地球連合軍がカオシュン、ジブラルタル攻略に向けて準備に取り掛かっている時、大西洋連邦本土ではアズラエルがマリアが仕掛けたマスコミ
のキャンペーンへの対処に追われていた。これに通常の仕事もあるので彼は殺人的なスケジュールをこなすことを余儀なくされた。
「彼女がもう少し早く教えてくれれば、もっと余裕のある対処ができたのに……まったく」
必要な部署や、人間に電話を通じて一通りの指示を出し終わると、アズラエルはそう言ってぼやいた。
「まぁこれでジブリール派を潰せて、かつ過激なテロ行動が多少は抑えられると思えば、安いものかな?」
そう呟くと彼は机の上に置かれている新聞紙に視線を移した。そこには『影の立役者達』とタイトルがデカデカと記されており、その下に
キラ・ヤマトを筆頭にした連合に参加しているコーディネイターの活躍ぶりが書かれていた。特に連合の反攻の原動力となったMSのOSを
開発する原動力になったコーディネイター達のことについて細かく記されており、彼が如何に連合に貢献したかが強調されている。
これに加えて多くの新聞社がコーディネイターすべてを敵視するのではなく、国家に忠誠を誓うコーディネイターには相応の配慮をするべき
との社説を掲載してコーディネイター殲滅を唱える一派を強く牽制する動きを支持するポーズを取っている。
「全くどうやって、これだけのキャンペーンを俺が知らないうちに下準備したんだか……それにこれだけのスキャンダルも」
キャンペーンは別にコーディネイター擁護だけではなかった。そこにはジブリールなどの過激派の失態や犯罪行為についてツラツラと
書かれており、もはや隠蔽は不可能であった。これだけの失態が明らかになれば、彼の影響力は激減するだろう。
「問題はうちの面々の説得だな。過激派にシンパシーを持っている面子も多いし……この際、大掃除も必要か」
強硬派はコーディネイター殲滅こそ一時的に棚上げしているものの、コーディネイターそのものへの警戒を緩めているわけではない。
彼らはあくまでも自分達とは異なる種族であり、自分達を滅ぼし得る危険分子と断定していた。まぁアズラエル本人はそこまで考えては
いないが強硬派の頭目である以上は相応しいポーズを取る必要がある。
「穏健派からある程度、譲歩を引き出して連中を説得するか……ふむ、だとすると考えられるのはプラント本国への侵攻作戦だな。
プラント本国への侵攻作戦を穏健派に承諾させれば煩い連中も多少は引き下がらざるを得なくなるだろう」
それでも煩いなら……彼はその人物に消えてもらうつもりだった。消えるのがブルーコスモスでの席なのか、それとも命なのかは判らないが。
「まぁどうあれ、ジェネシスを残しておけば後の世に禍根を残す事になる。それは避けないと」
講和条約で大量破壊兵器の使用を禁止すると言う手もあるのだが、残念ながらアズラエルはザフトがそれをいつまでも律儀に守るとは
思えなかった。いや、むしろ講和条約の後も極秘裏に建造するのではないかとさえ思っていた。
(コーディネイターはナチュラルよりも自分が進化した連中と思っているからな……そんな連中がいつまでもナチュラルの下について
いるとは思えない)
仮に講和条約を結ぶとなると情勢から地球連合が比較的有利な形になるだろう。だがプラントのコーディネイター達がその条約に納得するかと
言えば難しいと言わざるを得ない。恐らく数年以内に、いびつな形で終わった戦争の決着をつける為の戦争が始まるだろう。
(軍需産業から言えば儲けものだけど、そうそうプラントと全面戦争やったら民需がひどいことになるし、こっちの財政も危ない)
破壊と建設はバランスが取れなければならない。どちらかに傾けばそれはいずれ手痛いしっぺ返しを生む。そしてジェネシスは間違いなく
世界の天秤を破壊に対して大きく傾ける錘となるだろう。
(コーディネイターの中にナチュラルへの優越感がある以上は対立は不可避だ。叩けるときに叩いておくのが上策だ)
敵国をとことん叩き潰すことがどれだけの予算と物資と兵士の命を必要としているかは旧世紀の世界大戦の例をみれば判る。
だが莫大な被害を受けると判っていても彼はこの戦争をやりとおす必要があると感じていた。
(危険な野獣は、人間にその牙を向けないようにきちんと管理しないといけない。皆殺しはする気はないけど、野放しにする気も無い)
ブルーコスモス穏健派、強硬派双方への説得工作とプラント本国侵攻に向けた情報収集の強化などやることが次々に彼の脳裏に浮かぶ。
尤もそこまで考えたとき、アズラエルは今後増えるであろう仕事の量を思い浮かべて思わず嘆息した。
(今のうちに栄養ドリンクでも飲んでおくか……)
ついに執務室の隅っこに設置されることになった冷蔵庫で冷やされているドリンクを飲もうとアズラエルは重い腰を上げる。
(さて、今日はどれくらい寝れるかな……)
心の中でるーるーるーと涙を流しつつ、アズラエルは冷蔵庫に向かった。
このように又しても仕事が増えてしまったアズラエルが心の中で涙を流している頃、ジブリールは怒りのあまり頭から湯気を出していた。
「おのれ、この仕掛け人はクラウスだな!!! 小癪な事をしおって!!」
彼は自分の部屋に置かれている物に手当たり次第に八つ当たりしていく。その結果、非常に高価な陶磁器や絵画がみるも無残な姿を晒していた。
「くそ、それにしても何故マスコミはこんな情報を流したのだ!? 上の連中は殆どこちらが抑えていると言うのに!!」
彼の疑問も当然だった。ブルーコスモスと国防産業連合はその影響力を持って、主要なマスコミを抑えている。今回のようなことは有りえない
筈だった。そう、普通に考えれば……。
「クラウスめ、一体何をしたと言うのだ……いや、それよりも今は勢力の温存に務めるべきか……」
彼は己の私財をつぎ込んで、警察、裁判所、マスコミに買収工作を実行し、同時にブルーコスモス幹部に自分を更迭しないように根回し
を行った。無論、一連の工作に必要となった費用は莫大な金額であったが、彼としても背に腹は換えられなかった。
「くそ、今に見ておれ………」
呪詛の念を滾らせながら、ジブリールは復讐を誓うのであった。
青の軌跡 第19話
地球連合軍第3艦隊……かつてグリマルディ戦線で壊滅したこの艦隊は連合の必死の努力によってついに復活を遂げた。
アークエンジェル級4番艦『スローンズ』、エセックス級正規空母『バンカーヒル』、その他数十隻の艦艇を配備された艦隊は、来るべき
衛星軌道の制宙権奪還作戦・ガルバニック作戦に備えパナマ宇宙港で発進準備に追われていた。戦艦に、駆逐艦に次々に物資が運び込まれる。
喧騒に包まれる艦隊の中で、第3艦隊司令官はひとり物思いにふけていた。
「衛星軌道さえ、完全に抑えれば安心してプラントへ侵攻できるが……そうそう旨く進むかな?」
第3艦隊旗艦・アガメムノン級宇宙母艦『フォレスタル』のブリッジで、第3艦隊司令官に任じられたブラットレー少将は参謀本部の楽観的な
予測に対して今更さながら不安を拭えなかった。確かに参謀本部の言うとおり、ザフトの被害は大きい。かと言って連中がただ指を咥えて
見ているとは彼には到底思えなかったのだ。
「たしかにMSが配備されてから我が軍の劣勢は挽回できたが、それでも我が軍がまだ絶対に有利とは言えないのだぞ」
ザフトの新型MSゲイツによる被害は決して少なくない。さらに空間戦闘においては元々、宇宙を生活圏としてきたザフト側に分がある。
「連中にとって不慣れだった地上戦とは話が違う。彼らの得意なフィールドで戦うとなれば、どうなるかは判りきったことだろうに。
打って出るにしてももう少し戦力が整うのを待てば良いのだ……まさか連中は第3艦隊が多少、やられても問題ないと思っているのか?」
無論、彼の呟くように第3艦隊がやられても良いとは誰も思ってはいない。上層部がザフトの弱体化で妨害が少なくてすむと判断しているだけだ。
この判断は様々なルートから集められた情報を基にした判断で、来るべきプラント本国侵攻作戦をスムーズに展開させたいと考えていた
上層部がこの作戦を実行に移すのは理解できるだろう。尤も、彼らは攻勢を円滑にするためだけに衛星軌道を確保しようとしている訳ではない。
衛星軌道を抑えればシンガポール基地を壊滅させる原因となったグングニールも簡単に投下できない筈だし、ジャスティス、フリーダムの降下も
妨害出来ると彼らは考えていたのだ。確かに彼らは保守的な面もあるが、完全に無能と言うわけではない。尤もMSの導入の遅れなど
彼らの頑迷な一面のおかげで大損害を被る事になった前線部隊は、彼らのことを無能と思っている。勿論、ブラットレーもそんな人間の一人だ。
「どちらにしても、厄介な事になりそうだな……」
ブラットレーが不吉なことを呟いていた頃、その不吉な発言を現実の物としかねない動きがプラントで起こっていた。
「地球軍が新たな作戦に取り掛かった?」
輸送作戦の作成に追われていた最中、情報部から齎された情報にザフト軍作戦本部は騒然となった。
「具体的には?」
ユウキの言葉に情報部将校は、渋い顔をして答える。
「地球軍は衛星軌道を抑えるべく、衛星軌道に軍事用のステーションを建設するつもりのようだ。これの護衛に1個、もしくは2個艦隊が
派遣される可能性が高いとの情報もある」
「つまり最低でも1個艦隊、最大で2個艦隊が衛星軌道に出張ると?」
「そのとおりだ」
「しかし、2個艦隊も送り込めば月の防衛力が大幅に低下するのでは?」
「連合はすでに壊滅した第3艦隊の再建を終わらせているようだ。彼らは第3艦隊をパナマから宇宙に上げるつもりだ」
「連合軍はそこまで戦力を回復させているのか……」
さすがのユウキもこの連合軍の回復振りには絶句せざるを得なかった。
「大打撃を与えたとされる地球軍の機動艦隊も急ピッチで再建されつつある。恐らく遠からず合まみえる事になる」
ザフト情報部も、経験が少ない割りにそれなりに奮闘していた。その結果、辛うじて連合軍の状態を把握できるようになっていた。
尤も作戦を立てる人間達からみれば、自分達と地球軍の格差をまざまざと見せ付けられているようで些か複雑な心境であったが。
「という事は、この補給作戦において、彼らと戦う可能性が高いと?」
「そうなるだろう。MSが配備された地球軍と戦うとなれば消耗は免れないだろうな」
この言葉に作戦部の人間は一様に暗くなる。今回の作戦は本国防衛隊すらも削って参加させるために、出来るだけ戦力を消耗したくないと
言うのが彼らの本音であった。この作戦で戦争の決着がつくのなら博打に出る価値はあるが、あくまでも時間を稼ぐための作戦に過ぎない
この作戦でそんな真似は出来ない……それが多くの将兵の思いだった。そんな中、ユウキは暫く悩んだ末にある決断を下した。
「こうれなれば……ジャスティスとフリーダムを出すしかないか」
「「「ユウキ隊長?!」」」
この言葉に、他の作戦部将校は目をむいた。
「この作戦で消耗するわけにはいかない。それならば、こちらが地球軍を圧倒できる戦力を持っていくしかない」
「しかしフリーダムまで出すとなると……」
「別に全機をだすわけではない。フリーダムは1機、ジャスティスは2機を投入し、本国防衛ラインに開いた穴は予備部隊で穴埋めする」
「ですが予備兵力を投入すれば、他の戦線での消耗に対応できなくなる可能性があります」
「2個艦隊を衛星軌道に送るとなれば、連中も満足に身動きは取れないはずだ。それにミーティアを本国のフリーダム、ジャスティスに
回せば、防衛力の低下は十分にカバーできる」
「しかし議長が許可を出すでしょうか?」
「出さざるを得ないだろう。カオシュンが落ちれば、次はカーペンタリアだ。もし短期間で陥落すれば議長の戦略も瓦解する可能性がある。
議長も頷かざるを得ないだろう」
「………」
このあと、ユウキは作戦本部の意見としてジャスティスの投入をパトリックに進言する。無論、彼は猛烈に反対したが、ユウキの説得を受けて
最終的には条件付だが彼の提案を受け入れた。かくしてザフト軍は万難を排して補給物資を送り届けるべく、一大輸送作戦を実施する。
そのころ、地球連合軍とザフト軍の活動が活発化しているのを苦々しく見ている勢力も存在していた。
ラグランジュ4……新星攻防戦の際に大きな打撃を受け、廃棄されたコロニー群が漂う宙域である勢力が人知れず己の牙を磨いていた。
「また戦いが始まると?」
その勢力の長であるラクス・クラインはエターナルのブリッジでダコスタから聞いた報告に眉をひそめていた。
「はい。地球軍は再建した宇宙艦隊と大量の資材を衛星軌道に打ち上げる模様です。衛星軌道を完全に抑えるつもりではないかと」
「プラント本国への侵攻に備えてのことでしょうか……」
「いや、恐らく地球上のザフト軍拠点とプラント本国との連絡線の遮断を目論んでいるのでしょう」
バルトフェルドの答えに、ラクスは納得したように頷いた。
「補給を絶つということですか」
「あと連中はプラントを兵糧攻めにするつもりかもしれません。何しろ未だにプラントの食糧自給率は低いままですし」
この言葉にラクスは眉をひそめた。今はプラントに叛旗を翻す形になっているとは言え、彼女は彼女なりにプラントを愛している。
そんな彼女にとってプラントで餓死者が発生しかねない事態は断固として見過ごすことができなかった。
「連合軍を妨害することは出来ますか?」
この問いにバルトフェルドは即座に首を横に振る。
「残念ながら無理です。訓練を急いでいますが、パイロットが機体になれるまでは動かないほうがよいでしょう」
「それに加えて補給も問題です。ハードな訓練を行っている為に多くの物資が消費されており、現状では出撃は困難です」
このダコスタの言葉にラクスは沈黙せざるを得なかった。何しろ訓練期間の短縮は他ならぬラクス自身が言い出したことであった。
「どうにかなりませんか?」
「MSの推進剤がやや不足しています。今、出撃しても戦局にはあまり寄与できないと思われます」
裏方を一気に引き受けているダコスタからすれば、現状での出撃など到底認められるものではなかった。彼らは反ブルーコスモス派からの
支援を受けているものの、それとて無限と言うわけではない。
「ではここで手をこまねいているしかないと……」
「仕方ないでしょう。ですが、ここはぐっと堪えるのも手でしょう。我々は戦争を広める勢力の核を打ち砕くためにいるのです。
そのためには今は耐えて、力を蓄えて置くのが上策かと」
バルトフェルドの言葉にラクスは不満げな顔をするが、専門家であるバルトフェルドの意見を無碍には出来ない。
「……確かに、今はそれしかありませんね」
プラント国内での己の影響力の失墜、さらにフリーダム、ジャスティスと言った切り札の不在は彼女の行動に大きな枷をはめている。
現状の戦力をすり潰せば、もはや後はない……そんな考えが彼女を冒険的な行動に出ることを戒めた。
「ですが、ブルーコスモスを叩いたとしても和平を結べるでしょうか? プラント国内にはすでに……」
「確かに連合が和平の意思を示したとしても、プラントが応じない可能性はあります。ですがいずれは応じざるを得ないでしょう。
すでにプラントは限界に近づいています。このまま戦争を続ければ社会システムそのものが瓦解することはザラ議長も判っているはずです」
「………」
「ザラ議長の先制攻撃で、プラント国内のクライン派は事実上壊滅しているために、政治面では手出しすることは出来ません。
我々が出来る事はブルーコスモスなどの地球軍過激派を叩き、和平への障害を取り除くことです」
戦うだけでは戦争は終らない。最終的には政治で決着をつける必要がある。アンダーソン達反ブルーコスモス派が和平に向けて動いていることを
ある程度知っているバルトフェルドは、自分達の役どころを心得ていた。そう、彼らは所詮、ブルーコスモスの私兵供に対抗するための
駒である事を……。だが彼らの上官であるラクス・クラインはそれが面白くない。彼女がアンダーソンと手を組んでいるのはあくまでも
一時的に利害が一致しているに過ぎないからだ。彼女の目的はナチュラルとコーディネイターの融和を行い、そして少しずつコーディネイターを
ナチュラルに戻していくことだ。そのためにはアンダーソンが目指しているプラントと地球との冷戦関係を認めるわけにはいかない。
「アンダーソン将軍以外の勢力とも接触を図っておく必要があるようです……それにプラント国内への工作も」
強硬派の首魁であるパトリック・ザラ、彼が居るかぎり戦争は終わらない……そう信じる彼女はさらに強硬な手段に打って出ることを
決意していた。尤もそれがどのような結末を迎えるかは、このとき誰も知る由も無かった。
地球連合軍によるガルバニック作戦の発動によってザフト軍がその対応に追われている頃、アズラエルはサハク家へ地球連合軍への協力
を打診していた。アズラエルとしては戦後のオーブの独立(ただし海外資産はある程度没収)を切り出せば、協力が得られるだろうと
思っていた。尤も最初から譲歩しすぎると相手に足元を見られる可能性があるので過酷とまでは言わないが色々と条件を付けた。
細かなものを含めると多々あるが、主だった物は戦時賠償金の支払い、軍備制限、そしてオーブの地球連合への加盟だった。
尤もアズラエルはミナ達がすべての条件を呑むとは思っておらず、彼らの協力を得るためなら、大幅な譲歩もやむなしと考えていた。
『こんな条件で我々が協力すると思っているのか?』
モニターに映る交渉相手、ロンド・ミナ・サハクの反論にアズラエルは尤もな意見だと内心で苦笑した。
(まぁ連中はその気になれば武力決起を行って世界を支配できると思っているからな……この条件を呑むわけが無いか)
どの程度譲歩できるかどうかを考えながらアズラエルは交渉を再開する。
「ですが、この事態は主にアスハ政権、いえオーブ政府に責任があったはずです。この程度の条件で済むほうが僥倖でしょう」
表向き、オーブが連合軍艦艇をだまし討ちしたことになっていたが、少しでも事情を知る人間からすればそれが欺瞞に他ならない。何しろ
オーブが連合に戦闘を仕掛ける理由などないのだ。好意的に見て、偶発的戦闘、意地の悪い人間からはユーラシアの狂言ではないかと思われて
いるのが実情だった。このためにこのアズラエルの意見にもミナは冷ややかだった。この反応にアズラエルは譲歩する算段に入った。
(さてどこから譲歩するかだな。こちらとしては連合への加盟は外せないから、賠償金から譲歩するか、アスハ家の財産を全て没収すれば
それなりの金額になるし、あと五大氏族のうち親アスハ家だった連中の資産も分捕れば穴埋めできるな)
アスハ家を筆頭に五大氏族はかなりの資産を蓄えており、これを幾らかでも接収できればそれなりの金額になる。幸い、アスハ家など主要な
五大氏族の首長たちはほぼ全滅、特にアスハ家はカガリとウズミが死亡したために断絶状態で簡単に資産を接収できると考えられている。
「それでは、賠償金の支払いはアスハ家とその他の氏族連中から補填するというのは如何です? 勿論サハク家のものには一切手を付けません」
『それでは我らが他の氏族を売り渡したことになる』
「ですがオーブから賠償金を取り立ててれば、かの国の経済は破綻しかねません。民にとって最も犠牲が少ないのがこの方法でしょう」
『………』
「まぁ地上がどうなろうと構わないのであれば、こちらもそのように手を打ちますが」
現在、サハク家の根拠地は衛星軌道にある宇宙ステーション・アメノミハシラに置かれている。この宇宙ステーションは元々はオーブが
戦前において建設を進めていたものであり、今では軍事拠点として機能している。このステーションにはMS生産工場が存在し、かなりの
数の部隊が戦禍から逃げてきたオーブ市民と共に生活をおくっている。逆に言えば地上がどうなろうと彼らには直接影響がないのが実情だ。
地上を見捨てているのなら、呑まないだろうとアズラエルは思ったが、ミナは暫く考えたのちにその提案を了承した。
『良いだろう。その意見を呑もう。だが軍備の制限については些か問題がある』
「軍備制限ですか……こちらとしては、オーブ攻略戦で我が軍を梃子摺らせた貴国の再軍備を認めるだけでも十分だと思うのですが」
『今後、我々が地球連合との共同作戦を行う際に軍備の制限は、選択肢を制限することになる。それは貴国にとっても不都合のはずだ』
「つまり今後も我々と共同歩調をとると?」
『我々も地球の一国家だ。それは当然だろう』
彼女は今後も連合に協力する姿勢を示す。だが、はいそうですかとアズラエルも納得しない。
「ですが、その軍事力が永遠にこちらに牙を剥かないという保障はありません」
『この戦争が連合の勝利で終われば、我が国がそんな真似をするわけがない。さらにオーブは無資源国だ。その国が商売相手である連合に
喧嘩を売るとお思いか?』
このあとも交渉は続き結局、アズラエルは軍備の制限についてはある程度緩和することを同意した。具体的には大型空母の保有禁止や潜水艦の
大幅な保有制限、さらに新造艦艇を建造する際には連合にその旨を通達することとなった。これはオーブの外征能力を大幅に制限する一方で
防衛用の軍事力については一定のフリーハンドを与えるということだった。だがこれはアズラエルにとって不利なことではなかった。
オーブの外征能力には制限を加えたことによって、万が一オーブが連合に敵対した時、経済封鎖で屈服させることが出来るようになったのだ。
いやシーレーンの保護も連合、特に大西洋連邦に依存せざるをえなくなり、政治的に優位に立てるだろう。だがそれが判らぬサハク家ではない。
彼らは一時的には大西洋連邦の影響下に入ったとしても、いずれはその影響下から脱しようと目論んでいる。そのために防衛用とはいえ
軍備の制限が緩められたのは大きかった。まぁ要するに結局は双方共にそれなりに満足のいく取引となったと言える。
「さて、これでうまくいけば宇宙での反攻はスムーズにいくな。全くこんな戦争はさっさと終わらせたいね」
カオシュンのマスドライバーを奪い返せば、物資の打ち上げはよりスムーズとなり、補給は非常に楽になるだろう。それは戦争の早期終結を望む
アズラエルにとって望ましいことであった。いやそうするために、サハク家と交渉したと言ったほうが的確だろう。
「あ〜疲れた……少し休みたいね」
交渉がうまくいきほっとするアズラエル。だがこの時、彼の努力を無に帰しかねない策謀が進行していることを彼は知る由も無かった。
北アメリカの某所では、マリア・クラウスを筆頭にしたブルーコスモス穏健派と政府内の和平派の人間が一同に集まっていた。
「だいぶ、派手にやりましたな、クラウス女史」
「ですが大丈夫なのですか? ジブリールのことですから、恨みにもってこちらを攻撃する可能性があります」
質素な会議室に集まった人間たちは、こぞってこれからの展望に悲観的だった。
「ジブリールは当分は動けないでしょう。彼はブルーコスモスの中で無援孤立状態の上、今回のスキャンダルへの対処に忙しいはず。
逆に言えばこちらが和平の道を探るには今をおいてないでしょう」
この言葉に、多くの人間はうなずかざるを得なかった。アズラエルがマリアの動きを容認し、かつジブリールが動けない今こそ、彼らが最大限
活動できるチャンスなのだから……。
「だが、プラントと接触できるのか?」
出席者の中で最も高い地位にいる男、サカイ国務長官はそういって疑問を投げかける。プラント穏健派が壊滅したことを知っている彼は
コーディネイター至上主義者であるザラが和平を呑むはずがないと思っていた。
「プラントでも強硬派内部で講和に向けた動きがあります。すでに彼らの一部とは接触することに成功しています」
彼女は極秘裏に和平への道を探っており、すでにスカンジナビアのプラント大使館を通じてエザリアの息のかかった人間と接触することに
成功していた。このことを聞いた多くの人間は彼女の顔の広さと行動力に感嘆した。
「確かにザラを説得して和平に持っていくのは困難ですが、できないことはないと考えています」
彼女はそう言うと、政府内部での和平派を増やすべくさまざまな政治工作に打って出ることを伝える。
「ですが、ここまで派手に動けばアズラエルが妨害工作を仕掛けてくるのでは?」
サカイの疑問に、マリアは頷いた。
「それも考えられます。ですが彼は今までと違って、損得計算に敏感になっています。彼は商人としてプラントから得られる利潤を
取り戻したいと思っているのでしょう」
「つまり、プラントとの交渉で、うまい落としどころを見つけることができれば納得すると?」
「そうなるように私からも説得します。ですから皆さんは政府部内の工作に全力で当たってください」
この日を境にして、大西洋連邦内部では和平に向けた動きが少しずつ、そうほんの少しずつであるが確実に進んでいくことになる。
しかしながら彼らの思惑とは別に、プラントは戦争継続のために大洋州連合への圧力を強化していた。
「核兵器を?」
大洋州連合首相、ロバート・F・マクスウェルは閣僚会議での外務大臣の報告に驚愕の表情を浮かべる。
「はい。あちらは明言はしませんでしたが、カーペンタリアにNBC兵器を配備したのはほぼ確定かと」
外務大臣は連日、プラントの代表者との会議を行っていた。これは表向きは地球連合の経済的、軍事的攻勢で疲弊した大洋州連合への支援に
ついての話し合いだったが、実際にはザフトを地球に縛り付けるためのものでしかなかった。彼らはすでにザフトを、いやプラントを見限り
地球連合に着くことを決意していたのだ。しかしそれもザフトが核を持っているとなると修正を強いられる。
「彼らは水と食糧の価格引下げを強く要求しています」
「………」
弱体化したとは言え、大洋州連合軍にカーペンタリアのザフト軍を単独で駆逐する能力はない。まして核まで持ち込まれたとなってはお手上げだ。
閣僚達はどうしたものかと視線を交差させ、最終的に最高責任者であるロバートに目を向ける。彼はその視線を感じつつも沈黙し続ける。
そして周りが彼の沈黙に耐えられなくなった頃、彼は重い口を開いた。
「プラントの要求にはある程度応じる。ただし地球連合へのリークも行う」
ロバートは地球連合が原子力エネルギーを使用可能になったことから、地球連合軍も遠からず核兵器を再び手にすることが出来ると思っていた。
このためにどんなにザフトが踏ん張ろうと彼らの敗北は避けられないと判断していた。尤もその時期が来るのがいつになるかは判らない。
その間に祖国を焼かれることは断固として避けなくてはならない。
「地球連合に核の存在をリークしてこちらが脅迫されていることを伝えろ。それとカーペンタリアについて集めた情報も根こそぎな」
表向きはザフトの友好国として振る舞い、実際には地球連合に組する彼の行為は卑劣以外の何者でもない。だがこれ以上、故国を衰退させない
ためには地球連合との関係を維持する必要がある。そのためなら彼は後世において、いかなる批判にさらされることも覚悟していた。
「地球の一国家として生きるしか、もはや我が国に生き残る道は無いのだ……」
だがこの大洋州連合の動きが、後に第二次低軌道会戦と呼ばれる本大戦有数の会戦へ繋がることを当事者を含めてまだ誰も知る由も無かった。