横島はレーベンスシュルト城内の中庭で寝転がっていた。いや。正確にはうつ伏せに倒されていた。風香、史伽と鬼ごっこをしていたのだが、風香の飛び蹴りを背中に食らい倒されてしまったのだ。今はその背に風香と史伽の二人が跨っている。
「つかまえたぞ、ヨコシマ!」
「つかまえたですーっ!」
鬼ごっこを満喫していた風香だったが、ここでようやく本来の目的を思い出したらしい。
「ねえ、つかまえたんだから修行やってよー!」
「経絡開くと痛いから、な!」
「時間掛けると痛くないって言ってたじゃんかー! 聞いてたんだぞ!」
「グッ……」
以前、裕奈達の経絡を開く際にそのような話をした事があるが、風香はその話をこっそり聞いていたらしい。それはあくまで横島の予想であり、実際にどうなるかは不明なのだが、風香にしてみれば、経絡を開く際に激痛と言うハードルがかなり低くなっている事は間違いない。ゴールデンウィークを終えて麻帆良に帰ってきて以来、積極的に修行して欲しいとせがんできたのは、こう言う理由があったのだ。
しかし、横島の反応は芳しくない。
彼も心の中では、鬼ごっことは言え延々と走り回る体力、最後の飛び蹴り、そして物怖じない性格と、意外と風香のポテンシャルは高いのではないかと思い始めていた。実は、彼女には怖がりな面もあるのだが、それは横島も一緒である。横島の場合は、霊力を身に付けて悪霊に対処出来るようになると、あまり怖くなくなってしまったのだから、現金な話だ。
「……ダメダメ、もっと大きくなってからな」
「来年、高校生だってば!」
しかし、すぐにダメだと考え直す。心配そうに風香を見詰める史伽の視線に気付いたのだ。
彼女は姉と違って、それほど霊力を目覚めさせる修行には拘っていない。横島の事は純粋に遊び相手、甘えられる兄のような存在として見ている。修行をせがむのは、あくまで姉に付き合っているだけのようだ。
もし、風香が横島に弟子入りしてGSの道を歩み始めれば、史伽はどうするだろうか。きっと彼女は姉の事を心配するだろう。横島が風香が修行する事を承諾出来ない理由は、ここにもあった。
どうしたものかと考えていると、横島の携帯が鳴り始めた。ポケットから取り出し画面に表示されている名を見てみると、そこには刀子の名が。横島は風香と史伽を背に乗せたまま、慌てて電話に出る。
「はい、もしもしぃ!」
少し声が上ずってしまうのは仕方のない事だろう。
「横島君? 今から何か予定はある?」
「え、いえ、大丈夫っスよ!」
「皆で食事に行く事になったんだけど、横島君も来てもらえないかしら?」
「刀子さんのお誘いとあれば、喜んでっ!」
なんと、電話の内容は刀子からの夕食への誘いだった。魔法先生達の会議がある度に飛び掛かっては撃墜されていた女性からの誘い。彼が一も二もなく承諾したのは言うまでもない。
刀子は現在、世界樹に程近い集会場で他の魔法先生達と一緒であった。特別な場所でも何でもない、普段は人通りの多い広場なのだが、現在は人払いの結界が張られており、神鳴流の剣士である刀子以外は魔法先生達の姿しかない。
つい先程、高畑がネギを連れてきて魔法先生達と顔合わせをしたところなのだが、例の親馬鹿1号、2号が予想通り――いや、予想以上に盛り上がってしまった。
「どう?」
「来てくれるそうよ」
「そう、良かったわ」
横島が誘いに乗ってくれたので、刀子はシャークティと共にほっと胸を撫で下ろしている。
弐集院とガンドルフィーニが盛り上がり、このまま皆でネギの歓迎パーティを行う事になったのだが、そうなると皆お酒が入ってしまうのが容易に予想出来る。きっと、歯止めが利かなくなってしまうだろう。そうなってしまった時のために、自分達と男性陣の間に立つ防波堤として目を付けたのが横島だったのだ。元々それを思い付いたのはシャークティだったのだが、連絡は刀子が自ら買って出た。
横島が麻帆良に来た当初、彼がちょっかいを出す女性と言えば刀子であった。彼女自身、麻帆良女子中の教師だが他の学校の男子生徒達からの人気は高い。横島に対しても他の生徒と同じように適当にあしらっていたのだが、彼が魔法先生の会議に参加するようになってから少し状況が変わってきた。横島が、シスター・シャークティの存在を知ったのだ。
シャークテイもまた、男子生徒からの人気が高い。当然そんな美人を横島が放っておくはずもなく、彼は刀子だけでなくシャークティに対してもアプローチを始める。それが刀子には面白くなかったらしい。
更に横島は魔法生徒の高音や愛衣、それに3−Aの少女達とも仲良くなっていくのだが、刀子としてはそれはどうでも良かった。彼女自身、横島の事は他の自分に憧れる男子生徒達と同じようにしか見ていない。ただ、シャークティに対してだけは、同じ「大人の女性」として対抗心を抱いてしまう。そろそろ年齢が気になるお年頃なため、自分より若いシャークティの方が良いのかと思ってしまうのだ。
「ま、私が誘えばイチコロよね」
あっさりと横島が誘いに乗ってきたのが嬉しかったのか、そう言う刀子の表情がどこか自慢気に見えたのは、きっと気のせいではあるまい。
その頃、高畑はネギ歓迎パーティの場所を確保するために繁華街に向かっていた。使い走りのような役目だが、前からネギとは顔見知りだったと言う事で彼に白羽の矢が立ってしまったのである。
「あっ! た、高畑先生! 帰ってきてたんですか!?」
聞き覚えのある声に振り返ってみると、そこには元教え子であるアスナの姿があった。買い物帰りなのか、手にはコンビニの袋を提げている。
「や、やあ、アスナ君。久しぶりだねぇ」
かつて保護者代わりを務めた少女の姿に思わず顔が綻ぶ。少し二人で歩きながら話す事にした。
久しぶりと言ってもせいぜい一ヶ月程度。しかし、アスナはこの一ヶ月の間に霊力に目覚め、いまやれっきとした除霊助手、GS見習いになっていた。傍目にはほとんど変わらないように見えるが、女子寮を出てエヴァのレーベンスシュルト城に引っ越していたりと、彼女自身、そして彼女を取り巻く環境は様変わりしている。
「あ、え〜っと……みんな、聞いちゃったんだよね?」
「え、ええ、まぁ」
「すまないね、色々と秘密にしていて」
一ヶ月前までは、魔法使いに関する全てを秘密にしていたのに、帰ってきたらいつの間にかバレてしまっている。なんとも間の抜けた話だ。何を言えば良いのか分からない高畑は、一言、彼女に謝る事しか出来なかった。
「い、いえ、いいんです。秘密にしなくちゃいけなかった理由も、ネギや学園長から聞きましたから」
「そうか……」
苦笑混じりの表情で頭を掻く高畑。一ヶ月振りに帰国すると、元教え子達のクラスが情報公開のテストケースになり、自分の正体を知らされていた。正直、今はまだ戸惑うばかりで、この状況を受け容れ切れていなかった。
しかし、アスナは違う。こうして話していても、一ヶ月前とさほど変わらないように思える。これはつまり、魔法の存在や高畑が魔法使いである事を自然に受け容れてしまっていると言う事だ。きっと、他の教え子達も皆こんな感じなのだろう。
「本当に、皆成長したんだねぇ……」
そう言えば、妙に行動力やバイタリティのある子達ばかりだった。そんな事を考えながら、高畑はしみじみとした様子で呟いた。
一方、アスナもまた別の意味で戸惑っていた。
「あ、あの、高畑先生! このリボンの事、覚えてますか?」
「ん? ああ、アスナ君が小さかった頃に買ってあげたリボンだね」
今身に着けている、鈴の付いたリボンの事だ。新しいリボンを買うと決めた時から、アスナはその事を高畑に伝えなくてはいけないのではないかと考えていた。しかし、どう言えば良いのか分からずに、彼が海外出張中である事を理由に、それを先延ばしにしようとしていた。そんなところに降って湧いた彼の帰国である。今はコンビニに買い物に行った帰り道だったのだが、まさかここで会うとは夢にも思っていなかったので、不意を突かれたアスナは、内心焦りまくっていたりする。
とは言え、こうして会ってしまっては仕方が無い。どうせ新しいリボンに買い換えたら、一目で分かってしまうのだ。胸がドキドキするが、横島に仮契約を申し込んだ時に比べれば大した事ではない。自分でもよく分からない理屈で自分を励ましながら、アスナは話を切り出した。
「あ、あの、実は!」
「どうしたんだい?」
突然立ち止まり、アスナは高畑に向き直る。その真剣な表情に高畑は何事かと疑問符を浮かべた。
そしてアスナは、ペコリと頭を下げ、大きな声でこう言う。
「今度の日曜日に、横島さんに新しいリボンを買ってもらう事になったんです!」
「……へ?」
一瞬、何の話か分からなかった高畑は、くわえていたタバコをポロリと落としてしまった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.85
繁華街で大勢で座れるテーブルがあるレストランが空いているのを見つけた高畑は、すぐに学園長に連絡を入れて魔法先生達を呼び寄せた。彼等は待ってましたと言わんばかりにすぐやって来て、今は店内で賑やかにやっている。
横島も既に合流して店の中だ。彼は刀子と一緒に夕食だと軽い足取りでやってきたが、その場に居た弐集院達に囲まれたネギを見て事情を察し、がっくりと肩を落としていた。
ネギのために禁煙席を選んだので、喫煙家である高畑は店外に出てタバコに火を点ける。
「そうか、あのリボンを買い換えるのか……」
そして、アスナとの話を思い出す。あの後、話を終えた彼女は、すぐに恥ずかしそうに走り去って行った。その背中に向けて「可愛いのを買ってもらうんだよ」と言っておいたが、その心中はなんとも複雑である。嬉しさ半分、寂しさ半分と言ったところだろうか。
「高畑先生、アスナ君に会ったそうですね」
「明石教授……ええ、先程」
一人黄昏ていると、アスナと同い年の娘を持つ明石教授が声を掛けてきた。高畑は先程横島が来た際にアスナの事を頼むと一声掛けたが、明石教授はそれを見て今の彼の気持ちを察したようだ。
「いやぁ、魔法使いの情報公開とかホントに時代は変わりつつあるねぇ。僕が若い頃は考えられなかったよ」
「僕は、3−Aが情報公開のテストケースになるなんて、一ヶ月前には考えられませんでしたよ」
「ああ、僕はあの日学園長に呼び出されるまで想像も出来なかった」
聞けば、明石教授は先日、不意に学園長から連絡を受けて、娘の裕奈が魔法使いの事を知っている事を知らされ急遽呼び出されたらしい。その心中は察するに余りある。エヴァ達が関わっていたそうだが、なんとも酷な話である。自分とアスナに置き換えて考えてみた場合、果たして自分は真っ直ぐに彼女と向き合う事が出来ただろうか。
そして気付く。自分が今抱いているこの気持ちは、明石教授と同じもの。娘の巣立ちを見守る父親のそれであると。
「なんか、急に老けちゃった気がするなぁ」
学園長に頼まれてアスナの保護者役を引き受けたのは、もう十年近く前の事だ。それがいまや自分の道を歩き出そうとしている。子供だ、子供だと思っていたが、いつの間にか随分と成長したものである。
まだ独り身だと言うのに、父親の悲哀を味わってしまった事に気付いた高畑は、なんとも複雑な笑みを浮かべながら、空へと向けてタバコの煙を吹くのだった。
一方、店内の横島は別の意味で悲哀を味わっていた。
刀子に誘われたから来たと言うのに、当の刀子はシャークティと一緒に、ネギを取り囲むグループから席を離して避難してしまったのだ。おかげで残された横島は、酔った弐集院、ガンドルフィーニの親馬鹿コンビと、ネギの話し相手をしている神多羅木、瀬流彦の間に入って、見事防波堤の役割を果たす羽目になっている。
ちなみに、横島側は、弐集院、ガンドルフィーニ、横島、瀬流彦、ネギの順だ。ネギの向かいには神多羅木が座っており、彼の隣に学園長がいて、高畑、明石教授と続くのだが、この二人は現在席を外している。
ネギは、神多羅木が例の『覆面教師X』の正体である事を既に知らされているらしい。彼の無詠唱の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』に興味津々の様子で、目を輝かせて質問攻めにしていた。
「横島君、大丈夫かい?」
瀬流彦が心配そうに横島に声を掛けてくる。
「今は娘自慢ばっかなんで何とか……」
幸い、今は二人とも娘自慢をするばかりだが、気を抜くと親馬鹿が高じてケンカに発展するので注意が必要である。横島としては「心配するなら代わってくれ」と言いたいところだが、瀬流彦も流石にそれは勘弁して欲しいのだろう。やんわりと断ってきた。
話を聞いていると、弐集院の娘はまだ幼いが既に魔法が使えるらしい。一方、ガンドルフィーニの娘は、父親が魔法使いである事も知らないようだ。これは両者の教育方針の問題もあるが、弐集院の妻が魔法関係者であるのに対し、ガンドルフィーニの妻が一般人である事も関わっているようだ。ガンドルフィーニも明石教授のように、いずれ娘に自分が魔法使いである事を説明するために苦心する日が来るだろう。彼は今からどうしたものかと頭を悩ませているらしい。ブツブツと愚痴っている。
「横島君、酒が進んでないぞ! 君も飲みたまえ!」
「いやいやいや、俺未成年ですから! て言うか、教師が飲酒勧めたらダメだろ!」
「ハッハッハッ、今日ぐらい大目に見るよ」
話の流れが変わってきた。ガンドルフィーニと弐集院が揃って横島に酒を勧めてくる。当然、未成年の飲酒は厳禁だが、二人ともハイテンションになっているため、横島でも太刀打ち出来ない。流石にこれは不味いと瀬流彦が止めようとするが、普段でも二人には敵わないのに酒が入って虎となった二人に対抗出来るはずもない。
こうなっては横島自身で身を守るしかない。何とかこの場を切り抜けるため、横島は奥の手を出す事にした。
「瀬流彦バリアーーーッ!!」
「えぇーっ!?」
隣の瀬流彦の肩をぐっと掴むと、突然の横島の行動に驚き反応する事が出来なかった瀬流彦を、容赦なく酔った虎の前に差し出したのだ。
「おお! 瀬流彦君か、君も飲むんだ!」
「いや、あの、横島くーん!?」
目の前に瀬流彦が現れた事で、ガンドルフィーニの矛先が横島から彼に変更された。押しの弱い瀬流彦は、どんどん二人に酒を飲まされてしまう。どちらかと言えば酒に弱い方である瀬流彦は横島に助けを求めるが、元より瀬流彦を虎の生け贄に差し出した張本人である。救いの手など差し伸べるはずもなく、横島はそのまま席を立ち、さっさとその場を離脱してしまった。
彼が親馬鹿二人の攻勢に轟沈するのは、もう少し後の話である。
その場を離れた横島は、刀子とシャークティのいる席に向かおうとする。その途中でふとガラス越しに店の外を見ると、高畑と明石教授の二人が何やら黄昏ている姿が見えた。先程声を掛けられたが、そう言えば高畑と会うのは久しぶりだと言う事を思い出した横島。刀子達の方を見ると、女同士二人だけで盛り上がっているようだ。どうも、刀子の方は酔っているようである。いつもなら酔っていようがおかまいなし――むしろ、いつもとはちょっと違う刀子を目当てにするか、酔っ払いの相手に苦労していそうなシャークティに良い所を見せようと突貫するところだ。しかし、先程まで酔った親馬鹿二人に絡まれていたため、今日はもう酔っ払いと関わるのは避けたい。そう考えた横島は、男二人の所へ行ってみる事にした。
「二人とも、店の外で何やってんスか?」
「ん、横島君か……ちょっと昔の事をね」
高畑は、横島が来た事に気付くと、いつの間にか短くなっていたタバコを携帯用の灰皿に押し付けて消した。そして、明石教授と揃って横島の方へと向き直る。
「そうだ、横島君。今度の日曜日、アスナ君にどんなリボンを買ってあげるのか、もう決めたのかい?」
「あー、それはまだ。実際、どんなのがあるかも分かりませんし」
「まぁ、普通はそうだろうねぇ……」
横島の答えに明石教授は苦笑する。彼の娘の裕奈も髪留めを愛用しているが、実際自分がそれをプレゼントするとなると、どんな物を選んで良いのか分からない。実際に店に行って四苦八苦しながら選ぶだろう。
「お店に行って本人と一緒に選んだ方がいいだろうね。とりあえず、店の場所だけは事前にチェックしといたらどうだい?」
「そうっスね〜」
明石教授の提案に、横島はどこか上の空の様子で答える。今まで自分の服にすら無頓着で安売りの物で済ませていた横島にしてみれば、事前にチェックするにもどうすれば良いのか分からないのだ。女物となれば尚更である。
「ああ、そう言えば確か、アスナが今使ってるリボンは高畑先生が買ったんですよね? あれはどこの店で?」
「あれは十年近く前に買ったのだからなぁ……駅前のデパートだけど、その店がまだあるかどうか」
「う〜ん、和美ちゃんにでも聞いてみるかなぁ……」
「朝倉君か、それもいいかも知れないな」
横島の中のイメージでは、麻帆良で情報を得たければ和美に聞けば良いと言うイメージがあった。当然、高畑も元教え子である和美の事は知っているので、横島と同じく彼女に聞けば大丈夫だろうと考える。
日曜日の買い物については、今はこれ以上話す事はなさそうだ。ここで高畑は気になっていた事、アスナについて心配している事を横島に聞いてみる事にした。
「アスナ君は修行、ちゃんとやってるかい?」
アスナのGS見習いとしての修行についてだ。高畑も直接の関わりはないが、GSと言う仕事が場合によっては命を落とす事も有り得る危険な仕事である事は知っている。それだけに幼い頃から保護者代わりとして見守ってきたアスナが、その道を志したとあれば心配になるのも無理もあるまい。
「ああ、それは僕も聞きたいね。裕奈はちゃんと修行してるかい?」
明石教授もこれに乗ってきた。彼もまた娘が横島に弟子入りしたばかりなので、気になるのだろう。
「え、あ、モチロンっスよ! 二人とも、除霊助手だった頃の俺よりずっと真面目ですし」
「そうなのかい?」
「俺が除霊助手やってた頃は、修行なんてしませんでしたからねぇ」
そう言って虚ろな声で笑う横島。
よくよく考えて見れば、アスナや裕奈だけではなく古菲や夕映にもだが、横島は彼女達に霊力を送り込んではあふんあふん言わせているのだ。それも毎日。勿論修行のためだが、役得と思っていないのかと問われると否定する事が出来ない。そんな少女達の保護者達が今、目の前に居るのである。今まで気にしていなかったが、いざ気付いてしまうと気まずい事この上ない。
やはり、刀子達の方へ行くべきだったか。酔った刀子に絡まれるのも、それはそれで良かったかも知れない。
「横島君、どうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもないっスよ!」
しかし、こうしてここに来てしまった以上、「じゃあ、俺はこれで」と踵を返すのも不味いだろう。後悔先に立たずとはこの事だ。
このままではボロが出てしまいそうだったので、横島は明石教授に別の話を振り、話題を変える事にする。
「そうだ。裕奈の事なんですが」
「ん、どうかしたのかい?」
娘の事なので、明石はすぐに乗ってきた。
「やっぱ魔法教えてくれる人が要ると思うんですけど、何とかなりませんかね?」
「う〜ん……」
横島がアスナ達に修行をする上で問題となっているのが、裕奈にどう魔法を教えるかについてだ。明石教授が取り寄せてくれた魔法学校の初等教本は先日裕奈やネギの下で魔法の練習をしているのどか達の所に届けられたのだが、それだけではどうにも効率が悪く、まだ基本的な魔法が発動する兆しも見えないと言うのが現状であった。魔法使いとしての基礎が無いのだから無理もあるまい。
「君達はエヴァンジェリンのレーベンスシュルト城に住んでいるんだろう? 彼女はなんて言ってるんだい?」
「それをどうにかするのはリーダーの役目だって言ってました。自分が教える気はないみたいです」
それを聞いて高畑は「エヴァらしいな」と苦笑する。
正確には「基礎も出来ていない素人の面倒を見る気は無い」である。彼女は元々横島の甘い修行のやり方には反対の立場を取っている。修行をするからには生きるか死ぬかの荒行が当然であり、クリア出来る見込みもない素人を無責任に引き受けたりはしない。
何より、修行を求めているのが他ならぬ裕奈だと言うのが問題だった。表向きの態度では嫌がる素振りを見せているが、やはりエヴァにとって裕奈は友達だと言う事だろう。躊躇してしまい、厳しい荒行を課す事が出来ないと言うのが自分でも分かっているのだ。
「う〜ん、だからと言って僕が修行する訳にもねぇ」
明石教授はエヴァのようにスパルタではないが、娘相手にはどうしても必要以上に甘くなってしまう。エヴァとは正反対のタイプだが、彼女と同じような理由で、彼もまた裕奈の先生としては不適当であった。
「高畑先生は?」
「……君には話しておくが、僕は『彼』に備えるために急遽呼び戻された身でね。しばらくは『そっち』の仕事以外をしている暇はなさそうなんだよ」
「あ〜、それはしょうがないっスね」
二人とも裕奈の先生役を引き受ける事は出来ないようだ。双方理由が理由だけに仕方あるまい。
「エヴァもリーダーの仕事だって言ってたしなぁ、もうちょい心当たり当たってみるか」
正直なところ、横島は明石教授を頼りにしていたのだが、当てが外れてしまった。
実は先日、高音と愛衣にも頼んでいるのだが、こちらも断られている。『火よ灯れ(アールデスカット)』のような簡単な魔法一つならともかく、本格的に魔法を学ぶのであれば、自分達のような魔法生徒ではなく魔法先生に師事するべきだと言うのが、彼女達の意見だ。横島もその通りだと納得したので、二人に魔法の先生を頼むのは早々に諦めて引き下がった。
「何か協力出来ればいいんだけどねぇ」
「ま、何とか探してみますよ。ネギにも頑張らせてる手前、俺もリーダーの仕事をきっちりやらないと面目立ちませんし」
ネギの下にも、のどか、まき絵、亜子と魔法を学ぼうとしている者達がいる。魔法の先生を求めているのは彼も同じだろうが、これに関して横島はカケラも心配していなかった。
「そう言えば、ネギ君の方は?」
「放っておいても、ガンドル先生と弐集院先生が買って出ると思いますよ」
「……それもそうか」
ネギが頼まなくてもガンドルフィーニや弐集院が自ら買って出る事が目に見えているからである。
横島としては、ガンドルフィーニに頑張って欲しいところだ。何故なら、彼がネギに付きっ切りになってしまうと、彼が担当している魔法生徒――すなわち、高音と愛衣の二人が横島と行動を共にする事が増える事になるのだから。
「さて、そろそろ中に戻るとしようか」
「瀬流彦先生、そろそろツブれてるかも知れませんね」
「君は一体、何をしてきたと言うんだ?」
親馬鹿1号、2号への生け贄にしたのだ。
三人で店内に戻ろうとすると、丁度店から出ようとしたところの刀子、シャークティと鉢合わせになった。刀子はぐったりとしていて、シャークティが彼女に肩を貸している。先程から酒が進んでいたようだが、どうやら酔いつぶれてしまったらしい。
「刀子さん、大丈夫っスか?」
「ただの飲み過ぎよ。宿舎の方に送って行くから、これで失礼させてもらうわ」
「それなら、手伝―――」
「俺が手伝いますっ!」
手伝いを申し出ようとする高畑を遮って、横島が元気良くシュビッと手を挙げて立候補した。
「今日の目的は、魔法先生とネギの交流でしょ? 俺はしょっちゅう顔合わせてるから、ここはお二人が」
「そ、そうかい?」
刀子とシャークティ、普段は隙を見せてくれない二人。このチャンスを逃すわけにはいかない。横島は有無を言わさず、高畑と明石の二人を店内に押しやると「さぁー、行きましょう!」とシャークティ達の前に立った。
当然、シャークティは魔法で身体能力を強化する事が出来る。酔い潰れた刀子一人を教職員宿舎まで運ぶ事など容易い。しかし、傍目に若い女性二人である事を考えれば、変な連中、有り体に言ってしまえばナンパ目的の者達に絡まれる可能性がある。横島が一緒ならばそれも防げるかも知れない。
「……そうね、手伝ってもらいましょうか」
ここは彼の厚意に甘えるのも良いだろう。そう判断したシャークティは、横島に教職員宿舎まで送ってもらう事にした。教師が生徒に頼るのも少し情けない気もするが、彼はGS協会から派遣されてきたプロのGS、今は同僚であると言う事で良しとしておく。
「それじゃ、刀子先生をおぶってもらえるかしら?」
「喜んで!」
どうせならばとシャークティが刀子の事を横島に任せてしまう事にすると、彼は目を輝かせて引き受けてくれた。後でこの事を知れば刀子は怒るかも知れないが、そこは酔い潰れたのが悪いのだと諦めてもらおう。
横島は刀子を背負い、アスナ達とはまた違う大人の肢体を堪能している。思い切り鼻の下が延びているが、シャークティは大人の余裕を以て見て見ぬ振りをしてあげた。暴走したらその場で眠らせるつもりだったが、シャークティの目があるせいか、その辺りはしっかり弁えている――いや、我慢しているようだ。
嬉しそうな横島の横顔を見ながら、シャークティは先程の刀子との話を思い出していた。同年代に好きな女の子が出来ればそちらに目が行ってしまうのは、彼女達に憧れる男子生徒によくあるパターンだ。いちいち気にしていたらキリが無い。横島もまた、アスナ達と親しくなるにつれて刀子達に対する態度が落ち着いてきた。ところが彼の場合は、下手に教師陣に近しい位置にいるためそれが刀子の目に付いてしまい、結果として彼女は自分の年齢を意識してしまったのだろう。
そのまま三人で教職員宿舎に向かうのだが、その道中、横島はふとある事を思い付いてシャークティに声を掛ける。
「シャークティさんってシスターの格好してますけど、魔法使いなんですよね?」
「ええ、それがどうかしたの?」
「裕奈に魔法教えてやってもらえませんか?」
「裕奈と言うと、明石教授の娘さんね。横島君に弟子入りしたと言う話は聞いているわ」
「俺じゃ魔法は教えられないんですよ」
「フム……」
歩きながら、シャークティは顎に手を当てて考えた。現在彼女は二人の魔法生徒を担当している。ガンドルフィーニのような実働部隊の指揮ではなく、魔法生徒を育てる師匠として。その内の一人はアスナ達のクラスメイトである美空である。
まだその二人が修行中の身であると言うのに、新たにもう一人引き受けるなど安請け合いして良いものだろうか。
ハッキリ言って、横島とシャークティはさほど親しくはない。修学旅行のお土産を受け取ったりはしたが、普段彼がちょっかいを掛けてきても軽く受け流してきた。いつもムキになって撃墜している刀子の方が、傍目には親しく見えるだろう。
シャークティは更に考える。先程、横島は高畑、明石の二人と共に居た。普通に考えれば、裕奈に魔法を教えるのは父親である明石教授ではないのか。きっと、横島もまず彼に頼むはずだ。にも関わらず、こうして今自分に頼んでいると言う事は、何かしらの理由で明石教授は断ったに違いない。
「なんとかなりませんかね? 裕奈も頑張ってるんですけど、基礎が身に付いてないせいか全然ダメみたいで」
考え込んだまま喋らないシャークティに、不安になった横島は更に頼み込んだ。
その姿を見て、彼女の脳裏に担当している魔法生徒、美空の姿が浮かんだ。彼女はお世辞にも真面目な生徒とは言えず、修行にもあまり身が入っていない。話を聞くに裕奈は、修行は上手くいってないものの、真面目に頑張っているのだろう。師匠としては羨ましい話である。
「―――ッ!」
この時、シャークティの脳裏に天啓が閃いた。
「ねぇ、横島君。私は今、二人の生徒の修行を担当しているんだけど……その二人と一緒と言う事でいいかしら?」
「シャークティさんが裕奈を預かるって事ですか?」
「いえ、私達が、貴方達の修行場にお邪魔するのよ」
裕奈が真面目に頑張っているのであれば、そこに美空を連れて行ってやろう。それで感化されて真面目になるような性格ではないが、逃げ道を塞ぐ事は出来るはずだ。そう、美空を真面目に修行させるために、裕奈にも魔法を教えるのである。
無論、引き受けるからには裕奈にもしっかり魔法を教えるつもりだ。真面目な生徒なようだから、シャークティとしても楽しみだ。
「俺等、エヴァの城を間借りして修行してるんスけど」
「大丈夫よ。私が担当している生徒の一人は彼女のクラスメイトの美空、既にそこに入った事があるわ」
「あの子が……?」
横島は美空がシャークティの弟子だと言われても、いまいちピンとこなかった。美空がシスターの格好をしているのを見た事が無いと言う事もあるが、それ以上に彼女の性格が問題だ。横島の気持ちを察したのか、シャークティは苦笑している。
「とりあえず、エヴァンジェリンに聞いておいてちょうだい。こちらは来週からなら何とかなると思うから」
「わ、分かりました」
何にせよ。エヴァが彼女達の入城を認めれば裕奈に魔法を教えてもらえると言う事だ。明石教授に断られて、正直他に当てがなかっただけに、ここでシャークティに引き受けてもらえたのは、横島にとって幸運であった。それがシャークティのような美女となれば尚更である。
「つまり、エヴァに認めさせれば、シャークティさんと更にお近付きに……ぐふふっ」
にまにまと笑みを浮かべる横島。その笑みは、彼に背負われた刀子が夢うつつに不快な念を感知し、寝たまま横島の首を絞め落とすまで続けられていた。
後日、刀子が酔った勢いで男子生徒を押し倒したと言う噂が麻帆良を駆け巡る事になるが、それは余談である。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。
シスター・シャークティは葛葉刀子より若く。魔法先生の中でも若手である。
刀子と同じように、シャークティも男子生徒からの人気は高い。
弐集院の妻は魔法関係者。
瀬流彦は酒に弱い。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
・・・何この「私横島さんと結婚するんです!」みたいなノリは(爆)
しかもタカミチから見たアスナは娘でも、アスナから見たタカミチは元彼だから余計に話がややこしくw
章タイトルの発心ってGSになるための発心じゃなくて、横島をモノにするという決意表明だったのかw
>イチコロね
いや刀子先生、あんた付き合ってる人がいたんじゃないのか。
それでもなお男にちやほやされると嬉しいし、冷たくされると腹を立てるのは婚期に焦る年増女の悲しい性か(爆)
そんな事やってると大概ろくな事にはならないのですが・・・ギャグマンガだけに結局こういうオチになるんだよなあ。
まぁ自業自得ですね(ぉ
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