マリア・クラウスがブルーコスモスに復帰して数日後、アズラエルはブルーコスモス幹部を招集して会議を開いていた。

尤も会議とは言えない物だっただろう。何せ会議出席者の多くが感情の赴くままに強硬論を唱えるだけなのだから……。

「盟主! NJと言った不浄のものを打ち込んだ空の化け物どもにしかるべき報いを与えるべきです!!」

「そうです! 思い上がったコーディネイターに正義の鉄槌を与えましょう!!」

「核が使える今、恐れるものは何も無いはずです!!」

エキサイトする幹部達をアズラエルはやや冷めた視線で見つめる。そして彼らの主張がひと段落する頃、長い赤髪を持った女性が

強硬論を叫ぶ幹部たちに冷や水を浴びせるように反論する。

「ですが、それが思いもよらない反撃を呼んだらいかにするおつもりですか?」

先日、アズラエルの要請を受けて幹部として復帰したマリア・クラウスが強硬派の幹部を相手に一歩も引かない。

今までは穏健派はコリニー中将が纏めていたが、彼女が居たころとに比べてやや統制が欠けていたのは否めかった。

だが彼女が復帰した途端にブルーコスモス穏健派は急激にかつての勢力を取り戻そうとしていた。

そのために、ブルーコスモス内部の強硬派、特にジブリール率いる過激派の動きは次第に牽制されつつある。

「NJCは元々彼らが開発した物です。彼らがその気になればより強力な兵器にそれを使用しているかもしれない事は

 鹵獲したジャスティスと言うMSを見ても明らかです。貴方達はもし核ミサイルを使用して、それが全面核戦争に繋がった

 場合は責任が取れるのですか?」

「コーディネイターをこの世界から抹殺する事が我々の使命なのだ! 臆病者は黙っていろ!!」

そう抗弁する強硬派幹部だったが、痛いところを突かれたことには間違いない。

無論強硬派も感情的にわめき散らすだけでなく、冷静な意見で反論を試みる者も居る。

「しかし仮にミス・クラウスの言う通りだとしても、プラントを落とすにはボアズを抜かなければならない。

 通常兵力で攻め落とそうとすれば多大な損害が出ると思うが……」

「確かにボアズを攻め落とすのなら、必要になるかもしれませんが……政治的決着を行えば、その必要はなくなります」

この言葉に多くの幹部は絶句した。

「しかし和平は世論が認めないだろう。これだけ叩かれたんだ。数十倍にして殴り返したいと思うのが市民だよ」

「勿論、現状では即座に和平を結ぶのは難しいでしょう。ですが、戦果を求めて無理に侵攻する理由も無いのでは?」

プラントへの資源の流れを徹底的に断ち、同時に持久戦に持ち込ませてプラント経済を瓦解させると言う提案を行った。

「経済を瓦解させた後、プラントとの和平交渉を行えばこちらの有利な形で交渉が出来ます」

一応筋の通っているマリアの意見にアズラエルは頷く。だが、彼女の意見にジブリールが反論した。

「仮にそうやって屈服させてもいずれすぐに歯向かって来ます。コーディネイターを絶滅させるのが最も安上がりな方法ですよ」

「ですがそれを実行に移せば、間違いなく彼らとの報復合戦になります。最悪の場合は共倒れです」

「コーディネイターどもが何を企てていようが、我らの英知を結集すれば何とでも対処できます」

断じて行えば鬼神もこれを避く……何気に精神論に傾斜した意見に、アズラエルとマリアは頭が痛くなるのを感じた。

「それにNJを作っておいて、NJCを使った兵器を投入してくる連中です。そんな連中を我らの頭上に置いておけばどんな災いが

 降り注ぐか、分かった物ではないのです。この際、徹底的に奴らを滅ぼさなければ・・・・・・」

この意見に関しては、アズラエルは部分的には賛成した。少なくともジェネシスとザフト宇宙軍を徹底的に叩いておく必要はある。

このような大戦を二度と起させない為には・・・・・・。

「空の化物に生きる権利などないのだ!! 今度の憂いを断つ為にも、奴らを徹底的に根絶やしにしなければならない!」

あまりのジブリールの剣幕に、中道派が仲介役を買って出るも中々収まらない。

「盟主、如何します?」

アズラエルは自分の派閥に属する幹部の問いに首を横に振る。

「まぁせいぜい、彼女たちが頑張るのを見守りましょう。過激派は聞く耳をもっていませんし、今仲介しても逆効果ですよ」

穏健派と強硬派の論争はその後も続き、それを中道派の幹部が仲裁すると言う光景が繰り広げられた。

本来なら忌々しいはずの光景を見ながら、アズラエルはマリアを迎え入れた事は正解だったなと思った。

表向きは中道派の要請で復帰したことになっているが、先日の彼女との会談を設ける前に散々苦労した。

(中道派に根回しさせて、さらに彼女との会談にまで持ち込むのにどれだけ骨が折れた事か……)

これまでの道のりを思い出して、内心で涙を流した。







               青の軌跡 第11話







 ブルーコスモス内部での勢力バランスはマリア・クラウスの再登場以降、大きく変わろうとしていた。これまで主流を占めてきた

強硬派、特に成長著しかったジブリール派は穏健派との衝突によってその成長を止めた。アズラエルがジブリール派を支援すれば

穏健派を駆逐できたかもしれないが、アズラエルは組織の調和を謳って、マリア・クラウスの排斥をよしとしなかった。強硬派からは

弱腰としか見えないが、彼らとしてもNJCの確保成功という大きな成果を前にしてはアズラエルを批判するのも困難だった。

それに強硬派の中には過激派のようにプラントの完全破壊を主張するものもいれば、この戦争で受けた経済的打撃から回復するまでは

コーディネイターから搾取したほうがよいと言う者もいるので統一した動きがとれない。それにつけこむようにNJC関連の事業で

資金力を増大させたアズラエルは強硬派のうち3割を金で懐柔し、5割をコーディネイターを完全に地球から駆逐することを確約する

ことで味方に引き入れた。残り2割はジブリールと同調してプラント殲滅を主張しているがアズラエルが強硬派の主導権を握った事は

確実だった。無論、一連の政治工作のために彼が神経をすり減らしたのは言うまでも無い。

中道派はどちらかと言うと、プラントに対しては飴と鞭の両方を使って飼いならすべきだという意見が多いので、当面は

プラントの温存を決定したアズラエルとの同盟関係を選ぶと思われている。穏健派はコーディネイターとナチュラルの融和を

積極的に進めることでコーディネイターをナチュラルに戻そうと言う意見でまとまっていたので、これもプラントの温存を図る

強硬派(アズラエル派)と中道派に協調する姿勢を見せていた。無論、これまでの対立からアズラエル派と穏健派の仲がよいと

言うわけではないが、中道派を仲介役として一種の同盟が結ばれるようになった。

「くそ、あの男め!!」

自分がブルーコスモス内部で孤立したことを悟ったジブリールは思わず、あたりのものに八つ当たりする。

彼の飼い猫も、あまりの主人の喧騒に恐れをなして逃げ出している。

「アズラエルめ、怖気つくとは……だからあの男を盟主にするのは反対だったんだ」

しかしアズラエルは盟主として影響力を強めていた。NJCの入手、さらにパナマ戦での機転は彼にとって大きな得点になった。

これに対して過激派は相変わらず、アフリカなどの混乱地域でコーディネイターに対するテロ攻撃を行うだけで大した得点を

あげていない。さらに最近になってユーラシア連邦と南アフリカ統一機構からテロ攻撃の自重を非公式に求められている。

「くそ手詰まりか……」

尤も彼はここまで来て諦める男ではなかった。NJCによって核が使えるようになった今こそ、コーディネイターを滅ぼす時なのだ。

「空の化物を生かして置くなど出来るわけが無い!」






 ブルーコスモス内部の変化は、大西洋連邦内部に即座に広まりつつあった。政府高官にはコーディネイターを抹殺せよと

現実を無視した意見を言うものはいなかったために、このブルーコスモスの変化を歓迎する空気が強かった。

強硬派の国防長官のハッチでさえ、この動きを歓迎したのだからどれだけ過激派が疎まれているかが判る。

尤もアンダーソン将軍を筆頭にした反ブルーコスモス派は、本当にブルーコスモスが変化しているのか懐疑的だ。

「本当にブルーコスモスが変化していると思うか?」

アンダーソン将軍はブルーコスモスの変化があるとの報告を聞いて、カリウスに真偽を尋ねた。

「今のところは、穏健派と中道派、それと方針を転換したアズラエル派が強硬派、正確にはジブリール派を抑えています。

 ですがアズラエルの動きによってはどんな事態になるか判りません」

「そうか……どうする? 我々としては現在のブルーコスモスの方針が好ましいが」

「今のところは変更はしません。我々はブルーコスモスの弱体化を狙うべきです」

アズラエルのこれまでの横暴ぶりに頭を痛めていた面々は、アズラエルを毛嫌いしており到底和解は不可能だった。

カリウスとしても、散々に軍の指揮系統に割り込むアズラエルに腹を立てており、さらにブルーコスモスの組織が政府機関に

入り込んでいる状況が望ましくないと判断しており、ブルーコスモスの弱体化を行うための工作をやめるつもりはさらさらなかった。

「だがアズラエルを失脚させても下手に過激派を擁立されれば、大変なことになるぞ?」

「ロード・ジブリールですか? あの男にはアズラエル並みの影響力はありません。他の面々もアズラエル並の力を持つことは

 不可能と思われます。マリア・クラウス上院議員が盟主になれば、軍の指揮系統への介入も減るので好ましいですが、彼女が

 盟主になる可能性は低いですね。過激派が暴発しかねませんし、恐らくは中道派の幹部が盟主になるか、集団指導体制になるかと」

「ふむ……最終的にはブルーコスモスの動きが鈍ると?」

  「そうなると思われます」

「……奴を排除するのは、どうするつもりだ?」

「準備は進めています。詳しい時期についてはまだ決まっていませんが……」

そう言って彼は話題を変えた。

「プラント穏健派への支援の一件ですが、関連部署との意見のすり合わせが終わりました。こちらとしては幾つかの廃棄コロニーに

 補給拠点を設けて彼らを支援することになりました。また反ブルーコスモス派の企業群もこちらに協力するそうです」

「そうか。だが、兵力が少なすぎるのではないか? エターナル1隻では心もとないだろう」

「ザフト軍捕虜の中にラクス・クラインに協力したいという物好きまでいるようなので、彼らも動員します。コーディネイターの

 彼らなら大抵のMSは扱えるはずです。艦船に関してはジャンク屋から買収した物や海賊から接収した艦艇を使います」

「そうか。これで満足な支援ができるな」

「我々の目的を達成するには、彼らにはせいぜい頑張ってもらわないといけませんから」

彼らの最終的な目的は、地球連合有利の形での講和だ。尤も彼らとしてはアズラエルが考えているような戦前の状態への回帰は拘らず

譲歩(ザフトの存続、自治権確保)を行うことも止む無し考えていた。しかし穏健派はプラントを独立国家と認める一方でプラントを

経済面で支配しようとも考えていた。端的に言えば、プラントの民間企業を自国に有利な商法の下で買収することを目論んでいた。

アンダーソンは部下を死なせずに済み、同時に仮想敵としてのザフトが存続することで軍の維持も狙える一石二鳥の戦略と考えていた。

だがそれを実現するには彼らとしてはまず邪魔なブルーコスモスとザフト強硬派を排除しなければならない。

ラクスを支援するのは、ブルーコスモスを排除するために過ぎない。別にラクスの主義主張に共感しているわけではない。

「だが、ことが露見しないように注意しろよ」

「判っています」






 パナマ攻防戦以降、そのあまりの消耗に身動きが取れなくなったザフト軍で新たな動きが出始めていた。

パナマ攻略に失敗し、ビクトリアとオーブが陥落したことから地球連合軍による反攻作戦が開始されると判断。ザフトは

宇宙軍の戦力の強化を決定していた。ビクトリア攻防戦の際に、地球連合軍に散々に消耗を強いたバルトフェルドは旧クライン派にも

関わらず高い評価をもってプラントに迎えられることになるが、クルーゼは未だに地球で指揮を執っていた。彼は確かにパトリックに

とって恩人ではあるが、彼がアークエンジェルを仕留めそこなったことによって、アラスカで友軍が大損害を受けたこと、そしてパナマ

でジャスティスを失うなどの失点があるために中々宇宙に呼び戻せなかった。ここで彼は何かしらもう一働きする必要があった。それを

知る彼はカーペンタリアで残存部隊、特に水陸両用MS部隊が再編成されるのを待って、ザフト軍作戦本部に向けてある作戦を提出した。

そして幾つかの修正の後、クルーゼの提案は有益なものとして最高評議会に提出されることになった。

「シンガポールを攻撃する?」

「はい」

パトリックの疑問にレイ・ユウキが答えていく。

「まず本作戦の目的は、このシンガポール基地の破壊にあります。知られている通り、この基地はインド洋と南シナ海の

 シーレーンを守るための要です。ですがこの基地の戦力は赤道連合が中立国だったこともあり、増強がやや遅れています」

「しかし、最近になってMSが配備されたと聞くが……」

ユーリ・アマルフィはそう言って反論するが、ユウキは即座に根拠を答えた。

「この基地のMSはGAT−01ストライクダガー約20機と少なくは無いですが、パイロットは素人が大半を占めています」

「だが戦車や航空機はどうする? 第一、あの基地に配備されている戦闘機は少なくないぞ」

「航空戦力は大洋州連合空軍に協力してもらいます」

元々ザフトはMSに偏重した編成となっていた。このため航空戦力はかなり弱体だった。

そのために今回は同盟国である大洋州連合軍にVTOL戦闘機隊の参加を求めたのだ。

「なるほど十分に勝ち目はあると……」

「それに加えて赤道連合に対する圧力としてグングニールを使用します。これによってシンガポール基地は最低半年は

 使用不可能になると考えられます」

シンガポール基地は、赤道連合の中でも最大規模の基地であり、かつて昔には東洋のジブラルタルとさえ言われた基地だ。

この基地には多数のドックや飛行場があり、現在は地球連合軍の東南アジア最大の拠点となっている。その基地を破壊できれば

赤道連合へのプレッシャーとなるだろう。

(赤道連合の主力基地のシンガポールが破壊されれば、地球連合とはいえ赤道連合を助けないわけにはいかない。

 そして基地の再建と制海権の維持にナチュラルが労力をつぎ込めば、少しとは言えカーペンタリアへの圧力は弱まる)

パトリックはリスクとリターンを考慮して作戦を認可。その後、プラント最高評議会はシンガポール基地攻撃を可決した。

最高評議会からお墨付きを貰ったクルーゼの動きは素早かった。彼は指揮下に入った部隊を即座に纏め上げて攻撃部隊の

編成を行った。その数はパナマ戦の時よりも少ないが、それでもシンガポールを叩くのには十分な戦力と思われた。

尤も占領するだけの力はない。アラスカ、パナマの消耗が無ければシンガポールを制圧することも可能だったが、現状では

シンガポール基地の破壊が関の山だ。尤も作戦を立案したクルーゼはそんなことを気にする事もなかった。

「今回の作戦で今までの失地を回復することは出来るな」





 赤道連合……マレーシア、インドネシアなど東南アジア諸国から構成される連合体であり、アラスカ戦の後に地球連合に加盟した

勢力のひとつであった。無論、赤道連合内部には傲慢な地球連合へ加盟することに不満を唱える人間が多かったが、アラスカ戦と

パナマ戦で見せた地球連合軍(正確には大西洋連邦軍)の軍事力を見せ付けられて彼らは沈黙せざるをえなかった。

無論、地球連合軍も加盟した赤道連合に対して何の報酬を与えて居ないわけではない。連合軍は力の象徴とも言えるMSを

赤道連合に供与することを決めており、実際にストライクダガーが送られていた。だがアフリカ反攻軍が予想以上の消耗を受けた

ことと、大西洋連邦がユーラシア連邦との駆け引きで、ユーラシア連邦へのMSの割り当てを増やしたことから、その数は予定した

数より少なくなってしまった。

「20機か……これではカーペンタリアからの攻撃を防げないのではないか?」

シンガポール基地司令スマッツは、思わず弱音を吐いた。ザフト軍が弱体化しているとは言え、これでは心もとないと彼は

感じていた。そんな弱音を部下の前では決して吐きはしないが、無い物ねだりと自覚しつつも、ひとりの時はぼやき続けていた。

そんな彼の元に受難が降りかかる。

「し、司令、ザフト軍艦隊の接近を探知しました!!」

「何?!」

スマッツは思わず、勢いよく腰を上げてしまい執務室の自分の机に膝をぶつけた。だが、痛みに耐えながら彼は状況を確認する。

「うぐぐ……て、敵の規模は?」

「潜水母艦3隻ないし4隻と思われます」

「直ちに迎撃しろ!」

このときすでに緊急出撃した駆逐艦やフリゲートが急行していたのだが、それらはグーンやゾノなどのザフト軍の水陸両用MSに

よって次々に撃沈されていった。対潜哨戒機も向かったが、浮上したザフト軍潜水母艦から発進した戦闘機によって撃ち落とされる。

ザフト軍艦隊はシンガポール島に接近、島の東北部に存在するチャンギー要塞にミサイル攻撃を浴びせる。さらに島中央部の

マンダイ山の陣地とテンギ飛行場を空爆する。

「連中は東海岸に上陸するつもりだな……」

シンガポール基地の主な軍港や飛行場が東部に集中していることから、スマッツはザフトが東部海岸から上陸すると判断した。

そのために彼は手持ちのMSをすべて東部に配備することを決めた。この動きを偵察機の報告から聞いたクルーゼはニヤリと笑う。

「こちらの思うとおりに動いてくれるな」

クルーゼは自らディンを操って出撃した。これにイザークのデュエルと他に2機のディンと4機のゾノ、6機のグーンが加わった。

彼らは、次々に湾口の防衛線を突破してシンガポール島に上陸を果たす。守備隊はストライクダガーを前面に押し出して応戦するが、

ベテラン揃いのザフト軍に押されてしまい、じりじりと後退する。リニアガン・タンクなどの戦車部隊などは沿岸に配置されていたが

海中から上陸して来たゾノにあっさり接近を許してあっという間にスクラップにされていた。

「ええい。どうなっている!?」

大洋州連合軍の支援で、制空権を握ることのできない地球連合軍は苦戦を余儀なくされた。さらに一部のMSがシンガポール市街地に

侵入したために大規模な地上支援が不可能となった。さすがに自国都市を巻き添えに攻撃は出来ない。

東部海岸でクルーゼ隊とシンガポール守備軍が激戦を繰り広げられている頃、シンガポール西北部に上陸を開始する一団があった。

「ザフト軍が西北部から上陸した?!」

司令部での報告を聞いたスマッツは驚愕した。西北部はその地理上、大規模な上陸作戦を行うには不適当な地形だった。このために

彼は西北部に大した戦力を配置していなかったのだ。

「ブギテマ高原で食い止めるしかないか……」

スマッツは手持ちの予備部隊のうちの一つを向かわせようとしたが、それは永遠に実行されることはなかった。

ザフト軍は東西にグングニールの降下ポイントを確保したと判断し、衛星軌道からグングニールを投下したのだ。オーブとビクトリアで

使用され、担当者が対抗策に頭を痛めているこの兵器は、シンガポールで再び其の牙を向いた。EMPによってシンガポールの

守備隊は次々に無力化され、司令施設やレーダー施設も完全に機能を停止した。ストライクダガーは電磁パルス対策をされており、

即座に行動不能になることはなかったが、友軍との連携もとれずに孤立した状態ではベテラン揃いのザフト軍に勝てるはずがなく

1機、また1機と撃破されていった。そんな中、一部の部隊は動けなくなったリニアガン・タンクや装甲車を的のように破壊した。

これはもはや虐殺なのだが、アラスカ、パナマの敗戦によって鬱憤の堪っていた彼らには情け容赦と言う文字が無かった。

「動けない敵を撃って、何が楽しい……」

イザークはそんな友軍の様子を苦々しく見ていた。




 シンガポール基地壊滅との報告は赤道連合を震撼させ、地球連合軍に対して追加援助を要請させることになる。

同時に彼らは大西洋連邦に対して、軍の派遣を要請した。この動きをサザーランドから聞いたアズラエルはため息をつく。

「シンガポール基地は文字通り壊滅ですか……再建にはどのくらいかかります?」

『はい。シンガポール基地はビクトリアで使われたEMP兵器が使用された模様です。さらに直後の掃討戦で市街地、基地施設に

 多大なダメージを受けており、再建には最低でも半年は掛かるとの報告が入っています』

シンガポール基地の被害は甚大の一言に尽きた。あらゆる機械が作動不能に陥っているために、基地を再建するにはすべての

機材を一から搬入しなければならなくなった。さらに掃討戦で人的被害も多大で、基地司令官スマッツを含めて多くの将官が戦死

または行方不明となっていた。アズラエル財閥の経営からみれば、多くの兵器が消耗して新たに発注が来るのは良い事だろうが、

アズラエル自身としては憂慮すべき事態だった。

「大西洋連邦政府は、赤道連合に増援を送る気なんですか?」

『はい。政府は赤道連合の要請に基づいて援軍を派遣します。現在はヨーロッパ派遣軍の中から引き抜くことを考えているようです』

赤道連合は歴史的に中国の中華思想と覇権主義に悩まされてきた。このために中華思想を受け継いでいる東アジア共和国へ援軍を

要請したくなかった。このために同じ覇権主義でも、まだ領土を侵犯しない大西洋連邦に援軍を要請したのだ。

大西洋連邦政府としても、ライバルである東アジア共和国の東南アジアにおける影響力を抑えたいと考えて今回の要請を受託した。

「と言うことは、西ヨーロッパと地中海沿岸でザフト軍がフリーになるってことですか」

『ユーラシア連邦軍はヨーロッパに大軍を配置していますがMSは多くありません。恐らくはアズラエル様の言うとおりになるかと』

一連の情報収集から連合軍はザフトが戦線を一気にジブラルタルにまで下げると考えていた。

アズラエルとしては西ヨーロッパにザフトを拘束しておき、その隙にジブラルタルを叩きたかったが、シンガポール壊滅の影響で

それを成し遂げることは困難になった。この事態にアズラエルは歯噛みしたが、どうしようもなかった。アズラエルは仕方なく

矛先をカーペンタリアにむける事にした。

「ソロモン海戦線に回す物資の割り当てを増やすように伝えてください」

アズラエルはソロモン海戦線で、常にザフトに消耗を強いる事でザフト軍の弱体化を狙った。

「あと、インド洋の第7洋上艦隊にディープフォビドゥン、フォビドゥンブルー、それに『白鯨』を回しましょう」

『判りました。早速手配します』

同時にインド洋のシーレーン確保のために第7洋上艦隊の増強を伝えた。

さらにアズラエルはプラントの同盟国である大洋州連合への経済的な圧力をさらに強めるために各方面に手を回すことにする。

必要な処置を行うことを決めたものの、アズラエルは今回の一件でしてやられた、と言う感情を拭うことができなかった。

「本来ならイギリスに回す予定だったのに……」

アズラエルは北米に集結させた物資と兵員をシンガポールを始めとする東南アジアにシフトしなければ

ならない情勢に思わず歯噛みした。アズラエルは腹が立つとブツブツと不満を言いつつも、サザーランドに尋ねた。

「宇宙艦隊はどの程度、再建できました?」

『第7艦隊、第1機動艦隊はMSの配備をほぼ完了しました。第6艦隊は定数の50%が配備できている状態です』

ここでアズラエルは、自分が現在進めている核エンジン搭載型MSのことを思い出した。そして……。

「第7艦隊で通商破壊を行いましょう。こちらも援軍として宇宙に強化人間とソキウスを送ります」

『よろしいのですか?』

「カーペンタリア攻略作戦まではまだ時間がありますし、彼らを暇にしておくのも勿体無いでしょう」

アズラエルはプラントにとって生命線とも言えるプラント〜地球間航路での通商破壊を目論んだ。

「必要な物資があったら言って下さい。こちらのほうで整えますから」

『判りました』

ここでアズラエルは、ヤキン・ドゥーエ関連のイベントを思い出した。

「それとヤキン・ドゥーエ周辺に偵察部隊を派遣できませんか?」

『ヤキンにですか? ブリッツがあるので、接近も可能ですが……』

「それなら投入できるブリッツを投入して情報を収集してください。お願いします」

そう言ってアズラエルは電話を切ると、今度は関連省庁、関連企業に電話を掛け始めた。

「そうです。え、時間がいる? そんな悠長なことを言っている暇があったら動いてください」

「そう……なるほど。判りました。それを急いでパナマに輸送してください」

「ええ、そうです。デモンストレーションみたいなものですよ」

「そう、48時間以内、大至急。急いでね」

時々、電話の向こうから悲鳴のような声が聞こえてくるが、アズラエルは無視する。

「見ていろよ……」

アズラエルはこの作戦で得られるであろう利益を見て、ちょっと暗い笑みを浮かべる。尤もその笑みもすぐに後悔で消えた。

彼の下した命令によって必要となった書類がそれこそ洪水のような勢いで舞い込むことになったのだから……。

ちなみにその日、彼は徹夜で書類と戦い続けたことをここに記しておく。





 シンガポール基地が文字通り壊滅し、それを補うために地球連合軍がヨーロッパ派遣軍から戦力を引き抜くことを決意したとの情報は

時間を置いてプラント最高評議会に伝えられた。この情報を聞いて、彼らはこれでヨーロッパ戦線を安全に縮小できると思い安堵した。

「ジブラルタル、カーペンタリアの戦力を強化し、持久体勢を整えさせろ」

パトリックの命令に、他の議員は一様に頷いた。地球に連合を拘束できれば、宇宙で自分達が受ける連合軍の圧力を下げる事が出来る。

それは宇宙での決戦の準備を進める彼らにとって、望ましいことだ。

「宇宙軍の強化はどうなっています?」

エザリアの質問にユーリ・アマルフィが答えた。

「フリーダムが2機、ジャスティスが1機ロールアウトしました。こちらは本国防衛部隊に優先して配備します」

今のところ、ザフトは連合が核ミサイルを使えるとの情報を入手していなかった。しかし大型NJCが開発された以上、小型NJCが

完成するのは時間の問題と判断している最高評議会としては核ミサイルからプラント本国を守ることを優先しなければならない。

このために一時的にジェネシスの建造が遅れることになったが、プラントの安全には変えられない。

「ゲイツの生産についてですが、フリーダム、ジャスティスの生産によって資源と資金が削られたために、やや低調です」

フリーダムとジャスティスはその性能に見合うだけの膨大なコストが必要とされる。このために他のMSの生産にしわ寄せが

いっているのが現状だった。さすがのザフトもこれだけの機体を量産することは難しかった。

「辛うじて、初期型を配備することに成功しました。これは指揮官機として各部隊に配備する予定です」

連合軍のGに対抗できるMSの配備を……前線から届く声に応えて開発されたゲイツだったが、全軍に行き渡るのはまだまだ時間が

掛かりそうだった。

「予算を増やすことはできないのか?」

ダット・エルスマンの問いに、エザリアは首を横に振った。

「そのような予算はない。今でも限界に近い」

議員達は地上に侵攻したことを悔やんだ。強硬派、いやザフトは初期の圧勝に目を奪われて、短期決戦で連合を屈服させる

ことが出来ると思い込んでしまったのだ。その結果が地上への侵攻だった。無論、これは食糧の確保という目的もあったが、宇宙港を

占領したことで、それを維持するために戦線を拡大させてしまった。それによって失われた兵、物資、そして金は莫大なものだった。

そしてトドメのアラスカ戦、パナマ戦での敗退。これらによって地上の軍事バランスは一気に連合に傾いてしまった。

「……兎に角、時間があれば我が軍が有利になる。ジェネシスさえ完成できればナチュラルなど物の数ではない」

ザフトの切り札であるジェネシスさえ完成できれば、連合軍は手も足も出せなくなる……それは事実だった。

連合がその存在に気づかなければ、の話だが……。

尤も彼らはこの後すぐに、ジェネシスの完成を気にするよりもカーペンタリアを含んだ南太平洋の戦いに目を向けなくてはならなくなる。




 地球連合軍はソロモン海戦線へさらなる戦力を投入しつつあった。彼らはディープフォビドゥン、フォビドゥンブルーなど

配備され始めた連合製水中用MSを搭載した潜水艦を前線に送り出し、ザフト軍と熾烈な戦いを繰り広げるようになった。これに加えて

スカイグラスパーが多数配備された航空隊を南太平洋の各地に送り込み、航空撃滅戦を挑んだのだ。それはザフトが最も苦手とする

消耗戦の始まりを意味していた。だが彼らにとっての災厄はそれだけには留まらなかった。

再建を果たし、MSの配備を進めた地球連合軍が制宙権を奪還すべく、ザフト宇宙軍に戦いを挑んでいたのだ。まだ大規模な会戦こそ

起こってはいないが、月軌道で小規模艦隊同士による戦いが多発した。さらに連合軍の通商破壊も活発化しはじめる。

エネルギー不足を解消し、戦力を早期に回復させることに成功した地球連合の反攻が始まろうとしていた。