街中に響き渡るかのような叫び声。
それは、苦しいと言う感情そのものが圧迫感となったようで、屋敷上空に飛び出した悪霊を中心に強烈な霊波が放射され続けている。
一般人の耳にも『声』としてはっきり届いている様子だ。それだけ強力な悪霊なのだろう。一般人でもそれなのだから、横島達のような霊能力者、そして薫達のような超能力者に与える影響の大きさは察するにあまりある。
「な、なんだこの声…」
「どうしたんだ、薫! 葵に紫穂まで…一体、この声が何だと言うんだっ!?」
薫と葵は耳を押さえ、紫穂に至っては頭を抱えて倒れている。
精神的に未成熟な少女達には、怨嗟の声を直接叩きつけられるのは酷と言うことだろう。いかに強い力を持ち、強がって大人ぶっていても、彼女達はあくまで子供なのだ。
しかし、超能力の使えない普通人(ノーマル)である皆本は彼女達が何故苦しんでいるかが理解できなかった。霊感のない彼にとって悪霊の声はあくまで『声』に過ぎず、そこに込められた霊波を感じ取る事ができない。
とは言え、苦しんでいる薫達を前にして、何かやらなければならない事は理解できる。
「局長、今の状態ではあの悪霊に太刀打ちできません! 合流しましょう!」
「う、うむ!」
皆本は紫穂を抱え上げ、薫と葵を桐壺に任せると、オカルトの専門家達と合流すべく移動を開始した。
今彼等がいるのが屋敷の西側。向かい合った東側には美智恵が、北に西条、南に横島が配置されている。
皆本達は南側へと向かった。横島の所には薫達と同じ超能力者であるナオミがいる。彼女も今の薫達と同じ状態に陥っているかも知れないのだ。
一方、ナオミは薫達ほどではないにせよ、悪霊の声に苦しめられていた。
「まずいな〜、こいつもそう長くは耐えられんぞ」
「よ、横島さん、これは一体…」
ただし、彼女の場合は側にいた横島が『護』の文珠で結界を張っているため、薫達程の被害は無い。ナオミが悪霊の声で苦しみ始めてすぐに、横島は文珠を発動。光のドームが二人を包み込んでいた。
二人の周囲にはB.A.B.E.L.の部隊が展開していたが、こちらは霊能力も超能力も持たない一般人のため、『声』を耳障りに感じる以上の被害は無いようだ。
「こ、これは…」
皆本が南側に駆けつけたのは丁度その時だった。横島の張った文珠の結界を見て絶句している。
その声に気付いた横島が振り向くと、そこには薫を背負った皆本、そして葵と紫穂を抱きかかえた桐壺の姿があった。薫達は皆ぐったりして汗まみれになっている。それを見た横島は、すぐさま皆本に声を掛けて薫達を結界の中へと迎え入れた。ナオミのをそのまま酷くしたような症状だったので、『声』の影響だと言うことが一目で分かったのだ。
「お前達、大丈夫か!?」
「…あれ?」
「頭ん中に入ってきてた声が…」
「………随分とマシになったわ。ありがとう、横島さん」
まだ顔色が悪いが、結界の中に入った事で三人の症状は随分と緩和されたようだ。一番重い症状を見せていた紫穂も、喋れるまで回復している。
皆本や桐壺まで中に入ると結界を広げねばならず、そうする事で結界そのものの持続時間が減少してしまうため、薫達だけを結界の中に入れ、彼等は結界の外で心配そうに薫達を見ていた。
「しかし、これはすごいネ」
「この声の持つ波長に合わせて遮断しているのでしょうか?」
皆本が興味深げに結界に触れてみるが、指はそのまま素通りして中に入ってしまう。先程薫達を中に入れた時と同じだ。つまり、この結界は悪霊の『声』のような霊的な攻撃のみを遮断するように出来ている。同じような超能力に心当たりがない皆本は、隠しきれない好奇心に目を輝かせて横島に問い掛けた。
「さぁ? 文珠が勝手にやってるんで、どう言う理屈かはさっぱり」
しかし、横島から返ってきた答えは、彼の期待に沿うものではなかった。
文珠の仕組みと言うのは、横島自身よく分かっていないそうだ。彼はあくまでイメージするだけで、具体的にどうやって望む効果を発揮するかは、いちいち考えていないとの事。文珠と言うのは、想像以上に融通の利くアバウトな霊能のようだ。
もっと高尚なものをイメージしていた皆本にとっては肩透かしではあるが、その利便性に関しては脱帽せざるを得ない。
仮に、眼前の薫達をB.A.B.E.L.(バベル)の力でこの『声』から守ろうとすれば、まずこの『声』の性質を調べ、それを無効化するための装置を準備してと相当な時間が必要となるだろう。そう考えると、一瞬にして必要な事をしてしまう文珠と言うのは、なるほど正に『万能の霊能』である。
一方、横島達から忘れられているタマモはどうしたかと言うと―――
「あいつめ…私の事完璧に忘れてるわね」
―――『声』に晒されながらも平然としていた。
狐の姿の時は尾となる髪の房が手のようになって器用に耳を塞いでおり、横島が守らなくとも薫達のようになる心配はないのだが、それでも無視されるのは腹立たしいらしい。腰に手を当てて頬を膨らませている。
彼女の場合は全身を自分の妖力でガードしているらしい。耳を塞いでいるのはただ単にうるさいだけのようだ。
「あんたらねぇ、もうちょい力入れてガードしなさいよ」
そのまま近付き、薫達に呆れたような声を掛けるタマモ。平然としているタマモに驚いた様子だったが、薫はすぐさま反論を始める。
「そうは言っても私達はタマモねーちゃん程器用じゃないんだよ!」
「器用とかそういう問題じゃなくて、相手の霊波に力をぶつけて相殺するのよ。力の性質はあんたのに近いでしょうに」
「え、まじ?」
「た、確かに、念動能力(サイコキネシス)だ…」
タマモに言われて、『声』を超能力として調査した皆本は、端末の画面に表示された結果を見て愕然とした。確かに彼女の言う通り、その正体は念動能力。しかも、彼の見た事のないタイプの物だったのだ。
「…確か、ミイラになってた指名手配犯も催眠能力(ヒュプノ)と念動能力の複合能力者よね?」
それを聞いた紫穂がポツリと呟き、桐壺がそれに答えるように頷いた。
「つまり、あの空にいる悪霊は…って、あれの『超度(レベル)』せいぜい4から5程度やろ? こんなドデカい力は…」
「これが、肉体の枷を外したと言う事か…?」
「あるわけない」と続けようとした葵の言葉を遮るように口を開いたのは皆本。先程美智恵から学んだ知識を既に自分のものとしている。彼は、今でこそ特務エスパー『ザ・チルドレン』の現場運用主任となっているが、元々は二十歳の若さでB.A.B.E.L.の科学研究員に抜擢されるほどのエリートなのだ。その学習能力の高さは凄まじいものがある。
「催眠能力が発動していないのは、どう催眠するかの判断ができなくなっていると言う事か。その分を念動能力に回しているとも考えられるが…」
調査で得られたデータから次々の仮説を立てていく皆本。
超能力、そしてオカルトに関する考え方が、B.A.B.E.L.特有の科学絶対主義だけでなく、美智恵や西条の意見も取り入れた柔軟なものに変わりつつある事を彼自身気付いていない。
その時、辺りに轟音が鳴り響いた。
驚いて一同が空を見上げると、件の悪霊を弾幕が覆っている。北側と東側のオカルトGメンが新型破魔札マシンガンで攻撃を開始したようだ。
隊員達が一斉に撃ち込んだ半分以上が『声』に阻まれて悪霊本体まで届いていないようだが、残りはしっかりと屋根の上の悪霊にダメージを与えていた。
あの悪霊は元が超能力者のためか、悪霊の中でもかなり強力なものに分類される。素人同然と揶揄されるオカルトGメンではあるが、新型装備の性能で十分対抗できる事が実証された。数で圧倒しているだけと言う意見もあるだろうが、それこそオカルトGメンの真骨頂である。
「向こうは始めたみたいだネ…タマモ君、君が言っていた、その、敵、の気配? それはあの屋根の上ので間違いないのかネ?」
桐壺はまだオカルト全般に抵抗があるようだ。
何が言いたいかを察したタマモは屋敷の方を目を凝らして見詰め、そして首を横に振った。
「…いるわね、まだ屋敷の中に」
「別の敵がいると言う事か…」
「多分だけど、それが他の霊を操ってるんじゃないかしら? 空のアレ、何か抑え込まれてるような苦しみ感じたし」
屋敷の中に別の霊が存在している事は間違いなく、それが指名手配犯の悪霊を支配しているのではないかと彼女は言う。当然皆本達はそんな事が可能なのかと疑問を浮かべるが、タマモは「『死霊使い(ネクロマンサー)』なら可能」と一言。オカルトでは常識的な事なのだ。皆本も流石民間GSに保護されているだけあって、オカルトに詳しいと納得する。
「横島君、我々はどうすれば良いと思うかネ?」
「やっぱ、屋敷の中に入ってその黒幕をどうにかするっきゃないでしょうねぇ」
そう言って横島は屋敷の方を見るが、屋敷の上空に悪霊が現れてから屋敷を取り巻くポルターガイストが激しくなっていた。窓を突き破って屋敷の中の物が次々に飛び出してポルターガイストの嵐に加わっている。この様子では、屋敷の中もポルターガイストの嵐が吹き荒れているだろう。
更に物だけでなく雑霊も混じっているようで、これでは装甲車で近付いたとしても、雑霊は装甲を容易くすり抜けてしまうだろう。
これでは屋敷に近付く事ができない。一同はそう考えたが、同時にある事を思い出し、皆の視線が一人の少女に集まった。
「ウチの出番ってわけか」
野上葵、B.A.B.E.L.の誇る超度7の瞬間移動能力者(テレポーター)である。
オカルトGメンに負けていられないとB.A.B.E.L.も慌しく動き始めた。
まず、薫、ナオミが二人掛かりの念動能力で『声』を相殺し、葵の瞬間移動で屋敷に突入。しかる後にタマモ、紫穂が黒幕を探し当て、横島が除霊する。これがB.A.B.E.L.の作戦だ。
「よーっし、ほんじゃ行こか!」
「おうっ!」
「いつでもいいわよ」
出番がようやく回ってきたため、三人の少女達はやけに張り切っている。兄と慕う横島と共に仕事をするのは初めての事なので、その辺りも関係しているのかも知れない。
「僕も行ければいいんだが、『声』を相殺するための念動能力のフィールドは大きくなるほど超能力者に掛かる負担が大きくなってしまう…」
「気にすんなって、私達でちゃっちゃと片付けてくるからさ!」
皆本は桐壺ほどではないにしろ長身であるため、念動能力で彼も守りながら進むとなると、薫とナオミに掛かる負担が大きくなってしまうのだ。霊感がない彼にはさほど影響はないとは言え、屋敷の中はポルターガイストの嵐。念動能力の守り無しに進めるものではない。
「それじゃ、薫達の負担を少なくするために俺も…」
「って、にいちゃんは一緒に来いよー!」
「あんた、私が働いてるのに見物して楽しようって言う気?」
横島は冗談混じりに自分も残ろうとしたが、案の定薫に引き止められ、タマモに脅された。
念動能力のフィールドは球形状に形成されるため、一番背の高い横島を中心にナオミ、タマモ、薫達と言う順に集まる。範囲を狭めた方が薫達も楽ができるので、その様はまるで季節外れのおしくらまんじゅうだ。
「横島さん、鼻の下伸びてるわよ」
「紫穂ちゃん、こういう時ぐらい心読むのは…」
「読む必要がないぐらい顔に出てるから」
今から敵地に突入すると言うのに、横島は一人だけ実に幸せそうであった。
「文珠の結界、そろそろ切れますよ」
「分かった。こちらも薫達のリミッターを解除する。『チルドレン』、解禁ッ!」
B.A.B.E.L.の特務エスパー達は、任務以外で強力な超能力を使えないように普段はリミッターによって力を抑制されている。現場運用主任である皆本は、それを解除し、薫達の力を解放する。ナオミの現場運用主任である谷崎一尉は他ならぬナオミによってリタイアさせられたためここには来ておらず、彼女のリミッターは桐壺が解除した。
「よーっし! 久々に全力を出せるぞーっ!」
横島の張った結界がそろそろ限界に近付いていたので、代わって薫とナオミが念動能力を放出して『声』を相殺する。
「ほんなら跳ぶでーっ!」
ここから先は時間との戦いだ。力を放出し続ける事を余儀なくされる薫とナオミが力を使い切る前に決着をつけなければならない。葵は屋敷を見据えると、その中でも障害物の少ない部屋を見繕って跳んだ。彼女の瞬間移動(テレポート)は跳躍先の空間をイメージし、把握する事が第一なため、ポルターガイストのような何か飛び交う、例えば雪が降っているような状況ではうまくできなくなってしまう。ただし、今回の場合は念動能力でフィールドを張った状態で跳ぶため、逆に邪魔者を吹き飛ばすぐらいの勢いで瞬間移動していた。
「突入は成功したか」
「一階のリビングですね。ミイラがあったのは二階の部屋ですけど…」
一度屋敷内に入った事のある横島とナオミが現在位置を確認する。
今は屋敷内もポルターガイストの嵐が吹き荒れており、家具やインテリアだけでなく雑霊も一緒に飛び交っていた。しかし、流石に念動能力のフィールドをすり抜ける事はできないようだ。近付いてきた雑霊はフィールドに弾かれている。
横島達は念動能力で宙に浮いたまま移動を開始した。
「タマモ、何かを封じている札とやらはどこだ?」
「ここからさほど離れてないみたいだけど…近くに骨董品とか置いてる部屋なかった?」
「骨董品?」
「そう言えば、掛け軸とか額縁が飾られた部屋がありましたね」
「…ああ、そう言えば」
ナオミに言われて、横島はむやみやたらと高級そうな調度品が陳列された部屋があった事を思い出した。
一言で言えば「和洋折衷」。バランスと言うものが一切考慮されていないかのようなその部屋を見て、美術品に関しては素人である横島さえも「悪趣味」と眉をしかめるような部屋だ。
「そいや、古いもんには悪い霊が付きやすいって言うな」
金銭が絡む事となると興味があるのか、葵が口を開いた。
古い宝石類に霊が憑きやすいと言うのはオカルト関係者だけでなく一般人の間でも有名な話だが、古い美術品と言うのも負けていない。人の手によって産み出され作り手達の念が込められたそれらは、憑き物がある割合では宝石類にも勝る。
違いがあるとすれば、人手を渡っている内に「欲望」のような怨念が憑く宝石類と違って、美術品の類は完成した時点で作り手の「執念」が憑いていると言う点だろうか。
除霊対象が宝石類だった場合はかつての持ち主を、美術品の場合は作り手が憑いている可能性をまず疑うのが除霊における基本だ。そして、霊障の原因が分からない場合はまず現場に骨董品の類がないかを調べるのもまた基本である。
先刻美智恵が横島に一通り霊視してみてどうだったかと聞いたが、あれは怪しい骨董品はなかったかと言う意味だったのだ。横島がその基本を知らなかったため互いの意図が行き違いになってしまったが、もし美智恵が横島のGSとしての知識の乏しさに思い至っていれば、もっと早く黒幕の存在に辿り着いていたであろう。
閑話休題。
「問題の部屋についたけど、どうする?」
「薫、ナオミ、床に手が付くまでフィールドを下ろしてくれる?」
言われるままにフィールドを下ろす二人、そしてタマモは紫穂に向き直る。
「紫穂」
「任せて」
名を呼んだだけで、大体を察したようだ。
紫穂は床に手を付いて超度7の精神感応能力(サイコメトリー)で黒幕の位置を探る。これだけ「自分を守る」と言う自我に基づいて動いているのだ。彼女ならばその意志を読み取り、位置を特定する事ができる。
「…見つけた。正面の掛け軸」
一同の視線が一点に集まった。
そこにあったのは壁に掛けられた掛け軸。洋室の壁に掛けられているため、非常に周囲の風景から浮いて見える。
「なんか安っぽいヤツねぇ」
「そうか? 俺にはよく分からんが」
掛け軸を見たタマモは眉を顰めた。彼女の眼にはそれが作り手の執念が宿るような芸術品には見えなかった。
薫とナオミは慎重にフィールドをそれに近付けていく。実際にそれを手に取って調べてみようと言うのだ。当然、手に取るのは横島だ。
「…で、ヨゴレ役は結局俺かい」
「この場合は『毒見役』って言うた方が正確ちゃうか?」
横島は球形フィールドの中心に居たため、前に居た葵の肩に片手を乗せ、頭越しに掛け軸へと手を伸ばして、それを取り外した。周囲のポルターガイストに変化はなく、それを妨害しようと言う動きもない。
「う〜ん、これがホントに黒幕かぁ?」
その声は「信じられない」と如実に語っている。それなりに霊感が働くようになった横島が、実際に手に触れていると言うのに何も感じられない。
「…!」
部屋の灯りで透かして見ようとしていると、突然薫達が横島に抱きついてきた。
葵、紫穂だけでなくナオミまで抱きついてきたので一瞬理性が跳びそうになるが、薫達もいるので何とかそれに耐える。
「に、にいちゃん、あれ!」
「あれ?」
薫が指差す先は、先程横島が掛け軸を取った壁。そちらに視線を向けて、横島は驚きに目を見開いた。
そこにあったのは奇妙なシミ。血の跡を思わせる黒ずんだ紅のそれは、人の形をしているようにも見えた。
どうやら薫達はこれが怖いようだ。たとえ悪霊であろうとも超能力者であれば平気だと言うのに、こういういかにも怪談に出てきそうなものは苦手らしい。
「なるほど、これを安物の掛け軸で隠していたのね」
逆にまったく恐れていないのがタマモ。こちらはこんなナリをしていても妖怪だ。こんな事でわざわざ怖がってはいられない。平然とシミに触れ、臭いを嗅いで、それを調べている。
「…色々と言いたい事はあるが、何か分かったか?」
「『コイツ』が黒幕で間違いなさそうね。このシミを基点に屋敷全体に宿ってるのよ」
「これを浄化すればいいのか?」
「…いや、壁ごと吹き飛ばして」
物騒な事をタマモはのたまうが、これは勿論理由がある。
確かにこの人型にも見えるシミを見れば、これが悪霊の正体だと思ってしまうだろう。しかし、これ自体はあくまで基点。式神で言うところの霊力の供給点、チャクラに過ぎない。悪霊の本体はあくまでこの屋敷全体に宿っているのだ。
そして、同時にこのシミが基点である事は確かなのだ。
このシミがあるからこそ、悪霊は屋敷を自分の肉体として憑依していられる。
ならば、このシミがある壁を吹き飛ばしてしまえばどうなるか。当然、悪霊は屋敷に憑依していられず、引き剥がされる事になるだろう。そうすれば、後は通常の除霊と同じだ。外にいるオカルトGメンに任せれば結界車両と新型破魔札マシンガンで祓ってくれる。
「と言うわけでやっちゃいなさい」
「りょーかいっ!」
壁に穴を開けようとするならば、『爆』等の文字を込めた文珠を使うか、サイキックソーサーを叩きつけるかだが、今の横島にはそれよりも手っ取り早い、そして今しか使えない手段があった。
「よ、横島さん、早くやっちゃってくださ〜い」
横島の腕にしがみ付いているナオミ。当然、彼の腕はやわらかな感触に包まれている。
そして薫、葵、紫穂の三人も負けじと横島にひしっと抱きついている。背中にしがみ付いてコアラの子のようになっている薫はいつも通りの姿だが、葵と紫穂の二人がこうも素直に抱きついてくるのは非常に珍しい。子供特有の高い体温が実に心地良かった。
「煩悩集中ーーーッ!!」
こんな状況で彼が取るべき手段は一つだ。
「今ならできる」とある種の確信を持って横島は額から強力な霊波砲、煩悩光線を発射した。かつてバンダナに心眼が宿っていた頃に使用した事がある霊能である。
この霊能は横島の煩悩が原動力なため、状況次第では文珠以上の破壊力を弾き出す事ができる。今こそ正にその時であろう。
煩悩光線はシミを消し飛ばすどころか、あっさりと壁を貫通してしまった。
その瞬間、辺りに断末魔が響き渡り、周囲を飛び交っていた物は床に落下。そして雑霊達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。屋敷に宿っていた悪霊が追い出された事により、支配されていた雑霊達が解放されたのだ。
「薫もナオミも、もう念動能力解除していいわよ。後は外の戦いが終わるまで、見物させてもらいましょ」
フィールドが解除されて床に降り立つと、散乱した物を避けながら窓際に移動して外の庭の様子を窺うタマモ。
庭の方では美智恵、西条率いるオカルトGメンと指名手配犯の悪霊、屋敷に憑依していた悪霊との壮絶な戦いが繰り広げられていた。
援軍に向う事もできるが、横島とタマモは民間GS、薫、葵、紫穂、ナオミはB.A.B.E.L.の特務エスパー。ここはオカルトGメンの顔を立てるべき…と言う理由をつけて高見の見物を決め込む事にする。
「うおっ! オカルトGメンのマシンガン、やっぱすげぇーーーっ!!」
しがみ付いていた背中からよじ登り、肩車の体勢になった薫は、オカルトGメンの戦いを見て大はしゃぎだった。
逆に葵や紫穂はあまり興味がないのか、疲れてしまったのか、ソファを見つけて座り込みぐったりとしている。ナオミも疲れてはいたが、後学のためか横島に寄り添うように並び、オカルトGメンの戦いを見詰めていた。
結局、少々時間は掛かったが、オカルトGメンは勝利を収めることができた。最後は美智恵と西条の二人が屋根の上に登り、破魔札の弾幕を受けて動きを止められた二体の悪霊を、神通棍と霊剣ジャスティスでそれぞれ仕留めて閉幕だ。
「フフフ…いけるわ、この新型破魔札マシンガンはいけるわよーーーっ!!」
美智恵は正義感だけが強く、能力的には素人に毛が生えた程度だった隊員達が、十分以上の援護を果たした事に気を良くして屋根の上で快哉の雄叫びを上げており、西条がみっともないと必死にそれを止めている。
桐壺と皆本は、それを見なかった事にして屋敷の中へと入って行った。中に突入したまま連絡がない薫達の安否を確認するためだ。
「あれ、桐壺さん。どうしたんですか?」
桐壺達が二階への階段を駆け上ろうとしたところで、脇の廊下から横島の声が聞こえてきた。
今度は途中まで登った階段を駆け下りて声のした廊下の方を見てみると、薫を肩車した横島が、ナオミ達を連れて現れた。
葵と紫穂は本格的に眠ってしまったらしく、薫が念動能力で浮かべて運んできている。横島は自分が担いで運ぼうとしたが、薫が肩から降りなかったのだ。ナオミもフィールドを張るのに疲れた様子だが、薫はそんな素振りも見せずに元気一杯である。これが超度7と6の間にある高い壁なのだろう。おかげで兄を独占できて薫はご満悦である。
今回の除霊は、表向きはB.A.B.E.L.がオカルトGメンに依頼し、オカルトGメンが結界車両で悪霊を燻り出し、そして退治したと言うシナリオを押し通す事になるだろう。
これに横島も異存はなかった。彼としては通常除霊より色をつけた除霊料金をもらえるだけで満足なのである。
そして、タマモも桐壺から先程のきつねうどんに使われていた油揚げに関する情報、まだ知らない高級豆腐店の情報を聞き、もう除霊の事は忘れて次の食べ歩きに想いを馳せていた。
勇み足でオカルトGメンを飛び越えて民間GS、横島達に依頼してしまった桐壺にとっては実に有り難い話だ。
「なぁ、にいちゃん。明日は学校も休みだし、泊まりに行っていいか?」
薫にはそんな『大人の事情』は関係なかった。
このままB.A.B.E.L.の方には戻らず、横島の家に帰る気満々である。
「ん、別に構わんぞ。いつもならそんな事聞かずに押し掛けてくるだろうに」
「へへっ、今日はちょっとサービスしてやろうと思ってなー」
「サービス?」
横島が怪訝そうな顔をして頭の上の薫に顔を向けると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、手を高々と掲げた。
「サーイキーック…超特急ーーーッ!!」
「お、おい?」
「きゃっ!?」
自分と横島、タマモに葵に紫穂、そしてナオミまでをも念動能力で持ち上げると、そのまま横島の家に向って一直線で飛び立った。
「今日はサービスでナオミねーちゃんもついてくるぞーっ♪」
「いきなり何やっとるかーーーっ!?」
突然の薫の行動に横島はツっこみを入れるが―――
「あ、あの、よろしくお願いします」
「お、ナオミねーちゃんもヤる気満々じゃん!」
―――「超能力者でも関係なく受け容れられる家庭」に興味があったナオミは、あっさりと受け容れた。
薫は横島の首に足を回して下卑た笑みを浮かべているが、薫の言う「ヤる気」とナオミの「やる気」が明らかに違う事は言うまでもない事である。
薫が来る日はいつもの事だが、今日は更ににぎやかになりそうだ。
「…あんた、今日は六女の子達も集まってるんだから、自重しなさいよ?」
「わ、分かってるって」
明日が休みと言う事は、六女の一年生達によるプチ合宿が行われると言う事だ。この時間ならば、泊まらずに帰宅する面々もまだ帰っていないだろう。
彼女達ならば、きっとナオミとも良い友人になれるはずだ。そうすれば、ナオミも横島の家に来やすくなるに違いない。
そういう打算も頭の隅に入れながら、横島はナオミをどうやって歓迎しようかと考えていた。
「そいや、六女のねーちゃん達と泊まるの重なるの久しぶりだなー」
「お前達が来るの平日が多いからな」
「いやー、小学校行くようになってから、土日に検査とか本部待機ってのが増えてさ」
薫達が土日を外す理由はそれだけではなく、横島も学生であるため、遠出する仕事を土日に回す事が多いのも理由の一つだ。彼女達、特に薫にとっては横島がいなければ、泊まりに行く理由が半減してしまう。
「ホントに兄妹みたいですね」
「あの二人見て他人って判断する方が難しいわよ」
そんな微笑ましい二人のやり取りを見て、ナオミもつられて笑う。
タマモも呆れたように苦笑しているが、彼女も彼女なりに薫達を妹分として受け容れている。
「よーし、家に着いて皆を降ろしたら買い物に行くぞ!」
「おうっ!」
今夜はナオミの歓迎パーティになるだろう。
現場では高級豆腐店の油揚げの料理をタダ食い。家では愛子達の手料理を味わう。
買ってきた稲荷寿司は冷蔵庫に叩き込まれてしまったが、今日は実に良い日だと、タマモは満足気に微笑んでいた。
そして、タマモとは別の意味で微笑んでいた者が一人。
「ぐふふ、ナオミちゃんが泊まっていくって事はあーんな事や、こーんな事まで…」
あわよくばナオミと更に仲良くなろうと目論んでいた横島である。
しかし、彼は知らなかった。
「ぐふふ、今日は葵も紫穂も寝ちまってるからあーんな事や、こーんな事まで…」
肩車された薫も同じような笑みを浮かべていた事を。
葵と紫穂が眠ってしまっている事で兄を独占できるようになり、甘えん坊全開となった薫のおかげで、彼の望みが叶えられる事はない。
しかし、横島がそれを知るのはもう少し先の話であった。
おわる
あとがき
ナオミをあまり暴れさせられなかったのが少々残念ではありますが…
今回で『絶対可憐にワイルドに』は完結となります。
やはり、敵が弱すぎたようです。あと、薫達がいる場所での横島がおとなし過ぎました。
このエピソードを書いていて、『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』の行く道が見えたような気がします。
次のエピソード以降はB.A.B.E.L.やオカルトGメンの因縁を抜きにして、
タイトル通り『チルドレン』を中心に話を進めていく事になるでしょう。
代理人の感想
タイトルの割に実は余りワイルドじゃなかったな、今回。(ぉ
今回ワイルド(野生の勘)を見せつけていたのはむしろタマモのよーな気がしますわ(爆)。
まぁナオミのあのワイルドさ自体一発ネタといえばそうなんですが。w
美智恵さんもはっちゃけたなあ。オカルトGメンの仕事が余程辛いんだろうか。
西条も時々はっちゃけている所を見ると当たらずとも遠からずのような気も(爆)。