情報部のカリウス提督は、直々にサーペントテールへの依頼を行っていた。

「つまり、俺たちの任務はエターナル逃亡までの時間を稼ぐことか」

そう確認するように尋ねる男の名前は叢雲劾。傭兵部隊サーペントテールのリーダーを務める人物であった。

彼の技量は軍の特殊部隊のものに匹敵し、これまで数々の困難な作戦を成功に導いてきた有名な傭兵でもある。

尤も、さすがに今回の依頼は彼をもってしても困難なものと思われた。

「でもヤキン・ドゥーエと言ったら、ザフト軍ご自慢の要塞だぞ?」

サーペントテールのメンバーであるイライジャがそう劾に言って反発した。確かに彼らの能力は特筆するに価するものであったが、

たった2機でヤキン・ドゥーエに行けというのは無理を通り越して無謀であった。

「こちらも出来るだけの支援はするつもりです」

「支援?」

「直接的な支援ではありませんが……」

そう断りを入れて、彼はこれから行われるであろう作戦を説明した。

「つまり地球軍が行う作戦によって、ヤキン・ドゥーエはある程度は手薄になると」

「はい。それに加えて情報部が欺瞞情報を流して撹乱する予定です」

この言葉を聞いた劾はしばらく考えた後、この依頼を受けた。



 アンダーソンとカリウスはエターナル脱出のための手を打つ一方で、L4に必要な戦力を集めていた。配備される艦には

サルベージされたアガメムノン級宇宙母艦に、連合製戦艦、駆逐艦、ザフトのローラシア級、そして商船を改装した仮装巡洋艦などが

あり、何やら戦闘艦艇の博覧会のような様相を呈していた。数で言えば一個艦隊にも満たないのだが、それでも非正規軍の組織としては

アズラエルが編成を進めている私設軍に次ぐ規模になるだろう。尤も錬度にはかなりの不安があった。

「しかしMS隊の錬度はお寒い限りではないのかね?」

アンダーソンの言うとおり、配備される部隊の錬度はかなり低い。平均的レベルにすら留まっていない。ましてアズラエルが

編成を進めている部隊に比べると月とスッポンの差とも言えた。

「しかし彼らは、もともとは優秀なパイロットです。すぐに勘を取り戻せます」

長い間の捕虜生活で、大幅に腕が落ちてしまったザフト軍兵士だが、彼らならすぐに元の錬度に戻るだろうと彼は考えていた。

「それなら良いが……訓練に掛かる費用だけでもばかにはならないぞ?」

「其の費用に見合うだけの活躍をさせて見せます。お任せください」

(本当にわかっているのか?)

内心で、訓練にどれだけの費用が掛かるかを経験上嫌というほど知っているアンダーソンは、先行きに不安を隠せなかった。

「まぁ彼らは正面からブルーコスモスに戦ってくれなくてもいいのです。撹乱してくれれば上出来でしょう」

「それもそうだが・・・・・・それにしてもサーペントテールだけでよいのか? 失敗すれば目も当てられないぞ」

「まぁ砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドが指揮を執るんですから大丈夫でしょう。まぁ彼らが失敗すれば、その時は別の手を

 打てばよいのです。ラクス・クラインほどネームバリューはありませんが、それなりに御輿として担げる人物はいます」

カリウスはニヤリと笑いながら言う。

彼はラクスを全くと言って信用も、信頼もしていない。むしろ自分達の足を引っ張りかねない存在とも思っている。まぁ普通は自国の最高

機密を監視カメラの前で堂々とスパイに手渡すという、何とも阿呆なことをしてくれた人物など信用も、信頼も出来ないだろう。

このため彼は心の奥底で、サーペントテールが失敗して、エターナルが沈没すれば良い、とさえ考えていた。

(まぁマルキオとの関係もあるからな・・・・・・仕方ないか)






                    青の軌跡  第12話







 反ブルーコスモス派が独自に牙を磨いている頃、アズラエルの命令を受けた強化人間とソキウス達も宇宙に上がっていた。

彼らは自分の機体と共に、パナマのマスドライバーから月のプトレマイオス・クレーター基地に送られ、第7艦隊に編入された。

「これだけの戦力を与えられた以上は、こちらも期待にそう活躍をしなければ」

第7艦隊司令官に就任していたバーク少将は、アズラエルが自分の手元に寄越した戦力を見ると即座に出撃許可を求めた。

北米の連邦軍参謀本部からも出撃命令がきているので、プトレマイオス・クレーター基地司令部は出撃を速やかに許可し、第7艦隊に

は必要とされる物資が最優先で振り分けられることになる。

「ようやく緒戦の屈辱を晴らす時が来たな……」

バークは自分の指揮下にある艦隊を見て、感慨深げに呟く。

地球連合軍は開戦初頭での大敗と、ハルバートン准将の第8艦隊壊滅によって宇宙艦隊の戦力を大きく低下させていた。これは普通の

国家なら降伏してもおかしく無いほどの消耗だったが地球連合、特に大西洋連邦はその生産力にものを言わせて艦艇を建造し、

戦力の回復に務めていた。また史実よりも早い時期にNJCを得たことによって史実を超えるペースでMSの増産を行えるようになり

MSを宇宙軍に配備できるようになっていた。尤も宇宙軍にMSが配備されると言っても、派閥の関係上ブルーコスモス派の艦隊が

最も装備を充実させている。このため第7艦隊は、連合宇宙軍の中でも最も戦力が整っている部隊の一つと言えた。

「青き清浄なる世界に不浄なものを打ち込み、蹂躙したツケの一部を払ってもらうか」

今回出撃する第7艦隊には、アークエンジェル級2番艦であるドミニオンの姿もあった。訓練が終わったばかりであったが、今回は

強化人間とソキウス達のMS母艦として運用するために戦列に加わっている。このドミニオンの艦長にはアークエンジェルから

転任してきたナタルが務めていた。

「生体CPUに、戦闘用コーディネイター……全員がパイロットではなく、装備なのか」

艦長席の小型モニターに映し出されているMSパイロットのデータを見て、彼女はため息をついた。

ドミニオンに乗り込んできた強化人間とソキウス達……彼らはドミニオンについてから会話もせずに自分の部屋に閉じこもっている。

ソキウス達は時折、外に出て乗員と言葉を交わすこともあるが、会話というよりもただの質疑応答程度のものに過ぎない。

(強化人間も酷いが、ソキウス達は精神を操られて人形にされていたのか……何と惨いことを)

ナタルは思わず唸った。ナチュラルをコーディネイターのパイロットに対抗できるようにするために、肉体を改造して薬漬けにした

強化人間、そして戦闘能力を強化した上、反抗されないように徹底的にマインドコントロールされたコーディネイター、ソキウス。

このふたつの存在は彼女の想像を絶していた。いくら戦争に勝つためとは言え、彼女の目から見て余りに非人道的だった。

「ここまでしなければ、勝てないと言うのか……」

平時においては到底許されないであろうことも、戦時ではあっさり行われる。狂気の沙汰としか言いようが無いがそれが現実だった。

様々な思いを乗せて、第7艦隊は出撃する。




 バークは第7艦隊を3つの艦隊に分けて、それぞれ独自にザフト軍の補給基地、輸送船団に対して攻撃を行わせるつもりだった。

無論、仮に敵の大部隊と遭遇した場合に備えてお互いが連携を取れるようにはしている。

すべての準備を整えたバークは各部隊に作戦の開始を告げる。

「諸君、狩を始めるぞ!!」

まず最初に、襲われたのはザフト軍の補給基地のひとつだった。この基地はザフト軍が月〜地球間の連合軍の補給線を脅かすために

小惑星を改造して建設された基地であり、地球連合にとって目の上のたんこぶ的存在だ。逆に言えばザフトにとっては

非常に重要な基地であり、それ相応の守備隊が駐留していたのだが……今回は余りに相手が悪かった。

この基地に襲い掛かったのはバークが指揮するドミニオン、アガメムノン級母艦2隻、戦艦3隻、駆逐艦10隻、仮装空母4隻の

合計20隻からなる艦隊だ。それもGの他にストライクダガーを定数どおり配備された艦隊であり、MAも生産されたばかりの

コスモグラスパーを中心としたMA隊を保有している強力な艦隊であり、ザフト軍から見れば死神にも等しかった。

「全艦艇、斉射3連。後にMS隊発進」

「了解しました」

無論、ザフトは黙ったままやられるつもりは無い。彼らは駐屯していた守備隊と、補給のために停泊していた艦艇を出撃させる。

このとき、彼らは自分達の勝利を確信していた。何故ならこれまでに彼らが戦った連合軍はすべて錬度の低いMAと鈍重な戦艦で

構成された部隊ばかりだったからだ。

「どうせ、すぐに片付くさ」

これまでの圧倒的勝利が地球連合軍、いやナチュラルへの驕りと油断を生んでいた。それは彼らに高い代償を突きつけることになる。

20隻からなる連合軍艦隊と8隻からなるザフト軍艦隊は、牽制を兼ねた砲撃戦を行ったあとにMS部隊を発進させた。

「さて、盟主が手に入れたとされる力、見せてもらうか」

バークはそう言って、ドミニオンから発進した、カラミティ、レイダー、フォビドゥンを見つめた。

その頃、ダガー隊はストライクダガー2機をペアにした集団戦法でザフトに挑んでいた。これは連合軍パイロットは未だにMSに

不慣れであり、1対1でザフト軍に挑むのは危険だと判断されたためであった。ダガー隊は、相棒機を囮にして自分は背後から敵機を

撃つという戦術でザフトに苦戦を強いた。ザフト軍パイロットが目の前の敵機の追撃に夢中になっているうちに、連合軍MSに

背後に回られて撃墜されると言う事態が相次いだのだ。

「くそ、何て連中だ!!」

ザフト軍パイロットは個々人の技術が優れていた故に集団で戦うことをしなかった。そのために集団戦法で迫り来るダガー隊に

苦戦を強いられ、次第に消耗を重ねていった。尤もこの苦戦の原因としてはザフト軍主力MSがジンであったことも戦況に影響していた。

もともとストライクダガーはジンに勝つために造られた機体であるので、基本性能はジンを上回っていた。さらに火力もビームライフル
を装備することでジンを圧倒している。尤もそれでも1対1では、技能の差で未だにジンが有利なのだが、今回はダガーの数が多すぎた。

さすがのジンも1対2、1対3で蛸殴りにあっては堪らない。

さらにこの苦戦に拍車を掛けたのは、オーブ戦後に突貫で改造されたカラミティ、レイダー、フォビドゥンであった。

カラミティは、胸部のスキュラと肩部のシュラークでジンとシグーの何機かをまとめて叩き落す。

レイダーはMA形態で突入してジンとシグーの編隊をかき回し、敵がばらばらになると、MS形態に変形して破砕球ミョルニルを

次々にザフトのMSに浴びせて撃破していく。フォビドゥンはエネルギー偏向装甲で攻撃をすべて逸らし、直後に誘導プラズマ弾に

よるカウンターを浴びせていく。普通、余り派手に動くとMSはそのバッテリーが切れるのだが、今の所この3機にその兆候は無い。

「ははは、こりゃあいいぜ!!」

「滅殺!!」

オルガとクロトは改造されて力を増した自分の機体の力に酔った。この3機の様子を見て、バークは感心する。

「さすがは核動力といったところか……」

そう、この3機のGAT−Xシリーズには試作的に核エンジンを搭載されていた。無論、既存の機体に積み込むのは色々と無理が

あり、結果として唯でさえ悪い操縦性がさらに悪くなった。まぁ強化人間の彼らからすれば大したことではないのだろうが、

この改造の結果、この3機は普通のナチュラルでは到底扱いきれない品物になってしまった。

「敵MS隊、戦力の40%を喪失した模様」

オペレーターの言葉にバークは次の指示を出した。

「レイダー隊、MA隊発進。同時に左翼と右翼の部隊を前進させろ」

「敵を包囲殲滅するつもりですか」

「当たり前だ。叩ける時に敵を叩く、それは戦争の原則だ」

地球連合軍のこの動きを見たザフト軍は慌てた。何しろ自分達自慢のMSが押され、さらに敵艦隊に包囲される可能性が高くなったのだ。

それは自軍が全滅する可能性が出てきたことを意味する。彼らは生き残るために補給基地に停泊中の部隊に救援を要請した。

「発進急がせろ!!」

前線部隊に要請されなくても補給基地の湾口に停泊していたナスカ級、ローラシア級は発進を急いでいた。これまで発進できなかった

のは、彼らの多くが大なり小なり損傷を負い、修理に追われていたせいでもあった。

「くそ、前線部隊は何をしているんだ。ナチュラルごときに梃子摺るとは」

「居眠りでもしていたんでしょうか?」

前線からの悲鳴のような救援要請を聞いた指揮官たちは、前線部隊の不甲斐なさをあざ笑う。

「まぁ俺たちが出て行けば、どうにかなるさ」

確かに彼らが無事発進できれば逆転も可能かもしれない。しかしザフト軍の司令官が手持ちの部隊の多くを前線に回していたために

補給基地周辺の防空能力は著しく落ちていた。その結果として生じた隙を突かれ連合軍艦隊から発進したレイダーとMAが補給基地に

接近を許してしまう。これを阻止すべきMS隊は前線であり、その多くは消耗していた。ザフト軍にこれを止める術は、基地に

設置してある対空砲以外に存在しなかった。

「撃て、撃って、撃って、撃ちまくれ!!」

ザフトは盛大に対空砲を打ち上げるが、その多くはレイダーにダメージを与えられない。彼らは知る由もないが、レイダー隊の大半は

ソキウスによって操縦されており、そうそう簡単に撃墜できる相手ではなかった。逆にレイダーは、自分達を撃ってくる砲座を

見つけては搭載していた対要塞ミサイルを打ち込んで次々に沈黙させていく。そして対空砲火が薄くなったところでMA隊が

次々に港口に殺到し、その腹に抱えていた対艦ミサイルを要塞内に撃ち込んだ。

「ミサイル多数、接近!!」

「何?!!!」

ザフト艦の艦長たちが叫ぶのも束の間、発射されたミサイルは次々に停泊中、出航途中のザフト艦に命中していった。

ブリッジ、機関部に直撃したザフト艦はあっというまに爆発四散した。味方の艦艇を巻き込んで……。

「攻撃成功、帰還する」

役目を果たしたMA隊、レイダー隊は次々に引き上げていく。彼らが自分達に与えられた仕事を果たしのは誰の目にも明らかだった。

補給基地の内部は見るも無残な状態になっていた。ザフト艦が搭載していた燃料、弾薬が誘爆を呼び、それがさらに補給基地を

蹂躙していく。補給基地のために多くの弾薬、燃料を抱えていただけに、相次ぐ自軍艦艇の爆発は基地の命取りとなる。

「勝ったな」

バークは内部から紅蓮の炎をあげて崩壊していくザフト軍基地を見てそう呟いた。




 この補給基地壊滅に続いて各地で同様の事態が相次いだ。特に地球とプラントを結ぶ航路では、プラントにとっては命綱である

食糧輸送船団が襲撃されて、大きな被害を出した。さらに討伐部隊を出しても逆に返り討ちにあうと言う事態まで発生した。

「一体、どうなっている?」

ザフト軍作戦本部は、この大規模な攻撃に大騒ぎになっていた。

「15隻から20隻前後の艦隊が、我が軍の補給線を相次いで襲撃している模様です。すでに月周辺の補給基地と第43輸送船団から

 の音信が途絶しています。他に第56輸送船団が攻撃を受けて半数の輸送船が沈没したとの情報が入っています」

「ボアズとヤキン・ドゥーエから救援は出したのか?」

「すでに出していますが、すでにレナレス隊が音信途絶しています。これにリーフ隊も交戦中との報告が」

ユウキはこの攻撃の規模から、この攻撃が連合軍の正規艦隊を使ったものだと判断した。

「中途半端な戦力では返り討ちにあうな……まったく厄介なことばかり起こる」

クライン派の拘束と、ラクスの罪状暴露によってプラントでは連合による再度の核攻撃が行われるのではないかという不安感が蔓延し

社会不安になっていたのだ。この状態でこの大失態となれば、その反応は予想に難くない。

「エターナルはまだ動かすわけにはいかない。ということは、ヤキン・ドゥーエの守備隊を動かすしかないか」

しかしヤキン・ドゥーエから兵力を引き抜けば、本国の防衛力が低下する危険性がある。このために彼の一存ではどうにもできない。

「議長に要請するか……」

第7艦隊による大規模な破壊活動は、ザフト軍上層部に強い衝撃をもたらした。何しろザフトが今回受けた損害は、戦闘艦だけでも

15隻が沈没、輸送船となると24隻が沈没すると言う目もあてられない被害だったからだ。しかも多くの乗組員とパイロットが戦死

しているので人的ダメージも大きい。人口が2000万人程度しかないプラントではこの被害は許容できる範囲ではない。

最高評議会はこの事態に対処するかで頭を痛めた。

「こうなったからにはプトレマイオス・クレーター基地を攻略するか?」

「いや無理だろう。パナマ戦でジン隊をかなり引き抜いたからな。これの補充には時間がかかる」

「錬度も問題だな。短期決戦を夢見て地上に優先的に兵を送ったからな……」

ザフト軍でも歴戦の部隊はアラスカとパナマで大きな被害を受けており、ザフト軍に暗い影を落としている。かと言ってこれ以上の

兵員を確保しようとすれば徴兵制を強くしかない。尤もそれで兵隊を確保しても、訓練を行い一人前の兵士にするまでにどのくらいの

時間がかかるかを考えるとあまり現実的ではない。それにもまして予算の問題もあった。

「ジェネシスの建造をもう少し遅らせることは出来ないのか?」

「このままでは前線のMSを更新するのが遅れる」

NJCを入手したことで、連合軍はその生産力をフルに使って大量の兵器を前線に送り出すようになっている。これによってPS装甲

を持つGが前線に出てくるようになり、ジンでは対抗できなくなっていた。Gを含む部隊に対抗するためにはどうしてもビーム兵器を

運用できるゲイツが必要なのだが、予算の関係上それは不可能となっていた。

「フリーダムとジャスティスは確かに高性能だが、コストが高すぎる。もう少し安くならないのか?」

この2機の開発者であるユーリに、ザフト軍首脳部はコストの削減を申し入れたがあっさり却下されていた。

「やはり前線には、もう少しの間はジンで頑張って貰うしかないですね」

「オーブ戦でも判ったが、連中のMS隊は強力だぞ。これではゲイツの配備が完了する頃には、ベテランパイロットが枯渇している」

オーブ戦を遠巻きながら見ていたザフトは、地球連合軍の力を見て驚愕した。だがオーブに大軍を動員しながら他方面でも連合軍が

戦力を増強しているとの情報に触れて驚きは恐怖に代わっていた。

このまま真正面から戦い続ければ、ザフト軍は人的資源が枯渇する……それが彼らの共通認識になっている。

「ジェネシスが完成するまでは、出来る限り防御に徹するしかない、ということか」

敵の策源地であるプトレマイオス・クレーター基地を叩けない状況に、思わず歯噛みした。今更ながら、彼らはアラスカへの

攻撃を後悔し始めた。あれがなければパナマは落とせたかもしれない。そして補給の途絶えた月を攻略することも可能だった。

「いや、今更この話を蒸し返しても仕方がないだろう。今は兵力の再建と再発防止に専念しよう」

ザフト軍作戦本部は、各地の補給基地守備隊と輸送船団の護衛部隊の強化を決定し、ゲイツの優先的に配備することにした。

また月軌道に偵察部隊を常に張りつかせて、月艦隊の動きを探ることに力を入れることも決定した。

無論、これは唯でさえ予備がないザフトにとって非常に辛い選択だった。本国にいる予備戦力を振り向けるだけではたりないので、

ヤキン・ドゥーエ、ボアズの守備隊まで投入することになる。それはこの二つの要塞の防衛力が低下することを意味していた。

最高評議会とザフト軍作戦本部の決定によって、プラント本国、ボアズ、ヤキン・ドゥーエの守備隊が分散するとの報告を

聞いたラクスは好機到来とばかりにエターナル奪取を決めた。

「搭載機はどうなっています?」

「ジャスティス、フリーダムは議長の直轄で動かせません。ですがYFX−600R試験型ゲイツ改の入手には成功しました」

この試作ゲイツは元々フリーダム、ジャスティスの武装をテストするために作られた機体であり、PS装甲も持っていた。

しかしバッテリー式であるがゆえに、パワー不足であった。しかしダコスタはそれを改善することに成功していた。

「技術部の中に協力者がいまして、彼に頼んで試作段階の新型バッテリーを搭載しました。

 これによって通常のMS並の活動時間が得られます」

ちなみにこの技術部員との交渉を請け負ったダコスタは、それこそ胃に穴が開くかと思ったくらい苦労したことを記しておく。

尤も彼としてはこれだけの手駒があっても脱出が可能かといえばやや懐疑的だった。何せザラ政権の弾圧と宣伝によってラクスに味方する

人間はプラントではほとんど居なくなっている。はっきり言って孤立無援の状態だった。

「ヤキン・ドゥーエを脱出するのは、いささか難しいのではないでしょうか?」

「マルキオ様からの連絡で、地球軍の反ブルーコスモス派の方々が私たちを支援してくれるそうです」

「地球軍がですか?」

「はい。地球軍も決して一枚岩ではないのです」

ラクスは、地球連合内部の対立こそがプラントを生き残らせ、自分の理想を実現する鍵になると考えていた。

「………忙しくなりますね」

尤もここにアズラエルがいたら、『永遠に休んでおいてくれ』と言うに違いなかった。



 第7艦隊による大規模な通商破壊が予想以上の成果を挙げているとサザーランドから聞いたアズラエルは、オフィスで祝杯を挙げた。

軍需産業連合理事会での妖怪爺さん達との腹の探り合い、ブルーコスモスの統制、さらに財閥経営とそれに必要な書類の処理等など…

はっきり言って過労死寸前の生活を送っている彼にとって、この大戦果は彼の疲労を吹き飛ばすものだった。

「これだけの一方的な大戦果を聞くのは初めてだよ」

『確かにあの空の化け物どもには手を焼かされました』

サザーランドに言うとおりアラスカ、パナマ、オーブでの戦いはどれもが連合軍に大きな消耗を強いた。

連合を国力を使っても、宇宙艦隊でMSを定数一杯に配備できているのが第7艦隊だけだという現実がそれを裏付けている。

「これでうちの部隊の編成も、勢いがつくね」

ソキウスと強化人間の力は今回の戦闘で、大いに役に立ったことが判っている。アズラエルはこの戦果を持って、自分が編成を進めている

部隊が決して弱いものではないことを宣伝できたと思っていた。

『ソキウスと強化人間をもう何人か加えることが出来れば、1個艦隊とも遣り合えるでしょう』

コーディネイターであるソキウスは嫌いであったが、アズラエルの派閥に所属する彼としては部隊の戦力強化は望ましいものだった。

強化人間とソキウスが乗る機体はGATシリーズもしくはロングダガー、105ダガーが予定されていたが、今回の戦闘で

核エンジン搭載型MSの優位性が明白になったので、従来機に核エンジンを搭載する作業が急ピッチで進められている。

恐らく編成が完了した際には、連合軍最強部隊と名乗っても嘘ではない実力を持った部隊になっているだろう。

「まぁ問題は部隊名が決まっていないってことなんですけど……どうしましょう?」

部隊名をどうするかで悩むアズラエルだったが、今は部隊名よりも中身を気にしたほうが良いと思って命名を後回しにする。

「まぁ今は戦力の充実と、基地施設建設を急ぐとしましょう。サザーランド大佐、輸送船団の護衛、頼みますよ」

『分かっています。そう言えばアズラエル様、アンダーソン将軍がスレッジハンマーなるものを提案しているのをお聞きしましたか?』

「・・・・・・何ですか、それは?」

サザーランドは作戦の内容を詳しく説明する。

「博打みたいな作戦のような気が・・・・・・」

『将軍達は成功する可能性は高いと主張しています。参謀本部もこれが成功すれば、ザフトの戦力を分散させられると判断しています。

 それに・・・・・・失敗すれば彼らを切り捨てればよいだけです』

(………シンガポール基地壊滅の意趣返しにもなるか。でも危険な賭けだな……掛け金が高すぎるぞ)

スレッジハンマー……それはアンダーソン将軍が中心になって立案した南太平洋における一大攻勢作戦であり、地球連合軍の

太平洋艦隊の主力部隊を動員するある意味で賭けに近い作戦であった。何しろオーブ戦のあとで洋上艦が著しく不足しているので

これで主力を失おうものなら、太平洋の制海権を失いかねない。

(確かにザフトは大幅に弱体化しているけど侮れる相手じゃない。しかし戦争の長期化は拙いし……)

だが戦争の早期終結を目指すなら、考慮に値する作戦でもある。戦争の長期化によって経済が疲弊すれば、民衆の不満が増大する。

そしてそこにブルーコスモス強硬派の付け入る隙が出来るだろう。アズラエルは暫く悩んだ後、作戦を発動させるように言った。




 スレッジハンマー発動に伴い、大西洋連邦政府は大洋州連合への圧力を強化する一方で、講和に向けた交渉を始めることにした。

連邦政府は中立国であるスカンジナビア王国を仲介役にして、連合政府に交渉に参加するように申し込んだ。連合政府は当初こそ渋ったも

のの、最終的にこの交渉に参加することを呑んでスカンジナビアに交渉団を向かわせた。これにあわせて連邦政府も人員を派遣する

ことになり、其の一員としてマリア・クラウスが指名された。彼女は元々ブルーコスモスでありながら穏健派として知られている上に

ブルーコスモスを離脱した後には上院議員としてあちこちで活躍していた。このためにブルーコスモス、反ブルーコスモス派問わず

様々な人物にコネを持っているのである意味でアズラエルより影響力を持っていると言える。それゆえに、今回は大洋州連合との交渉を

依頼されていたのだ。無論、この依頼を彼女は快諾した。

「忙しくなりそうね……」

彼女も一刻も早く戦争を終わらせる為に、様々な活動に乗り出そうとしていた。