第二次軌道会戦での事実上の敗北、さらにカオシュン基地への補給物資の輸送を阻止できなかったことは地球連合軍に深刻な影響を与えていた。
まず宇宙艦隊の消耗によって、連合軍が当初予定していた宇宙でのスムーズな反攻(大兵力を動員して短期間のうちに叩き潰す)が不可能と
なった。さらにカオシュン基地へ大量の物資が運び込まれたことで、カオシュン基地攻略に梃子摺ることが予想されている。まさに地球連合軍にとって
泣きっ面に蜂と言ったところだ。これを受けて、地球連合軍の中で今回の敗戦の責任をすべてブラットレー少将に押し付けて彼が所属する
反ブルーコスモス派のアンダーソン派の影響を削ごうとする動きをブルーコスモス派が起こし、各地で政治的暗闘が繰り広げられた。この
動きにアズラエルは便乗し、アンダーソン派の押さえ込みを図った。何しろアンダーソン派は自分達に楯突く目障りな存在であり、これを機に
一気にアンダーソン派の影響力を削ごうと言うのは自然な流れだった。尤も彼は別にブラットレーを左遷するつもりはさらさらなかった。只でさえ
優秀な指揮官が不足しているのに、これ以上減らしたら反攻作戦に響く。このためアズラエルはブラットレーの失態をこれまでの功績で打ち消す
ことで彼を今の地位に留めつつも彼の発言力と影響力を削ることでアンダーソン派の影響力も削ぐことにしたのだ。
「ブラットレーの勢いを削げば、多少は連中も静かになるだろう」
アンダーソン派はアズラエルが独自に私兵集団を運営することに猛反対しており、それが彼の足かせになっていた。アズラエルは21世紀で起こった
地域紛争や第三次世界大戦で活躍した民間軍事企業と同じだと言っても彼らは引き下がらなかった。まぁあれだけ戦前に無茶をしたアズラエルが
独自の軍事力を持つと言うのだから、反ブルーコスモス派の人間からすればまさしくキチ○イに刃物としか見えないだろう。尤もそんな彼らも
今回の一件でアズラエルに対して強く言うことができなくなる。そしてその時ことがチャンスだ。
「上位組織である企業はすでに設立した。あとは実戦部隊の編成、配備だ。既成事実さえ出来てしまえば、こっちのものだ」
実戦部隊を統括する組織である企業『BWG』(ブルー・ワールド・ガーディアンズ)はすでに創設されているため、後は手足となって
動く部隊の編成と配備だけになっている。尤もアズラエルは私設軍の創設だけに関わっていられるわけではない。反攻作戦に移るために
アズラエルは速やかに連合軍の宇宙艦隊を再建させなければならない。このためにアズラエルが主導する形で新しい兵器調達計画が
スタートしている。だが……
「反攻作戦が遅れるのなら、別の作戦でジェネシスを叩かないと拙いな……さて、どうするかな?」
計画が狂った以上、その修正をしなければならない。彼は何とかしてジェネシスの脅威を取り除くべく、色々と策を練ることになる。
アズラエルが色々と動き回っている一方で、アンダーソン達はブルーコスモスの動きを牽制するべく、行動を開始していた。
具体的には彼らはブルーコスモスの息のかかった武装勢力にラクス達をけし掛けようとしたのだ。だがこれには慎重論も強かった。
「ラクス・クラインの部隊を使うのですか? ですが、まだ早いのでは?」
反対派の一人であるカリウスはそう言ってアンダーソンの意見に異を挟むが、それをアンダーソンは押し切る。
「だがこれまでに投資した資金は馬鹿にならない。ここでスポンサー達に成果を見せておく必要がある」
ラクス達に投資した資金は、かなりの金額に及んでいる。この辺りで彼らに活躍して貰わなければ、彼らの立つ瀬が無い。まして今回の敗北で
影響力を減衰させてしまったアンダーソン達には、多少なりともスポンサー企業にアピールする必要があった。
「今回の相手はアズラエルの私兵ではない。敵は武装はせいぜい駆逐艦とMA程度のテロリストだ。彼らが相手なら彼女たちでも勝てるはずだ」
「……判りました。早速手配しておきます」
カリウスはラクス達に攻撃目標を知らせるために、また自分の仕事が増えるなと内心で溜息をついた。
(まぁ初戦からいきなりアズラエルの私兵にぶつかるのは問題だからな。ジブリールの息のかかった過激派から先に叩くのも手か……
やれやれマリア・クラウスの件もあるし、忙しいことだ)
カリウスはある人物からの命令で、彼女のバックアップも密かに行っていた。このため彼の仕事量は『労働基準法って何?』と言う量に達していた。
(リサ、すまん。お前の折角の誕生日なのに、今日も家に帰れそうに無い……)
カリウスは自分の孫の姿を脳裏に思い浮かべると思わず涙ぐみそうになった。
青の軌跡 第21話
地球連合軍は先の第二次軌道会戦での敗北を受けて、アズラエル主導の下で新兵器開発の促進と既存兵器の大幅な改良に着手した。
まず艦艇についてだが、これまで実弾兵器に頼っていた対空兵装をレーザー主体に変更して火力と命中率の向上させることが決定した。
これは実弾兵器、特にイーゲルシュテルンで弾切れが起こると対空火力が弱まるとの報告が、今までの戦闘から報告されていたためだ。
他にアガメムノン級宇宙母艦の装甲の一部をラミネート装甲に換装して防御力アップが図られることになった。さらに防御力向上の他にも
MS運用能力を向上させるために、MS搭載艦にはカタパルトを搭載することが決定し、順次改装作業に入ることになった。
MSについては、これまでの戦闘でストライクダガーではゲイツに勝てない事が判明しているのでダガーの大幅な改良に踏み切ることになった。
まずストライクダガーの出力を向上させるために、Xナンバーに搭載していた新型バッテリーを搭載。さらに追加装甲であるフォルテストラを
順次装着させていくことが決定した。無論、フォルテストラを装着すれば操縦が難しくなるが、これはオーブと同盟を結んだことで新型のOSを
入手することが出来るようになったためにあっさり解決した。だがこの報告を受けたアズラエルは浮かない顔で沈み込んでいた。
「でも、これが実を結ぶのはどんなに現場を急かしても、3ヶ月は掛かるんだよね……さて、どうしたものやら」
軍需工場が四六時中フル稼働を続けて兵器を配備しても、操る兵士が未熟では話にならない。連合艦隊が敗北した一因は兵士の錬度の低さで
あるのだから、どれほど訓練が重要かは判る。だがアズラエルから見れば、その訓練をするだけの時間がないのだ。如何に人的資源において
ザフトより優位に立っているとは言え、緒戦の消耗で受けた痛手は決して無視できるものではないのだ。史実においてサザーランドが艦隊司令の
役目をしていたように、連合軍の人材不足は深刻だった。かと言ってこればかりは金で即座にどうにかできるものではない。
「ジェネシス完成までそうそう時間はない。どうする?」
浮かない顔をして執務室の中をまるで熊のようにうろうろ歩き回るアズラエル。彼を良く知る人がその光景をみたら仰天することは間違いない。
「おまけにカオシュンにも核兵器が持ち込まれた可能性もあるからな……どちらにせよ、下手に手が出せないか」
カーペンタリアとカオシュンに核兵器があるとなれば、それを放置するのは非常に拙い。しかし下手に手を出して核爆弾を使われてはこれまでの
アズラエルの苦労が水泡に帰しかねない。一方の宇宙ではジェネシスの存在に加えて、フリーダム、ジャスティス、ミーティアの配備が進められて
いるとの情報もあり、プラントを屈服させるためにどれだけの血と鉄と金がいるかを考えると、彼は暗澹たる気分になる。
「……専門家に相談するしかないか」
ため息をついた後、アズラエルは考え込んでも仕方が無いと開き直り、会うことになっているハリンやサザーランドと相談することにした。
「これまでの履歴を見る限りはハリンは有能だし、ブルーコスモスシンパだからある程度は使えるだろう……」
そう決めると彼はまず会社の仕事に取り掛かる事にした。ハリンが来る今日の午後までに、必ず処理しておかなければならない仕事が
アズラエルには山ほどある。彼に無駄に使える時間など殆どないのだ。
「さて、仕事、仕事と………その前に目薬でもさしておくか。最近は目が乾いて痛いからね」
アズラエルが目薬をさして仕事に取り掛かった頃、マリア・クラウスはスカンジナビア王国でプラント側の人間と極秘に接触していた。
「つまりプラントの独立が最低条件と?」
「そうです。プラントのコーディネイターは地球圏の国家と同等にならなければ、また搾取される……そう思っています」
プラント側の代表者であるギルバード・デュランダルとマリアとの交渉は、ここスカンジナビア王国のプラント大使館で数時間にも渡って
続いていた。激しい応酬によって両者共に疲労しているはずだったが、両者ともにそのような素振りを全く見せなかった。
「しかしプラントは元々は理事国の予算で建設されたものです。それを簡単に手放せるわけがありません」
「今までに、理事国が搾取した富は莫大なものです。理事国は建設に費やした資金をすでに回収しています」
「確かに投資金額こそは取り戻しました。ですが、それに見合うだけの金額を得たとは言い切れません。確かに戦前の不平等な貿易体制は
見直されるべきでしょうが、プラントの完全独立となれば話は違います」
マリア・クラウスは和平派ではあったが、プラントの完全独立を認めるつもりはさすがになかった。これはマリアがこれまで主張したとおり
莫大な資本を投下して建設したプラントにむざむざ独立されたら経済的にどれだけの損失を被るか判ったものではないからだ。何しろプラントで
建設した工場などは多くが理事国が出資したものだ。もしプラントが独立して性能が良い工業製品を地球圏に輸出し始めたら、理事国の製造業は
壊滅してしまう。それも自分達が出資して建設した工場によってである。そんな馬鹿げたことを認める人間などいない。アンダーソン達は
商法を改正して安価でプラントの企業を地球圏の企業の傘下に取り込むことを目論んでいるが、それで得をするのは一部の人間だけだ。
そのためにマリアたちはある程度、プラントを制御することが出来るように地球連合の属領とすることに固執していた。
だがこの経済的理由のほかにもまだ理由がある。それは地球連合構成国の国内情勢に関わることだ。
(プラントの完全独立なんて許したら、各国で内戦が起こりかねない。それは認められない……)
第3次世界大戦によって、地球は幾つかの国によって分割された。大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国、南アフリカ統一機構など
の国々が残っている地球圏の国家だ。だがこの国々の国内が常に平穏とは決して言えない物だった。経済的な恩恵を受けることが出来なかった
地域は貧困にあえぎ、紛争が耐えなかった。中には独立戦争を起こしている地域もあった。そんな地域がある状態でプラントを独立させたら
どのようなことが起こるかは判りきっている。プラントの独立に触発され、数年以内に大規模な独立戦争が勃発し、数多の血が流れる。
(将軍達にとっては仕事が減らずにいいことかもしれないけど、私達政治家には兵士達を、家庭に生きたまま帰す義務がある)
一時の平和であっても、それを成し、そして少しでもそれを長引かせるのが自分達政治家の仕事であると彼女は信じて疑わない。
一方のデュランダルも、簡単には引き下がることはできなかった。彼もまたプラントの政治家であり、簡単に引き下がるつもりはない。
彼はこれまでに地球圏に投下したNJの撤去の協力や、ザフトの軍縮などを提案していた。無論、それだけでは連合が納得するわけがない。
結局は双方共に手詰まりと言えた。
「まぁ今回はこの位でしょう」
「……そうですね」
結局、両者は同意までには至らなかったが、これからも話し合いを継続していくことは合意した。
「……時間がないので、これで失礼します」
次の交渉の日時と担当する人間を決めるとマリアはすぐに大使館を後にしようとした。そんな彼女にデュランダルが声をかける。
「もうお帰りですか?」
「はい。他にいくところがあるので」
マリアは大西洋連邦のみならず、ユーラシア連邦や南アフリカ統一機構の政治家達と交渉して、自分達へ協力を取り付けようとしていた。
そのために各国の間を飛び回らざるを得ず、かなりのハードスケジュールを余儀なくされている。
「私としては、貴方のような聡明な人ともう少し話をしていたかったのですが、残念です」
「お褒めいただき光栄です。できれば私も、貴方ともう少し話をしてみたかったのですが……」
「いえいえ、こちらこそお引止めして申し訳ありません」
マリアが出て行くのを見て、デュランダルは自分に与えられた部屋で今後の情勢について考えた。
(地球連合で和平の機運があるのは確かだが、地球連合が和平に踏み切るかは微妙な線だ…ブルーコスモスや軍需産業の妨害も考えられる。
仮にあちらが和平を望むにしても、現状の条件のままではこちらの国民が納得しない)
プラント和平派も、プラントの完全な自治権の確保が最低条件と見ており、現状での連合の和平案など決して認めようとしないだろう。
(さて、彼女が地球連合を影から操るムルタ・アズラエルを納得させることが出来るかどうか、お手並み拝見といくか……)
デュランダルに地球連合の支配者とみなされているムルタ・アズラエルだったが、当の本人はまったくそうは思って居なかった。むしろ
自分の財産と身の安全が保障されるのなら、誰かに今の地位を明け渡しても構わないとすら思っていた。それも切実に……。
(……誰か俺の代役任せられる奴いないかな)
身も心もボロボロになる替わりに仕事を片付けた彼は、見るからに高級そうな自分の椅子の上でまどろんでいた。本来は昼食をとるはずなのだが
今は食欲より睡魔が勝っているようだ。だが、彼の睡眠は訪問者によって終止符を打たれることになる。
『総帥、お客様です』
秘書からの連絡を受けて、アズラエルは今日誰が来る予定だったのか思い出す。彼は慌てて飛び起きて身なりを整えるとよく通る声で命じる。
「こちらに通してください」
(さて、写真を見る限り、如何にも軍人って感じの男だからな……扱いにくいかもしれないな)
これまでの戦績と素行について細かく書かれた書類を見ながら、アズラエルはそっと溜息をついた。そして彼が溜息がついた一分後、ついに
チェスト・ハリンが彼の執務室に訪れることになる。
「はじめましてチェスト・ハリン大佐。歓迎しますよ」
180センチ以上はあると思われる身長、そして鍛えられた体躯と、軍人特有の鋭い眼差しに気おされながらもアズラエルはにこやかに話す。
「いえ、こちらこそ盟主に直接お会いできて、身に余る光栄です」
本当にそう思っているのか、と思うほどそっけない物言いに、少しだけアズラエルは眉をひそめそうになるが、辛うじてそれを抑える。
履歴を見る限りは有能であることは疑いないし、何より第二次低軌道会戦の消耗で人材不足に拍車が掛かった今、彼のほかに適任者を見つける
のは困難なのだ。ここは何とか彼に部隊の指揮を取ってもらうほか無い。たとえそれが野獣を野に解き放つも同然だとしても。
「サザーランド大佐から聞いていると思いますが、貴方に僕が創設する私設軍の指揮を取ってもらいたいんです。勿論、給料は軍隊の時の
額より高いですよ。あと福利厚生も充実していますから安心してください」
アズラエルはそう言って契約書を見せる。その契約書を読んでいくハリンは給料の額を見て少しだけ驚いた顔をする。
「かなりの額ですな」
そこに記されていた金額は、彼が軍からもらっている給料を遥かに上回るものであり、金にうるさい人間なら一発で契約書にサインするだろうと
思われるものだ。尤もハリンは金に煩いと言う人間ではないので、給料についてはそれ以上触れなかった。
「……契約書を見る限り民間軍事企業の部隊、いわば傭兵部隊の指揮を執るという事ですか?」
「表向きはそうです。まぁ実際には僕の直属の戦闘部隊です。今は訓練中ですが、かなりのものですよ。錬度も士気も」
ローレンツ・クレーターに本拠を置く組織の立ち上げは最終段階に入っていた。すでに昇進したイアン・リー中佐が実戦部隊の訓練を行っており
各部隊の錬度はかなりのレベルになっていた。連合軍最強の第7艦隊には及ばないものの、連合軍の通常部隊よりは錬度は高いだろう。
「私の能力を評価していただいて光栄なのですが、その部隊の出番があるのですか?」
地球連合軍は第二次軌道会戦でかなりの痛手を受けたが、それでも宇宙にはザフト宇宙軍を上回る数の部隊が存在する。そして地球連合軍はさらに
戦力の増強を急いでいる。アズラエルの主導で推し進められている建造計画やMSの生産はその筆頭とも言える。そんな状況で私設軍の出番が
あるのか…それが彼の懸念だった。
「確かに地球連合軍は3ヶ月もすれば戦力を回復できますが、その3ヶ月こそが地球連合にとっての命取りに成りかねないんです」
「……何ですと?」
アズラエルの言葉に、不穏なものを感じたハリンは眉をひそめた。アズラエルはハリンの反応に満足して、彼は机の中から極秘文書と表紙に
記された書類の束をハリンに見せた。ハリンは受け取るなり、即座に書類を読み進めていく。
「これは……」
ハリンの顔に驚愕の表情が浮かぶ。尤もそれも無理はない。何故なら……
「『創世』……ジェネシスとは、何とも皮肉な名前ですな。奴らはこれでナチュラルを滅ぼし、新世界でも創るつもりなんでしょうか」
「まぁパトリック・ザラなら間違いなくそう考えているでしょう。だからこそ、僕達はこれを叩かれなければならないんです」
ハリンはアズラエルの言葉を聞いて即座に頷く。
「では、私達の任務はこれを叩くことだと?」
「そうです。ジェネシスは残念ながらヤキン・ドゥーエ周辺宙域で建設されています。現状でこれを叩くにはかなりのリスクが必要になります。
そして、恐らく政治家連中にヤキン・ドゥーエ周辺にまで宇宙艦隊を送り込む決断など出来ないでしょう。ですから貴方達が必要になる
んですよ」
アズラエルにとって地球人類が、いや自分が生き残り勝利を得るためにはジェネシスの破壊は何としてもやり遂げなくてはならないことだった。
そのために莫大な資金を費やして創設した私設軍をすり潰すこともやむを得ないと考えていた。これはアズラエルの、まだ死にたくないと言う
意思の現れとも言えるのだが、ハリンはそうは思わなかった。
(ブルーコスモスの軍が地球を救うことが出来れば、ブルーコスモスの、いやアズラエルの影響力はより増す。それを狙っているのか?)
ハリンは最近のアズラエルの行動から、彼が商人の視点から物事を動かしていると考えていた。このためにジェネシスの破壊もアズラエル個人の
カードにするために決行しようとしているのではないかと疑ったのだ。だが、そうかと言って彼は異論を挟むつもりはなかった。
(まぁどちらでもいい。ここはアズラエルについたほうが都合がよさそうだ……)
彼は己の望みを果たすために、アズラエルの誘いに乗ることにした。
「判りました。私設軍の指揮をお引き受けします」
この返答にひとまず、アズラエルは安堵した。
「感謝します」
「いえ、それより盟主。この私設軍の名前はまだ決まっていないのですか?」
「ええ。中々、いい名前が浮かばなくてまだ決まっていないんですよ」
「ならば、私が決めてもよろしいでしょうか?」
「……貴方がですが?」
「差し出がましいことだと思いますが、指揮官の私に命名することを許可していただきたいのです」
この懇願にアズラエルは一瞬躊躇したが、目前の男の機嫌をある程度取っておく必要があると判断して、それを許可した。
「まぁ貴方が率いる部隊ですからね。その程度は構いませんよ。で、何になさるおつもりです?」
「ブルー・スウェアはどうでしょう?」
「ブルー・スウェア……蒼き誓いですか?」
「そのとおりです。ブルーコスモスのスローガンたる青き清浄なる世界を実現する為の『蒼き誓い』……ブルーコスモスの尖兵たる組織の
名前としては相応しいと思いますが」
アズラエルに異存は無かった。かくしてブルーコスモスの尖兵として歴史に名を残すことになる軍事組織『ブルー・スウェア』の発足が決定した。
ブルー・スウェアの発足……その情報は即座に地球連合内部に広まり、各所で様々な波紋を呼ぶ事になる。
ある者はブルーコスモスのさらなる強大化を危惧し、ある者はこれを機にアズラエルと手を組む事で私腹を肥やそうと考えた。
そのように様々な思惑が交差する中、ある男が行動に出ようとしていた。
「ブルー・スウェアに君の信頼出来る人間を潜り込ませてくれ。あと、ジブリール派への監視の強化を頼む」
大西洋連邦において、たった一人しか座る事の出来ない椅子に座っている男からの命令に、カリウス提督は思わず反論した。
「しかし情報部にもあまり余裕はありません。そのようなことをすれば、他の任務に支障が出ます」
「無理は承知だ。だがやらなければならないのだ。頼む」
上位者たる男にそこまで言われたのでは、一軍人であるカリウスが断れるわけが無かった。
「分かりました。早速、人選に入ります。ですが閣下、できれば追加予算をお願いします。現状では資金が不足する可能性があるので」
「分かった。情報部に予算が回るようにこちらからも手を打っておく」
閣下と呼ばれた男の言葉に、カリウスはひとまず安堵した。そしてある程度の後、彼はおもむろに尋ねた。
「マリア・クラウスのバックアップに加えてコーディネイター殲滅派のジブリール派の監視……閣下はプラントと講和を行うつもりなのですか?」
「戦争はどこかで幕引きを図る必要がある。相手を殺し尽くすなど論外なのは君も分かっているだろう?」
「確かにそうですが……」
このカリウスの反応に男は苦笑する。
「尤も現状での和平など世論が絶対に認めない。これだけ叩かれたのだ……恐らくはプラントに何らかの形で報復しなければ収まらないだろう。
かといって、意固地になって話し合いを拒み外交ルートを閉じてしまうのは愚の骨頂だ。いかなる形で戦争が終るにせよ、準備はしておく物だ」
強硬派と目されていた男の発言にカリウスは驚きを隠せない。そんな彼に対して、男は話を続ける。
「相手を完全に屈服させるにせよ、どこかで妥協を図るにせよ、外交チャンネルは必要だからな。彼女にはせいぜい頑張ってもらう」
「……閣下はどのあたりで幕を引くおつもりなのですか?」
「具体的には判らない。だが、少なくともこちら側が有利な形で講和条約を締結するなら、プラント最高評議会と一般市民に自分達が負けている
と思わせ、これ以上の抗戦は無意味であると悟らせることが必要だ。これには間違いなく多大な戦果が必要になるだろう」
「アンダーソン将軍はボアズを落とせば、プラントが話し合いのテーブルに着くと思っているようですが」
「まぁあの堅牢な要塞を落とせば連中も動揺するかもしれないが、私はそれでは不足だと思う」
「何故です?」
「プラントは閉鎖空間だ。ボアズ陥落という情報が政府に隠されれば市民は知る事が出来ない。私はプラント本国への攻撃が必要だと思っている」
「……ユニウス7の悲劇を繰り返すおつもりですか?」
「核ではなく通常兵器を使ってプラント、特に軍需プラントを叩けば良い。一般人に被害が出るのは心苦しいが、NJで被った連合の被害は
ユニウス7の比ではない。奴らにも多少は痛手を被ってもらう。そうでなければ国民が納得しないし、次の選挙で私が落選しかねない」
「……では限定的なプラント攻撃が成功した後に、講和会議という流れを?」
「講和を結ぶのなら、それがベストだと思っている」
大西洋連邦大統領フランシス・オースチンはそう言って、非公式だが初めて和平の可能性を示唆した。
地球連合の盟主的存在である大西洋連邦内部での和平に向けた動き……それは少しずつ、そして確実に広まりを見せていた。