渡る世間は○ばかり 1


 横島が令子と独立を賭けた勝負を始めてから5日。
 事務所のメンバーは揃ったが、当の事務所探しがどれくらい進んだかと言うと…これが、まったく進んでいなかったりする。

 原因は言うまでもなく令子。タマモが横島の元に転がり込んだ翌日から怒涛の如く仕事を回して来たのだ。
 表向きの理由は仕事をサボろうとした罰。タマモを助ける際にうっかり怪我をしているはずの右腕を使ってしまった横島は包帯こそ外せなくとも充分戦えると証明してしまったのだ。
 それもそのはず、横島の腕の包帯は魔族化を隠すため。すなわち、まだ擬態できていない部分を隠すためのものだ。戦えないわけがない。
 何にせよ嘘をついていた負い目のある横島にはこれに抵抗する術はなく、連日のハードスケジュールをこなして現在に至る。
 腕の擬態も手首まで完了し、残された拳は手袋で隠していた。
「今日も除霊が4件…俺、独立する前に過労死するんじゃないか?」
 ちなみに愛子は学校へ行き、タマモは回復しきっていない体を癒すために愛子の中で休んでいる。

 救いの手はまだどこからも差し伸べられていない。





 横島がハードスケジュールに追われていた頃、美智恵はオカルトGメンでデスクワークに追われていた。
 先日、娘の脱税を発覚『させた』ため、美智恵への風当たりも強くなり、真面目に仕事をせざるを得ない状況に追い込まれていたのだ。

 ひのめは少々不安が残るがシロに預けてある。おキヌは学校に行っているだろうし、令子の方はそれどころではないからだ。

 そんな時、突然ヒャクメとワルキューレの2人がオカルトGメンを訪ねて来た。
 不意の訪問にまた何かトラブルがあったのかと美智恵や西条達は身構えたが、ヒャクメ達の用件は美智恵の予想を裏切り、ルシオラが復活した事を報告する事だった。


「ルシオラさんが復活した?」
「そうなのねー」
「しかし、ルシオラさんがどうやって…?」
「修行で文珠を生成した時に偶発的にルシオラの魔力を結晶化した文珠が生まれたそうだ」
「で、それを使ってルシオラさんは見事復活ぅ〜。めでたいのねー」

 勿論、嘘だ。



 猿神達は横島の魔族化を人間達に隠すために嘘のシナリオをでっちあげたのだ。
 人間に擬態した魔族の正体を見破るのはかなり難しい。かつてハーピーやワルキューレが人間に擬態して令子達の前に現れ、ワルキューレに至っては事務所のメンバーとして働いていたが、自ら正体を現し魔族の姿を見せるまで魔族である事はバレていない。何故なら魔力が真価を発揮できない人間界ではそれを隠す事も容易だからだ。
 それに、横島は人間に擬態するために霊力を使っている。そのため霊視ゴーグルで見たとしてもその表面的な霊力しか見えないだろう。

 あえて見抜ける者を挙げるとすればヒャクメだが、その彼女が隠す側にいる以上、横島の魔族化がバレる可能性はほぼゼロだと言える。



「ルシオラは万全を期すためにベスパの手によって魔界で復活を果たした。当のベスパは育児休暇を取って軍の方には顔を出さないが、この前会いに行ったところ2人も元気そうだったよ。…ルシオラは縮んでいたがな」
「ちみっこくなったのは霊基構造が少なかったせいなのねー。ルシオラ達は力が強い上に『魔王の娘』というエリートだからそうそう人間界にはこれないけど」
「お前達には一応報告しておこうと思ってな」

 ちなみにワルキューレも横島の魔族化については聞き及んでいる。
 彼女にとっては横島の魔族化はむしろ歓迎すべき事なので、横島が完全に魔族化するまでは人間達はおろか神族にもバレない事が好ましい。そのため小竜姫から話を持ち掛けられた時すぐさま賛同していた。


「でも、アシュタロスとの戦いにワルキューレ達も参加していたという事はアシュタロスは魔界では裏切り者扱いなんでしょ? ルシオラ達は大丈夫なの?」
「確かにルシオラの復活は魔界でも話題になっている。だが、ベスパはそれを見越してか魔界有数の力を持つデタント推進派の魔王の領域に居を構えている。ベスパ当人が軍でも名の知れた実力者の上、今まで立場的には曖昧だったパピリオも自ら志願し、先日魔界に戻ったジークの代わりに留学生として妙神山に派遣される事になった」
「今までずっと居たのに何を今更って感じだけどねー」
 そう言ってヒャクメは笑った。
 ワルキューレの方は弟の栄転を喜べばいいのかパピリオの変わり様を驚けばいいのか複雑な表情だ。

 とにかく。ルシオラ達は過激派がそうそう手出しできない場所にいて、デタント推進派にとって重要人物になりつつある事は確かなようだ。






 一方その頃、魔界のルシオラ達は…
「姉さん」
「なーにー?」
 ルシオラはどこから手に入れてきたのか、TVに仰々しい装置を取り付けて何やら改造を施している。
 ベスパはそれを無視して話を進める事にした。ルシオラの機械いじりは今にはじまった事ではないからだ。
「私の眷族が何匹か見当たらないんだけど、知らない?」
 かつて横島とドライブするために正体不明の動力で車に似た何かを作った前科のあるルシオラだ。もしかしたらこのTVらしき物体の動力に使われている可能性もあるが、まさか姉がそんな事をすまいと希望に縋って聞いてみる。
 対するルシオラは無邪気な満面の笑みでこう答えた。
「あ、あのコ達ね ちょっと頼み事をしたから出掛けてるわよ」
「頼み事?」
 怪訝な表情をするベスパをよそにルシオラは作業が終ったのか、モニター側に回りスイッチをポチっと入れた。

「なっ!?」
「ふっふっふっ…成功みたいね」
 何とそのモニターに映ったのは横島。
 人間界にいるはずの横島の姿がクッキリとモニターに映っているのだ。

「な、なんで横島の姿が…」
「だから言ったじゃない? 頼み事をしたって」
「え?」
「………」
「! さてはこれを撮影してるのは私の眷族だね!?
「あったり〜♪ どうせしばらくは育児休暇なんだからいいでしょ? 眷族程度が人間界に偵察に出ても文句言ってくる人なんていないって♪」

 末恐ろしい幼児だ…
 ベスパはルシオラの悪びれない表情にこのムチャクチャさは間違いない横島の影響だと確信した。





 そして、ルシオラ達に監視されているなど知りようもない横島は今日の分の除霊を終えてフラフラとした足取りで事務所への帰路についていた。
「くっそー、こんなめんどくさいだけで大して強くもない除霊ばっかり押し付けやがって! さっきの仕事なんか絶対おキヌちゃんのネクロマンサーの笛の出番だろ!」
 ここ数日の仕事は絶対に自分との相性など考慮されていないと横島は確信していた。
 その考えは正解である。令子は横島から事務所探しをする時間、体力を奪うために片っ端から仕事を受けては、その全てを横島に押し付けている。しかも、報酬の9割を奪うという徹底ぶりだ
 しかも、手間がかかってなおかつ儲けが少ないのを押し付けている。
「はぁー、とっとと事務所に戻って報告すませよう。それから何か手を考えないと…」
 そう言いつつも妙案はまったく浮かばない。
 頭を捻りつつ事務所に戻った横島を待っていたのは令子の残した厄珍堂へのおつかいメモだった。しかも、当の令子は出掛けて不在だ。横島がその場で突っ伏したのは言うまでもない。



 一方、出掛けた令子がどこにいたかと言うと
「あー、もう! どうしてバレちゃうのよ!」
「令子ちゃ〜ん。そんなに急いで食べたら〜、のどにつまらせるわよ〜」
「負け犬の遠吠えなワケ、ほっときなさい冥子」
 冥子とエミを連れて、とある高級中華料理店でやけ食いをしていた。
 誘ったのは令子だが当然ワリカンだ。

「ところで、おたくのとこの横島が独立しようとしてるって本当なワケ?」
「…どこで聞いたのよ」
「タイガーが言ってたワケ」
 その言葉に令子は顔をしかめた。
 元より横島を逃がさず、手元に置いておくつもりだった令子はできるだけ横島が、と言うより「人類唯一の文珠使い」が独立しようとしているという情報を外に漏らさないようにしていた。
 メンバーの事もそうだが、事務所に関しても援助すると言い出す者が現れかねないからだ。

「横島くん独立するの〜?」
「させるわけないでしょ!」
「おたく、横島と賭けをしてるらしいけど…」
「横島君が私に刃向かおうなんて10年早いのよ! メンバーは集めたようだけど、事務所探しの方は仕事を押し付けて探すヒマ与えてないから全く進んでないわ」
 そう言って勝ち誇る令子。横島が自分の元から離れる事はないと確信した笑みだった。
「でも、最近仕事を押し付け過ぎたせいか明日押し付ける仕事はないのよねぇ」
「令子ちゃ〜ん ほどほどにしないとダメよ〜」
 冥子は横島の身を案じて言うが令子は聞き入れない。今の令子にとって横島の独立を阻む事が第一であり、それ以外の事は二の次、三の次なのだ。

「それじゃ、横島は明日ヒマなワケ?」
「そうなるわねぇ」
「それじゃ、明日横島を貸してくれない?」
 急な頼みに令子は怪訝そうな視線をエミに向ける。
「どうしてよ?」
「ウチに新しく入った魔理が明日初陣だから保険が欲しいワケ」
「マリ…?」
 急に名前を出されても、令子にはピンと来ない。
 しかし、冥子の方はその名に心当たりがあるようでポンと手を打った。
「ウチの生徒の〜、一文字さんね〜」
「ああ、おキヌちゃんの友達の…あんたのとこに入ったんだ。そういう事なら構わないけど、幾ら払う?」
「…仕事探す手間が省けたんだから、遠慮するワケ」
 そのまま睨み合う令子とエミ。

 あとはいつも通りの展開だった。





 その頃、令子とエミの間で密約が交わされていた事など知るよしもない横島は
「ほぅ、独立する気になったアルか」
「する気はあるんだけど 事務所を構えろって言われてなぁ」
 以前から考えていた事だが、厄珍堂での用事を済ませるついでに店主厄珍に相談を持ち掛けていた。周囲に金に関して相談できるのが他に思い当たらないのだ。
 厄珍も適任かと言われれば甚だ疑問が残る。
「しかし、ボウズは貯えなんてないだろうにどうするつもりね?」
「それを考えてるんだよ。なぁ、何か手はないかな?」
「私にゃ担保もないボウズに金を工面してやる義理はないアル」
 藁にも縋る思いで厄珍に頼み込む横島だったが、厄珍はそんな横島を鼻で笑った。
「ヒデぇなぁ…今なら新製品の実験台だってなるぞ?」
「昔のボウズならともかく、今のボウズは霊的な防御力が高いから実験台にならないアルよ」
「そんなぁ…」
 落胆する横島に対し、厄珍はニヤリと笑う。何かを企んでいる時の顔だ。
「ときにボウズ、1人前のGSとして認められたというのはホントか?」
「ああ、一応な」
 そう言って先日令子から渡されたGSライセンスを見せた。
「それはちょうどいいね。令子ちゃんを通さずに1つ依頼するアルよ」
「本当か!?」
 身を乗り出す横島をかわすように脇から1つの木箱を出した厄珍は、それをカウンターの上に置いて蓋を開けた。
 覗きこんで見ると、中には横島にとって思い出深い人形が二体。
「こ、こ、こ、コイツらはー!?」
「ボウズも一度コイツらの除霊に失敗したらしいアルな」
 悪夢が蘇る。かつて除霊しようとした横島の髪すべて切り落としたあの人形達だ。


「ボウズが失敗した後も何人か除霊しようとして、ことごとく失敗したらしいね」
「俺も一度失敗してるんだぞ、それ!」
 横島は既に店に置かれた骨董品の陰に隠れてしまって完全に腰が退けている。厄珍はそんな横島に呆れつつ小バカにするような表情でパイプを吹かした。
「ボウズ、いかに凄い霊能を持っていても必要な時に活かせないと宝の持ち腐れね」
「そうは言っても、コイツらは…」
 ハッキリと言えばこの人形を除霊する事自体はそう難しい事ではない。しかし、その際に人形を傷つけてしまっては美術品的価値が下がるのが問題なのだ。
 そのため霊的に密閉された空間で長時間かけて浄化するという手段を取られていたのだが…



「…ボウズ、なんで文珠を使わなかったか?



「…え?」

「………」

「………」





「その手があったかぁーーーッ!?」


「…馬鹿アルな」
 そう言って厄珍は溜め息をついた。



「とにかく、この人形が150万、除霊すれば300万で儲け150万。そのうち100万がボウズの取り分ね」
「本当か!?」
 ハッキリ言って横島がここ数日で20件以上除霊をこなして得た分より高い。起死回生とはいかなくとも、かなり弾みがつく額だ。

「…でも、いいのか? 厄珍の取り分は3分の1だぞ?」
「独立祝いのご祝儀も兼ねてるよ。で、どうアルか?」
 横島に断る理由はない。ここは素直に厄珍の好意に甘える事にして文珠に『浄』の文字を込めた。





「まいどありー」
「こっちこそ、ありがとな!」
 人形の除霊を終えた横島は令子から頼まれた品と現金の入った封筒を持って厄珍堂を後にした。








 一方、それを見送った厄珍は、いそいそと誰かに電話をかけている。

「あ、どーも厄珍あるよ。この前言ってた人形の事アルが、なんと人類唯一の文珠使い自らが除霊してくれたね。プレミア価格500万でどうアルか?

 『人類唯一の文珠使いが除霊した人形』という売り文句で、本来の倍近い値段で人形を売っていた。




つづく