プラント最高評議会が地球からの主力部隊引き上げと統制経済の実施を決定した翌日、ある思想を持った議員達がアプリリウスの

一角にある政府ビルの一室に集まり、ある会合を開いていた。

「地球連合との和平交渉ですか?」

「そうだ。諸君も知っての通り、現在プラントは非常に苦しい立場にある。現状での戦争継続はプラントの崩壊を招きかねない」

会合を呼びかけたエザリアの発言に、多くのメンバーは驚きを隠せない。

「ジェネシスを使えば逆転できると議長は考えているが、事態はそこまで簡単なものではない」

ジェネシスを完成させることが出来れば、確かに地球連合を完全に打倒することが出来るだろう。

しかしそこまでに至る過程が最大の問題であった。

「すでにプラント経済は疲弊し尽くしている。ジェネシスで連合を打倒できたとしても経済が破綻しては意味が無い」

プラント国内の疲弊は目を覆うばかりであった。働き手となる若者は多くが前線に送られ、熟練労働者さえ不足し始める始末。

そして極度の軍需産業の重視によって発生する民需産業への圧迫で、多くの中小企業は疲弊し倒産しつつあった。

だがさらに深刻なのは、大量の戦死者であった。出生率が改善していないと言うのに、これだけ大勢の若者が死亡すれば後の世に

どれだけの禍根を残すかは容易に想像出来る。

「だがそれを世論が納得するのか?」

中道派であるダット・エルスマンはそう疑問を投げかける。

「国民も長く続く戦争に嫌気がさしている。ある程度の成果が得られて、かつ戦争が終るのなら納得するはずだ」

元々強硬派のパトリック・ザラが国民に支持されたのは、彼なら長く続くこう着状態を打破出来ると国民が考えたからだ。

だが彼が政権をとってからは戦局の急激な悪化と国内経済の疲弊の加速が起るだけで、国民の当ては外れる形となっている。

戦局の悪化は情報操作によって全責任をクライン派に押し付けているものの、国民の不満が高まっているのは確かだった。

「ナチュラルどもと手を取り合わねばならないのは屈辱だが、今は耐え凌ぎ、次の世代に反撃の機会を残しておくべきだ」

彼女は別に、ナチュラルと心の底から和解しようと思っているわけではないのだ。あくまでも講和は一時凌ぎに過ぎない。

卑怯かもしれないが表向きは友好なポーズを示しておき、裏では相手を倒すための準備を進めておくのも外交だ。

平和や友好を唱えていれば、仲良く出来るなどと考える馬鹿はまずいない。まぁどこぞの島国にはそんな馬鹿がいたが……。

「しかし現状で、ナチュラルが我々と和平を結ぼうとするのか?」

他の議員の疑問に、エザリアは独自に調査したことを披露した。

「地球連合の盟主である大西洋連邦内部には、プラントとの和平を求める勢力が存在する。彼らはスカンジナビア王国を仲介役に

 してこちらとの接触を図っている」

「大西洋連邦内部にですか?」

ブルーコスモスの総本山である大西洋連邦内部に、和平の機運があることを知った議員達は驚きを隠せない。

「それもそれなりの規模を持った勢力だ。彼らと手を結べば、我々はこの戦争の決着を図れる可能性がある」

大西洋連邦が戦争の終結に合意すれば、他の理事国もなし崩しに戦争の終結に合意する。

「しかし、議長がそれを納得するでしょうか?」

ユニウス7で妻を失ったパトリックが、地球連合との和平を承認するとは彼らは考えられなかった。

「確かに難しいだろうが、我々が他の強硬派議員を切り崩せば議長も納得せざるを得なくなる」

言うことのは簡単だが行うのは非常に難しいのが世の常だ。だが、それは彼女も分かっている。しかしそれしか道は無いのも事実だ。

「子供達に未来を残すのが、我々評議会、いや大人の仕事だ」



 プラントでの動きに連動するように、大西洋連邦でも刻一刻と和平派の人間が活動を活発化させていた。

その中の中心人物であるマリア・クラウスはマスコミへの対策に追われていた。

「ええ。そう、東海岸の主な新聞社の経営者に例のキャンペーンをするように伝えて。取引材料はこちらで用意しているから」

彼女はコーディネイター全体を敵視する風潮を是正するため秘書を通じて新聞やTVと言ったマスコミに働きかけを強めていた。

『ですが、よろしいのですか? このネタはもっと別のことに使えば』

「情報って奴は新鮮さが命よ。もしこのネタを他の連中に知られたら、取引材料としての価値がなくなるわ」

執務室の電話越しに聞こえる男の困惑しきった声に、マリアは断固とした声で告げた。

『わかりました。早速、働きかけてみます』

ため息をつきながら答える男。尤もそれも無理は無い。何しろ彼がしなければならない工作は下手をしなくても命の危険がある。

『それにしても先生は恐ろしい人ですね。こんな情報を知っているなんて』

「伊達に最年少で上院議員になったわけじゃないってことよ」

そういって電話を切ると、彼女は和平派の議員達との会合に向かうべく執務室を出た。

だが執務室を出た途端、執務室の外で待機していた黒髪の女性秘書が彼女に釘を刺した。

「クラウス議員、あまり下手に動くとブルーコスモス過激派に命を狙われます。あまり無茶な事は」

「命が惜しかったら、こんなことはしないわ」

「ですがクラウス議員が倒れればブルーコスモス穏健派も共倒れです。それに議会の穏健派も打撃を受けます」

「そんなことが起きないように、貴方みたいなガードマン兼秘書官がいるんでしょう?」

「………」

「……御免なさい。言い方が悪かったわ」

「いえ、確かにそのとおりですから」

そのあと、気まずい雰囲気になるがマリアはそんな雰囲気を払拭するように言った。

「貴方の言うとおり、身の回りに気をつけておくわ。ここで倒れるわけにはいかないからね」





                    青の軌跡 第18話





 和平に向けた動きが活発化する中、地球連合軍はカオシュン基地とジブラルタル基地の攻略を目指して攻撃軍の編制を急いでいた。

ジブラルタル基地は内陸からユーラシア連邦軍が、海上から大西洋連邦軍艦隊が押し寄せて挟み撃ちにする予定になっている。

一方でカオシュン基地攻略は大西洋連邦軍が主力を務める洋上艦隊が東アジア共和国軍を主力とした上陸軍を輸送する手はずになっている。

「地球連合軍の総力を挙げた二正面作戦といったところでしょうか」

実際には同時に攻撃すると言うわけではないのだが、ほぼアズラエルの言うとおり二正面作戦と言える。連合は決定したスケジュール

に間に合うように必要な物資の集積作業を急いでおり、中国大陸沿岸部やブリテン島の基地には膨大な物資が運び込まれていた。

尤も連合軍は持ち前の圧倒的な生産力を使って、来るべき宇宙反攻作戦に備えた月基地への物資の打ち上げと、連合主要拠点への

核エンジン搭載型MSの配備を平行して進めていた。

「核エンジン搭載型の配備は順調のようですし、これでフリーダムやジャスティスが降下して来ても対応できますね」

攻撃の準備を進めるのと並行して、防御力の強化を進める……地球連合の圧倒的国力があってこそ出来る荒業であった。

さらにアズラエルが主導する形で大西洋連邦軍はストライクダガーの後継機であり、105ダガーの進化系であるダガーLの開発を急いでいる。

また機動力に優れた新型機の開発も進められており、いずれ戦場に投入出来ると考えられていた。

『我が軍の戦力増強は順調です。第1機動艦隊の再建も急ピッチで進んでおり、いずれ大規模な作戦の発動も可能になると思われます』

サザーランドの言う通り、地球連合軍は壊滅的な打撃を被った第1機動艦隊を圧倒的生産力を用いて驚異的なペースで再建しつつあった。

艦艇の補充は勿論、連合は豊富なエネルギーと多数の訓練機を使い、MSパイロットを大量に育成して実戦部隊に送り込んでいた。

無論、再建を進めているのは第1機動艦隊だけではない。地球連合軍は初期に消耗した宇宙艦隊の再建を急ピッチで進めていた。

後方要員の育成も急ピッチで推し進めており、ザフト高官が見たら血の気が引くほどの大艦隊を連合軍は編成可能になりつつある。

地球、月各地の軍需工廠や基地では昼夜を問わず、兵器の製造と訓練が行われており周辺地域は凄まじい喧騒に包まれている。

これと対称的にザフトは第1機動艦隊や第7艦隊との戦闘で被った損害から完全に回復し切っておらず、地球戦線を放棄することで生じる

余剰兵力を宇宙に回しても尚、不足が生じる可能性が高かった。これに第7艦隊によって各地の基地を片っ端から破壊されたために地球と

プラント間の通商路の防衛が難しくなっていたことが拍車を掛けていた。ボアズやヤキン・ドゥーエの哨戒ラインを担う基地群が被った

損害とそれに伴いズタズタにされた哨戒網を再建する為に多くの労力を投入せざるを得なくなったのだ。この状況で連合がさらに攻勢にでれば

ザフトも終わりだったが、戦力の回復を重視した連合軍が正規艦隊を使った通商破壊を中止し、高速艦を中心にした独立部隊による通商破壊に

切り替えたので、ザフトは辛うじてその命脈を保つことが出来た。

『通商破壊はアークエンジェル級やその準同型艦を中核にした独立部隊によって継続しています。第1機動艦隊が抜けた穴を完全には

 ふさぐ事はできませんが、それでもかなりの戦果を挙げています』

アズラエルもこれには異を挟まなかった。しかし第1機動艦隊の司令官人事には注文をつけようとした。

「司令官のフレーザーは更迭しないんですか?」

『はい。確かに被害は大きく、更迭するべきだとの意見もありましたが、これまでの功績を考慮してセカンドチャンスを与えることになりました』

尤も彼が更迭されなかった理由には、彼のこれまでの功績の他に前線指揮官の不足が挙げられた。予備役を招集することで兵士は補充

出来るが柔軟な思考を持った将官までは簡単には補充できない。開戦初頭の消耗戦で連合軍が被った損害、特に将校クラスの消耗は

深刻なものであった。連合が反撃に転じられているのは、生き残った将校達(バークやブラットレーなど)の奮闘による物が大きい。

そんな状況では貴重な前線指揮官を簡単に更迭するのは難しいと言うのが実情だった。このためアズラエルも折れざるを得なかった。

(有能な指揮官が、もう少し残っていればもっと楽に戦争ができるんだけどな)

アズラエルは開戦初頭で死んでいった一部の有能な将官を思い浮かべるが、即座に無いものねだりは意味が無いと思考を切り替えた。

『アズラエル様が進めている軍の編成はどうなさったのすか?』

「そちらのほうは順調です。尤も規模が大きいので司令官クラスの人材確保がネックですが」

アズラエルは宇宙軍と地上軍を同時に編成していた。特に宇宙軍の規模は1個艦隊に匹敵するほどの規模で、私設軍の軍事力はその気になれば

小国が相手ならあっというまに滅ぼせるほどのものに仕上がる予定だった。尤もこれだけの規模になると会社の一部門と言うわけにもいかず

最終的にはアズラエル財閥の傘下に新設する企業に所属させることになっている。無論、この会社の経営陣はすべてアズラエルの傀儡だ。

「うちの私設軍の指揮官をどこから持ってくるかが問題ですね……さすがに、有能な指揮官を引き抜くわけにはいきませんし」

前線ではひとりでも多くの優秀な将官を必要としており、アズラエルが編成を進めている私設軍の指揮官に据えられるような人材は

余っていなかった。中級指揮官クラスまでなら、アズラエル財閥が今まで擁していた私設部隊の人間を横滑りさせて任命すればよい。

だがアズラエルが作ろうとしている私設軍は宇宙軍だけでも一個艦隊近くになる大所帯であり、それを指揮統率出来る上級指揮官を

スカウトするのは至難の技と言えた。どこから人材を確保するかに頭を痛めるアズラエルを見て、サザーランドは助言を行った。

『アズラエル様、イアン・リー少佐などはどうでしょう? 彼はブルーコスモスシンパですし、非常に有能です』

「まぁ確かに有能ですが、階級が少佐だと色々と不都合でしょう」

彼としては正規軍の人間とある程度張り合えるためには、准将程度の階級が必要だと思っていた。まぁ適任者が大佐ぐらいなら、彼の

根回しで准将に昇進させることも出来るが、少佐を准将に昇進させるのはさすがに無理だった。

『では、チェスト・ハリン大佐などは如何でしょう?』

「ハリン大佐ですか………」

チェスト・ハリン大佐……彼は指揮官としての才能は、バークには及ばないものの及第点を与えることが出来る軍人であった。

しかしコーディネイターへの憎悪は凄まじく、プラントの温存を目指すアズラエルとは相容れない面を持っている。

自分に忠実な番犬を欲しているアズラエルとしては、自分の手も噛みかねない狂犬を生み出すつもりは無かった。

『確かに彼は強硬派ですが、ジブリールのようにプラント殲滅を唱えては居ません。軍人として成すべきことは理解しています』

ハリンはコーディネイターを人類を脅かすミュータントとして危険視しており、地球上からの彼らの徹底的な排除を主張していた。

また彼はプラントの継戦能力を低下させるには、プラントへの直接攻撃しかないと主張し、アズラエルが開発を進めているトライデントを

使用したプラント、特に軍需プラントと食糧生産プラントへの戦略攻撃を主張している。

『彼の言う事も決して間違いではないと思います。コーディネイターにも罪を償ってもらわないといけませんし』

「………」

NJの影響によって引き起こされたエネルギー危機、そして交通、通信システムの麻痺によって大勢の犠牲者を出した。

その犠牲者の数は、ユニウス7でプラントが出した死者を遥かに上回り、その後の戦争で救えたかもしれない者も死者の列に大勢加わる

ことになった。一連の惨事は多くの国々の市民の中にプラントへの拭いがたい不信感を植え付けている。NJの影響に苦しんだのは意外な事に

血のバレンタインには何の関係も持たない途上国や貧困地域だった。エネルギー不足や交通網、通信網の混乱は理事国など

の先進国は辛うじて耐えることが出来たが、上記の国々や地域では到底耐えることが出来ずに崩壊して行ったのだ。故郷を崩壊させられた

人々から見れば、コーディネイターどもはナチュラルである自分達を皆殺しにするつもりなのだと思わせるに十分な仕打ちだった。

『国民も、連中には何らかの形で報復しなければ納得しないでしょうし』

アズラエルが懐柔したブルーコスモス強硬派にも、心の奥底ではコーディネイターへ何らかの報復を求めるものが多い。

さらに表にこそでないが、過激派の行動に共感して裏で色々と協力している人間がいるとの情報もあった。

(前途は多難だね……)

溜息をつくのを堪えて、アズラエルは言った。

「まぁ彼と直接会って見てから判断するとしましょう」

サハク家との交渉もあるって言うのに、何でこう面倒な事ばかり起こるんだ……アズラエルは頭痛が酷くなるのを感じた。

尤もサハク家との交渉の前準備は比較的順調に進むことになる。

「では、戦争終結後にオーブの独立を認めると?」

アズラエルは国防産業連合の理事達の回答にやや拍子抜けした。彼はモニターに映る爺さん連中がオーブの独立を渋ると思っていただけ

に彼らがあっさりオーブの独立を認めた事に驚くよりも、呆気に取られたのだ。

『オーブは資源的には大した価値はありません。マスドライバーまで失われた今、あの地に大軍を駐留させるのは意味が無いでしょう』

『それにモルゲンレーテの遺産は粗方手に入れることが出来ました。まぁ兵器工廠としての価値はありますが、終戦となればあれほど

 の生産力は不要ですから』

『在外オーブ資産については、戦時賠償金の棒引きとトレードと言うことにしておけば宜しいでしょう』

彼らにとって何より重要なのは利益が得られるか、得られないかだ。その彼らからすれば、オーブにはこれ以上軍を置いても大した

利益にはならない以上はさっさと引き上げるのが上策だった。

「それでは戦後のオーブ政府の首班をサハク家に任せると言うのは」

『構いません』

軍の大半が失われ、宇宙港を失ったオーブは脅威にはなり得ない……彼らの態度がそんな考えを物語っていた。

国防産業連合からの了承を取り付けると、アズラエルは早速必要な根回しに入った。

アズラエルは地球連合構成国、特に理事国に手を回して戦後にオーブを独立させることを認めさせようとしたのだ。

オーブ攻略戦で大きな損害を強いられたユーラシア連邦と東アジア共和国は、戦後にオーブを独立させることを渋ったが、本国から

遠く離れた位置にあるオーブに自国軍を展開させるのはコストが高い割にメリットが低いことを理解していたために結局は折れた。

無論、彼らが折れた背景には国防産業連合からの圧力があったのは言うまでも無い。

「次はサハク家との交渉か……こっちも順調に進めばいいんだけど。ああ、そういえばハリンと会わなくちゃいけなかったんだよな。

 まったく忙しいことだね……」

尤もハリン大佐は残党狩りと事後処理で当分、大西洋連邦本国に帰ってこれず、アズラエルが彼と会うのは暫く後のことになった。

アズラエルは直接会いに行くことも考えたが、ブルーコスモス過激派への牽制や、反ブルーコスモス派との暗闘、さらに財閥経営など仕事が

てんこ盛りであり、こちらから会いに行くことは不可能との結論が早々に出たことを記しておく。




 地球連合軍は攻撃軍の編制を並行して、地球各地に潜むザフト軍残党の狩り出しを急いでいた。この残党狩りは容赦のよの文字も無い

徹底的な殲滅戦だった。これはカオシュン基地、ジブラルタル基地を攻略するには万全の体制で挑みたいと言う気持ちとコーディネイターへの

潜在的な恐怖が顕在化した結果だった。何せ犯罪を犯したコーディネイターを逮捕するのに軍を投入しなければならない事件も過去にあったため

連合軍は各地に潜んでいるザフト軍兵士によるゲリラ攻撃を恐れていた。軍人としての技能…人殺しとしての技能を持ったコーディネイターに

よるゲリラ攻撃は連合にとっては悪夢としか言いようがない。このために連合は残党とはいえ、容赦も油断もせず彼らを徹底的に潰した。

この残党狩りで最も功績を挙げたのが、ハリン大佐率いるMS部隊であった。彼はトラックや輸送機を効率よく使うことで素早く部隊を

展開してザフト軍残党を次々に包囲殲滅していったのだ。また彼の戦いはブルーコスモス武闘派の名に恥じないもので容赦と言う文字が無かった。

「残党が立て篭もっていた3つの村を完全に破壊ですか」

『はい。どうやら反連合機運が強い地域だったようで、やむを得ない処置かと』

地球圏には連合の支配を良しとしない地域もある。連合の政策によって締め付けられている地域には特にその傾向が強い。

そんな地域に逃げ込んだザフト軍残党は、地域住民と連携して連合への攻撃を繰り返し、当地の軍を梃子摺らせている。

(それにしても住民もろとも焼き払うとは……やることが豪快と言うか何と言うか)

犠牲者は最小限、戦果は最大限にする、それが戦争の鉄則だがこのやり方はさすがに拙いのでは、とアズラエルは思った。

そのアズラエルの心境を察したようにサザーランドがさらに詳しく話す。

『ハリンは残党の立て篭もる村に降伏勧告を行っています。それを拒否したのですから、非はすべて残党側にあります』

「まぁそれもそうですね」

内心では納得していないものの、この話題はさっさと変えたほうが良いと思ったアズラエルはそう言って話を打ち切る。

「残党狩りも良いですが、カーペンタリア基地、カオシュン基地、ジブラルタル基地への攻撃はどうなっているんです?」

『カーペンタリアと南半球各地に展開しているザフト軍の連絡線は完全に遮断しています。情報部の報告では、南米に残っているザフト

 の戦力は大幅に低下しているとのことです』

「補給を絶たれたザフトが殲滅されるのは時間の問題と?」

『はい。ハリンの部隊を動員して掃討すれば、短時間で殲滅できるかと思われます。

 またカオシュン、ジブラルタル両基地への攻撃も順調に推移しています。このまま順調に進めば予定通りに作戦に取り掛かれるでしょう』

だが連合軍の徹底的な残党狩りをザフトは指をくわえてみているわけではなかった。彼らは各地に取り残された兵士を救出するべく貴重な

潜水母艦を各地に送り込み、彼らの回収を図った。無論救援部隊を送る分だけ基地の守りは薄くなるのだが、それは送られてきた学徒兵で

穴埋めしていた。尤もそれはベテラン兵士から見れば薄ら寒いものを感じさせるに足る光景であった。

「あんな連中で、ナチュラルと互角に戦えるとでも思っているのか?」

カーペンタリア基地に配属されてきた訓練生を見て、イザークは思わず不安をもらした。それも無理は無いことだった。何しろ配属された

兵士の多くは即席と言っても良い兵士ばかりであり、開戦時のような精鋭など誰一人としていなかったのだ。アークエンジェルとの戦いや

パナマ戦を経験したイザークから見れば、地球に送られてきた兵士など戦場では的にしかならない。

「上は何を考えている? まさか本気で地球から引き上げるつもりなのか?」

カーペンタリア基地で密かに囁かれている評議会の方針転換の噂……それを思い出してイザークは眉をひそめる。さらにクルーゼは宇宙へ

の帰還命令を受けているとの噂を耳にしているイザークはザフトが地球から撤収せざるを得なくなっているのではないかと思った。

「デュエルの整備部品だけでなく、ジンやディンの部品の補充も滞りがちだ。このままだと………」

イザークとて伊達に赤を着ているわけではない。彼はプラントが地球から資源を得られなくなれば、どうなるかは理解している。

だがそれを口にするのは憚られた。少なくともエリートである彼が口にしてよい内容ではない。尤もその内容を悟りながらも状況を楽しんでいる

人間もいた。そう、人類を破滅させようと企んでいるラウ・ル・クルーゼだ。

「パトリックめ、いよいよ追い詰められたというわけか」

カーペンタリアに運び込まれた核兵器、生物兵器、そして未熟な訓練生達……そのどれもがザフトの劣勢を物語っている。

そして彼独自のルートから入ってくる連合軍の情報から、連合による大攻勢が近いことを彼は理解していた。

「地球からザフトがたたき出されるのも時間の問題。あとは宇宙での戦いになる」

だが地球からの資源が途絶すれば、プラント経済は遠からず瓦解する。それはザフトの軍人達にとっては悪夢であった。しかし彼からみれば

それは大きなチャンスであった。この先さらにザフトが追い詰められれば、パトリックがさらに危険な所業に踏み切ると彼は読んでいたのだ。

「だが地球軍にも動いてもらったほうが好ましいな……」

クルーゼは、アズラエルにカーペンタリアに核兵器と生物兵器が保管されていることを流す事にした。そう連合の暴走を煽るために。

「扉が開くまでもうすぐか」

そう言って悦に入るクルーゼ。しかし彼は後に、シナリオを描くものが自分ひとりではなかったことを思い知ることになる。

そして人間と言う種がどれだけ底力があるかと言う事も……。




 地球連合軍はジブラルタル、カオシュン基地攻略に取り掛かる前に衛星軌道の制宙権を掌握するための新たな作戦を発動することを決定した。

連合軍は制宙権を握るには衛星軌道に軍事用の宇宙ステーションを建設し睨みを効かせる事が不可欠と考えていた。しかしこれまで衛星軌道の

制宙権は殆どをザフトが握っていたために実行することが出来なかった。だがこれまでの戦いでザフト宇宙軍は大きく弱体化し、今なら衛星軌道の

制宙権を奪還できると判断した連合は、積極的に打って出ることにしたのだ。具体的には月基地から第6艦隊を送り込み、一時的に制宙権を確保し

その隙にパナマ基地から新規に編成した宇宙艦隊とステーション建設用の資材を打ち上げる手筈となっている。

「なるほど、これで衛星軌道を握れると?」

『第6艦隊に加えて、パナマ基地からは再建した第3艦隊が発進する見込みです。幾らザフトでもこれだけの戦力を相手にするだけの戦力はない

 と思われます。もし連中が仕掛けてきたとしても、割を食うのは持久力の無い奴らのほうでしょう』

サザーランドの言葉にアズラエルはTV本編ではあまり語られなかった連合軍の底力を感じた。ちなみにまだ報告されていなかったが

連合軍では建造計画をさらに前倒しにして宇宙艦艇の量産を進めることにしていた。宇宙港と大規模な工廠を持つパナマ基地が残っていたことが

この無謀とも言える量産を可能にしていた。

『第1機動艦隊が欠けたのは痛いですが、戦力を強化した月艦隊で続行している通商破壊にもザフトは対処しなければなりませんし、さらに

 月基地からのプラント本国への攻撃に対処する戦力も考えれば、奴らが衛星軌道に派遣できる戦力は多くありません』

連合の執拗な通商破壊によってザフトは深刻な損害を受けている。特にアークエンジェル級やその準同型艦を旗艦とした独立部隊による

攻撃はザフト軍の頭痛の種になっていた。何しろ、アークエンジェル級はナスカ級に匹敵する高速艦であると同時に動く要塞と言っても良い

火力、防御力を有している。そんなのが補給線上で暴れたら、どんな事態を引き起こすかは火を見るより明らかだった。

ザフトはフリーダム、ジャスティスを動員してこれを殲滅したかったが、プラント本国への月基地からの執拗な攻撃に対応するために

彼らを外すことが出来ないでいた。そしてそれは補給の先細りに繋がりザフト軍全体の活動を低下させた。その結果、連合軍の補給がスムーズに

進むようになり、さらに連合の攻勢が強まるという悪循環を生み出している。

『プラント経済の締め付けもかなりの効果を挙げているようですし、奴らが白旗をあげるのも時間の問題でしょう』

楽観的なサザーランドだったが、ジェネシスの正体を知るアズラエルはそんな気分にはなれなかった。ジェネシスの存在こそ確認したものの

連合軍はそれを地球を直接攻撃出来る兵器とまでは確認できていなかった。一応エネルギー兵器らしいとの情報は得ていたが、詳しい内実

までは掴めきれていなかった。これは太平洋戦争時、日本が大和型を建造しているとの情報を掴んでいたアメリカ軍が、大和の主砲の口径まで

把握できなかったのと良く似ている。

「まぁ連中が自滅するならそれで良いんですが」

だがアズラエルはパトリックが前触れもなくジェネシスによる先制攻撃を仕掛けてくることを半ば確信していた。

(月基地を撃破してジェネシスの力を見せ付ければ連合は黙らざるを得ないからな……やっぱりネックはジェネシスか)

どうしたものやら……アズラエルは心の中でそっとため息をついた。




 地球連合軍が衛星軌道の制宙権を奪還するべく打って出ようとしている頃、ザフト軍作戦本部がある作戦をパトリックに上奏していた。

「カオシュン基地の放棄を取りやめる? どういうことだ?」

パトリック・ザラはユウキが持ってきた作戦案を見て、不機嫌そうに尋ねた。

「カーペンタリア基地は海上からの攻撃に加えて、背後から攻撃される心配があり、戦う場所としてはやや不適当と思われます」

オーストラリア大陸の中央部は平坦であり、連合が中央部に降下揚陸作戦を行った場合は容易に挟み撃ちにあう危険性があった。

「カーペンタリア基地が地球で最大規模の軍事拠点とは言え、挟撃されれば地球軍を撃退するどころか、時間稼ぎにもなりません。

 逆に、カオシュン基地は背後に中央山脈と言う天然の要害が存在しており、挟撃される危険性は非常に低いと言えます」

「カーペンタリアの背後の防衛体制を固めればよい話ではないのか?」

「我が軍は海上からの攻撃に対処するのに精一杯です。さらに大洋州連合軍は大幅に弱体化しており、その役目を果たせそうにありません」

「……つまりカーペンタリアで迎え撃つよりは、カオシュンで迎え撃ったほうが勝算が高いと?」

「はい」

この言葉に、パトリックは考え込んだ。すでに地球から順次撤退する予定であったが、撤退をするにしても時間がいる。それに加えて資源の確保も

それなりに時間が掛かる。カオシュンで地球軍を食い止めて置き、その隙にカーペンタリアから物資を運び出せるようになれば、十分に時間を稼ぐ

ことが出来るかもしれない……そう考えたパトリックはユウキに尋ねた。

「だがカオシュンに部隊なり補給なりを送れるのか?」

地上軍の消耗に加えて、宇宙軍も少なくない打撃を受けている。特に地球軍の活動が活発になって以降、月軌道や地球−プラント航路での戦いは

激しさを増す一方であった。これによってザフトが被った損害は決して馬鹿にはできない。もはや宇宙軍から地球に派遣出来る余剰兵力など存在

しないのが現状だった。

「本国の防衛力を一時的にせよ削れば、大規模な補給を送る事が可能です」

この提案はさすがのパトリックも受け入れられなかった。

「そんなことをすれば、政府に対する市民の信頼は失墜する。現状でも月基地からの攻撃で社会不安が起こっているのだ」

「ですがこのままではカオシュン基地は短期間で陥落し、さらにカーペンタリアも似たような結末を迎えるでしょう。

 そうなれば資源の輸入はストップし、ジェネシスの建造どころか国内経済の維持すら出来ません」

本国の防衛力を一時的にせよ落としたとしても、カオシュン基地に補給を送ったほうが戦争に勝つ公算が高まると言うのが彼らの試算だった。

「……派遣する護衛兵力は?」

「ナスカ級6隻、ローラシア級22隻を中心とした艦隊です」

「それだけの兵力を送れば、本土の防衛網に塞ぎようの無い穴が開きかねないぞ」

「ですが、前回の輸送船団壊滅の一件もあります。この輸送船団まで壊滅させられれば、事態は大幅に悪化する可能性があります」

前回、訓練生を乗せた輸送船団を構成する輸送船は貴重な高速輸送船であった。これが殆ど失われたことはプラントの補給計画に大きな影響を

与えている。もしここで今回派遣する輸送船団まで失われれば、只でさえ遅延している計画がさらに遅延するだろう。

「……分かった。良いだろう」

しばらくの沈黙の末、パトリックは作戦部の作戦を認めた。かくしてザフトは大規模な補給を地球に送るべく艦隊を編成することになる。

しかしこの時、連合もまた衛星軌道を抑えるべく打ってでようとしていることを彼らは知る良しも無かった。