「やれやれ、やってられないな」

極々平凡な大学生である『天城 修』は深夜、バイト先から家に歩いて帰る途中に期末テストのことを思い出していた。

「まったく、うちの学校って何でこんなに面倒なんだ……100点とらなきゃ単位くれないなんて。

 あ〜あ、どこそのガンダム主人公みたいに頭が良かったらな〜最もあの性格はいただけないが」

彼が言うガンダムの主人公とはガンダムSEEDのキラ・ヤマトのことをさす。

「つうかあの終わり方は納得いかなかったな。俺から見れば奇麗事ばかり言うラクス一派よりも

 アズラエルやパトリックのほうが、まだよかったと思うが……全く富野監督復活してくれないかな〜」

そうひとりごとを言いながら、歩く修。

傍目から見ると危険人物Aのように思えるが幸いなことにここは警察に通報するような輩は誰も居ない。

そう、警察に通報するような輩は……

「もしもし」

後ろから掛けられる声。

思わず、彼は振り向き、そして……

「が!!!」

次の瞬間、彼は腹に激痛がはしった。

瞬時に焼けるような痛みが全身に駆け巡り、味わったことのないあまりの痛みに脳細胞がスパークする。そして絶叫。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

生暖かいものが自分の腹部から流れ出すのを彼は感じた。

それが自分の血液であることを自覚した瞬間、彼はパニックに陥る。

(何が……)

何があったか分からず混乱する。だが次の瞬間その疑問は氷解する。最も氷解してもうれしくともなんともなかったが。

(俺は刺されたのか?)

目の前には覆面をつけた妖しげな人物が……包丁を、そう自分の血液が付着した包丁をもったまま立っていた。

冷静にみれば通り魔なんだろうが、すでにあまりの痛みに脳の思考が停止している彼にはわからなかった。

いや、ひとつわかったのは自分がもうそろそろ死ぬということだけだった。

そして痛みに気を失う寸前に彼がみたもの……

それは目の前の覆面をつけた人物が自分にむかって包丁を振り下ろそうとしているシーンであった。







 その日の朝刊に

『大学生惨殺される!!』

という記事が新聞の一面を飾った。









                    青の軌跡      第1話



「ここは……」

ある豪勢な部屋の一室のベットの上で青年は飛び起きた。

あたりを見渡し、状況を確認する。

「どこだ、ここは?」

見たこともない豪勢な部屋。いや、おぼろげながら記憶の底から単語が出てくる。

「俺の部屋? いやそんな、俺はバイトの帰り道だったはずだし、何より俺の部屋はこんな豪勢な部屋じゃなかったはず……」

しかし記憶がここは自分の部屋だと告げる。2つの記憶が入り混じり混乱する青年。

「く、一体、何がどうなって……」

そう言って鏡を見た瞬間、青年は凍りつき、そして………

「な、な………何なんだこりゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

絶叫した。何故なら、彼の目の前の鏡に映ったのは金髪、碧眼の青年。

しかも彼には見覚えがあった。

「な、何で俺はアズラエルになっているんだ?!」

あまりの事態に頭が混乱する。

「まて、俺の名前は天城 修だったはず。それが何でアニメのキャラの格好をしているんだ?

 誰かがコスプレさせたのか? まさか瑞樹だったらこんな格好をさせるかもしれないが、寝ている間にはしないだろうし」

思わずコスプレが趣味の彼女を思い出す修。

何回も同人誌の発売会に同行させられ、そのうえコスプレまでさせられた思い出。

「ふっ若さゆえの過ちってやつだな」

そういってキザに決めるが、いまいちさまにならない。

「………ともかく、状況を確認しよう」

一人ボケ突っ込みに虚しさを感じながら、近くに掛けてあった素人の修が見ても分かるような高級のスーツに着替えて部屋を出た。



 その後色々見て回ってわかった事は、どうやら自分がアズラエルに憑依(?)したということと、

今はちょうどアークエンジェルが地球に降下した直後あたりと言うこと、そしてなにより幸運だったのは

自分にはアズラエルの記憶があり何とか怪しまれずに立ち回れる目処がたったことだった。

「ふ〜何とかなりそうだ……しかし何故アズラエル?」

今日は仕事を休むという事を電話で部下に伝えると、修はアズラエルと言うキャラクターを思う。

「まあ俺から見ればアズラエルの主張も決して間違ってはいなかった。小物であるという欠点はあったけど」

ナチュラルがどんなに努力しても決して得ることのできない能力を、いやその素質を持ったコーディネイター。

いやもし努力して得られるとしても、コーディネイターの領域まで手を伸ばすことは普通の人間では困難だ。

その努力の過程であきらめて、脱落してしまうだろう。そしてその才能を持つ人間を妬むだろう。

ナチュラルである彼からみれば、アズラエルの発言には頷ける部分も多々あった。

だが彼はアズラエルと言うキャラクターに対してそこまで好意を感じ得なかった。

何せ主人公達の陣営と相対する勢力の首領としてはあまりに小物過ぎた。まあこれはTV本編のキャラ全体にも言えるが。

(アズラエルはガキ。パトリックは私情で世界の滅亡の片棒を担ぎ、側近の裏切りすら気づかなかった無能。

 まったく、ファーストの時みたいな奴が居なかったからな……ギレン、キシリア、ドズル、ランバラル、シャア。

 ああ言った実力を持った敵、いや大人がいなかった。それどころか主人公であるキラを叱る事のできる大人もいなかった。

 どれもこれも主人公マンセーなやつらばかり。まったく……せめてフラガくらいは殴るくらいしろよ)

TV本編の不満をぶちぶち言っても仕方ないと言う結論に至り、修いやアズラエルは思考を切り替えた。

(とりあえず…………当分の間はアズラエルとして生きていくしかないか。

 それに今から戦う相手があんな揃いも揃って無能ばかりだし、俺が勝手に軍を動かしても勝てる様な気がする。

 幸い、相手の出方とか新兵器とか公式資料とかであらかた知っているし……よし、ならば俺がやってやるか)

そう決意するとアズラエルは早速、今後の戦略を練り始める。

(この戦争はプラントが独立を求めて起こした戦争なんだから、こちらの勝利条件はその阻止だな。

 具体的には宇宙で反攻作戦を行い、プラントに完全な屈服を強いる……って言うのがこっちにとってベストなんだけど、

 問題はブルーコスモス強硬派の面々がそれで満足するか、だな)

TV本編に出てきたコーディネイター殲滅を叫ぶブルーコスモスの構成員と、アズラエルの記憶にあるブルーコスモス幹部たちの

性格や派閥などを思い出して、頭の中で勢力図を描く。

(ブルーコスモスも、人それぞれ何だな……強硬派の中にもコーディネイター殲滅を図る派閥と単にプラントを戦前の状態に戻す事を

 目論んでいる派閥とそれぞれか……それに他の派閥にも色々な人間がいる。こりゃあ、厄介だな。

   くそ、本編では単に『青き清浄なる世界のために〜!』って言って攻撃を繰り返すキチ○イ集団でしかなかったのに)

ブルーコスモスは過激なテロ組織と思われがちであるが、実際には理性的な考えを持つ者も多い。

彼の記憶の中に浮かぶ人間も相当数に及んでいる。だが皮肉にも、ブルーコスモスがテロ路線に走ってきたのは

他ならぬアズラエルと彼の財閥のせいであった。元々、ブルーコスモスはジブリール家を盟主とした自然保護団体に過ぎなかった。

だがそれは最初のコーディネイターであるジョージ・グレンの登場で大きく変わった。彼の生み出す技術、特にロボット技術に関する

ものは当時のロボット界の権威であったアズラエル財閥にとって脅威そのものだった。

 だがグレンがコーディネイターであることが発表され、グレンをコーディネイターにしたのが当時、バイオテクノロジーの権威であり

アズラエル財閥にとってライバルであった財閥であることが判明すると、彼らはライバル財閥の失墜を狙って自然保護団体だったブルーコスモスを

利用して反コーディネイター運動を開始したのだ。

無論、コーディネイター脅威論などは鼻で笑われていた。だがS2インフルエンザの大流行によってナチュラルが死ぬしかないと言うのに

コーディネイターが平気であることが明らかになると、ナチュラルの大半はコーディネイターが自分達とは全く異なる種族であると思うように

なり、これまでのコーディネイターの活躍と相成って、コーディネイター達に自分達が駆逐されるのではないかと言う恐怖に襲われ始めたのだ。

そして恐怖は次第に憎悪に変わり、それに伴いブルーコスモスも大きくその体質を変質していった。

当初こそ彼らは第一世代コーディネイターの誕生を阻止するために技術の規制などをお題目に掲げていたがそれは次第にコーディネイターの

絶滅に代わっていった。無論、コーディネイターの絶滅といっても、皆殺しにせよとの強行的意見からナチュラルと交配させるで、少しずつ確実に

ナチュラルに戻していくべきだと言う意見もあり比較的均衡は保たれていた。

だがアズラエルが盟主に就任するとブルーコスモスは強硬路線に傾いていく。何しろブルーコスモスの有力者であるジブリール家当主も強硬派で、

誰も強硬派を抑えることができなかったのだ。かくして事態は最悪の方向にむけて動き出した。

(さてさて、どうするかな? 俺は強硬派のボス的存在なんだから、そうそう方針転換なんて出来ないし……かと言って、俺は

 老若男女皆殺しって言うのも好かない。何よりプラントぶっ壊したら損するのは連合だし)

冷静に考えれば、プラントを失って困るのは連合なのだ。プラントが失われれば、資源は勿論、画期的な技術も搾取できなくなる。

安い価格で資源と技術を毟り取れるプラントは格好の植民地なのだ。それを失うのは理事国に手痛い打撃となる。

(アズラエルって、プラント壊した後のこと考えていたのか?)

何気にプラントを破壊することにこだわっていた男を思い浮かべながら、彼は内心であきれていた。

尤もそんな非生産的なことはすぐに止めて、彼は今後のことを考える。

(強硬派の不満をどうやって収めるかが鍵か……かと言って顔も知らないコーディネイターの為に命をはって説得する義理は無いし)

最悪の場合はプラントに大量の核を撃ち込んでさっさと戦争を終わらせるって言うのも手だな、と外道なことを思いつくアズラエル。

だが戦争とは戦後こそが重要であることを思い、アズラエルはその考えを否定する。

(つまり俺は強硬派の暴走をいさめつつ、戦争にも勝たなきゃならんのか?)

己の道の困難さにアズラエルはため息をもらした。

(瑞樹はため息をつくと、幸せが逃げるよ、なんて言っていたけど、こんな状況じゃあため息をつかないでいられるほうが凄いよ)

しかし自分に与えられた時間はそう多くないと思いなおして、とりあえずアズラエルは今後の戦略について考える。

(手始めはアラスカか……最高司令部爆破なんてかなり下策だし、ユーラシア連邦と仲悪くなるからやりたくないんだけどね〜)

さらに言うなら、JOSH−Aは地球でも最大クラスの軍事拠点だ。そうそう放棄できる拠点ではない。

しかしアラスカに戦力を回せば、必然的にパナマの兵力が減少する。仮にアラスカで勝ってもパナマを落とされては意味が無い。

「さてどうするかだな………」

アラスカをユーラシア連邦軍部隊ごと自爆させれば、かなりの戦果が期待できるだろう。しかしそれはユーラシア連邦と深い溝を

作ることを意味している。しかし……

(でもユーラシア連邦は元々、大西洋連邦と敵対していたからな……敵の敵は味方って言うけど、現状は敵の敵は敵って奴か?)

現在、地球連合を構成している主要国のうちの2ヶ国、大西洋連邦とユーラシア連邦は元々非常に仲が悪かった。

彼らが手を組んでいるのは、あくまでも当面の敵であるプラントに対応するためであり、プラントとの戦争が終れば今度は

大西洋連邦とユーラシア連邦(&東アジア共和国)による理事国同士の内紛が起こる可能性が高い。

(まぁ史実でユーラシア連邦軍を囮にして自爆させたのは、ある意味で戦後を見越した戦略だったなんだろうな)

数十隻の艦艇と数百機の航空機、そしてそれを運用する将兵とそれを支える後方要員……それだけのマンパワーを一度に失えば

例えいかなる大国と言え、一朝一夕に回復させることは難しいだろう。実際にアラスカ戦の後、ユーラシアは大西洋連邦の影響下に

入っている。このため地球連合内部での影響力を確保しようと思うなら、サイクロプスの使用は上策と言える。

(でもそれをすると、冗談なしでユーラシア連邦との関係が悪くなるからな……)

一時的にユーラシア連邦を屈服させたとしても、遠くない将来、彼らが大西洋連邦を凌駕する可能性もある。その時に彼らがアラスカ

でやられたことの報復をしないことはまず無いだろう。憎悪とは大抵の場合は末代までついて回るものなのだから……。

(かと言って、こちらが正面から迎撃しても勝てる保証は無いし、勝ったとしても被害は少なくない。

 下手をすれば反攻計画に遅れをきたすだろうし、こちらの反撃に焦ったザフトがジェネシスを使うことだって有り得る)

ジェネシスの攻撃に対しては防御手段が存在しない。あれが存在するだけで連合宇宙軍は行動を著しく制限されるだろう。そして……

(制宙権を完全に失い、自分の頭に銃口をつきつけられたままの講和を余儀なくされるな……下手をすれば俺は戦犯扱いか?)

連合の政治家は己の保身のためにスケープゴートを探すだろう。そしてその筆頭候補は疑いなく、ブルーコスモス盟主である

ムルタ・アズラエルになる。そこまで考えが浮かび、彼は背中に怖気が走るのを感じた。

(嫌だぞ、俺は……自分がやったことでもないのに、戦犯扱いされた挙句に処刑されるのは絶対にご免だ)

処刑とは言わないが何らかの社会的制裁を受けるのは間違いない。だが、修は身の覚えの無い事で断罪されるのはごめんだった。

(俺はマゾでも、聖者でもないんだから他人のやったことで責任を問われるなんて真っ平だ。絶対に生き残ってやる)

一度殺されたためか、彼の生への執着はかなり強まっていた。まぁ二度も死ぬのは誰もがいやだろう。

「まず第一にMSの早期開発と実戦配備、第二にNJCの入手、第三に対プラントの諜報活動の強化だな。

 アラスカ基地は一応はサイクロプスの準備をするけど、実際に使うかはアラスカにザフトが侵攻してくる日の一ヶ月前ぐらい

 にこちらがどれだけ軍備を準備できるかで決めよう」

アズラエルはそう決めると、さらに詳細な戦略を練るべく、早速必要な資料を自分の机の上にある端末で調べ始めた。








 その日、アズラエルは体調が悪いと言って仕事を休んだが、次の日からは精力的に仕事に取り組んだ。

その姿に彼をよく知るものたちは、数日前まであった彼の独特の雰囲気が消えている事に違和感を覚えた。

そして何より、人を小ばかにするような特有の仕草が消え、真摯に物事に聞き入る姿は多くの人間を驚愕させた。

「アズラエル様、何かあったのですか?」

アズラエルの元を訪れていたサザーランドは、目の前のブルーコスモス盟主の変貌振りに思わずっそう尋ねずにいられなかった。

「何もないよ、サザーランド大佐。そう何もね」

「はぁ…それならば宜しいのですが、この時期にアズラエル様に何かあれば戦争全体に関わります」

「ははは、世辞がうまいね。僕が死んでも、ブルーコスモスは問題ないだろう?」

冗談めいた口調でそう切り返すが、サザーランドは血相を変える。

「とんでもない。アズラエル様がいなければGATシリーズの開発もできなかったのですぞ」

「まぁ落ちついてよサザーランド大佐。冗談だよ冗談。僕もそんなことぐらいはわかっているからさ」

「それならば良いのですが……」

「それよりも今回、わざわざ僕のオフィスに来たってことは何かあったのかい?」

「はい。アズラエル様も知っておられると思いますが、度重なるザフトの降下作戦によって、我が軍は甚大な損害を受けています。

 調子に乗ったコーディネイターどもがアラスカに侵攻してくる日も遠くないでしょう」

「確かに、アラスカは地球連合軍の中枢。戦争を一気に終わらせようと思うんなら連中も攻撃を仕掛けてくるだろうね。

 僕が持っている情報網でも連中がアラスカに対して何らかの行動を起こす準備をしているって情報を手に入れたし」

「そこで、参謀本部としてはザフト攻撃軍を壊滅させ、同時に大西洋連邦に反抗的な勢力を消滅させるためにアラスカ基地に

 サイクロプスを設置することを提案しています」

何のためらいも無く言ってのけるサザーランドに、アズラエルは内心で呆れた。

(悪名においてはティターンズと肩を並べるといわれているが、ほんとうにその通りだ。

 自軍の最高司令部を潰すという大愚策……テ○ターンズのジャブロー自爆作戦の劣化コピーだもんな。

 まぁ司令系統の再建は、グリーンランドに最高司令部を移すことで可能だし、今回みたいに一箇所に押し寄せるザフト軍を

 確実に、そしてまとめて殲滅したほうが、人的被害も少ないのも事実だけど……いや、それよりも問題なのはこの作戦で

 出来るであろうユーラシアと東アジア共和国との溝だな)

色々と矛盾だらけだった設定資料のことを思い出して、頭を悩めるアズラエル。彼はサイクロプスを使用した際にはユーラシア連邦軍

と東アジア共和国軍に自軍でも精鋭部隊でしか配備していないダガーを大量に供給することで彼らを宥める必要があると考えた。

「……確か計画では生け贄はユーラシアの部隊だったね」

サイクロプスを使用した際に如何に上手くユーラシアを宥めるかを考えながら、アズラエルは現在の状況を確認する。

「はい。参謀本部はパナマ基地に戦力を集めています。代わりにアラスカ基地にはユーラシア連邦軍の部隊が展開します」

「アラスカ基地の職員、及び関係各位に機密保持を徹底させてください。一般兵士や市民に知られると些か拙いですから。

 ああ、それとパナマに配備させる予定のMSとマスドライバーに対EMP防御を施せます?」

この対策はグングニールの存在を知るアズラエルだからこそ、言えるものであった。

「対EMP防御ですか? 一体、何のために?」

当然だが、サザーランドは怪訝そうな表情で尋ね返した。

「僕の情報網でね、ザフトが強力なEMP兵器を開発したって言う情報が着たんですよ。

 もしアラスカで満足に相手を潰しきれないときはパナマに来る可能性がある。そのとき奴らがそれを使えば拙いでしょう?」 

超伝導体であるマスドライバーレールが強力な電磁パルスを食らえば、崩壊することは間違いない。

そして現代兵器はすべてコンピュータ制御。電磁パルスを食らい、機能を失えば無力化される。

「確かに……拙いですな」

しばし考えるサザーランド。そしてしばらくの熟考の後に、彼は答えた。

「MS、及び司令施設は何とかなりますが、マスドライバー全てに対EMP防御は不可能です」

「……まぁMSと司令施設だけで構わないさ。これはあくまでも予防措置に過ぎないんですから」

「判りました。速やかに担当部署に必要な指示を行います」

「ああ、それとGATシリーズを生産できません? 出来ればストライクとバスターを」

「ストライクとバスターですか。作れないことは無いでしょうが、OSが不十分なために満足に役に立つかどうかは判りません」

「確かにナチュラル用OSは貧弱でしょうけど、パイロットがコーディネイターや強化人間なら違うでしょう?」

サザーランドは、コーディネイターをXナンバーに乗せるというアズラエルの提案に驚愕した。

「よ、宜しいのですか? 奴らをMSに乗せるなど……」

アズラエルの言葉に大いに驚愕しつつ、サザーランドはアズラエルに確認した。尤も確認された本人はあきれ果てていたが……。

(使えるものは何でも使うのが戦争だろうが……コーディネイターでも連合に味方するのなら使えよ)

もはや呆れかえることにも疲れたが、何とかその疲れを精神力でカバーして彼は言う。

「構いませんよ。毒を持って毒を制す。一応味方するって言うんだから、潰れるまで使えばいいんです」

「……わかりました。早速派遣します」

「頼みますよ。ああ、それとあと3つほどやってもらうことがあったんだ」

「何でしょう?」

「ひとつは情報部に命じてプラントでの諜報活動を活発化させてほしいんだ。僕もいくつかルートは持っているけど

 空の化け物たちのことだ、僕の情報網に引っ掛からないところで驚異的な新兵器を開発する事もあり得るだろう?

 必要だったら、連合に参加しているコーディネイターも使っていいよ」

「……宜しいのですか?」

「構わないさ。使える物は親でも何でも使えってやつさ。戦争なんだから」

ドライな考え方だろう?、そう言うアズラエルにサザーランドは驚きを隠せなかった。

つい数日前まではあんなにコーディネイターを嫌っていたのに……。

(何かあったのだろうか?)

怪訝そうな顔をするサザーランドにアズラエルは言う。

「戦争は勝って終わらなければ意味がない。たとえ空の化け物でもつかえるものは使う。それだけだろう?」

「……たしかにアズラエル様の言うとおりです。他の二つは?」

「もうひとつはアラスカの作戦のことなんだけどね……第4洋上艦隊を北上させておいてくれません?」

「第4洋上艦隊をですか?」

「ええ。ちょうどJOSH−Aが自爆したあたりにアラスカに到着するようにね」

「しかし大した意味はないのでは?」

「あるさ。一応友軍を救うために増援を向かわせていたっていうポーズも取れるし、

 何よりアラスカの自爆でショックを受けるザフト軍の残存部隊に奇襲攻撃ができる。上手くいけば殲滅も可能だろうし」 

「なるほど……わかりました。早速参謀本部に手配しておきます」

「頼むよ。それと最後なんだけど、アークエンジェルに補給部隊を出せない?」

「アークエンジェルにですか? しかし彼らは敵勢力圏のアフリカに降下しています。脱出は困難なのではないでしょうか?」

「まぁ確かに普通はそうでしょうけど、実はこちらが調べたらストライクのパイロットが例のメンデルのキラ・ヒビキである可能性が

 あると言う結果が出たんですよ」

「何ですと!?」

最高のコーディネイターを作り上げる計画は、ブルーコスモス内部ではそれなりに知られていた。多くの人間はその非人道的な

計画に激怒するか、その結果として生まれるコーディネイターに恐怖を覚えていた。

「し、しかしそれではなお更、あの船に補給をする必要は……」

「あの船に補給、特に未だにナチュラル用OSが完成していないMSを1機か2機送りつけるんですよ。

 アークエンジェルは要員を補充していないからMSが回ってくれば、彼の周りの人間が乗る可能性が高い。

 そうなれば、彼は友達のために必死にOSを改良してくれます。幸い、彼はプログラミングが得意なようですし」

アズラエルが何を言いたいのかを理解したサザーランドは、にやりと笑う。

「なるほど、毒をもって毒を制すると?」

定期的に補給を送りながら、その帰りにOSのデータを持ち帰る……そうすれば連合のMS開発と生産は一気に早まるだろう。

「せいぜい頑張ってもらうさ。彼の友人のためにも」




   退室していくサザーランドを見送ると、どっと疲れが出てきたのかアズラエルは座り心地の良い椅子に体を預けた。

「ふぅ〜さて、まずはアラスカ戦か……まったくそこまで行くのにも疲れるね」

アズラエルは肩を叩きながら、会社の書類を処理していく。

「そういえばサイクロプスの動力源って何だ? 原子力発電は不可能なはずだから……地熱発電でもしてるのか?」

尤も次の瞬間には、触れてはいけない話題として、彼はサイクロプスの動力源について頭の中から除外した。

「史実どおりに進行すると、キラがフリーダムでやってくるわけだが……どうなるかな。何せGを補給物資と一緒に回したからな。

 下手したらイージス自爆イベントなしにアラスカにやってきそうだ。まぁそうなったらそうなった時に対処するしかないんだけど」

イレギュラーの発生を考慮するも、さすがに彼も全ての事象を予想できはしない。

「まぁ判らない未来のことは置いておいて、アークエンジェルをどうするかだな」

アークエンジェル級の建造には莫大な資金と資材を必要とする。

サイクロプスを使用する際に囮にして捨て駒にするなど、エネルギー不足に苦しむ連合にはあまりにも贅沢な選択だ。

(かと言って現状のクルーで運行させるわけにはいかないな。特に戦闘指揮が拙過ぎる)

何よりアズラエルを不安にさせていたのは艦長のマリューの手腕であった。

(あの女は無能だからな……まぁ所詮は技術仕官だし、戦闘指揮を任せるのが間違いか。

 サイクロプスの時はカリフォルニア基地に移動させから、マリューを更迭しよう。まぁ表向きは栄転扱いで本土に戻そう。

 まともに迎撃する場合はナタルを暫定的に艦長にでも据えておけば良いか。マリューは……まぁやっぱり本国に栄転かな?)

取りあえずは、大西洋連邦本土にあるどっかの技術部施設にでも、昇進させた後に放り込んでおこうとアズラエルは思った。

だがここでアズラエルはフリーダムのことを思い出す。

(キラ行方不明イベントが起こると、フリーダムが来る可能性が高いな……まともに迎撃していたときに横から七色殺人光線を

 受けたら拙いな……まぁそのときはあの三馬鹿トリオを使うか。サイクロプスの時は……下手したら死ぬな)

アズラエル本人にとってキラは死んでも構わないが、出来ればフリーダムは手に入れたいなと言う考えが生まれる。

(だけど下手に手を出せば火傷は間違いないからな……まぁそれに奴はもう地球軍に戻るつもりはないんだから放置するか)

フリーダムに手を出すリスクを考えてアズラエルは、フリーダム入手を断念する。

(まぁ今回の目的はザフトに大打撃を与えると言う事に絞っておこう。二兎を負うものは一兎を得ずだ)

アズラエルは自分に出来る限りのことをやって、アラスカ戦に向けての準備を急いだ。