スレッジハンマーによって豪州東部の大洋州連合軍主要拠点を壊滅させられたザフトは、各地に送る物資の割り当てを大きく変更
することを余儀なくされていた。彼らは物資の多くをソロモン海戦線に投入せざるを得なくなり、必然的に欧州、アジア方面軍の物資の
割り当ては大幅に減少することになった。ザフトのヨーロッパ方面軍は大きく戦線を後退させてこの事態に対処しようとしたが、
ユーラシア連邦軍はこれを見過ごすようなことはしなかった。
「アフリカでの借りを返させてもらうぞ」
ウラソフ中将を司令官に頂くヨーロッパ反攻軍は大規模な反攻を開始し、ザフト軍の占領下にあった諸都市を次々に奪還していった。
これに対してザフト軍は、弾薬や整備部品の不足によってまともに反撃することすら出来ずに、あっけなく撃破される部隊が続出した。
結果、ヨーロッパ方面軍は旧フランス領から完全にたたき出され、旧クライン派の増援部隊と共にジブラルタルを中心にした狭い地域に
閉じ込められることになる。ジブラルタル対岸の地域は、辛うじて維持しているものの、大西洋連邦軍が計画しているアフリカ上陸作戦
が実行されれば、遠からずアフリカからたたき出されることになることは確実だった。
ヨーロッパ方面軍が追い詰められている頃、アジアでもザフト軍は窮地に立たされていた。
彼らは大陸への橋頭堡であった香港を東アジア共和国軍の猛反撃によって失陥し、その勢力をカオシュンへ押し込められていたのだ。
さらに東アジア共和国軍は回復した生産力にものを言わせてカオシュンへの空爆を開始、現地のザフト軍を苦しめ始める。
台湾海峡では、ザフト軍所属の戦闘機やディンが連日、東アジア共和国軍や赤道連合軍との戦闘を繰り返している。
だがそれは壮絶な、物資と人員の消耗戦であり、余力の無いザフトにとっては非常に辛いものであった。
「1機でも、多くの戦闘機を!!」
現地軍司令部では、切実に増援を訴えるのだがその本国もその余力を失っている状況ではどうしようもなかった。
さらに言えば、ザフトはプラント本国と地球間の航路の安全すら維持できなくなりつつあったのだ。
原発が再稼動したことで一気に回復した地球連合各国の生産力は、最高評議会の想像を大きく超える物量を生み出していた。
新造艦とMSの大量配備に加えて、エセックス級空母と呼ばれるMS運用母艦の配備は急速にザフト宇宙軍の優位を切り崩しつつある。
ザフトは新型MSであるゲイツを配備することで形勢逆転を試みているが、連合軍も新型MSの開発を急ぎつつあった。
「GAT−02L2・ダガーLですか……」
アズラエルは新型機のデータを見て一瞬だが、「ジム?」と呟きかけたのは秘密だ。
(史実以上に技術が進化しているってことか……尤も俺自身が技術開発をせかしているから、ある意味で当然の現象なんだろうけど)
トライデントと要塞攻略兵器の開発はほぼ終了していた。この2つの兵器の開発がどの程度、世界に影響するかは彼にも判らない。
「あとはNJC搭載型核ミサイルの生産か……もうそろそろ着手しないとね……」
来るべきプラント本国侵攻作戦……その時に使うであろう核ミサイルの生産を彼は開始させることにした。
尤も、NJC搭載型核ミサイルを製造する場合は過激派によって勝手に使用されないように細心の注意を支払わなければならない。
「これがプラントへ放たれることがないようにしないと……全く、過激派って言うのは」
アズラエルは自分の仕事を増やすことばかりする過激派に対して憎悪を抱き始めていた。苛々が募る中、さらに頭の痛くなる報告書を彼は読む。
「ポートモレスビーの完全な再建は一ヶ月は必要となるか。大洋州連合への攻撃は当分、オーブを経由したものになるな」
ポートモレスビー基地壊滅は連合軍にとっても痛恨事であった。まぁ連合軍の生産力をもってすれば基地が再利用可能になるのは1ヶ月も
掛からないが、それでもタイムスケジュールに遅れを生じるのは面白いことではない。今回の借りをどうやって返してやろうかとアズラエルは
深く考え込んだ。そして暫くしてある案が頭に浮かんだ。
「そうだ……こいつでいってみよう」
ニヤリと笑ったその姿はまさしく悪役そのものだった。
一方で、アズラエルに憎まれているジブリールを筆頭にした過激派は、新たな動きを見せていた。
「大洋州連合市民へのブルーコスモス思想の浸透ですか?」
「そうだ。このたびのスレッジハンマーで、大洋州連合市民は自分達を守れなかったザフトへ怒りと不信を募らせている。
我々はそれに付込むのだ」
過激派幹部はその言葉に「どうしたものか」と顔を見合わせた。
「しかしそれは盟主の許可を得ているのですか?」
「あんな腰抜けの許可など必要ない。それにこれは地球連合にとって利益になることだ。文句は言わせんよ」
確かにザフトの同盟国である大洋州連合市民の間にブルーコスモスの思想が広まれば、地球連合にとって大きな利益になるだろう。
だがそれによって何が起こるかまでは、彼は考慮していなかった。
それが後々、ある悲劇に繋がることになる。
青の軌跡 第15話
大西洋連邦と大洋州連合による和平交渉はポートモレスビー基地壊滅とスレッジハンマーの中止によって一時的に中断を余儀なくされた。
ザフトの戦闘能力を目にした大洋州連合は土壇場で、独自に講和を結ぶことを躊躇ったのだ。これを受けて大西洋連邦政府はアズラエルからの
圧力から大洋州連合に対してある提案を行った。
「つまり、我が国がザフトに対して非協力的な態度をとれと?」
「そうです」
マリアは、大洋州連合の交渉団に向かって言う。
「具体的には食糧や水の輸出についてです。出来ればこれまでの値段の倍程度にまで吊り上げてください」
「それは無理です。そんなことをすればプラントとの関係を破壊してしまいます」
「ですが、その程度はしていただかないと、こちらとしても貴国との講和条件を緩めるメリットがありません」
大西洋連邦は大洋州連合との講和条件として大洋州連合軍の一方的軍縮、戦時賠償金の支払い、それに加えて大洋州連合全土の
保障占領などを要求していた。だが、スレッジハンマーの後、大西洋連邦は大洋州連合全土の保障占領を免除する替わりに、ザフトへの
消極的なサボタージュを行えと要求したのだ。これはアズラエルがプラント経済の疲弊を加速させるためにうった布石であった。
「無論、貴国が出来ないのであれば、こちらとしては軍事的手段に訴えて価格を吊り上げるまですが」
これは空爆などで食糧生産を妨害すると言うことを暗に示していた。
「貴国は我が軍が行ったオペレーション・スレッジハンマーで多大な打撃を受けているはずです。これを理由にすれば価格の吊り上げは
容易ではないのですか?」
「ですが……」
「選択権は貴国にあります。我が国の対応は貴国の選択次第です」
スレッジハンマーで多大な打撃を被り、さらに地球連合各国からの経済的締め付けによって疲弊している大洋州連合にNoと言える
力はなかった。国内に居座るザフトも怖いが、圧倒的国力を背景にして反攻を進めている大西洋連邦も怖い存在なのだ。
「………本国に伝えます」
超大国である大西洋連邦と、弱小国である大洋州連合……その格差がはっきりと判る交渉だった。
尤もこの交渉は、マリア自身にとっては不満たらたらだった。
彼女はこの交渉で大洋州連合を脱落させた後、孤立したプラントを交渉の席につけようと画策していたのだ。しかしその画策はアズラエルの
横車によって水泡と帰した。アズラエルは大洋州連合を潜在的にこちらに引き入れてザフトを消耗させることを目論んだのだ。軍事的に受けた
打撃をアズラエルは外交でカバーしようとしたのだ。マリアとしてもポートモレスビーを少数の兵力で壊滅せしめたザフトの戦闘能力を見ている
のでアズラエルの策は妥当だと考えていた。尤もこの状況は彼女にとって歯がゆい限りであったが……。
(地球から完全に切り離されればプラントは一年はもたない。そうなれば遠からずプラントは講和を余儀なくされるのに……)
プラントの技術力は高いが、食糧生産をわずか一年で軌道に乗せることは困難だ。さらに言えば食糧生産のための中心拠点であった
ユニウス7が破壊されたことによって必要なデータの多くが失われている為に、現在のプラントの食糧自給率は驚いた事に未だに半分程度に
留まっている。食糧が無ければ戦争は出来ない。さらに宇宙で採掘できない希少金属についても輸入が途絶えれば、プラントは継戦能力を喪失し
最終的に講和を請わざるを得なくなる、と彼女は考えていた。
だがアズラエルはジェネシスの存在を知るが故に、ザフトが講和を請うとはこれっぽっちも考えていなかった。ザフトを屈服させるには彼らの
切り札を叩き潰すしかないと信じていた。そのためには地球とプラントという長大な補給線を維持させて彼らを疲弊させるのがよいのではないか
と考えたのだ。弱気になった大洋州連合が脱落して資源の輸入が途切れると思わせれば彼らはさらに戦力を投入するはずだ。
何しろ兵糧攻めにしたは良いが、彼らが白旗をあげる前にジェネシスが完成させるようなことがあったら目も当てられない。それなら宇宙で
本格的反抗に出る前に少しでもザフトを弱体化させたほうがいい。
しかしジェネシスの存在を知らない彼女は、大洋州連合を脱落させられなかったことで戦争が長期化することを憂慮した。
(大西洋連邦もそこまで余裕があるわけじゃない。何とかお互いに余力が残っているうちに戦争を終わらせないと……)
プラントも苦しいが、大西洋連邦も苦しいことには変りはない。投下されたNJによって発生した被害、止まるところを知らぬ戦費の
の伸びは大西洋連邦経済を圧迫していた。彼らとて延々と戦争を続けられるわけではないのだ。
彼女は独自のルートを使ってプラントとの接触を決意した。だがそれは途方も無く危険な行為でもあった。
ブルーコスモス過激派や戦争の長期化を望む軍需産業連合に見つかれば、彼女が暗殺される危険性もあるのだから。
(私は私にしかできないことをする。後で後悔しないためにも……)
彼女が独自に戦争終結への道を探っている頃、大西洋連邦国内でも独自に停戦の道を探る勢力があった。
「プラント穏健派が壊滅した以上は、プラント強硬派との交渉が主になるが……これは中々難しい」
大西洋連邦首都ワシントンにある高層ビルの一角で、穏健派と言える勢力が集まり、プラントと如何に講和条約を結ぶかについて
議論を重ねていた。
「やはり軍事的勝利をもぎ取り、プラントに講和を要求するしかないのでは?」
反ブルーコスモス派の将帥のひとりであるブラットレーは『話し合いだけでは講和は困難だ』との彼なりの意見を述べる。
彼らは独自のルートから講和の道を探っていたが、それは多くがプラント穏健派を経由したものだった。
このために交渉相手であるプラント穏健派が壊滅した今、彼らはプラント強硬派から譲歩を引き出さなくてはならない。
それを成すには軍事的な大勝利を勝ち取ることでプラント強硬派の士気を挫き、彼らを弱気にする必要がある。
尤もそんな大勝利を勝ち取れば、彼らにとって頭の痛い問題が発生しかねなかった。
「だが、その場合はブルーコスモスの暴走が懸念される。アズラエルは私兵を集めているとの情報もある」
アンダーソンはそう言って彼が最も懸念していることを述べる。
「アズラエルはザフトが放棄したローレンツ・クレーター基地を、自分の私兵の拠点として使おうとしている。
実際に、この基地はアズラエルの手によって月面における一大拠点と化しつつある」
彼はそう言って、出席者の前にあるモニターにローレンツ・クレーターの様子を映し出す。
「これはかなりの兵力ですな」
「いくらなんでも、これだけの私設軍の存在を許せば、軍の存在意義に関わります」
アンダーソンは、即座に出席者たちのざわめきを静めると、話を続けた。
「最悪の場合はブルーコスモスによる横槍が入る可能性が高い。奴らにはそれを実行するだけの戦力もある」
「「「………」」」
「我々は奴らを牽制するための力を手に入れつつある。だが、この力を使えば我々は守るべき同胞を手にかけることになるだろう」
ここにいる出席者達は、アンダーソンが密かに武装勢力を作り上げていることを知っていた。
尤も軍需産業を営むアズラエルがその私財を投じて作り上げつつある武装集団に比べれば、見劣りするものは明らかであるが……。
「だがここで我らがやらねば、この不毛な戦争はいつまでも続くことになる」
この言葉に多くの出席者は頷く。
「将軍、我々はそれを防ぐために集まっているのです」
「そうです。我々は協力を惜しみません」
この言葉にアンダーソンは感謝の意を示した。
そして彼らはこの戦争を終わらせる為に、ブルーコスモスとの戦争を開始することになる。
様々な軋轢を抱えつつも、地球連合軍のザフトへの攻撃はさらに熾烈なものとなった。
地球連合軍最高司令部はプラント本国と地球との補給線への攻撃を強化しつつ、プラント本国への攻撃を決定した。
尤も攻撃と言っても艦隊を派遣するのではなく月面基地に設置しているマスドライバーで隕石をプラント本国へ向けて放つと言うものだ。
無論、これらがすべてプラントに命中するとは思っていない。連合軍最高司令部の意図はあくまでもこの攻撃によってプラントに
断続的に圧力を加えることで、プラント市民に心理的圧力を加えることだ。さすがに本国に攻撃を受けるようでは、プラント市民も
動揺は免れない。それは現政権への不信につながり、次に深刻な社会不安となる。そうなればプラントの生産効率は大きく低下して
連合軍はより一層、戦局を有利に進めることが出来る……最高司令部はそう判断したのだ。
だがその試みは2機種のMSによって頓挫することになる。
「まったく厄介な機体ですね……」
アズラエルはフリーダムとジャスティスによって、こちらの攻撃がすべて阻止されたことを知って嘆息した。
『最高司令部、及び連邦軍参謀本部は今後も断続的に攻撃を加えることで、あの2機種を本国に釘付けにするつもりです』
「まぁそれが良いでしょうね・・・・・」
現在、地球連合軍が核エンジン搭載型MSを配備しているのはパナマ、ワシントン、グリーンランド、プトレマイオスのみであり
他の重要拠点への配備は進んでいない。今後は各国首都に優先的に配備する予定だったが、その間に首都を強襲されればどれだけの
被害がでるか分からない。
「まぁこちらの防衛体制が整うまでは、連中には本国にいてもらわないといけません」
『そう言えば、アズラエル様。このたび、ザフトが地球に向けて大規模な増援を出すことをお聞きになりましたか?』
「いえ。まだですが」
アズラエルはそう言って詳しい説明を求めた。
『ザフトは、大洋州連合の単独停戦を阻止するために、約5000人の兵員と新型MSであるゲイツを送るつもりのようです』
「5000人ですか。よくそれだけの余裕がザフトにありましたね」
各戦線での消耗を考慮すれば、せいぜい2000人程度の増員が関の山だろうと思っていた故に、アズラエルは驚きを隠せなかった。
「まだザフトには予備戦力があるってことでしょうか」
『いえ、これがどうやら訓練生が大半を占めるようでして』
「訓練生? そんな馬鹿な。訓練もまともに終わっていないような素人を戦場に送り出す阿呆がこの世の何処にいるんですか?」
『いえ。どうやらザフトはその阿呆な決定を下したようです』
「つまり連中はそこまで追い詰められていると?」
『はい。恐らくは・・・・・・』
アズラエルはこの輸送船団を叩き潰せば、大きな戦果になるなと考えた。訓練生を含む5000人の兵員と新型MSゲイツ、さらに
他にも載っているであろう各種兵器と、物資・・・・・・それを宇宙で潰せば、地球のザフト軍がかなりの窮地に立たされるのは間違いない。
「早速、こちらの仕掛けた罠に引っかかってくれるとはね……何気に上手くいきすぎて罠じゃないかと思うぐらいですね」
『コーディネイターと言っても、所詮は戦争に関しては素人ということです』
だったら何でここまで苦戦するんだよと内心でツッコミを入れつつ、アズラエルは命じる。
「すでにそちらでも手は打っているんでしょう?」
『はい。月の第1機動艦隊に出動を命じました』
「第1機動艦隊……と言うことは、例のエセックス級を配備した?」
『第1機動艦隊にはエセックス級空母2隻、インディペンデンス級軽空母2隻を配備しています』
「と言うことは運用できるMSは200機を超えるね……投入する戦力が過大なような気がするけど、まぁ敵輸送船団の重要性から
判断すれば妥当と言えなくともないかな」
第1機動艦隊は、本格的な宇宙での反攻作戦に備えて新たに編成された空母機動艦隊だった。
このために所属している艦艇の多くは新造艦で占められており、その戦力は連合軍最強の第7艦隊に勝るとも劣らないとされている。
「まぁ最低でも半分は叩いて置きたいね」
ザフトが必死になって捻り出した兵員と物資を、半分でも宇宙の藻屑にすることが出来れば、彼らの心理的衝撃は多大なものになる。
そして訓練生ですら送り出さなくてはならないザフトにとっては、致命的とも言ってよい打撃になるだろう。
「連中もついに底が見えたね」
アズラエルは、この戦争が終結するまでの道のりが見えてきたような気がした。
(敵の宇宙軍も消耗は少なくないようだし、あとは物量を前面に押し出してザフトを叩き潰していけば、終わりかな?)
だがここで彼は自分が油断していることに気づいた。
(ザフトの、いやコーディネイターの能力を侮るべきじゃない。連中の能力なら短期間のうちに兵士を育成することもできるし、
より優秀なMSの開発も進めることが出来る筈だ……こちらがダガーLみたいな機体を開発しようとしているんだから、連中だって
史実より技術が進んでいる可能性がある。注意しないと)
勝負というのは、結果が出るまでは判らない。終盤で油断していて逆転を許すケースというのは決して少なくない。
(俺の人生が掛かっているんだから、慎重に行かないと……)
地球連合軍は第1機動艦隊による輸送船団への攻撃を決定したと同時に、大洋州連合への攻撃を強化した。
彼らはポートモレスビー基地の滑走路を突貫で修復して豪州北部への空爆を再開する一方で、潜水艦による周辺海域の封鎖を実行した。
さらに再建途中の沿岸基地に対して、潜水艦から巡航ミサイルを撃ち込み妨害する行動に出た。無論、オーブからの空爆も忘れない。
さすがのザフトもカーペンタリアへの攻撃と豪州東部への攻撃、この二つを同時に防ぎきることはできない。
このために豪州東部の拠点の再建はまったく進まず、大洋州連合市民の動揺と不満はさらに高まる事になる。
そしてこの情勢が大洋州連合政府にある決断を促した。
「食料、水の価格の引き上げだと?」
パトリック・ザラは大洋州連合からの通告に驚愕した。
「馬鹿な、大洋州連合は何を考えている!?」
「恐らく、一連の攻撃によって受けた損失を我が国との貿易で補填したいのでしょう」
エザリアの意見を聞いてパトリックは苛立たしげにはき捨てた。
「我が国の経済を疲弊させるようなことをすれば、結果的に自分たちの首を絞めるということが判らんのか!」
「如何します?」
エザリアの言葉に、パトリックは即答できなかった。
大洋州連合にこの価格引き上げの撤回を要請しても、彼らは撤回するに見合うだけの何かを要求するだろう。
だがそれに応じるだけの余力はザフト、いやプラントにはなかった。
ただでさえ、連合の通商破壊戦によって計画されたとおりの資源がプラントに入らなくなりつつある。
このためにプラントではインフレの懸念が高まっており、これまでの人的、物的消耗と相成って社会不安が拡大していた。
この状態で食糧と水の価格が跳ね上がれば、プラントの戦時経済はさらなる負担を強いられることになる。
最悪の場合は、一気に崩壊へと向かう危険性もある。
「兎に角、大洋州連合に価格の据え置きを要求しろ。あちらが承諾しないのなら、多少の強硬手段は止むをえん」
「どうするおつもりですか?」
「カーペンタリアに核兵器と生物兵器を持ち込ませる」
この言葉に、その場にいた評議会議員全員が驚愕のあまり絶句した。そして少し間を置いて猛反対した。
「そんなことをすれば、スカンジナビアも敵に回します!!」
「そうです。それに連合軍に先制攻撃の口実を与えかねません!」
だがこの反対を、パトリックは一蹴する。
「だが、それ以外に大洋州連合に圧力を加える方法はあるのか?」
「「「・・・・・・・・・」」」
地上軍の弱体化と、このたびのスレッジハンマーでの醜態から、大洋州連合の中でザフトの戦力を疑問視する声が挙がっていることは
彼らも知っていた。これを払拭するには、地球連合軍相手に大戦果を挙げる必要があるのだが・・・・・・それを実現するだけの軍事力を
ザフトは持ち合わせていなかった。辛うじて捻り出した増援部隊ですら、訓練生が大半を占めるという現状がそれを克明に示している。
かくして、ザフトはカーペンタリア基地へ核ミサイルと、生物兵器の配備を決定した。
アズラエルが誘発した史実とはかけ離れたザフトの動きは、後に非常に大きな変動を歴史に与えることになる。