「う〜ん…朝か、早く起きねーと」
翌朝、自室の布団で目を覚ました横島だったが、何故か体が動かない。
「あれ、体が…なんか重い?」
ふと自分の体に視線を移すと そこにはこんもりと盛り上がった布団。愛子は今頃台所に立って朝食の仕度をしているはず、となると、残るのは…
おおよその事を察して横島は布団を剥ぐ。案の定、そこには横島を枕代わりに眠るタマモの姿があった。
「何時の間に潜り込んだんだ。 コラ、起きろ」
「うぅ、寒いじゃない」
タマモは体を丸めながら目を覚まし、恨めしそうに横島を見詰める。
「まったく、何時の間に潜り込んだんだ?」
「…え?」
呆れた声で横島は呟くが、それを聞いたタマモの瞳が驚きに見開かれる。
「ど、どうかしたのか?」
「……昨日の事…覚えてないの?」
その言葉にハンマーで頭を殴られたような衝撃を受ける横島。必死に昨日の事を思い出そうとするが、まったく心当たりはない。
そうこうしている内にタマモの瞳がだんだん涙で潤んでいく。
「ヒドイ…ヒドイわ、横島…」
「な、なんだ!? 俺は一体ナニをしたんだ!? 全く記憶にないぞ!? 違う、違う! 俺は決して特異な趣味の人ではないィーッ!!」
その視線に耐えられなくなった横島は勢い良く、何度も自分の頭を柱に叩きつけた。
そして、それを眺めていたタマモは
「何もなかったんだから、覚えてるわけないわよねー。さ、二度寝しよっと♪」
自分の思い通りに事が進んだ事に満足した笑みを浮かべ、愛子が朝食の準備を終えて起こしに来るまでの僅かなまどろみを満喫するために再び横島の布団に潜り込むのだった。
そして、柱に頭を叩きつけ続ける横島は
「なんで覚えてないんだ! もったいねェーーーッ!!」
ちょっぴり本音が出ていた。
タマモ、仕返し完了である。
「おや、横島さんじゃないですか」
「…その頭どうしたんジャ?」
その後、横島達は妙神山に向かう途中 駅前でタイガーとピートと出会ったが、何故か横島はいつものバンダナではなく包帯を巻いていた。
言葉を濁す横島に対し、愛子は笑いを堪えている。
その包帯の原因であるタマモは、二度寝をしたまま目を覚まさないので愛子の机の中に放り込んでいおいた。
「僕達は妙神山に修行に行くのですが、横島さんは仕事ですか?」
「いや、俺達も行き先は妙神山さ。目的は修行じゃなくて独立の報告だけどな」
そう言う割には横島達の荷物は手荷物程度、おそらくはタマモと一緒に愛子の机の中なのだろう。相変わらず便利な能力である。
「横島さん、よければ妙神山まで案内してもらえんかノー? わっしらは、あそこははじめてですケエ」
「ああ、いいぜ。あの辺りの地理は完璧だからな」
そう言って横島は妙神山での修行を思いを馳せる。
横島が猿神から課せられた最初の修行、それは「ダッシュで麓のコンビニまで降りてジュースとお菓子を買ってこい」と言う物だった。
小竜姫は週に一度ぐらいは買い物に行くので慣れた道だと言うが、そもそも、あの山には道そのものが無い。
体力作りの修行なのだと言う事は理解できるが、あれはやはりキツかった。
何はともあれ、横島は既に三度妙神山に行き、三度目は長期滞在して何度もあの山を登り下りしているので、おそらく最もあの周辺の地理に詳しい、これ以上とない案内人であろう。
その後、雑談に興じつつ電車に揺られる事数時間。更に本当に日本なのか甚だ疑問な険しい道のりを歩く事数時間。
この時点で愛子はギブアップし、早々に机の中に戻ってしまったので 今は横島が机を背負っている。
息を切らせて三人が修行場の門まで辿りつく頃には昼はとうに過ぎていた。
「ず、随分と遠い所なんですノー…」
「なんだ、知らなかったのか? 俺は数日滞在するつもりだったからこの時間だけど、普通に修行目的なら夜行を使った方がいいんだぞ?」
実は、前回朝に出発して辿り着いたのは夕方だった横島の経験も踏まえた話だったりする。
「おお、横島ではないか! どうした、また修行しに来たのか?」
「ぬ? 後ろの2人はどこかで見た事があるような気もするが、ここに来たのは初めてかの?」
「は、はい! ピエトロ・ド・ブラドーと言います」
「タイガー寅吉ですジャー」
横島とやけに親しげな鬼門達が声をかけてくる。
二人が挨拶を返すと門の両脇に控える鬼門の体が動き出した。
「よかろう、この門を潜りたいと言うならば我等を倒してみせよ!」
「横島よ、そなたは手出し無用だ。今しばらく待つがよい」
こうしてタイガー、ピートと鬼門達の戦いが幕を開けた。
「ち、力じゃ勝てそうにありませんノー」
「タイガー、精神感応で撹乱してくれ。その隙に僕が!」
「わかりましたジャー!」
鬼門の拳をかわしつつ二人は一度散開し、幻覚で撹乱しようとするが
「「効かぬわっ!」」
鬼門達は幻覚に撹乱される事なくその巨大な拳をピートに叩き付けた。
かつて美神により目隠しをされて僅か8秒で負けるという失態をした鬼門の2人は同じ失敗を繰り返さぬため、敵の霊的な力を察知する術を身に付けていたのだ。彼等も影で努力している。
「クッ…次は幻覚で僕の分身を見せるんだ!」
「ふんッ!」
これで鬼門達には幾重にも分身したピートの姿が見えているはずだが…しかし、鬼門達は慌てる事なく高笑いをあげる。
「!?」
「フハハハハハ! 分身したとしても無駄だぞ!」
「これで我等を撹乱したつもりか? 次は気配も消す事だな それ!」
そう言って鬼門は迷う事なく幻覚ではなく、ピート本人に向かって襲いかかる。
しかし、その拳が触れようとする瞬間、ピートがヴァンパイアの牙を見せてニヤリと笑った。
「油断したな! ヴァンパイアミストッ!!」
「なんと!?」
ピートはその身体を霧に変え攻撃をかわすと同時に鬼門のバランスを崩させ、その隙を逃さずタイガーは鬼門達に背後から体当たりを食らわせる。
こうして、この勝負はタイガー、ピートの勝利に終わったのだった。
「終わったようですね」
横島達が鬼門達を助け起こしていると、門の向こうから小竜姫とヒャクメが顔を出した。タイガーとピートが修行に来た旨を説明すると小竜姫はすぐさま2人を修行場に案内する。
「横島さんはどうしますか?」
「基礎訓練はやりますけど、小竜姫様の手は煩わせませんよ」
「そう、ですか…」
横島は笑うが、対する小竜姫はどこか寂しそう。
そして、ヒャクメはそんな2人を見てニヤニヤと笑っていた。
「ところで、お2人はどのような修行をお望みですか?」
「わっしは次のGS資格試験に向けて強くなりたいんですジャー」
「僕も今伸び悩んでいまして、それを打破できる修行を…」
2人がそう答えると、辺りに聞き覚えのある声が響き渡る。
『小竜姫よ、そちらの吸血鬼の小僧はワシが引き受けよう』
「斉天大聖老師!?」
「猿神師匠!?」
その声に小竜姫と横島は驚きの声をあげるが、タイガーとピートの2人は声の主が誰であるかがわからない。
「ピートさん、あなたの修行は斉天大聖老師自ら行うと言っております」
「斉天大聖老師とは?」
「小竜姫様は管理人、猿神師匠がここの真の主だよ」
名前出されてもピンと来ないピートの疑問に横島がフォローした。
「当然の事ながら、私よりはるかに過酷な修行となります。断る事もできますが…」
ピートに断る理由はなかった。強くなるためならば、過酷な修行だろうが厭わない。
すぐさま承諾の返事を返し、猿神が現れるのを待つためタイガー達が修行場に向かうのを1人見送るのだった。
「あれ? 例の服に着替えなくていいんですか?」
横島は小竜姫がタイガーを例の道着に着替えさせる事なく脱衣場を通過しようとしたので、思わず呼び止める。
「タイガーさんの修行は美神さんや横島さんの修行とはまた違うものですから。横島さんだって斉天大聖老師との修行で毎日あの道着を着ていた訳ではないでしょう?」
「言われてみれば、確かに…」
小竜姫の言葉に修行を始めた頃はいつも通りの服装だったと思い出す。その後、例の異空間での修行の時はあの道着を着せられたので、あの道着は異空間で修行を行う際に着る物なのだろう。
「以前使用した異空間は霊力を直接鍛えるための空間です。対して横島さんは霊力よりも肉体的に素人同然でしたので、まずはそちらを鍛えるために通常空間と変わらぬ場所で修行をしたのですよ」
「色々とあるんですねぇ」
「横島さん、5ヶ月もいて気付かなかったんですかいノー?」
まったく気が付かなかったと言うか、そこまで考えられるだけの精神的な余裕がなかった。
「さて、タイガーさんの修行ですが、私が見たところ肉体を通して霊力を使う事が少し拙いように感じます。そこで、総合的に鍛える事にします」
そう言って脱衣場の扉を開けるとそこは地平線の見える異空間…ではなく、ちょっと広めの道場のような整えられた空間だった。
「剛練武(ゴーレム)、でませい!」
小竜姫の凛とした掛け声とともにかつて横島も戦った剛練武が姿を現した。
「タイガーさん、まずはこの剛練武を倒してください。時間制限はありません。勝てぬと思えば退いて体勢を整えるのも自由です」
「い、いきなり実戦ですかいノー!? こう、なんかスゴイ技を教えてくれるんじゃ…」
焦るタイガーの言葉に小竜姫は少し眉をひそめる。
「霊能力と言うのは『霊能』と『霊力』に分かれます。霊力はわかりますよね? 霊格と言う事もありますが」
小竜姫の問いにタイガーは頷く。
「それに対し霊能と言うのは技を指します。例を挙げるなら横島さんの文珠ですね。この霊能と言うのは個人によって本当に千差万別なので、周りが口出しするとかえってその成長を阻害する結果になる事も少なくありません。ですから、妙神山では基本的に霊力しか鍛えません。霊能を目覚めさせるにしても、私達は手助けをするだけで最終的には修行者に委ねられるのです」
言われて見れば美神が最初に行った3つの敵と戦う修行は霊的な攻撃、防御、総合的な出力を高めると言う霊力を鍛えるもので、横島と雪之丞は霊能を目覚めさせる修行を行ったが、これは猿神により一時的に霊力の出力を増したり、あえて窮地に追い込んだりと幾つかの手助けがなされたものの、どのような霊能を目覚めさせるかは横島達自身が掴み取った結果だ。
「タイガーさん。横島さんから以前伺った話から推察するに、貴方の精神感応能力は未熟です」
「うっ…」
「貴方自身気付いていないかも知れませんが、無駄に霊力を使っている部分があります。これを改善し、剛練武を倒してください。これが第一の課題です」
「…わかりましたジャ」
タイガーは返事をして扉の向こうの剛練武を見るが、正直今の自分では到底敵いそうにない。
その上、自分の精神感応能力の無駄な部分と言われてもさっぱりわからない。
「しかし、タイガーの霊能の無駄な部分って…」
「ちょっといいかしら?」
2人して悩んでいると横島の背中に背負われた机から愛子の声が聞こえてきた。横島が机を下ろすと愛子とタマモが机から出てくる。タマモの方は今まで寝ていたようだ。眠たそうに目をこすっている。
「タイガー君に前々から聞きたかったんだけどね」
「なんですかいノー?」
「タイガー君が精神感応を使う時ってなんで虎に変身してるの?」
「………」
「………」
「「そこかッ!?」」
タイガーと横島の言葉が重なった。
「考えてみれば、わっしは虎に変身せずに精神感応をやった事がないですケエ。それができれば普通に戦うために回す霊力が増えてアイツに勝てるかも知れん!」
「俺は虎に変身しないと使えないと思ってたけど、考えてみりゃ意味ないもんな。自分で『張り子の虎』だとか言ってたし」
少し光明が見えて来た。
タイガーは実戦あるのみとばかりに勇んで道場へと入って行き、横島達はそれを見送る。
「次はピートさんがここを使いますから、私達は場所を変えましょう」
「そうっスね」
「ところで横島さん?」
「はい?」
横島が振り返ると何故か小竜姫の霊圧が高まっている。
「そちらのお二人が誰なのか…説明していただけるんですよね?」
にこやかなだけに余計に怖かった。