CE70年2月11日から始まった本次大戦は、エネルギー事情が改善した今でも尚、世界各地に暗い影を落としている。

ザフト軍によるNJの散布と数回に及ぶ各地への降下作戦によって地球連合軍は多大な損害を被っていたが被害は軍だけではなかった。

ザフト軍の作戦行動によって民間人も大勢が犠牲になっていた。特に激戦となったユーラシア西部、南アフリカの諸都市は大きな被害を

受けて、万の単位で死傷者、そしてそれの数倍にもなる難民を発生させていた。故郷を追われ、愛するものたちを奪われた彼らは奪った

者達・・・・・・コーディネイターへの呪詛と憎悪の念を滾らせており、それは過激なブルーコスモスの思想を浸透させる原因となっている。

アズラエルの力をもってしても、この負の連鎖を断ち切ることは出来ないでいた。

尤もアズラエルもこの問題には頭を痛めていたが、この問題をそこまで極端に重視してはいなかった。彼の第一目標はジェネシスを

完全に破壊し、ザフトを屈服させることであり、その戦略に支障が出ない限りは過激派の動きを掣肘する程度に留めるつもりだった。

しかしこの問題を深刻なものとして捉え、対策に取り組もうとする者が彼の身近にいた。

「拙いわね・・・・・・」

独自のルートを通じて、プラントとの接触を試みていたマリア・クラウスはブルーコスモスの過激な思想の広まりに対して警戒感を
 
抱いていた。彼女はこの過激な思想の広まりが、いずれ大きな禍根になると思っていたのだ。

「確かにザフトは敵だけど・・・・・・コーディネイターすべてを敵視するのは、後の世に禍根を残しかねない」

彼女の言うとおり敵=コーディネイターと言う図式を覆さなければ、事態が悪化する一方だった。

「・・・・・・マスコミに手を回す必要があるわね。世論を動かさないことには、どうしようもないし」

政治家と言えども、民意を無視した政治は出来ない。そしてこの民意を動かす為には、マスコミを使うのが最も効率が良い。

尤もマスコミの多くはアズラエル財閥を筆頭にした軍需企業に掌握されており、コーディネイターとの融和を説くような社説などは

載せる事は出来ないだろうと彼女は思っている。

「敵=コーディネイターと言う図式を書き換えるように仕向けることならできるかもしれない・・・・・・」

彼女は敵がコーディネイターではなく、ザフトであることを民衆に認識させることを考えた。

「まぁこの程度なら、こちらのコネで何とかなるかな?」

彼女の顔の広さは伊達ではない。修が憑依する前のアズラエルですら彼女に手を出せなかったことがそれを証明している。

彼女は即座に、必要な根回しに取り掛かった。
 




                 青の軌跡 第17話






 地球連合軍が精鋭部隊の第1機動艦隊と引き換えに輸送船団を壊滅させたことで、各地のザフトの台所事情は一気に悪化した。

制空権、制海権をかけて連日激しい消耗戦を展開しているカオシュン基地では、ディンや戦闘機の部品、燃料が不足し始め、地対空ミサイル

の残弾すら心もとなくなっていた。ヨーロッパ戦線、アフリカ戦線では、整備部品が届かなくなったためにMSの稼働率が急速に

低下し始めていた。この窮状を凌ぐ為に各地で捕獲した連合軍の戦車やMS(ストライクダガー)を使う部隊が急速に増えていた。

ストライクダガーはナチュラルでも扱えるように量産性と整備性を重視した機体であったことがザフトにとって幸いした。

彼らは修理不能と判断されたダガーを解体して使える部品を取り出し、修理が可能と判断できるダガーの予備部品にして

連合軍の攻勢を凌いでいたのだ。尤もダガーを作った技術者からすれば、歯軋りするほど頭にくる光景だろうが・・・・・・。

だがそれは同時にザフトが追い詰められている証拠に他ならないとも言える。

アズラエルはこれらの情報をサザーランドから聞き、連合軍が優位に立っていることを理解した。

「・・・・・・つまり各地でザフト軍は危機的状態と言ったところでしょうか?」

『はい。ヨーロッパ各地で散発的に抵抗していた残党の掃討戦も終了しつつあります』

アズラエルはサザーランドの答えに満足げに頷いた。

「宇宙での通商破壊はどうなっています?」

『MSの配備を完了した第6艦隊と第7艦隊で通商破壊戦を続行しています。ですが・・・』

第1機動艦隊の壊滅と言う大損害は、物量を誇る連合軍をもってしても中々カバーできないのが現状だった。

さらにザフトが少数ながらゲイツを前線に投入しはじめたことからMSの被害も増大しつつある。

「むむむ・・・・・・これは予想以上の被害ですね」

送られてくる被害の一覧を見てアズラエルは眉をひそめた。

『はっきり言えば熾烈な消耗戦になっています。ですが、これが続けば最終的に我々が勝利するのは間違いないでしょう』

地球連合軍とザフト軍では補充能力が違いすぎた。この原因として両者の国力差、そして予備役の存在の有無があった。

地球連合を構成する各国は多くの予備役の軍人を抱えており、たとえ前線で兵士を消耗しても予備役を招集すれば、ある程度は被った

損害を穴埋めする事が出来る。これに対してザフトは元々民兵組織に過ぎず、予備役など最初から存在しない。

このためにザフトは熟練兵士の不足に頭を悩ませていたのだ。どんな優秀な兵器も、ど素人では満足に性能を引き出せるわけがない。

まぁごく一部には例外も存在するが・・・・・・。

「今のように消耗戦を行えば、プラントはいずれ自壊するでしょうけど・・・・・・それじゃあ、こっちの消耗も洒落になりませんね」

『それに政治家連中も五月蝿い・・・・・・ですか?』

「そんな所でしょう。連中も選挙に落ちればただの人ですし」

戦争と言うのは途方も無い資金を要求する。兵器、兵員の輸送、兵器の製造、兵士の訓練、新兵器の開発……どれだけの金がかかるか

分かったものではない。超大国大西洋連邦ですら、国防予算の増額のしわ寄せで教育や医療福祉などの予算が削られ、国民の間に無視

できない不満がたまっている。今はプラントへの敵愾心をあおる事でそれを抑えているがそれにも限度がある。

「消耗を減らす為に新型MSの開発を急ぐ必要がありそうですね。あとトライデントの派生型も」

尤も台所事情が苦しい大西洋連邦軍に追加予算を出す余力などないので、新型MS開発にはアズラエルが独自に資金を投入する必要が

あった。

(やれやれ戦争っていうのはどこまで金がかかるんだろうね?)

思わず溜息をつき、アズラエルは必要となる予算の算定を命じる事にした。

(そういえば、午後からは難民キャンプへの視察もあったんだよな・・・・・・)

アズラエルはブルーコスモス、より正確にはアズラエル財閥のイメージアップを目論み、難民や孤児への支援を強化していた。

(まぁ市民からアズラエル財閥への支持を得るためには、ある程度のパフォーマンスは仕方ないか)

アズラエルほどの立場になれば書類を片付けることばかりが仕事ではない。だが日々徹夜の仕事を余儀なくされているアズラエルと

してはこれ以上仕事を増やして欲しくないと言うのが正直な本音だった。

(俺は生き残る為に指揮を執っているわけだが・・・・・・このままだと戦後を迎えるよりも先に過労死しそうだよ。鬱だ・・・・・・)

ストレスを解消する為に、酒でも飲もうかと考えるアズラエルだった。



 アズラエルが書類の決裁が終わっていないのに、と溜息をつきながらやってきた難民キャンプには彼の指示した資金援助の甲斐も

あって、仮設住宅や診療所などそれなりの施設が建設されていた。アズラエルは記者団と共に、施設を見て回った感想を呟く。

「それなりに、施設は充実しているんですね」

だがアズラエルの言葉を聞いた難民キャンプの責任者は、首を横に振った。

「残念ながらこの程度ではまだ不足なのです。戦場になった旧メキシコ領やパナマ周辺などから流入した難民は莫大な数になります。

 ここに収容されている難民達は日に日に増えていますので・・・・・・」

難民キャンプはここだけではない。北米だけでなく世界各地に作られている。しかしその環境はお世辞にも良いとは言えない。

NJによって発生したエネルギー危機や通信、交通システムの麻痺(GPSが使い物にならないので飛行機が飛ばせない)などで

各国も満足に難民を支援する余力などなかったのだ。

エネルギー事情が改善した現在は、それなりの支援がされているが未だに十分な水準とは言いがたかった。

環境が酷いキャンプなどは、支援団体が送ったテントぐらいしか体を休めるところがなく、多くの人間が飢えや病気に苦しんでいる。

「アズラエル様、できれば今後も支援をお願いしたいのですが・・・・・・」

「分かっています。今後も出来る限りの支援を約束しましょう」

「ありがとうございます」

アズラエルはそう言って、責任者を安心させた。尤も彼の答えの裏にも色々と打算があった。

(これで、死の商人とかテロリストとか言うイメージを何とか出来るな。ふむ・・・・・・いやもっと宣伝に力をいれてアズラエル財閥の

 イメージアップを行うのも良いかもしれない。ここでうちのイメージをアップさせておけば、色々と立ち回る事も出来る)

企業は基本的に営利団体であり、普通は一銭の得にもならないようなことはしないのだ。

さらに彼は人道支援の言う美名をカモフラージュにした別のビジネスにも力を入れようと考えていた。

(政府機関に働きかけて食糧支援を難民だけじゃなくて、他の国へも拡大させよう。食糧をうちの傘下の会社から買い付け

 るように働きかけておけば、かなりの儲けが期待できる。うまく売りさばけば、軍需部門よりも利益が上がるかもしれないな。

 ついでに未だにエネルギー不足が解決していない南アメリカに、電力を輸出するか……)

大西洋連邦はNJによって核エネルギーを封じられていた際に、太陽光発電などの別の発電手段で電力を賄っていた。

このために原発が使用可能になった今、電力にはある程度の余力がある。

(とりあえず、エネルギーと食糧を提供することで各国、特に南米の政情を安定させることが出来るな)

アズラエルとしては、各地の情勢を安定させることで余計な手間(反乱への対処など)を省きたかったのだ。

まぁ足元が不安定なまま宇宙に打って出るのは、彼でなくても願い下げだろう。尤も……

(だけど、また俺の仕事が増えそうだな。必要な部門と協議しないといけないし)

このあとに待ち受ける会議と書類の数を思い浮かべて、アズラエルはため息をつきたくなった。

(思っていたよりトップの仕事って地味なんだな。おまけに苦労の割には報われないし、給料は使う暇ないし)

TV本編では語られることもなかった組織のトップゆえの苦労を存分に味わっているアズラエルは思わず自分の運命を呪った。




 アズラエルが何回目か判らないため息をついた頃、アンダーソン将軍を筆頭にする反ブルーコスモス派は独自の軍事力の整備に

懸命だった。彼らはマルキオ導師を仲介役にして、ジャンク屋ギルドから大量の兵器を比較的安価で購入してラクスの元に送っていた。

だが兵器はともかく、アンダーソン将軍たちの力を持ってしても兵員までは満足に確保できないでいた。

このためにラクス達は、戦闘部隊はある程度形を整えることが出来ても、後方組織までは整えることが出来ないでいた。

さらに言えば、彼らは予備兵力を殆ど持っていないため消耗戦になればあっさり瓦解する危険性もある。

「これ以上、兵士は確保できないのか?」

大西洋連邦軍参謀本部にあるアンダーソンの執務室では、アンダーソンとカリウスが頭の痛い問題と対峙していた。

「さすがに無理です。一応、反ブルーコスモス派の兵士も送っていますが、それにも限度があります」

カリウスは、アンダーソンに対して無い袖は触れないとばかりに首を横に振った。

「それに資金の問題もあります。こちら側のスポンサー企業もあまり金が掛かりすぎるのは拙いと言っていますし」

「むむむ……」

アズラエルは短期間で大規模な軍事組織を作り上げつつあるが、それはすべてNJCや兵器の販売で得た莫大な富を利用したもので

あり、NJによって打撃を受けたり、アズラエル財閥の攻勢でシェアを奪われた反ブルーコスモス派の企業群がアズラエル財閥と

同額の資金を提供できるわけがない。

「あとは軍の予算を流用するしかありません」

「だが正規軍の予算を横流しすることなどできるわけがない」

「情報部の予算の中で、秘密工作に当てる予算は私の裁量で使うことが出来ます。まぁある程度の手続きは必要ですが」

「だが大した額ではないだろう?」

「表向きはザフトの反主流派への支援ということにして、追加予算を勝ち取ればそれなりの金額になります」

カリウスの言葉は確かに表向きは間違っていない。ラクス・クラインはプラントから見れば反逆者であるのだから。

「詐欺のような気がしないでもないが……」

「詐欺だろうが何だろうが予算というのは分捕ったものが勝ちなんです。まぁ五月蝿い連中は黙らせますので安心してください」

情報部と言うだけあって、彼の手元には色々と軍内部の情報がある。門外不出と言うものから、個人的なスキャンダルまで。

「人間と言うのは誰しも、他人には知られたくは無い秘密がありますし」

邪笑としか言い様のない笑みを浮かべるカリウスに、アンダーソンは戦慄を隠せなかった。

「まさか私の情報もあるのかね?」

「………いえ、ありません」

「何だ、その妙な間は?」

「将軍、そんな些細な事を気にするよりは、ジブラルタル、カオシュン攻略作戦に集中するべきです」

(誤魔化したな……)

疑惑を追求したいが、時間に余裕の無いアンダーソンは諦めざるを得なかった。

「カオシュン攻略は、東アジア共和国軍の共同作戦になるはずだったな?」

「海上兵力は我々が拠出する派目になりそうですが」

東アジア共和国は、オーブ戦で虎の子の機動艦隊と水上打撃部隊に大きな打撃を受けていた。彼らも必死に損傷した艦を修理していた

がすべてを復帰させることは出来ないでいた。このために不足している海上兵力を、彼らが補填することになっていた。

「こちらから出せる艦艇は?」

「主力が正規空母1隻、MS揚陸母艦4隻、改装空母2隻、イージス巡洋艦6隻、駆逐艦18隻、支援艦艇10隻を予定しています」

「もう少し出せないのか?」

「サザーランドが反対しています。奴はカーペンタリアの封じ込めを優先するべきと言って、南太平洋に大兵力を貼り付けています」

「キンケード大将は?」

「サザーランドの作戦指導を支持しています」

アンダーソンは露骨に舌打ちした。

「サザーランドに正規空母1隻、MS揚陸母艦2隻、巡洋艦4隻、駆逐艦12隻、支援艦艇4隻を回すように伝えろ。多少旧式でも構わん」

船が多少ポンコツでも、搭載する武器や管制システムを換えれば、使い物にはなる。

「判りました。情報部からも、軍令部のメンバーに働きかけてみます」

「頼む」



 この後の会議でサザーランドを中心としたブルーコスモス派(アズラエル派)とアンダーソン派は激しい対立を見せたが、最終的に

はキンケード大将と中道派の将官の仲介によってカオシュン基地攻略のために追加兵力を出すことになった。

「改装空母1隻、MS揚陸母艦1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦8隻、支援艦艇4隻、そしてアークエンジェルですか」

アズラエルはサザーランドからの報告に溜息をついた。

カーペンタリアの封じ込めを重視するアズラエルとしてはそれだけの戦力を引き抜かれるのは非常に不本意であった。

『はい。ハワイ基地に待機している予備部隊、さらにアラスカに配備している部隊の一部を引き抜きます』

申し訳なさそうに報告するサザーランドの様子を見て、少し気の毒に思ったのかアズラエルは気分を切り替えるように言った。

「………まぁ仕方ないですよ。今はこちらが打つべき手を考えましょう」

アークエンジェルはアラスカで受けた損傷を修理したあと、来るべきカーペンタリア攻略戦に備えてハワイ基地で配備された新型MS

の訓練に明け暮れていた。

「で、参謀本部はこれだけの戦力を使ってカオシュンをいつごろ叩くつもりなんです?」

『ジブラルタル攻略前に、カオシュンを叩こうと考えています』

「と言うことは2ヶ月程度ですか」

『はい。多少厳しいですが、カオシュンのマスドライバーを早期に奪還できれば宇宙での反攻に弾みがつきます』

東アジア共和国の工業力は凄まじい。国力こそは大西洋連邦、ユーラシア連邦に劣るがそれでも無視出来ない生産力を有している。

そしてカオシュンは東アジア共和国の主要工業地帯の近い位置にあり、マスドライバーを確保できればローコストで物資を宇宙に運べる。

「ですが、ビクトリアの例もありますね」

『そこが問題です。仮にビクトリアで奴らが使った兵器、グングニールがカオシュンでも使われれば骨折り損のくたびれ儲けになります』

宇宙港がパナマひとつだけというのは彼らとしては心もとなく、出来ればもう一つ宇宙港を確保したいと言うのが本音だった。

それゆえにグングニールの存在は、地球連合軍にとっては頭痛の種であった。

「カオシュンのマスドライバーを破壊されたら、東アジア共和国の連中が騒ぐからね」

東アジア共和国でなくても、自国の宇宙港を破壊されては堪らないだろう。

『如何しましょう?』

「……オーブ、いえサハク家を使いましょう。オーブ本国の独立と引き換えにすれば動くでしょうし」

現在、オーブは大西洋連邦軍を主力とした地球連合軍部隊の占領下にある。モルゲンレーテ社などの爆破されずに済んだ生産施設は

連合軍によって接収され、現在は連合軍の工廠として機能している。

『ですがサハク家の連中が役に立つのでしょうか? ビクトリアでは結局はしくじったようですし』

「まぁこちらもそれなりの手は打つさ。まぁ問題は、オーブの独立を大統領が認めるか、ですね」

(いや、より正確に言えばあの妖怪爺さん連中だな。連中はオーブの遺産で随分荒稼ぎしているからな……。

 それに一応はユーラシアや東アジアの連中との協議もいるな……やれやれ面倒なことになりそうだ)

アズラエルはサハク家との交渉が決裂した時に備えて強化人間を中心とした特殊部隊を潜入させる準備を進める事にした。



 アズラエルが密かに手を打ち始めている頃、軍需産業連合理事の(妖怪)爺さん達がモニター越しに会議を開いていた。

『プラントは予想通り国力が枯渇しつつあるようだ』

『我らの経済的な締め付けも効果を挙げているようですな』

『親プラント国が弱体化すれば、連中も疲弊は免れんからな』

彼らはそう言ってプラントの弱体化を祝う。

『しかし連中の技術力は決して無視出来ないでしょう。手負いの獣は手強いですぞ』

『分かっている。そのために連合には様々な援助をしているのだ』

軍需産業連合を通じて、彼らは連合軍に多大な支援を行っている。もしそれが無ければ、連合はこうも迅速に反攻には移れなかった。

そのことがさらに彼らの代表者であるアズラエルの影響力を確固たる物にしている。

『ですがあまり早く戦争が終わってしまっては拙いですな』

『いや、終る時期は兎に角、より問題なのは戦争の終りかただ』

『左様。我らにとって最も都合の良い終り方をしてもらわねばなりません』

彼らにとって戦場で流れる血も、遺族が流す涙も、憎悪も憎しみも大した意味はない。彼らが重視するのは己の権勢と富だけ。

魑魅魍魎……その言葉が最も当てはまる人物達がここにいた。

『それにしてもこのたびのような戦争は、あまり利益がない。国内市場の萎縮とそれに伴う減益は目を覆うばかりだ』

『まぁ軍需部門はそれなりに潤っているが、民需となるとお寒い限りだ』

彼らの手元には、それぞれの民需部門の企業群の営業成績が書かれた書類があり、それはどれもが減益を示していた。

無論、倒産するほどのものではないが、それでもあまり好ましいものではない。

『海運、航空などはGPSが使えないせいでダイヤが狂ってしまい大変だ。全く……』

運送関連の企業を保有している男は、一連の被害を生み出したザフトに憤慨していた。そんな彼を別の老人が宥めた。

『まぁオーブを抑えたおかげでこちらの工業製品が売れ始めた。こちらの民需部門も一息つけるだろう』

『確かに、それはそうだが』

プラント製製品が流れてくるルートを潰したおかげで、連合主流国の工業製品(プラント製に比べて質は劣る)が売れ始めている。

彼らとしては、これで民需部門の建て直しを図りたい所だ。

『まぁ議題を戻そう。問題は如何にしてプラントとの講和にこぎつけるかだが……』

『強硬派が実権を握っているプラントと講和などできるのか? 連中を黙らせるには無条件降伏させるしかないだろう』

『経済面での疲弊は相当のものだ。長期化すればソ連と同じように内部から瓦解するだろう』

『冷戦でも挑むとでも? 貴君はこちらにそれに耐える体力があると思っているのか?』

『多少の不安はあるが可能と思っている。それにそちらのほうが我らにとっては最も利益になる』

『いや、我らには悪の帝国は要らん。世界は多少不安定と言った状態のほうが望ましい』

彼らとしては現代の国家総力戦を行うなどあまりに馬鹿げていた。百歩譲って、本国を攻撃する力の無い弱敵が相手ならイザ知らず

プラントのように自国を攻め滅ぼすことが可能な敵と殴りあうのは愚の骨頂だった。

『長期戦が望ましくないのであれば、やはりアズラエルが推し進めている宇宙での反攻を認めるしかないのでは?』

『ザフトを叩き潰し、プラントの牙を引き抜くのが望ましいと? だが今度はユーラシアと東アジアとの対立になると思うが』

『幸い、ユーラシア西部には不安定な地域が多くある。それにアフリカ、チベットなどでは内戦も予想されるだろう。

 そうなれば、連中もそうそう派手な行動はできなくなる』

『そのとおり。それに事態が予定通りに動かないのなら、我らが動かせば良い』

そのあとも会議は続いたが、結局はアズラエルの方針を支持し、彼をバックアップしていくことを確認するに留まった。

『まぁ暫くはアズラエルの手腕に期待するとしよう』



 妖怪爺さん連中に弱体化したと評されたプラントでは、彼らの言う通り街から活気が失われつつあった。

「酷いものだな……」

最高評議会に向かう途中、公用車で街中を移動していたエザリア・ジュールは街の様子に顔を顰めた。

連合の通商破壊戦に加えて、親プラント国の資源価格の吊り上げ、さらに際限の無い軍事優先政策によってプラント内では深刻な

物資不足が発生し、インフレの兆候が見られていた。プラントは元々工業製品の供給地として建設されていたので、工業製品を作るの

には適しているのだが、食糧や水に関してはどうしようもなかった。特に水は工業製品を作るのにも、食糧を作るのにも必要不可欠で

あり絶対に欠かすことができないものだった。この水が不足しはじめた為に工業生産、食糧生産に支障が出ているのが現状だった。

「経済面の疲弊は目を覆うばかりです。中小企業などでは倒産が相次いでいます」

男性秘書の報告に、エザリアはため息をついた。

「それでブクブクと肥え太っているのは軍需産業だけか」

「はい。ですが、彼らもこれ以上人的資源を消耗されては堪らないといっていますが」

国内の人的資源の欠乏振りは目を覆いたくなるほどのものだった。多くの働き盛りの若者が前線に送られ、残っているのは中高年と

13歳以下の子供が大半を占める。さらに言えば、技術畑の人間も大勢引き抜かれていることから、生産施設では精密機械の維持に

苦労を強いられている。いくらコーディネイターとは言え、成熟した技術者を育成するには幾ばくかの時間が必要なのだ。

「大洋州連合への圧力は?」

「核と生物兵器の存在を、幾つかのルートを通じて流しました。恐らくは数日中に反応があるでしょう」

「そうあって欲しいな。すでに我が国には余力など無いからな」

プラントはすでに国内から崩壊する兆しが見えている。歪な人口構成、疲弊した経済、さらに社会不安とモラルの低下さえ

報告されてきている。あと1年もすれば、プラントは国内経済が破綻して継戦能力を失うのではないかとすら考えられていた。

そんな状況では、少しでも延命処置をする必要がある。

「兎に角だ。大洋州連合から資源を安価で輸入できれば、こちらも一息は付ける」

「ですが輸送船団の護衛が問題です。さらに連合は航路に機雷すら設置しはじめています」

地球連合軍は、ザフトの消耗を早めるために、通商破壊戦を続行すると同時に主要航路を機雷で封鎖しようとしていた。

ザフトとしても必死になって機雷の除去を急いでいるが、連合に妨害されて遅々として進んでいないというのが現状だった。

「やはり最大の癌は月基地だな。あれを叩かなければ、資源の輸入ルートの安全を確保することができない」

エザリアの言うとおり、プトレマイオス・クレーター基地はザフトにとって目の上のたんこぶであった。

地球連合宇宙軍の要であり、プラントに対する牙城であるこの基地が健在な限りは、彼らは枕を高くして眠ることは出来ない。

だがザフトに月基地に攻略部隊を送るだけの戦力的余力は無い。本国の部隊を根こそぎ送れば、落とせるかもしれない。

しかし失敗すればザフトは継戦能力を一気に喪失してしまい、地球連合に対して無条件降伏するしか手が無くなる。

(打つべき手はジェネシスの完成を急がせるしかないか……いや、連合と和平するという手もあるか)

彼女は強硬派であったが、プラントと連合の国力差を無視するほど馬鹿な人間でもなかった。

(ナチュラルと手を結ばなければならないのは屈辱だが耐え凌ぐというのも手だ)

彼女はプラントの自治権、最低限の軍備の保有、不平等な貿易体制の見直しなどを講和条件として戦争に決着を図るのが

上策なのではないかと考え始めた。

しかしパトリック・ザラは彼女とは対照的に、宇宙での決戦にむけて宇宙艦隊の増強をさらに急がせることにした。

また彼は近々地球から撤退しなければならなくなることを予期し、出来る限りの資源をプラントに運び込ませることを指示する一方で

国内においては計画経済への移行を決意し、日常生活に必要な物資はすべて配給制にすることを最高評議会に提案した。

「こんなことをすれば、国民の猛反発は必至です」

当たり前だがパトリック・ザラの提案は最高評議会の席上で、他の議員達の猛反発にあった。

「だがエネルギー資源が不足する中、自由経済を維持すればプラント経済の破綻は免れないのだ。市民には痛みに耐えてもらう」

「ですが、そんなことをすれば……」

「選挙に落ちるとでも?」

この言葉に、評議会議員の何人かは言葉に詰まった。

「我らはプラントの、いやコーディネイターの明日を確保しなければならないのだ。私はそのためならあらゆる非難に耐える所存だ」

「しかし……」

「この提案は私がごり押ししたとでも、議事録に残しておけばよい。全ての責任は私がとる」

同時にパトリックは、カーペンタリア以外の地域から順次宇宙に撤収することを決めた。

彼としては封鎖されて身動きが取れないカオシュン基地に戦力を張り付かせておいても意味が無いと判断していた。

「カーペンタリアとジブラルタルには訓練生や学徒兵を送っておけ。ただし引き換えに熟練兵士は引き上げさせる」

「……訓練生や学徒兵は捨石だと?」

「言い方は悪いが、そのとおりだ」

彼は宇宙での決戦で、連合を叩きのめしてナチュラルに対して完全な勝利を得ようと思っていた。

そのためには人でなしと非難されようが、何といわれようがあらゆる方策を実施するつもりであった。

「多少、能力が低くても時間稼ぎにはなる」

ザフトは泥沼とも言える地球戦線を放棄して、宇宙での決戦を重視することを決めたのだ。

無論、連合にはそれを悟られてはならない。彼らはあくまでもザフトが地球に拘っていると思わせる為にあらゆる手を打つ事にした。

しかしこのパトリック・ザラの強引な議会運営と戦略は、一部の議員に彼に対する不信感を植えつけることになる。