衛星軌道の制宙権奪還を目的としたカルバニック作戦の実施にあたり、地球連合軍は月基地から派遣した第6艦隊とパナマ基地から
打ち上げた第3艦隊に全てを委ねる予定だったが、その予定は情報部が入手した情報によって修正を強いられることになった。
「ザフトが大規模な軍事行動を?」
大西洋連邦軍参謀本部、並びに地球連合軍最高司令部に齎された情報は多くの軍人の眉を顰めさせた。大西洋連邦軍参謀本部ではこれを受け
緊急会議が開かれ今後の対策について議論がなされていた。
「間違いないのですか?」
サザーランドの質問にカリウス提督は神妙な顔で頷く。
「間違いないだろう。プラント本国に潜伏させている複数の諜報員から同様の報告が入っている」
「これはカルバニック作戦に対応しての行動と?」
「いや、確実とは言い切れないが、かなりの数の輸送艦も動員されている。これは地球に展開している友軍への補給、もしくは増援だろう」
「あれだけ叩かれたにも関わらずですか?」
「連中もそうそう簡単に負けてくれるような可愛い連中ではないと言うことだろう。で、参謀部としてはどうするつもりだ?
最悪の場合はこの大部隊と戦うことになるぞ」
アンダーソンの指摘に多くの参謀は沈黙した。前回、輸送船団を壊滅させたのと引き換えに第1機動艦隊が壊滅的な被害を被ったのを彼らは
思い出したのだ。第1機動艦隊は現在、プトレマイオス・クレーター基地で再建されつつあるが、これが宇宙での反攻スケジュールに大いに
悪影響を及ぼしたのは言うまでも無い。仮にここで同じように大打撃を受ければ反攻スケジュールは最短で3ヶ月、最長で半年ほどずれ込む。
そうなれば国内での厭戦ムードが広まる可能性もある。多くの参謀が頭を抱える中、サザーランドが積極的な意見を述べる。
「確かに第3、第6艦隊が失われるようなことがあれば一大事だ。しかしここで我々が傍観するわけにはいかん」
「なぜだ? 今回の目的は制宙権の確保のはず。確かにカオシュンへ補給部隊を送られるのは拙いが物量の差で押しつぶせるはずだ」
アンダーソンの言葉を聞いたサザーランドは苦々しげに言う。
「あれが通常兵器や物資を運ぶのであれば問題はないのです。そう、通常兵器ならば……」
この言い回しに何人かの将官が、サザーランドが何を言いたいのかを察した。
「……まさか、あれにNBC兵器が積まれていると?」
「その可能性があるのです。これは参謀本部独自に入手した情報なのですが、前回の輸送船団はカーペンタリアに核と生物兵器を輸送した
ようです。今回の船団が、前回以上の規模を誇っているのなら、同じようにNBC兵器を輸送する可能性があると考えるべきです」
この言葉に多くの人間が沈黙した。彼らの脳裏には冷戦時代に想定されていた核戦争のイメージが浮かんでいた。当時の両陣営は共にいざ
戦争になれば戦術核程度なら躊躇うことなく使うつもりでいた(実際に核地雷などが設置されていた)が、まさかこのご時世に自分達が
同じ立場になるとは誰もが想像していなかっただろう。
「それは確かなのか?」
「情報省からの情報ではコーディネイター供はカーペンタリアに核を置く事で大洋州連合を威嚇しているとのことです。また大洋州連合
から大量のウラニウムを採掘しているとの情報もあります。連中が核を持っているとの情報はほぼ間違いないでしょう」
この言葉に会議室は騒然となる。仮にカオシュン攻防戦でザフトが戦術核で攻撃軍に攻撃を加えてくれば、味方部隊は甚大な損害を被る。
まして今回の戦場は人口が密集する地域のすぐ傍だ。どれだけの悪影響が及ぶか想像に難くない。
「断固阻止しなければなりません。もし核兵器を地上で使われれば、周辺地域に多大な損害を与えます」
この言葉に全員がうなずく。さすがのアンダーソンもサザーランドの意見には反対しなかった。
「出せる部隊をすべて周辺宙域に集めろ! 何としても敵輸送船団を殲滅せねば!!」
「月からは増援部隊を出しています。また独立部隊もかき集めていますが、間に合うかは微妙なところです」
「第7艦隊はまだ動かせないのか?」
サザーランドは残念そうに首を横に振った。現在第7艦隊はプトレマイオス・クレーター基地で所属艦艇の対空火器の増設を行って
いる最中であり、動かせる状態ではない。月基地には他に2個艦隊いるが、それはすべて月基地の防衛部隊であり簡単に動かせる物ではない。
「第3艦隊は新米兵士が多い。どこまで役に立つか分かったものではないからな。かなりの梃入れが必要だ。
おまけに第6艦隊はユーラシア連邦が主力を務める艦隊だからな」
第3艦隊は再建されたものの、かなりの数の兵士が今回が初の実戦と言う心もとない存在であり参謀本部の人間としては今一歩、彼らを
信用できないと言うのが本音だった。おまけに第3艦隊をサポートすべき第6艦隊は開戦以降目立った活躍のないユーラシア連邦軍が中核を
占める艦隊。この状態では彼らが不安に駆られるのは自然な流れだ。
「パナマで完成したアークエンジェル級2隻とGシリーズも回しましょう。防御力が落ちるのは痛いですが、背に腹は変えられません」
連合軍は現在MSの量産と配備を進めており、通常のMSに並んで核エンジン搭載型MSの配備も進んでいる。特に宇宙港を有するパナマ
基地は最重要拠点としてかなりの数の核エンジン搭載型MSが配備されており、グリーンランドに並ぶ防衛力を擁する様になっている。
無論、それらは簡単に動かしてよいものではないが、地上で核が使われるよりは遥かにましだ。
「さらにアズラエル氏よりパナマで編成中のMS部隊と一時的に連合軍に編入してもよいと」
この言葉に反ブルーコスモス派は眉をひそめて不快感を表に出すが、さすがにそれ以上のことはしなかった。かくして彼らは慌てて増援を
衛星軌道に送り出すことになる。
地球連合軍最高司令部がザフト輸送船団の降下阻止を各部隊に命令した頃、アズラエルはいずれ起こるであろう過激派の巻き返しに
備えていた。彼はマスコミを使いコーディネイター排斥論を押さえる一方で、強硬派を宥める為にワン・アース主義を推し進め地球連合の
支配に異を唱えて反発してくる地域やコーディネイターへ強硬路線を取る事を提案した。これまでもかなり強硬な路線を取っていただけに
これまで以上の強硬路線をとるとなれば、反連合勢力に所属する一般市民も多くの被害を被るだろう。
「ザフトによる核兵器の使用さえ、阻止できれば何とかなるんだけど……」
アズラエルは強硬路線の舵取りには、市民の支持が必要だと考えていた。だからこそ、ザフトによる核兵器の使用は最悪の事態を招く。
「一応、強化人間3人を核エンジンを搭載したGにつけて送り出したけど……どうなることやら」
アズラエル財閥が新たに作り出した強化人間3人は性能的には、前作には劣るがそれなりに安定している。特に命令をきちんと聞くことから
連携プレーが可能と判断されていた。だがそれでも尚、彼の不安は解消されなかった。これまでの経験から最悪の事態は想像の斜め上を行く
ことを思い知らされていた彼はまた何か拙いことが起こるのではないかと気が気でなかった。
「ぐっ……胃が痛い……」
彼は思わず顔を顰めると、最近になって消費量が増えた胃薬の錠剤をビンから取り出して、一気に飲み干した。さらに頭痛薬の入ったビンに
も手を伸ばす。
「全く、アズラエルからになってからいいことなしだな」
彼は頭痛薬を飲んだあと、そう言ってため息をもらした。
「さて、また仕事か……」
彼は自分が処理しなければならない書類の量を思い出すと、酷く疲れたようなため息をつく。というかため息しかついていない。
「くそ、戦争が終わったら絶対に有給休暇をとって遊びに行ってやる」
そう言って固く誓うアズラエル。だが彼のささやかな望みが叶えられるかどうかは判らなかった。
青の軌跡 第20話
衛星軌道上に、第8艦隊壊滅以降めったに姿を現さなかった地球連合軍の大艦隊が集結していた。第3艦隊、第6艦隊に加えて周辺で
通商破壊を行っていた独立部隊を併せて90隻近くになる大所帯であった。尤もこれだけ集まっても集まり終わっていないのが実情だが。
暫定的に第1連合艦隊と呼称されたこの大艦隊の旗艦『フォレスタル』で総司令官ブラットレーがザフト艦隊についての報告を受けていた。
「ナスカ級6、ローラシア級22、それに輸送艦が20隻前後か……大部隊だな」
(第1機動艦隊、第7艦隊との戦闘であれだけ消耗したザフトがこれだけの部隊を送り込むとは……よほどあの輸送艦は重要なものを運んで
いると言うことか……やはり軍本部からの情報通り核兵器か?)
軍本部から伝えられた情報に半信半疑であったブラットレーだったが、ザフトの大艦隊を見てその情報はにわかに真実味を帯びてきた。
「さらにすでに一部の輸送艦がポットの降下準備を進めている模様です。増援は待っていては間に合いません。すぐに打って出るべきです」
副官であるミッチャー大佐の言葉に彼は頷く。
(連中は東アジアに大規模な増援を送るつもりか……カオシュンでの決戦を意図していると言うことか)
彼はカオシュン周辺の決して平坦とはいえない地形の数々を思い出し、MSでの戦闘に有利なカオシュンでの決戦を彼らが望んでいると判断する。
「オペレーター、全艦に回線を接続しろ」
「了解」
通信オペレーターがコンソールを操作し、『フォレスタル』と彼の指揮下にある全艦隊の艦艇とを無線で接続した。
「『フォレスタル』のブラットレーだ。全艦そのまま聞け」
フォレスタルから、ブラットレーの声がすべての艦艇に伝わる。
「敵艦隊はすでに降下ポットを大気圏に下す準備に取り掛かっている。これを阻止しなければ、カオシュン基地の攻略に梃子摺るだろう。
そしてそれは戦争の長期化に繋がる」
ここで彼は目の前の輸送船団が核兵器を積載している可能性を告げるべきか悩み、一旦話を中断する。そしてやや逡巡したあと再開する。
「さらにこの輸送船団には核兵器が積載されているとの情報がある。ここで彼らを見逃せば地球が甚大な損害を受ける可能性が高い。
この戦いは地球の命運をかけた戦いでもある。諸君の健闘を期待する」
友軍の、いや地球の命運が自分達の双肩にかかっている……その思いに多くの兵士の士気が上がる。
「全艦砲戦用意! 距離を詰めたあとにMS、MA隊で前面の敵艦隊を叩く。準備を急げ!!」
ブラットレーの演説終了後、すぐさまフォレスタルのブリッジは喧騒に包まれる。
「ブリッジより全艦へ、総員戦闘配置! 繰り返します、総員戦闘配置!」
「全艦最大戦速!」
「MS、MA隊発進準備、カタパルト展開用意!」
ザフト軍艦隊は連合軍艦隊の動きを察知していた。艦隊旗艦『カプタイン』にはいち早く連合艦隊の様子が報告された。
「やはり、見過ごしてはくれなかったか」
ユウキは連合軍艦隊の動きを見て苦笑いする。尤もそう言う本人も連合軍がこのまま何もしないとは思ってはいなかったが……。
そんな彼を他所に、オペレーター達が状況を報告する。
「第一次降下ポット射出まであと15分」
「敵艦隊が移動を開始しました。現針路を維持した場合、30分以内に砲戦距離に入ります!」
「かなりの数だな……羨ましいことだ」
連合の圧倒的な生産力の象徴のような大艦隊を見て、その生産力と人的資源の豊富さに彼は何故か憤りを覚えた。この場合は貧乏人の僻み
と言うのが最も当てはまるだろう。
「ローラシア級2隻を護衛につけて輸送艦を分離。何としてもカオシュンに補給物資を送り込ませろ」
「ですが、ローラシア級2隻では護衛が少なすぎるのでは?」
「だがこれ以上は戦力は割けない!」
そう言って副官の反論を封じる。
「全艦に伝達! 我が艦隊は現在位置に固定し、地球軍の攻撃を食い止める。輸送船に一隻たりとも指を触れさせるな!!」
敵と味方の戦力比は約三対一。まして地球連合軍はMSを配備しており、ザフトにとって非常に苦しい展開になるのは間違いない。
「議長の言っていたような戦いは不可能だな」
パトリックはこの作戦を遂行するにあたり、出来る限り消耗を抑えるように命じたのだ。まぁ彼が引き連れてきた部隊はザフト宇宙軍の
三割前後に相当する兵力であり、これがすべて失われることになれば本国の守備軍の戦力は大幅に低下するのだからパトリックの命令は
当然だろう。彼は帰った後にパトリックに叱責されるだろうなと思い苦笑するが即座に意識を作戦に集中する。かくしてして巨竜と巨人達に
よる宴が幕を開ける。
地球連合軍艦隊とザフト艦隊は持てる火力をフルに動員して壮絶な砲撃戦を演じる。双方は派手にビーム撹乱幕や迎撃ミサイルをばら撒き
ながらビームやミサイルを敵艦に浴びせ続ける。第1連合艦隊はその数的優位にものを言わせて、数箇所からザフト艦隊の突き崩しを図った
がユウキの巧みな指揮によって、思うような効果を挙げられなかった。尤もこれは第3艦隊所属艦艇の多くが練度が低い為に命中弾を中々
出せないことも影響していた。いくら戦闘艦の自動化が進められたとは言え、最終的には兵士の技量が影響する。
「あまりに技量が低すぎるぞ、特に右翼の部隊は何をしている! 艦隊の機動から遅れている艦があるぞ!?」
自分の艦隊の技量が低いことは分かっていたが、ここまで酷いとは思わなかったブラットレーは苛立たしげに呟く。彼の怒気に触れて萎縮し
ながら、一人の参謀が彼に進言した。
「MS隊を発進させますか?」
「この距離でMSを出せると思うのか? 本当に君がそう思うのなら、君に対する評価を改めなければならないな」
この時点では双方共にMSの発進を控えた。確かにMSは強力だが永遠に戦闘が出来る訳ではない。無限の活動時間を誇るジャスティスでも
積める推進剤の量はたかが知れている。推進剤が切れたMSなど宇宙空間ではただの的に過ぎない。MS隊が活躍できるようになるにはもう少し
距離を詰める必要がある。
(どうする? このままでは埒が明かない)
しばらく悩んだ後、彼は副官であるミッチャー大佐に命じる。
「独立部隊の中のパワーとセラフィムのローエングリンで敵正面の敵部隊を叩かせろ! 敵の火力が弱まった所で一点集中砲火を浴びせる!」
彼は複数の箇所からザフト艦隊を突き崩して輸送船団ごと包囲殲滅することを考えていたのだが、その考えを断念した。彼は降下ポットの
射出を阻止することのみに狙いを絞ったのだ。
「敵前衛に穴が開いた所で接近戦に持ち込む! MS隊の発進準備を怠るな!」
ブラットレーの指示を受けたパワーとセラフィムは、直ちにローエングリンの発射に取り掛かる。
「目標、11時方向のナスカ級! 外すなよ!!」
パワー艦長ミナカタ中佐は、管制オペレーターに激を飛ばす。この激が功を相したのかどうかは分からないが、パワーから発射されたビームは
ものの見事に目標のナスカ級に命中、さらにナスカ級を貫通して右後方に展開していたローラシア級1隻にも命中する。
「ナスカ級1隻撃沈! ローラシア級1隻大破!!」
炎に包まれて沈んでいくナスカ級と、見るも無残に破壊され炎上しているローラシア級を確認したフォレスタルのブリッジに歓声が響く。
セラフィムのローエングリンは命中こそしなかったものの、敵の陣形をある程度崩すことに成功した。連合軍にとってまたとないチャンスだった。
「全軍、突撃!!」
ブラットレーの指示の元、連合艦隊はザフト艦隊に開いた穴に殺到する。また、彼らはある程度距離を詰めるとMS隊を一斉に発進させる。
勿論、ユウキがこの動きに気付かないはずが無い。彼は損傷したローラシア級を下がらせ、陣形を再編しようとする。
さらに彼はジャスティスを含むMS隊を全力出撃させることを決意する。
「ここで崩れるわけにはいかない! 何としても敵の前衛を叩いてくれ!!」
ここで防衛ラインを突破されれば、後方の輸送船団は壊滅する。それは作戦の失敗どころか、今後の戦局にすら悪影響を及ぼす事になる。
そんな事態だけは絶対に避けなければならない。ゲイツを中心としたザフト軍MS部隊は雲霞の如く押し寄せる連合軍MS部隊と激しい
戦闘に突入する。その中でジャスティスとフリーダムは一際目立っていた。それぞれが一部隊に相当するとまで開発者が豪語した2機は
MS部隊を文字通り手玉にとっていたのだ。フリーダムは防衛線に開いた穴に突入して来たストライクダガーを次々に撃墜していき、ジャスティスは
その機動力で連合軍MS隊を突破し、後方に展開している艦艇に次々に攻撃を加える。これによって連合軍は戦艦2隻、駆逐艦5隻を失い
当初の勢いをそがれることになる。だがそれでも完全に連合軍の勢いは止まらず、ザフト軍パイロット達は雲霞の如く攻め込んでくる連合軍の
MSと戦闘艦にウンザリした。
「くそ、数だけは多いな」
ジャスティスパイロットの一人、ハイネ・ヴェステンフルスはそう言って悪態をつく。尤も彼はすでに15機のストライクダガーを撃墜し
戦艦1隻、駆逐艦2隻を沈めているため、彼の悪態も納得がいくものだった。
「ナチュラルはどれだけの船とMSを持っているんだ?」
開戦以降、ザフト軍との戦闘で地球連合軍は余多の艦艇とMAと人員を失ってきた。ザフト軍なら軍組織が崩壊しているほどの消耗を強いられても
これだけの部隊を揃えてやってくる地球連合軍に彼は初めて言いしれぬ恐怖を覚えた。だが彼はすぐに恐怖を振り払う。
「いや、今俺に出来ることは一機でも多くの敵機を落とすことだけだ」
ジャスティスとフリーダムの活躍は目を見張るものがあった。だが、それでも地球連合軍艦隊を潰走せしめることは出来ないで居た。さすがに
ジャスティス、フリーダムとは言え、合計が3機では数が少なすぎた。
「フーリエ大破! 戦線離脱を要請しています!」
「ミサカ隊、ヒューズ隊が補給のために帰還します!」
「リー隊、消耗率が30%を突破、撤退許可を求めています!」
この報告にユウキは顔を顰めた。
「連中は死ぬことを何とも思っていないのか?」
連合艦隊は少なからざる消耗を強いられており、つい先ほどにはさらに戦艦2隻、駆逐艦3隻の沈没が確認されている。MS、MAの消耗も
すでに馬鹿に出来ないレベルにまで達しているはずだった。だがそれでも尚、彼らは突撃を止めようとしない。まるで最初から死ぬ気のような
連合艦隊の突撃にザフト軍は動揺し始める。さらにこの狂気の沙汰ともいえる突撃はザフト軍を大きく消耗させた。
「ニクス隊、マーネル隊を出す。何としても持ちこたえさせろ!」
ついに虎の子の予備部隊の投入をユウキは決意する。その一方でフリーダム、ジャスティスの様子を尋ねた。
「フリーダムとジャスティスは何をしている?!」
「フリーダムとジャスティスは連合軍の新型MSと交戦中との報告が入っています」
「新型? パナマ戦で報告された新型のGか?」
「形状は同じですが、パワーが大幅に向上しているようで、苦戦を余儀なくされています」
「何だと?!」
「畜生、何て奴らだ!」
ハイネは突如として現れた4機のGに苦戦を強いられていた。いや苦戦を強いられているのは彼だけではない。ジャスティス2機とフリーダム
1機が総がかりで戦っているにも関わらず4機のG……ストライク、カラミティ、レイダー、フォビドゥンに苦戦を強いられている。
「ナチュラル如きが!!」
ハイネはフォビドゥンにビームライフルを放つが、そのどれもが軌道を変えられてしまう。フリーダムやもう1機のジャスティスはレイダーに
攻撃を加えるが、こちらは破砕球を機体の前で振り回すことで攻撃を弾く。このあまりの出鱈目ぶりにハイネは思いっきり顔を顰めた。
さらにその直後、レイダー、フォビドゥンの2機の後ろにいたカラミティが砲撃を浴びせてくる。その砲撃精度は正確無比であり、少しでも
油断すれば撃墜されるというとんでもないものだった。
「プラントの、ザフトの技術の結晶であるジャスティスと互角に戦うだと?」
ハイネは自分達が苦戦していると言う現実を信じられないでいた。確かに数的に相手が圧倒すれば苦戦するのも納得できるが、3対4と
言う数的に大して差が無い状況でこれだけ苦戦すると言うことは相手の機体性能とパイロットの腕が自分達のものに匹敵することを意味する。
それは痛く彼のプライドを傷つけた。
「ナチュラルが、何もせずに俺たちと互角に戦えるって言うのか!!」
それは彼にとって認めがたいことだ。いや、認められないのは彼だけではないだろう。ナチュラルがコーディネイターを超えられるのなら
新人類と自負した彼らは間違っていたことになる。それはプラントのコーディネイターのアイデンティティに関わることだ。
尤もジョージ・グレンからすれば本来、コーディネイターは人類と地球外生命体との架け橋になるために誕生したのだから、プラントの
コーディネイターたちの考えのほうが間違っていると言えなくとも無いが……。
「フリーダム、こちらを援護しろ! 接近戦に持ち込む!!」
ハイネは射撃では効果が得られないと見て、接近戦に持ち込み一気に撃墜することを決意する。だがそんな彼のジャスティスに四方から
次々にビームが降り注ぐ。
「何ぃ?!」
辛うじて回避することに成功するが、姿勢を崩してしまう。その隙を狙ってカラミティが集中砲火を浴びせる。このビームの雨によって
ジャスティスのビームライフルが破壊されてしまう。ハイネはこれ以上の被弾を避けるためにシールドを前に構えて防御に徹する。
「くそ!!」
コックピットに響く警報音を忌々しげに聞きながら相手の隙をうかがうが、それも四方から降り注ぐビームによって上手く行かない。
だがこの攻撃を受けても尚、生存していられることが彼の操縦技能が如何に優れているかを示していた。
「くそ、あれでも落ちないのか!」
ガンバレルパックを装備したストライクを操縦するフラガは、相手の粘り具合に思わず舌打ちする。カラミティ、レイダー、フォビドゥンを含め
4機のG、それも全てが核エンジン搭載機で連携を取りながら攻撃しているにも関わらず、未だに1機も落とせないのだから無理もない。
『どうする?』
カラミティを操る強化人間のスティング・オーグレーからの通信がストライクに入る。フラガは少し沈黙したあとに攻撃の続行を伝えた。
「今のフォーメーションのまま攻撃を続行だ」
この答えにスティングは納得したが、別の所から反論が来る。
『別々に攻撃してもいいじゃん。纏まって攻撃したって落ちないのなら』
「馬鹿野郎、連携して攻撃しても撃墜できないのに、バラバラに攻撃して落とせるわけがないだろう!」
そう言ってフラガはフォビドゥンのパイロット、アウル・ニーダの意見を一蹴する。
「ステラも良いな?」
『ムゥの命令だったら従う』
レイダーのパイロット、ステラ・ルーシェの台詞にアウルは思いっきり顔を顰めるも、フラガの命令が決定事項になったことを悟り引き下がる。
『了解。このまま続ければ良いんだろ』
3人の強化人間達、彼らこそがアズラエルが送り込んだ私設部隊だった。彼らは能力こそ高いがかなり気ままな性格なので、統率を任された
フラガはかなり苦労していた。尤も彼はその苦労した分の仕事は出来たと言える。確かに彼らはジャスティスとフリーダムを撃墜することは
出来なかった。だが彼らが、連合軍にとって最も厄介な3機を釘付けにしたことで連合軍の被害が少なくなったのは間違いなかった。
フリーダムとジャスティスが釘付けになったことで戦力が低下したザフトだったが、彼らは持ち前の高い技量で連合軍の攻勢に持ち堪えた。
ここにいる部隊の大半は宇宙軍でも指折りの練度を持っている。パイロットも至宝とも言える開戦以降戦い続けてきたパイロットばかり。
これで新型機であるゲイツを配備されているのだから、そうそう簡単にやられはしない。
「まだ崩れないのか!」
ブラットレーはザフト軍の粘り強さに苛立ちを覚えた。この彼の苛立ちはこの直後の報告によってさらに高まることになる。
「輸送艦から降下ポットが突入を開始しました!」
「くそ!」
このときブラットレーの脳裏には、核攻撃によって大損害を受ける友軍の姿があった。
「これ以上は降ろすな! 全力で阻止しろ!!」
しかし一方の当事者であるザフトも、簡単に引き下がることなど出来ない。カオシュン基地が陥落すれば次はカーペンタリアなのだ。ここまで
陥落した場合、いや本格的に攻撃された場合、ザフトは地球からの資源が途絶えてしまう。そうなれば敗戦は必至だ。
「艦を密集させて火力を集中する! 降下が完了するまでは何としても持ち応えるんだ!」
圧倒的大軍で迫る連合軍相手にここまで奮戦するだけでも彼の指揮能力の高さが伺える。だがその指揮能力の高さゆえに、このままでは敗北が
必至だと言う事を理解していた。
「どうすれば良い、どうすれば……」
戦況を映し出すモニターを見ながら、彼は必死に考える。そんな時、連合軍部隊の中に一際動きが鈍い部隊があるのを発見した。
「これは?」
彼が見つけたのはブラットレーの第3艦隊の中でも、練度が最も低い部隊の一つだった。この部隊は初戦での激闘によって疲弊して、動きが
鈍っていたのだ。これはブラットレーの無理な攻勢も影響している。無論、そんな裏事情など知る良しも無いユウキだったが、これをチャンスと
捉えることは出来た。
「今、動かせる部隊は?」
「ヒューズ隊が出れます」
「全艦は敵艦隊右翼に砲火を集中しヒューズ隊の突入を援護させろ!」
「しかしヒューズ隊はかなりの消耗を受けています。支援なしでは……」
「かといって、これ以上出せば防衛線が崩される。無茶だがやってもらうしかない」
ユウキの命令によってザフト艦隊は持ちうる火力の全てを第1連合艦隊の右翼に撃ちこむ。最初こそ、この行動に違和感を感じたブラットレー
だったが、集中砲火を受けた右翼が脆くも崩れ始めたとの情報を聞いて自分の失策を悟った。
「無理な攻勢が裏目に出たというのか……」
さらに右翼に展開していた部隊に対艦兵器を装備したザフト軍MS部隊が襲い掛かったとの情報を受けて、作戦の失敗を悟った。
「正面の戦力を右翼の救援に回せ」
「しかし、それでは……」
「このままではフォレスタルと空母を叩かれる。正面のAA級1隻と3個戦隊を右翼に回して態勢を整える」
ヒューズ隊の猛攻によって右翼の部隊は半ば瓦解しつつあり、このままでは中央に展開している空母と旗艦の横を突かれる可能性が高い。
そうなれば、防御力の低い空母などは良い的になるだけだ。だがここで部隊を右翼に回せば、正面戦力は必然的に低下し攻撃力は低下する。
「足が速いセラフィムとパワーで敵の防衛ラインを突破させる。敵中央に火力を集中して突破を援護させろ!」
高速艦、それも戦艦クラスだけで敵中を突破するのは些かリスクが高い。それを理解しているミッチャーは駆逐艦を付けるべきと助言する。
「最低でも駆逐艦を4隻は付けるべきです。戦艦2隻だけでは袋叩きにされます」
「だが、護衛に付けることが出来る駆逐艦があるのか?」
「左翼の部隊から引き抜きます。左翼の陣容が少々薄くなりますが、第6艦隊と連携すればカバーできます」
「よし、では第25駆逐隊と第28駆逐隊をつける。第6艦隊に連絡を忘れるな」
敵陣の中央突破と言うとんでもない作戦を言い渡されたミナカタは少し目を瞑る。だがすぐに覚悟を決めたように目を開けて命令を下す。
「ローエングリン用意。発射後に全速で敵中央を突破する!」
「しかしフラガ隊がまだ帰還していません」
「彼らにはジャスティス、フリーダムを足止めさせておく! 護衛にはジャン・キャリー中尉のMS隊を使う!」
ジャン・キャリー中尉、彼は開戦後に地球連合に参加したコーディネイターの一人であり、数少ない工学博士である。史実ではこの時期には
軍から疎まれて連合軍から離れているが、アズラエルの方針転換によって少尉から昇進した上に未だに地球連合軍に所属していた。
「ですが信用出来るのですか?」
ジャンは不殺生と言う回りのナチュラルからは理解しがたいものを貫いていた。このために副長としては彼のことを今一歩信用出来ないでいた。
「不殺だろうが、封殺だろうが、敵を抑えてくれるなら問題ない」
副官の発言をそう言ってあっさり封じると、彼はジャンの乗るロングダガーに通信をつなげて作戦を説明する。そしてその通信が終了して
数分後、ミナカタはローエングリーンの発射用意が終ったとの報告を受ける。彼は軍帽を被りなおすと大声でオペレーターに命じる。
「目標、敵中心部。命中し無くても良いから景気よくぶっ放せ!!」
セラフィムから放たれたローエングリンが、進路上のザフト軍MSを消滅させる。無論、セラフィムからの攻撃を浴びたザフトは、すぐに
部隊を進路上から退避させていたので、被害は少なく多少陣形が乱れた程度だった……だが、それこそが連合軍の狙いであった。
「機関最大出力、遅れを取るな!!」
アークエンジェル級2隻と駆逐艦4隻の狂気とも言える突撃はユウキの度肝を抜いた。ユウキはローエングリン発射後に、攻撃がある
とは読んでいたが、まさか戦艦を先頭にして突撃してくるとは予想して居なかった。無論予想外だからと言って彼が何もしないわけではない。
彼は即座に直掩のゲイツと、周囲の艦で6隻に集中攻撃を加える。圧倒的とは言わないが、それでも無視出来ないほどのビームがたった6隻に
降り注ぐ。普通ならここであの6隻は後退するだろう。しかし彼らは被害を無視するかのように前進し続ける。
「一体、何が彼らをあそこまで駆りたてる?!」
セラフィムとパワーを守る為に、自ら盾になって沈んで行く駆逐艦。そして圧倒的少数でありながら決死に防戦するダガー隊の姿に彼は
何がここまで彼らを駆り立てるのかと言う疑念すら抱いた。尤も即座にそんな疑念を振り払うと彼は攻撃を強化しようとする。だがそれは前面の
連合艦隊の攻撃によって実行できなかった。連合艦隊もまた必死に攻撃を続けており、それを無視する事などユウキには出来なかった。
「このままだと、突破されるか……降下作業は?」
「カプセルの70%は投下済みです。如何します?」
ユウキはローラシア級2隻で時間を稼ごうと考えていたが、それは直後に入ってきた報告によって不可能になった。
「!! 天頂部より新たな地球軍艦隊が接近! 戦艦2、駆逐艦4、その他2!」
「何?!」
一方で増援の到着に、ブラットレーは安堵した。
「やっと来たか……」
「第17独立部隊より入電。『第11、12独立部隊も間もなく到着する模様』とのことです」
「遅すぎだ。だが、まぁ来ないよりかはましか」
そう呟くと、彼は顔を引き締める。
「攻撃あるのみだ。すでに敵は疲弊している。このチャンスを逃がすな!!」
増援の到着を受けて勢いを増した連合軍に、ザフトは各地で押され始める。均衡が崩れると、あとは雪崩を打って戦況が傾きはじめる。
「降下作業は中止しカプセルはすべて投棄。この宙域を全速で離脱する!!」
ユウキはこれ以上戦闘を継続するのは不可能と判断して離脱を決意する。かと言って、あっさり連合軍がそれを許すわけが無い。彼らはこれまで
やられた借りを返そうとばかりに攻勢に出る。これを受けて、ユウキはあることを決意する。
「カプリリスを含めた6隻で殿を?」
「そうだ。本艦を含めたナスカ級3隻とローラシア級3隻で敵を撹乱し、主力と輸送艦が撤収するまでの時間を稼ぐ」
この言葉にブリッジクルーは顔面蒼白となる。
「諸君にはすまないが、これしか手は無い。許してくれ」
彼はそう言うと、艦隊を分離して離脱を開始させる。艦隊を突破して輸送艦を攻撃しようとしていたミナカタ達はこれによって攻撃のチャンスを
逃してしまう。尤もそれでも輸送艦2隻を最大射程距離から攻撃して見事に撃沈はしていたので、全くの無駄骨にはならなかったが。
この輸送艦が離脱していくのを確認した地球連合軍は即座に追撃を試みるが、それはユウキ達、殿の部隊によって阻止されてしまう。彼らは
たった6隻ながら圧倒的多数を誇る連合軍を相手に奮闘した。MSを露払いにした高速艦による一撃離脱を繰り返して連合を撹乱し続け、
彼らは連合軍に手痛い打撃を与え続けたのだ。増援が来た以上は楽に勝てると思った連合軍将兵は思いもよらぬ苦戦と、激戦から来る疲労で
その士気を低下させた。そして士気の低下は連合軍の戦闘力の低下を招き、さらに被害を拡大させると言う悪循環を招いた。無論、ザフトの
被害も馬鹿には出来ないが、彼らはその被害と引き換えにしてついに連合軍に追撃を断念させる。最終的にブラットレーは歯噛みしつつ
ユウキ達の殿部隊が離脱してくのを見送ることになる。かくして第二次軌道会戦と呼ばれる戦いは終幕を迎えた。
この戦いで地球連合軍は半個艦隊相当の艦を失い、MSも30%が未帰還になると言う大損害を被った。さらに生き残った艦艇の大半がドックで
の修理を必要とし、今までの消耗を考慮した結果、再建には3ヶ月以上は必要と連合軍は判断した。それは反攻スケジュールの遅滞を意味し
地球連合上層部とアズラエルは文字通り頭を抱えることになる。一方でザフト軍は殿に残った艦を併せて8隻を喪失し、6隻が中破、MSも
未帰還が30%強と言う損害を被り軍上層部は顔面蒼白となった。戦った相手の規模から言えば奮闘したと言えるのだが、国力で劣るプラントに
とっては今回失った戦力の補充だけでも一大事であった。しかしザフトはカオシュンへの補給物資の輸送をある程度成功させるだけでなく作戦の
真の目的である地球連合軍の反攻作戦を遅らせることに成功しており、戦略的にはザフトの辛勝と言えた。かくして、双方に甚大な損害を
もたらした宇宙での戦闘は終了し、戦いの舞台は再び地球に移ることになる。