スレッジハンマー発動に伴い、地球連合軍は原子力空母を含む機動艦隊の出撃準備を急がせた。これに加えてソロモン海戦線では

ザフト軍主力をカーペンタリアに釘付けにするべく、激しい攻撃を加えていた。特に連合が豪州北部に対して加える攻撃は熾烈であり

北部に展開していた大洋州連合空軍は、圧倒的物量を誇る連合軍航空隊によってあっという間にすり減らされていった。

無論、ザフト軍も負けじと応戦してはいたが、ディンでは高高度を飛行する爆撃機に対して指一本触れることができず、ザフト軍戦闘機

は数と性能で連合軍に劣っており、護衛戦闘機隊を突破することは出来なかった。このため豪州北部のクックタウン、ダウズトビル

の被害は増大する一方だった。この被害は地球連合諸国によって経済的圧力を加えられている大洋州連合にとっては容認できる範囲では

ない。もともと彼ら親プラント国家は、プラント理事国との間の国力差を縮めるためにプラント側についたに過ぎない。それなのに

国力差を縮めるばかりか、自分達の国力をすり減らすようになっては本末転倒になる。このため連合政府内では講和派が次第に勢力を

拡大するようになっていた。そしてこの同盟国の内情は、すぐさまプラント最高評議会に届けられることになる。

「大洋州連合で講和派が増大しているか……これは、かなり拙いな」

パトリックはこの状況に、思わずため息が出た。尤もそれも判らないことではない。プラントは食糧と水、そして地球でしか採掘できない

貴重な鉱物資源を親プラント国から輸入している。もし親プラント国が連合に降伏すれば、これらの必要物資の輸入が出来なくなる。

そうなればプラントは戦わずして敗北を余儀なくされるだろう。

「連合政府を安心させるには、大規模な増援が不可欠です」
 
エザリアの言葉に、パトリックは苛立たしげに答える。

「そんなことは判っている。問題はどこからその増援を捻り出すかだ……ヤキン・ドゥーエとボアズから戦力を引き抜けば、

 最悪の場合、プラントへの直接攻撃を招く。唯でさえ連中の攻撃から輸送船を守るために兵力が分散しているのだ……」

地球連合軍最高司令部は第7艦隊の戦果に気をよくして、積極的に通商破壊を推し進めている。新型MAであるコスモグラスパーや

  GATシリーズはザフト軍に深刻な損害を与えていた。これに対応するために、ザフトは多くの戦力を宇宙に貼り付けておかなければ

ならなくなり、必然的に地上に回せる戦力は減少している。いや現状ではほぼ皆無といってもよい状況に陥りつつあった。

無い袖は振れない……それが彼らが置かれた現状だった。彼らが構想していた大洋州連合へ武器を供給することで、失った戦力の穴埋め

をするというプランも、連合軍の圧倒的としか言いようの無い物量の前には大した効果を発揮していない。

「ヨーロッパは比較的こちらが優勢なのだろう?」
 
「確かに比較的は優勢ですが……ユーラシア連邦軍が戦力を回復するにつれて怪しくなっています」

ユーラシア連邦軍はオーブで洋上艦隊に打撃を受けたものの、上陸部隊は健在であった。ユーラシア連邦軍はこの部隊を一時的に

シベリア方面に配備する一方で、元々シベリアに残っていた全部隊と首都守備隊の一部をヨーロッパの最前線に送った。

  このためにヨーロッパでの戦力バランスはユーラシア連邦に傾きつつあった。しかもこの戦力バランスは今後、一層ユーラシア連邦に

傾く公算が高かった。何故ならアラスカ基地で生産されるダガーが次々にユーラシア連邦に運び込まれているからだ。

ストライクダガーを配備した部隊が、訓練期間を終えた後にヨーロッパに送られることは間違いない。

「恐らく、2ヶ月以内にユーラシア連邦軍を主力とした地球連合軍による大規模な反攻が行われるでしょう」

ユウキの意見に、多くの議員がため息をついた。ザフトはこれまで失った戦力の補充すらままならないというのに、地球連合軍は
 
開戦初頭を超える戦力を手に入れようとしているのだ……彼らの脳裏に一瞬だが『敗戦』という言葉が浮かぶ。

「ユーリ、もし地球からの資源の輸入が途絶えた場合、ザフトはこれまでのような体制をどの程度維持できる?」

「……長くて1年、短くて半年程度になるでしょう」

資源の備蓄は行っているが、地球連合軍による攻勢が強まれば消費する物資の量は桁違いになる。そうなれば、現在備蓄している物資など
 
あっという間に消費してしまう可能性が高い。恐らく彼の言った期間よりさらに短くなるだろう。

「フリーダムとジャスティスの生産は?」

「フリーダムは先ほど3機目が完成しました。ジャスティスも明日には2機目が完成する予定です」

この言葉を聴いたパトリックはある決断を下した。

「フリーダム4号機とジャスティス3号機の生産を一時的に凍結し、あまった資材と予算をゲイツの生産に振り向ける」
 
「よろしいのですか?」

「フリーダム3機とジャスティス2機があれば、連合から核攻撃があっても対処できる。それよりもまずは地上への増援だ」

ゲイツを増産し、それをカーペンタリアに送ることで質的な面で駐屯部隊を強化することをパトリックは選んだ。同時に彼は対空火器と

迎撃戦闘機の生産も進めることを決定した。そして次にどこから新しい航宙艦の建造予算をひねり出すかを協議していたとき、緊急報告

が舞い込んだ。

「エターナルが?!」

それはパトリック・ザラの戦略を大きく狂わし、プラントとザフトを混乱の坩堝に陥れる凶報であった。






                    青の軌跡 第13話




 アンドリュー・バルトフェルド……彼はかつてストライクに敗れたものの奇跡の生還を果たし、ビクトリア攻防戦では自軍の数倍の

地球連合軍を相手に奮闘して少なからざる損害を与えたザフト軍でも指折りの英雄とされていた。この評価の故に彼はクライン派の

人間にも関わらず、ザフト軍の決戦兵器であるエターナルの艦長と言う要職を任されていた。それゆえに彼の反逆はザフト軍を震撼させ

残ったクライン派兵士をさらなる苦難の道に追い込むものであった。

「クライン派兵士を最前線に送り込め。技術者には厳重な監視を付けろ」

パトリックは、プラント本国に残っているクライン派兵士を軒並み最前線に送ることを決めた。だがクライン派とは言え、彼らを引き抜

けば本国の防衛ラインに穴が開く。このために彼はクライン派の部隊をヨーロッパに送る一方で、ヨーロッパから部隊を順次宇宙に

撤収させることにした。これによって彼は防衛力を維持する一方でクライン派を合法的に始末しようとしたのだ。何しろヨーロッパでは

2ヶ月以内に地球連合軍の大反攻が開始される可能性が高い。そうなればヨーロッパ方面軍の壊滅は時間の問題となる。

「奴らには名誉の戦死を遂げてもらう」

信用できない兵士ほど使い難いものはない。パトリックは今回のようなことが二度と起きないように、クライン派を軍内部から一掃する

つもりだった。

「追撃部隊を出せ。ナスカ級3隻があれば潰せるはずだ。何としても奴らを始末しろ」






 ザフトが慌てふためく一方、アンダーソン将軍はラクスが無事に脱出したとの報告を聞いて一安心していた。

「これでこちらの準備が整うな」

ブルーコスモスに対抗する勢力作りを目指していた将軍にとってはラクスの成功は切っ先のよいものだった。だが喜ぶアンダーソン将軍

とは対称的に、カリウス提督は不満そうな顔をしている。

「・・・・・・・・・何か気に入らないのかね?」

「・・・・・・いえ、何でもありません。気にしないでください」

さすがに『ちっ生き残りやがった』とは言えないカリウスはそう誤魔化して、話題を変えた。
 
「エターナルは現在、迂回進路を取りながらL4に向かって居ます。尤もこれだけではザフトの追撃部隊に補足されることは

 間違いないと思われます」

「どうするつもりだ?」

「月艦隊司令部に、ザフト軍の精鋭部隊が極秘任務を負って活動していると情報を流します」

「月艦隊に追撃部隊を始末させる気か」

「はい。月艦隊はブルーコスモスの影響が強いですから」

カリウスは敵対しているブルーコスモスの部隊を使って、ザフト軍追撃部隊を始末することで、双方の弱体化を図ろうとしていた。

「第7艦隊が補給を完了しています。恐らく彼らが出撃する事になるでしょう」

「と言うことは、追撃部隊の全滅は時間の問題な」

アンダーソンはそう判断するとこの話題を打ち切った。ちなみにザフトの追撃部隊は、彼らの予想通り連合軍の大部隊と遭遇して

全滅の憂き目にあうことになる。

「メンデルはどうなっている?」

「機動兵器と戦闘艦の修理、保守が可能な程度の設備を持ち込みました。あと物資の備蓄をメンデル以外にもヘリオポリス跡や

 世界樹のデブリ帯で行って居ます」

「・・・・・・・・・マルキオは?」

「ジャンク屋を使って支援するそうです。また旧オーブ軍とコーディネイターを利用して、部隊の編成を進めるとのことです」

ちなみに現在、オーブは暫定的に連合軍の占領下にあり、大西洋連邦軍を主力とした駐留軍がオノゴロに駐屯している。何しろカグヤ

こそ核爆発で吹き飛んだものの技術力では定評のあるモルゲンレーテは健在であった。このため駐留軍を置く価値があると連合軍が判断

していた。だが同時に連合軍はオーブ軍の武装解除を行い、組織を完全に解体していた。この軍の解体は大西洋連邦軍への反感を

生んでおり、結果的にアンダーソン達が作ろうとしているゲリラ組織に参加する兵士を増やす要因になっていた。

マルキオは旧オーブ軍兵士を中心にして組織を作り上げ、これにラクスの思想に共鳴するコーディネイター達を加えていた。

「ふむ、と言うことは本格的に行動に移れる時期は近いな」

すでにL4にある廃棄コロニーには、書類上は失われたことになっている艦船が集結している。これにマルキオが編成した

義勇軍を加えれば、本格的な行動に移れる時は近いと言える。

「狙いはブルーコスモスの部隊だな・・・・・・」

「はい」

講和を目指す彼らからすればブルーコスモスの私兵集団は目障りなことこの上ない。このために最低でも彼らを牽制、できれば撃滅

しなければならなかった。尤もブルーコスモスだけを叩いても戦争は終わらない。最終的には外交で決着をつけなくてはならない。

「プラントとの交渉は?」

「サカイ長官は、スカンジナビア王国を仲介役としてプラントとの接触を図って居ますが・・・・・・芳しくありません」

「そうか・・・・・・やはりプラント穏健派が壊滅したのが痛いな・・・・・・」

「現政権の中でも、比較的話が出来る人物との接触を模索していますが・・・・・・」

「いや、スレッジハンマーの結果によっては、話に乗ってくるかもしれん。諦めるのはまだ早い」

アンダーソンはそう言って、望みを捨てないようにカリウスに言う。

「我々はブルーコスモスのような行いを黙認するわけにはいかんのだ。一刻も早く政治的な落とし所を探らなければならん」

アンダーソン達が独自に和平への道を探っている頃、アズラエルはプラント本国侵攻のための準備を推し進めていた。

核エンジン搭載型MSの生産を進める一方で、拠点攻撃用大型MSトライデントの開発をより推し進めた。この機体は核エンジンを

搭載し、陽電子砲を筆頭に戦艦並の火力を持つ兵器を使用できるという強力な機体であり、ボアズ、ヤキン・ドゥーエ攻略戦の

際には活躍が期待されている。尤も……。

(まぁMSっていうより、どちらかというとMAのデンド○ビウムって感じだよな……)

データを見たアズラエルの感想のように、MSというよりMAに近い機体といえた。便宜上MSとされているが遠くない将来、MAに

分類される可能性が高かった。

「まぁ問題は予算がとてつもなく掛かるってことだけど……まぁ儲かるから良いか? うちも資金がいるしね」

ローレンツ・クレーター基地の再利用と周辺の鉱物資源の採掘は、それなりに上手くいっているが金が掛かるのも事実だった。

これに加えて私設軍の編成も進めているので、彼としては金はあったほうが良い。

「あとはヤキン・ドゥーエに派遣した偵察部隊の結果待ちか……」

ヤキン・ドゥーエ周辺で建設中と思われるジェネシスを捉えるべく、彼は偵察部隊を派遣していた。彼としてはこの結果が今後の戦略に

大きく影響すると思っているので、非常に気になっていたのだ。もしこの作戦で発見に失敗していたら、プラントに潜伏している工作員

を危険にさらしてまでジェネシスの関する情報の詳細を集めなければならない。そのため彼は心の底から成功を願っていた。

(何とか成功しますように……というか、成功させてくれ。普段、これだけ苦労しているんだから、このくらいのご利益があっても)

もはや神頼みに近いがこの祈りが通じたのか、それとも普段の苦労振りに神様が同情したのか、今回アズラエルが派遣させた

偵察部隊はラクスが起こしたヤキン・ドゥーエでの騒ぎの隙を突いて建造中のジェネシスの撮影に成功した。

彼の目の前のモニターにはカモフラージュされて確認が難しいが、確かにジェネシスが建設されているのを捉えた映像が流れている。

これはジェネシスの存在を立証する確実な証拠となるだろ。

「――――いィやったァァァ!!!!」

彼は勢い良く立ち上がり、勝利の叫びを上げた。そのまま彼は、けたたましい笑い声を部屋に響かせる。

ちなみに彼は最近、1週間の睡眠時間が合計して7時間を切っていたので何分、気分がハイになっていた。

そのために、まるで気でも狂ったかのように笑い続ける。

『あ、アズラエル様?』

さすがのサザーランドもこの反応には引いた。尤もさすがにこんな反応をしたら誰でも引くだろうが……。

この反応に気づいたアズラエルは、「こほん」とわざとらしい咳をしてサザーランドに礼を言った。

「感謝しますよ。サザーランド大佐。これで我が軍は圧倒的優位に立てます」

しかし彼はまだ知らない。このジェネシスの撮影に成功した影に、情報部が巻き起こした騒動があったことを。

そして予期せぬイレギュラーが彼を待ち受けていることも……。




 アズラエルが勝利の雄たけびを挙げている頃、マリア・クラウスを含む交渉団はスカンジナビア王国政府が用意した施設で

大洋州連合政府が派遣してきた交渉団と密かに講和に向けた交渉を行っていた。

「大西洋連邦は大洋州連合政府に対して、以下の要求を行うつもりです」

マリア・クラウスはそう言って連邦政府の要求を相手側に伝えた。尤もこの要求を伝える彼女は、この条件を大洋州連合の交渉団が

呑むわけが無いと思っていた。伝える彼女自身も、かなり無茶な要求だと理解している程だ。実際にその条件を聞いた大洋州連合

交渉団があまりに厳しい内容に絶句し、到底受け入れられないと反発した。

何せ『プラントとの同盟解消と連合への参加』『軍の縮小』『期間を定めた保障占領』『戦時賠償金の支払い』と言う大洋州連合政府に

対して条件付降伏を勧告する内容だったのだ。

「このような条件は到底呑むことはできない」

そう言って首を横に振る向こう側のリーダーに対して、マリア・クラウスは粘り強く交渉を始める。

「しかし、現在貴国は連合軍による攻勢で、豪州大陸北部の制空権を半ば喪失しています。さらに潜水艦部隊によって本土周辺の

 制海権すら危うくなっている……この状況ではこちらの要求が多少厳しいことはやむを得ません」

「だが本国にはまだ地球軍は一兵たりとも上陸していない。それに我が国の海軍は未だに健在だ」

「確かに貴国の海軍は未だに健在ですが……我が国の兵力に比べれば微々たるものです。それにそちらを助力しなければならない

 ザフトはアラスカ、パナマの二戦で著しく消耗しています。彼らは当てにならないのでは?」

これに沈黙を余儀なくされる交渉団。さすがの彼らでもザフトが無視できない消耗を受けていることは判っている。それに連合軍が

一兵たりとも上陸していないと強がったものの、経済的圧力はかなりのものであり大洋州連合の国内経済を疲弊させている。

しかし、はいそうですかと言って大西洋連邦の要求を呑むことなどできはしない。さらに地球圏で最大規模を誇るザフト軍基地を

国内に抱えている彼らには、こちらがプラントを裏切ろうとしたらどんな報復を受けるか判らないという恐怖もあった。

そのあとも話会いは続いたが、両者の溝は中々埋まるものではなかった。だがマリアの根気強い交渉の結果、両者はある程度の

歩み寄りを見せ始めた。

「戦時賠償金の支払いに、我が国の軍需産業への大西洋連邦資本の参加を認めるというのは如何でしょうか?」

大洋州連合は、大西洋連邦政府を裏で牛耳る軍需産業連合が喰い付きそうな条件を出すことで譲歩を要請した。さらに保障占領の

替わりに南太平洋にある大洋州連合の島々の一部を大西洋連邦に割譲することを申し出た。だがプラントとの関係については中々

譲歩しようとしなかった。彼らはカーペンタリアのザフト軍を国外に退去させるが、プラントとの貿易を続けることに固執した。

彼らはプラントとの関係悪化を最小限に留めたかったのだ。この様子を見て、彼女はこれ以上の交渉は連合軍が進めている

オペレーション・スレッジハンマーの結果を待つしかないと判断した。彼女は話し合いだけで全てが解決できるとは思っていない。

(あとは軍の奮闘しだいね……)

スレッジハンマーの結果次第では、一滴の血を流すことも無く大洋州連合国内からザフトを追い出せる……それを判っている故に、

彼女は軍の奮闘を祈るしかなかった。

(確か指揮はあの子が執る予定だったはず……)

彼女は自分がよく知った将官の顔を思い浮かべた。

(頼んだわよ、ノア)





 マリア・クラウスに奮闘を祈られている連合軍艦隊はオーブ沖に集結していた。

正規空母4隻、改装空母4隻を中核にした機動艦隊は、その威容を惜しげもなく晒して地球連合軍の底力を見せ付けている。

この大艦隊の指揮を任されているのは、大西洋連邦軍でも数少ない女性将官であるノア・オルブライト少将だ。才色兼備と名高い彼女は

士官学校でトップの成績を収め続けた優等生であると同時に、大西洋連邦屈指の名家の出身でもある。このため今回の人事は軍内部で

アンダーソンがオルブライト家に配慮したのだと影口を叩かれていたのだが、当の本人はそんなことを気にもしていなかった。

いや、それどころか彼女を指揮官に推薦したアンダーソンも仰天するような要求を彼女は突きつけた。

何と彼女は作戦を遂行するためにと言ってオーブ、ポートモレスビー基地に駐屯する全部隊の指揮権、端的に言えば地球連合軍が

南太平洋に展開させているほぼ全軍の指揮権を寄越せと要求したのだ。無論、これだけの戦力を一人の将官(それも少将)の指揮下に

置く事は普通は不可能だった。本部は難色を示し彼女の名声を妬む者達は『シーザーにでもなるつもりか!』と一斉に不満をぶちまけた。

しかしキンケードとサザーランド、アンダーソンが部内を宥めて回り、アズラエルが密かに政治工作をしたおかげでもあり、最終的に

彼女は地球連合軍設立、いやさらに言えば大西洋連邦軍設立以降、前線指揮官としては最も強大な権限を握ることになった。

このように、史上有数の権限を手に入れた彼女は何をしているかと言うと……

「まったく、何でこうも勝ち目の無い戦いって言うのを連中は挑むのかしら」

艦隊旗艦・空母『ウィリアム・F・ハルゼー』のブリッジで、大洋州連合軍の首脳部の正気を疑っていた。さらに……。

「それに、上の連中も馬鹿ばっかりよね。緒戦であれだけ痛めつけられたんだから、さっさとMSの開発に乗り出せばよかったのよ。

 そうしなかったおかげでこっちは酷い迷惑を被ったわ」

自軍上層部に対する批判を堂々とする彼女に、一部の参謀は慌てて注意する。

「し、司令、あまり司令部に対する批判は……」

「批判をしただけで更迭するっていうの? 素晴らしい軍隊ね。大西洋連邦軍はいつから共産主義国家の軍になったのかしら?」

「………い、いえ、そう言う訳では」

この参謀の様子に、彼女は不機嫌そうに黙る。

(全くブルーコスモスってヤバイ連中は幅を利かすし、こんな保身じみた軍人が多いし……連邦軍も人材面での空洞化が激しいわね)

そんな雰囲気の悪いブリッジに参謀長が入ってきた。ノアは入ってきた人物を見て早速怒鳴る。

「遅いわよ、ヒラガ大佐!!」

この行き成りの怒声に、ヒラガと呼ばれた参謀長、サイト・ヒラガ大佐は少しむっとした顔をする。だが相手は上官であり気分屋でも

知られているノア……このために彼は丁寧に対応した。

「いえ、オーブ駐留軍司令部とのスケジュール調整がありまして」

「ふん、どうせあのクラリッサとか言う可愛い後輩と会いたかったんじゃないの?」

「そんなことはありません!!」

口ではそう言いつつ、少しだけ図星を刺された彼は目が泳いでいた。ちなみにクラリッサとはサイトの後輩であり、オーブ駐留軍に

現在勤務している女性佐官である。さらに言えば彼女はサイトに惚れており、そのことをブリッジにいる全員が知っていた。

「ふ〜ん。まぁアンタがそういうなら良いけど……」

そう言いつつ、疑いの眼差しを止めないノア。

「アンタは私の参謀長なんだから、私のそばにいるのが普通でしょう。今後は気をつけるように」

そう言って彼女は話題を変える。

「今回の作戦の内容はアンタたちも判っていると思うけど、今回の作戦は豪州東部に展開している大洋州連合とザフト軍を叩き潰す事よ」

この言葉にそこにいる全員が頷いた。彼女の言うとおり、このオペレーション・スレッジハンマーの目的は、オーブ沖に集結している

大艦隊の戦力を一気に叩きつけて豪州東海岸の制海権、制空権を完全に奪い取ることだ。これは現在、地球連合軍最高司令部で検討

されているカーペンタリア侵攻作戦『サザンクロス』をより実施しやすくするためにアンダーソンが立てた作戦であった。

だが、それが単なる表向きの話であることを彼女は知っていた。

(これで大洋州連合を脱落させるか……そうそう旨くいくかしら? いや旨くいかせるのが私の仕事か)

彼女は密かに大洋州連合と大西洋連邦が講和に向けた交渉を行っていることを知っている。そのために彼女は最小限の犠牲で最大限の

戦果を挙げるために今回のような無茶な要求をしたのだ。

(片手を縛られた状態で戦いたくは無いからね)

今回のやや強引な要求を思い返しながら、彼女は部下達に念押しする。

「現在ザフトのカーペンタリア基地は、連合軍ポートモレスビー基地の部隊へ対応するだけで精一杯だと思うけど油断は禁物よ」

「判っています」

「判っているなら良いわ。各人準備は終わってる?」

「「「完了しています」」」

参謀達の返事に彼女は満足げに頷く。そして……。

「それでは指揮官権限に基づき、オペレーション・スレッジハンマーの発動を宣言します。全艦隊出撃!!」

かくして、後に南太平洋撃滅戦と呼ばれることになる戦いの幕が上がる。