「アスナ、行たアル!」
「こいつっ、おとなしく捕まりなさい!」
 アスナと古菲の二人掛かりでもう一匹の変身タヌキを追い掛け回しているが、なかなか捕まえる事が出来ない。
 横島は捕獲には直接参加せず、少し距離を取り、片手で既に捕らえたタヌキを抱えながら、もう片方の手でサイキックソーサーを構えている。別に怠けているわけではなく、タヌキが二人から逃れてこの場から離れようとした時は、すかさずサイキックソーサーを投げつけるつもりなのだ。そのためにも広い範囲を見渡せる位置にいなければならないのである。
 とは言え、二人で取り囲めば、そうそう逃げ出す事も出来ない。それなりに開けた場所なので追い詰める事は出来ないが、捕獲も時間の問題だろう。タヌキ自身もそれを悟ったのか、この状況を打破するために二度目の変身を始めるが、アスナはひるまなかった。自分の『魔法無効化能力(マジックキャンセル)』があれば、すぐにそれを打ち消す事が出来るのだから。
「変身したって私がすぐに……っ!」
 しかし、アスナの余裕もそこまでだった。なんと、タヌキの身体から煙が噴出し、アスナ達の視界を閉ざしたのだ。おそらく、身体から放出した妖力を霧に変身させたのだろう。自分よりも大きい姿に変身し、めり込んだアスナの腕を捕らえたのも、その妖力によるものだと思われる。
「何コレ!?」
「見えないアル!」
 アスナは『魔法無効化能力』を発動させるために、霊力を込めた手を振り回すが、煙は一向に晴れる気配がない。視界を塞がれたアスナ達は、突然の出来事に対処する事が出来ずにおろおろするばかりだ。
 そんな中、横島はアスナ達を包む煙の中を、小さな妖力が動いている事に気付いた。逃げるつもりなのか、煙に乗じて何かするつもりなのかは分からないが、後者であればアスナ達が危険だ。横島はすぐさま煙の中の気配目掛けてサイキックソーサーを投げ込んだ。無論、直撃させるのは忍びないのでその足元を目掛けて。
 爆発とともに悲鳴のような鳴き声が聞こえた。爆発で起きた煙が晴れると、そこにはサイキックソーサーで巻き上がった土埃で汚れたアスナと古菲、そして二人の足元には目を回して気絶した一匹のタヌキの姿があった。
 元々化けるだけしかできないタヌキであり、『魔法無効化能力』を持つアスナとの相性は最悪と言っても過言ではないので仕方のない事なのだろうが、何とも呆気ない幕切れであった。走り回ったアスナや古菲に至っては、まさに「くたびれもうけ」である。

「ケホッケホッ、もしかして死んじゃいました?」
「いや、直撃はさせてないから大丈夫なはず……」
「タヌキ寝入りじゃないアルか?」
 横島が恐る恐る近付いて確認してみると、もう一匹のタヌキは完全に意識を失っているようだ。
「これどうします? 捕まえても、また変身されたら……」
「行ってて良かった、陰陽寮。その点は安心しろ、いいのがある」
 そう言って横島はリュックの中から厚さ1センチ程度の札の束を取り出した。その内の三割程は破魔札だが、残りは結界を張ったりするための、戦闘以外の用途を目的とした札である。以前仕事でアスナ達の修学旅行に同行し京都に行った際、濡れた破魔札を取り替えてもらうために陰陽寮に行った事があるのだが、その時担当の女性にGSならばこれぐらい持っていなければと言われ、結界札を始めとする術札一式を半ば強引に買わされてしまったのだ。ヘルマン一味が麻帆良を襲撃した時に多く使われた治療用札も、この中に入っていたものである。
「確か四、五枚入ってたはず……と、あったあった」
 札の中から『妖怪封じ』と書かれた術札を取り出した横島は、二匹のタヌキそれぞれの背中にそれを貼り付けた。この札は妖力そのものを使えなくするもので、妖怪を一時的に無力化するために使われる札だ。強力な妖怪となると、この札による枷を力で強引に押し退けてしまうのだが、この二匹の変身タヌキならば完全に無力化できるはずだ。
 更に横島は、その札が剥がれないようにタヌキの胴周りをロープでしばり、それぞれの先端をアスナと古菲に持たせる。これから彼が二匹のタヌキを抱えて山を下りる事になるのだが、途中でタヌキが横島の腕から抜け出してしまったとしても、二人がロープを持っている限り逃げられないようにしておくのだ。

 その後、一行はロープに繋がれたタヌキを抱え、見鬼君を使って登山道を一回り捜索したが、結局他の化けタヌキはおろか妖怪の反応も見つからなかった。この見鬼君はそれなりに距離が離れた弱い反応でもキャッチしてくれる物だ。先程は最初の化けタヌキの反応に紛れてもう一匹を見逃していたが、その二匹に妖怪封じの札が貼られているにも関わらず反応がないと言う事は、この山にはもう化けタヌキのようなものは存在しないと言う事である。
 気絶していたタヌキが途中で目覚めたが、化けられない事に気付くと諦めたのか、今はおとなしくしている。
 「イヤなクライアント程仕事はキッチリと」と言う令子の教え通り、しっかりと仕事を終わらせたと横島は判断し、一行は山を下りる事にする。
 両脇にタヌキを抱える横島が先頭を歩き、その後ろにそれぞれロープの先端を持ったアスナと古菲が続く。途中の道すがら、一行の話題は件のタヌキの事となった。
「この二匹、つがいかしら?」
「ん〜、そんな感じに見えなくもないが」
「それがどうかしたアルか?」
「いや、なんで変身できるようになったのかなーって」
 一番興味深いのは、この二匹が何故化ける事に目覚めたかだ。横島が除霊助手時代に遭遇した化けるイノシシは、つがいの片割れを車に轢かれ、その恨みと怒りから化ける事を覚えた。しかし、この辺りは工事もしていなければ、開発をしているわけでもない。そもそもこの山に来るのは、地元の人が週末にハイキングを訪れる事もあるそうだが、観光で来た登山客がほとんどなのだ。マナーが悪い観光客が何かしたと言う可能性もあるが、それが原因だとすれば調べようがないだろう。
「もー、それこそタヌキに聞いてみるしかないかなぁ」
「……文珠使うアルか?」
「いや、流石にそれはもったいない」
 見たところ、タヌキ達は怪我をしている様子もない。こうなってくるといよいよ化ける事を覚えた原因は謎となってくる。興味は尽きないが、二匹の化けタヌキを捕らえて、これで事件は解決したと言う事にして、そちらの追求は諦めた方が良いのかも知れない。

「ところで、このタヌキどうするんですか?」
「オリに入れて、動物園にでも引き渡すアルか?」
 古菲はそう言うが、化けるタヌキを一体どこの動物園が引き取ると言うのだろうか。もの珍しさから客は呼べるかも知れないが、元々野生のタヌキなのだ。どんな問題を起こすか分かったものではない。
「いや、安心しろ。当てはあるんだ。山を下りたら電話して迎えに来てもらうから」
 横島曰く、化けタヌキを引き取ってくれる当てがあるらしい。アスナと古菲はその物好きがどこにいるのかと疑問符を浮かべて顔を見合わせているが、対する横島は自信満々の様子で鼻歌を歌っていた。

「一体どんな人なんですか、その妖怪を引き取ってくれるって……」
「そいつらはそもそも妖怪にもなってないんだが……それに、個人じゃなくて集団な」
「なんて言うとこアルか?」
「ああ、『愛子組』って言うんだ」

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.66


「あ、あいこ……ぐみぃ?」
 当然、アスナと古菲は『愛子組』の存在を知らず、二人揃って首を傾げている。そんな彼女達のために横島が説明を始めた。
「『愛子組』ってのは、妖怪保護区の山を管理してる団体なんだよ」
「よ、妖怪保護区っ!?」
 アスナが驚きの声を上げる。無理もあるまい、彼女にしてみればGSは悪霊、妖怪を退治するものと言う認識があるのだ。横島は吸血鬼であるエヴァと仲が良いが、アスナの場合、彼女は吸血鬼よりもクラスメイト、最近は手の掛かる妹のようなイメージがある。このイメージについてはエヴァ当人が聞けば「むしろ、私が姉だろう」と怒りそうなので口には出さないが。
 ともかく、今の彼女にエヴァがGSの除霊対象と言う認識はない。横島が何でもかんでも除霊して解決するような人柄でない事は知っていたが、積極的に妖怪を保護すると言う考え方がある事までは知らなかった。
「ところで愛子て誰アルか?」
「色んな学校で生徒さらって異空間に自分の学校作ろうとしてた机妖怪だ。口癖は『青春よねー』で、先生からの受けは俺よりも良い」
「は?」
 前半はともかく、後半が妖怪を説明している言葉だとは思えない。しかし、これは紛れもない事実である。確かに愛子のやった事は傍迷惑な話ではあるが、彼女の動機はあくまで青春を味わいたいだけであり、最後に横島を異空間に連れ込み、彼の元上司の令子が助けに来た事で異空間の学校は閉校となり、結局は全員が無事に元の時代、元の場所に戻った。
「それじゃ、『愛子組』って言うのは……」
「そん時、異空間の学校に閉じ込められてた生徒達だよ」
 閉じ込められていた内の二人――高松と、現在はGS協会の幹部となっており、横島の独立保証人でもある猪場と言う人物が中心となり、妖怪達との共存共栄を模索するために結成されたのが『愛子組』だ。それを聞いてアスナと古菲はなるほどと頷いた。異空間の学校で過ごした皆がそう言う風に考えるのならば、その愛子と言う名の机妖怪は、きっと「いい妖怪」なのだろう。
「実は、俺も閉じ込められてた一人なんだけどな。あんま山に行く暇はないけど『愛子組』の名簿には名前載ってるし」
「え゛? それじゃ、横島さんもそれで無闇やたらと除霊しないようになったんですか?」
「いや〜、俺はあの暑苦しいノリには付いてけなかったなぁ……高松さんも、年食ってちょっとは落ち着いたみたいだけど」
 ちなみに、『愛子組』のメンバーは愛子が様々な時代から生徒を攫っていたので、今の年齢はバラバラなのだそうだ。現在の高松は息子に跡を継がせ、自分は隠居するような年齢である。
 アスナはまるで遠い世界の話を聞いているかのようだった。前に立つ横島の背中が急に遠くに行ってしまったかのような錯覚すら覚えてしまう。

「ところで、その愛子って妖怪は、今は……?」
「ああ、俺の前の学校のクラスメイト
「はい?」
「ウチの事務員でもあるぞ」
「はいぃーっ!?」
 アスナが思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。遠い世界の話だと思っていたのに、急に身近になってしまった。
 前回横島から直接受け取ったバイト代は、正式に除霊助手として契約していなかったので彼がポケットマネーから出したものだが、次回からはその辺りも愛子が管理する事になるだろう。
 そう言えば、昨日会った唐巣の弟子であるバンパイアハーフであるピートも横島のクラスメイトだったらしい。聞けば更には虎男もいるそうだ。虎男であるタイガー寅吉は、変身能力があるとは言えれっきとした人間なのだが、横島も気にしていないのでアスナ達の勘違いにフォローは入れなかった。
「でもアスナ、ウチのクラスも負けてないアル」
「う、そう言えば……」
 吸血鬼の真祖であるエヴァを筆頭にロボットの茶々丸、烏族のハーフである刹那、幽霊のさよ、魔眼持ちのスナイパー真名、女華姫直属部隊の末裔である楓、最近本当にただの人間であるか疑わしくなってきた強運の持ち主桜子、問答無用の超鈴音、ルームメイトである木乃香も頭抜けた霊力の持ち主であり、現在彼女の影には百鬼夜行の鬼達が棲んでいる。ざっと羅列しただけでも人間以外、人間も含めて普通ではないひとかどの人物が揃っていると言えるだろう。
「そう言えば、あんたの功夫もたいがい普通じゃないわよね」
「アスナ、自分が最近霊能力者になたの忘れてないアルか?」
 そして当のアスナと古菲の二人もまた、「普通ではない」方に分類されていた。要するに彼女達も横島の事は言える立場にないと言う事である。
「ついでに言っておくと、ネギ達魔法使いも、自分達は人間とは別種族って言ってんだぞ? 俺は一緒だと思うんだがなー」
「え、そうなんですか?」
「『人間』じゃなくて『魔法使い』なんだと。まぁ、ネギのヤツも実際に魔法界で生まれ育って、麻帆良に来るまで人間界の事知識でしか知らなかったらしいし、人間界に自分たちのルーツがあるって感覚は薄いのかも知れんなぁ」
「あー、高音センパイもそんな感じアルな」
「でも、愛衣ちゃんはそんな感じしないわよね」
「あの子は子供の頃から人間界と魔法界を行き来してたらしいぞ。日本じゃなくてコメリカだけど」
「へぇ〜」
 一方、アスナ達の知らない3−Aの魔法生徒、春日美空。彼女は『魔法使い』の子供ではあるが人間界で生まれ育っている。そのため、彼女の場合は逆に『魔法使い』としての感覚が薄いのかも知れない。一言で人間界に居る魔法使いと言っても色々なタイプがいるのだ。

「ところで、妖怪変化は保護しても良いものアルか?」
「俺もメンバーのくせによく知らんのだが、成仏しないで悪霊になってるヤツとか魔界とかから来た魔族と、土着の妖怪は一緒にしちゃいかんらしい。自然のものっつーか、要するに人間とは別の知性を持った種族なんだと」
「う〜ん……分かるような、分からないような」
「小太郎とかポチ先輩ならどーだ? あの二人は人狼族だろ」
「おぉ、そう言えばそうだたアルな」
 「妖怪」と言う言葉で括るからややこしくなるのだ。人狼族等、彼等は人間とは別種の知的生命体であり、元々この世界に住んでいたのだ。つまり、人間と同等であり、人間側の自分勝手な理屈で彼等をどうこうしても良いと言うわけではない。
 特に横島がよくやる地方の仕事は、開発で棲み処を奪われそうになっている妖怪と地元の人間達の間に立って仲介をする事が多く、何とか平和的に解決する方法を模索するのも彼の仕事なのだ。結局、地元の意見が押し通され、妖怪達が別の場所に移り住む結果に終わる事が多いそうだが、それでも有無も言わずに除霊してしまうよりもよっぽど良いと横島は言う。高松と猪場が妖怪保護区を作ったのもその辺りに理由があるのだろう。実際に行き場を失った妖怪達が助けを求めて自らやってくる事があるそうだ。
 今回のケースもそうだ。このタヌキ達はこのままこの山で暮らしていく事はできない。妖怪保護区の山には、動物達と意志疎通が出来る妖怪も存在すると言う。彼等に任せるのが一番良いと横島は判断したのだ。
「う〜、そう考えると必要アルな、妖怪保護区も」
「実際、また騒ぎになりそうですしね。ここに居ると」
 二人は納得した。人間側の都合だが、この二匹の化けタヌキを自然に放せる場所は、少なくとも横島の取り得る選択肢では妖怪保護区の山しかないのだ。それ以外の場所で放せばまたどこかのGSが、今度は「退治」する依頼を受けるかも知れないのだから彼等を守るためでもある。これもまた、人間側の都合ではあるのだが。

 そんな話をしながら山を下りると、横島から連絡を受けた夕映達と共に、役人が既に檻を持って登山口に到着していた。
 一匹捕まえた時点で連絡していたので用意されていた檻は一つだけだが、それなりに大きいサイズなので、多少窮屈になるだろうがそれに二匹を入れても特に問題はないだろう。
「結局二匹いたんですか?」
「みたいっスねぇ。捕まえた後一通り捜索しましたけど、他にはいないみたいです」
「そうですか」
 そのまま横島は、役人とこの後の『愛子組』への化けタヌキの引渡し等について話し始めたので、アスナと古菲の二人はベンチに並んで座っているエヴァと夕映の下へと向かった。黒を基調としたワンピースの夕映に、白地のハイネックのTシャツのエヴァ。二人の髪の色も相まってなんとも好対照の絵になる姿だ。
「………フンッ!」
 ただし、片方のエヴァが不機嫌そうに足を組んでジュースを飲んでいるため、全てが台無しになってしまっている。
「機嫌悪いわね〜、どうしたのよ?」
「実は、皆さんが山に入っている間に、私達は朝食を済ませた後、買い物に行っていたです」
 夕映の話によると、彼女達の買い物の目的はエヴァの服だそうだ。バッグの中には茶々丸が選んだ服しか入っていなかったため、自分の趣味に合う服を探そうとしていたらしい。
「……結局、見つからなかったのね」
「その通りです」
 町で唯一の商店街を散策してみても、見つかるのは子供服ばかりで、エヴァのお気に召すような服は売ってなかったそうだ。
「あと一日だから、もう諦めるアル」
「クッ……それしかないのか」
 口惜しげに中身を飲み干した空き缶をぐしゃりと握りつぶすエヴァ。傍目に子供にしか見えない彼女がそんな事をすると異様な光景のように見えるが、吸血鬼の真祖である彼女が魔力全開の状態であるならば、その程度は容易い事である。誰か見ていないかとアスナ達はきょろきょろと辺りを見回すが、幸い近くに居るのは例の役人のみで、彼も横島との話に集中していてこちらを見てはいなかった。
 ちなみに、彼女の不機嫌の原因はそれだけではない。横島から連絡を受けた夕映が使命感に燃えて走り回っていたため、出発時とは打って変わってエヴァの方が夕映に振り回されてしまい、昼食を食べないままここに来たそうだ。しかも、一緒にここに来た役人は、役所に待機している間に早めに昼食を済ませてしまっているらしく、それが彼女の不機嫌に拍車を掛けている。言われてアスナ達は時計を見てみるが、確かに山を捜索している間にいつの間にか昼を過ぎてしまっていた。

 一方、横島と役人の会話は三匹目の化けタヌキがいる可能性についての話になっている。山に二匹の化けタヌキがいた以上、町中に現れた怪物がこの二匹ではなく、実は三匹目の化けタヌキと言う可能性もあるのだ。
 ここでアスナ達もこちらに戻ってきて二人の会話に参加する。
「最近、町でタヌキを見掛けたとか言う話は聞きませんか?」
「う〜ん、町民からの目撃情報と言うのはありませんねぇ」
「私達も午前中商店街を回って来ましたけど、それらしい話は聞かなかったです」
 夕映がさり気なく聞き込みをしてみたところ、件の怪物に関しては町中の噂になっていたが、タヌキを目撃したと言う話は全く聞かなかった。怪物の方がインパクトが強いと言うのもあるのかも知れないが、タヌキはイノシシなどと違って「化ける動物」としてキツネと並んでお馴染みの動物だ。実際に目撃した者がいれば、怪物の目撃情報と一緒にタヌキが怪しいと考える者が現れ、噂になってもおかしくはあるまい。
「あれ? そう言えば、最近どこかでタヌキの話を聞いた事があったような……」
 ここで役人が何か引っ掛かったのか、しきりに首を傾げている。
 横島達は彼が考えるのを邪魔しないように固唾を呑んで見守っていると、やがて彼は思い出したのかポンと手を打った。

「町長が奥様と一緒に山にハイキングに行った際に、ケガをした子タヌキを保護したと言ってました」
「「「「「それだぁーッ!!」」」」」

「三匹目がいるとしたらそいつです、急ぎましょう!」
「わ、分かりました」
 横島と役人の二人掛かりで、彼が乗って来たワゴン車のトランクに檻を載せると、一行は急いでその車に乗り込んだ。役人の運転で目指すは町の獣医だ。現在、ケガをしていた子タヌキは、そこで保護されているらしい。
「つまり、あの二匹は子供がいなくなった悲しみとか怒りとかで化ける事を覚えて……」
「その子タヌキを探してたですね」
 アスナと夕映の言葉に横島は頷いた。当のタヌキ二匹に怪我等が見えない以上、それ以外の理由が思い付かない。例の化けるイノシシも、つがいの片割れを奪われて化ける事を覚えていた。
 やがて獣医に到着し、一行は役人を先頭に中へと入っていく。受付の看護士に役人が事情を説明すると、彼女はすぐさま件の子タヌキの所へと案内してくれた。
「うわっ、かわいい〜♪」
 ケージの中には四匹の子タヌキが居た。実際に怪我をしていたのはその内の二匹だけらしいのだが、町長が離れ離れにするのは可哀そうだと全部連れ帰って来てしまったらしい。ああ見えて動物好きのようだ。
「でも、肝心の親と離してたら意味ないアル」
「半分エゴだな、その愛情は」
 一方辛らつなのは古菲とエヴァ。前者は思い付いた事をそのまま言っているだけなのだろうが、後者は嫌味である。
 もう怪我は治っているようなので、その四匹を車のトランクの方へと連れて行くと、途端に二匹の化けタヌキが騒ぎ出した。どうやら、このつがいの子供のようだ。四匹の子タヌキも檻の中に入れてやると、すぐに二匹の化けタヌキはおとなしくなる。
 横島が霊視ゴーグルで確認してみたところ、子タヌキの方は皆妖力を持っていないようだ。町中で見られた怪物は子供を捜しに町に下りてきたつがいの化けタヌキのどちらかだったのだろう。
「これで解決アルな」
「『愛子組』にちゃんと引き渡せればな」
 後は『愛子組』の到着を待つだけだ。一行はタヌキ一家を連れて旅館の方に戻る事にする。そこで昼食を取りながら『愛子組』のメンバーの到着を待つのだ。次の目的地に向かう準備も整えておかなければならない。横島達は再び車に乗り込むと、旅館へ向けて出発した。勿論、今の内に旅館に連絡を入れて昼食を注文する事も忘れない。
「それでは、私も旅館の方に待機させていただきます」
 役人は横島が『愛子組』にタヌキを引き渡すまで見届けるつもりのようだ。考えてみれば、彼もゴールデンウィーク中だと言うのに大変である。

 一行が旅館に戻ると、若女将と若旦那が出迎えてくれた。既に昼食の時間は過ぎていたため、食事の準備はもう少し時間が掛かるとの事なので、横島、アスナ、古菲の山に入っていたメンバーは先に部屋に備え付けられてある温泉に入る事にする。
 役人は既に昼食を済ませているので、ロビーで『愛子組』の到着を待つそうだ。タヌキの檻は訳を言って横島達の部屋に運んでもらう事にする。責任を持って彼等が最後まで見張らなければならないためだ。流石に畳の部屋に置いておくわけにはいかず、居間と外の温泉の間にある床の間の方に新聞紙を敷いて檻を置かせてもらう事になる。
「横島とタヌキは私が見張っといてやるから、とっとと入って来い」
「はーい」
「俺の方が優先順位高い!?」
 まずは横島のサイキックソーサーで土埃を浴びてしまったアスナと古菲が入浴する。流石にこの状況では覗く事も耳を澄ませる事も出来ず、その間に横島は夕映に頼んでいた事の結果を聞く事にした。今夜の宿泊先の予約についてだ。
「そう言えば夕映、次の宿泊先は決まったか」
「あ、はい。二駅離れたところですけど」
 次の仕事先はここよりも田舎で、現地に宿泊施設がないようだ。そこで夕映は近くの宿泊施設を探し、実は一駅隣に小さな旅館を一つ見つけたのだが―――

「実は、エヴァさんが……」
「私にとっては十何年ぶりかの旅行だぞ? 豪勢に行きたいじゃないか」

―――エヴァが更にもう一駅隣の大きなホテルに勝手に予約をしてしまった。
 夕映は申し訳なさそうにしている。どうやらかなり高級なホテルのようだ。
「お前な、この部屋は向こうが用意してくれたもんだが、次の宿泊先は自腹なんだぞ?」
「財布の心配か? GSで儲けてるクセにみみっちいヤツめ」
「除霊料は事務所に入って、俺の懐に来るのは一部だけなんだよ!」
 その割には麻帆良では普段から少女達に奢りまくっているが、それは彼が横島忠夫だからであろう。女の子達と楽しい時間を過ごすためならば、多少の散財は覚悟の上なのである。
「……お前、所長だろう?」
「財布の紐は事務員が握っててなぁ……」
 そう言う性格なのだから、事務員である愛子が財布の紐を握るようになったのはある意味必然だったのかも知れない。
「横島さんも大変なのですね」
「分かる?」
 横島がのの字を書いていじけていると、夕映がポンと肩を叩いてくれた。
 一方、エヴァの方は金銭的な苦労と言うのは今ひとつピンと来ないらしい。麻帆良に来て以来、生活費の一切合財を学園長に出させているので、ある意味当然なのかも知れない。
「まぁ、安心しろ。大部屋一つだからそこまで高額ではない」
「本当だろうな?」
「それは本当です。二人部屋二つに一人部屋一つと大部屋一つでは、大部屋の方が安上がりでしたので」
 横島の問い掛けに夕映が答え、エヴァは「お前の事も考えてやったのだぞ」と胸を張ってふんぞり返っている。つまり、今夜も五人は同じ部屋で過ごす事になるのだが、一番そう言う事を気にする夕映が既に承諾しているようなので、特に問題はないだろう。
「いざとなったら学園長に請求書を回すと言う手もあるぞ?」
「お、それはいいな」
「一応、私の『生活』するための『費』用ではあるわけだし」
「お主も悪よのぅ〜」
「あの、流石にそれは詭弁ではないかと」
 二人で顔を突き合わせて怪しげに笑う二人。エヴァはともかく、横島は学園長に雇われている身なのでそんな事はしないだろうが、二人の小芝居は限りなく本気に見える。夕映はそんな二人を額に一筋の冷や汗を垂らしながら見守るのだった。

「横島さん、お風呂空きましたよ〜」
「おう、それじゃ昼飯が出来るまでに入ってくるわ。タヌキの方は頼む、おとなしくしてるから大丈夫だとは思うけど」
「分かたアル」
 アスナと古菲が戻って来たので横島は檻の横を通って温泉に向かうが、その時もタヌキ一家はおとなしくしていた。妖怪封じの札を貼られて何も出来ないと言うのもあるだろうが、家族が揃って安心したのかも知れない。
 彼が温泉に行った後、アスナ、古菲、夕映の三人はタヌキの檻の周りに集まった。やはり普段見ない動物が珍しいのだろう。何より、四匹の子タヌキの可愛らしさに一同はほだされている。
「そう言えば、この子達のごはんは?」
「ム、それもそうアルな」
「タヌキは雑食性で基本的に何でも食べますね。春や秋にはヤマモモ、クワなどの果実を食べるそうです」
「そう言えば、畑を荒らすと言う話もテレビでやってたわねー」
「夜行性で基本的に食事は夜にするそうですから『愛子組』の人達に任せてもいいと思いますよ?」
「そうなの? まぁ、人の手でエサをあげるのも不味いかも知れないわね、野生動物だし」
 そんな会話をしていると、若女将達が昼食を運んで来てくれた。横島はまだ入浴中だが、早速並べてもらい、先に昼食をいただく事にする。エヴァもそうなのだが、アスナ達もタヌキを追い掛け回して腹ペコなのだ。平然としているのは、普段から読書に夢中になり過ぎると食事の時間がズレたり、時には一食抜く事も珍しくない夕映ぐらいである。
 一足先に昼食を食べていると、横島が温泉から戻って来た。アスナ達が先に食べ始めていても怒る事なく、自分も早速席に着いて食べ始める。
「それにしても横島師父、今日の仕事はラクだたアルな」
「え〜、結構走り回って疲れたわよ?」
「確かに山歩き回って疲れたけど、身の危険ってのはあんまりなかったな。たまにはこう言う仕事もあるさ」
 危険な仕事は依頼者の方が新人よりもベテランに頼む傾向にある。それでも相手によっては命の危険があるが、今日の化けタヌキのような相手ではそれもない。それでは古菲は満足出来ないのだろう。
「こうなたら横島師父と組み手を……」
「また今度な。明日も仕事あるし、怪我しちゃかなわん」
「その返事、もう何度目かも忘れたアルよ〜」
 当の横島に戦う気がないのだから仕方がないだろう。古菲の望みが叶うのはまだまだ先になりそう――いや、先になっても叶うかどうかは微妙なところである。
 その時、若女将が役人と共にやって来た。どうやら『愛子組』のメンバーが到着したようだ。食事の途中ではあるが、横島は先に引渡しを済ませる事にする。自分だけで良いのでアスナ達にはそのまま食事を続けておくように言うが、アスナと夕映の二人は『愛子組』の方に興味があるらしく、一緒にロビーまで行くそうだ。古菲とエヴァも興味はあるようだが、こちらは食欲の方が勝ってしまったらしい。

 横島とアスナの二人で檻を運んでロビーに行くと、そこには三十代ぐらいのスーツ姿の男性が待っていた。横島は覚えていないが、彼も愛子の学校のクラスメイトであり、今は現役のGSをしているらしい。
 妖怪達との共存を考えるなど、一体どんな人達かと考えていたアスナと夕映は、意外と普通の人が現れたので拍子抜けである。
「やあ、横島君。話は聞いたよ、それが化けタヌキかい?」
「ええ、親の二匹が化けタヌキで、子供の方は妖力が感じられないので、化けられないんだと思います」
「なるほど、確かに預かったよ」
 連絡した際に既に話はついていたらしく、とんとん拍子に引渡しは進んでいく。
 それを横から眺める役人や、観光客が減って直接被害を受けていた若女将などは、これでようやく一安心だろう。
「あの、そのタヌキ達はどうなるですか?」
「ん、そうだな……とりあえず、山に放すにしても、まずは山の妖怪のまとめ役に話を通してからになるけどね」
 夕映が問い掛けると、男はこれからタヌキ一家がどうなるかを説明してくれた。
 化けタヌキのつがいは、半ば妖怪になりかけているものとして扱われるようだ。そのため、まずは山の妖怪達のまとめ役の方に、彼等の面倒を見てもらえるよう頼むらしい。その辺りは高松や猪場がやってくれるとの事。
「そうなんですか、よろしくお願いします」
 それを聞いて安心したアスナと夕映の二人は揃って頭を下げた。
 そして、タヌキ一家の入った檻は、側面に大きく『愛子組』とロゴの入った車に載せられていく。このまま直行で妖怪保護区の山まで運ばれるそうだ。アスナは発進して行く車が見えなくなるまで手を振り見送った。

「横島さん」
「ん?」
「GSって、こう言う仕事もあるんですね」
「そうだな、俺としては退治して金もらうより、助けて金もらう方が嬉しいな」
 更に「楽だし」と付け加える横島に、アスナはクスッと笑みをこぼした。夕映も「横島さんらしいですね」と苦笑している。
 今日の仕事は古菲の言う通り、危険もなく走り回ってばかりの仕事であったが、これもれっきとしたGSの仕事なのだ。アスナにしてみれば、普通の仕事よりも良い経験になったと言えるだろう。
 この経験を活かし、彼女は除霊助手、見習GSとして成長して行く事になるのだが―――
「よしっ! それじゃ昼飯の続きだ、朝は軽く済ませちまったし食うぞ!」
「ハイ、お供します!」
「二人とも、お腹壊しても知らないですよ?」

―――それは、もう少し先の話になるようだ。今はただの元気が良い仲良しの師弟である。



つづく


あとがき
 ネギが魔法界出身と言うのは『見習GSアスナ』独自の設定です。原作ではイギリスのウェールズの出身となっていますが、こちらでは人間界と魔法界の関係が複雑なので、ウェールズに魔法界へ通じるゲートがあり、ネギの故郷の村や魔法学校は魔法界にあると設定しています。

 『愛子組』に関しては、拙作『黒い手』シリーズ本編の『過去からの招待状』をご覧ください。

 また、原作どころか現実と異なる点が一つ。
 タヌキの子供がタヌキ特有の毛色パターンが現れるまで、生まれてから三十日ほど掛かるそうです。
 そして、タヌキは五月から八月にかけて出産、育児をします。
 そうです、多少の誤差はあるのでしょうが、ゴールデンウィーク中にはっきりとタヌキと分かる子タヌキが見れる可能性はかなり低いのです。ましてや今回のケースの場合は、保護されたのはゴールデンウィーク以前ですので。
 アスナにGSの仕事について学ばせるために、今回の話はそれを承知した上であえて書いております。
 ご了承ください。







感想代理人プロフィール

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代理人の感想
今回は考えさせられる話でしたね。w
子供の頃読んだ『スプーンおばさん』にもそんな話があったようななかったような。
何とはなしにエコエコ唱えて結局地球をさらに温暖化しているあちらとかそちらとかのビジネスを思い浮かべてしまったり。(爆)

>金銭的な苦労がピンと来ない
・・・・・・・庶民の敵め。


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