ピート、タイガーの修業が終わり、入れ替わるようにメドーサと横島が異空間に入って行ったので、他の皆が広間に集まって2人の戦いを見守っていた。
タイガーは無事禍刀羅守に勝利する事ができたらしく、ピートもまた猿神により己の殻を破り、総合的に鍛えられた様で、傷だらけだが、どこか晴々とした表情でモニタに映る横島達を見守っていた。
温泉から戻って来たワルキューレとパピリオは浴衣で、ワルキューレが団扇をパピリオがフルーツ牛乳を持って観戦している。
ちなみに、何時の間にか小竜姫のおかげか食事改善され、蜂蜜以外も口にできる様になったパピリオを見て、ルシオラ達が食事改善に乗り出したのはまた別の話である。
閑話休題。
メドーサが横島と戦うために選んだ場所は異空間《ろの6番》。広いなだらかな丘陵に無数の水晶の柱が立ち並び、常に薄い霧が立ち込めている寂しくも神秘的な風景の場所だった。
単純な力の量で比べて見ると横島は魔力を使わない条件下で100マイトと少し。対するメドーサは小竜姫とほぼ互角で横島の10倍を軽く越えるマイトを誇る。
ちなみに、パピリオ、ルシオラはメドーサ、小竜姫より更に強く。2人が離反した後、アシュタロスにより力を与えられたベスパはその2人を超えている。1年の寿命を解除して力が弱まったにも関わらずだ。
横島がベスパに勝ったからと言って単純に横島の方が強いという訳ではない。文珠をはじめとする霊能を駆使する事でマイトの差を埋める事ができなくとも、勝利する事が可能となったのだ。
当然、横島がメドーサに勝つ事もまた可能なはずなのだが…
「ふっふっふっ、宿命の親娘対決か」
「いつまでもふざけてるとケガじゃ済まないよ?」
至近距離で向い合う2人。
異空間《ろの6番》は人が1人か2人通れるのかの間隔でびっしりと水晶の柱がそびえており、扉を開けてすぐのこの向い合うだけしかできない空間が最も広い平地だ。
メドーサは掌の上に拳大の竜気の塊を出し空高く飛ばす。
「もうじき、あれが弾けて強い輝きを放つ。それが試合開始の合図だ、いいね?」
「…ああ」
横島は空に浮かぶ竜気の塊を見上げ…それが弾け強い輝きを放った。
「よし、試合開始だ! って、あれ?」
横島が視線をメドーサに戻すが、そこにメドーサの姿はない。
「!?」
何かを感じて身を捩らせた瞬間、背後から放たれたメドーサの一撃が横島の腕を掠った。
「よくかわしたじゃないか…覚悟しな、私が実戦形式で本当の戦いってヤツを教えてやるよ」
「メドーサッ…! 俺はそんな悪い娘に育てた覚えはないぞーッ!!」
「育てられた覚えもないわッ!」
今度は頭上からの一撃が横島の後頭部に命中した。
その後も2人の戦いは一方的だった。
横島が優勢? 違う、メドーサが横島を圧倒しているのだ。
メドーサは無数の水晶の柱と霧を利用し、気配を隠してヒットアンドアウェイを繰り返している。対する横島は霊力を高めて身を守りつつ、文珠を使うチャンスを探っているが、メドーサが今どこにいるかさえ掴めずにいた。
「横島さんはベスパにも勝ったはずなのに…」
「メドーサの戦い方が巧みなのだろうな」
「文珠が決まれば状況は変わるだろうけど、今の状態じゃ竜の牙を持たせたとしても横島さんに勝ち目はないのねー」
小竜姫が愕然とした声をあげ、猿神とヒャクメが2人の戦いを分析する。
猿神に言わせればこれはメドーサなりの親切心なのだろう。
メドーサは妙神山に来た後、「ヒマだから」と横島とベスパの戦いの記録映像を何度か見ていた。おそらく、彼女が指名手配されていた頃からのライフワークであろう情報収拾の一環だと思われる。
集めた情報を分析し、その中から必勝の策を弾き出す、それがメドーサの基本戦法。だからこそ、メドーサは小竜姫の気付かなかった横島の弱点に気付いたのだ。
そう、ある意味素直過ぎる戦い方を。
互角の実力を持つはずの小竜姫が幾度となくメドーサに出し抜かれているのも、小竜姫自身の真正直さと素直な戦い方のためだろう。
言うなれば天と海底をも越える実戦経験の差。
メドーサは横島が生まれるはるか前から神族に追われ戦いの中に身を置いて来たのだから、ある意味当然の事だ。
「横島、人間のままで100マイト越えるなんざ大したもんさ。褒めてやる。妖怪でもそこまで行くヤツぁ少ないしね」
声は聞こえるが姿が見えない。
横島は勘で見当をつけて栄光の手で斬りかかるが水晶の柱が砕かれるのみ。
メドーサの言葉は更に続く。
「…だがね、あんたらがはるかに強い力を持つ魔族に勝てるように、やり様によってはあんたより弱い力でもあんたに勝つ事ができる…そのあたりわかっているかい?」
「ぐあっ!」
今度は攻撃も一緒に来た。
横島は背中に刺叉の一撃を受けて倒れてしまう。
「一方的過ぎるわ…」
「あの時のベスパはそれこそ横島に何をされても受け止めなければいけない義務と言うか、使命感を持っていたからのぅ…精神的に追い詰められていたんじゃろうて」
だからこそ、ベスパは横島との戦いにおいて真正面からぶつかる以外の戦法を取らなかった。確かに、神、魔族の戦い方と言うのは、本来それが正しい。力や名誉を重んじ、策を弄するのは力のない証拠という風潮すらある。
しかし、この時のベスパはそれだけではなく、ルシオラの事に関する贖罪…横島が自分を殺すと言うのであれば、おとなしくそれを受け容れる様な悲壮な決意があったのだろう。
横島にそんなつもりがなかったと言うのは言うまでもない事だが、力の劣る彼がそこに勝機を見出したのもまた事実だ。
指名手配犯であり、自分が生き延びる事が最優先であったメドーサにはそういった名誉やしがらみこそ無用の長物だったのだが…
「しかし、姑息な手にかけては横島も負けておらんて。そろそろベスパとの戦いとは違うと思い知っておるさ」
猿神はニヤリと笑う。
豊富な実戦経験を持つのはメドーサだけではない。猿神もかつては三界を股に掛けて暴れまわっていた身、メドーサと比べてもそう劣るものではない。
その猿神直々に鍛えたのだ、横島は。
多少不利な相手でもそうそう負けはしない…多分。
「そういやさ…前々から聞きたかったんだけど」
「なんだい?」
横島の問いかけにメドーサは姿を見せぬまま答える。
「月で俺の腹の中から若返って出て来たけど、ありゃどういう仕組みだったんだ?」
「ああ、あれは…こういう仕組みさ!!」
瞬間、横島の背後で気配が膨れ上がり、霧の中からメドーサが飛び出してくる。
気配に反応していた横島はその一撃を受け止めるが、
「!?」
横島の腕に捕えられたはずのメドーサが弾けて跡形もなく消えてしまい、まったくの逆方向からの一撃が横島に襲いかかった。
「な、なんで…?」
「私も伊達にヘビ女って言われてるワケじゃないんだよ…《脱皮》さ。竜気で薄皮一枚作ってそれをオトリにする。気の塊である薄皮の方は気配を消せないから、これがなかなか成功率高いんだよ」
完璧にしてやられた。
横島は背中の痛みを堪えながらも立ち上がる。
なんとかして、メドーサの動きを止め捕えないと勝利はない。
「それじゃ、あの時のメドーサは…」
「あんたにキスしたのは薄皮の方さ、私は薄皮の舌を通って腹の中に潜り込んだんだ。その後はあんたも知っての通りだよ、霊基構造が少なかったせいでこの通り縮んだけどね」
その言葉に横島は愕然とする。
メドーサの言葉が正しいとすればあの時のメドーサは…
「だ・・・だまされたーーーッ!? はじめてのディープキスが紛い物だったなんてーーーッ!!」
「……なんでこんなヤツにやられたんだろ」
霧の中からメドーサの呆れた声が聞こえる。
一瞬、気配を感じたがすぐに消えてしまうあたりは流石と言うべきだろう。
「だったら、私に勝ってみな! 勝てたらあんたに一晩付き合ってやるよ。なんなら、あのキスの続きをしてやってもいい」
「なんだって!?」
「あ、横島さんの霊力が上がったのねー」
横島の霊力が高まった事を報告するヒャクメの背後では、
「お、落ち着け小竜姫!」
「一対一の勝負に横槍を入れちゃだめでちゅよ!」
「………」
無言で神剣を携えて異空間に向かおうとする小竜姫をワルキューレとパピリオが必死になって止めていた。
「そうか…メドーサ、寂しい思いをさせていたんだな」
「は?」
横島が何を言っているのかわからないメドーサはとりあえず間合いを取りながら様子を見る。
当の横島は芝居がかった調子で更に続けた。
「いや、何も言わなくていい! 俺には皆わかっている! さぁ! 飛び込んでおいてパパの胸にッ!!」
「アホかぁーーーッ!!」
横島がバッと両手を広げた瞬間、メドーサは勢いをつけて飛び込んで来た。
足の裏から。
見事、ドロップキックが顔面に命中である。
「ふっふっふっ…捕まえたぞぉ悪い子め♪」
「ッ!」
横島は顔面にメリ込んだメドーサの足を掴んだ。
そう、メドーサは突っ込みを入れるために思わず本体で突貫してしまったのだ。
「さぁー! こっからは親娘の愛のスキンシップの時間だ!」
「なっ!?」
そう言いつつ、文珠に『縛』の文字を込めてメドーサの動きを完全に止めようとする横島だったが、その文珠が発動した瞬間、絶体絶命に陥っているはずのメドーサがニヤリと笑う。
「甘いよ!」
次の瞬間、メドーサは超加速を発動させて加速状態に入り、自分と横島の位置をそっくりそのまま入れ替えてしまった。
「え゛?」
当然、発動した文珠の力は先程までメドーサがいた位置、つまりは横島に襲いかかる。
文珠の力に抗う事ができるはずもなく、身動きのとれなくなった横島は手も足も出ない。メドーサの完全勝利だ。
「さぁて、横島パパは娘を文珠で『縛』って どーいうスキンシップをするつもりだったのかねぇ?」
「いや、愛娘の成長をこの手で確認しようと…」
「ふざけんじゃないよっ ダメ親父がッ!」
「ああっ! かかとはやめてっ! クセになるからっ!」
その時、脱衣場へと繋がる扉が開き小竜姫達が異空間に雪崩れ込んで来た。
こうして二人の戦は終わり、ここからはメドーサ主催による横島お仕置大会が開催されるのだった。
そんな中、唯一お仕置大会に参加していなかった愛子がつつつとメドーサに近付く。
「ねぇ、メドーサ」
「ん? なんか用かい?」
愛子はしばし何かに迷っている様子だったが、やがて意を決して口を開いた。
「私の事、ママって呼んで! 血の繋がりなんかなくても貴方を実の娘と同じ様に愛してみせるわっ! それが青春だもの!!」
メドーサは無言で地面に突っ伏した。