朝から賑やかな3−Aの教室。美術部の方で作品製作を行い、予鈴ギリギリの時間で教室に入ってきたアスナに、隣の席の美砂がにやにやと笑みを浮かべながら話し掛けてきた。
「いや〜、いつの間にか私達も慣れてたんだねぇ……」
「何が?」
「鈴の音がないと、何か寂しいな〜って」
 その一言にアスナが噴き出したのは言うまでもない。
 アスナがトレードマークであった鈴付きのリボンを変える。既に新しいリボンを横島と一緒に買いに行く事自体が知れ渡っていたので、それは大したニュースにもならなかった。ただ、3−Aの面々に、新しいアスナをからかうネタが出来た事は確かであろう。
 あれから数日、横島とアスナの関係は、劇的に変化する事はなかった。新聞配達を辞めた分、朝の修行にも参加するようになったが、だからと言って何か特別な事をしているわけでもない。木乃香とあやかの二人は、揃ってしっかりした顔付きになったと言っているが、他の面々は首を傾げるばかりだ。外面的にはその程度の変化なのかも知れない。

 アスナは頬を染めながらキョロキョロと辺りを見回した。何か話題を逸らす材料を探し、桜子がまだ来ていない事に気付く。
「そ、それにしても、桜子遅いわね〜」
「今日はラクロスの方の朝練がないみたいよ」
「ふ〜ん」
 アスナもギリギリの時間で教室に入った。このままでは桜子は遅刻してしまうのではないだろうか。
「まぁ、遅刻ぐらいなら問題ないか」
「いや〜、あの子が来ないって事は、これから学校で何か不味い事が起きるのかもよ?」
「ちょっと、怖い事言わないでよ……」
 そんな会話を交わしながら、アスナは話題を変える事が出来たと、そっと胸を撫で下ろしていた。

 椎名桜子。
 上は左右に変則的なお団子、下はやはり左右に小さな三つ編み。そして前髪はヘアピンで留めておでこを見せると言う個性的な髪型をした彼女は、ラクロス部とまほらチアリーディングに所属する天真爛漫な元気印の少女である。
 同じくまほらチアリーディングに所属する柿崎美砂、釘宮円と特に仲が良く、その二人に比べて子供っぽい面があるものの、その持ち前の明るさと積極性もあり、クラスの盛り上げ役、ムードメーカーとなっていた。また、和美に次いで人形のさよと仲が良く、寮では桜子が和美の部屋をよく訪ねている。和美が報道部の仕事で忙しい時などは、さよを預かる事もよくあるそうだ。彼女が幽霊である事をまったく気にしていない辺り、大物か、何も考えていないかのどちらかであろう。
 そして、愛嬌たっぷりで人懐っこい桜子は、横島とも仲が良かった。美砂や円は横島が男である事を気にしてきっちり一線を引いた付き合いをしているのに対し、桜子は余り気にしている様子はなく、単純に面白い遊び仲間と捉えているようだ。かと言って、桜子は性格はともかく外見まで子供っぽいわけではない。むしろ、チアリーディングとして活躍しているだけあって、スタイルは良い方であった。桜子の方が意識していなくとも、横島の方は結構意識していたのは言うまでもない。
 横島は先日、繁華街を散策していた時に桜子、美砂、円の三人と出会い、四人でカラオケに行っていた。元より桜子達は三人で行く予定だったのだが、横島を見つけたので彼に奢ってもらおうと考えたのだろう。
 ところが、「カラオケタダちゃん」と言う妙な異名を持つ横島は、ここで意外な歌唱力を発揮して桜子達を驚かせた。ただ、如何せん両親が海外に転勤になり一人暮らしを始めてから、独立するまで貧乏生活であった彼は、ここ数年の曲を余り知らない。そこで三人は歌って欲しい曲の入ったCDを横島に貸す事にした。次にカラオケに行く時までに覚えていて欲しいと言うわけだ。ただでさえ部屋に物がなくCDプレイヤーすら東京の家に置いてきていた横島は、すぐさま安物のプレイヤーを購入。彼の部屋に物が一つ増える事になった。ここで安物を選んでいる辺り、女の子達に奢る分には太っ腹だが、自分が使う分には節約すると言う、彼の金銭感覚が伺える。


 それはさておき、その後すぐに始業のチャイムが鳴り、ネギが教室に入ってきた。桜子はまだ登校してきていない。彼女が遅刻するとは珍しいが、誰一人として心配する事はなかった。何故なら、いつも笑顔を絶やさない彼女には、『強運』と言うもう一つの大きな特徴があるからだ。
 麻帆良学園では定期テストの成績などをネタに度々食券を賭けたトトカルチョが行われる。桜子はこのトトカルチョで脅威の勝率を誇り、巷では「桜子が賭けたものが実現する」とさえ言われるほどであった。
 この強運は普段の生活の上でも例外はない。ネギが担任になって以来、3−Aの面々は度々魔法絡みのトラブルに巻き込まれているのだが、桜子はその全てを躱し、一度たりとも被害を受けていなかったりする。
 何があっても桜子は大丈夫。それが3−Aの面々の共通認識であった。

 それだけに、大騒ぎになっても仕方がないのだろう。

「いや〜、今日は大変だったよ〜。目覚まし壊れちゃうし、電車はなんか遅れちゃうしで、駅から走ってたらコケて茂みにツっこんじゃった〜♪」

 その桜子が、木の葉まみれの着崩れた制服姿で、頭から髪に挟まった小枝を生やしたまま教室に現れたのだから。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.87


 その後も桜子はどこか妙であった。教科書を忘れ、学食に行けば欲しい物が売り切れており、自販機でジュースを買えば何故か全然違う、しかも嫌いな物が出てくる。その様はまるで、これまでの強運の反動が一気に襲い掛かってきたかのようだ。本人はさほど気にした様子でもなかったが、傍から見ていて異常な状況である事は確かだ。
 当初は笑い事として見ていたクラスメイトも、だんだんとその笑顔が引き攣ってくる。理科の授業中に桜子の頭上に劇薬の瓶が落ちてきて、それを咄嗟に楓が受け止めたところで皆の笑顔は完全に消え失せた。
 その日の昼休み、いつもならば皆でバカレンジャーに勉強を教えながら自習している時間に、クラス委員長のあやかにより『3−A非常事態宣言』が発令され、緊急会議が開かれる事となったのは言うまでもない。当の桜子は「みんな大袈裟だにゃ〜」と能天気であったが。

 皆はまず横島に相談するべきではないかと考えたが、それでは放課後まで待たねばならない。そこで担任のネギを筆頭にエヴァ、刹那、楓、真名、超、聡美とその手の事に詳しそうな面々が集められ、桜子に一体何が起きたのかを調べる事となる。
「魔力の異常は無いと思うんですけど……」
「確かに無いな。精霊も騒いではいない」
「霊力の方もこれと言って……昂ぶってもいませんし、弱まっている様子もありません」
「妙なモノに憑かれているわけでもなさそうでござるな」
「ああ、私の目にも何も映っていない」
 しかし、ネギ、エヴァ、刹那、楓、真名の五人は何も感知出来ずにお手上げ状態であった。皆の視線はおのずと超、聡美の二人に集まる事となるが、彼女達も揃って首を傾げている。
 更に超と聡美は科学的なアプローチも試みてみた。機材を教室に持ち込み、桜子を下着姿にしてかなり本格的な精密検査まで行われたが、彼女は健康そのもので身体的におかしなところは何一つない事が判明しただけだった。
「病気とかではありませんの?」
「不運になる病気なんて聞いた事がないネ」
「エヴァさん、呪いには結構詳しいですよね? 何か心当たりはありませんか?」
「確かにそんな呪いもあるかも知れないが……それなら、私達の内の誰かが、何か感知しているはずだ」
 エヴァの答えにネギ達が揃ってうんうんと頷く。呪いの類ではない。仮にさよ並に隠密性が高い呪いであったとしても、桜子の強運を抑え込むとあれば相当の力が必要となるはず。エヴァと真名の二人ならば、視る事が出来なくとも存在を感知する事ぐらいは出来るだろう。
「そんな……私達にはもう、桜子を救う手立てはないの?」
「いや、運が悪くなってるだけで、死ぬような病気とかじゃないでしょ」
「でも、劇薬瓶が落ちてくるんだよ? 放っておくと不味くない?」
「そりゃ、まぁ……」
 比較的常識人の円が、皆は騒ぎ過ぎだと窘める。しかし、先程の劇薬が入った瓶を楓が受け止めてくれなければどうなっていたかと考えると、大袈裟と言い切る事も出来なかった。桜子の事が心配なのは、彼女とて同じなのだ。
「あー、一つだけ手があるぞ。出来るかどうかは分からんが、多分出来るんじゃないか?」
「え、なになに?」
「横島の文珠だ。中に入れる文字次第だろうが、何か分かるかも知れん」
 エヴァが提案したのは、横島に文珠を使って調べてもらう事であった。今現在、彼女達が取れる方策は、これしかないだろう。
「どうする? 午後からの授業、サボって連れてく?」
「……あの、担任の前でサボる算段とか止めてもらえませんか?」
 このまま授業を受けさせていたら桜子の身に何が起きるか分からないと、今すぐレーベンスシュルト城に連れて行くべきだと言う意見が出た。こうなると止まらないのが3−Aである。ネギがおずおずと注意するが、彼女達は聞く耳を持たない。エヴァの家まで、どうやって桜子を守るべきかと話し合いを始めてしまう。
 結局、ネギの泣きが入り代表者のみで桜子を護衛しながら送って行く事になる。そして、残りの面々は放課後になってからレーベンスシュルト城に赴く事になった。
「とりあえず、護送はエヴァちゃん?」
「サボるのはともかく、帰宅するのは不味いな。茶々丸、お前が行け。お前なら一人で守りきれるだろう」
「了解しました」
 桜子の護衛を担当するのは茶々丸。彼女ならば適任であろう。下手にぞろぞろと人数ばかり居ても仕方がないと言う事で、彼女が一人で桜子を連れて行く事になる。
「でも、横島さんも学校でしょ?」
「大丈夫だって、連絡すれば早退してくれるよ。一緒にカラオケ行った仲だし!」
「あんた達、いつの間に!?」
 美砂が余計な一言を添えて携帯を取り出した。横島が彼女達とカラオケに行った事を知らなかったアスナ達はビックリ仰天である。しかも、横島はしっかり三人とも番号を交換していたようだ。
 後日、横島はアスナ達に可愛くおねだりされて、レーベンスシュルト城に住む面々と一緒にカラオケに行く事になる。もちろん横島の奢りで。

「う〜ん、まぁ、ネギ君公認で学校サボれるならいいかにゃ〜?」
「あの、一応『黙認』ですから……」
 当の桜子は、やはり今の自分の状態をさほど重く受け止めていないようだ。しかし、堂々と学校を早退出来ると言う事で特に反対はしない。それどころか、横島が自分のために学校を早退して来てくれると言うのが嬉しいのか、頬が緩んで顔がにやけていた。


 一方、横島は美砂から連絡を受けると、あっさり早退する事を承諾した。自分を慕ってくれている可愛い少女と、ムサい男だらけの学校、彼にとっては天秤にかけるまでもない選択である。
 流石に黙って抜け出すのは不味いので、一応担任にはGS関係で急用が出来たと告げて早退を許可してもらう。仕事ではないのだが、文珠が求められている事は確かなので、嘘はついていない。
 美砂から電話で話を聞いたところ、かなり危険な状態との事なので横島は大急ぎで帰路を急いだ。そのせいか、彼は桜子達よりも先に家に到着してしまう。念のために脇を流れる小川にいたすらむぃ達に尋ねてみても、まだ二人は来ていないとの事。ついでに桜子が危険な状態なので変な悪戯はしないようにと言い含めるが、すらむぃ辺りは却って面白がって悪戯しそうだ。そこで横島はすらむぃを小脇に抱え、あめ子とぷりんに後を任せて先に家に入って待つ事にする。
「……おかしいな」
 しかし、待てども待てども桜子と茶々丸は現れない。横島は何度か玄関先に出てあめ子達に確認してみるが、桜子達が帰ってきた様子はない。ぷりんがこっそり通学路を確認しに行ってくれたが二人の姿は見つからず、そうこうしている内に授業を終えたアスナ達が帰ってきてしまった。

「え゛……? まだこっちに来てないんですか?」
 横島から話を聞いたアスナの第一声がそれであった。横島はすらむぃを頭に乗せ、なんともほのぼのとした姿となっているが、その表情は真剣そのものである。
 そして、アスナ達にとってもこれは寝耳に水であった。3−Aの面々は、桜子は既に横島の文珠で助けてもらって、今はレーベンスシュルト城でのんびり遊んでいると思っていたのだ。そのため、現在この場に居るのはアスナ、エヴァ、夕映に、美砂、円、そしてネギとカモの六人と一匹だけである。他の面々は皆、部活や自分の用事があるのだ。皆、それが終わればこちらに来るとは言っていたが。ちなみに、夕映は図書館探検部の活動があったが、知的好奇心に勝てずにサボって帰ってきている。
「ちょっ、ちょっと待て!」
 慌てて茶々丸と連絡を取ろうとするエヴァ。しかし、全く連絡を取る事が出来ない。これは従者とマスターと繋ぐ魔力が封印された状態でもある程度は使えるものであり、麻帆良学園都市内であればどこからでも通信出来るはずだ。それが出来ないと言う事は、茶々丸は現在麻帆良学園都市内にいないと言う事になる。
「どこに行っとるんだ、あいつはーーーっ!!」
「も、もしかして、誘拐!?」
「今の桜子、運悪いし有り得るかも……!」
 予想外の事態に珍しく絶叫するエヴァ。美砂と円の顔もだんだんと青くなっていった。誰かに誘拐されたのではと言う考えに至り、今の桜子ならば無いとは言い切れない事に気付いて、焦りは最高潮に達してしまう。
「大変だ! 警察に連絡しないとっ!」
「ま、待て兄貴! 焦るな、ここは学園長に連絡するんだ! 魔法先生達の力を借りた方がいい!!」
「そ、そっか。分かったよ、カモ君!」
 ネギは焦って携帯を取り出し警察に連絡しようとするが、カモが冷静にそれを窘める。警察よりも魔法先生達の方が速やかに動く事が出来、なおかつ魔法の力も借りられるのである。
「待て、小動物。茶々丸と連絡が取れない以上、二人は麻帆良にいない可能性もあるぞ? ジジイ達は、麻帆良の外では動けない」
「真祖の姐さん、それでも手掛かりは間違い無く麻帆良の中にあるはずだ! それを探すには魔法先生達の方が適任。その魔法先生達は、警察が動くと動きにくくなっちまう――そうだろ?」
「む……それは、まぁ、確かに」
「それじゃ、学園長に連絡ですね!」
 エヴァはその辺りの事は気にした事がなかったが、カモの言葉は正論であった。エヴァが納得して黙ってしまったので、ネギはすぐさま学園長に連絡を入れる。
 連絡を受けた学園長は、あの茶々丸が付いていながら行方不明になったと言う事で事態を重く受け止めた。すぐさま他の魔法先生達に連絡して桜子達の捜索を開始させ、麻帆良女子中からエヴァの家までのルートを徹底的に調べさせる。

 ネギが学園長への連絡を終えたところで、一同は力が抜けたようにソファに腰を下ろした。皆揃って疲れた表情をしている。ついでにすらむぃは、横島の頭の上が気に入ったのか、そのままとろけていた。
「あの子ったら、いつもはあんなに強運なのに、悪い時はとことん悪くなるなんて……」
 円は頭を抱えて項垂れた。彼女は普段、美砂、桜子に振り回されているような立場にあり、言わば二人の歯止め役である。しっかりものの彼女は、特に子供っぽい桜子に対しては、自分が面倒を見てやらねばと言う使命感のようなものを抱いていたのだ。それだけに、彼女が行方不明になった事にショックを隠し切れない様子である。
「最近この辺りって女の子誘拐するような変質者とか出てたのか?」
「まさか。下着ドロぐらいしか聞いた事ないですよ」
 そう言ってアスナはネギの肩の上のカモをジト目で見る。カモは口笛を吹きながら視線を逸らして誤魔化した。ちなみに、警察が動き出すと魔法先生達が動きにくくなると言うのは、実際に魔法先生に追われた事がある彼の、経験から得た知識だったりする。
「そもそも、一般人の変質者で茶々丸さんがどうにかなるとは思えないのですが」
「あ〜、それもそうか。となると、魔法関係者か?」
「確かに、麻帆良は裏で常に狙われていると言っても過言ではないが……それでも、茶々丸のガードを突破するとなると並大抵の相手ではないぞ?」
「う〜ん、まさか迷子になってるだけなんて事はないよね?」
「今の桜子だけなら分かんないけど、茶々丸さんも一緒なんだから、それはないんじゃない?」
「そうだよねぇ……」
 彼女達の話題は、やはり桜子の行方が何故分からないかであった。真っ先に誘拐を疑ったが、考えてみれば今の桜子ならば、何が起きたとしても不思議ではない。なにせ、ここは麻帆良学園都市、関東魔法協会のお膝元なのだから。
「ちょっと俺もこの辺り回ってくるわ。オカルト絡みなら見鬼君に何か反応するかも知れんし」
「あ、私も行きます!」
 居ても立ってもいられずに横島が立ち上がった。レーベンスシュルト城の自室に置いてある見鬼君を持って、何か痕跡がないかと周辺を歩き回ってみようと言うのだ。すかさずアスナも自分も行くと立ち上がる。
「それじゃ僕も!」
 続けてネギも立ち上がろうとするが、エヴァがそれを制する。
「学園長からの連絡は、お前の携帯に来るんだろうが。お前はここで待機していろ。他の連中もじきに集まってくるだろうしな」
「うぅ……分かりました」
「任せてくだせぇ! 俺っちが兄貴の分も頑張ってきます!」
 エヴァに言われておとなしく座り込むネギに代わり、カモが手伝いを買って出た。返事も待たずに横島の肩に飛び移って、張り切っている。
 そして二人と一匹はまず、レーベンスシュルト城へ荷物を取りに行った。横島は見鬼君、アスナの神通棍、破魔札、それに横島から贈られたいつものジャケットを持って出て来る。このまま除霊現場に行く事も出来るスタイルだ。やはり横島も、茶々丸も一緒にいなくなっている事から、真っ当な誘拐事件などとは考えていないのだろう。
 美砂と円も、桜子が心配なのでついて行こうかとも考えた。しかし、二人では何かあった時に足手まといにしかならないため、口惜しいがここは横島達に任せるしかない。
「それじゃ、俺とアスナとカモで行ってくるから、エヴァは皆が来たら頼んだぞ」
「任せておけ」
 エヴァに後の事を任せて出掛ける二人と一匹。まずはアスナ達の登校ルートを辿ってみる事にする。

 そのままエヴァは、窓から横島達の後ろ姿を見送った。しかし、何か違和感がある。しばらく首を傾げていたエヴァだったが、やがてその違和感の正体に気付いてポンと手を打った。
「あの馬鹿、すらむぃを頭に乗せたまま行きおった」
 そう、横島は忘れていたようだが、彼の頭の上には、すらむぃが乗ったままだったのである。



 一方その頃、件の桜子達はと言うと―――

「ねぇ、茶々丸さん。ここどこなのかな?」
「……申し訳ありません。センサーが上手く働かないため、現在位置を特定出来ません」

―――どこか分からない暗闇の中に閉じ込められていた。
 明かりが一切なく互いの顔も見えない状態だ。茶々丸が手探りで調べてみたところ、センサー類の不調で詳しい事は分からなかったが、かなり狭い部屋の中であるらしい事が判明した。現在二人は壁らしきものを背に手を繋いで座り込んでおり、手から伝わる感覚だけが互いの無事を知らせてくれている。
「………」
 無言のまま、茶々丸はここに閉じ込められる事になった経緯を振り返ってみた。
 学校を出た茶々丸は、コケそうになる桜子を助け、落下物などから彼女を守り、ことごとくトラブルに見舞われる公共交通機関に振り回されながら、エヴァの家を目指していた。横島が通学で利用しているバス停近くまで辿り着く頃には、流石の茶々丸も疲れを感じていたと言うのだから、今の桜子の不幸振りは推して知るべしである。
 ところが、バス停の前を横切ろうとした時に彼女達の周囲で異変が起きた。突然正体不明の力場が発生し、二人はそれに飲み込まれてしまったのだ。そして、気が付けばこの暗闇の中と言う訳である。これが偶然だとすれば、不運にも程がある。狙ってやったのだとすれば、理由が分からない。桜子はごく普通の一般人だ。狙われる理由は無い。まだ、エヴァの従者である茶々丸の方が可能性があるだろう。もし、自分のせいで桜子が巻き込まれたとすれば、謝っても謝りきれない。
「あ〜、こう言うとこにいると、昔を思い出すなぁ」
「……は?」
 突然、桜子が奇妙な事を言い出した。茶々丸は思わず桜子がいるであろう方に顔を向けるが、センサー類が上手く働かないため暗視も出来ず、桜子の顔は見えない。しかし、その声はこのような状況下であるにも関わらず、意外にも元気そうであった。
「私、クッキとビッケって二匹の猫を飼ってるんだ。元々、怪我してるのを見つけて拾った子達なの。小学校に入学するちょっと前だったかな?」
「はぁ……」
 茶々丸は気の抜けた生返事を返す。猫とこの暗闇の部屋がどう繋がるかが理解出来なかったのだ。
 しかし、茶々丸も近所の野良猫に頻繁に餌をやっているぐらいの猫好きであるため、興味深く耳を傾けている。
「それがさぁ、怪我してるから連れて帰ったのに、最初お母さんに反対されちゃったんだよね。面倒みれるわけないって」
「どのように、説得されたのですか?」
「う〜ん、説得は出来なかったなぁ。物置に閉じ込められちゃったんだ。私がしっかり抱きしめてたから、二匹も一緒に」
「そ、それで……」
 茶々丸は少し身を乗り出して尋ねた。すると桜子はあっけらかんと答える。
「いや〜、その日はそのまま寝ちゃってね。次の日の朝にお母さんが根負けして飼うのを許してくれたんだよ〜」
 どうやら結果は、桜子の粘り勝ちだったらしい。その後、その二匹の子猫は白い子猫は「クッキ」、黒い子猫は「ビッケ」と名付けられ、揃って椎名家の飼い猫となったそうだ。
 現在は桜子が寮に入っているため、家の方に預けられている。彼女は実家も麻帆良学園都市にあるため、休みの日などに度々会いに帰っていた。
「………」
 朗らかに笑っていた桜子が不意に無言になる。雰囲気の変化を察した茶々丸は、怪訝そうに首を傾げた。
「どうかされたのですか?」
「ん……いや、昨日の晩にね。家から電話があったんだ。クッキとビッケがいなくなったって」
「えっ?」
「本当はさ、今日の放課後は家に帰る予定だったんだよ」
「そ、そうだったのですか……」
「もしかしたら、私って昨日の晩からついてなかったのかも」
 そう言って桜子は笑うが、先程までの元気は無い。どんなに不運な目に遭ってもへこたれなかった桜子だったが、愛猫の失踪はそれ以上にショックが大きいようだ。茶々丸は何とかせねばとオロオロするが、どうする事も出来ない。
「おい!」
 助け船は意外なところからやってきた。
 茶々丸が顔を上げ、声がした方に視線を向けてみると、暗闇の一部から光が差し込み、一対の目がこちらを覗いていた。どうやらあの辺りに扉があり、向こう側から覗き窓を開いたらしい。
「今扉を開けるが、暴れるんじゃないぞ!」
 そう言って覗き窓を閉じる声の主。何やら向こうからガチャガチャと音が聞こえてくる。鍵を開けているのだろう。幸い、茶々丸達は拘束されていない。扉が開き、相手が一人ならば強行突破すべきだろうかと茶々丸は考える。
 場合によっては桜子を危険に晒す事になるだろう。しかし、おとなしくしていたからと言って安全が保証される訳ではない。相手の目的が分からないため、彼女には判断が付かなかった。
 ただ、定石として考えた場合、閉じ込めていた部屋の扉を開くと言う事は二人をどこかに連れて行くのだろう。拘束しないまま移動させるとは考えにくい。となると、これは最初で最後のチャンスかも知れない。
 そう考えた茶々丸は桜子の手を離して立ち上がり、身構える。そしてギギィッと鈍い音を立てて開かれる扉。そこに立っている影が一つである事を視認した茶々丸は、その影に向かって躍り掛かった。
「なっ!?」
 しかし、その次の瞬間、茶々丸はたたらを踏んで動きを止め、攻撃を止めてしまう。
 外は明るく、茶々丸はその影の正体をはっきりと見る事が出来た。茶々丸の背後に居る桜子も影の正体を知って息を呑んでいる。
 そして二人は理解した。自分達が今、想像を遥かに超える異常事態に巻き込まれていると言う事を。



 一方その頃、千鶴と夏美の二人は自分達の用事を終えてエヴァの家に向かっていた。
 女子寮付近と違ってこの辺りは緑も多く、なんとものどかな散歩したくなる並木道である。しかし、美砂達により桜子が行方不明になっている件は既にクラスメイト全員に連絡されているため、正直それどころではない。
「……あら?」
 足早にエヴァの家に向かっていた千鶴が、ふと足を止めた。
「ちづ姉、どうしたの?」
「今、何か聞こえなかった?」
「え?」
 言われて夏美も耳を澄ましてみる。すると、どこからかか細い鳴き声が聞こえてきた。二人で揃って口の前で人差し指を立てて静かにすると、声の主を探し始める。どうやら近くの茂みの中から聞こえてくるようだ。
 細い枝が生い茂っており、葉っぱも硬そうだ。夏美はそれを見て一瞬怯んだが、千鶴は躊躇する事なく茂みを掻き分けて中を探り始める。
「痛っ!」
「わっ、ちづ姉大丈夫!?」
「これぐらい大丈夫よ、かすり傷だから。それより、見て……」
「え?」
 腕に小さな傷を負って茂みから出てきた千鶴の腕には、二匹の小さな生き物が抱かれていた。どうやら猫のようだ。怪我をして汚れているが、それぞれ白一色、黒一色のスマートな猫である。
「……なんか、前にもこんな事なかった?」
「小太郎君の時ね。この子達も人間に変身するのかしら?」
「ま、まさかぁ〜」
 不安に思った夏美が二匹の額を確認してみるが、小太郎が犬に化けていた時のような梵字はなかった。その代わりに、二匹の首に首輪が巻かれている事に気付く。
「ちづ姉、この子達飼い猫だよ。ほら、首輪してる」
「あらホント、ネームプレートが付いてるわね」
「ちょっと待ってね」
 顔を近付けてネームプレートに書かれている文字を読んでみる夏美。英語で書かれていたらどうしようかとも思ったが、幸い金属板のプレートにはひらがなで名前が透かし彫りにされている。
 夏美は、そこに書かれた名前を読み上げた。
「え〜っと……白い子が『くっき』で……黒い子が『びっけ』だね」
「『クッキ』と『ビッケ』か、可愛らしい名前ね」
 二人が呼んだ名前に反応するように、二匹は小さな声で鳴いた。この二匹の名前である事に間違いはなさそうだ。
「どうする?」
「怪我をしてるんだから、放っておくわけにはいかないわ。このまま連れていきましょ」
「それじゃ、一匹預かるよ」
「お願いね、夏美ちゃん」
 そう言って千鶴は、夏美に白猫のクッキを手渡した。かなり酷い怪我を負っているようだ。その呼吸は弱々しい。
 夏美はその様子に息を呑み、クッキを守るように抱きしめる。
「急ぎましょ」
「う、うん」
 この様子では振動を与えるのも不味そうだ。二人は焦る気持ちを抑えて走らずに、そして同時に出来るだけ急いでエヴァの家へと向かうのだった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城、桜子の強運、家庭環境、及び飼い猫クッキとビッケは、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。ご了承下さい。

 そして、このエピソードはある作品に対するオマージュとしての側面を持っております。クロスオーバーと言うわけではありませんが、少し設定をつまみ食いしています。
 ネタバレになりますので今回は作品名を申し上げるわけにはいきませんが、エピソードのタイトルがヒントになるのではないでしょうか。







感想代理人プロフィール

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代理人の感想
まだやってるのかこいつはw>下着ドロ
というか、暖かい寝床だけなら別に下着じゃなくてもいいだろうに・・・このエロオコジョめ。

そしてビッケと言えば「小さなバイキングビッケ」ですね。
反論は認めます。
実はビッケってずっと女の子だと思ってましたが、まぁそれはさておき。

なんてぇか、普段があれだけにえらい目にあってますねぇ、桜子。
茶々丸まで巻き込んで、さてはてどう相成りますやら。





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