オーブが滅亡した後、地球連合軍はこのたび失われた戦力の再建に大忙しだった。大西洋連邦軍は太平洋地域に対して新たに
1個洋上艦隊を配置して制海権維持を図る一方で、退役していた艦艇を急遽、現役に復帰させる手続きに入った。さらにタンカーや
貨物船を急遽、改装して特設MS母艦とした。この特設母艦には生産が開始されたディープフォビドゥンが搭載され、シーレーン防衛
に動員されることになる。必要となる予算も莫大なものだったが、それに必要な予算の一部は接収した在外オーブ資産によって賄われた。
『やれやれ、このたびのオーブ戦争、かなりの被害を被りましたな』
『確かに。やはりかの国には、理事が言っていたように経済的締め付けに留めるべきだったようですな』
アズラエルは軍需産業連合理事会で己の見識を讃えられたが、嬉しくは無かった。何故なら目の前にいる妖怪みたいな金と権力の亡者
の中にはオーブの滅亡を受けて、在外オーブ資産の一部を二束三文で買い叩いている者が多い。あえて言えばハゲタカみたいな連中が
大勢存在する。一般市民的な倫理観を持っている彼としてはそんな人間から褒められても、嬉しくとも何とも無いと言うのが本音だった。
尤も、そんな感情を表に出すほど彼は未熟ではないが。モニターの向こう側にいる人間達に営業スマイルで話を続けた。
「まぁ滅んだ国の話は後にしましょう。それよりも問題は今後の戦略方針でしょう」
『カーペンタリア、及びジブラルタル攻略で宜しいのでは?』
「残念ながら洋上艦隊の損害は決して少なくないのです。本格的な反攻には今しばらくの時間が必要でしょう」
戦闘艦の機能を失った艦をすべて修理するには、かなりの時間が掛かる。と言うか、全ての艦艇を修理するには半年以上は掛かる。
しかも修理するためにドックが塞がってしまうので、新造艦の建造計画も大幅に狂うだろう。
「まぁ大西洋連邦と東アジア共和国の工業力を総動員すれば、何とか持ち直すでしょうが」
『と言うことはカーペンタリアへの侵攻は今しばらくは見合わせると?』
「恐らくはそうなります。現状では、大西洋連邦はカーペンタリアのザフト軍を封じ込めると同時に、大洋州連合への経済的締め付け
を行うことになるでしょう」
元々、大洋州連合などの親プラント国は、プラントを有することで富と技術を得た理事国に追いつくためにプラントと手を結んだに
過ぎない。もしこれ以上戦争が長引き、プラントと手を組むのが損になると判れば連合へ乗り換えるだろう……アズラエルはそう考えて
いたので、連合首脳会議で大洋州連合への締め付けを強化する提案をするつもりだった。
『まぁ理事がそう仰るなら、我々としては構いません』
『確かに。今のところ、理事の戦争指導はほぼうまくいっていますからな』
(今のところかよ、と言うか失敗したら全部俺に責任押し付ける気満々だな)
心の中で少しだけ殺意を覚えながらも、アズラエルは彼らから今後の協力を取り付けた。
アズラエルは軍需産業連合からの協力をバックにして、国防長官ハッチと参謀本部長キンケードにMSの増産と配備を進めさせた。
また彼は議会に民間企業による新兵訓練や後方支援の請負だけでなく、私設軍の所有と実戦への参加を認めさせようとした。
『つまり訓練だけではなく実戦にも出させろ、そう言う訳ですか?』
電話越しに聞こえてくるハッチの声はやや困惑していた。
「そうです。僕たちとしてもこんな戦争は一刻も早く終わらせたいんで、そのお手伝いをさせて頂こうかと」
『まぁ確かにこれだけ戦争が長引けば、民間の助力もいるかもしれませんが……』
「パナマとアラスカでこちらの実力は示したと思いますが?」
『たしかにそうですが……』
アズラエルに多額の献金をしてもらっているハッチはあまり強く出られない。さらに軍需産業連合からも圧力が掛かっているので
彼に与えられた回答はひとつしかない。
「それにうちの人材は優秀ですよ。そこらの傭兵と一緒にしないでください」
『………判りました。早速、手配しておきます』
「ありがとうございます、国防長官……今後とも、ご贔屓願いますよ」
一方でアズラエルの私兵集団が連合軍の一角をなすと聞いた連合穏健派は一様に眉をひそめた。
特にアンダーソンは、カリウス提督の報告に思わず自分の椅子から腰を浮かせた。
「司令部は何を考えているというのだ。あんな連中を連合軍部隊として参加させるとは……」
「オーブであれだけの消耗を受けていますし、宇宙軍再建までの時間稼ぎといったところでしょう」
「だが指揮系統に障害が出る危険性もあるだろうに」
「その点を瞑っても、お偉方は戦力が欲しかったんですよ」
この言葉に、アンダーソンはため息をついた。
「プラント穏健派との停戦交渉は挫折。そのうえ穏健派そのものが壊滅。この状況でブルーコスモスの影響力が拡大か……
このままでは、この戦争は最果てのない殺し合いになってしまう。それだけは阻止しなければならない」
穏健派が政権をとれば、連合、プラント双方が一定の譲歩をすることで停戦も可能だったのだが、その可能性は潰えた。
大西洋連邦では反プラント感情が強く、プラントが呑めるような条件を市民が納得するはずがない。
「プラント穏健派を支援しては如何でしょうか?」
「穏健派を? それは無意味だろう。あの歌姫が余計な足を引っ張ってくれたせいで、彼らの復権は絶望的だぞ」
「確かに彼らが政権を奪取するのは不可能でしょうが、ザフトの足並みを乱すことは可能です」
また、カリウスはザフト内部で孤立しているクライン派を積極的にこちらが利用することで、ブルーコスモスの私兵集団に対抗することを
アンダーソンに対して提案した。
「つまり、こちらも連中同様に独自に部隊を持つということか……」
「はい。この意見にはマルキオ導師も賛成しています」
アンダーソン将軍はマルキオ導師が関わっていることを知って、眉をひそめる。
「あの救世主思想をもった宗教家か」
SEEDを持つ者による救済……彼の唱える救世主思想に対してアンダーソンは懐疑的であり、そのような思想は好まなかった。
人類の歴史は大勢の人間が傷つきながらも前に進めるものであり、一部の人間が進めるものではない……それが彼の信念だった。
「確かに彼の思想は眉唾物ですが、彼と我々の利害が一致する点は少なからずあります」
「敵がブルーコスモスということか」
「どちらかというと彼も我々の敵に近いですが、ブルーコスモスという共通の敵がいる限りは同盟関係が続くでしょう」
情報部の責任者だけあって彼は非常にドライな考え方をしていた。
「古今東西、同盟というものは相手を利用することを望むゆえに成立します。マルキオが敵に回れば彼を疎む人間と
手を組んで排除すればよいでしょう。盲目の宗教家を抹殺する方法などいくらでもあります」
「まぁ良い。で、奴とは何を話したのだ?」
彼はオーブ戦の直後にあったマルキオ導師との会談を話し始めた。
青の軌跡 第10話
オーブ戦の直後、大西洋連邦の首都ワシントンの一角に存在している廃ビルで、カリウスはマルキオと密会していた。
その中で、彼は最近になってよく聞くようになった勢力の名前をマルキオの口から聞いた。
「クライン派ですか……確か、あの派閥はクライン親子が起こした騒動で、国家反逆罪を着せられて拘束された筈では?」
カリウス提督の情報部は、アズラエルの情報網(情報省の物)とは別にプラントに多数張り巡らせており、それなりに
情報を収集していた。
「確かにクライン派議員は多くが拘束されましたが、彼らに同調する勢力がすべて逮捕された訳ではありません」
「つまりクライン派に組する勢力と、現政権に組する派閥が敵対関係にあると」
「はい。すでにレジスタンスが組織されており、プラント国内では組織的に動き回っています」
「なるほど、つまり現政権の監視網を掻い潜り動き回れるだけの勢力だと」
「はい」
カリウスはプラント内部で諜報活動をしている工作員に情報収集を急がせることを決めた。
「で、貴方が彼らの話をすると言うことは、こちらに何かご要望が?」
カリウスは仕事の都合上、マルキオとの関係が深かった。別に盟友というわけではなかったが、それでも何を言いたいのか判った。
「ラクスさまは近々プラントから脱出します。その援護とその後の支援を」
「彼女は危険な状態なのですか?」
「確かに現政権の目を掻い潜ってはいますが、それとて永久的に続くとは言えません。
ラクス様はこの戦いを一刻も早く終わらせるために、プラント外での動きを開始されます」
「……ということは彼女は囮ですか」
この台詞を言った直後、カナリスは考え込んだ。彼はブルーコスモスの介入なしに自分の権限で動かせる資金、兵隊を算出する。
資金は裏帳簿と工作費から捻出するとして、問題は兵隊だな。傭兵だと裏切られる可能性があるし……。
カナリスは元々傭兵を信用していなかった。彼の視点から言えば所詮傭兵は金で雇われた存在であり、国家を背負っているわけでは
ないので、戦況が不利になったら逃げ出すのが大半を占める人間たちだ。
(まともにやれるのはサーペントテールあたりかな……やれや手間が掛かりそうだ)
「判りました。こちらで色々と手配しましょう」
「ということがありまして」
「……あの男はこの戦時下にどうやって自在に移動しているんだ」
アンダーソン将軍は、マルキオの神出鬼没ぶりに思わず眩暈を感じた。尤もそれをすぐに振り払う。
「で、君としてはクライン派をどうする気だ?」
「本国に残っているメンバーには資金と人員の面でバックアップします。こちらにもコーディネイターはいますし、彼らを難民と
いう形でプラントに入国させてクライン派との連絡役すればよいかと。まぁ現状で政権を取れるとは思えませんが、ラクス・クラインは
陽動としてせいぜいプラントの外で派手に暴れてもらいます」
「だが情報部だけでは、難しいのではないか?」
「サカイ国務長官も、早期停戦には前向きですから何とかなります」
「国務省がバックアップすると言うことか」
「はい。それに加えて財務省の一部官僚が一連の工作の為に予算を提供するとの打診を来ています。
連中は戦前のような状況に戻しても金がかかりすぎるとして、別の形態で資本をプラントから捻り出したいと思っているようです」
「やれやれ……まぁ良い。連中はどうやってプラント外に脱出するつもりだ?」
「ラクス・クラインは新型戦艦エターナルを奪取する予定だそうです。無論、こちらの梃入れで規模は大きくなるかもしれませんが。
どちらにしても、この脱出劇を成功させるために我々としてはヤキンに小規模な攻撃を仕掛ける必要があります」
「だがこちらが動かせる戦力はないぞ?」
「サーペントテールを雇います。費用は情報部の工作費から捻出します。それと彼らへの支援はジャンク屋ギルドを通して行います」
「わかった。予算についてはこちらからも手を回しておこう」
「ありがとうございます」
アンダーソン将軍はこれから起こるであろう厄介ごとを思い浮かべると頭痛を覚えた。
(まったくこの歳にもなって、こんな面倒なことをしなければならないとは……)
彼はやれやれと内心で嘆息する。
「で、ここまでするのだからマルキオからそれなりの見返りは得たんだろうな?」
「はい。彼からはザフトの新型MSゲイツに関する情報とザフトが建設中の要塞についての資料を受け取りました」
「要塞の建設? ヤキン・ドゥーエとボアズを持っていながら、まだ作るのか?」
プラントの国力では、さらに要塞を建設するのは困難だと判断していたアンダーソンは、この意外な情報に驚いた。カリウスもこれに
関しては同じ意見だった。
「はい。ヤキン・ドゥーエ周辺宙域で建造を進めているとのことです。詳しくはレポートにして後日提出します」
「面倒なことだな……まぁ良い。それよりも『スレッジハンマー』についてはどうなった?」
「スレッジハンマーの実施については、今回のオーブ戦のゴタゴタが片付いてからになりそうです」
「そうか」
「情報部の調査結果から、ザフトは失った戦力の穴埋めを大洋州連合軍にさせようとしているようです。実際に、大洋州連合軍へ
兵器の提供を行う動きも見られます」
「厄介だな・・・・・・月の艦隊でザフトの補給線を脅かす必要があるか」
アンダーソン将軍とカナリス提督が密かに事を推し進めている頃、マリア・クラウスとアズラエルの会談が
アズラエル財閥の傘下にある企業が所有しているビルの一室で行われた。
「私にブルーコスモスに復帰しろと?」
「ええ。僕としては貴方にブルーコスモスへ復帰していただきたいんです」
このアズラエルの要請にマリアは困惑した。
何故なら、彼女がブルーコスモスを去ったのは他ならぬアズラエルとの確執があったからだ。
その当事者が頭を下げてブルーコスモスへの復帰を要請する……納得できることではなかった。
「何を望んでいるんです? まさか私に政府内穏健派を説得させようと?」
「いやそう言うわけじゃない。僕としては君にもう一度ブルーコスモス内の穏健派の取りまとめを行ってもらいたいんだ」
このアズラエルの台詞に、マリアは目を見開いて驚いた。
「何故、ブルーコスモス穏健派を纏めないといけないんですか? 少なくとも貴方にとって穏健派は邪魔のはずです」
何を目論んでいる? と言わんばかりに尋ねてくるマリアにアズラエルは苦笑する。
「確かにそう思われても仕方ないか……」
修が見たアズラエルの記憶には穏健派との確執が山ほどあった。そしてその全てにマリア・クラウスと言う人物が出てくる。
強硬派のリーダー格であるアズラエルにとって穏健派の女傑マリア・クラウスは天敵に他ならないのだ。
その天敵が突如頭を下げて来たら当惑するのは当然か……アズラエルは率直に自分の意見を言った。
「何も企んではいませんよ。ただ僕としてはこれ以上組織が強硬路線に走るのを防ぎたいだけなんです。
特にロード・ジブリールを筆頭にする若手の過激派の動きは目に余ります」
「それはあなたが望んだことではないのですか?」
信じられない、と肩をすくめるマリアに苦笑いしながらアズラエルは続けた。
「まぁ確かに今まではそのようなやり方をしてきましたが、今は違います。
ここまで戦争が長引かせて資本を回収できないままプラントを壊せば大赤字になるでしょう。それだけは回避しないといけません」
大西洋連邦を始めとした理事国の赤字は甚だしい。現在はプラントから搾り取って蓄積した富を切り崩しているが、それとて
無限というわけでは無い。衰えた製造業を復活させつつ、かつコストのかかる資源の採掘を進めなければならない。これに加えて
世界各地でザフトと戦争を行うのだ。これに掛かる費用など考えたくも無いほどの金額となる。20年以上に渡って搾取した富も
数年で消えかねない。無論、この消えた富はアズラエル財閥のような軍需企業の懐に入り、大きな利潤をもたらすが、それとて
戦争が長引き市民の消費が低迷すれば市場の縮小を招き、最終的な結果としては彼ら自身の首を絞めかねない。
「その大半の責任はあなた方にあると思いますが」
「責任がないとは僕も言いません。ですが、コーディネイターが迫害されるようになったのは彼ら自身にも責任があるでしょう」
TV本編を見れば判るが、コーディネイターにはナチュラルを見下す傾向が強い。中には相手がナチュラルでも、公平に接する
人物もいるがそれは極少数に過ぎない。彼らの傲慢な態度、追随出来ない高い能力、それは人々の間に劣等感を憎悪を恐怖を呼んだ。
「我々がコーディネイターを迫害するのは、それを容認する土壌があったからだと思いますが?」
「………」
「いえ、話が反れましたね。僕はプラントを降伏させるつもりですが、その後が問題なんです。勝ちに驕ったブルーコスモス将兵の
中にプラントを破壊しようとする人間が出れば、いささか拙い事態になります」
「強硬派をまとめている貴方が、抑えきれないとでも?」
「残念ながら、ロード・ジブリールの過激派を抑えるのは難しいでしょう。連中はプラントを破壊することこそがナチュラル全ての
責務であり、未来を掴むための手段であると信じきっていますし」
糾弾するように問い詰めるマリアに、アズラエルは自分(?)の非を認めた。
「今まで僕が確かにやりすぎたのも事実です。だからこそ、穏健派の纏め役であった貴方に復活して欲しいのです。
この戦争がコーディネイターの殲滅戦にならないように……」
アズラエルの言葉に、マリアは静かに俯く。幾分、アズラエルの言うことが信じられないのか、思案した顔をして黙り込む。
元々彼女は第一世代コーディネイターの誕生の阻止を第一の目標とし、第二世代以降のコーディネイターは緩やかにナチュラルに
へ戻る道をとることを主張していた。しかし残念ながら時代はコーディネイターを排斥しようとするアズラエルについた。
その根底にはコーディネイター達に対する妬みと怒りがあった。それは彼女も判っていた。
(コーディネイター達は自分達の優越性を主張して、ナチュラルの言うことを聞かなかった……)
コーディネイターの隆盛はナチュラルに自分達旧人類が駆逐されていく恐怖を味あわせた。そして時代が進むにつれて
恐怖は憎悪となり、世界中でコーディネイターの排斥運動が巻き起こった。かつての白色人種が有色人種に対して行った排斥運動を
上回る規模と過激さで……。彼女もコーディネイターの能力は脅威であることはわかる。しかし彼らも一皮剥けば人間であることも
彼女の幼少時代の経験から知っていた。
(親が商品のように生まれてくる子供の力を操作する。そんなことは絶対に許されることじゃない)
子供の時代、彼女が出会った同世代のコーディネイターとの思い出は、コーディネイターが悪なのではなく、それを生み出す技術が
悪なのだと言う思いを彼女の心に刻んだ。そして第一世代コーディネイター誕生を阻止するために彼女はブルーコスモスに入った。
元々ブルーコスモスは自然環境の保護と、コーディネイターの自然への回帰を求める組織であったためだ。
しかし次第に組織はムルタ・アズラエルが盟主になってから急速に過激な方針を取っていくようになる。
これに失望し、さらにアズラエルとの確執もあって組織を去ったのだ。
「確かに、このままではコーディネイターの殲滅が実施されかねないですね……」
世界は止めようの無い憎悪の連鎖となっている。それを止めることはできないだろうが、世界を少しでもよい報告に持っていこうと
努力することは出来る……そう思った彼女は、アズラエルに己の答えを伝えた。
「良いでしょう。ブルーコスモスに復帰します」
「感謝しますよ、ミス・クラウス」
かくしてこの日から、ブルーコスモス内部の勢力が大きく変化することになる。
マリア・クラウスをブルーコスモスに呼び戻すことに成功したアズラエルは、来るべき次の戦いに備えて軍備増強を急がせた。
これまでの戦闘でジャスティス、フリーダムの驚異的性能は大西洋連邦軍上層部も注目するところであり、現在はこの2機に
対抗できる機体の開発が急務と言えた。尤も現状ではアズラエル財閥が開発したGATシリーズ、それも強化人間かソキウスか、又は
ごく一部のエースを搭乗させた機体に頼る他ない。このために軍はアズラエルに対して強化人間の大幅な増員を要請することになる。
「強化人間の増員か……」
さすがにエースパイロットを短期間で生産することはできないので、軍としては増員しやすい強化人間を求めたのだ。
まともな倫理観を持っているアズラエルとしては余り好みではなかったが、ジャスティスとフリーダムに対抗するには手が無かった。
「やれやれ、こりゃあ地獄に落ちるな……」
アズラエルは自分に回されてきた書類にサインしながら、戦争とは何とも嫌なものだなと思い始めていた。
(薬を飲むのは判るが、人体を改造するのはなぁ……まぁ戦争に勝たなければならないのは判るけど)
現在、ブルーコスモスでは独自に強化人間の開発を推し進めていた。その中には次世代の強化人間を生み出すための試みも
行われている。その次世代の強化人間を生み出す研究を最も熱心に進めているのがロード・ジブリールだ。
彼はブルーコスモス過激派であり、それなりのカリスマを持ってブルーコスモス内部で派閥を形成している。
アズラエルは強硬派だが、彼の派閥を形成する人間にはそれなりに損得計算できる者が多い。しかしながら、彼らは違う。
彼らは国益も、組織としての利益も関係なく、コーディネイターを滅ぼすことを第一とする狂気の集団であったのだ。
「下手をしたら組織が割れるな……まぁ連中には資金源を絶てば良いかもしれないが、どこまで抑えられるかは問題だな」
しかし地球連合としてはプラントに投資した資本を回収しきる前に、プラントを破壊するわけにはいかなかった。
アズラエルとしては何とかして戦前の状態に戻して資本を回収して利益を上げたいところだったが、ジブリールは絶対に
認めることは無いだろう。連中はプラントなど全て叩き壊したほうが、長期的には利益があると考えている。
確かにプラントを叩き壊し、コーディネイターを一人残らず抹殺できれば、対プラント、対コーディネイターの戦争は
終わるかもしれないが、それではこれまでに投資した資本をすべて溝に捨てるようなものだし、何より今回の戦争で費やした資本を
回収することが出来なくなることを彼らは理解していないし、しようともしない。
「損得抜きで物事を考える奴ほど厄介な奴はいないってことだな……はぁ〜」
アズラエルは改めてため息をついた。
「ブルーコスモスでも俺が信頼できる人間を私設軍に配置しよう。頭のねじがぶっ飛んだメンバーを入れると、大騒ぎになる」
現在、アズラエルは独自にアークエンジェル級戦艦を旗艦とした艦隊の編成を進めていた。艦隊には核兵器こそ配備していないが、
MS、MAはすべて新型を配備。さらに艦艇の一部、特にMS母艦となるアガメムノン級母艦にはラミネイト装甲を取り付けるなど
して艦の防御力アップも図っている。それだけに、この部隊を運営する人間には自制心が求められる。
「やれやれ……」
デトロイト……大西洋連邦の工業都市では、連合軍の主力兵器たるMSの生産が急ピッチで進められている。死を振りまく商品に
よって活気付くこの都市の一角にアズラエル財閥が所有する工場群があった。そしてそこで、忌むべき機体が完成しようとしていた。
「これが、例の機体か……操縦性は悪そうだな」
「理事からの通達だ。やむを得ないさ」
技術者たちは自分達の目の前に鎮座するカラミティ、レイダー、フォビドゥンを見上げる。外見こそはあまり変わらないが、この3機の
開発に携わった者たちは、この3機が連合が保有する既存のMSとは一線を画すものであることを嫌というほど理解していた。
「連合軍初の核エンジン搭載機……か」
技術者のひとりが言ったように、この3機には地球連合軍で初めて核エンジンを搭載していた。NJCの入手とともにアズラエルが命じた
核エンジン搭載型MS……それがついに完成したのだ。
「だがコストが高くつくぞ?」
「確かに。それにこいつの整備を考えると大量生産は難しいな」
原子炉の整備などそうそうできるものではない。フリーダム、ジャスティスを生産したザフトですら、専用母艦であるエターナルを
必要としたほどなのだ。核エンジンを搭載した機体の運用は、非常にコストがかかると言えるだろう。
「まぁエースか指揮官専用機として生産する程度だな。他のシリーズも似たようなものだろう」
他のG、特にストライクやデュエルなどの核エンジン搭載型の生産も進めているが、そのコストは非常に高いものになっていた。
さらに言えば、これを整備しようとすればかなりのリスクとコストが予想された。だが問題は整備性だけではない。核エンジンから
得られるエネルギーは膨大であるが、そのために核エンジンを搭載した機体はどれもが暴れ馬のようになり操縦が難しくなる。
「OSの改良がいるな」
「今のOSの元を作ったのはアークエンジェルに乗っていたコーディネイター……確かキラ・ヤマトだったな。
彼がまだ生きていれば、こいつのOS開発も迅速にいくんだが……」
「仕方ないだろう。アラスカの途中で、負けちまったんだから」
「うちの技術部のコーディネイターで開発できそうなのはいるのか?」
「今探している最中だ。尤も暇な奴はいないだろうから、あまり期待しないほうがいいぞ。連中も自分の仕事で忙しいし」
アズラエルがコーディネイターを生産ラインに携わることを認めたおかげで、ここの工場でも少なくない数のコーディネイターが
仕事についていた。ナチュラルの技術者たちは最初こそ偏見の眼差しを向けていたが、現在は彼らの勤勉さと性格のよさも手伝って、
それなりの関係を構築していた。
「まぁ、そうだな……」
このデトロイト、アラスカ等の生産ラインを利用して独自の軍備を整えようとするアズラエルの動きを、マルキオは察知していた。
「ブルーコスモスが独自の戦力を持つ……これは非常に危険ですね」
ただでさえブルーコスモスによるテロは深刻だ。それに加えて彼らが独自の軍事組織を持つようになれば、コーディネイターを独自に
殲滅しようと動くだろう……それがマルキオの予想だった。アズラエル本人はその気はさらさらないのだが、中々悪い印象というのは
消えないものらしい。
「こちらも独自の力を持つしかないということですね……」
マルキオはすでに各国の反ブルーコスモス派の将帥と企業に協力を取り付け、組織の立ち上げも行っていた。
「アンダーソン将軍の協力関係をより密にして事態に対処する必要がありそうです」