とうとうその時が来た。古菲は、露わになった背中を横島に向けて座りながら、横島が霊力を送り込んで来るのを待つ。
それを周りで見守っているのは、アスナ、夕映、裕奈の三人だ。その三人の視線を感じながら古菲は思う。これまで経絡を開くのを後回しにしてきたが、アスナ、夕映に続き、新しく横島パーティに入ってきた裕奈までもが横島の霊力をその身に受けて経絡を開いた。これ以上、皆に遅れを取るわけにはいかないだろうと。
霊力を送り込むため、横島は古菲の首筋から背中にかけて直接触れる事になる。彼の手はひんやりしているかと思いきや、意外にも温かかった。アスナ達は、横島に霊力を送り込まれる事で、身体がぽかぽかと温かくなってくると言っていたが、霊力を送っている横島の方にも、同じような現象が起きているのかも知れない。
「古菲は気が使えるわけだが、だからと言って経絡が開きやすいかどうかは分からん。念のため、裕奈と同じように、たっぷりと霊力を溜めてから開く方法を取るぞ」
「わ、分かたアル」
実は、古菲は裕奈達が霊能力者の資質があるかどうかを調べた時にも参加していなかったため、横島に霊力を送り込まれるのはこれが初めてとなる。経絡を開く痛みを恐れたりはしないが、自分に霊力を送り込まれればどうなるのかと言う不安が、古菲の中で渦巻いていた。
横島としても、好き好んで少女達を痛めつけたい訳ではない。しかし、今はまだ、どうすれば経絡を開く痛みを軽減出来るのかと試行錯誤をしている段階であるため、今の横島には、現時点では一番の安全策だと考えられる「体内に霊力を溜めてから経絡を開く」と言う方法を取る事しかできない。
「それじゃ、始めるぞ」
横島の宣言に、古菲はぎゅっと目を閉じ、小さく頷く事で答えた。
それと同時に少しずつ送り込まれて来る霊力。横島は、これまでの反省を踏まえて、微量の霊力を送り込む事から始め、徐々に量を増やす事にする。古菲は全身を撫で回されているような感覚を覚えた。くすぐったいと言うほどではないが、何ともむずがゆい感覚である。
じっと霊力を受けていると、じわじわと身体が温かくなってきた。アスナ達は入浴しているようなものだと言っていたが、古菲も自身で体感してみてなるほどと納得した。確かにこの感覚は湯船に浸かっている時のそれに近い。心地良さから力が抜けてしまいそうになるが、この後、経絡を開く痛みが襲ってくる事を思い出した古菲は、ぐっと拳を握り、改めて気を引き締め直す。
古菲は、そのまま身構えて、痛みが襲ってくるのを待った。しかし、横島はなかなか経絡を開こうとはしなかった。
身体に霊力に溜めてからの方が経絡を開く痛みが軽減される事が分かったためだが、身構えている古菲には拍子抜けである。
そうしている内に、古菲の身体が横島の霊力で満たされていった。
元々気が使える古菲はそれをはっきりと感じ取る事が出来る。首筋から霊力を送り込まれているせいか、喉が熱い。形の無い、熱いなにかを飲み込もうとしているような感覚と言えば良いのだろうか。
それに併せて身体全体が熱く、そして気持ち良くなってくる。しかし、横島の霊力は全身を巡る事なく喉に留まり続けている。経絡が閉じているためであろう。何かがまとわりついているようなイメージだが、喉に何かがつかえているような感じはしない。
「む……これは……?」
古菲は、露わになった小さな背中に、横島が覆い被さるように身体を密着させているような錯覚を覚えた。勿論、そんなはずはなく、実際に横島が触れているのは、首筋に触れる手のひらだけである。
彼女が感じているのは横島の霊力だ。身体の中に彼の霊力が溜まってきた事により、彼と一つになったように感じてしまうのだろう。
「ん……ふぅ……」
思わず目を見開いた古菲。声が漏れそうになり、慌てて口を噤む。
アスナ達も言っていた事だが、これは気持ちが良い。どう感じるかは個人差があると言っていたが、それは少量の霊力を送り込んだ時の話で、霊力量が増えるにつれて個人差はなくなっていくものらしい。経絡を開く痛みを軽減するために、まず大量の霊力を送り込んで身体に溜める事から始めるわけだから尚更だ。気持ち良すぎる。
修学旅行三日目の晩に、アスナが大量の霊力を供給された事により、ある種の酩酊しているような状態に陥っていたが、それに近いものがあるのかも知れない。横島の霊力を身体に溜め込んだ古菲の頬は紅潮し、その目は蕩けていく。
「そろそろ開くぞ」
古菲はぼんやりした頭でそれを聞いていた。いよいよかと身構えようとするが、甘い痺れが思考を支配し、力が入らない。
反応の無い彼女に、横島は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、既に十分な霊力が彼女の中に堪っており、今にも経絡を開かんとしている状態のため、このまま一気に経絡を開く事にする。
「―――っ!」
次の瞬間、古菲の脳裏に火花が散った。
経絡が開かれた。彼女にもその事が理解出来た。頭へ、身体へ、腕へ、足へ、横島の霊力が奔流となって駆け巡っていく――いや、違う。閉じられた経絡を押し広げながら突き進んでいる。
痛みはあるが、大したものではない。気が扱えるためか、その痛みは夕映や裕奈ほどではないようだ。
だが、それが幸せな事かどうかは――古菲にしか分からない。
「んん〜〜〜〜〜〜っ!?」
自らの手で口を押さえて声が漏れないように耐える。
最初に霊力を溜めていたのは、霊力を送り込まれる気持ち良さで経絡を開く痛みを緩和するためである。しかし、古菲は経絡を開く痛みがそれ程ではなかった。その結果、どうなったかと言うと――なんと、気持ち良さが痛みに勝ってしまったのだ。
痛いと頭では理解しているのだが、気持ち良さが津波のようにそれを覆い隠し、そのまま彼方へと押し流してしまう。まるで感覚が麻痺してしまったかのようだ。
しかも、経絡は開き始めると中途半端に止める事は出来ず、指先、つま先まで開き切らなければいけない。よって横島からの霊力供給は止まらない。今の古菲は、さながら横島の霊力と言う荒波に翻弄される小舟のようなものだ。全身を駆け巡る霊力の律動に合わせて声が漏れるが、頭の中が真っ白になってしまい、それを自覚する事すら出来なかった。
経絡を押し広げていく霊力の奔流が、指先、そしてつま先に達した瞬間、古菲の全身に電流が走った。ビクッと身を震わせ、そのまま糸の切れたマリオネットのように、ぐったりと横島にもたれ掛かる。
横島はそれを受け止めると、空いた左手を彼女の腰に回し、彼女がそのまま倒れてしまわないよう支えた。小柄な彼女の身体が、横島の胸に吸い込まれるように納まる。
古菲は頬だけでなく耳まで真っ赤にしていた。全身火照った状態で息もかなり荒い。先程の裕奈以上に疲弊しているようだ。
霊力の供給は既にストップしたが、古菲の中に渦巻く彼の霊力は今尚健在だ。横島は古菲の額に手を当ててみるが、かなり熱い。剥き出しの背中は汗ばんでおり、横島はそれと密着するTシャツが湿り気を帯びてくるのを感じていた。
古菲の小さな身体を抱き留めながら横島は考える。
霊力を溜めてから経絡を開くと言う方法は、痛みが少しでも和らぐようにと取った手段であったが、古菲のように経絡を開く痛みが少ない者がこの方法で経絡を開くと、却ってそれが負担になってしまうらしい。
しかし、痛みを緩和しているのは確かなのだから、これを成功とするか失敗とするかは意見の分かれる所であろう。横島としては痛いよりかは良いのではないかと思うが、結局のところは受ける側が決める事だ。
もっとも、古菲に問い掛けたところで、「し、知らないアル!」と、顔を真っ赤にして殴られるのが関の山であろうが……。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.80
「あ、あの、くーふぇは大丈夫ですか?」
アスナがおずおずと問い掛けた。裕奈の時以上に古菲が消耗しているように見えるため、気が気ではない。
「う〜ん、どうやら経絡開く痛みが少なかった分、溜めた霊力が負担になったみたいだな」
代わりに答えたのは横島。古菲は答える余裕がないようだ。
「アスナ、出城の方に行って休ませる場所あるか聞いてきてくれ。なければ本城の方に運ぶから」
「分かりました!」
古菲だけでなく、裕奈と夕映も休ませねばならない。アスナが急いで出城に駆け込むと、そこには箒を手にした千鶴の姿があった。出城の掃除等は彼女が中心となって行っているらしい。
「あら、アスナさん。どうしたの?」
「那波さん。くーふぇ達を休ませたいんだけど、こっちに休める所あるかな?」
「ああ、それなら――」
アスナの言葉に千鶴はポンと手を打った。
彼女は出城を掃除する上において、まず横島達のための休憩所を確保しようとしていたらしく、何の用途に使われていたかは分からないが、広い部屋を一つ見つけると、真っ先にその部屋を掃除してベッド等を運び込んだそうだ。早速役立てる事が出来て、千鶴は心なしか嬉しそうである。
アスナはすぐさま横島の下へと戻り、皆を連れて出城に入る事にした。アスナが足下のおぼつかない古菲に肩を貸し、横島が裕奈を背負い、夕映を抱き上げて出城に入る。
千鶴に案内されて出城内の一室に入ってみると、そこはかなり広い部屋であった。テーブルと椅子を並べれば会議でも開けそうな広さだ。実は、元々は茶々丸の姉達が部屋一杯にズラッと並んで待機するための部屋だったのだが、横島達はそれを知る由もない。
その部屋には木乃香の式神とすらむぃの水ゴーレムにより、五つのベッドが持ち込まれていた。部屋の奥から順に間隔を空けてそれを並べて、部屋に入ってすぐの所では、簡単な傷の手当てぐらいは出来るようにするつもりらしい。今はまだ戸棚や椅子が置いてあるだけだが。
横島が夕映と裕奈をベッドに横たえ、アスナもそれに倣おうとするが、古菲はそれを手で制すると、頬を紅潮させたまま、よろよろと起き上がった。何とか立ち上がるが、まだ足下がふらついている。
「ど、どうしたの?」
「少し……身体を動かすアル」
現在、古菲の中には横島の霊力が溜まっている状態であり、これを消費しない事には寝てもいられないらしい。
夕映が身体に霊力が巡る感覚を掴むために霊力を送り込んでもらったが、それと同じような状況に陥っているようだ。身体を動かす事で霊力を消耗し、昂ぶった気持ちを鎮めようと言う事なのだろう。
古菲はその場で身構えると、正拳突きを撃ち出し、演武を始めた。
実は、こうしている今も彼女の身体は横島の霊力に敏感に反応し、今にも頬が緩んでしまいそうなのだが、ぐっと拳を握りしめる事でそれを抑えている。当の横島は空いたベッドに腰掛けてそれを眺めているのだが、古菲は彼と身体を密着しているように感じていた。
「夕映はおとなしくしてれば問題ないとして……古菲の方は、余分な霊力を使っちまえば、後は大丈夫だろ。裕奈は元々霊力が強いから、後は自前の霊力で経絡開いた痛みも治せるはずだ」
「そだねー、なんかまだむずがゆいと言うか、変な感じがするけど」
「それは慣れるまで我慢しろ」
裕奈は今日経絡を開いたところだが、元々の霊力が強いためか、既に自分の身体に霊力が巡っているのを感じているようだ。確かめるように右手を握ったり、開いたりしている。自力で霊力を引き出す事はまだ出来ないようだが、それもそう遠くない話かも知れない。アスナにしてみれば、また一人、負けられないライバルが誕生したと言えそうである。
「横島さん! 私の修行もお願いします!」
「おう、それじゃ中庭……は、やめとこうか。古菲の中の霊力が残ってるみたいだから、見てないと不味い」
「それじゃ、ここで!」
古菲達に触発されたのか、アスナはいつも以上のやる気を見せている。幸い、サイキックソーサーを発現させる修行は、大して場所を取らない。横島が部屋にあった椅子に腰掛けると、アスナはその前に立ち、バッと左手を突き出して、そこに霊力を集め始めた。
ゆっくりとした動きで、自分の中を巡る霊力を確かめるように演武を続ける古菲。左手に霊力の光を灯らせ、うんうんと唸るアスナ。横島は二人の様子を伺いながら、同時にアスナ達を眺める夕映と裕奈の方にも神経を割いている。
時折、夕映の中の霊力が減ってきたと感じると、立ち上がって彼女の下に赴き、少し霊力を供給する。経絡の痛みを緩和し、治癒を促すためだ。
「あの、そう何度もお手間を取らせるわけには……」
「いいのいいの、これも俺の修行の内だから」
迷惑を掛けるわけにはいかないと夕映は渋るが、横島は修行の内だと押し切る。
嘘をついているわけではない。最近、アスナ達の修行にかまけて、あまり自身の修行はしていないように見える横島だが、意外にも自身の鍛錬を怠ってはいなかった。
隠れて修行していたのか。いや、この男がそんな殊勝な事をするわけがない。
自身の霊力を鍛える方法は二つある。外から魂に負荷を掛ける方法と、自分で霊力を高め、行使すると言う内から負荷を掛ける方法だ。
知っての通り、経絡を開くには相応の霊力が必要となる。生まれ付いての霊力が強いため、経絡を開くのに大量の霊力を必要とする裕奈がいたのだから尚更だ。しかも、裕奈と古菲に関しては、経絡を開く痛みを緩和するため、開く前に身体に霊力の蓄積を行っている。
ここ数日、アスナ達に霊力を供給し続けていた横島。彼が今日だけで使った霊力量が如何ほどになるかは、最早語るまでもない。
そう、彼はアスナ達の修行をすると同時に、自分自身の霊力を高める修行も行っていたのだ。反則としか言いようのない修行方法だが、横島のように自家製永久機関を持っているからこそ可能となる荒業である。
閑話休題。
「う〜ん、う〜ん……」
突き出された彼女の左手には、しっかりと霊力が集まっているのだが、そこからサイキックソーサーを発現するところが上手く行っていないようだ。
唸るアスナ。顔を真っ赤にしており、もしかしたら息も止めているのかも知れない。
「アスナ、念のために言っとくが、ちゃんと息はしろよ?」
「え、あ、はい!」
言われて初めて気付いたようで、アスナは一旦腕を下ろすと大きく深呼吸をした。
そして、すぐに修行を再開するのだが、いくら続けてもサイキックソーサーの発現には至らないようだ。今の彼女の左手には、魔族も殴り飛ばせそうな霊力が集まっている。
そうこうしている内に、何人かがこの部屋に集まってきた。横島が居ると聞いてやってきた風香。史伽やアキラは、古菲達がベッドのあるこの部屋に運び込まれたと聞いて、心配になってやってきたらしい。
「アスナ、ストップ」
「……え?」
「一旦休憩だ。気持ちを落ち着かせろ」
「は、はい……」
霊力を使い過ぎる事は魂にとって負荷となり、体力も激しく消耗する。横島は頃合いを見計らってアスナを止めると、しばらく休憩させる事にした。
アスナはベッドに腰掛けて何やら考え込んでいる。
霊力をサイキックソーサーを発現させようとしている左手に集めるまでは上手くいくのだが、そこから先が上手くいかない。手から離れた場所に霊力を集めると言うのが、うまくイメージできないのだ。
それを傍から見つめるアキラは、何かアドバイスをしてあげたかった。しかし、霊能力については素人である彼女には何を言って良いのかも分からずに、ただただ頭を抱えるアスナを見てオロオロとするばかりであった。
アスナもやる気は相当なものではあるが、彼女がサイキックソーサーを発現させるのは、もう少し先の話になりそうである。
一方、ネギはのどか達を連れてテラスを訪れていた。
のどか達は例の魔法の練習なのだが、それを見るのはネギではなく、魔法生徒である事が判明した美空だった。本人は面倒臭がったが、ネギは別口に用事があるため、のどか、まき絵、亜子の三人に是非にと頼み込まれて断り切れなかったのだ。
では、別口に用事があると言うネギはどうしているかと言うと、こちらは書類の束を手にしたあやかに連れられてテーブルに着いていた。傍らの席にはカモとハルナの姿もある。
あやかは身を乗り出し、ネギの手を取ると、早速用件を切り出してきた。
「ネギ先生、聞くところによれば、パーティの本拠地を探しておられるとか」
「はい、師匠(マスター)に水晶球をもらいまして、そこに入れる建物を探していますが……」
「実は、私に心当たりがありますの」
そう言ってあやかはニッコリ微笑むと、持ってきた書類の束を広げて見せた。ネギがその内の一つ手に取って見てみると、それは地方にあるトレーニングジムのパンフレットだった。
カモとハルナも一緒になって覗き込むが、なかなかに設備の整ったジムのようだ。周辺は自然に囲まれており、なかなか良い環境のように見える。
「あの、これは……?」
「雪広財閥が所有する物件の一つですわ。ネギ先生のパーティの本拠地にいかがかと思い、資料を持って参りましたの」
「えーーーっ!?」
ネギが声を上げると同時に、カモとハルナは吹き出した。つまり、あやかはこのトレーニングジムを、丸ごとネギにプレゼントすると言っているのだ。太っ腹にも限度と言うものがある。ネギとしても、有り難い話ではあるのだが、流石にこれだけのものを厚意だけでもらうのは少々問題があるような気がする。
この時ネギは、パーティを切り盛りする事は自分の力でやらねばならないと考えていた。勿論、横島にも言われた仲間同士で協力する事を忘れてはいない。しかし、これだけの建物をもらってしまうと、果たしてそれは自分の力と言えるのか。
「あの、申し訳ないんですけど、これほどの物をもらうわけには……」
「何言ってんだよ、兄貴! くれるって言ってるんだから、ここは遠慮なく……」
「ストーップ、カモ君! いくら雪広財閥の物だからって、いいんちょが自由に出来るわけじゃないでしょ? 後々問題になったら困るじゃん」
案の定、カモは欲に目が眩んでいたが、比較的冷静なハルナがストップを掛けた。
彼女の言う通り、このトレーニングジムが雪広財閥の所有物であるのならば、如何にあやかが雪広家のお嬢様とは言え、勝手に人に譲渡して良いものではない。
「その点については心配いりませんわ」
しかし、あやかもそんな事は重々承知の上だ。問題がある物をここに持って来たりはしない。
「そのパンフレットの表紙の下の部分に書かれている会社名を、よくご覧になってくださいな」
「えっと、名前……ですか?」
言われてネギは表紙に書かれた、このトレーニングジムの所有者であろう企業名を見てみるが、そこに書かれていたのは雪広の名ではなかった。
「念のために言っておきますが、雪広家に関係する企業でもありませんわ」
しかし、あやかはこのトレーニングジムは雪広財閥の所有物だと言っている。ネギはますます分からなくなってきた。
「実はパンフレットを見れば分かるのですが、このトレーニングジムの周辺は本当に自然が溢れていて、その、立地条件が……」
説明を続けようとするあやかだったが、何とも言い難い表情になって言い淀んでしまう。
その表情を見て、ハルナは何かを察したようだ。
「あ〜、もしかして……ド田舎?」
「有り体に言ってしまえば……」
苦笑いを浮かべたあやかの話によると、そのトレーニングジムが建てられた場所は人里離れており、自然に囲まれたと言えば聞こえは良いが、気軽に行ける場所ではなかった。そのため、オープン当初から客足はほとんどなく、一年も経たない内に閉鎖する事になり、雪広財閥で安く買い取る事になったそうだ。
「なんとも間の抜けた話だねぇ。誰だよ、そんなとこにジム建てようって考えたのは。……もしかして、箱物かい?」
「それについてはノーコメントですわ」
そう答えるあやかもどこか呆れた様子であった。当たらずとも遠からずと言ったところであろうか。
「ネギ先生。実は、このトレーニングジムは近々取り壊される事になっているのです」
「そうなんですか?」
「ええ、新しく保養施設を建てた方が利用者が見込めるのではと」
「なるほど! 取り壊す建物なら、なくなっちゃっても問題ないってわけね!」
「むしろ、手間が省けるってもんだな!」
「な、なるほど、それなら……」
口ではそう言うネギだったが、心はまだどこか納得出来ていない様子だ。自分の力で得た物ではない事が気に掛かっているのだろう。
しかし、それもカモにはお見通しだ。すぐさま彼はネギへのフォローを入れる。
「兄貴、遠慮なくもらっとこうじゃねぇか。こうして人に助けてもらえるのも人徳ってヤツだぜ?」
「人徳?」
「人脈って言い換えてもいいな。人との繋がり、人の情け、大切にしねぇといけねぇってもんさ」
「そうですわ。私も、ネギ先生のお手伝いがしたくて、これを持って来たのですから」
押し掛けてネギパーティ入りする事を善しとしないあやかは、自分に出来る方法でネギの助けになる事に決めたようだ。
それだけに、ここで断られてしまっては、立つ瀬が無い。
「ネギ君、ここはもらっときなよ。建物の解体にはお金も時間も掛かるもんだし、ネギ君が持ってってくれれば助かる、持ちつ持たれつって事でさ」
「そうですね……分かりました、ありがとうございます!」
ハルナの言葉でネギも決心したようだ。納得した上で、あやかの厚意を受ける事にする。
こうして、ネギはパーティの本拠地となる城を手に入れる事になった。流石に人気のないところとは言え、日中に建物が忽然と消えてしまうのは不味い。レーベンスシュルト城を出れば、外は夜のはずだ。すぐに水晶を持って現地に赴き、建物を水晶に入れてくる事にする。
「この駐車場の部分、土のグラウンドか芝生にすれば、豪徳寺先輩達の修行にも使えるんじゃない?」
「そうだな、ハカセの姐さんにでも頼んでみるか」
早速、カモとハルナは、このトレーニングジムをどう使っていくかを相談し始めている。
そんな一人と一匹を眺めながら、ネギは、カモ達に教えられた事を胸に刻み、改めてリーダーの責任の重さを噛み締めるのだった。
その後、一同はそれぞれに修行をしたりレーベンスシュルト城内を見学したりで一日を過ごし、夕方になって再びサロンに集まった。
アスナは、あれからもサイキックソーサーを発現させる修行を続けたようだが、成果は芳しくなかったようだ。
これから皆で夕食を取り、その後、揃ってレーベンスシュルト城を出る予定となっている。
「ゆえっち達は、もう大丈夫なの? くーちゃん達も今日経絡開いたって聞いたけど」
「私は問題無いアル」
「確かに痛いけど、それほどじゃないなぁ」
古菲は、夕映に比べて経絡を開いた事によるダメージが比較的少ないようだ。また、手足が痛くても、それを我慢して動く事が出来る。
裕奈の場合は、ダメージそのものは夕映と同程度なのだが、生まれ付いての霊力が強いため、開いた経絡に自前の霊力が巡る事により痛みが緩和されている。運動などは無理だろうが、通学するだけなら問題なさそうだ。
「わ、私も大丈夫です。自力で歩く事ぐらいは出来ますから」
しかし、夕映だけはそうもいかなかった。
一日休んで随分とマシになったのは確かだが、自分の足で歩く事が出来るのも、横島に霊力を供給してもらっている間だけである。それも、仮契約(パクティオー)カードを通して四六時中霊力を供給してもらうのは彼女が拒否しているため、数時間しかもたない。
夕映には、供給された霊力がなくなり、痛みを感じる事で、霊力が必要である事を自分の身体に知らしめたいと言う意図があるようだ。
そのため、横島、アスナ、古菲、夕映、裕奈の五人だけは、レーベンスシュルト城を出た後、エヴァが時間設定を通常に戻した後に再び入城し、もう一泊していく事になっている。
明日はエヴァ達と共にここから登校するのだ。
朝、横島に霊力を供給してもらって登校し、昼に食堂棟で待ち合わせして再び霊力供給を行い、放課後は、アスナ達が夕映を連れて帰り、横島と合流する。そうやって定期的に霊力供給を行う事により、夕映の回復を促す事になっていた。
「それじゃあ、アスナは今日も帰ってこうへんの?」
「そうなるわね」
実のところ、アスナは経絡を開くダメージを受けているわけではないため、レーベンスシュルト城に残らなくても良いのだが、横島と一緒に居られるチャンスを逃さないために、自ら残ると申し出ていたりする。
「あ、僕も用事があって、夜の内に行かないといけない所があるんです」
「えぇ、ネギ君も?」
「スイマセン、一日でも早く行っておきたいので……」
「しゃあないなぁ……」
ネギが行きたい所とは、言うまでもないが、あやかに紹介されたトレーニングジムである。
今日もルームメイトが帰ってこない事を知り、木乃香はしゅんとした表情だ。しかし、心配はいらない。
「せっちゃ〜ん!」
「わ、分かりました。今晩も泊まっていきますので」
何故なら、それを見た刹那が今日も彼女の部屋に泊まっていくからだ。
「……それなら、貴様等も、もう一泊していったらどうだ? 時間設定を変えた後なら構わんぞ」
傍から二人の様子を見ていたエヴァは、呆れた様子で提案した。
それを聞くと、木乃香は嬉しそうに頷き、ひしっとエヴァに抱き着いた。さしものエヴァも、不意を突かれてしまい、抵抗しようにも為す術もなくされるがままになっている。
「あ、私もいいかな? 裕奈がこっちに泊まると、私も一人だから」
「それなら、私も泊まらせてもらおうか」
「あ、私も私もー!」
裕奈と同室であるアキラがもう一泊して良いかと尋ねると、刹那と同室である真名もまたもう一泊すると宣言する。
こうなるともう止まらない。まだまだ遊び足りない3−Aの面々が次々にもう一泊していくと言い出し、収拾がつかなくなってしまった。
「ええい、群がるなっ! 明日、31人で集団登校するつもりか貴様らーーー!!」
「大丈夫だって。部活の朝練とかあるから、寮でも皆出る時間バラバラだし」
「いや、そう言う問題じゃなくてだな……」
木乃香に抱き着かれたまま、何とか皆を止めようとするエヴァだったが、彼女達の勢いを止められるはずもなく、結局3−Aの面々は、エヴァが時間設定をした後に再度入城し、もう一泊していく事になる。
「俺は、夕映達を見とかないといけないから泊まるけど、お前等はどうする?」
「ネギ君は出掛けるんだろう? それなら寮に戻るさ」
「俺はネギについてくで! なんか、面白そうやしな!」
一方、豪徳寺達は麻帆男寮に戻るそうだが、小太郎だけはネギと一緒に杖に乗って出掛けるらしい。
ネギも一人で出掛けるよりは心強いのか、彼の同行に異存はないようだ。
「横島、明日の学校はどうするんだ? 流石に教科書とかは寮だろう」
「ああ、全部学校に置いてるから大丈夫だ!」
「だよなー。俺も、俺も!」
「お前等な……」
明日、学校に行く準備などがあるが、その辺りは横島にとっては無縁の話のようだ。
アスナ達もそのために皆一旦寮に戻り、準備を整えてから戻ってくる事になっている。夕映、古菲、裕奈の三人は、出来るだけ安静にするために、それぞれ同室の面々が代わりに準備をして鞄や制服を持って来てくれる事となった。
「それじゃ、ワシらはここから出たらお暇するとするかのう」
「そうですね。帰ったら、早速魔法教本を取り寄せます」
学園長と明石教授の二人もまた、ここから出たらそのまま帰るそうだ。
明石教授としては裕奈の事が心配だ。しかし、娘が友達と一緒だと言うのに、自分がしゃしゃり出るわけにはいかないので、後の事は横島に任せて自分は帰る事になる。
ネギと魔法先生達との顔合わせなど、色々と決めなければならない事はあるが、それらは明日になってから考えれば良いだろう。これにて、長かったゴールデンウィークも、ようやく終わりを迎える。
元々は、エヴァが皆にレーベンスシュルト城をお披露目するために集まったパーティだったが、本当に色々な事があった。
3−Aが情報公開のテストケースとして関東魔法協会に公認され、裕奈が魔法使いのGSになると決意した。
明日からはまた大変だろうが、今はただ、皆でにぎやかに、五月と茶々丸が作った夕食を堪能するのみだ。
「いやぁ、うまいのぅ。麻帆良中探しても、これほどの味とはめったに出会えんぞ」
「自腹ではなく、関東魔法協会の予算で食べられるとなると尚更……ですか?」
「分かっておるではないか、明石君」
今回の一件で一番安堵しているのは学園長、近衛近右衛門であろう。何せ、今までは自腹を切っていたエヴァの生活費を、関東魔法協会の予算で賄う事が出来るのだから。
レーベンスシュルト城内の時間設定を通常に戻させる事も出来たのだから、二重の意味で万々歳である。
明石教授はジト目で学園長を見るが、彼は意にも介さず、豪勢な夕食に舌鼓を打ちながら、人の悪い笑みを浮かべるのであった。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。
あやかが紹介したトレーニングジムは『見習GSアスナ』オリジナルの建造物です。
横島が行う霊力に目覚めさせる修行や、経絡に関する設定。
女子寮において裕奈とアキラが同室である。
豪徳寺が意外にも常識人の優等生ポジションに収まっている。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
まー概ね予想通りでしたが、流石ストイックチャイナ。
必死で表に出さないよう我慢してるのがどこかのツインテールヒロインとは違いますね!(ぉ
一方いいんちょはいいんちょなりの側面援護。
自分で出来る事を理解してそれを実行するって、分かっていても中々出来ませんよね。
そう言う意味でやっぱりこの人は偉い。
>彼女がサイキックソーサーを発現させるのは、もう少し先の話になりそうである。
アスナ「自分、不器用ですから」(違)
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