千鶴が霊力を覚醒させてから数日が過ぎた日曜日。彼女は消耗が激しく、その後数日間は学校を休む事になったが、刹那の陰陽術を中心に処置した甲斐もあって、今は元気を取り戻していた。横島の文珠を使わなかったのは、消耗した魂に他人の霊力を供給する事を避けたためである。
 その間、千鶴は女子寮ではなくレーベンスシュルト城で世話になっていた。陰陽術で処置するには術、場合によっては儀式も執り行う必要があるため、一般人の目がある女子寮では出来ない事もあるためだ。
 土日は学校が休みであるため、ルームメイトの夏美とあやかも彼女の事を心配して金曜の晩からこちらに宿泊している。
「あら、横島さん。おはようございます……って、大丈夫ですの?」
 早朝の修行を終えた横島達がサロンに戻ると、丁度エプロンを着けたあやかが朝食をテーブルに並べていたところだった。横島の顔を見て、やけに疲れている表情をしている事にしている事に気付いたあやかは、心配そうに声を掛ける。
「ん? ああ、大丈夫だ。体調崩してるって訳じゃないから」
「……そうなのですか?」
 とてもそうは見えないのだが、本人が否定しているため、意外と押しの弱いあやかはそれ以上突っ込んで聞く事が出来ずに引き下がってしまう。
 実際のところ、横島は本当に体調を崩したりしている訳ではなかった。むしろ身体は健康そのもので、霊力的にも充実した状態である。
 では、何故こんなにも疲れた表情をしているのか。その原因は、日々の生活にあった。


 横島の朝は早い。彼の一日は、アスナ達との早朝の修行から始まる。
 この時は、あまり身体の負担となるような修行はしない。横島、アスナ、古菲、裕奈の四人で、レーベンスシュルト城を一周するジョギングに始まり、城内の庭園で演武など主に身体を動かす修行を行う。
 夕映は朝に弱いため、この修行は不参加だ。本人も何とかしたいと思っているようなのだが、如何せんこれまでの生活習慣はなかなか変えられないらしい。また、夜は自身のアーティファクトである土偶羅魔具羅を召還して色々と話を聞いている。オカルトに関する様々な事を調べているのだ。そのせいで夜更かししてしまうのも、夕映が朝早くに起きられない理由の一つであった。
 ちなみに朝は、霊力供給を伴う修行は行わない。いや、行えない。そんな事をすれば、身体が火照って学校に行くどころではなくなってしまうからだ。

 早朝の修行を終えた後は、朝食の時間だ。朝に弱いエヴァと夕映の二人は、この時に起こされる。アスナ達は身嗜みを整えるのに時間が掛かるため、夕映を起こすのは横島が、エヴァを起こすのは茶々丸がそれぞれ担当していた。
 部活の朝練がある古菲と裕奈、美術部の作品製作があるアスナの三人は一足早くに登校して行く。そして、エヴァは家を出るまでの僅かな時間を無駄にしないため、二度寝に入る。
 その後、横島はまだ寝ぼけているエヴァ、それに夕映、茶々丸、木乃香、刹那の五人と共に、すらむぃ達に見送られながら家を出る。途中のバス停まで一緒に登校するのだ。
 これがレーベンスシュルト城における横島の朝であった。

 横島の学校生活は、別段に特筆するようなものは無い。
 男子校である上、3−Aの少女達と知り合って仲良くしているので、わざわざ男の交友関係を広げようとは思わないのだ。そのため、彼の麻帆良での学校生活は非常に大人しいものであった。
 周囲の者達も、転校初日から豪徳寺に絡まれ、門限破りをする等、色々とやらかした横島にあまり近付こうとはしない。いつの間にか麻帆男寮から姿を消した事が決定打となって、彼を遠巻きにしている。現在、横島の周りに居るのは、豪徳寺達ぐらいであった。横島の方は、日々どのような修行をしているか等を熱く語る彼等に、ついていけないと言った感じであったが。
 しかも、横島は休み時間まで男と顔を付き合わせているつもりはさらさら無いらしく、昼休みになるとすぐに学校から姿を消してしまう。これは、彼の昼食が茶々丸、木乃香、刹那の三人による手作り弁当であるため、周囲のやっかみを避ける目的もあった。
 学校外で知り合いを探して一緒に昼食を食べるのだが、主に出会うのは3−Aの面々ではなく、高音、愛衣の二人である。この二人は高音が聖ウルスラ女子高、愛衣が麻帆良女子中と学校が異なるため、昼休みを一緒に過ごすためにはどうしても学校外に出る必要があるのだ。
 高音は誰かに見られると困ると渋るが、愛衣の方が笑顔で歓迎するため、仕方がないと言って高音が折れるのがお決まりのパターンである。

 学校を終えての放課後。横島は一応、図書館探検部に所属しているが、幽霊部員なので基本的にフリーになる時間だ。
 本格的に修行を行う時間であり、アスナが最も楽しみにしている時間でもある。ただし、図書館探検部の夕映を筆頭に、アスナは美術部、古菲は中国武術研究会、裕奈はバスケットボール部に所属しており、そちらをおろそかにする訳にはいかなかった。剣道部の幽霊部員であった刹那も、最近は木乃香に合わせて図書館探検部と占い研究会に入部している。
 横島パーティは基本的に学校、部活優先だ。学園祭や、部活の夏の大会が近いためである。ネギや豪徳寺達は放課後すぐに例の水晶球の本拠地に集まって修行三昧の日々を送っているようだが、のどか達3−Aの面々は部活の方を優先していた。この場合、豪徳寺達にとっては本拠地の修行こそが部活と言っても良いかも知れない。
 横島も、ここ数日は学校を休んでいる千鶴と、彼女の看病のために一緒になって学校を休んでいる茶々丸のために、学校が終わるとすぐに帰宅していたが、普段は適当に時間を潰してから帰宅する事にしている。その方法は夕映達が居れば図書館探検部に顔を出したり、風香、史伽の二人に捕まってさんぽ部の活動に巻き込まれたりと色々であった。

 そして、部活を終えた皆が帰宅してから、アスナ達の修行が始まる。3−Aの面々が遊びに来るのも大体この時間帯だ。朝食、お弁当の準備のため、早朝の修行には参加していない木乃香と刹那の二人も、夕方の修行には参加している。
 夕食の時間までなので、部活の方を早めに切り上げても三時間程度とネギパーティに比べて短いが、密度においては負けていなかった。とは言え、組み手などで庭園を荒らすと茶々丸に怒られるであろうため、この時の修行はレーベンスシュルト城の出城を使って行われていた。

 夕食を終えた後の行動は、日によって異なっている。修行を続ける日もあるが、横島と古菲の二人が自警団の活動に参加するために出掛ける事もあり、その日は修行を続ける事が出来ない。
 アスナならば、今最も大変な受験勉強に充てれば良いのだろうが、この時間になると頼りのあやかも寮に帰ってしまう。一応、学園長には自分も自警団に参加したいと申請しているのだが、すぐに返事が来るはずもなく、やきもきしながら裕奈と共に身体を動かすトレーニングをする事が多かった。

 この後は、だいたいのんびりとした時間を過ごしている。
 横島にとって半ば日課となっている、エヴァの部屋に呼び出されて血を吸われたり、茶々丸の部屋を訪れてネジを巻いたりする時間だ。
 ネギパーティは夜遅くまで修行を続ける事もざらにあるらしい。その事を考えれば、横島パーティの修行は非常に楽なものだと言えるだろう。これは、一緒に頑張って強くなろうとするネギと、少女達にあまり無理をさせたくないと言う横島。二人のリーダーの性格の違いでもあった。


 これが、彼の過ごす一日である。休日は朝から修行をしたりもするが、平日は早朝と夕方の二回に分けて修行する日々を過ごしていた。
 一つ、ハッキリと言える事は、彼の日々に体調を崩すような要素は無いと言う事だ。
 食事に関しても茶々丸、木乃香の二人によって栄養のバランスが考えられており、麻帆男寮に居た頃よりも外食が減って充実している。何より、少女達の手料理と言うのが、横島にとっては大きなプラスであると言えるだろう。

 では、何故彼はあんなにも疲れた表情をしているのか。
 そこには「横島が横島であるが故」としか言い様がない理由が隠されていた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.92


「横島さん、朝ご飯の後はどうしますか?」
 朝食中、アスナが横島に問い掛けてきた。今日は日曜日なので学校や部活の事は気にせずに修行出来る日だ。
 あやかは、横島が無理をしているのではないかとハラハラしながら見守っていたが、横島は少し考えて、あっけらかんとした様子で答える。
「とりあえず、いつもの修行を午前の内に済ませちまうか。昼からは客が来るからな」
「客? クラスの皆アルか?」
 古菲が首を傾げる。確かに、ここ数日の夕方は、クラスメイトのほとんどがレーベンスシュルト城を訪れていた。学校を休んでいる千鶴を心配して見舞いに来ていたのだ。当然、今日も来る可能性が高い。
「いや、そっちじゃない」
 しかし、横島が言う客とは、3−Aの面々の事ではなかった。
「実はな、前から頼んでた先生が来るんだよ」
「先生?」
 裕奈がピタリと食事の手を止めて顔を上げた。
「ああ、裕奈の魔法の先生だ」
「……マジ?」
「マジだ。前から頼んでたんだよ」
 横島パーティのメンバーの中で、霊能力者と魔法使いの両方を目指す裕奈。横島も魔法に関しては指導する事が出来ないため、彼女に魔法を教えてくれる先生を探していた。
 そして彼が目を付けたのが、魔法先生の一人であるシスター・シャークティである。彼女は別の魔法生徒を指導する立場にあり、その生徒も一緒にレーベンスシュルト城で修行して良いのであれば引き受けると言ってくれた。
「誰なんですか?」
「シスター・シャークティ、美空ちゃんを担当してる魔法先生だ」
「え? 美空の?」
 その生徒とは3−Aの生徒、春日美空である。不意にクラスメイトの名前を出されて裕奈は目を丸くした。ちなみに、シャークティが指導している魔法生徒はもう一人いるらしいが、そちらは今日連れてきて紹介してくれるらしい。

 続けて、横島は千鶴に身体の調子について尋ねた。
「千鶴ちゃんの方はどうだ? 脱力感とか無いか?」
「ええ、大丈夫ですよ。霊力が漏れ出しているんでしたっけ? それらしい感じはしませんから」
 望んだ訳でもないのに、霊力に目覚めてしまった千鶴。まるで事故のようなものであったが、こうして目覚めてしまった以上は、その事実から逃れる事は出来なかった。
 目覚めた直後の彼女は、言うなれば京都で禁術の札を用いて無理矢理霊力を引き出された木乃香と同じ様な状態であった。本人が意識している訳でもないのに、勝手に霊力が溢れ出してしまうような状態だ。強い妖力に呼応するように目覚めて、強い霊力を放出し続けたため、調節が効かなくなっているのだろう。
 「霊力」とは即ち、魂と言う器を満たす「生命力」である。これが枯渇すると、衰弱していずれ死に至る事になる。刹那が陰陽術で施した処置と言うのは、この無意識の霊力の放出を抑えるためのものであった。
「もう大丈夫だとは思うけど、今日は修行を見学しといてくれ。刹那ちゃんと俺とで、常に目を光らせとくから」
「お二人の側を離れちゃいけないって事ですね。分かりました。よろしくお願いします」
 横島は千鶴に、今日は自分達の修行を見学しておくように申し付けた。昨日までほとんど寝たきりの状態で退屈していた千鶴の方に異存は無い。むしろ、ベッドから離れられるのならば望むところだ。
 彼女自身、今は霊能力者になるとか考えてはいる訳ではない。しかし、霊力の制御を覚えなければずっと陰陽術や護符の世話にならなければならないのもまた事実である。そのため、アスナ達がどのような修行をしているのかを見学するのも、今の彼女には必要な事であった。

「あやかちゃんはどうする?」
「今日は、ちづるさんを心配して皆がここを訪れるでしょうから、こちらでその応対に当たらせてもらいますわ」
 あやかに予定を尋ねたところ、彼女は出城に行く横島達に代わって本城に行き、千鶴を心配して来るであろうクラスメイト達への応対を引き受けてくれるそうだ。横島の疲れている表情を見て、自分が出来る事なら手伝おうと思ったのだろう。主であるエヴァはやる気が無く、茶々丸一人では大変だったので、これは有り難い申し出であった。
「それじゃ横島さん、行きましょっ!」
 朝食を終えたアスナ達は、休息もそこそこに木乃香達が食器の片付けを終わらせると出城へと向かった。
 出城には横島を先頭にアスナ、古菲、裕奈、夕映、木乃香、刹那、そして見学の千鶴を合わせた八人が向かい、出城にはエヴァ、茶々丸、あやか、夏美の四人が残る事になる。
「夏美さんはどうしますの?」
「あ、私はお掃除でも手伝おうかな」
「いえ、それは私がやりますので……」
 夏美は自らここの掃除を引き受けると申し出た。茶々丸は、それは自分の仕事だと止めようとするが、夏美も引き下がらない。
「いや、あの……ほら、この前持って帰っちゃったの返さないと……」
「は?」
「な、なんでもない!」
 何か言い掛けた夏美は、途中でその言葉を止め、顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
 その小さくなっていく背を見詰めながら茶々丸は考える。あやかの言う通り、今日は3−Aの面々が大勢レーベンスシュルト城を訪れるだろう。そして、昼から裕奈の先生となるシャークティが来るとなれば、横島達が3−Aの面々に応対するのは難しいと思われる。
 ならば、茶々丸はやる気の無いエヴァに代わって、もてなし役を担当しなければならない。あやかが引き受けてくれるとの事だが、これは彼女一人に任せられる仕事ではなかった。レーベンスシュルト城に入ってくる面々を出迎えながら、お茶にお茶菓子の準備もしなければならない。更に言えば、皆の昼食の準備もしなければならないのだ。一人だけではどうしようも無いだろう。
 となると、流石の茶々丸もこの別棟の掃除にまで手が回らない。幸い、夏美はこれまでに何度かここの掃除を引き受けた事がある。茶々丸も、彼女ならば任せるに足ると判断した。もっとも、私室だけは自分で掃除すると言う話になっているので、夏美が掃除するのはサロンと廊下、それに自分で掃除するのを面倒臭がって、廊下と一緒に掃除しておいてくれと頼む横島の部屋だけとなるが。
「それでは、私達は準備を進めましょう」
「了解しましたわ。皆さんをご案内するのは、本城のテラスと言う事でよろしいかしら?」
「はい。後々サロンの方にお通しするかも知れませんが、そちらは夏美さんにお任せしましょう」
 エヴァが二度寝のために自室に引っ込んだのを確認した茶々丸は、あやかと共に本城へと向かった。
 清楚な白いワンピースに身を包むあやか。上品にフリルをあしらったワンピースはドレスのようにも見える。メイド服を着た茶々丸を連れて歩く彼女の姿が、この城の「お姫様」のように見えるのは気のせいではあるまい。

「ふぅ〜、なんとか誤魔化せた……かな?」
 一方、別棟に残った夏美は、掃除道具が仕舞われている倉庫に入って、ほっと胸を撫で下ろしていた。安堵の笑みを浮かべるその姿は、あやかが大輪の白薔薇だとすれば、こちらは野に咲く小さな花であろうか。
 彼女には、どうしても掃除を引き受けなければならない理由があった。この掃除の時間は、夏美にとって堂々と横島の部屋に入る事が出来る唯一の時間なのだ。
 先日、横島の脱いだ衣服が敷き詰められたベッドの上で彼の匂いを堪能し、そのまま眠ってしまっていたところを、当の本人に見つかってしまって慌てて逃げ出した事がある。その時に誤って彼のシャツを一枚持ち出してしまったのだ。流石に女子寮に持ち帰る事は出来ずに、別棟内の夏美に宛がわれた部屋に隠していた。何とか返す機会を窺っていたが、なかなかそのチャンスがなく、ようやく訪れたのが今日この時と言う訳だ。
「で、でも、引き受けたからには、お掃除もちゃんとしないとね」
 無論、生真面目な性格の彼女に、シャツを返して後は適当に――などとは出来るはずもない。引き受けたからには、しっかり別棟内を掃除するつもりであった。
「あ、でも、横島さんの部屋は後回しでいいよね」
 とは言え、せっかくのチャンスをふいにしてしまうのも勿体ない話である。
 つまり、他の場所の掃除を先に済ませてから、最後に横島の部屋に行こうと言うのだ。
 頬を紅く染めた夏美は、はにかんだような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべる。
 掃除道具を手に倉庫を出て、真面目に掃除をする夏美。最後にこっそり返すシャツも持って、横島の部屋に入る。
「うわぁ……」
 彼女が部屋に入ると、相変わらずの殺風景な部屋に、脱いだばかりのシャツなどが散乱していた。早朝のジョギングで汗を掻いたので着替えたのだろう。朝食に掛けた時間などから計算してみたところ、まだ脱いで一時間程度しか経っていないと考えられる。
「ダ、ダメ! まずはお掃除を終わらせないと!」
 夏美は、何とか自制して、脱ぎ散らかされた衣服をベッドの上に移動すると、部屋の掃除を始めた。
 掃除をしながらも、彼女の胸はドキドキと高鳴っている。何とか意識しまいと掃除に力を入れる事により、却って掃除に集中する事が出来た。夏美は、思っていたよりも早くに掃除を終わらせてしまう。
「お掃除が終われば……いいよね?」
 夏美はまず、掃除道具を後は倉庫に持って行けば良い様に片付ける。
 そして、すうっと大きく深呼吸をすると、そのまま横島のベッドに倒れ込んだ。

「………」
 そんな夏美の姿を、自室で豪華なソファに腰掛けたエヴァが、管理用の水晶球を通して見ていた。その水晶球には、横島のシャツを抱き締めながら実に嬉しそうに彼のベッドの上を転げ回る夏美の姿が映っている。
 かく言うエヴァは、最近茶々丸から吸血量を控えるように言われていた。だからと言って、素直に吸血量を控えるのは面白くない。そこでエヴァは、吸血量を控える代わりに、たっぷりと時間を掛けて横島に抱き着き、彼の身体をねぶり、甘噛みするようになっていた。実は彼女が現在座っているソファも、その吸血の時間を快適に過ごすために、わざわざ本城の方から一番座り心地の良いソファを持って来た物だったりする。
「……なに幸せそうな顔をしとるんだ、こやつは」
 呆れた表情のエヴァ。しかし、彼女の言えた義理ではない事は確かであろう。



 一方、出城では何とも言い難い空気が漂っていた。
「あっ……横島、さん……ん……」
 その出所はアスナ達である。彼女達は現在、横島により霊力を送り込まれている真っ最中であった。
 彼女達の休日の修行は、基本的に平日の夕方に行われている修行と同じ内容である。まず横島に霊力を供給してもらい、霊力が満ちた状態で身体を動かして、霊力を使う感覚を身体で覚えるのだ。一ヶ月足らずで素人のアスナを霊力に目覚めさせた修行法である。
 問題があるとすれば、この修行法は魔法使いが『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』に対して行う魔法力供給をヒントにしたものであり、本家の魔法力供給と同じように、慣れない者が供給を受けると、くすぐったくなったり、気持ち良くなったりしてしまう事だろう。
 ただし、身体の表面を覆う魔法力に対し、霊力は体内の経絡を通る。そのため、気持ち良さと一言で言っても表面を撫でられるような感覚の魔法力供給に対し、霊力供給は身体の内側から気持ち良さが湧き上がってくると言う違いがあった。
 そんな霊力供給を受けるアスナ達であったが、ここ数日で彼女達にある変化が起きていた。
 これまで、霊力供給を受けるアスナ達は、気持ち良さのあまりに漏れそうになる声を何とか抑えようと努めてきた。
 横島は、二人だけで霊力供給を行うと自分の理性が危険だと、常に周囲に誰か――具体的には、自分が暴走した時は殴ってでも止めてくれる者がいなくては、この修行を行わない。つまり、アスナ達は常に誰かに見られている状態でこの修行を行っていたのだ。恥ずかしい声を聞かれないようにするのは、当然の反応であろう。

 ところが、この「漏れそうな声を抑える」と言うのは、彼女達にとって負担であった。真っ先にその事に気付いたのは夕映である。
 そこで夕映は、試しに一度、霊力供給の時に声が出そうになっても我慢しないでみる事にした。一度好奇心が疼いてしまうと、どうにも止まる事が出来なかったのだ。
 結果は上々であったと言えるだろう。見ているアスナ達が恥ずかしくなるほどであったが、夕映はいつも以上の霊力を供給してもらう事が出来た。声が出そうになるのを我慢すると言う負担がなくなったせいか、自分限界以上に霊力を供給される事で掛かる負荷に対し、今まで以上に耐えられるようになったのだ。
 より多くの霊力を供給してもらえると言う事は、霊力を鍛えると言う点においてそれだけ有利になる。
 次の日からアスナが夕映の真似をし、紅くした顔を見合わせていた裕奈と古菲も、結局夕映に追随する事になる。より良い修行をする事と、周りに恥ずかしい声が聞かれてしまう事。この二つを天秤に掛け、彼女達は前者を選択したのだ。これは身内しかいないレーベンスシュルト城内だからこそ出来る事であろう。
 これこそが、出城内を漂う何とも言い難い雰囲気の正体であった。

「ま、まったく、アスナさん達は……」
 そう言う刹那は、顔だけでなく耳まで真っ赤であった。
 自重しなくなったアスナ達の声は、はっきり言って周りで聞いている方が恥ずかしくなってしまう。木乃香に悪影響を与えるのではと心配になったが、意外にも彼女は平然としていた。アスナ達の声を聞きながらも、のほほんと彼女達を見守っていたのだ。
 今日、初めてアスナ達の修行を見る千鶴もまた、木乃香と同じく「あらあら」とアスナ達を見守っていた。二人揃って中々に剛胆である。朱に交われば赤くなると言うが、刹那は、もしかして自分の反応がおかしいのではないかと思い始め、頭を抱えていた。

 では、声を出している当のアスナ達はどうかと言うと、これまた意外と言うべきか、こちらの四人も概ね自然体であった。
「なんてーか、一旦開き直っちゃうとラクよね」
「そ、そうアルか? 私はまだ恥ずかしいアルが」
 アスナと古菲の顔は紅く、頬は緩んで少しにやけている。
 現在は、夕映への霊力供給が終わり、最後の裕奈が霊力を受けていた。
「に、兄、ちゃん……! もっと、優しく……!」
「よし、ここまでみたいだな」
 四人の中で最も霊力の強い裕奈は、横島から送り込まれる霊力もその分多い。声の調子からそろそろ限界だと判断した横島は霊力供給を止める。その瞬間、裕奈は力が抜けたようにぐったりして、横島にもたれ掛かった。熱い吐息が何とも魅惑的である。
「裕奈さん、大丈夫ですか?」
「な、なんとかね〜……でも、ちょっと休憩〜」
 霊力供給量が増えたと言う事は、声を我慢する事とは別の部分で負荷が増えると言う事だ。その分、魂は鍛えられるのだが、裕奈などはすぐに身体を動かせるような状態ではなく、霊力供給後はしばらく身体を休めるようになっていた。
 この反応も個人差があるようだ。古菲は裕奈の霊力供給を見届けると、火照った身体を鎮めるためにすぐに身体を動かし始める。裕奈とは逆の反応だ。身体を動かさなくてはむずむずして仕方がないのである。
「ちょっと、トイレに行ってくるです」
 一方、夕映はふらふらと立ち上がり、出城内のトイレに行ってしまった。彼女の場合、霊力供給を受けるとトイレが近くなるらしい。彼女の霊力が集中するチャクラが下腹部にあるせいなのかも知れない。
「さって、私も修行を始めるかな!」
 そして、意外にもアスナはこれまでの霊力供給時とほとんど変わらない状態であった。彼女の場合は、いつも妄想で霊力を高めているため、強い霊力による負荷には慣れているのだと思われる。
「うぅ〜、やっぱ恥ずかしいよぉ。アスナは平気なの?」
「平気って訳じゃないけど……お互い様だし」
 古菲と同じく、裕奈もまだアスナ達の前で声を出すのには少し抵抗があるようだ。しかし、こちらの方が普通に霊力を鍛える修行をするよりも効率が良い事は確かなので、他の三人に置いて行かれないよう、声を抑える代わりに恥ずかしさを抑え込んでいる。
「まぁ、確かにそうなんだけどさ」
「て言うか、私はそうやってぐったり出来るのが羨ましいわよ」
 そう言うアスナの視線の先には、木の幹を背に座り込んだ横島にもたれ掛かり、彼に支えられている裕奈の姿がある。現在、横島によって送り込まれた霊力が彼女の身体を巡り、魂に負荷を掛けているのだが、そのおかげで身体に力が入らず、立つ事すら出来ない状態であった。
「えへへ〜、代わってあげようか?」
「結構よ! 裕奈が休んでる間に修行で先に進んで、横島さんに褒めてもらうんだから!」
 はにかみながらも嬉しそうな裕奈に対し、アスナは頬を膨らませながらも、それを受け流す。
 クラスメイトの間では、元気印の能天気な少女として知られている裕奈だが、意外にもプライベートでは甘えん坊な一面を持っている。横島に支えられる彼女の表情は、兄と慕う彼に甘えられる事が、嬉しくてたまらないと言った感じであった。

 恥ずかしい声が出るのを我慢しないようになった四人。無論、彼女達は恥ずかしくない訳ではない。しかし、自分が恥ずかしいところを見られているのと同じように、自分も他の三人を見ている。そう、アスナの言う通り「お互い様」である。この事が彼女達四人の間に奇妙な連帯感を生み出していた。


 それでは、渦中と言うか渦の中心に居る人物、横島忠夫はどうなのか。
「………」
 こちらはもたれ掛かってくる裕奈とは別の意味で消耗していた。それでもしっかり彼女の胸の谷間に視線が行っているのだから、大したものである。彼女を支えるために後ろから回した手が彼女の脇を潜り、指先が胸に伸びていたりする。裕奈の方はと言うと、それに気付いているのか、いないのか、特に何も言おうとはしなかった。疲れていてそれどころではないのかも知れない。
 それはともかく、アスナ達が「これまで以上に霊力を供給してもらえるようになった」と言う事は、それは、横島側から見れば「今まで以上に霊力を消耗するようになった」と言う事である。
 あやかは、横島がやけに疲れている表情をしている事を気にしていた。それは、この今まで以上に霊力の消耗量が増えた事が原因なのだろうか。
 結論から言ってしまえば、答えは否である。彼が疲弊している原因は更にその先にあった。
 知っての通り、横島は煩悩によって霊力を増幅する事が出来る。
 では、恥ずかしい声を出す事を自重しなくなったアスナ達四人。ただでさえ横島の煩悩を刺激していた四人が、彼に如何ほどの影響を与えたのか。それこそが、彼が疲弊している原因であった。

「兄ちゃん、大丈夫?」
「……いかん、漲ってきた」
 心配そうに上目遣いで聞いてくる裕奈に、横島は却ってダメージを受けていた。
 アスナ達の修行内容が、自分よりも強い霊力を供給される事により、魂に負荷を掛けて霊力を増やすものである事は前述の通りである。そして、これは横島とて例外ではない。
 自家製煩悩永久機関により、霊力の消耗量より供給量が増えてしまったらどうなるのか。それが答えだ。
 そう、アスナ達に行っていた修行。この修行は本来、自分自身の霊力を高めて、自らの魂に負荷を掛けて鍛えると言う荒行である。しかも、消耗すれば後が続かない他人の霊力などではなく、正真正銘横島自身の霊力。それを使い切ったとしても、すぐさま供給し直されてしまい、彼の魂に負荷を掛け続けている。その負荷は今の裕奈達の比ではない。横島が疲れた表情になるのも、仕方がない事であろう。
 文珠を作れば良いのだが、同時に幾つも作れる訳ではなく、また連続して作るとなると相応の負荷が掛かってしまう。おかげで現在横島は相当数の文珠をストックしていたが、それは彼を悩ませている問題を解決するようなものでは無かった。
 ふと木乃香達の方に視線を向けてみると、丁度千鶴と目が合った。彼女自身も回復し次第霊力の制御を身に着けるための修行を行わなければならない。自分もアスナ達と同じ修行を行う事を考えているのだろうか。その表情は期待と不安が入り交じったものであった。
 千鶴は3−Aで最もスタイルが良い。そんな彼女にも横島は霊力供給を行う事になる。裕奈以上に霊力が強いため、消耗量は相当なものがあるだろうが、横島はそれ以上に煩悩永久機関で霊力を回復させる自信があった。これは何とかしなければなるまい。
「……もう大丈夫だから、私も修行を始めるね」
「おう、気を付けろよ」
 身体が楽になったのか、裕奈は立ち上がり、アスナ、古菲の下に駆け寄って行った。いつもならば練習用の杖を持って、魔法の練習を始めるところなのだが、昼にシャークティが来ると言う事を聞いているので、午前中は身体を動かす修行を優先するつもりなのだろう。
 そんな彼女達を見守りながら、横島は何か対策を考えねば、いずれ霊力が増え過ぎて本当にパンクしてしまうと、肩を震わせていた。

 しかし、何の対策も思い付かないまま午前の修行を終えた横島達。千鶴を心配して訪れていた3−Aの面々も交えての昼食を終えた後、横島は裕奈達を連れてシャークティ達を出迎えるために一旦レーベンスシュルト城から出る事にした。
 外の家のリビングで待つ面々は何やら緊張した様子である。シャークティは生真面目な人物ではあるが、そこまで恐れるような人ではない。そう思った横島は、皆にシャークティについて尋ねてみる事にする。
「そう言えば、お前達はシスター・シャークティの事はよく知ってるのか?」
「いえ、女子中の先生じゃありませんから……」
「詳しいのは、それこそ美空ぐらいじゃないアルか?」
 シャークティは麻帆良女子中の教師ではないため、アスナ達はほとんど初対面なのだそうだ。つまり、彼女達の緊張は、知らない人物と会うからこその緊張なのだろう。納得した横島は、「そんなに怯える必要はないぞ〜」とフォローを入れて、シャークティ達の到着を待った。

「ごめんください。横島君、いるかしら?」
 しばらく待っていると、玄関の外からシャークティの声が聞こえてきた。どうやら到着したらしい。横島はいそいそと玄関を開いて彼女を出迎えた。
「いらっしゃ〜……い?」
 そこでピシリと動きが止まってしまう。玄関の前に立つ一行の先頭に立っていたのはシャークティだった。いつものやけにスカート丈の短いシスターの制服姿である。スラリと伸びた足が眩しい。煩悩を抑える方法を考えなければならないと言うのに思わず目が行ってしまうのは、彼が横島であるが故であろう。
 そのすぐ後ろに立っているのは美空ともう一人、小学生ぐらいの少女だ。どちらもシャークティと同じシスターの制服を着ているので、二人共彼女の担当する魔法生徒なのだろうと察する事が出来た。
 問題はこの先である。
 眼鏡を掛けた、髪の長い女性。男子生徒の人気をシャークティと二分する麻帆良女子中の教師、葛葉刀子である。更にその後ろには高音と愛衣の姿があった。三人は休日であるためか、シスター姿であるシャークティ達とは異なり私服姿であった。彼女達の私服姿を見るのは初めてなので、何とも新鮮である。
「や、やけに多いっスね〜」
「学園長からの業務連絡もあってね。お邪魔してもいいかしら?」
「は、はい、どーぞ。裕奈達も紹介しますんで」
 横島がそう答えると、シャークティ達は「お邪魔します」と家の中に入ってきた。全員が入ってから横島は扉を閉めるが、こうして一つの空間内にいると、まるで空気の匂いすら変わったかのように感じられる。もしかしたら、シャークティか刀子が香水を使っているのかも知れない。
 更にリビングでは、自分の先生と言う事で、緊張した面持ちで背筋を伸ばした裕奈達と合流し、一行は地下にあるレーベンスシュルト城のボトルが安置している部屋へと向かう。
 最後尾で階段を下りながら、前を進む一行を見る横島。何とも華やかな集団である。
 彼女達の後ろ姿を眺めながら、彼はポツリと小さな声で呟いた。

「煩悩対策考えないと、マジでヤバいかも知れん……」

 自重するのが一番手っ取り早いのだろうが、それは出来そうになかった。今、彼の頭の中を渦巻いているのは、如何に彼女達と仲良くしながら、煩悩を減らす――いや、霊力供給過多による負担を如何に減らすかについてだ。
 煩悩については減らしようがないだろう。何故なら、それは彼が横島忠夫だからである。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 横島の霊力供給、及び文珠に関する各種設定。
 魔法先生、魔法生徒が参加する自警団に関する各種設定。
 シスター・シャークティに関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。







感想代理人プロフィール

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代理人の感想
前回までがわりと健全なファンタジーだったせいか、今回はいきなり飛ばしてますねぇ。
エピソードタイトルからして「横島式煩悩永久機関編」だし。
作者の人も漏れ出す煩悩を抑えきれなくなったんだろうか?(爆)

>掃除をしながらも、彼女の胸はドキドキと高鳴っている。
ダメだ、完璧に染まってるというか、堕ちてるw
そのうち横島みたいに煩悩霊力機関に開眼しかねないなぁ・・・。
はっ、エピソードタイトルの「横島式煩悩永久機関」の意味というのはまさか、
横島以外の誰かがこれを身につけるという意味だったのか?!

>「……いかん、漲ってきた」
(爆笑)。
なんというか、かなりぎりぎりのセリフだなぁ、これw


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