「ただいまーって、こんなに薄暗くして何してるんですか?」
学校から帰って来たおキヌが薄暗い部屋に驚いて灯りのスイッチを入れた。するとおキヌの目に入って来たのはブランデーグラス片手にシロを膝に抱いた令子の姿。
「!?」
「あ…おキヌちゃん?」
「…な、何やってるんですか?」
しばし目を泳がせていた令子だったが、やがて観念したように口を開く。
「えーっと、その…悪役ごっこ」
「………」
耳まで真っ赤だ。1人でやる分にはいいが、人に見られて素に戻ってみるとやはり恥ずかしいらしい。
ちなみに、先程まで悪役ごっこに興じる令子を生暖かく見守っていた美智恵はどうしたかと言うと、
「はぁー 何やってるんでしょうねぇ あのコは」
おキヌが帰って来た事に当然気付いていたが、あえてそれを娘には知らせず、2人が鉢合わせするようにその場を立ち去っていたのだった。
相変わらず、人が悪い。
「と、ところで、横島さんは今日は来てないんですか?」
「あいつなら今日はエミのところに助っ人に行ってるわよ」
それを聞いておキヌは今日、魔理が欠席していた事を思い出す。
「…横島さん、本当に独立しちゃうんでしょうか?」
「大丈夫よ、横島君に独立準備ができるわけないじゃない」
令子はあっけらかんと返すが、おキヌの表情は晴れない。
「でも、メンバーはもう集まったんですよね? このまま事務所も見つけちゃうと…」
「だから大丈夫だって」
「どうしてそんなに自信たっぷりなんですか?」
全く自分の勝利を疑っていない令子におキヌが問う。すると令子は再び悪役ごっこをはじめるのか自分で部屋の灯りを消した。
「フッフッフッ…横島君には 実はもう1つの罠を仕掛けているのよ!」
「もう1つの罠?」
罠という言葉におキヌが怪訝そうな顔をする。しかし、美神はそんなおキヌの表情の変化を気にも留めずブランデーグラスを高々と掲げ、己の勝利を祝う様に高笑いをあげる。
「例え事務所を見つける事ができたとしても…フフフフフ…オーッホッホッホッホッホッ!」
よくわからないが、令子は自分の勝利を確信しているようだ。
「それで、この件の特殊な事情ってなんです?」
「特殊? 別に特殊でもなんでもないワケ」
「え?」
エミは呆気にとられる横島の持つ資料を取り、それをテーブルに置くと一点を指差した。そこにはこう書かれている。
「依頼料支払能力無し/代替品:屋敷」
「へ?」
「除霊料金ってのは相場でもそれなりにかかるから、こういうケースは珍しくないワケ」
「そういや唐巣神父はタダで除霊する事もあるって言ってたなぁ」
「私はそういうのは相手にしないけど、こういう現物支給ってのは割とある話なワケ」
つまり、この屋敷を除霊したら屋敷そのものがもらえると言うのだ。
「元々ここに住んでた人はどうするんです?」
「もっとセキュリティーがちゃんとしたとこに引っ越すって言ってたワケ」
どうやら、社長が誘拐された際の身代金もそれこそ会社をツブす勢いで集められたものだったらしい。同じようにすれば依頼料も支払えるだろうが、社員の事も考えるとそうもいかないため、今回のような契約になったそうだ。
逆恨みの悪霊は1体でそれに引き寄せられるように雑霊が集まっているが、結局の所性質が悪いのは逆恨みの悪霊だけであり、出現するのは夜なので依頼主はとうにこの屋敷を捨てて引っ越し済だったりする。
それでも悪霊があの屋敷を中心に近辺しか徘徊していないあたりバカなのか、まともな思考ができないようになったかのどちらかだ。
正直、放っておいてもさほど害はないのだが、それでも除霊依頼が来たのは、ひとえに御近所からの「気味が悪い」と言う苦情が引っ越した後の依頼主に殺到したからだ。
実は苦情が来なければ放置するつもりだったらしい。
「で、こっからが重要な話だから耳の穴かっぽじってよぉっく聞くワケ」
「へ?」
エミが悪戯しようとしている子供の様な笑みを横島に向ける。
「さっきの仕事の報酬でおたくへの分け前は200万って言ってたけど…この仕事、仲介料200万で譲ってあげてもいいワケ」
「それって…え? え?」
エミの言葉が理解できずに言葉を詰らせる横島だったが、やがて言葉の内容を理解したのか慌てふためく。
「この屋敷を事務所にすれば独立できるワケ」
「エミさん…」
そう、これこそがエミの真の目的だったのだ。
「ほら、どうするワケ? 受けるの? 受けないの?」
「そこまでしてくれるって事はやはり、愛の告白と受け取るしかッ!!」
「違うわーッ!!」
飛び掛かって来た横島をエミは拳で撃墜。そして、床に落ちた横島に対しヒールのカカトで追い討ちをかけるのだった。
何にせよ、エミの申し出は横島にとっては渡りに船だ。今はエミの顔が女神のようにも見える。
「でも、いいんですか? この屋敷だって安い物じゃないでしょうに」
「おたくが独立する事で令子に与えられる損害に比べたら大した事ないワケ」
エミはテーブルの上に散乱した資料をまとめて封筒に入れると、それを横島に渡す。
「霊的不良物件を引き取るって形で契約は終了してて、土地の権利書その他モロモロもこの中に入れてあるから後はおたくの好きにするワケ」
そう言ってエミは席を立って帰ろうとするが、それを横島が呼び止める。
「あ、エミさん。よければ俺の学校に寄って愛子を連れてきてもらえませんか? 手に入った事務所を見せてやりたいですから」
その言葉に足を止め、めんどくさいとシブっていたエミだったが、最終的には承諾してくれた。
「1時間もかからないだろうから とっとと除霊を済ませておくワケ」
「合点です!」
結局、屋敷に棲み付いた悪霊は横島から見れば雑魚同然のレベルで、あっさり除霊を済ませると、念のためにと屋敷全体を文珠で浄化する。
同時に屋敷内も見て回ると資料だけではわからなかった事が見えてきた。
外見ではわからなかったが、一階と二階では造られた時期が違うのか二階はそれなりの広さの洋室が幾つか、一階は広めの和室が幾つかと板の間の台所。一階の方は時代を感じさせる。
庭も横島の住んでいるアパートのある辺りでは見られない広さで、流石に中は空だが蔵まである。
「古いけど、スゴイ家だぞ…ホントにもらっちゃっていいのかな?」
子供のようにはしゃぎながら家を散策しているとエミが愛子とタマモを連れて戻って来た。
「除霊は終ったようですノー」
「これが私達の事務所なのね、青春だわ!」
愛子が屋敷を見て感嘆の声をあげ、その愛子の机から出ていたタマモは屋敷ではなく周囲の環境を見る。片田舎という印象が強いが、近くに山もあり自然が豊富だ。
通学には不便そうだが、そこまで言ってしまうのば贅沢というものだろう。
「これだけ広ければ事務所兼住居として使えそうね。私もあのアパートよりこっちの方がいいわ」
「そうね、早速引っ越して開業の準備をしましょ!」
しかし、そんな喜びの声を引き裂くように辺りに大きな高笑いが木霊する。
「フハハハハハハハハ! 甘い、甘いぞ横島君ッ!!」
「だ、誰だ!?」
「横島君、あそこ見て!」
愛子の指差す先には電信柱の上に白装束に白い覆面にサングラスをかけた男の姿。白いマントと覆面からはみ出た長く黒い髪をなびかせながら仁王立ちしていた。
「どっかで見た事あるような…」
「どっかで聞いた声ですジャー」
「って言うか西条なワケ」
エミがそのものズバリを指摘した。
「ち、違う! 僕は通りすがりのマスク・ザ・ジャスティスであって西条輝彦などという好青年では…うわっ」
「「「「「「あっ」」」」」」
エミの言葉を慌てて否定しようとしたマスク・ザ・ジャスティスだったが、バランスを崩して電信柱からぽてっと落ちた。
「ふ、ふふ…横島君。君は令子ちゃんの最後の罠に気付いていないのだよ…このままでは……危険だ…」
「お前の方がよっぽど危険に見えるんだが…」
マスク・ザ・ジャスティスの白装束はちょっぴり紅に染まっていた。