無言で相対するタマモと澪。先ほどまでタマモの首に飛ばしていた手を元に戻し、握ったり開いたりしながら、澪は何故か笑みを浮かべている。タマモも、澪が今回の保護対象とは言え、攻撃を続けてくるならば幻術なり狐火などで応戦するところだが、彼女は続けて攻撃を仕掛けてくるわけでもなく微笑むばかり。反撃してよいものか分からず戸惑うばかりだ。
先に動いたのは澪だった。タマモは迎え撃つべく身構えようとするが、澪はそんな事など気にも留めずにオモチャを見つけた子供のように目を輝かせて、一瞬にしてタマモの懐に入り込み、ぐぐっと顔を近付けて来る。
対するタマモは反応する事が出来なかった。近付いて来る澪の動きが見えなかったのだ。
「私以外にそんな力持った人、ホントにいたのねぇ」
喋りながら澪は次々にその位置を変えていく。瞬きする間に別の場所に移動している彼女を、タマモは目で追う事すら出来ない。
「あんた、まさか……」
その動きを観察している内に、タマモは澪の力の正体に気付いた。動きが見えないのではなく、動きの軌跡が最初から存在していない。おそらく澪は、葵と同じ『瞬間移動能力者(テレポーター)』であろう。先程の身体から切り離されてタマモの首を掴んだ手も、彼女の瞬間移動能力(テレポーテーション)によるものだと考えられる。
「妙な瞬間移動ねぇ」
「どこか変?」
首を傾げる澪。どうやら彼女に戦う意志はないらしい。何故わざわざタマモに接触しに現れたか疑問が残るが、それは直接本人に尋ねれば良いだろう。
「ところで、あんた超度(レベル)はいくつなの?」
「れべる?」
「ほら、聞いた話だけど、学校で検査受けたりするんでしょ?」
「がっこー?」
「何それ? 食べ物?」と言い出しかねない反応を見せる澪。どうも様子がおかしい。
「なんで、私の前に現れたの?」
「え、あたしと似たような力持ってるヤツって初めて見たから……」
「ダメだった?」と再び首を傾げる澪。本当に他意はないようだ。タマモは溜め息をついて肩を落とした。
B.A.B.E.L.は全国の小学校で定期的に超能力に目覚めている、或いは目覚めようとしている子供を探す一斉検査を執り行っている。超能力を持つ子供を見つけ出し、超能力者として認定し、その力が暴走しないようESPリミッターを身に着けさせる事が目的なのだが、これは「人間を品定めしているようだ」、「まるで魔女狩りだ」等の批判も少なからずある。しかし、超能力に目覚めないまま力を溜め込んでいる子供が何かの切欠で暴発してしまうケースが少なからずあり、一斉検査はそれを事前に知る事で暴発を防ぐ目的もあるのだ。
澪の場合、これだけの力を持っているのだから、とうにB.A.B.E.L.が発見しているはず。しかし、どうにも様子がおかしい。彼女は検査の事はおろか、超度が何であるかも知らないようだ。
一斉検査を受けていないのだろうか。それとも、受けても見つからなかったのだろうか。見つかりにくいタイプの超能力者が存在すると言う話は聞いた事があるが、彼女の場合はそれ以前の問題のような気がする。
「もしかして、あんた……学校行ってないの?」
「だから何よ、ガッコーって」
問い掛けるタマモに対し、真顔で答える澪。決定的だ。彼女が学校が何であるかすら知らない。
薄汚れた格好をしている時点で、家でどんな扱いをされているのかと思っていたが、やはりロクなものではないらしい。タマモの胸の内にふつふつと怒りが湧いてきた。少し聞き込みをすれば帰宅するつもりだったが、このまま帰ってしまってはいけない気がする。
「ねぇ、あんたの部屋に行ってもいいかしら?」
もう少し、澪について調べなければならない。実際、彼女が家でどのような扱いをされているのか。それをもっと詳しく知るためにタマモは動き始めた。「……薫達もそうだけど、最近ガキとみょーに縁があるわねぇ」ガラじゃない、と自分でも考えながら。
「ここが私の部屋よ」
澪は玄関を通らずに瞬間移動でタマモを部屋へと案内した。
ほとんど家具がない殺風景な部屋だった。埃の積もった床、そして斜めの天井。あの家の屋根裏部屋なのだろう。まるで監獄のような部屋だ。周囲を見回したタマモは、扉を発見してもしやとドアノブに手を掛ける。案の定、ドアは押しても引いても動かなかった。おそらく外側から開かないようにしているのだろう。下の方にネコの通り道のような扉が付いており、その手前に使用済の食器が置かれている。おそらく、ここを通して食事が与えられているのだと思われる。
「……どうしたの?」
知らず知らずの内に表情に出てしまっていたらしい。澪がどこかおどおどとした顔をして尋ねて来る。タマモはその表情を通して、彼女が日頃どのような扱いを受けているかが透けて見えたような気がした。心なしか、この部屋に入ってから澪の表情が暗く、乏しくなったようにも見える。これが本来の彼女なのかも知れない。
「あんた、ずっとここに居るの?」
「え、うん、ここから出ちゃダメだから」
おずおずと、しかし、当たり前のように答える澪。
B.A.B.E.L.の桐壺や朧から聞いた話なのだが、我が子が超能力者だと知った親は、それが原因で周囲から孤立する事を恐れて子供に超能力の事を隠させる事があるそうだ。
しかし、制御が拙い子供に超能力を無理矢理使わせずに隠させるのは、力の暴走を招く事になる。そのため一斉検査が行われるようになったそうだが、それは暴走を防ぐと同時に別の問題を生み出してしまった。
「子供の存在そのものを世間から隠す、か……」
ましてや澪の能力は切り離したかのように身体の一部のみを瞬間移動させると言う傍目には不気味なもの。その筋の人間でも超能力より妖怪、悪魔憑きの可能性をまず考える。無知な一般人では尚更だ。恐れ、忌避するだろう。
そのため、澪は超能力に目覚めて以来、ずっとこの屋根裏部屋に閉じ込められ、世間から隔絶された状態で暮らしていたのだろう。おそらく彼女自身、自分がどんな境遇に置かれているか気付いていない。いや、これ以外の境遇を知らないため、気付く事が出来ないと言った方が正確だろうか。一時期難病で入院生活を送っていたはずだが、それは物心つく以前の話なのだろう。今の澪はこれが当然だと考えている節がある。
自分の中でふつふつと静かな怒りがマグマのように煮えたぎっているのを感じるタマモ。彼女は自分の中の怒りの正体に気付きつつあった。
そうだ。今の澪は自分が辿るかも知れなかった可能性だ。タマモは今の身体に転生してすぐに人間によって追い立てられた。横島に助けられなかったら、彼女もこうなっていた可能性がある。捕獲されずに祓われていた可能性の方が高いかも知れないが、この部屋を見るにそちらの方がマシだったのではとも思えてくる。
「ねぇ、外に出たいとは思わないの?」
「外に出ると、怒られるから……」
「外」と言う言葉に澪はビクリと肩を震わせた。あれだけの力を持っていながらも、やはり親は怖いのだろうか。この様子では、瞬間移動を駆使して何度か外に出た事はあるが、その後、親に見つかり厳しく怒られたと思われる。
本人のためを思えば今すぐにでもここから連れ出した方が良いのだろうが、澪は親を恐れてここから動けそうにない。どちらが正論かと言う問題ではなく澪自身の感情の問題だ。こうなってしまうとタマモにはどうしようもない。
横島はGSの仕事で土着の妖怪達と人間の間に起きたトラブルを解決する仕事を引き受けては、いつも両者の間に立って妥協点を見つけるべく奔走している。タマモはそんな彼の苦労がほんの少しだけ分かったような気がした。
何より、こんな風に超能力者の娘を閉じ込めている母親だ。元夫がハニワになって訪ねて来たところでロクな事にはなるまい。
元・銀行強盗のハニワ兵は娘である澪の安否を確かめたがっていたが、この状態を無事と言う事は出来ない。横島もこの話を聞けばきっと何とかしなければと奮い立ってくれるだろうが、相手が人間となるとGSに出来る事など限られている。
また、タマモに出来る事となると更に限られてくるだろう。彼女に出来る事は、この事を他の誰かにも知ってもらう事だ。
とは言え、部屋まで訪ねてすぐに帰ると言うのも悪い気がする。そこでタマモは、澪に普段の生活についてもう少し掘り下げて聞いてみる事にした。
「え……普段はこの部屋に居るわ。別に何かしてるってわけじゃないけど。外に出るのは、おトイレの時とか……あ、あと、ご飯が来なかった時とか夜中にこっそり」
しかし、これは失敗だったかも知れない。話を聞いているだけではらわたが煮え繰り返ってくる。澪は人と話した事すらもあまりないらしく、話の内容は普段の彼女の生活であるためロクなものではなかったが、それでも澪の表情はどこか嬉しそうに見えた。
結局、タマモは昼過ぎまで彼女の話に付き合う事になり、怒りの表情を見せないようにするため苦心する事となった。
一時を過ぎたあたりで、タマモがとうに昼食の時間を過ぎている事に気付いた。ついでに普段彼女がどんな食事をしているのか見ておこうと思ったが、扉の方を振り返って見ても、そこには先程と同じ使用済の食器が転がっているだけだ。
タマモは家の中の気配を探ってみるが、いつの間にか元・妻と赤子の気配が消えている。出掛けたのだろうか。澪に話を聞いてみると、食事が無いのはよくある事らしく、最近になって特にそれが増えてきたそうだ。
それを聞いたタマモは我慢の限界を越えて怒りを露わにした。食べ歩きを密かな趣味とする彼女にとって食事を抜くなど言語道断。もうこの家の事はどうでもいいので、そのまま家に連れて帰ってしまおうと澪は誘うが、自分が如何に不幸な境遇にあるかを知らない彼女は親の怒りを恐れてそれを拒否してしまう。
「しょうがないわね、ちょっと待ってなさい! また玄関前に来るから!」
「わ、わかった……」
タマモは窓を開けると小鳥に化けて飛び立って行った。そのまま最寄りの寿司屋に向かい、いつもの少女の姿になって降り立つと、二人分の稲荷寿司を買って取って返す。
駆け足で澪の家の前まで行くと、待ち構えていたのか間髪入れずに澪が現れた。そのまま瞬間移動で屋根裏部屋に戻り、二人で稲荷寿司を食べる事にする。
「おいしい! こんなの初めて食べた!」
「でしょ? あそこは老舗の店ってわけじゃないけど、いい味出してるのよ」
澪は稲荷寿司を食べるのも初めての事らしく、箸の持ち方も知らないようで割り箸で串刺しにして食べている。最初はタマモが持ってきたそれを見て怪訝そうな表情をしていたが、一口食べるとその美味しさに目を輝かせていた。少しだけ外で見たような彼女の表情が戻ったような気もする。それを見て、タマモは家に来ればこれぐらいいつでも食べられると言いかけたが、今の彼女には言っても苦しめるだけだと思い、辛うじて口に出すのは踏み止まった。
お腹が空いていたのだろう。結局澪はタマモの買ってきた二人前の稲荷寿司をほとんど一人で食べてしまった。いつものタマモならそれで怒っていたところだが、今回ばかりはそんな気にはならない。
何にせよ、タマモでは彼女をこの境遇から助ける事が出来ないだろう。まずはテレサやハニワ子、いや、横島に相談すべきだ。しかし、彼は今学校に行っている。タマモは横島が帰宅するであろう時間まで、もうしばらく彼女に付き合う事にした。
そして時間は経過し、横島が学校を終えて帰路に付いていた頃、薫、葵、紫穂の三人は緊急の呼び出しを受けてB.A.B.E.L.に赴いていた。
「ったくよー、ハニワん家に乗り込もうと思ってたのに」
「いや、向こうの奥さんとかはハニワちゃうやろ」
薫は横島と一緒にハニワの娘の家に乗り込む気満々だったため、スナック菓子をつまみながらやさぐれている。隣の葵はツっこみを入れているが、澪の事を気に掛けていたのは彼女も同じなので、あまり強く嗜めようとはしない。紫穂は一人だけ無言だが、こちらも急な呼び出しに気分を害しているようだ。二人のやり取りには参加せずに、一つ席を離して座り、別のお菓子を食べている。緊急の呼び出しだと言うのに、いざB.A.B.E.L.に来てみると、こうして休憩室で待機させられているのだから三人がこのようになってしまうのも無理はあるまい。
「そもそも、一体なんで呼び出したんや?」
「ちょっと妙なタレコミがあったらしいわ」
葵の問いに答えたのは特務エスパー『ワイルド・キャット』の梅枝ナオミだった。彼女が現場運用主任である谷崎から聞いた話によると、ある子供が虐待を受けていると言う通報が警察に届いたそうだ。しかし、警察の方で調べ、周辺で聞き込みを行ってみても虐待の証拠はおろかそんな子供が居ると言う証言すら得られなかった。
そのままガセネタだったとして処理されそうになっていたところを、耳聡く聞きつけて興味を持ったのが桐壺である。前述の通り、子供が超能力に目覚めてしまった場合、親がその子の存在を世間から隠すケースと言うのはままある話なのだ。彼はその可能性を疑ったのだ。
「よくある話ね」
「だったら、とっとと突入して、その子供救出すりゃいいじゃん」
「そうもいかないのよ」
如何にB.A.B.E.L.が権力を行使出来る立場にあるとは言え、いや、あるからこそ、それを無闇に振りかざす事は出来ない。平たく言ってしまえば、証拠もなしに人の家庭に踏み込む事が出来ないのだ。
興奮した桐壺はすぐさま薫達三人、『ザ・チルドレン』を投入して多少強引な手段を使ってでも証拠を掴んでやろうとするが、まだ特務エスパーを動かすのは早過ぎると局長秘書官である柏木朧と、『ザ・チルドレン』の現場運用主任である皆本が待ったをかけた。有力な証拠もない状態で一般家庭の内情を探るのは違法行為だ。そう考えると二人の判断は正しい。
しかし、桐壺以外にも義憤を滾らせた男がもう一人居た。そう、谷崎である。本来の予定ならば、今日はB.A.B.E.L.で訓練のはずだったのだが、その話を聞くやいなや桐壺を援護するために局長室に駆け込んだため、こうしてナオミは一人休憩室で手持ち無沙汰にしているのだ。
「それにしても長いわね」
「何もする事ねーなら、帰ってもいいかなぁ?」
「もう少し待ちましょう。黙って帰るのは悪いわ」
そんな話をしていると、外の廊下から言い争うような声が聞こえてきた。薫達がそっと覗いてみると、局長室での話は終わったのか、皆本と谷崎の二人の姿がある。様子を窺ってみると、言い争っていると言うよりも谷崎が一方的にまくし立てていると言った方が正しそうだ。
「しかしだね、皆本君! もし本当に虐待されている子供がいるならば、我々がこうしている間に手遅れになってしまう可能性も……っ!」
「それは分かります。『ザ・チルドレン』の力でその子供を救出しろと言うのであれば僕も反対はしませんが、やはり今はまだ僕達の出る幕ではありませんよ。警察や児童相談所の仕事です」
「ぐっ……」
皆本の言葉は正論であるため、谷崎は言い返す事が出来ずに言葉を詰まらせる。
彼の言う通り、B.A.B.E.L.には元々捜査をする権限などないのだ。時折『接触感応能力(サイコメトリー)』を活かして紫穂が事件の捜査に協力する事もあるが、それもあくまで警察からの要請で特務エスパーが動いたに過ぎない。今回の場合も、警察や児童相談所から協力の要請が来たのならともかく、そうでなければ特務エスパーを動かすのは越権行為である。
「なんや、ウチらの出番は無いみたいやな」
「無駄足だったみたいね」
「それじゃ、とっとと帰ろーぜ!」
二人の話を聞くに、どうやら出動はないようだ。そうと決まればもはや長居は無用と、三人は葵の瞬間移動能力で家に帰ってしまう事にする。
「ナオミさんも来る?」
「私はこれから訓練だから遠慮しておくわ」
紫穂がナオミを誘うが、彼女は訓練があるからと断ったので、三人はそのまま休憩室から姿を消してしまった。その直後に皆本と谷崎の二人が休憩室に入ってくるのだが、皆本は薫達の姿が見えない事に眉を顰め、ナオミから三人が既に帰った事を聞くと肩を落として大きな溜め息をつくのだった。
奇しくも薫達三人とタマモが帰宅したのはほぼ同時であった。
「あれ、タマモねーちゃん、どこ行ってたんだ?」
「ちょっと、一人で調べててね〜」
そんな会話を交わしながら玄関に入ると、テレサとハニワ兵達が一斉に駆け寄ってくる。少し聞き込みをして帰ると言っていたタマモが昼を過ぎても帰ってこなかったため、心配していたようだ。
「(もうっ! どうしてこんなに遅くなったの?)」
「どうしてこんなに遅くなったのかって聞いてるわ」
腰に手を当てて怒っているハニワ子さんの言葉をテレサが通訳する。考えてみれば、稲荷寿司を買いに行った辺りで一度家に連絡しておけば良かったのだが、あの時はそれが思い付かなかった。
心配を掛けたのは事実なのでハニワ子さんが怒るのも仕方がないが、彼女の説教は長いので逃げたいところだ。そこでタマモは、今ここで澪の事を話して話題の方向を逸らす事にする。
「いや、それがさ、会っちゃったのよ――澪に」
「(澪に、澪に会ったんですか?)」
「(無事だったか? 元気してたか?)」
効果覿面だ。ハニワ兵達は色めきだち、ハニワ子さんを押し退けてタマモの元に集まってくる。
「こら、群がるな! ちゃんと話すから、居間に行くわよ!」
そう言ってタマモはハニワ子の説教をかわし、ハニワ兵達だけでなく薫達も引き連れてさっさと居間へ行ってしまった。ハニワ子さんも澪に関する事で遅くなったのであれば仕方がないと、テレサと共にその後に続く。
「ところで、にいちゃんは?」
「もうじき帰って来ると思うわ、今頃バスの中じゃない?」
タマモも横島の帰宅時間に合わせたつもりで帰って来たのだが、学校から家までに掛かる時間を計算違いしていたらしい。バスがどこかで渋滞に巻き込まれている可能性もある。
「それより、B.A.B.E.L.の方は大丈夫だったの?」
薫達はタマモと違ってB.A.B.E.L.に行く事を紫穂が事前に連絡している。三人はタマモとは逆にB.A.B.E.L.に行ったにしては早過ぎる帰宅だ。テレサが疑問を抱くのも当然であろう。
紫穂は話せる範囲で事情を説明する事にした。子供が虐待されてるかも知れないと言う情報があった事と、『ザ・チルドレン』がその捜査をするはずだったが、それは桐壺の暴走であり、実際はまだ動ける段階ではなかった事を話す。
「それで、する事なくなったから帰って来たのよ」
「なるほどねぇ」
「……ねぇ、その虐待されてるかも知れないってどこの話なの?」
前を歩いていたタマモが振り返って問い掛けてくる。しかし、紫穂達も詳しい内容までは聞いていないので答える事が出来ない。
「さぁ、それがどうかしたの?」
「いや、実はね……澪もそんな感じなのよ。屋根裏部屋に閉じ込められて、隔離されてるみたいだし」
「ぽっ!?」
驚いた様子でタマモを見上げる元・銀行強盗のハニワ兵。他のハニワ兵達の目も一瞬光ったような気がする。
「とりあえず居間で話しましょうか」とタマモは居間に腰を落ち着けてから、詳しい事情を話し始める事にした。テレサが持ってきたお茶を一口飲んで一息つくと、澪との出会い、彼女が超能力者であった事から話し始める。
「手足切り離すみたいに一部だけ瞬間移動させる……?」
「かなり変則的な瞬間移動能力のようね。合成能力も持っているかも」
合成能力と言うのは、いくつかの超能力の素養を持ちながら、それを組み合わせた一つの形でしか発動する事が出来ない超能力を指す。それだけに変則的な超能力が多く、合成能力ならば、澪のような部分瞬間移動も不可能ではないとの事だ。
おそらく、彼女は難病で苦しみ、死の縁から生還を果たした際に、超能力に目覚めたのだろう。古今東西そのような例は挙げていけば切りが無いぐらいだ。そして、その力のために退院後は世間から隔離され、その存在を隠されたまま育てられたと言う訳だ。
良く言えば純粋、悪く言えば無知。自分が不幸だと言うのに、彼女はそれに気付く事が出来ない。生まれついて超度7であった薫、葵、紫穂の三人も、一歩間違えればそのような境遇に陥っていたかも知れないだけに、特に身につまされる話である。
三人はこの家の子供になって今は幸せ一杯なだけに、何としても澪も助けてやりたかった。
そして、サングラスを掛けたハニワ兵とハニワ子さんは、タマモから最近は食事を与えられない時もあるらしいと言う話を聞き、嫌な予感が頭を過っていた。
「(……なぁ、もしかして)」
「(あまり考えたくはないけど、貴方の考えている通りでしょうね)」
今までは最低限、本当に最低限な分だけ食事も衣服も与えられていたが、最近はそれも滞っていると言う。では、元妻に最近起きた事と言えば何か――それは、再婚相手との間に子供が生まれた事である。超能力が使えない、ごく普通の子供が。
もしかしたら、今までは仮にも血の繋がった我が子と言う事で育てられてきた澪が、新しい子供が生まれた事によりいらなくなってしまった可能性がある。もしそうだとすれば、一刻も早く助けださなければならない。
我が子を愛していないわけではないと信じたい。しかし、何の力も、知識も持たない一般人の目に身体の一部を自在に切り離す澪はどう映るのだろうか。無力な人間故の弱さと言ってしまえばそれまで、理解出来ない事もない。もっとも、だからと言って仕方が無いとそれを許す訳にはいかないが。
「……B.A.B.E.L.に確認を取った方がいいみたいね」
携帯電話を取り出す紫穂。しかし、連絡する相手は桐壺ではない。今の彼にこの情報を伝えると、再び暴走しかねないからだ。その点、皆本や朧ならば冷静に判断してくれるだろう。そこで紫穂は桐壺の持つ情報により近い立場にある朧に連絡を取る事にする。
朧にタマモが調べて来た事を伝え、桐壺の持つ資料と照らし合わせて確認を取ってもらうと案の定だ。タレコミがあった区域と澪の家がある区域はピタリと一致していた。
更に詳しい事情を聞いてみると、今日その近辺で薄汚れた格好をした少女を近所の主婦が目撃したらしい。見たことのない少女だったが、目撃したのが普通ならば子供達は学校に行っている時間だったと言う事もあり、不審に思ったその女性が警察に通報したとの事。
「あ〜、それ澪が私を追って家の外に出てきた時じゃない?」
今日、澪は初めて見た自分以外の力を持つ者――タマモに興味を抱き、思わず家の外に出てしまった。それが近所の住人に目撃されたのだ。これはナイスタイミングと言うべきだろうか、少なくとも彼女の存在を隠しておきたかった者にとってはバッドタイミングである事は間違いあるまい。
朧はB.A.B.E.L.の方でも調査をし、動けるだけの証拠を掴んでから桐壺に伝えると約束してくれた。ただの虐待であればB.A.B.E.L.の出る幕ではないが、超能力者がいるとなれば話は別だ。B.A.B.E.L.の方でも色々と動く事が出来るようになる。
B.A.B.E.L.が動いてくれると言うのはハニワ兵達にとっても朗報だ。タマモもどうすれば澪を助ける事が出来るか悩んでいただけに、ほっと安堵の溜め息をもらしている。
「ただいま〜……って、なんだか盛り上がってるな」
その時、丁度横島と愛子の二人が帰って来た。小鳩も途中まで一緒だったが、こちらは直接バイト先に向かったらしい。
「にいちゃん、おかえり〜っ!」
愛子はすぐに夕飯の支度をするべく台所に向かい、横島だけが居間に入ってくると、間髪入れずに薫が飛び付いた。横島は薫を抱き上げたまま、おもむろにテレビのスイッチを入れる。
「何か見たい番組でもあるのか?」
「いや、帰り道で何台かパトカーが走ってくのを見掛けてな。ニュースで何かやってないかな〜っと」
薫を背負ったまましゃがみ込んで、次々にチャンネルを変えていった。気になったのかテレサも一緒に覗き込み、やがて、ニュースを報じている番組が画面に映ったところで、テレサが横島の腕を掴んでチャンネルを変えるのを止めさせる。
「ちょ、ちょっと、タマモも見て!」
「何よ、一体……」
面倒臭そうに立ち上がったタマモだったが、画面に映っている建物を見て、目を見開き、身体を強張らせた。映っているのはレンガ造りの洋風の佇まいで三階建て住宅。そう、澪の家である。
タマモがその事を皆に告げると、居間に居た全員の視線がテレビ画面に集中した。
家の周りには大勢の人だかりがある。報道関係者だけではなく野次馬も集まっているようだ。ニュースの内容を聞いてみると、どうやらこの家に強盗が立て篭もっているらしい。幸い、住人は出掛けていていないとニュースキャスターは言っているが、ここでタマモは激昂して声を張り上げた。
「何が誰もいないよ! 澪が居る事を知らないだけじゃないっ!」
そう、誰も知らないだけで、澪はあの家の屋根裏部屋に閉じ込められているのだ。瞬間移動で逃げていてくれれば良いのだが、あの様子ではこの状況でもあの部屋から逃げ出せずにいるかも知れない。そう考えるとタマモは居ても立ってもいられなくなった。
「横島、行くわよっ!」
「(行くぜ、ダンナ!)」
とにかく、今は一刻も早く駆けつけなければならない。帰って来たところだが、タマモは再度澪の家に向かう事にする。当然、テレサとハニワ兵達も一緒だ。子供がピンチだと言うなら捨て置けないと、ハニワ子さんも同行する事になる。
「お、おう! って、状況がさっぱり分からんのだが」
「それは後で教えてあげるから!」
事情が分からない横島の腕を掴み、タマモは一方を指差し、彼の背にしがみ付く薫に目配せする。彼女の意図を察した薫はニッと白い歯を見せて笑うと、念動能力(サイコキノ)を発動させた。
「念動(サイキック)〜、超特急ーーーッ!」
「ちょっ、靴! 靴!」
葵のツっこみを聞く間もなく、薫は自慢の念動能力で居間に居た全員をタマモの指差した方角に向けて飛ばしてしまった。葵の瞬間移動能力ではなく薫の念動能力を頼ったのは、彼女の知らない場所であり、距離もそう離れているわけではないため、実際に目で確認しながら空を飛んでいく方が確実だと考えたからだ。
「あそこよ!」
テレサが指差す先には澪の家があった。正面は報道関係者と野次馬の人だかりで埋め尽くされているが、裏側はそうでもないようだ。葵はそれを確認すると、一行を瞬間移動で澪の家の裏側、敷地内に瞬間移動で音を立てずに降り立たせる。
「……とりあえず、ウチ皆の靴取ってくるわ」
居間から直接飛んできたため、皆靴を履いていない。まずは葵が瞬間移動で姿を消し、一分も経たない内に靴を持って戻って来た。その間にタマモ達は横島に事情を説明する。
「つまり、この家で澪って子が人質にされているのか?」
「多分ね。普通に考えたら逃げ出すとこだけど、今のあの子にそれが出来るとは思えないわ」
「う〜む……」
強盗が来たのに逃げ出さない。にわかには信じられない話だが、タマモがそう言うからには何かしらの確証があるのだろう。もしそうならば、一刻も早く助けに行かなければならない。
その時、薫達に緊急招集のメッセージが届いた。朧がテレビのニュースを見て現場が澪の家である事に気付き、慌てて桐壺に報告したらしく、それを聞いた彼は即断即決『ザ・チルドレン』出動の命令を下したそうだ。
「B.A.B.E.L.が来てくれると有り難いわ」
「後々の事を考えるとB.A.B.E.L.に出張ってもらった方がいいかもしれないわね」
「それじゃ、ウチらは向こうと合流やな」
「私達は私達でやってみるわ」
互いに顔を見合わせてコクリと頷き合うと、薫、葵、紫穂の三人はB.A.B.E.L.と合流するべく瞬間移動で跳んで行った。
残されたタマモ達は澪の家を見上げる。裏側からは澪の屋根裏部屋の窓は見る事が出来ない。屋根の上に上り、窓から屋根裏部屋に侵入すると言う手もあるのだが、野次馬が大勢いる現状ではそれは不可能だろう。
「向こうにドアがあるわよ」
テレサが指差す先には勝手口だと思われる扉があった。その扉をどうにかすれば、中に入る事が出来そうだ。
元・野球少年のハニワ兵が収納スペースから明らかに自分の全長より長いバットを取り出し、サングラスを掛けたハニワ兵は二丁拳銃の内、一丁をハニワ子さんに手渡した。元・結婚詐欺師のハニワ兵と、元・銀行強盗のハニワ兵は武器を持っていないが、いざとなれば頭突きで戦う覚悟を決めて皆準備万端である。
急な展開に戸惑っていた横島も、ハニワ兵達の姿を見て覚悟を決めた。
「色々問題はありそうだが……放っておくわけにはいかないよなー!」
「当たり前でしょ。さ、行くわよ」
タマモを先頭に、一同は足音を忍ばせて勝手口に近付いて行く。
「……いざって時は桐壺さんに責任押し付けるって事で」
小声でぽつりと呟いた横島に対し、タマモとテレサは無言でサムズアップをして答えた。
ハニワ兵に指はないが、きっと彼等の思いも同じだったであろう。
つづく
『黒い手』シリーズ、及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』に登場するハニワ兵は、原作に登場したハニワ兵とは別物のオリジナル兵鬼です。
澪の境遇についても、原作での描写をベースに、独自の設定を加えて書いております。
また、B.A.B.E.L.の権限についても、あくまで超能力者による事件への対処や、事故、災害救助のために超能力を役立てる事が責務であり、警察の捜査等、B.A.B.E.L.以外の専門機関がある事については、あくまでそちらからの協力要請に応じると言う形で任務に就いていると言う事にしています。
ご了承ください。
谷崎が実は良い人なのは原作通り……だと思います。多分。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
「多分」は必要不可欠です。多分。
それはさておき今回は洒落にならない展開です。
タマモの話を聞いてアメ・・もといコメリカ出身のハニワ二人が通じ合う所なんてある意味怖すぎ。
澪がおどおどしたり、稲荷寿司を美味しそうに食べる下りなんかもうね。
そんな中で正義感に燃える谷崎さんは一服の清涼剤でしたね。
まぁ、彼は彼で犯罪者一歩手前の危ない奴というか人間の屑まで秒読み段階というか、な人ではあるんですが、人間そう単純なものじゃないと言う事で。(爆)
・・・・・いや、まさかとは思うけど真性のロリコンだったりはしませんよね? ねぇ?
と言う訳で、やっぱり「多分」は必要不可欠なようです。(ぉ
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