしている。そんな彼女の味方は一つ、「勢い」だ。
「横島さん! 私と仮契約してくださいっ!」
「………え?」
その言葉が横島の耳に届き、脳がそれを理解するまで数秒。
アスナが何を言っているのかを理解し、それが「キスして」と言う意味だと理解した横島は、その瞬間鼻と耳から何かを噴き出した。
「そ、そそそ、それはチューしてって事でせうかっ!?」
「や、やだ、そんなはっきり言わないでくださいよ!」
はっきり言わなくてもやる事は変わらないのだが、ストレートに言われるのはやはり恥ずかしいらしい。
更に顔を紅潮させてもじもじし始めたアスナに、横島は「はうっ!」と思わずのけぞってしまう。
そんな事をしている間にアスナは一歩、また一歩と横島に近付いていく。
横島が一歩も動けぬ間に、触れ合う位置まで辿り着いたアスナは、ぴたりと横島に身体を重ねてその腰に手を回した。いざ動き出した彼女は積極的だ。
「横島さん…」
寄り添うような姿勢になったアスナは、横島の顔を見上げてぎゅっと目を瞑る。
見れば目元にかなり力が入っている。その顔は耳どころか首筋まで真っ赤になってしまっている。やはり相当恥ずかしいのだろう。それを堪えてこうしているのだ、アスナは。
「い、いいのか? ホントにやっちゃっていーのかっ!?」
対して迫られる形となっている横島はいつもの勢いが無い。
迫る事はあっても迫られる事はほとんど無いため、どうすればよいか分からず戸惑っているのだ。
とりあえずアスナの肩に手を添えるが、それ以上動く事ができずにいる。
しばし、そのまま動けなくなる二人。
ロビーの方を警戒する振りをしつつもやはり興味があるのか、顔を真っ赤にしながらこっそりアスナ達の様子を窺っていた古菲がそろそろ新田が来てしまうのではとしびれを切らす頃、こちらもしびれを切らしたのかアスナが自ら最後の一歩を踏み出した。
「横島、さんっ…!」
「―――!」
少し背伸びをして、自分から横島の唇に自分のそれを重ねる。
それどころか、腰に回していた手を横島の首に、頭に回し、絶対に離さないと言わんばかりに押し付けた。
「おおおおお〜!」
それを目の当たりにした古菲は感嘆の溜め息をもらし、横島は身動きする事すらできず、ただ彼女の情熱を受け止めていた。
「…あれ? なんでアスナの姐さんの仮契約カードが?」
その頃、カモの手元にアスナの姿が描かれた仮契約カードが現れていた。
和美が新田に捕まった際に逃げ出していたため、カモには何が起きたかは分からなかったが、アスナが誰かと仮契約した事は確かだ。
「ま、いっか。仮契約カードゲーット!」
とりあえずカモは細かい事は気にせず、仮契約が成立した事だけを喜ぶ事にした。
契約成立により手に入る報奨金五万オコジョ$に目が眩んでいる。
それからどれくらい経っただろうか、アスナは小刻みにその態勢を変えながらも唇を重ね続けた。
対する横島の方は、ぴくりとも動かずされるがままだ。
「………はっ!」
ぼうっと見入っていた古菲だったが、その時ある事に気付く。
恥ずかしくてまじまじと見る事ができなかったが、覚悟を決めて未だに離れない二人の顔を見る。
「ア、アスナ! アスナ! 横島師父、窒息してるアル!」
「…えぇっ!?」
指先一つ動かない横島の顔は実に青紫、見事なまでにチアノーゼが出ていた。
「あああ、横島さは〜ん! しっかりしてくださぁ〜い!」
アスナの腕が離れると、横島はぱたりと力無く崩れ落ちる。
しかし、その表情は実に幸せそうで、自分はされるがままで何かやったわけでもないのに「やり遂げた漢の顔」をしていたそうだ。
つづく
あとがき
連載開始当初から予定していた事ですが、見習GSアスナは一つの山場を越えました。
とうとうやってしまったと言うか何と言うか…感慨深いです。
ちなみに、魔法使いが隠匿された世界でアーティファクトをGSが使っても良いのかと言う問題についてですが、
こちらは次回の話で説明を入れようと考えております。お待ち下さい。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
アスナはやっぱり恋する乙女というか、根っこの所では普通の女の子なんだなぁと。
正直見ててかゆくなりましたが(爆)。
エヴァも親切なんだかタチが悪いんだか。
まぁ、彼女は結局のところ悪を気取るヘッポコお人好しなのでどっちも天然でやってることなんでしょうが。
しかしそんなヘッポコも真正の天然バカレッドの前では霞んでしまうのでありました。
いやー、吹いた吹いた。w
吹いたといえばいいんちょ。
まぁこっちは割と想定内でしたけど。
いいんちょだしなぁ。w
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