プトレマイオス・クレーター基地……地球連合軍の宇宙における牙城であり、生命線でもあるこの基地から40隻の艦艇から構成

される艦隊が出撃しようとしていた。

「大型輸送船4隻を中心とした25隻の輸送船団か……確かにこれは大物だが、わざわざ第1機動艦隊を出す必要があるのか?」

第1機動艦隊司令官サー・ブルース・フレーザー少将は、旗艦『リパリス』のブリッジで、精鋭の第1機動艦隊を輸送船団を駆るために

総動員するという今回の指令を受けて、思わず参謀本部の作戦指導に疑念を抱いた。

「これなら第6艦隊や第7艦隊でも事足りるだろうに」

露骨に他の艦隊を扱き下ろすフレーザー。短期間で第1機動艦隊を育て上げた彼からすれば、まるで自分が低く見られているような

気がしていて面白くなかった。尤も参謀本部は、彼の指揮能力と第1機動艦隊の能力を知るからこそ、この作戦に動員したのだが……

(つまらん。わざわざ輸送船を狩るのに、最精鋭の第1機動艦隊を使うとは……参謀本部はどうにかしている)

これまで散々に自分達を苦しめてきたザフトに復讐できるチャンスを取り上げられたようで、彼は非常に不満だった。

尤も彼も子供ではないので、いつまでも愚痴を言うつもりはない。

「まぁ本格的にザフト宇宙軍と戦う前の、ウォーミングアップと思えば良いか」



 一方でフレーザーからウォーミングアップの相手とされたザフト軍輸送船団は、プラント本国を出航して、地球に向かっていた。

彼らは訓練生と宇宙軍から辛うじて捻り出した兵員合わせて5000名に加えて、やっと生産が始まった新型MS、ゲイツとその部品、

さらに連日の航空撃滅戦によって各基地が消耗しているVTOL戦闘機とディンを多数積載していた。

「やれやれ、訓練も終わっていないような連中を前線に出すとは……ザフトも焼きがまわったな」

訓練生を大勢のせた輸送船カンパーニアの船長ラムゼイは、そう言ってぼやいた。

「まぁ俺らの仕事は、こいつらを無事に地球に届けることか……全く、子供から先に死んでいくとは、間違ってるな」

ラムゼイがこの時勢を嘆いていたとき、当の訓練生達は士気軒昂だった。

「いよいよ地球か」

「ナチュラルどもに、コーディネイターの力とやらを思い知らせてやる」

「そのとおりだ」

そんな喧騒の中に赤い髪の活発そうな少女がいた。

「皆、意気軒昂ね」

「沈んだ状態よりかは良いだろう」

少女の言葉に淡々を答える金髪の少年。その少年の返事に、彼女は同意した。

「確かに。沈んだままじゃ、これからやっていけないしね」

赤毛の少女、ルマナリア・ホークはそう言って肩をすくめた。

「それにしても残念よね……あのエースパイロットのアスラン・ザラがMIAなんて。地上軍に配備されたら一回は会ってみたいと

 思っていたのに」

「………」

地球軍最強のMSと名高いストライクを撃墜したエースパイロットであるアスラン・ザラが消息不明になったことは、ザフトでは

有名な話だった。

「まぁパナマから友軍を脱出させるために、単機で地球軍の旗艦に突っ込んだって話だからね……あ〜あ」

彼女のため息に、その金髪の少年レイ・ザ・バレルは眉をひそめる。

「沈んだままじゃ、やっていけないのではなかったのか?」

「判っているけどさ」

「……戦死したと決まったわけじゃない。地球軍の目を騙して、どこかに潜んでいる可能性はある」

そう言って、彼女を宥めるレイ。

「そうかもね・・・・・」







                  青の軌跡 第16話





 地球連合軍第1機動艦隊が出撃した頃、大洋州連合では各地で大規模な反戦デモとブルーコスモスによるテロが発生していた。

長い間続く戦争と、それに伴う疲弊……それは大洋州連合国民の間に不満と同盟国への不平、そして苛立ちを少しずつ育んでいた。

そんな中、地球連合軍のスレッジハンマー作戦によって豪州東部の拠点が、一方的に且つ根こそぎ破壊されてしまったことが

市民の間にあった不満とザフトへの不信感を一気に表面化させた。何しろ、大洋州連合は表向きは親プラント国家と分類されているが

大洋州連合内部にもコーディネイターに対する差別や偏見は存在する。今まで彼らがプラントについていたのは、その方が得だと判断して

いたからに過ぎないのだ。その判断が誤りであったと彼らが考えるようになれば、仮初の友好など保ちようが無かった。

尤も国家の間に真の友情が成り立つことなどあり得はしないが……。

そんな彼らの心理に付け込むように、ジブリールは過激派の思想を浸透させていたのだ。

「コーディネイターを追い出せ!」

「青き清浄なる世界の為に!」

かくして各地で発生するようになったブルーコスモス過激派によるテロ……それは現地のザフト軍との衝突を引き起こし、関係の無い

一般市民をも巻き添えにした流血沙汰を各地で発生させるようになった。

無論、この事態は即座にアズラエルの知るところになるのだが、さすがのアズラエルも敵国内での活動まで規制することは出来なかった。

「くそ。余計なことばかりしやがって」

サザーランドが報告してきたテロ攻撃の数々に、アズラエルは頭痛が酷くなるのを感じた。

『所詮、傷つくのは地球を裏切った大洋州連合市民です。アズラエル様が気にする必要は無いのでは?』

ザフト打倒を至上命題にしている彼からすれば、民間人、それも敵国の民間人が多少死のうとも、それでザフトの打倒が早まるのなら

気にする必要は無いと言った。さすがに、この考えにはついていけず、アズラエルは絶句した。

彼は自分が生き残るためにこの戦争に勝とうと決心していたが、さすがにテロ攻撃を行ってまで勝とうとは考えていなかった。

まぁ平和な日本に生きていた彼なりの倫理や良心というものが、そういった考えを封印していたとも言える。

「まぁそれはそうですが、あまりに連中が死にすぎると、戦後に物を売りつける人間がいなくなるでしょう?」

アズラエルは、商売がやり難くなるからね、と言ってサザーランドの疑問を誤魔化した。

『確かに』

「だいたい、あまり過激な思想を煽りすぎると、プラント連中と手打ちをすることもできなくなりますからね。

 そんなことになれば、プラント理事国は大赤字は確実です。現代の戦争は、決して安いものじゃありませんから」

戦争とは結果として国益の追求だった。この戦争を地球連合の一般市民の多くはコーディネイターとナチュラルの対立から発生した

ものと考えているが、実際には既得権益を手放したくないプラント理事国と、理事国からの搾取から逃れたいと思うプラントの利害が

激突したために起こったものに過ぎない。逆に言えば、この利害の対立を解消できれば終戦への道筋も立てられるのだが……それは

現状では難しかった。一応、マリア・クラウスやアンダーソンなどは独自の方法で、講和への道を探っているが、プラントがその条件を

呑むかというと……その可能性は高いとは言い難いというのが現状だった。

「だいたい、連中は戦争も外交、いや政治の延長だってことをわかっているんですかね? こっちが折角、色々とイメージアップを

 図っているのに連中のせいで全部台無しになりますよ。まったく、僕がどれだけ苦労していると思っているんですかね」

時々呼び出される会議で「金を使いすぎだ」とか「ブルーコスモス過激派を制御できないのかね」などと不満を言われるアズラエル

は次第に自分の言うことを聞かない過激派連中への不満をサザーランド相手にぶちまけ始めた。

「コーディネイター殲滅を個人の立場で主張するのは結構ですが、指導者の立場で個人の考え…私情を優先されては溜まりません。

 指導者って言うのは、最小限の犠牲で最大限の利益を得るように、効率的に部下を動かすことです。それなのにあの連中ときたら」

このあとも続くアズラエルの愚痴の数々。軍需産業連合高官に対するものから過激派や反ブルーコスモス派に対する物等、様々だった。

この愚痴の多さから、彼が普段どれだけ気苦労を強いられているかが垣間見える。

『はぁ……』

さすがのサザーランドも、このアズラエルの愚痴には唖然とした。

そして彼が普段、どれだけの不満と苦労を強いられているかを、少しだけ理解できたような気がした。

(大変な苦労を強いられていたのですね、アズラエル様……)

そんなサザーランドの驚きに気づかないまま、アズラエルは愚痴を言い続ける。

「まったく、何か失敗があったら俺にすべての責任を押し付ける気のくせに、成功したら自分の手柄として威張る連中にも腹が

 立ちますが、それ以上に腹が立つのはこっちの指示を逸脱したことをしておいて、何か失敗をしたら、こちらに後始末を押し付ける

 連中が一番腹が立つんですよ。まったく貴方達、人の言うことくらい守れって……」

なおも続く愚痴。

「核を使えば勝てるとか言い張って、エネルギー不足解消よりも核ミサイルの生産を進言してくる連中も、訳がわかりませんね。

 連中の精神構造ってどうなっているんですかね? だいたい、いくら核が使えても艦隊の再建が進んでいない状況で攻撃に

 出向けば、今だ侮れない戦力を持つザフト宇宙軍にたこ殴りにされて撃退されるのがオチだっていうのに……」

さらに続く愚痴。

「核を使って、ザフトとプラント壊滅させても、生き残った連中がテロでもやったら大事ですよ。

 生き残ったザフト残党がトチ狂ってあのユニウス7を地球に落としたら共倒れですよ」

何故か、史実の地球連合軍の戦略に対する愚痴までが出てきた。よっぽどアズラエルこと修は本編に不満があったようだ。

尤もそこまで喋ったとき、些か喋りすぎたことに彼は気づいた。

「おっと些か喋りすぎましたね……」

アズラエルは、自分の愚痴に付き合わされる形になったサザーランドに謝罪しようとするが……

「どうしたんですかサザーランド大佐?」

アズラエルの前のモニターには目頭をハンカチで押さえているサザーランド大佐の姿があった。

『いえ、苦労されておられるのですね』

「まぁね」

そう言って肩をすくめた後、アズラエルは2、3の連絡事項を伝えて回線を切った。

ちなみに後日、何故か知らないがアズラエルの元にサザーランドを含むブルーコスモス派(アズラエル派)の士官達から

高級栄養ドリンクの詰め合わせが贈られてきたことをここに記しておく。




 アズラエルの元に栄養ドリンクの詰め合わせが届き、何のつもりで送ってきたんだとアズラエルが本気で不思議がっている頃、

地球連合軍第1機動艦隊はザフト軍輸送船団をその攻撃範囲に収めようとしていた。

地球連合軍第1機動艦隊はエセックス級2隻、インディペンデンス級2隻、アガメムノン級宇宙母艦3隻、戦艦7隻、駆逐艦20隻、

補給艦6隻から構成されている。連合宇宙軍でも指折りの戦力と言えるだろう。

「ビンゴだな……」

フレーザーはモニターに映るザフト軍輸送船団の姿を確認すると、補給艦を下がらせることにした。

「戦艦2隻と駆逐艦4隻をつけて補給艦を下がらせろ」

補給艦と護衛艦6隻が離れていくのを確認すると、彼は次の命令を下した。

「主砲三斉射後、MS隊、MA隊を発進させろ」

「了解しました」

この大艦隊の襲撃に、ザフト軍輸送船団は慌てふためいた。

「MSを発進させろ! 輸送船に指一本触れさせるな!」

ザフト軍輸送船団にはナスカ級2隻、ローラシア級6隻の合計8隻の護衛がついていた。

搭載されているMSは40機以上にもなり、通常の連合軍部隊が相手なら負けはしないのだが・・・・・・今回は相手が悪すぎた。

何故なら、今回の相手は月下の狂犬と呼ばれるパイロット『モーガン・シュバリア』を含むエースパイロットから構成される部隊と

ソキウスからなる部隊を含んでいたのだから・・・・・・。

「20、いや30か・・・・・・相手にとって不足はなしだな」

ガンバレルを装備した105ダガーのコックピットで、モーガンは相手の陣容を見て不敵に笑う。

「お前ら、後れを取るなよ」

部下たちにそう言うと、彼は即座に四基のガンバレルを四方に展開させる。展開したガンバレルは、それぞれ独自の軌跡を描きながら

接近していたゲイツ2機に迫る。無論、これを察知したゲイツはこのガンバレルを撃墜しようとビームを放ったが、高速で動く小さな

ガンバレルを捕らえることは難しく、彼らの放ったビームはすべて宇宙の虚空に消えていく。

「悪く思うなよ」

直後、四方から浴びせられるビームによって、2機のゲイツは相次いで爆散した。

これに怯んだ他のゲイツやジンに、彼の部下達が相次いで襲い掛かった。

そんな部下達に、モーガンは念押しした。

「格闘戦は仕掛けるな! お前達じゃあ、まだ勝てんからな」

格闘戦では身体能力の差からコーディネイターが圧倒的有利となってしまう。

一部のコーディネイター並の反射能力を持っているパイロット(切り裂きエド等)を除けば、普通のナチュラルのパイロットの能力で

1対1の格闘戦を挑むのは自殺行為だった。

『わかっています』

部下達も、これまでの経験でそのことを承知しているのか、決して格闘戦は挑まず僚機と連携しながらザフト軍MSに挑む。

この集団戦法の前に、ザフト軍の防衛ラインは次々に突破されていく。護衛部隊の主力MSが未だにジンであったこともこの

戦況に影響していた。ジンではストライクダガーには勝てない……それが克明に示された戦いであった。

ザフト軍MS隊の弱体化を受けて、メビウスやコスモグラスパーからなるMA隊があいついで船団に襲い掛かる。

尤も護衛艦隊をそれを黙って見過ごすわけが無く、彼らは輸送船を守るべく自分達の艦を盾にして迎撃する。

だが航空機と戦艦では、その勝敗は明らかだった。彼らはMAから放たれる大量の対艦ミサイルを一身に浴びて次々に沈んでいく。

しかしながら彼らの決死の防戦が、時間を稼いだのも事実だった。

「輸送船からMSの発進を確認か・・・・・・面倒だな」

フレーザーは報告に顔を顰めるが、「まぁよい」と呟くと第二次攻撃隊の発進を命じた。

彼は圧倒的数で文字通りザフト軍を押しつぶすつもりだった。

第1機動艦隊が第二次攻撃隊を予定より早く発進させたころ、輸送船からも次々にMSが発進しようとしていた。

「行くのか?」

「当たり前でしょ。このままじゃ皆やられるわよ」

レイの問に、ルナマリアはあっさりと答える。

「それにこっちはゲイツよ。連合のGにだって負けはしないわ」

尤も彼女以外のパイロットの多くは、おっかなびっくりと言うのが大半であり、戦場で役に立つかは微妙であった。

ゲイツやジンが相次いで発進するのを確認した連合軍MS隊は、余力のある部隊から彼らに攻撃を仕掛けた。

「このぉお!!」

ルナマリアの載るゲイツから放たれたビームが、1機のダガーの胸部を捕らえる。そして数秒後にダガーは爆発四散した。

「よし! この調子で!」

だが彼女はその直後、背後から複数のダガーが迫っているのを知って愕然とした。

「嘘、何時の間に!?」

目の前の敵に集中し過ぎて、後方への備えを怠っていたのだ。

慌てて攻撃しようとしたが、3機のダガーから攻撃を受けてはそうそう思うように攻撃など出来はしない。

彼女はダガーから逃れるべく決死にバーニアを吹かすが、追っ手から逃れるどころか逆に追ってくる敵機の数が増えていく。

「もう、地球軍は何機のMSを持ってきてるのよ!」

第1機動艦隊が所有しているのは約200機のMSと100機のMAだが、この戦場に出てきているのは合計して100機程度だ。

さすがに一度にすべての機体を投入することはできないので、第一次攻撃隊、第二次攻撃隊と分けて投入することになっている。

尤も連合軍は第二次攻撃隊の発進を繰り上げたので、もうじき180機ぐらいに増えることになる。

ルナマリアが多数のMSに追われている頃、レイはモーガンとの対決を余儀なくされていた。

「くっ何なんだ」

レイは、モーガンがガンバレルから放つ攻撃を次々に回避するが、反撃する余力は無い。

尤もこのレイのしぶとさには、モーガンを苛立たせていた。

「あの機体のパイロット・・・・・・ただ者じゃないな」

そしてもうひとつ、彼を苛立たせるものがあった。

それは先程から微妙に感じる威圧感だった。それは彼がこれまでの戦場で感じたものとは、大きく異なるものだった。

「あのパイロット、何者だ?」

だが連合軍MS隊とまともに戦っていられたのはルナマリアやレイなどごく一部のパイロットに過ぎなかった。

他のパイロット、特に訓練生が乗るMSはまるで的のように次々に撃墜されていった。



 第1機動艦隊から第二次攻撃隊が発進すると、戦況は一気に連合軍有利に傾いて行った。

攻撃隊は訓練生や宇宙軍パイロットが操るMS隊を突破したMSやMAが相次いで、輸送船団に攻撃を加えていく。

当初、輸送船団は散り散りになって逃れようとしていたが、連合軍艦隊からの牽制もあり完全に逃れることはできなかったのだ。

「ふん、多少は粘ったようだが・・・・・・ここまでだ」

フレーザーはザフト軍の予想以上の粘りに驚いていたが、ここで一気に決着をつけるべく攻勢に出ることを決意する。

「よし、総攻撃に出る」

彼は戦いがあまり長引けば、近くのザフト軍部隊が救援に駆けつける可能性が高いと判断していた。

そしてその判断は当っており、現在、ナスカ級4隻、ローラシア級8隻からなる救援部隊が向かっている。

当初、彼は纏めて撃破してやると思っていたのだが、ザフト軍護衛部隊の献身的な働きと、一部の訓練生の活躍でいささかそれが

難しくなっていると判断していた。それにここであまり大きな被害を受ければ、彼の首も危ない。

「全軍突撃、一気にケリをつける!!」

艦隊旗艦リパリスを中心にして、第1機動艦隊が一気に攻勢に出る。彼らは持ちうる全ての火力を眼前のザフト軍に叩きつける。

それはザフト艦隊の敗戦を決定付けるものであった。

戦艦や駆逐艦から放たれるビームやミサイルは、装甲など無いと言って良い輸送船を次々に撃沈していく。

炎を上げて沈んでいく輸送船を見て、連合軍MSと交戦していたザフト軍MS隊は動揺した。

「おい、船が!」

「不味い、もどれ!」

だがその動揺を見過ごすほど、連合軍パイロットは甘くはなかった。

彼らは今が絶好のチャンスのばかりに、ザフト軍MSに襲い掛かり、次々にザフト軍MSを撃墜していく。

事実上、勝敗が決した瞬間だった。

「こりゃあ、どうにもならんな」

ラムゼイ船長は、自分たちが敗北すること、そして恐らく全滅するであろうことを悟った。

カンパーニアは致命傷こそ受けていないが、これまでの攻撃であちこちが損傷しており、足も鈍っている。

「餓鬼どもを脱出させる用意をしておけ。これじゃあ、この船はもたん」

「・・・・・・了解しました」

鈍足な輸送船で、第一線の戦闘艦から逃れることが出来るわけが無い・・・・・・彼らは自分達の命があと僅かであることを悟っていたが

若者達だけでも逃そうと、訓練生達を優先的に脱出ポットに乗せて行った。そして・・・・・・

「第5ブロックに被弾! 火災が機関部に!!」

「脱出ポットの射出が終るまで延焼を食い止めろ! いいか、餓鬼どもは何としても守るんだ!!」

ラムゼイとその部下達は必死に、延焼を食い止め、訓練生が乗った脱出ポットが脱出するまでの時間を稼いだ。

だがラムゼイが全ての脱出ポットが射出されたのを確認した直後、カンパーニアはリパリスの主砲の直撃を受けて撃沈される。

「カンパーニアが!!」

ルナマリアは自分が乗っていた輸送船が撃沈されたのを見て、悲鳴をあげた。

「くっ!!」

憎憎しげに、カンパーニアを撃沈したリパリスを見るが、それ以上のことはできなかった。

リパリスの回りには、戦艦や駆逐艦、それにMSが多数展開しており到底、1機では近づけない。

それに彼女の乗るゲイツも、右腕と左足を失っており、バッテリーも心もとなくなっている。

復讐戦を挑むにしても、輸送船を守るにしても、どこかの船に立ち寄って補給を受けなければならない。

彼女は臍をかみつつ、適当な艦に着艦することにした。

彼女が近くの輸送船に滑り込んだ頃、リパリスでは戦果報告が行われていた。

「敵輸送船は?」

「8割近くを撃沈しました」

フレーザーは、この戦果を聞いて引くべきか、それとも追撃するべきかを悩んだ。

(戦果は十分と言えるが・・・・・・この精鋭を投入して全滅させることが出来なかったとあっては、艦隊の存在意義を問われる)

MSの集中運用と、それを可能にする空母の建造を推進してきた彼からすれば、この艦隊の存在意義が疑問視されるのは

自分の人生を否定されるほど屈辱的なことであった。彼は総力を挙げれば増援が出てくる前に、残存部隊を殲滅できると考えて

第1機動艦隊全艦艇に追撃を命じる。

「追撃する。何としても敵を殲滅する」

彼の決定によって、第1機動艦隊はさらなる追い討ちを駆けるべく、攻撃を強めた。

だが、それは予想よりも早いザフト軍の増援部隊の登場によって頓挫する事になる。

「もう出てきたのか・・・・・・想定よりも早い」

フレーザーは新たに出現したザフト軍部隊を見て、忌々しげに唸る。

「第三次攻撃隊は?」

「あと15分ほどで発進可能です」

「発進を急がせろ! こうなったからには、敵の増援部隊もまとめて叩く」

ここで敵に背を向ければ、追撃を浴びて潰走を余儀なくされるだろう。この宙域から離れるには、目の前の敵を倒す必要がある。

フレーザー率いる第1機動艦隊は直掩機と対空砲火で、ザフト軍MSを足止めを行い、第三次攻撃隊が発進する時間を稼いだ。

第1機動艦隊の艦艇は、どれもが対空火器を増設されており、従来の艦艇より張るかに濃密な弾幕を張る事ができる。

これによって彼らは攻撃隊が発進するまで、空母にザフト軍MSを寄せ付けなかった。

しかし発進した攻撃隊は、想像以上に苦戦を強いられる。

駆けつけてきたザフト軍部隊は宇宙軍の中でもゲイツが配備された数少ない部隊のひとつであり、ゲイツのパイロットはどれも

開戦以来戦い続けてきた熟練パイロットであった。彼らはゲイツの性能を存分に発揮してストライクダガーを圧倒した。

これに対して連合軍は集団戦法を心がけているとはいえ、素人パイロットが多い。戦場の駆け引きではザフト兵に分があった。

「ダガー隊が押されているようだな・・・・・・」

フレーザーは戦況を見て、やや焦りを感じた。

「ザフト軍の新型機、どうやらストライクダガーを大きく超える性能を持っているようだ・・・・・・」

一部のエースパイロットからなる部隊とソキウスが乗るロングダガー隊は奮闘しているが、他のMS隊は押されている。

これは通常の部隊では、ゲイツを擁するザフト軍部隊に対抗できないことを示している。

これに勢いづいたのか、ザフト軍の増援部隊が第1機動艦隊に砲撃を浴びせ始める。これによって連合軍は被害が増大していく。

「ヘレナ、ローリー撃沈! セントルイズ航行不能!」

相次いで入る凶報。

「おのれ!! 撃ち負けるな!!」

彼は、艦隊の陣形を再編成しなおすと、ザフト軍に対して猛烈な砲撃を浴びせる。

艦艇の数で勝る連合軍は、ザフトよりも高い火力を持っているのだから、これを生かさない手は無い。

「いいか、敵は12隻でこっちの半分にも満たないんだ。押し負けるな!!!」

無論、ザフトも一方的にやられるような相手ではない。彼らも必死の攻撃を連合軍に見舞う。

地球連合軍最高司令部も、ザフト軍作戦本部も想定していなかった消耗戦がこの宙域で展開されることになった。




 この会戦の翌日、朝一番にいきなり凶報を聞かされたアズラエルは思わず頭痛を覚えた。

(最近は胃痛も酷くなってきているって言うのに……)

アズラエルは暗い雰囲気を漂わせたまま、確認するようにサザーランドに問い返した。

「第1機動艦隊が壊滅?」

『はい。ザフト軍輸送船団に加えて、ザフト軍増援部隊もほぼ壊滅させることに成功しましたが、その結果として

 第1機動艦隊は保有艦艇の3分の1を喪失し、MS72機、MA40機を失いました』

さらに修理不能と判断された機体も入れれば、喪失機はMS112機、MA62機にも及ぶ。さらにパイロットの消耗も深刻だ。

サザーランドから寄せられる報告に、アズラエルは胃薬と頭痛薬を何時飲むかなと考えてしまった。

第1機動艦隊の再建には急いでも2ヶ月は掛かるとされており、彼のタイムスケジュールに大きな影響を与える可能性が高かった。

「確か地球連合宇宙軍でも指折りの精鋭部隊ですよね? 第1機動艦隊は……」

『敵の護衛部隊の想定以上の抵抗と、敵の増援部隊の早期の到着、そしてザフトの新型MSが被害を拡大させた原因と思われます』

アズラエルはゲイツに関する情報を渡されると、思わず溜息が出た。

(TV本編では、雑魚扱いだったのに・・・・・・全くここまで強いとは反則だよ)

報告書では、ザフト軍の新型MSゲイツの性能は、地球連合軍が採用しているデュエルより性能が高いと結論付けられていた。

そしてこの機体が量産され、前線に大量に配備されるようになれば反攻作戦に影響が出るとも書かれている。

この報告書を纏めた士官などは「地球連合軍には、ゲイツが少なくとも1個中隊は必要だ」とも言っている。

(新型機ですか・・・・・・)

アズラエルの脳裏には、ジムもどきとも言えるダガーLの姿があった。

尤もあの機体が完成するまでは、まだ時間が掛かるので、当面はダガーを改良することで凌ぐしかない。

「ストライクダガーのジェネレーター出力と防御力の向上、あと武装を追加することで対処するしかないか・・・・・・」

関係部署への通達と、生産スケジュールの変更・・・・・・それに価格についての交渉など、やらなくてはならないことが頭に浮かぶ。

「・・・・・・たまには有給くれ。いや有給じゃなくてもいいから休みくれ、半日だけでも良いから」

睡眠時間が1日3時間もない日々の到来かと思ったアズラエルは目の前が暗くなるのを感じた。

(……そういえば、会社のTOPの俺に残業手当ってあるのか? あったら俺は毎月ボーナスだな)

戦争が終わったら、もらった給料で何しようかなと現実逃避を始めるアズラエル……尤も、すぐにセンチ単位で数えたほうが早い

量の書類が回されてきて、一気に現実に引き戻されることになる。

(また栄養ドリンクを飲む日々か……)

ちなみに彼がこの日、徹夜の仕事を乗り切るために飲んだ栄養ドリンクは、サザーランドから送られてきたものであった。





 アズラエルが書類整理に悲鳴を挙げている頃、悲鳴どころでは済まない人達もいた。

「輸送船団が壊滅しただと?!」

この会戦の一方の当事者であるプラントの最高評議会は、この事態(敗北)に騒然となっていた。

「さらに増援に向かった艦隊も壊滅か・・・・・・」

パトリックはユウキからの報告を聞いて呻いた。

尤もこれだけの被害を聞いて呻かないほうがおかしいと言える被害だが・・・・・。

「護衛部隊、増援部隊併せてナスカ級4隻、ローラシア級8隻を喪失。輸送船は25隻中18隻が沈没。7隻が中大破。

 増派要員5000名のうち生存者は1204名、このうち即座に前線に出向けるものは875名とのことです」

「「「・・・・・・・・・」」」

あまりの被害の大きさに、多くの議員の思考回路が一時的にだが止まってしまう。何しろ今回の敗北により地上軍への増援が不可能と

なったばかりか、宇宙軍の戦略にも悪影響を及ぼすようになる可能性が高くなった。

「訓練生を失ったのも拙いですが……熟練パイロットの喪失も痛いですな」

壊滅した護衛部隊と増援部隊はどれも錬度が高い部隊だったことが、彼らにとっては頭痛の種であった。

唯でさえ人的資源に乏しいザフトにとって熟練パイロットは宝石よりも貴重な存在なのだから……。

この事態にどう対処するか・・・・・・多くの議員達が頭を抱える。そんな中、パトリックはユウキに冷静な口調で尋ねた。

「・・・・・・核と生物兵器は?」

「こちらは辛うじて無事です」

この言葉にパトリックはやや溜飲を下げ、他の評議会議員は不安げに顔を見合わせる。

「ぎ、議長。まさかとは思いますが、連合がオーストラリア大陸に侵攻してきた場合、これを使うおつもりですか?」

エザリアの質問に、彼は淡々と答える。

「情勢次第だ」

核兵器と生物兵器・・・・・禁断の兵器とも言えるこの2つを、目の前にいる男が使うつもりでいることを、議員達は悟った。

このときパトリックを除く評議会議員達は、破滅への扉が開く音を聞いたような気がした。